SIDE・D
「これで隊舎内の案内は終了だ。不明な点があれば独断せず、回りに指示を仰ぐこと。良いな?」
「はい。承知しました」
「これからの時間は昼休憩ですよね!」
「そうだ……って、誰だ貴様⁉」
唐突に顔を出した男に、説明係が後ろへ一歩引いた。惣右介はというと、よく見知ったその顔に驚きの声を漏らす。
「――――兄さん⁉」
「おっす、惣右介! あ、ども、初めまして。惣右介の兄の、五番隊所属・藍染竜太郎です! 惣右介借りてっていいですか?」
入隊してすぐ、入隊に際するあれこれの説明がひと段落して出来た空き時間に竜太郎がやって来た。どういう勘の精度をしているのか、丁度休みになった途端現れたのには驚いたが、自分の隊長に合わせたいと言ってくれた時は嬉しかった。
えらく達筆な字で書かれた”五番隊執務室”の札が下がった部屋の前に竜太郎は立つと、戸を叩くこともせずに勢いよく開いた。そんな事をマソラの家でやったら容赦無く拳骨が飛んでくる。竜太郎が隊舎でこうだからマソラはいつも青筋を浮かべる羽目になっていたんだなと苦笑しながら、一礼して惣右介も竜太郎に続いた。
「隊長! こいつが惣右介です! 一番隊所属と相成りました!」
「初めまして、藍染惣右介です。宜しくお願いします」
惣右介が頭を下げると、無精髭を生やした気のいいおじさんと言った風な五番隊隊長・
「あっはっはァ! おう、よろしく! 何だ何だ? 竜太郎の弟っていうからもっと脳筋っぽいのを想像してたんだが違ったな。いかにも女子が好きそうな感じだ」
「御冗談を。それに義兄弟ですから似てないのは当たり前です」
――五大貴族の一角・志波家の本家の次男で、招かれて隊長となったと話に聞いていた。”大貴族の道楽だろう”とか”気を遣う下々の気持ちも考えてほしい”とか色々学院で言われていたが、やはり悪意ある流布は役に立たないなと再確認した。
「ちょっと待て、惣右介⁉ “脳筋”ってのは否定してくれねえのか⁉」
「先生にも言われてることじゃないか。それに、そういう所も含めて兄さんの良いところだよ」
「うぐ……」
照れた竜太郎を見て、寒鴉が不敵に笑う。
「ほほう、竜太郎が丸め込まれてやがる。真子にぶつけたら面白そうだな」
「平子副隊長にですか? 止めた方がいいんじゃ……ってか隊長、副隊長は何処に?」
「ああ、アイツなら今頃オレを探して八番隊舎に行ってるんじゃねえかな」
「「え?」」
何故、隊長と行動を共にすべき副隊長が単身八番隊に?
寒鴉の曖昧な言い方も引っ掛かる。
惣右介たちが首を傾げていると、寒鴉は“てへ♡”という感じに舌を出した。
「溜まってる仕事を真子に押し付けたら、般若みたいな顔して追いかけてきたから撒いてきたんだ。オレよく京楽先輩と一緒にサボってるから、そっちに探しに行ったみたいだな」
得心いったらしい竜太郎が、頭が痛そうに
「…………隊長、今週何時間仕事してました?」
「ン? そりゃ毎日定時までだぞ? 隊長なんて来てりゃそんだけで仕事みたいなもんだろ」
「言い方変えます。何時間書類仕事しましたか」
「…………さあ?」
カラカラ笑う寒鴉に、キレ気味に竜太郎が喚いた。
突然の展開に、惣右介は苦笑しかない。
やれやれ、と溜息を吐いて、寒鴉に隠してそっと手を動かした。
「“さあ?”じゃないですよ! 副隊長~! 隊長はここですよ~! 副隊長ォ~!」
「はっはっは~! 八番隊舎までそんな声が聞こえるわけ『今何処や、竜太郎?』……え」
恐々とした顔で寒鴉が惣右介の方に目を向けると、惣右介が通信機の電源を入れて受話器を竜太郎たちの方へ向けていた。
「あの、惣右介君、それ、まさか……」
サァッと寒鴉の顔色が悪くなったのを意にも介さず、竜太郎が真っ直ぐに声を出した。
「副隊長、五番隊執務室です!」
「竜太郎、ちょ、ま」
『ほォ、そォんなとこに居らはったんですか、志波隊長? ――大人しゅう其処で待っとれこの阿呆ンだルァァァァァア‼』
「ヒィッ⁉ 竜太郎、後任せ「させるかあッ!」うおぉぉおォ、馬鹿力ァァァァ!」
がっしり寒鴉の腰のあたりを掴んだ竜太郎はもがく彼を放すまいと必死の形相だ。苦笑しながらそれを見て居た惣右介は溜息を吐いた。
「いい大人が何をしているんですか……雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ――縛道の六十一、六杖光牢!」
六筋の光が寒鴉を捉える。
その鬼道に寒鴉が目を見開いた。
「う、動けねえ……オレが……?」
「詠唱有りの六十番台ですよ? 動かれたら自信無くなります」
「…………」
驚きに顔を染めた寒鴉が再度口を開こうとした瞬間、蹴破られた扉が騒々しい音を立てた。一同の目がそちらへ向く。怒髪天を衝くといった形相の金髪の死神がゆっくりと寒鴉を見る。
「何や俺に言う事有りますやんな、隊長?」
「し、真子……ごか、誤解だ! 話を――」
「問答無用‼」
蹴り飛ばされた寒鴉を見ながら、何がどう誤解なのかを説明する様を見てみたかったのだが、これから始まるであろう地獄の折檻のことを想うと惣右介は自分が場違いなのを自覚した。そっと竜太郎に目配せして部屋を出る。
「僕はそろそろお暇するよ。紹介してくれてありがとう、兄さん。…………面白いヒト達だね」
「グダグダになっちまって悪かったな……いいよ、無理に褒めなくて。五番隊員が一番分かってんだから」
「そんな事無いよ。席次持ちでもない僕や兄さんにあれだけ気軽に話させてくれる方なんてそういないんじゃないかな。僕はここの雰囲気好きだよ」
そう惣右介が言うと、竜太郎は照れながらも“まあな”と笑った。
竜太郎たちが自分を助けることなく部屋を出たのを目の端で捉えた寒鴉は、心中涙を流しながら真子の説教を聞き流していた。
すると惣右介が帰ったのだろう、自分を拘束していた六杖光牢が弾けて消えた。
「お、消えた」
「んなっ、早速逃げ出そうとすんな! 縛道の六十三、鎖条鎖縛!」
押さえつけられた状態だったため縛道に縛られはしたが、
「ッ
「阿呆か! 何でわざわざ鎖条鎖縛にした思うてんねん。アンタが大抵の縛道なら足だけでも動かして逃げようからやろ!」
真子は鎖条鎖縛を放ち切ることなく、その端を手で持って寒鴉を繋いでいた。曲芸をする猿と猿使いの図である。そんな情けない状況に悪びれることなく、真子が二の句を継ぐよりも早く寒鴉が口を開いた。
「そうなんだよな」
「何がやねん」
「いや、副隊長の真子が放った縛道だって、オレが全く動けないなんてことは今までなかった。なのに……」
一番隊とは言え無席の……
詠唱有りとは言え六十番台の……
そんな惣右介の鬼道が完全に自分の動きを止めた。
その事実に心が躍る。
だが、そんなことが副隊長に伝わるわけはない。楽しそうな寒鴉を見て、一層真子が怒りを増長させた。
「何の沈黙やねん……もしかしてアレか? 俺の事まだ弄り足りへんか? それがどういう報いを受けるんかまだ分かっとらんのやったら……」
「違う違う違う、違います! 有望な新人がいたら嬉しいもんだろ?」
「新人? もしかしてさっきの茶髪?」
「そ。竜太郎の弟だってさ」
「ああ、あれが。何やもっと筋骨隆々なん想像してましたわ」
「DA・YO・NA☆」
真子が視線を寒鴉から少し上げた瞬間、風を切る音がして真子が鎖条鎖縛の先を見ると、其処には既に寒鴉の姿は無かった。有るのは唯黒い布切れ一枚。
それはいつだったか、遊びに来……じゃなくて邪魔しに来……でもなくて査察に来た四楓院家の当主がやっていた高等歩法――隠密歩法“四楓”の参・空蝉。
「どんだけ仕事やりたないねん⁉ もォ追うんもしょうもなァなってもォたやないか……」
がっくり肩を落とした真子が、結局他数名の席官と共にその仕事を片付けたのはいつものことだ。
一番隊まで送ると竜太郎が言ってくれてから暫くすると、とある人影を見つけて竜太郎はぶんぶんと手を振った。
「お~い! マ ユ リ く~ん!」
が、一瞬立ち止まった其の人影はそれを無視してサッサと歩いていってしまった。
真っ黒なペイントが目元に塗ってあるようで、表情が読み取りにくい。
「ほほう、無視か! い~い度胸だ!」
そう言うや否や、竜太郎が走り出した。
(――速い!)
思ったのは惣右介だけではなかったようで、マユリと呼ばれた彼は何やら焦った様子でごそごそ荷物を探っている。
「つっかま~えたッフウッ⁉」
竜太郎が追いつく間際にマユリが円筒を彼に向け、何かを射出した。
どうやら……網らしい。見事に身体をからめとられた竜太郎を見降ろして、”マユリ”と呼ばれた人物が露骨に顔を顰めた。
「いつもいつも何なんダネ、君ハ⁉ 用もないのに話しかけてこないでくれるカネ? 迷惑だと言っている筈ダヨ‼」
「うわ、なんだこれ、粘着質っ! 取れない! 惣右介っ、助けてくれ~!」
「何やってるんだ……」
駆け寄って網を外す手伝いをする。本当に粘着質で、余程竜太郎を近寄らせたくなかったことが伺えた。
それを見て帰ろうとする彼に、竜太郎はめげずに話しかける。
「待った待った、用なら有るって! こちら、オレの自慢の弟分の藍染惣右介だ。紹介しておく! 惣右介の方も、こちらは涅マユリくん。センセの御子息だ」
「フン、興味ないね」「マソラ先生の! 似てないですね」
「これは化粧ダヨ!」
不機嫌そうに歩いて行くマユリをそれ以上竜太郎は深追いしなかった。
「ああなったら意地でも無視してくるからな。それでもちょっかい掛けてみたことがあるんだが、そしたらヒッドイ報復にあって……退き時って大事だよな」
「報復って?」
「聞きたいか?」
「ああ、そういう感じなんだ……何というか――」
惣右介と竜太郎は顔を見合わせると、一言。
「「親子だねぇ」」
機嫌の悪い時のマソラを思い出して二人は苦笑した。
いつもの絶壁。
いつもの面子。
『ヤッホー! 存外早く来たんだね。私はアンタに嫌われてると思ってた』
「その通りだよ。僕は君が嫌いだ」
竜太郎に連れられて五番隊の隊長に会った翌日、惣右介は竜太郎に内緒で執務室を訪れていた。話の内容的に、相談するのは気まずかったからだ。
その日も、偶々寒鴉は居た。
「――フムフム。つまり、だ。”斬魄刀がうざくて始解できる気がしない”って事だな?」
「色々解釈が雑過ぎませんか……いえ、その通りと言えばその通りなんですが」
斬魄刀との”対話”と”同調”によってのみ、始解と呼ばれる斬魄刀の解放が行える。始解が出来れば、斬魄刀が真に持つ力を振るうことが出来、戦闘力が飛躍的に上がるのだ。ただし始解が出来るのは一握りの才覚のある限られた死神だけ。そして、竜太郎は始解できないタイプの死神だった。
その竜太郎に、”対話”過程の話をするのは気が引けた。加えて一番隊では、始解云々以前に色々と仕事で迷惑をかけていることが多くて、相談できずにいた。いい機会なので、寒鴉に訊いてみようと思ったわけだ。
「
考えたことも無かった問いに、僅かに考えて答えを出す。
「抵抗……は、無いですね。声を聞くだけで嫌です」
「おォ、正直だな……ふむ、そうか。ン~~、惣右介君の斬魄刀が、オレが生きてきた中での唯一の例外ってんなら話は別だが……オレも結構な年ィ生きてるからな。そうは考えにくい」
「と、言いますと」
寒鴉が片眉を上げ、挑戦的な顔で身を乗り出した。
「つまりだ、惣右介君の斬魄刀は、
「わざと、ですか? 何の為にでしょうか?」
「そんな事オレに訊かれても分かんねえよ。分からねえことは当人に直接訊く、これに限る」
「う……はい、分かりました……相談に乗ってくださってありがとうございました」
「いいって事よ。――ハハハッ! よっぽど嫌いなんだな、ソイツの事。まあ、無理に聞くことはねえ。じっくりやるこったな」
そう言われたら、やるしかないじゃないか。
――そういうわけで、現在、惣右介は刃禅を組んで斬魄刀との対話に臨んでいた。
『ふーん? いいの、そんな風に言っちゃってさ? 私はアンタの魂の一部。私の否定はそのままアンタの否定に繋がるんだよ?』
クスクスと笑っている声が仮面に響いている。
――冷静に、冷静に……
「いいよ。僕の嫌いな僕が君だったってだけだろう」
『辛辣ゥ! でもそんなんじゃあ、”対話”は兎も角”同調”なんて無理じゃない? ”屈服”過程ならすんなり行っちゃいそうだけど。ま、そんな事させないけど』
挑発だ。無理に乗ることはない。
この感じだと、わざと嫌われるようにしているとは思えないのだが……
「無理かどうかはやってみないと分からない。仕方ないさ」
『ふーん……駄目だなァ。駄目駄目。私の力はまだアンタには貸せない』
「…………何故」
『アンタの瞳には意思がない。私の力はそういうヤツには使いこなせない。どんなに強力な牙も、か弱い兎ちゃんが持ってたって意味無いのと同じ道理さ』
「それはそれは、始解した時が楽しみだ」
『そうだね~。できればね? …………でも、そんな時が来ればいいな。自分で言うのもなんだけど、結構綺麗な名前なんだ、私。呼んでほしいなァ……』
その声が遠のく。そう言えば、訊きたいことを聞くのをすっかり忘れていたことを思い出す。
けれど、いつもと違う雰囲気に言葉が詰まって、言い合いはうやむやのまま終わった。
SIDE・Q
「おめでとう、
「あっ、そーちゃんじゃん! ありがと~!」
”咲秋”と呼ばれた男性が、呼んだ男性の方へと駆け寄った。相変わらずにこやかな彼に、普段仏頂面な”そーちゃん”が苦笑した。
「存外、紋付袴が様になっているな。ただでさえ童顔で、今は顔も緩み過ぎだというのに」
「貫禄ってヤツだよ! そんで、どうだいそーちゃん! 彼女の白無垢は!」
「美しいな。
「おおう……それって僕どう反応したらいいの⁉」
「存分に迷うがいい。いい気味だ」
珍しく笑みを零した”そーちゃん”がクスクス肩を揺らす。その二人に歩み寄る女性が一人。
「あなた、あまり兄様を御引き留めにならないでくださいませ。兄様は今日の主役なのですから。兄様も、新婦を待たせてはいけませんよ?」
「分かってるって! ちょこっとだけ! 結も来てくれてありがと!」
「当然です。ではあなた、兄様とのお話が御済みになりましたら、席に戻っていらっしゃってくださいませ。私は先に戻っております」
「分かった」
彼女の背を見送った咲秋が、今度は口角を上げた。
「ふふ、”
「お前も今日からそうだろう。あまりふざけているようだと、また文句を言われるぞ」
「じー様方の言う事なんか気にすること無いよ。それに、彼らに僕らへ口出しする権利は元々ないんだからさ~」
「そうとも言えんぞ。もう聞いているだろう? ――佐伯家のことだ」
”そーちゃん”の顔が影を孕む。咲秋の方も、僅かに真剣な表情になった。
「ああ……禅ちゃんのことか。確かに良くない前兆だよ。でも彼以外、当主候補がいなかったのも事実。違う?」
「……奴はまだ浅薄だ。下手に力のある子供は厄介極まる。不穏な動きなど、数を上げればキリが無いほどになってきているしな。傀儡とまでは言わんが、爺連中の意向が大分入っているのは確かだろう」
「厄介なことだねェ……一応ちょこちょこ手は回してるんだけど、そ「咲秋様~? 咲秋様は何処にいらっしゃいますか~⁉」――おっと、これ以上はまた今度。こんな時期だからこそ、楽しんで行って!」
ひらひらと手を振りながら咲秋が駆けだした。残された彼は一つ息を吐くと、妻の待つ席へと歩み始めた――
人物紹介
・志波寒鴉
五番隊隊長。
五大貴族・志波家の次男坊で、兄が当主を務めている。見た目は黒崎一心依りなおじさん。無精髭を生やしているので、副隊長からいつも剃れと怒鳴られている。というか仕事関係でいつも怒鳴られている。やればできるのに仕事しないヒト。部下めっちゃ迷惑。
おおらかで大胆な人柄で、部下からの信頼が厚い。
・平子真子
五番隊副隊長。
金髪ロン毛。身だしなみに五月蠅い。
寒鴉のせいで他のヒトの倍は怒鳴って血圧が上がってる。お陰様で最近縛道の上達度合いが凄い。でもなんやかんや言って寒鴉のことを隊長として尊敬してはいる。
・涅マユリ
四番隊無席。
まだまだ入りたての新入隊員。人体の構造を理解するなら四番隊が一番早いので入隊した。……多分。化粧は既にやっている。終始アイマスクを装着しているみたいになっている。周囲は”そういう趣味の人もいるよね”と流している。十一番隊嫌いは既に発症した。
霊術院から入隊するときも、一度も自宅へは帰っていない。なので今回初めて惣右介と会った。
咲秋たちは次に登場した時にでも……
察しの良い方は彼らが何者かお分かりかもしれませんが、今暫くお待ちください。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!