龍門に登る   作:みーごれん

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展開が被りました。
しかも複数作品と。
……ええ、書き直す余裕なんて有りませんとも。
良いんです。
恐らくその後は被らない筈なので……
きっと……


第六話 潜むカゲ

 SIDE・D

 

 

 久しぶりの休みに、惣右介は竜太郎の家に帰って来た。

 先日発表された配属の報告もかねて家に着くと、竜太郎と共にマソラもそこで惣右介を待っていた。

 

「遅かったな! お帰り、惣右介」

「ごめん。ただいま、兄さん、マソラ先生」

「フン、少しはマシになったかね」

 

 相変わらずの二人を見て頬が緩む。

 こんな安心感は、やはりここでしか味わえない。

 草履を脱いで座布団に座る前に、”待ちきれない”といった面持ちの竜太郎が身を乗り出した。マソラの方も、ちょっと落ち着き無げに視線を惣右介に向けている。

 

「配属、もう決まったんだろ? 何処だった?」

「席官入りしたかね? ン?」

「マソラ先生、流石にいきなりそれは無理ですよ」

 

 苦笑しながら惣右介が言うと、マソラは不敵に口の端を上げて片肘をついて頭を支えた。

 

「無理なことは言わんよ」

「……ありがとうございます。配属は、一番隊です」

「「⁉」」

 

 はにかみながら小さな声で言った惣右介の一言に、二人の目が驚愕で大きく見開かれた。

 

「――ナルホド、席官入りできないわけだよ」

「はい! 一番隊に新人が抜擢されるなんて何年ぶりでしょうか、センセ」

「私よりお前の方が詳しいダロウに。よく知らんが、トンと聞かんよ」

「やっぱり! 同じ隊じゃないのは寂しいが、流石はオレの自慢の弟だ!」

 

 口々に褒める二人の言葉がこそばゆい。

 でも確かに、回りの面子が揃いも揃って驚いていた。

 教師も、生徒も、一様に驚いていた。

 

『一番隊って…………ほぼ護廷隊内でしか人事異動が無いんじゃなかったか? それも、エリート出世街道の……』

『ああ。下位席官になるより一番隊に入る方が栄誉なことだっていう死神もいるくらいの所だ』

『何で首席卒業の奴じゃなくアイツなんだよ? 確かに成績は良いけどさ』

『凄いけど、いきなりそこじゃ可哀そうじゃない? 入ってからが大変そう』

 

 そういうのはもう慣れた。

 別に選んだのは自分じゃないのにこうも言われるのは、どうしようもないことだ。理不尽は嫌だけど仕方ない。

 

 本当は竜太郎のいる五番隊がよかった。一応願書もそう提出していた。……まあ、新入隊員の希望が最優先されるなどとは思っていなかったが。

 

 

「ありがとうございます。でも、これからが大変ですね」

「そうだな。一番隊は新入隊員扱きとか有るのかな……ま、程々に覚悟しとけよ? 結構目の敵にされそうだからな」

「うん。分かってる」

「焦ラズやることだよ」

「はい!」

 

 それまでニコニコしていた竜太郎がふと表情を暗めた。何かを思い出したような変化の仕方だった。

 

「兄さん、どうしたの?」

「…………ああ、いや、惣右介にはそろそろ言っておいた方が良いと思ってな」

「何を?」

「――お前が、オレらの前に現れた時の話だ」

 

 

 

 

 

 

「事の始まりは、一つの木箱だった。家の庭に埋まってたのに躓いてな? 不審に思って掘り返したら霊力が籠ってた。センセに相談して、割って中身を確かめてみたら……惣右介が現れたんだ」

「木箱?」

「コレだよ」

 

 それはいつだったか、母の霊圧を感じた木箱だった。

 

「その時お前は、大怪我を負ってた。斬魄刀により一太刀負わされてたんだ。それは知ってるだろ」

「うん。夢に見るよ。僕が斬られた時の夢」

 

 さらりと流した言葉に竜太郎は一層顔を曇らせた。惣右介からしたらいつものことなので大して気にはしていないのだが、失言だったかなと少し俯いた。

 

「…………ン。そしてどうやら、惣右介が斬られたのは大昔のことらしいんだ」

「…………え?」

「正確ナことは分からないが、二千年ホド前らしいんだよ」

 

 惣右介の思考が凍る。

 だって意味が分からない。

 二千、年……?

 

 フリーズした惣右介から視線を逸らして、マソラが続ける。

 

「トウゼンの反応だよ。私だって意味が分からん。もしムリヤリ辻褄を合わせるなら、小僧には時間停止と木箱へ封じる術が二千年もの間掛けられてイタということだね」

「時間、停止」

「そうだよ。禁術とされるほど高度で、危険で、扱えるものが希少な術だね。ソンナ物を二千年にもわたって維持できる術者に小僧は術を掛けられたってコトだよ。正直言ってソンナ奴は化け物だね」

「ちょっと待ってください!」

 

 惣右介は頭を抱えた。

 

「その木箱からは、母の霊圧しか感じません! それってつまり――」

「ソウ、恐らく小僧の母親がソノ術者だよ」

「な…………」

 

 動揺しながらも、惣右介はいつもの夢を思い出していた。確かに夢の最後で母はいつも“時間停止”と呟いていた。

 

「小僧の傷をその場で治せナイ程差し迫った何かが有ったんだろうよ。そして隠ソウとして木箱に封じた。何とかコトを逃れたソレは、竜太郎(このバカ)に見つけられるまで放置サレテいたということだね」

「差し迫った何か…………」

「ああ。だが惣右介、一先ずは安心しろ。今はもうその追手らしきものは出ていない。目下最大の問題は、お前の家族だ。だから――」

 

 竜太郎が深く深く息を吸い込んだ。

 

「惣右介の両親の名を……できれば姓も教えてほしい。――彼らを探すために」

 

 竜太郎の顔が歪んだ。優しい彼のことだ、きっと惣右介がずっと姓を黙っていたことに理由が有ると察して深く問わずにいてくれていたのだろう。

 

 そういう心遣いを久しぶりに感じて、惣右介は微笑んだ。この一年で触れ得なかったそういう暖かいものに頬が緩む。

 

「うん。いいよ。まず、父の名は……」

 

 父の笑顔を思い浮かべた次の瞬間、惣右介の胸を支配したのは安堵感ではなかった。むしろその逆、焦燥感。

 

「あ、れ…………?」

 

 おかしい。

 だって、そんな筈はない。

 

「どうした、具合が悪くなっちまったか⁉」

 

 きっと自分の顔は蒼白なのだろう。竜太郎もまた真っ青になってこちらを覗いている。

 

「兄さん……」

「何だ?」

「思い……出せないんだ…………両親の名前も、姓も……知らないなんてはずないのに……」

 

 呼吸が乱れる。苦しい。絶対になくならないと思っていたものがいつの間にか自分の手から消えている焦燥感に心が付いて行かない。

 

「ソレが普通だよ」

 

 マソラがさらりと言い放った言葉が、惣右介の混乱の波を少しずつ整えていく。

 

「言っただろう? 時間停止は高度で危険な術だと。二千年もの長きにわたりその中に居たんだ、何らかの障害が出てもオカシクない。寧ろ記憶障害に留まったのが奇跡とも言えるよ」

 

 自覚できてよかったじゃないかね、と彼女は言った。

 

「マ、記憶が戻った時にでもコノ続きをすればいいよ。ドウセ死神になって暫くは忙しくてソンナ暇ないんだからね」

「そうですね。惣右介ならあっという間に慣れそうですけど」

「当り前だね。お前の“暫く”と一緒にするんじゃないよ」

「酷い!」

 

 二人の会話を聞いて、惣右介は落ち着きを取り戻した。

 “思い出した時にでも”、とマソラが言ったということは、記憶は戻る可能性が有るということだ。再び微笑んだ彼を見て、竜太郎もまた笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 惣右介が席を離れてから、竜太郎はマソラに向き直った。

 

「センセ、さ「五分(ごぶ)だね」……え?」

「五分は本当に〈時間停止〉の影響。だが残りの五分は意図的な記憶操作の線が高いよ」

「‼ ……なんか、おかしくありませんか」

 

 眉を寄せて視線を下げた竜太郎の方を、マソラの切れ長の目から瞳が覗く。

 

「何が言いたいんだね?」

「いえ、やり過ぎじゃないかって思うんです。口止めの上に記憶を弄るなんて……そこまでしたら、逆に”この子には何かあるんだぞ”って言ってるようなものじゃないですか。わざわざ探ってくれって言ってるようなものだと思いませんか」

「木箱に封じられていた時点でイマサラだと思うがね……シカシ、お前にしては良い線だよ。そして、そこから考えられる可能性は二つ。多少疑われるより小僧を追っている奴らにその名を聞かれる方がマズイか、元々小僧の存在を無かったことにしたいのか」

 

 そう言って彼女は瞼を閉じた。

 

「存在を?」

「そうだよ。どちらにせよ厄介事って事だね。マ、二千年も消息不明だったんじゃもう時効だろうよ。それでもなお小僧の記憶が戻ってないってコトは、余程術者は――小僧の母親は小僧を護りたかったんだね」

 

 そう言って再び目を開いたセンセの顔はとても穏やかで、そういう事は惣右介の前で言えばいいのにと竜太郎は思った。何の為に惣右介が居ない隙にこの話をしているのかなんて、とっくに竜太郎の頭から落っこちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、見覚えのある断崖。

 顔を上げると、幾何学模様の面が首を傾げながらこちらを見ている。

 

『やあ、先日ぶり、我が主』

 

「……ああ」

 

 会いたくもないのに、何故精神世界へ引き込まれるのか。……嫌がらせか? 多分斬魄刀の方だって、惣右介が斬魄刀を嫌っているのを分かっているだろう。

 それが余りにあからさまに態度に出ていたのか、斬魄刀が肩を竦めた。

 

『おやま、そんなに不機嫌にならなくてもいいじゃないか。傷つくな~!』

 

「傷ついているようには見えないが」

 

『そんな事無いよォ! 私の心は涙で一杯さ』

 

 袖を目の辺りに添えているが、声の調子は全くと言っていいほど泣いていない。

 

「……同情してほしいなら、その仮面を外して表情を見せたらどうだ。僕には隠し事をするなと言っておきながら、そちらは顔を隠すのか」

 

『私はこれが顔みたいなもんだから仕方ないさ。私のチカラをよく表していると思わないかい? 何にでもなれるし、その実何でもない。ククッ、道化そのものだろう?』

 

「チカラ……教えてもいないくせに同意を求めるのか」

 

『おっと、そうだったね。でもきっと、まだ聞こえないさ。私の名も、力も。アンタはそれを聞くための鍵が何処にあるのか分かってないんだからさ』

 

「始解の条件、か。どうすればいいんだ」

 

『――自覚することだ。アンタは一体どんな奴だい?』

 

 不覚にも言葉が出てこない。

 さっきは感じなかった眩暈を感じてしゃがみ込む。地面が揺れているのか、自分が揺れているのか分からない。

 

「僕、は……過去に何かがあって、逃れて、此処に居る。自分の起源なんて覚えてないんだ。それを思い出さなきゃならないって事か?」

 

『分かってないねえ。私が言ってるのはそんな上っ面な事じゃない。其の皮を剥ぎ、肉を削ぎ、骨を砕いて神経を裂いたその奥……今のアンタを動かす根源は何だって聞いてんのさ。――もお時間だ。じゃあね、我が主。急ぎなよ? ……()()()()()()()()()()()()?』

 

 思わず顔を上げて斬魄刀の方を見る。

 

「ちょっと待て、君は知っているのか⁉ 僕の――――」

 

 手を伸ばすが、間に合わない。

 

 ――――ぱちん

 

 

 

 

 

 

 惣右介が勢いよく起き上がると、隣の布団に寝ていた竜太郎が目を擦った。

 

「んあ? ……どした、惣右介」

 

 まだ夢うつつの様で、竜太郎はいつにもまして緩んだ表情だ。半分開いた目をこちらに向けた彼が僅かに首を傾げた。

 

『もう、失いたくはないだろう?』

 

 斬魄刀(あいつ)の言葉が耳に残響する。

 

「今、ちょっと嫌な夢を見て」

 

 ――――もしかしたら、僕の両親は、もう、本当に……

 

「ユメ?」

「うん。斬ぱ――――」

 

 ――――言って、いいのか?

 

 言ったとして、兄さんは何と言うだろうか。

 

 ――――怖い。

 

 何がかは分からない。

 でも、聞きたくない。

 兄さんが、先生が、僕の言ったことで示す反応を見るのが……怖い。

 

 困らせてしまうだけなんじゃないか。

 悲しい思いをさせてしまうだけなんじゃないか。

 

「……」

「ン?」

 

 それは、嫌だ。

 分からないことを言って、そうなるのは嫌だな。

 

「――何でもない。起こしてゴメン、兄さん。明日も早いんだから、もう寝て良いよ」

「んん~~……」

 

 重そうな瞼を二、三度瞬かせた竜太郎は目を閉じた。

 口をむにゃむにゃと動かしている。

 

 微笑を湛えた惣右介が布団に入り直した時、隣の竜太郎が眠そうに呟いた。

 

「惣右介、おまえはやさしい子だ。ヒト一倍かんがえすぎる子だ。でもな、オレやせんせにはムリしなくていいんだ。つらかったら“ツライ、たすけて”って言っていいんだ。わすれんな」

 

 竜太郎が片腕を布団から出した。

 いつもより覚束(おぼつか)ないその手は何度か惣右介の頭上を空振りながら彼の髪を揺らした。やっと辿り着いた竜太郎の手は、力の入りきらないまま惣右介の頭を二、三度撫でると、そのまま枕元で動かなくなった。竜太郎の寝息が規則的になっていく。

 

「……ありがとう、兄さん。でもやっぱり、まだ分からないことを言い立てるのは違うと思ったんだ」

 

(――でも、色んな事が分ったら、思い出せたら、聞いてほしいことが色々あるんだ。その時に、聞いてくれる?)

 

 口に出掛かった言葉を呑み込む。

 喉に重しがあるみたいな、嫌な感じがする。

 口は動くのに、声を出すための声帯が震えない。

 

 溜息を吐いて目を閉じると、竜太郎がさっきより一層覚束ない声で言った。

 

「……いいって、ことよ…………むにゃ……」

 

 まさか返事が返ってくるとは思わなかった惣右介は思わず笑みを零した。イマイチずれた回答なのは、寝言だったせいかウトウトしていたせいなのかは分からない。でも、竜太郎たちに拾われてからずっと胸につっかえる様にあった何かが少し小さくなったのを感じた。

 

「おやすみ、兄さん。――いい夢を」

 

 その日、惣右介は夢も見ないくらい熟睡した。

 過去の夢を見なかった、初めての夜だった。

 

 

 

 




一番隊は、この頃はまだ生粋のエリート集団って設定です。
この後人手不足になって新入隊員もガバガバ入れるようになるのですが、それはまた追々……

さてさて、日向ぼっこもそろそろ終わりです。
もう一、二話で、歯車が動き始めます……
狂い始めるとも言います。
まあ、既に惣右介の歯車は狂っている感が否めませんが……

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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