ダンガンロンパExtraWorld 〜砂漠のコロシアイ学園生活〜 作:magone
二度目の学級裁判が終わり、生き残った全員を乗せたエレベーターが地上へ向けて動き出した。
「.......」
...先程の学級裁判で超高校級の才能を騙った人物の存在がほのめかされた。それが誰なのか凡そ検討はついてる。
モノクマがどこでその情報を入手したのかは分からない。が、そんなことはどうでもいい。
問題は
目的を果たすまではもうしばらくこの状態を維持しよう。幸運なことに
そう思案を巡らせていると、エレベーターが地上に着いた。
「.......」
さて、行くか。
大願成就の為に。
崩れ落ちる久礼くん。それを嘲笑うかのようにモノクマの声が裁判場に鳴り響く。
「はい!大大大正解でェェエスッ!! 超高校級のエクソシストである鬼頭ちはるサンを殺したのは超高校級の獣医である足立猫クン! そして足立クンを殺したのは〜〜〜! おめでと〜!! 超高校級のガラス職人である氏家幕之進クンなのでした!! よくやったねオマエラ!!」
「氏家じゃない...俺は久礼だ」
久礼くんは力なく座り込りながらもモノクマに訂正を入れた。
「正してる余裕なんてあんのかよ。なぁ、テメェ。おい立てよコラ」
「六車くん...!」
「...何もしねぇよ。どうせコイツは今から地獄を見るんだ。ぶん殴っても俺の気が晴れるワケでもねぇ。ただ...聞かせろよ。何でこんな意味わかんねぇ事件起こした? あ? アイツらがお前に何かしたのか? どうなんだよ、おい!」
六車くんは彼の胸ぐらを掴んで揺さぶった。少々荒く見えるが、六車くんなりに理性を保っているようにも見えた。
「何かした...か。どうなんだろうな。俺もそれは知りたいところだよ」
「は?」
「俺はアダチからあることを聞きたかったんだ。結局は聞けず終いになったんだがな」
「あること? 何すかそれは?」
「まぁ、色々とな」
「聞きたいことがあるからって...そんなの直接聞けばいいじゃない。あんなことをする理由なんて」
「命と情報を天秤にかけて問う。これ以上の効率良い方法はない。それにそう簡単に口を割るような内容ではなかったからな」
そう簡単に口を割る内容ではない?
久礼くんはマオさんに何を聞き出したかったんだ?
「では鬼頭ちはるの方はどうしてだ? 足立猫に用があるのであれば、何故彼女を巻き込むような真似をした?」
「キトウか。キトウは相手役に最適だった。アダチとはネコをどうするかの方針で真逆だったからな。片や殺害、片や保護だからな。その上、学園生活の調和も乱していた。俺が生き残るためにも消した方が良いと考えたんだよ」
「...最適だ?...消した方が良いだ? このクソ野郎、アイツはテメェのおもちゃじゃねぇぞ!」
「何をそんなに怒っている? ムグルマ、お前はキトウとは仲が悪かったんじゃないのか? この傷だって!」
「いっ!」
久礼くんは胸ぐらを掴んでいた手を掴んだ。その手には包帯が巻かれている。鬼頭さんに負わされた傷だ。
「キトウにつけられた傷だろう? アイツがいなくなれば殴られることもない! 何故怒る? そこまでの感情がお前にあったのか」
「放しやがれ!...何で怒るかだと? そんなの俺が聞きてぇよ。イライラすんだよ。お前も!! アイツも!! どいつもこいつも腹に何か抱えやがって。そんなもんがあるから殺し合うんだろ!? そんなもんがあるから死を受け入れちまうんだろ!?」
「六車......」
久礼くんに向けられた声は、徐々に感情が剥き出しになってきたように思えた。
「人間誰しも抱えているモノはあるんだよ。その大小はあれどな。お前だってそうだろムグルマ」
「だからどうしたってんだ? 俺はそれを理由に殺すだ殺されるだの話になるのがムカつくっつってんだよッ!! 勝手にここが終わりだとか決めつけてんじゃねえよ!!」
「そんなことでお前にどやされる筋合いはない」
「あ? アイツを巻き込んだのはテメェだろうが。サイコパス野郎。お前がくだらねぇデスゲームなんかするからアイツらはそうなっちまったんだろうが!!! おい!!」
「やるのか? 結局は暴力か。俺と何も変わらないじゃないか」
「んだと!? テメェ!!」
「やめるぜよ!!!」
今にも殴り合いになりそうだった二人を止めたのは、鮫島くんの力強い声だった。
「もうやめるぜよ六車。これ以上、傷付く必要はない」
「鮫島...」
「ここで血を流しても意味はないぜよ。それより聞かんとあかんことがまだある」
「ちっ!!」
「サメジマ」
「おまんを庇ったワケじゃないき、勘違いするな」
「...ふん」
二人の間に割って入った鮫島くん。その巨体に久礼くんも六車くんも何も出来ることはなく、その場は収まった。
「久礼くん、マオさんに聞きたかったことって何?」
「...そんなに知りたいのか?」
「君が凶行に及んだ理由なんでしょ。そう思うのは当然だよ」
「まぁ...いいだろう。きっかけはあのガチャだ」
「景品ガチャのことか」
「ああ。大量のメダルをゲットした俺は、オアシスドームの鍵を入手するという名目でガチャを回し続けた。出てきたのは大半がゴミだったが、そんな中であるDVDが当たった」
「DVD?」
「そのDVDには㊙︎資料とだけ書いてあった。気になった俺は、DVDが当たったことは報告せずにポケットに仕舞い込んだ。そしてお前らに見つからない時間を見計らって、視聴覚室で中身を確認した」
「...中身は何だったの...?」
「そこには...ある地下室が映し出された監視カメラの映像だった。丁度キトウとアダチが死んだあの部屋の監視カメラみたいな画角だ。その部屋は酷く焦げていた。そこで気が付いた。その地下室は、俺と...ある男が殺し合わされた場所だった」
殺し合わされた場所...???
殺し合わせた、ではなく???
「殺し合わされたって一体どういう...? 久礼爽ってアンタで間違いないんだよね? 他にもそんな奴がいたってこと?」
「かもな。とにかく俺はその映像に釘付けになった。時間にして3分。そのほとんどが変わり映えのしない黒焦げの地下室を映していた。だが、その終わり際、とある人物が地下室に現れた」
「人物?」
「白衣を着たオレンジ髪の細身の男。アダチだった」
マオさんが...? どういうことなんだ? 全く意味がわからない。
「マオちゃんが何でそんな所に...?」
「さぁな。それは俺も聞きたかった。だからやったんだよ。あの地下室のデスゲームを。俺にとってその情報は何よりも優先されるべき事項だったからだ。だからそこで俺は–––」
「はいちょっと待ったー!!」
モノクマが久礼くんの話を大声で遮った。
「なんだよ」
「そこから先は実際に見てもらった方が早いと思ってね! ちゃんと録画してたのですよ〜! やっぱりボクって天才だね!」
「録画? つまりあの地下室で起きたデスゲームってことっすか...?」
「その通り! 百聞は一見にしかずってね。勿論、目を覆いたくなるようなシーンもあるかもですけどね」
「畜生野郎が」
「はいっ! 再生ポチー!」
裁判場の上、そこに置かれた大画面。
モノクマの掛け声と共にあの地下室が映し出された。
薄暗い地下室。まだ二人は気絶しているようだ。
そこに現れる小さな影。これに久礼くんは気付いていなかったようだ。
その影は、真っ直ぐマオさんの方に向かって走っていった。
リンブルバットに違いない。
間もなく、床扉の閉まる音がした。リンブルバットに押されたボタンによって自然と閉じた。
"ガッシャーン!"
その音でマオさんが目を覚ます。
「...な、何の音? い...痛い......頭を殴られたの? なんで? ここは...どこ? ........え? リンブルバットちゃん? どうして白衣の下に? しかもこれ...足枷?...何がどうなっているの?」
困惑の表情を浮かべるマオさん。そんな状況だからか堪らず声を上げた。
「誰かー!! 誰かいないのー!?」
「ん...ん.......うん?」
「ん? 誰かいるの?」
「その声は...足立か?」
「ちはるちゃん!? ど、どうしてちはるちゃんが」
マオさんは咄嗟に白衣の下を隠した。
当然だ。白衣の下のリンブルバットを見ればまた鬼頭さんに攻撃されてしまうかもしれない。人一倍動物想いのマオさんらしい行動だ。
「なんだここは? ん? 足枷かこれは...? どういうことだ足立」
「あ、あたしにもさっぱり...気付いた時にはここに...」
《お目覚めのようだな》
二人の会話に割り込むように不可解な声が聞こえた。
恐らく、久礼くんがボイスチェンジャー付きのスピーカーマイクで話しているのだろう。
それと同時に突然、明るくなる地下室。
「眩しい...」
「一体なんだこれは」
《突然だが、お前たちにはここで殺し合ってもらう》
「えっ......」
「なんだと?」
《お前たちの中央に置かれたテーブル。その上に拳銃がある。それで相手を撃ち殺すんだ。どうだ? シンプルな話だろ?》
「何を言ってるの...あなた誰? モノクマちゃんなの?」
「...誰だろうが関係ない。私たちがそんな真似をすると思うのか?」
《あと先に言っておこう。お前たちの声はこっちには届かない。だから何を言っても無意味だ》
「そんな...」
「えらく一方的だな」
《そして、ここからが重要な話だ。もしお前たちが殺し合わなかった場合、気の毒だが二人ともそこで窒息死することになる》
「窒息死...?」
「......」
《という単純なデスゲームだ。ルールは把握したな》
「...しかし、殺すってことは学級裁判で裁かれる対象になるということ。例えこの場を切り抜けても死地であるに変わりはない。ほぼ詰みじゃないか」
「そんな......」
突如として降り掛かったコロシアイ学園生活とは違うもう一つのデスゲーム。
一方的に説明されるルールにマオさんは困惑して、鬼頭さんは比較的冷静にこの場を見ていた。
「そ、そんなこと...急に言われても」
《そこでアダチ。取引をしないか》
「えっ? あたし?」
《黒焦げた地下室。それをお前は知っているはずだ。そこで起きたことも。"奴ら"と何の関わりがある? 誰の命令でやった?》
「奴ら?」
「ちょ、ちょっと...何のこと? 意味がわからない。奴らって誰かもわからないわよ」
《その真相を話す気があるなら、監視カメラに向けて手を触れ。解放しよう》
「足立」
「そんなこと言われても...知らないものは知らないわよ。記憶にないことは喋れないわ!」
《......そうか。そのつもりなら仕方ない。時間は有限だ。悔いのない選択を選べ。それともう一つ》
「何だ?」
《お前らが窒息死した場合だが、その時はアカホシがクロになる手筈となっている》
「衛ちゃんが!? 一体どういうこと!?」
「.......」
《アカホシの命運も握っている。そのことを念頭に置いて判断を下せ。...以上だ。精々ゲームを楽しんでくれ》
ゲームマスターの声は聞こえなくなったが、場には重苦しい空気が漂っていた。
「ど、どうしよう...あたしたち...このままじゃ......」
「窒息死。行き着くところは死しかない。しかもクロとなるのは赤星衛」
「嫌よ...あたしこんなところで死ねない。まだやりたいこともやらなきゃいけないことも何も出来ていないのに...」
「それは私も同じだ。未だ道半ば。こんな所で死んでる暇なんてない」
地下室は緊迫していた。
互いにどう動くのか様子を見ているようだ。
「...殺すか?」
「まさか! そんなことできないわよ...! 人を殺すなんて...」
「そうか。さて、私はどうしようか」
「えっ? ちはるちゃん...まさかあたしを」
「まだそこまでは考えていない。どの道、ここを出ても恐らく学級裁判からは逃げられない。私たちが殺し合っても結果は見えてる」
「じゃ、じゃあどうするの...」
「...時間はないが、話をしよう。どうせここに閉じ込めた奴には会話は聞こえていないようだしな」
「話?」
そう言うと鬼頭さんは腕を組み、壁にもたれかかった。
「奴が言ってた"黒焦げた地下室"。本当に知らないのか?」
「何のことだかさっぱりよ...。そんな場所見たことすらないわ」
「...だが、私たちを閉じ込めた奴はそのことを聞きたがっている。無理ならやはり最悪の道を辿る他ない」
「.......そんな」
「...取り敢えず、情報を出してみるか。私は外に出ている所を襲われた」
「外に?」
「"グラウンドで悪魔を捕まえた。祓ってくれ"という手紙がドア下にあった。怪しいとも思ったが、私をどうこう出来る奴もいないと考えた。それが甘かった。何かを注射されたんだ。すると意識が飛び、気が付くとここにいた」
「注射...まさか麻酔銃を?」
「麻酔銃?」
「多分あたしの持ってた麻酔銃を奪われたんだわ」
「そんなものを所持していたとはな」
「護身用のつもりだったの。黙っててごめんなさい...」
「過ぎたことはもういい。それでお前はどうしてここに? 」
「あたしは部屋に夜時間だから戻ろうとした時に後ろから殴られて...おかげで頭が痛いわ」
そう言って後頭部を撫でるマオさん。
尚も二人の会話は続く。
「顔は見てないか?」
「見てない。ちはるちゃんは?」
「残念ながら」
「そう...何か心当たりぐらいあればいいんだけど」
「心当たりか...これは平子から聞いた話だが、このやり口は久礼爽という奴の犯行に似ているとは思う」
「クレイソウ?」
「私たちが置かれているこのデスゲームをいくつも開いた猟奇的殺人犯。裏の通り名を希望の象徴と準えて"超高校級のゲームマスター"と言ったらしい」
「超高校級のゲームマスター...まさか雨城ちゃんが言っていた『オマエラの中に超高校級の才能を騙る偽物がいる』って」
「誰かは分からないが、可能性は高いとは思う。わざわざこんなことをするような奴だしな」
鬼頭さんとマオさんは既に久礼くんに感付いていたのか。
「しかし、久礼爽が私たちの中にいるとしてソイツが誰かわからないんじゃどうしようもない。仮にわかったとしてもここから脱出しなければ話にならない」
「ということはやっぱり......いやダメダメダメ。そんなことは...」
「だがこのままではいずれ共倒れだ。ならばどちらかが生き残った方が良い。違うか?」
「ちはる...ちゃん?」
拳銃の置かれたテーブルに向かい、歩き出す鬼頭さん。
「ちはるちゃん、まさか」
「...これが拳銃か。初めて持ったな」
「や、やめて...」
「私の手は既に汚れている。今更...!」
「ひっ...!」
瞬間、鬼頭さんは銃口をマオさんに向けた。
「私は...例え詰みだとしてもここで死ぬワケにはいかない。まだやるべきことが残ってる」
「ち、ちはるちゃん......」
「.......」
「うぅ......」
「......クソ」
そう吐き捨てると鬼頭さんはテーブルに拳銃を置いた。
「ちはるちゃん...」
「......」
鬼頭さんは何も言わず壁際に座り込んだ。
その後、しばらく会話は交わされることなく、ただ時が過ぎ去っていった。
そんな中、口を開いたのは鬼頭さんの方だった。
「すまなかったな」
「えっ......?」
「私はお前を撃ち殺そうとした」
「でも...止まってくれたわ」
「......撃ち殺そうとしたのは本当だ。その事実に変わりはない」
「ふっ...ちはるちゃんって真面目よね」
「何を言っている。私は数年前までは不良少女だったぞ」
「そうなの? でもそのことはあまり関係なく思うわ。ちはるちゃんのそれはもっと深い所に根付いてるものだと思うわ」
「...お前にはそう見えるのか」
「ええ」
空気が少しずつ柔んでいくのを感じる。
数分後、マオさんは白衣の下を気にし出す様子を見せた。それは鬼頭さんにも分かったようで。
「さっきから何をしている? 白衣の下に何かあるのか?」
「い、いや...そんなことはないのだけれど...」
「ん?」
マオさんとしてはリンブルバットを鬼頭さんの前に晒すワケにはいかない。そんな様子を見ていると...。
《残り1時間。その間にここから脱出しなければどちらも死ぬぞ》
「あと1時間しかない?」
「くっ...」
《話す気にはならないか、足立》
「そんな...話せることなんてあたしには何もないわ!!」
監視カメラに向かって必死にそう訴えるマオさん。しかし、その声はゲームマスタールームの久礼くんには聞こえていない。
《...どうやら無駄のようだな。ならば早めにどちらが死ぬか決めた方がいいぞ。そうしないと仲良く窒息することになるぞ》
「何様だお前」
《さあ。そろそろ夜明けも近い。どちらが朝日を見れるか、楽しみだ》
「外道が」
「......」
《それでは。ご両人》
「待て!!」
《......》
そう言い残して消えるゲームマスターの声。
「くっ......どうすればいいんだ...!」
鬼頭さんは拳を壁に叩きつけ、怒る。
「ねぇ...ちはるちゃん......」
いつものテンションとも違う声音でそう話し掛けるマオさん。これから話すことを予想してしまった僕は静かに息を呑んだ。
「何だ足立」
「......あたし達は多分、もう生きて帰れない。例え、ここでちはるちゃんを殺して外へ出ても今度は圧倒的不利な学級裁判を乗り越えなくちゃいけない。しかもそれは他のみんなを犠牲にしなくちゃいけない。そんなことできる?」
「......足立、何を考えている?」
「あたしは...あの子を救いたい」
「あの子...? 赤星のことか?」
「そう」
「救うと言ったって...その為には私たちが殺し合わないといけないぞ」
「そうね。...ねぇ、ちはるちゃん。今からあたしの言うことをよく聞いていてね」
裁判場のみんなもモニターを注視している。
マオさん......。
「ちはるちゃんのやるべき事も果たせる。その上、このゲームマスターをクロにすることも出来るかもしれない」
「...なんだと? どういうことだ」
「一つ思い付いただけ。でもこれは...あたし達の命を使うこと。つまり、死ぬことは確定しているわ」
「......私のやるべきことが果たせる。それはどういうことだ?」
「...見た方が早いわね。だけどなるべく驚かないでね。ゲームマスターに怪しまれるかもしれないから」
そう言うとマオさんは白衣の裏を見せた。
そこには鬼頭さんが悪魔と呼んでいたネコ、リンブルバットの姿があった。
「なっ...!?」
「静かにね」
ハッと息を呑む鬼頭さん。完全に瞳孔が開いているが、なんとか体は平静を保っていた。
「何故そこにいる?」
「気付いた時にはもうここに。この仔、この場所が好きだから入ってきちゃったのかもね」
「...それとさっきの話が何の関係がある?」
「順を追って説明するわね。まず、あたしがここで目覚めた時に聞こえた重く響いた音。それがそこの扉なのよ」
「...あれか。それが?」
「あの扉...多分床扉よね、そこに赤いボタンがあるのが見えるかしら」
「ああ」
「多分それを押しちゃったんじゃないかな? リンブルバットちゃんが」
「どういうことだ?」
「リンブルバットの爪に赤い何かがあったの。それは多分そこのボタンの素材。よく見ると引っ掻いたような跡も見える。つまり、この部屋を密閉したのはリンブルバットちゃんかもしれない」
「この悪魔が? 何でそうなる? 奴は赤星が閉めたと言っていたが」
「それはないわ。だって夜時間は部屋にいるってあたしと約束したからね。それにあの時の音的にリンブルバットちゃんが入った所で衛ちゃんが床扉を閉めたってことになる。そんなの考えられない」
「...あのボタンを押せば自然と閉じる仕組みになっているとかならばあり得るな。だが仮にそうだとして足立...お前は何を考えている?」
「ちはるちゃんの望みをあたしが叶える」
「なに?」
「これは取引...あたしがちはるちゃんを殺す代わりに」
マオさんは今にも泣いてしまいそうな顔で。
「あたしが...あたしが......
リンブルバットちゃんを殺す」
震えながら言った。
「 ...足立、今お前自分が何言ったかわかってるのか」
「ええ。これもゲームマスターを追い詰める為の手の一つよ」
「どういう腹積りなんだ?」
「全部説明するわ。よく聞いてね」
マオさんはゲームマスターをクロとする策を鬼頭さんに話す。
マオさんが鬼頭さんを射殺。その後にバレないようにリンブルバットを射殺。マオさんはそれと同時に自殺したフリをする。足枷を解除されることなく、マオさんが窒息死すれば、クロはこのゲームを仕組んだ者になるはず。と。
マオさんが話したことは裁判で明らかになったこととほぼ変わりは無かった。
すると鬼頭さんが言う。
「薄い筋だ。そんな都合良く行くとは思えない。相手はこんな状況でデスゲームを始める異常者だぞ」
「でもこの場所は恐らく学園内のどこか。ということはゲームマスターだって用意されたものを使っているだけよ。現にあたし達の声は聞こえてないみたいだし」
「...お前はいいのか。そんな自分の尊厳すら殺すような真似。本当に実行できるのか」
「...あたしがどれだけの仔を看取ってきたか知ってる? どうしようもない仔だっていた。ゆっくり死んでいく他ない仔たちを酸素室越しに眺めるしかない。時には安楽死の処置だって...あたしは...すべての命を救ってこれたワケじゃない」
「足立...」
「ここに居てはいずれこの仔も窒息死する。そんな苦しいことは...あたしだけで十分。安楽死とはほど遠いけどせめて一瞬の内に終わらせることが出来るなら...」
「とうに覚悟は済んでいたか。足立、お前を甘く見ていたようだ。だが、この策は少しばかり穴がある」
「穴?」
「死体が発見される順番だ。もし私が最初に発見されれば、そのクロはお前になる。校則に従えばそうなる」
「そう...確かにそうよね」
《うぷぷ》
「え?」
聞き馴染みのある声。それはもう一人のゲームマスターであるモノクマのものだった。
裁判場のモニターを見ている久礼くんも驚きの様子を隠せないでいた。
「モノクマちゃん?」
《最初に言っておくと、オマエラをここに閉じ込めたヤツと関係ないからね。ソイツにはボクの声は聞こえてない。その為にここの声を届かなくしてるからね》
「何の用だ?」
《少しだけステキな提案をね》
「提案?」
《校則の上書き。最初に死体で発見された犯人が既に死んでいた場合、更に犯人を殺した者をクロとする。こんな感じに出来るけどどうする?》
「何でそんな話をあたし達に?」
《うぷぷ。そっちの方が面白そうだしね〜。ボクとしては実行してくれた方が良いと考えたんだ。その為に校則が邪魔ならこの程度なら上書き可能ってこと。そーれーにー! 今回はあまりにクロに有利すぎる舞台だと思ったんだ。これくらいしないとバランスが取れないよ》
「結局は自分の為か。反吐が出る」
「上書きしてくれるなら何でもいい。それでお願い」
《アイアイサー! いやーこれで退屈せずに済みそうだよ! じゃ、またね〜》
「またねって...もう会うことはないでしょうに」
モノクマめ、面白さの為に校則を更新したのか。
久礼くんはモノクマを睨んでいる。
「それじゃあ...やりましょうか」
「......そうだな」
「...ちはるちゃんは、本当にいいの?」
「今更何を。どうせ八方塞がり。死の運命からは逃れられん。忌々しいが、現実だ。だが職業柄死ぬことも覚悟の上。それに」
「それに?」
「私は...兄を手に掛けた。記憶はないが、恐らくそうだろう。私は悪魔に取り憑かれた兄をこの手で殴殺した。その罪が消えることはない」
「ちはるちゃん...」
「故にその悪魔を葬ってくれるとあらば、受け入れる。己が手で祓えないのは些か歯痒いが...致し方ない。兄の朗誦も効かなかった悪魔だ。完全に祓えるとは思わないが、私の心を鎮めるには十分だ」
鬼頭さんはこれまで見たことないぐらい、穏やかな顔をしていた。
「私はもっと生に執着すべきなのだろう。私の救済を待つ者もいる。それを置いて逝くというのだ。身勝手極まりない。...私もアイツのようにバカなら、こんなことを思わずに済んだのかもしれんな」
「アイツって...もしかしてミゲルちゃん?」
「そんな話はいい。時間もない。そろそろ始めよう」
「そうね......」
マオさんはそう言うと一歩、また一歩とテーブルに向かい、歩み始めた。そして、そこに置かれた拳銃を手に取ると、その銃口を鬼頭さんに向けた。
「...ちはるちゃん」
「震えているぞ。しっかりと狙え」
鬼頭さんは十字架を握りしめ、目を閉じ、空を向く。
マオさんは涙を流しながら、震える手を抑え、構えた。
「天に御坐す主よ。使命を放棄し、死を受け入れることをお赦しください」
「ちはるちゃん!」
「やれ、足立」
「...っ!!」
「...結局、私は何もかも中途半端なエクソシストだったな。悪魔に取り憑かれていたのはもしかしたら私の方だったのかもしれないな......。
......本気で殴ってすまなかったな。さらばだ、六車」
そして轟く銃声。
「はぁ...はぁ......ああ...ああ.....ちはるちゃん......」
弾は額を撃ち抜いた。
鬼頭さんはそのまま仰向けに倒れ込むと二度と起き上がってこなかった。
「くっ.......」
《おめでとう。まさかアダチがキトウを殺るとはな。お前が勝者だ》
「それは残念ね...でもこれで終わりじゃないわよ......」
《ん? 何をしている?》
「これも聞こえてないんでしょうけど、ちはるちゃんと衛ちゃん、それにこの仔を巻き込んだことは許さない。あなたにもこっちに来てもらう」
マオさんはそう吐き捨てると監視カメラに背を向け、もう一度銃を手に取り、自分の腹に発砲しようと構えた。
でも実際は、銃口を向けられているのはリンブルバット。それに久礼くんは気付いていない。
「リンブルバットちゃん...ごめんね...ごめんね...せめて苦しくないようにするからね.......」
マオさんは大粒の涙を流しながらリンブルバットに銃を向ける。内ポケットに入ったリンブルバットは静かに眠ってるようだった。
「ひっ......うっ.......あぁ...本当に...本当にごめんね......あたしもすぐにそっちに逝くからね........くっ!!」
そして、二度目の発砲。
マオさんはそのまま後方へとのけ反り、壁を背に座り込み、動かなくなった。その白衣の下の方から赤い血溜まりが形成されていく。
《自殺か。お前はその選択肢を取るんだな》
《"大願成就"はまだ先か》
《......》
そう言うと地下室の明かりが消えた。まるでゲームは終わりだと告げるかのように。
だが、マオさんに付けられた足枷は外されないままだった。
「.......これで...いい...あとはみんなに託すわ......」
マオさんは、漏れ出すような小さな声で呟いた。
「.......ああ...これで...終わりなのね.......」
「はぁ...はぁ...」
「はぁ......はぁ......」
「はぁ..................」
「死にたく...ないなぁ......」
マオさんは、涙が滴り落ちると同時に息を引き取った。
死にたくない。
その言葉を聞いて、僕は溢れる涙を止められないでいた。
「マオさん......」
僕も毒入りコーヒーを飲んだ時、死にたくないって思った。どれだけ辛かったんだろう。看取ってくれる人もいない中で孤独に死ぬ。迫ってくる死に恐怖しながら、ただ一人で.......。
あの優しかったマオさんが、どうしてこんな酷く苦しい最期を迎えないといけないんだ。
「 ...マオ.......リンブルバット......」
「マオちゃん...ひっ...」
「あのバカ...謝んなら目の前で言えってんだ。クソが...!」
「これは...壮絶すぎるぜよ」
「.......」
反応は十人十色だった。
赤星さん、それに加えて繭住さんと古畑さんも嗚咽を漏らしている。
萬屋くんも涙を拭っている。
六車くんも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
鮫島くんは眉間に皺を寄せ、睨むようにモニターを見ている。
勅使河原さんと平子さんは無言で様子を観察している。
そして、久礼くん。彼は動画が終わると直ぐにモノクマを怒鳴りつけた。
「おい! どういうことだ! コロシアイにお前は干渉しないんじゃないのか!? どう見たって後押しだろ! あれは!」
「ゲームバランスを考えただけだよ。ボクはフレキシブルな対応をすることで有名だからねっ! ボクはこうしろ!なんて命令はしてないし、あくまでそれは本人たちの決断だ」
「屁理屈だろ。介入してる事実に変わりはないじゃないか!」
「ゲームマスターであるボクに逆らう気? ここはオマエじゃない、ボクの支配する空間なんだよ。わかる? 」
「くっ...!」
「今回はとても有利な舞台だったはず。それを活かしきれないのはボクの責任じゃないし、実行したのはオマエ自身だ。ボクはアクセントを加えただけ。裁判が面白くなるようにね! わかったらもうゲームマスターであるボクに楯突かないでね」
どちらも身勝手なのに変わりはない。
「久礼くん、結局は貴方の思惑通りにはならなかった。足立くんは、貴方の言う情報を知らないように見えたわ」
「...そのようだな。しかし俺が見た映像にアダチが居たことは事実だ。ほら、これだ。適当に確かめればいい」
そう言うと、ポケットから1枚のDVDを取り出し、それを平子さんの足元に向けて放り投げた。それを平子さんは拾い上げた。
「久礼爽」
「何だ、テシガワラ」
「君が時々言う"大願成就"とは何だ? あの映像にも残されていたが」
「...確かに口に出ていたようだな。気になるよな。これはもっと大きな計画の話だ。アダチとキトウの件はそれを叶える為のタスクに過ぎない」
「タスクだと?」
「...フッ、教えてやろう。お前たちが入学しようとしていた希望ヶ峰学園が一体どんな所なのかをよ」
そう言うと彼は語り始めた。
超高校級のゲームマスターに至るまでの物語を。
その顛末を。
周りが全員馬鹿に見えた。
俺は当時中学生。周りから見ても何のこともない普通の男だった。
教室を見回すと、大柄の男が眼鏡の男を虐めていた。廊下を見ると、金髪の女が小柄な女を虐めていた。それらを目撃しているにも関わらず、スルーを決め込む担任教師。
そして、俺も特別何もしなかった。
こんなもんだよな。世の中。
達観というより諦観。とっととノーマルエンドでも引いて終わりたい。そんなことを思い、生活してたある日のことだった。
虐められていた少年少女はそれぞれ自殺してしまった。示し合わせたワケではない。アイツらは偶然にも同時期に死ぬことを選び取ってしまった。
そのことを担任教師から聞いた日、主犯格どもは悪びれる様子も悔いる様子もなく、日常へと帰っていった。
特別死んだ奴らと仲が良かったワケではない。
でも、何故か怒りの感情がとめどなく溢れてきた。救いの手を差し伸べなかった俺にそんなことを思う資格なんてないだろうが、行動せずにはいられなかった。
俺は主犯格どもを誘拐した。その為の道具も設備も用意した。
大柄の男と金髪の女を地下室に閉じ込めた。奴らは喚き散らしながら何がしたいんだ?と訊いてくる。
《殺し合え。生き残った方を家に帰してやる。制限時間は1時間。それを過ぎれば爆弾を起爆する》
そう答えた。死んだ奴らへの贖罪の気持ちはない。だが、コイツらがのうのうと無難なエンディングに向かうのが耐えられなかった。
二人ともはじめはゴチャゴチャ言ってたが、時間が進むに連れて、相手を敵だと認識し始めた。
言葉の応酬から始まり、地下室内に散らばる武器を手に取り、殺し合いを始めた。大柄の男は斧を手に取って殴り掛かろうとするが、先に金髪の女がボーガンで大柄の男のこめかみを撃ち抜いた。だが、それでも男の勢いは落ちず、金髪の女の頭を斧が刺さった。結果は相打ちだった。
《終わりか》
バッドエンドにて終幕。
誰も生き残ることは出来なかった。
こんなことをしても意味がないなんて理解してる。でも主犯格どもが殺し合う姿は、何故か俺の心を満たした。今まで感じてこなかった高揚感がそこにはあった。
それからは同じようなゴミを集めてはデスゲームを強いた。
何度も、何度も、何度も。
心地がよかった。もう他のことなんてどうでもよくなっていた。そんな生活が数年経過した。
そんな折、一本の電話が。親父からだった。
「何だよ、親父」
『お前、とんでもないことをしてくれたな』
「...何のことだよ」
『惚けるな!! お前がやらかしたこと、全て把握してる!!』
親父は警察機関の幹部だった。詳しい役職は俺も興味無かったから知らない。だが、そんな親父の耳に入るほど捜査は進んでいたらしい。
「だったら何だよ」
『...今回のことは何とかこちらで揉み消す。お前がやらかしたことが表沙汰になれば私のキャリアも終わりだ。いいか! 私が帰るまで家で大人しくしてろ』
「結局は自分の保身かよ」
『ふざけるな!! 私は家族の未来の為に!!』
「だったらテメェの息子のことぐらい知っとけよ!! 何年も話してないのに...今更家族ヅラすんな!!」
そう言って電話を切った。
どうやら親父が事件を揉み消すらしい。こちらとしては好都合だが、家に帰るワケにはいかなかった。
地元に居ては見つかってしまうと考えた俺は、適当に電車を乗り継ぎ、適当に街に出た。雨の中、アテもなく彷徨い続けることしか出来ない。どうしたものかと頭を悩ませていると。
「久礼氏...?」
そんな声が背後から聞こえた。誰だ? 俺をそんな呼び方する奴なんていたか? そんなことを思いながら恐る恐る振り返る。
「......」
「お? やはり久礼氏ではないですか! お久しぶりですな〜こんな雨の中を傘もささず何処に?」
そこにはゴーグルに黒マスクを付けた男が立っていた。
「お前、誰だ?」
「おっと失敬! そうですな。小生すっかり変わってしまいましたからね。...ごほん! 小生の名は、氏家幕之進! 改めてお久しぶりです久礼氏! 小学校ぶりではありませんか?」
「う、氏家!?」
氏家幕之進。小学校時代にクラスメイトだった男だ。低学年の頃に俺が転校して、それっきりになっていた。
「お前、俺と同じぐらいデカくなったな。てかその不審者かと思ってしまう顔の装備は何だ。全然分からなかったぞ」
「あ、これは少々ありましてですね」
「ふーん。しかしよく俺だと分かったな。俺もあれから成長したはずだが」
「分かりますとも! 昔の面影が残っていましたゆえ!」
「へぇ。そうなのか」
この独特な語り口。会話を重ねるうちに間違いなく氏家本人だと確信した。
「久礼氏は何故ここに? 観光ですか?」
「観光...いや.......」
「おや? では何の目的があって?」
「実は...家出してきた」
「なんと!!」
嘘は言ってない。
「アテはあるのですか?」
「いや......」
「ほう? それじゃあ、我が工房に来ますか?」
「工房?」
「あっ! 小生実はガラス職人でして、その工房が近くにあるのでそこなら寝泊まりも可能ですぞ」
「マジか。お前ってガラス職人だったのか。...てかいいのか? そんなお前の工房に」
「構いませんぞ。どうせ一人しかいない工房ですし、小生も喋り相手が出来るなら嬉しい限りです!」
「じゃあ...しばらく世話になっていいか?」
「ええ!」
俺は氏家の優しさに甘えた。そうしないと俺がどうにもならなそうなのは目に見えていた。結果として俺はそんな氏家を地獄に引きづり込んでしまうことになるんだが...。
「ようこそ! 我がガラス工房へ」
そこには色彩豊かなガラスの作品たちが棚に無数に陳列されていた。奥にはこれらを作ったであろう設備が並んでいる。
「これは...凄いな。全部お前が作ったのか?」
「無論! 小生が作った品々ですな。こう見えても巷では1000年に1人の天才と呼ばれていますから」
確かにこの作品群を見た後だとそう称されるのも頷ける。それほどに繊細で優美な作品がずらりと並んでいた。
「凄いな」
初めてだったかもしれない。
生まれてこの方、こんなに目を奪われた体験なんてなかったろう。
「素直に褒められると照れますな〜。良ければ自分の手で作ってみては如何ですかな?」
「俺がか?」
「ええ、是非とも!」
そう言われてやってみたものの出来上がるのは、いまひとつな作品ばかりだ。氏家は良いセンスと褒めてはくれたが...比べる相手が悪い。
そして、俺は氏家の家に居候させてもらうことにした。金は腐るほどあるらしく、生活費には困らなかった。工房の仕事も手伝ったりした。少しはマシなものを作れるようにはなったが、それでも氏家の足元には到底及ばない。
そんな生活が1年ほど経過したある日。
希望ヶ峰学園に氏家がスカウトされた。
「さっきの男、客じゃなくてスカウトマンだったのか」
「まさかまさかのでしたな! いや〜やはり小生は光の魔術師ゆえ希望の象徴としてほっときませんでしたか〜! てれてれ」
「良かったじゃないか。お前の実力が認められたんだ」
「そうなんですが...一つ問題点がありまして。希望ヶ峰は全寮制っぽいので久礼氏と別れ別れになってしまいます」
「なるほどな」
割と死活問題だった。家出した俺にはアテはなく、頼りになる他の友人もいない。どうしたものかと思ってると。
「そこでなんですけど! この工房は、久礼氏にお譲りしようと思うのですよ」
「えっ?」
「久礼氏も立派なガラス工芸家。小生から見ても才を感じます。久礼氏さえ良ければ是非とも!」
「だが...さすがに悪くないか? お前の設備だぞ」
「良いのですよ。向こうにもどうやら既に設備は整えられているようで。小生が持参する品もほぼありませんので」
「そうか」
「では頼みましたぞ!」
どこまでも優しい男だった。俺は氏家の提案を快く了承した。
その数時間後のこと。工房の郵便箱にデカい茶封筒が突っ込まれているのを発見した。
「依頼か?」
氏家宛にガラス工芸品の作成依頼なんて珍しくなかった。きっとその類だろうと、茶封筒を確認してみるとそこにははっきりと"久礼爽様"と印字してあった。
「何で...だ? どうして俺がここにいると?」
無論、俺はここにいる事実など誰にも知らせていない。スマホすら捨てている。なのに何故俺の居場所が? 恐る恐る封筒の中身を確認する。
そこには"超高校級のゲームマスター"として俺を希望ヶ峰学園にスカウトするという旨の記載があった。
「は?」
意味がわからなかった。確かに学園はやべー奴も入学させているとも聞くが、まさかそんな事はないだろうと考えた。しかし、現に俺の手にはその証明書がある。
「どういうことだ?」
氏家に聞くことは出来ない。アイツは俺が過去にデスゲームを主催していた事実を知らない。
どうしたものかと歯噛みしていると。
首元に鋭い痛みが走る。
その後間もなく、俺は意識を手放した。
恐らく、麻酔針だったのだろう。
「......」
「......」
「......うぅ.......痛ぇ...何だ...どこだここ?」
気が付くと薄暗い部屋の中にいた。そして、何故か片手を手錠で拘束されている。
「...その声は久礼氏ですか?」
「なっ...!? 氏家か?」
どうやら直ぐ近くに氏家もいるようだ。
立ち上がると、手術台とも思えるテーブルに片手を拘束されていた。よく見ると反対側にいる氏家も似たような感じだ。そして、その手術台らしきものの上には数多くの凶器が並べられていた。
「こ...これは...?」
正に俺が仕組みそうなこと。そう直感的に思った。
「いやはや...なんですかこれは...まるで今から殺し合えと言わんばかりの」
「...氏家、ここがどこだかわかるか?」
「いえ、わかりませんな。誰かに意識を奪われたらしきことはなんなとく憶えているのですが」
「そうか...」
十中八九、俺のせいだ。多分氏家は俺が世話になっていた相手だから捕まえられた。恐らく、過去に俺が殺し合わせた誰かかその関係者が仕組んでいるに違いない。これは復讐、そう考えた。
「すまない。これは恐らく俺が悪い」
「な、何故ですか?」
「実は...」
その瞬間だった。近くに落ちたラジオから声が聞こえた。
《お早う。氏家クンに久礼クン》
「な、何ですか!?」
《キミたちには殺し合ってもらいます。ルールは簡単。相手が死ねば勝ち。そうすれば手錠が解かれ解放される》
「な、なんと!! ま、まさかデスゲームということですか?」
《制限時間内に殺せなければ、その地下室に火を付ける。両名ともに死にたくなければ、目の前の相手を殺して自由を勝ち取ってください。以上》
「待ってください! このような暴挙! 許されるワケありませんぞ!!」
「......話は通じていないようだな」
「そ、そんな...」
そうこうしていると、手術台の上に置かれた時計の針が動き出した。11時55分。つまり5分しか残されていないということ。仕掛ける側だったからか、頭では冷静に考えることが出来た。でも体はそうはいかない。目の前を氏家を殺す行動を起こせない。
「5分か。クソッ!!」
「落ち着いて、逃げられるかどうか考えましょうぞ! この手錠、そこのナイフで切れるかもしれません」
「無駄だ」
「久礼氏?」
「俺ならそんなヘマは起こさない」
「俺ならとは一体...?」
「俺は昔、人と人を殺し合わせる殺人鬼だった」
「なんですと...」
「だからこれは報いだ。氏家、お前は心配することない。俺が死ねばお前の手錠は開く」
そう言うと俺はナイフを持った。そして、その刃先を首に突き立てようとした。
「待ってくだされ!!」
「離せ! 氏家!」
「早まらないでください!! 久礼氏にどんな過去があろうとここで死んでいい理由なんてないはずですぞ!!」
「だが! どちらかが死ななければどちらとも死ぬ!! 俺はこんな所でお前と心中するつもりはない!! 生きろ氏家。お前には才能がある。お前のガラスで...人は救われるんだ!!」
「それとこれとは話が違います。人の命は平等であるべき...捨て置く命などあってはなりません!」
そんなことを話している時間なんてなかった。気付くともう時計の針が12時を示そうとしていた。
「くっ!! 間に合わねえ!!」
針が12時を指した瞬間、火の手が地下室に周り始めた。
「火が...!! 熱っ!!」
火の粉が頬を焼き、思わず手を離してしまった。
それがいけなかった。離した反動で氏家の顔は凶器だらけの手術台に勢いよく突っ込んでしまった。
「氏家!!!」
「...あっ......これは.......不味いですね...」
氏家の喉に包丁が突き刺さっていた。
「絶対に抜くなよ氏家!! 抜けば出血多量で死ぬぞ!!」
「なるほど...ならば......」
氏家はそう言うと包丁を抜き取った。
「氏家...お前......なんで....」
「どちらかが生き残る方法...ですよ......」
「馬鹿野郎!! 早く血を止めろ!!」
「良いのですよ...もう.......」
「いいワケねぇだろ!! お前はこんな所で死んでいい人間じゃねぇだろ!!」
「良いのです。ここ1年凄く楽しかったですから」
そう話していると火の粉で焦げたのか、黒いマスクが落ち、氏家は素顔を晒した。この1年、1度足りとも見たことのなかった素顔を。
「氏家...その顔......」
酷い火傷の痕だった。顔全体に広がり、幼少期の面影はほとんど無かった。
「酷い事故でしてね...両親もその際に亡くしました。友達もこの顔では寄り付かず、次第に離れていってしまいました。小生は...1人になってしまいました」
「お前...」
「ガラス職人で何とか食べていくことには困りませんでしたが....それでもずっとずっと寂しかったのですよ。そんな折、久礼氏と再会しました。嬉しかったです。またこうして笑って喋ることが出来るなど夢にも思いませんでしたから...」
「もういいから...喋るな氏家...血が...」
「久礼氏...もう良いのですよ。小生はもう助かりませんゆえ」
「氏家...」
「小生から離れてくだされ。火が小生の足元にもう」
その火はたちまち氏家を包み込んだ。
「氏家......!!」
「逃げて...生きてくだされ...どうか....どうか....」
「氏家待て!! 逝かないでくれ氏家!!」
俺は死にゆく氏家の体を持ち上げた。炎が俺の顔を焦がしていくが、そんなのはもう関係なかった。
手錠が開いた。氏家が死んだのだ。
「氏家...! ああ......ああああ!! あああああああああああああああああああああ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
氏家の体は完全に炎に飲まれた。
俺は...そこから命からがら脱出した。
「殺す」
氏家を死に追いやった奴を絶対に殺す。たとえそれが俺の自業自得だとしても。氏家が死ぬ理由はない。
俺が氏家の工房にいたことを知っていたのは、希望ヶ峰学園。ならばその関係者が仕組んだことに違いない。
殺してやる。
俺は希望ヶ峰学園に入学し、復讐することにした。
超高校級のゲームマスターとしてではない。
超高校級のガラス職人として俺は入学する。
アイツの遺志は俺が継ぐ。幸いにも似たような体型。おまけにアイツは常日頃から顔を隠していた。あと口調さえ真似すれば、成り代わるには十分。
見付け出してやる。必ず。
それが俺の大願。
それを成就するためだけに俺は生きている。
たとえ、どんな非道な行いをしようとも。
「希望ヶ峰学園への復讐のためだったと?」
「そう言うことになるな」
本物の氏家くんが目の前で...。
今まで彼のやったことはその復讐のためだったと?
でもそれが事実だとしても2人にデスゲームを強いた罪が消えるワケじゃない。同情なんて...できない。
「さっきの足立くんが映っていたDVD。それが貴方と氏家くんがデスゲームを強いられた場所だったってことかしら?」
「そうだ」
「ということはマオさんが本物の氏家くんの死に関与していたってことすか...?」
「さぁな。結局アイツは口を割らなかったしな。もしくは本当に記憶そのものがないのかもな」
「記憶がない?」
「可能性の話だ。それよりわかったろう? 希望ヶ峰はそんなとこだ。このコロシアイ学園生活だって彼奴らの仕業に違いない! そうなんだろう? モノクマよぉ」
「ボクは"絶望ヶ淵学園"の学園長なんだけどな〜」
「言ってろ」
希望ヶ峰学園がこんなことをするとは思えないけど。そこで以前見た"人類史上最大最悪の絶望的事件"のことを思い出した。創作だと思ってたけど、まさか...本当に? いやそんなことは...ないと信じたい。
「爽」
「アカホシ?」
「爽も色々あったのはわかった。でもマオとちはるを殺したのは許せないよ」
「だろうな。許されるつもりもない」
「でも本物の幕之進が死んだことも許せない」
「...何が言いたい?」
「爽はこれから死ぬ。だからその犯人はぼく達が見つけるよ」
「は? 何言ってんだよ。俺はお前を陥れようとしたんだぞ?」
「そうだけど。そうしないとマオたちが死んだ理由が本当に何もなくなっちゃうから...」
「アカホシ...」
「そんなの可哀想すぎるから」
「そうか。でも犯人を見つけてどうするんだ? お前に何が出来る?」
「精一杯のビンタ! 爽みたいに殺すなんてしないもん!」
「はっ...ビンタかよ...ふさげてんなぁ...。もうそれでいい。次いでに俺も殴っとくか?」
「いい。爽はリンブルバットがもう殴ったよ」
「...そうだな」
自嘲気味に彼は笑った。
「お前は殴らないのか? ムグルマ」
「...あ?」
「これが最後のチャンスだぞ」
「そうか。なら」
六車くんはそう言うと遠慮する様子もなく、鳩尾を殴り上げた。
「痛っ!! まじで殴るのかよ...」
「当たり前だろ。テメェが言ったんだ」
「そうだがよ」
「はぁ。やっぱこんなんで悪魔が祓えるワケねーよな、久礼」
「どう...だろうな」
「ふん。終わりだ。後はテキトーに逝ってろ」
「言われずとも。あ、そうだ。クルト!」
不意に名前を呼ばれ、ビクッと体が震えた。
「な、何?」
「保健室のガラスの器。アレお前にやる。壊すなりなんなり好きにしろ」
小田切くんがモチーフだって言ってたあの器。あれを僕に?
「もうこれでいいだろう、モノクマ。とっととやれよ」
「はっ! つまらないなぁ! これから絶望たっぷりのオシオキが待ってるのに怖がるポーズもしてくれないの?」
「くどい」
「もー全く仕方ないなぁ!! でもね、最後までそんな態度でいれるかなぁ? まぁそれは執行してしまえばわかるよね?」
モノクマは例のハンマーを取り出した。
「今回は"超高校級のガラス職人"である氏家幕之進クンの為に」
「氏家じゃねぇって言ってんだろ!! 最後まで人をおちょくりやがって!!」
「スペシャルなオシオキを用意しましたっー!」
「機械野郎が」
「では、張り切っていきましょう! おしおきターイム!!」
ハンマーがボタンを捕らえようとした寸前。
「お前らよく聞け!! デスゲームには2種類ある!! よく考えて見定めろ!! お前らの敵をよ!!」
と、久礼くんが叫んだ。
そして、ボタンが押され、首輪が出現し、そのまま拘束。裁判場から姿を消した。
体を完全に拘束された久礼くん。身動ぎ一つできない様子だ。そんな彼の頭上から何か降ってくる。
あれは、ゴーグルとマスク?
降ってきたそれを無理矢理に装着させられる久礼くん。それは僕らにも馴染み深い氏家くんの姿だった。
すると久礼くんの拘束が解かれる。ゴーグルとマスクを外そうとするが、何故か全く外れる様子がない。
そうこうしている彼の眼前には謎の扉が現れる。そのすぐ上の電光掲示板に以上の文章が光った。
その扉が開くと、目の前には一本のガラスの道が続いていた。そのガラスの道の下を覗くと、グツグツと何かが煮えたぎっている。あれはまさか...溶けたガラスだろうか?
そんな光景を眺めていると、後ろから無数の刃が突き出した壁が迫ってくる。このままでは久礼くんは串刺しになる。前方の道を行くしかない。彼は恐る恐るガラスの橋に足を乗せた。
メキメキッ
今にも割れてしまいそうなガラスの橋を一歩ずつ歩を進める。
急がなくてはならない。
焦る気持ちに更にガラスの軋む音が拍車をかける。
すると、前方に何かがある。マネキンだ。
大きなマネキンと金髪の鬘を付けたマネキンが行手を塞いでいる。退かなくては先には進めない。
久礼くんはマネキンたちを下に落とした。
その後も次々と現れるマネキン。鬱陶しそうにしながらも彼はマネキンを落とし続ける。何体も何体もマネキンを落とす。そして、数十体のマネキンを落とし終えた後にそれは現れた。
「あ?」
祭服を身に付けたマネキンだった。
そこで初めて気付いた。このマネキンたちは彼が今まで強いてきたデスゲームの被害者たちだ。彼にマネキンを落とさせることで擬似的に自分の手で殺させているんだ。
そして、この祭服を着たマネキンは間違いなく鬼頭さんだ。
少し動揺した様子を見せたが、迫り来る刃の群れから逃げる為、落とすしかないと決断した。
そして鬼頭さんのマネキンを押し退けた後に現れたのは...
「やはりか」
白衣を身に付け、ネコの人形を抱いたマネキン。
マオさんとリンブルバットだ。
それでも落とすしかない。そうしなければ生き残る道はない。
「くっ!」
久礼くんは、マオさんとリンブルバットを落とした。
これでようやく終わりかと思われたが、しかし、目の前に現れ出たのは...
「...氏...家......?」
目の前には居たのはなんと氏家くんだった。
いや、違う。あれは巨大な鏡だ。自分自身を写しているんだ。
その場で固まっていると、足元のガラスにひびが入った。気付いた時にはもう遅い。久礼くんを支えていたガラスの橋はパラパラと崩れ去った。
「くっ!!」
煮えたぎり、液状化したガラスの海に落ちてゆく。
もうダメかと思った。
すると、大きな物音がした。
「いっ!!」
溶解したガラスの海に落ちる寸前に一枚のガラスが敷いてあった。凄く痛がっている。しかし、これで刃に突き刺さり死ぬことはなくなった。
そう思っていると上から何か物音がした。
仰向け状態の久礼くんは、空を見た。するとそこにはこちらに向けて落下してくるモノがある。
さっきの巨大な鏡だ。
「氏家...」
仰向けの久礼くんの姿を写したまま、鏡は彼に落下した。そして、その衝撃で下のガラスも割れてしまい、彼は鏡ごと溶解したガラスの海に落ちた。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
溶解したガラスは久礼くんをも溶かし続けた。背中から徐々に埋もれて、次第に悲鳴も聞こえなくなり、最後には彼を写した鏡ごとこの世から姿を消した。
「エクストリィィィィィィィィィィィィィムゥゥゥゥ!!!」
「...くっ! 胸糞悪ぃ...」
「久礼、いくら悪人だったとしてもここまでの処刑を見せられると...クソ!! 酷すぎるぜよ...」
「...久礼くん」
執行された3度目の処刑。前回、前々回よりかはみんな比較的穏やかだ。僕らは慣れてしまったのだろうか...こんな異常も受け入れて...くっ......。
「久礼くん。貴方のやったことは決して許されることじゃない。でもそれは真っ当に裁かれるべきことのはず。こんな命を弄ぶ処刑方法で死ぬべきではない」
「ここではボクが法だからね」
「黙りなさい。それに貴方は最後まで彼のことを"氏家クン"と呼んでいたわね。どういうつもりなの? 貴方だって彼が本物の氏家くんじゃないってわかっていたはずよ」
「仕方ないじゃん。そう登録されているんだから」
「登録?」
「まっ! そんなことどうでもいいじゃん! オマエラに何ら関係ないんだし! んじゃね!」
モノクマは平子さんの話を逸らし、そのまま消えた。
「...行ってしまったね...」
「そうね」
「あの私、気になることがあるんすけど、良いっすか?」
「古畑、何?」
「久礼くんが処刑場に連れて行かれる前に何か言ってたっすよね? デスゲームには2種類あるって...あれってどういうことなんすかね?」
『お前らよく聞け!! デスゲームには2種類ある!! よく考えて見定めろ!! お前らの敵をよ!!』
そう言って、死地に連れて行かれた久礼くん。
2種類って...なんだろう?
「平子、何かわかる?」
「そうね...どう大別して2種類って言ってるのかはわからないけど、一つ思い当たるのはある」
「何すかそれは?」
「ゲームマスター以外の人が見てるか否かよ」
「人が...見てる?」
「久礼くんのデスゲームはあくまで本人たちに懲罰的な意味合いを持たせていたはず。だから人の目はあまり重要じゃない。対して、第三者が見てるデスゲームは娯楽的な意味合いが強い。久礼くんのようなデスゲームのやり方は珍しい。大抵の場合のデスゲームは誰かに見せることで成立することが多い。資金繰り的な意味でもね」
平子さんのその言葉に不思議とデジャヴを感じた。
なんだろう? 前に似たような感覚を覚えたような...? いつのことだっけ....?
「娯楽...」
「わしらの参加させられとるこのコロシアイも誰かが見とるってことですか?」
「さぁ。そこまでは何とも」
デジャヴの件は今はいい。
それより...誰かに見られている? そんなことがあるのか?
だったら何故誰も助けに来てくれないんだ?
「それよりもう戻りましょう。貴方たちも朝から裁判で体力を消費したでしょ? 何か食べないと身が持たない」
「そうっすね...私もすっかりお腹が...あの処刑を見た後て食べられるかは疑問っすけど」
「古畑、思い出させないで」
「あ、ごめんなさいっす...」
一同はエレベーターにて地上に戻り、食堂へと向かった。その道中、僕は一人行動を別にし、保健室に向かった。
目的は、彼の作った作品。『希望』だ。
「.......」
これは小田切くんをモチーフに作った作品だと彼は言っていた。
そして、これを僕に任せると。
「くっ...!!」
怒りもあった。どんな理由であれ、仲間を殺し合わせたことをやっぱり許すことは出来ない。
僕は、その器を床に叩きつけようと持ち上げた。
「うっ......」
出来ない。小田切くんを思って作ってくれたことは多分本当だ。そんな作品を僕は壊せない。壊すことなんて出来ない。
「......バカだよ。君は...本当に...ひっ....ひっ....」
器に涙が零れ落ちる。
マオさんとリンブルバット、鬼頭さん、そして"氏家くん"。
たくさん仲間が居なくなってしまった。
一頻り泣いた後、器に溜まった僕の涙と一緒にここに置いていくと決めた。彼との思い出も。
そして、保健室を後にした。
「...じゃあね」
さようなら、久礼くん
...バイバイ、氏家くん
「マオ...リンブルバット...ひっ......」
ご飯なんて食べる気にはなれなかった。昨日まで一緒だったのに今日はもう隣にいない。そんな現実を目の当たりにして...ぼくはもう.......。
「ひっ...ひっ...痛っ!」
「何やってんだよ」
ミゲルだ。かる〜くサッカーボールを投げて、ぼくの頭に当てたのかな? どっちみち不意を突かれてちょっと痛かった。
「何だっていいじゃん。バカ」
「お前なあ...。まあ軽口叩けんなら大丈夫か」
「何さ、心配してくれたの?」
「んなワケねーだろ。勘違いすんな」
「じゃあ、何?」
「いつまでも泣かれるとイライラする」
「だから慰めに来たの?」
「調子に乗んな」
口調はいつも通りだけど、声音はちょっとだけ優しく聞こえた。
「ミゲルもちはるがいなくなって寂しい?」
「は? あり得ねーこと聞くな。そんなワケあるか」
「そうなの?」
「お前は今まで何を見てたんだ?」
「仲良く見えたけどね」
「んなことはどうでもいい。お前だお前。お前はどうなんだ」
「どうって...?」
「足立も逝っちまってお前はこれからどうすんだ?」
「どうするって...ぼくに出来ることなんて...」
「お前に出来ることなんて聞いてねーよ。生きてけんのかって聞いてんだ」
マオとは仲良かった。いなくって凄い寂しい。
でもぼくは...マオと一緒じゃないと生きていけないワケじゃない。
"衛ちゃん、しっかりね"
マオの言葉を思い出す。しっかりしないと。ここから出て知らせないと。マオがどれだけ優しくて動物が大好きだったのかを。
「もちろん。生きていけるよ」
「そうか...。ま、何かあったらいつでも言え。優しくはしねーけど、もう誰も欠けねぇようにする。もううんざりだからよ。勝手に死んで、勝手に殺されるなんてよう」
「何だ、優しいじゃん」
「うるせーよ」
「でも後ろから急にボールを当ててくるミゲルはきらーい!」
「うるせーって!」
天文学的な用語ではないけど、"内宇宙"って言葉がある。
精神世界的な意味だと思うけどよくは解らない。
でもぼくはこの言葉が好きだ。
それはぼくが宇宙が好きってのもあるけど、ぼくっぽい比喩表現が出来るからだ。
「バカなこと言ってないで飯食いにいくぞ」
「うん! お腹すいた!」
希望という恒星がぼくの内宇宙に誕生した。
言葉で言うのは気恥ずかしいから心の中で思うだけに留め、食堂に向かうことにした。
まだここで死ぬワケにはいかないから。
...残り9人
第三章 『閉鎖的眩暈:デスゲームという名の絶望の淵において彼女の内宇宙に生じた希望』完
???「出番はまだメルか〜」
やっと...3章完結! 長かった。本当に本当にお待たせしました!