「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
蒼也と朝田さん、2人が無言のまま見つめ合ってどれだけ経っただろうか?
数10分?ひょっとしたらまだ1分も経っていないのかもしれないけれどもこの場の重く冷たい空気が時間の感覚を狂わせているみたいだ。
―ドカッ―
「「「ッ!?」」」
後ろ、教室の出入り口の方から聞こえてきた音に僕たちは視線を向けるとさっきまで朝田さんにすがり付いていた女子が這いつくばりながら教室から出ようとしていた。
今の音は教室の隅に放り捨てられた原型を留めていない椅子の残骸に身体が当たって崩れた音らしい。
「チッ」
「ッ―蒼也!!」
それを見た蒼也が床を蹴り動こうとしたけど朝田さんがそれを許さなかった。
両手を広げて蒼也の進路を遮る朝田さんの眼からはとても強い意思を感じられて僕は思わず見とれていた。
「・・・・・詩乃、そこを退いてよ。じゃないとソイツヲヤレナイ」
「ダメよ。蒼也・・・・もういいわ・・・・もう、十分よ・・・・・・」
「十分?どこが十分なんだよ!!?」
ッ!?蒼也からの今まで感じたことのない気迫に一瞬眼を瞑ってしまった。
再び眼を開けるとそこに居たはずの蒼也が消えていて・・・
「ウギャァァ!!!?」
後ろから濁った悲鳴が聞こえて振り返ってみると教室の出入り口側で蒼也が逃げようとしていた女子の頭を踏みつけていた。
いつの間に!?
「コイツらは、詩乃を苦しめた!!詩乃があの時の事でどれだけ自分を責めて!悩んで!苦しんできたのか知らない癖に!自分達のちっぽけな欲を満たすためだけに詩乃を苦しめ続けたんだぞ!!」
その娘は「ギャァッ!?」と悲鳴をあげながら床に顔面から叩き付けられる。
飛び散った血が蒼也の顔まで羽上がってその白い肌を染める。
「コイツらっは!何もっ!変わらないっ!今、許してもっ!またすぐにっ!同じことを繰り返すだけだっ!だからっ!刻み込むんだっ!詩乃に手を出したらどうなるのかっ!そのクズの頭でも忘れないよう深くっ!永遠にっ!消えない様になぁっ!!」
叫ぶごとに蒼也は何度も何度もその頭を踏みつける。その度に血が飛び散って蒼也の顔を染めていく。初めは悲鳴をあげていた女子も次第に悲鳴は小さくなっていってやがては呻き声ひとつあげれなくなりピクッピクッと小刻みに体を動かすだけになった。
「やめて!!お願い蒼也、もう止めて!!」
朝田さんが涙を流して叫んでも止めようとしない。ただ、怒りとも悲しむとも取れる顔で頭を踏み続けていく。その姿は僕が知ってる今まで見てきた蒼也とは全てが違っていた。
「殺しはしないよ。むしろ、殺してくれって向こうがお願いして来るかもしれないけどね」
蒼也は気絶した女子を蹴って仰向けにすると手にしたハサミを握り締め馬乗りになる。ハサミの先は真っ直ぐに白眼を剥いた眼に向けられていて一切のブレが無かった。
「両目をえぐり取って口の中にでも詰めてやるよ」
まるで弓を引くかのようにハサミを持った右手を引きながらその顔はまた狂気の笑みを浮かべていた。
「・・・人のする顔じゃない」
僕の口からこぼれた言葉は決して友達に対してして良い表現じゃないかもしれない。けれど今の蒼也の顔を見て真っ先に出た言葉はこれしかなかった。
僕は脚が震えて一歩も動く事が出来なかった。
でも、それは恐怖を感じるからじゃない。羨ましく感じたからだ。
朝田さん1人の為にここまで堕ちる事が出来るなんて・・・・
今の蒼也の姿は僕の理想を体現していると言えた。
「じゃあな、」
「ッ〜〜!蒼也!!」
降り下ろされた蒼也の腕を朝田さんが掴んで自分の首へと引くと必然的にハサミの先も朝田さんの喉元ギリギリに向けられた。
「なっ!?詩乃、何を・・・!?」
「朝田さんっ!?」
蒼也も僕も朝田さんの行動に驚く、特に蒼也は目を見開き声も震えていて動揺しているのが分かった。
「ねえ蒼也、昔約束したわよね?私たち二人はもう普通の幸せな生活なんか出来ない。だから二人で支え合って行こうって。一人が道を間違えそうになったらもう一人が絶対に止めようって。だから止めるわ。蒼也が引き返せなくなる前に!」
朝田さんは動揺している蒼也に顔を迫らせ、そして・・・・
「・・・ンッ」
「ンンッ!?」
「・・アッ・・・?」
蒼也の驚く声が聞こえた。自分の何処か間抜けな声が聞こえた。
何が起こったのか理解できなかった。いや、したくなかったのかもしれない。
朝田さんの唇が蒼也の唇を塞いだ。蒼也は眼を見開きながら手から落ちたハサミが床に突き刺さる。
クチュクチュっと官能的な音が教室の中に響いていき見開いていた蒼也の眼もだんだんと細く閉じられていく。
「ンッ・・・ンンッ!」
朝田さんは蒼也の頭に腕を回してさらに深く唇を当てていき蒼也もまた震えながらも朝田さんの背中に腕を回していく。二人のその姿は相思相愛のカップルにしか見えなかった。
血生臭く死屍累々と言えるこの場所に全く似つかわしくないその光景に僕は胸が締め付けられる思いがした。
何かどす黒いモノが心の奥底から染み出てくる様な・・・・重くて、冷たくて、それでいて心地好いナニかが・・・・
視線が蒼也の落としたハサミに向かい続いて蒼也の首元に巻かれているモノ、以前朝田さんとのデートの時に朝田さんが見ていたのと同じマフラー・・・・
あの時、朝田さんがあのマフラーを買ったのは分かっていた。だから僕もそのマフラーとペアみたいに売られていたもう1つのマフラーを買った。
デートの最後にそのマフラーを朝田さんにプレゼントしてそして、朝田さんからはあのマフラーをプレゼントしてもらう。
そんなことを思い描いていた・・・・
結局、その後の事件でデートは有耶無耶に終わってしまったから渡すことは出来ないでいた。それでも落ち着いたら渡そうとマフラーは部屋に置いたままになっている。
でも・・・・後日、学校に向かっている蒼也を見た時に自分の眼を疑った。
その首には以前までは無かったモノが、あのマフラーが巻かれていた。
そう、僕はただ勘違いをしていただけだったんだ・・・・思い返せばデートの間も会話の内容の大半は蒼也の事だった。浮かれていて気に求めていなかったけれど朝田さんの中には常に蒼也の存在があったんだ・・・・・蒼也の存在が大きすぎて朝田さんは僕を見てくてれない・・・・・
考えれば当たり前のことじゃないか。二人は幼馴染みで人生の大半は一緒にいた。朝田さんが苦しんでいる時に側にいたのは蒼也で、きっと今みたいに蒼也が荒れた時は朝田さんが治めていた・・・・
そんな二人の間に僕は入れない・・・・・・・・・・僕は蒼也の立場にはなれない・・・・・・・・・・・・蒼也がいる限りは・・・・・
床に刺さるハサミを手に取り僕は蒼也の首へと向け振りかざした。