龍門に登る   作:みーごれん

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第九話 交錯するセカイ・後編

 青い光が至近距離から真っ直ぐに惣右介の方へ飛んでくる。

 咄嗟に斬魄刀を抜こうと体が動くが、間に合わない。

 そう思って女性を庇おうとした瞬間――

 

 バチィンッ……

 

 何かがぶつかり合うような大きな音がして、目の前で矢が弾け飛んだ。小さな光が流星の如く刹那の尾を引いて舞う。

 

 惣右介は、呆然としながらいつの間にか止めていた息を吐いて、斬魄刀の柄に手を掛けた。

 

 今、何が起きた?

 この男は何をしたんだ⁉

 

 次弾に備えて惣右介は距離を取って構えた。しかしそれを気に掛ける素振りも無く、滅却師が惣右介のずっと後ろを睨みつけた。

 

「貴方……石田ですか‼」

「久しいな、禅治郎(ゼンジロウ)

 

 後ろから声がして振り向くと、同じように弓を構えた男が立っていた。

 老齢と錯覚するほど白く短い髪と、反対に墨を流した様な黒く鋭い瞳。よくよく見ると、佇まいや肌から、聞こえた声の通りかなり若いことが分かった。

 不動の構えの彼に、先程の滅却師が声を荒めた。

 

「何のつもりです⁉ その女はわが家が始末をつけます」

「物騒だな。何があった」

「質問しているのはこちらですよ! 弓を降ろしなさい!」

 

 この様子だと、”禅治郎”と呼ばれた滅却師(クインシー)の放った矢を、”石田”がピンポイントで狙い撃ちして相殺したらしい。惣右介たちを置き去りにして、二人の会話が進んでいく。

 

「佐伯家当主・佐伯(サイキ)禅治郎(ゼンジロウ)が直々に手を下さねばならないようなことをその女がしたとは思えん。無益な殺生を目の前でされると寝覚めが悪い。それにお前、その死神ごと()すつもりだったな? 軽挙は慎んでもらおう。あまり度が過ぎると、()()も看過できん」

「ッ~~~! ……帰ります。片桐、貴女はもう二度と私の前に姿を現す必要ありませんから」

「そんな……御方様!」

 

 女性の悲痛な叫びに耳も貸さず、”佐伯”は消えた。

 あれは死神で言う所の瞬歩の様なモノだろうか?

 あの速力だと、席官にも目で追えない者も居るだろう。それに全力ではなさそうだったし……

 

 項垂れる片桐と呼ばれた女性に掛ける言葉を失っていると、石田が惣右介たちの方へ歩いてきた。

 

「災難だったな。何があった?」

「僕が彼女を(ホロウ)から護ったら、矢を射られたんです」

「成程な。――片桐、と言ったか。お前、混血統滅却師(ゲミシュト・クインシー)だな?」

「は……い…………」

 

 呆然と彼女が答えたのを一瞥して、彼は惣右介に視線を向けた。

 

「死神、今回はお前にも非がある。滅却師の戦いに手を出すということはその誇りに手を出すという事だ。それを我々は許さない。禅治郎(アレ)は少々短気すぎるがな」

「しかし――」

「分かっている。滅却師の思想は死神には理解しがたいだろう? 私とて死神のソレに対してそうだ。だが、敢えて言うなら救った相手も悪かった」

「それは、どういう……?」

「この女は混血統滅却師だ。簡単に言うなら雑兵の類。純血統滅却師(エヒト・クインシー)を救っていたらそれはそれで面倒だったかもしれんが、それがあの佐伯家に連なるモノだったから尚、運がなかった。奴らは敗北とは死と同義と信じて戦場に赴いている。誇りを汚され、(あまつさ)え長らえたとなれば、一生その汚名は消えん。現にこの女は路頭に迷った」

 

 佐伯が去ってから微動だにしない片桐が目の端に映る。

 薄々分かっていた事実を石田に言われて、喉の奥が渇いていくのを感じる。

 痛い、苦しい、声が出ない。

 

 ならばどうすれば良かったのか?

 見殺しにでもすればよかったのか?

 

 惣右介の瞳が揺れたのを見て、石田は目を細めた。相変わらず無表情のままだ。

 

「お前はまだ青いな。綺麗ごとだけでは戦場で死ぬ」

「ソレの何が悪い! 死神は全ての魂魄に対して平等でなくてはならない。僕に君らの誇りなど分からない。だが、護りたい思いが有るのは同じだ。それが僕にはこうすることだったというだけだ!」

「ほう。ならばその片桐という女、どうするつもりだ?」

「ッ…………」

 

 惣右介が言葉に詰まったのを見て、彼が弓を引いた。

 今度は咄嗟に詠唱できた。

 

「縛道の三十九、円閘扇!」

 

 重い衝撃が円閘扇から伝わる。直に食らうのはマズイ。

 次発が来る前に再び彼女を抱えて移動する。

 取り敢えず、髙橋七席の下へ――

 

「仲間の下へ、か。その先は?」

 

 頭上から声がした。咄嗟に右方向へ飛ぶ。

 土煙と共に、地面が抉られた。

 立ち止まる暇もなく、雨の様な連撃が惣右介たちを襲った。

 

尸魂界(ソウル・ソサエティ)にでも連れて行くつもりか?」

「違う!」

 

 そうだ。僕では真に彼女を救えない。

 イチかバチか――

 

 刹那の間隙に彼女を置き、少し離れた。斬魄刀を鞘に納めたまま片腕を前に構える。

 

「赤火砲!」

「鈍い」

 

 惣右介から放たれた火球は真っ直ぐに石田へと飛んだ。されどその先に既に彼は居ない。

 先程の”佐伯”のように一瞬で移動した石田が惣右介の隣で矢を番える瞬間。

 

「破道の四、白雷!」

「‼」

 

 弦の一点に狙いを絞って白雷を放つ。

 さっきの滅却師もそうだった。彼らの高速歩法は速いが、()()()()()()()()()。だから、相手が反応できない近さと早さで攻撃すれば必ず当たる。それに、恐らく――

 白雷に霊子を崩されて、一瞬彼の弓が乱れた。

 

「六杖光牢‼」

 

 六筋の光で、完全に彼の動きが止まる。

 背後で微かな気配の揺らぎを感じた。

 

 そう、それでいい。

 どうかそのまま――――

 

「はあああッ!」

「……ほう」

 

 斬魄刀を抜き、上段の構えから斬りかかる惣右介に石田は抵抗しなかった。

 刀が振り下ろされる瞬間、惣右介は僅かに体をずらした。

 元々心臓が合った場所――体をずらしたため今は肩だが――に正確に()が向かう。

 惣右介の肩に当たって進路がずれた青い光が、彼の眉の上の肉を僅かに削いだ。

 

「わ……私はまだ、戦えますッ! ですからどうか……御方様……」

 

 震える声で片桐が言う。

 石田の六杖光牢が解ける。

 惣右介が肩と頭から弾ける様に血を散らしながら倒れた。

 

 惣右介と目が合った石田は、視線を逸らすと無言で彼女に近づいた。

 

「良い腕だ、片桐」

「…………」

「お前を捨てるとは、禅治郎も見る目がない。うちへ来ると良い。石田家当主として、私がお前を迎えよう」

「‼ ――あ、ありがとうございます! 命を賭してお仕えいたします!」

 

 

 

 

 

 

 片桐から距離を取り、息を荒めながらも意識を繋ぐ惣右介の隣に石田が立った。惣右介を見降ろしながら石田が眉を顰める。

 

「貴様の掌の上か? 死神」

「……貴方も、そうするつもりだった、でしょう?」

 

 片桐は、死神に己の無力を証明されたがゆえに古巣を追放された。

 ならば、それを現時点で払拭すればいい。――手っ取り早いのは、死神を()()()()()()ことだ。

 

 それに、これは賭けの面が大きかったが、石田は片桐を殺すつもりはないはずだという考えは正しかったらしい。でなければ、それなりに地位があるらしい佐伯に歯向かってまで、彼女を助けたりはしなかっただろう。さっきの戦闘だって、彼は全く本気で闘ってはいなかった。佐伯より近い位置から放たれた矢を円閘扇で防げたのも、白雷で正確に弓を狙えたのも、彼が手を抜いていたからの筈だ。

 

 だから惣右介は、わざと大降りに、大げさに、派手に立ち回り片桐に自分を狙わせた。

 彼女は役立たずなどではない(死神を倒す実力が有る)と彼女自身が信じ、行動できれば、彼女の未来が開けるはず、と。

 一歩間違えば死んでいたが、下手に石田と戦っても同じことだ。

 

「…………これで片桐は戦線に復帰できる。死神に対する負い目もかなり払拭できただろう。確かに私は彼女を拾うつもりだった。お前をどうするかだけが問題だったが、自身を犠牲にしてまで行動するとはな」

「あのとき、察してくれて、よかったです」

 

 六杖光牢で彼を封じた時、下手に抵抗されれば片桐からの一撃を上手く躱せなかった。もしかしたら、片桐が完全に戦意を喪失していて最後まで斬魄刀を振り下ろしていた時、怪我をさせたかもしれなかった。

 

「ふん。押し付けるとは図々しい。だが、悪くない。ただの甘ちゃんではないようだな。名は何という?」

「護廷十三隊、一番隊第十席・藍染惣右介です」

「石田宗弦(ソウケン)、滅却師だ。死神は好かんが――藍染、お前は気に入った」

「それは、どうも…………」

 

 回道の光を胸に当てながら惣右介は苦笑した。

 お節介でこんな傷を負うとは。後で始末書ものだ。

 取り敢えずの回復が終わって惣右介が立ち上がると、宗弦に向き直った。

 

「何だかんだで貴方も甘いです。……こんなことして大丈夫なんですか? 佐伯に楯突いたりして」

「構わん。元々あそことは犬猿の仲なのだ。そういうことは分からずにそこまで体を張ったのか」

「……?」

「知らんのなら良い。いずれ……知ることになる」

 

 苦渋に満ちた宗弦の顔の意味を、惣右介はその言の通りすぐに知ることになる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 任務終了時の集合地点に着くと、神崎たちは既に四番隊によって尸魂界へと搬送されており、惣右介の班の四宮と田中、そして責任者の髙橋七席が待機していた。七席は惣右介の顔を見るなり安堵の表情を浮かべ、それを引き締めながら惣右介を叱責した。

 

「藍染ン! 集合時刻を大幅に過ぎておる! 何をしておった、バッカ者ォ!」

「申し訳ありません! 一時戦闘不能に陥り、回復に努めておりました!」

「戦闘不能⁉ 何があった」

 

 惣右介は逡巡して、掻い摘んでそれまでの経緯を述べた。

 

 虚に襲われていた人間を一名救助。滅却師だった彼女の主人と接触し、戦闘になったが別の滅却師の介入によって軽傷で済んだ、と。

 

 個人名は出さない。無いとは思うが、もし調査などをされたら霊子構造で片桐が惣右介を傷つけたことがバレてしまう。片桐が今度は死神に狙われるなんて笑えない状況にはしたくなかった。ケガをしたのは()()のせいだが、そこはお茶に濁した。

 

「滅却師に! そういうことは逐一報告せい! して、その名は聞かなんだか」

「はい。申し訳ありません……」

「そうか……貴様を助けたものの方もか?」

 

 先輩のその言い方には、石田への敬意が含まれていた。

 命を救う、その重みを知っているヒトの言い方だった。

 

「……いえ、その人の名は――石田宗弦と言うそうです」

「何だと⁉」

 

 思わぬ食いつきに惣右介はちょっと引いた。

 

「御存知なのですか」

「知っているも何も、滅却師の”共存派”筆頭ではないか‼ 成程、藍染、運が良かったな」

「共存派、ですか」

「ああ。お主も耳にしたことぐらいあろう? 現在死神と滅却師は協議を重ねておる。最近奴らの活動が活発になって来よってのう……虚の減少に歯止めがかからんのだ」

 

 死神が虚を倒すという行為は則ち、斬魄刀によって罪を清め、再び輪廻の輪の中にその堕ちていた魂を戻すという行為だ。対して滅却師の行う討伐という行為は、その魂魄の消滅を意味する。少数ならば尸魂界側から現世へ送り出す魂魄の量を微調整すればいいだけだ。しかしその数が一定数を超えると、現世と尸魂界に存在する魂魄の数のバランスが崩れ、最悪の場合世界諸共崩壊するとされている。

 滅却師が増えてきたせいなのか、はたまた別の何かが起因しているのか、滅却師はここ何年かで一層虚討伐(その行為)を加速させているのだそうだ。止めるよう死神側から何度も接触しているのだが、相手は聞く耳を持たない状況が続いていた。

 

「ここらに限らず、特に死神との共存に積極的な一派を纏めているのが先程の石田宗弦率いる石田家と、黒崎咲秋(サクシュウ)率いる黒崎家だ。対してこちらの言い分を聞かない滅却師は――数がこっちの方が圧倒的だからな、一人を挙げるなら佐伯禅治郎率いる佐伯家なのだ。佐伯の方は血の気の多い奴が多くてのう……協議にならんのだよ」

 

 そういうことか、と惣右介は一人納得した。

 石田と佐伯のあの態度の違い、石田の言葉に今更ながら合点がいった。

 

「ああ、そうじゃ」

 

 七席が思い出したように惣右介に視線を戻した。

 

「仕方のなかったこととはいえ、始末書は覚悟しておけよ? 最近は滅却師に対して死神も敏感じゃからの」

「…………はい」

 

 惣右介はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、彼は夢を見た。

 過去の記憶だろうソレは珍しく、いつもの様な悪夢ではない。ただ、不思議なことに、自分の体の動きが少し不自然だった。

 

 顔を上げると、目に映るのは幸福そうな両親の笑顔。

 

『ああ、惣右介――――運な―――うね、貴方。こ―――みならず、――にまで――許され――て……』

『ここで―――れるのは初――――そうだよ。――ことだ!」

 

 聞こえない。

 

 確かにその会話を聞いた記憶はあるのに、何か靄が掛かったように大切なところが思い出せない。

 

(両親の顔がいつもとは全然違う……そうだ、確かに御二人はよく笑っていらっしゃった……ような気がする。何故今日はこんな夢を見たんだろう? こんな幸せな夢が見られたんだ、今日の任務での疲れも吹き飛んでしまうな)

 

 微睡(まどろ)みながらその記憶を見続けていると、彼が毛嫌いしている声が耳元で響く。

 

『ふむ、思い出すには()()()()かぁ……いいよ、我が主。私は気が長い方なんだ。ゆっくりじィっくり()()()を待つとしよう』

 

 微かに笑みを含んだその言葉で彼は飛び起きた。心臓が跳ねる。冷や汗が吹きだす。震える手で寝巻の胸元を握りしめ、暴れる息を落ち着かせる。

 

(何を動揺しているんだ、僕は……どうせ斬魄刀(アイツ)の嫌がらせだろう? 僕を煽って楽しんでるだけだ、きっと…………)

 

 折角のいい気持ちが台無しだと強く目を閉じ眉を寄せた。

 

 暫くして落ち着いてからも耳に纏わりつく彼の斬魄刀の言葉のせいで、結局その後惣右介は眠りにつくことが出来なかった。

 

 

 

 




悩んだ末の簡単な人物紹介

・佐伯禅治郎
 滅却師の家系、佐伯家の当主。
 黒髪短髪、細身だが背はやや低め。見た目二十代前半。今作の主要な滅却師勢では最年少。
 敬語口調で話すが、あまり敬意は籠っていない。短気。

・石田宗弦
 滅却師の家系、石田家の当主。
 白髪短髪、細身の長身。若かりし日の竜弦氏にそっくり。正確に言えば竜弦氏が彼にそっくり。
 この頃はまだ口調きつめ。
 理屈っぽいが、命の選択では理屈よりも感情を優先させる節がある。

・片桐
 佐伯家に仕えていたが、今回の一件で石田家へ。
 大人しめの顔で、黒い長髪を後ろで御団子にしている女性滅却師。混血統内では戦闘力が高い部類だが、佐伯家では境遇に恵まれなかった。
 叶絵さんのご先祖様。名前は未定。というか下の名前を出す予定が無いので、もうただの”片桐”でいこうと思っている。



もうちょっと設定は考えていますが、これ以上はネタバレを含みますので追々……


原作出演勢が出始めましたね。
書いてて楽しくなってきました。
或る漫画のフレーズに、こういうものがあります。

『それは転がる石のように』

一度動き出した物語は、最早自ら止まることは出来ない。
そういう緊張感が出せたらいいなあと思う、今日この頃です。




と、呑気に書いていてふと気付いた事実。

ヒ ロ イ ン が い な い orz

気が付いたら男しかいない。
マソラ先生とか片桐さんとか、女性も居るには居るんですが、潤いが足りない!
何故⁉ えー、しまった……
惣右介氏、自分のことで一杯一杯だし……
一番隊じゃあ惚れた腫れたの浮いた話なんて無さそうだし……

――――もォ、いいです。
このまま行きます。
作者が耐えられなくなったら何か書きます。
というか書きますが載せるか考えます。



こういう致命的なものは兎も角、些細な事でも何かご指摘がありましたら頂けると嬉しいです!


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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