ダンガンロンパExtraWorld 〜砂漠のコロシアイ学園生活〜 作:magone
「......もう朝か」
昨日、萬屋くんと鮫島くんが砂漠から無事に帰還した。
みんなで夕食を摂った後に萬屋くんと鮫島くんに新エリアを案内した。それが終わると既に良い時間だったので、その日はとりあえず宿舎に戻ることとなった。明日どうするかは朝食時に決めることにし、各々自室へと帰っていった。
僕は、自室に戻るとすぐ眠った。萬屋くん達の姿に安堵したからだろうか、凄く心地の良い睡眠だった。
そして、朝。
古畑さんの放送で目が覚めると、外に出る支度を済ませ、ゆるりとした足取りで食堂へと向かった。
食堂の扉を開けると既に何人かの面々が到着している。しかし、一様にテーブルではなく、キッチン方面に集中している。なんだろう? よく観察するとなんとキッチンの入り口にシャッターが降りていた。
「これは...何で?」
「キッチンが封鎖されてるっす...! どういうことっすか?」
「みんな! これはどうしたの?」
「ああ、クルト。いや私たちにもわからない。来たら既にこうなってて...」
どういうこと...? なんだ...? まさかモノクマ...?
何だか凄く嫌な予感がする。どうしようもないので、とりあえず全員が集合するのを待った。尚、勅使河原さんは萬屋くんが連れてきてくれた。
「おいおいこれはどういうこった。これじゃあ、飯が食えねぇじゃねーか」
「兵糧攻めでもする気かしら」
「縁起でもないこと言わないで欲しいっす! 餓死なんて嫌っすよー!」
「餓死!? ぼ、ぼくもそんなの嫌だよー!」
「ああ! うるせぇ! 喚くなテメェら。どうせこれも奴らのせいだろ! おい、出てこい! 畜生野郎共!」
六車くんがそう怒鳴ると、2体の影がテーブルの上に現れた。
「はいはい、もううるさいなぁ。言われなくても出てくるって」
「説明責任は果たさなきゃいけないメルからね。何でこんな状況になっているかオマエラも知りたいんじゃないメルか?」
「当たり前だ。とっとと説明しろ! どういう事だこれは!」
「教えてあげるよ。これはね、コロシアイをよりスムーズに進める為の方策。言わば"動機"だよ」
「は?」
「キッチンとオアシスドーム、そして水道設備。ついでに砂漠へ通ずるすべての扉を封鎖させてもらったメル」
「...え...?」
「砂漠に出られんってことか...? しかも飯もない...」
学園から出られる唯一の道と食料を絶たれたってことなの? そんな...。
「トイレの水も...?」
「トイレの流す用の水だけは勘弁してやるメルが、それ以外の用途で使うことは禁止しとするメル。それに違反した場合は、おしおきを実行させて貰うメル」
「臨時校則を追加しておいたよ。尚、この校則は封鎖が解かれ次第削除するから安心していいよ」
モノパッドの通知音が鳴る。校則が追加されたのだろう。トイレを流す以外の用途の使用禁止。そんなことはしたくないけど、おそらく飲料水としての使用を禁ずるものだろう。
「何故そんなことをするの? この期に及んで私たちを餓死させるようなことをするなんて」
「出来ればトーホーとしてもそんな結末は望んでないメル。だからこの封鎖を解除することができる条件も用意したメル」
「その条件ってのは...」
含み笑いを浮かべながら2体は言う。
「人が」
「死ぬことメル」
何も言葉が出てこない。
「今...何つった?」
「聞こえなかった? 人が死ねば封鎖は解除されるってこと」
「そうじゃねぇよ...。なんだそのふざけた条件はっつってんだよッ!」
「ふざけてないよ。ボクは至って真剣そのもの。コロシアイに関しては非常に真摯に接してるつもりだよ」
「貴方たちのスタンスなんてどうだっていい。そんな横暴が許されると思うの?」
「横暴じゃないよ。これもエンターテイメント! それに許しなんて乞う必要なんてないんだよ。ここじゃボクこそが法って言ったでしょ?」
何がエンターテイメントだ。今までもそうだが、これは輪をかけて常軌を逸している。仲間が死なないと脱出に動けないどころか、自分の身すら危ないなんて。
こんなことを受け入れろって言うのか!
「...ひどいよ、そんなの」
「誰かが...し、死なないと何も動き出せないなんて...いくら何でもあんまりっすよ...」
「そんなもん受け入れられるワケないじゃろ! ふざけるのも大概にするぜよ!」
「受け入れろなんて言ってないよ。これは強制。それが嫌なら誰かを殺せば?って話。そうしたら全て解除される。飲食だってし放題だし、砂漠にだって繰り出せる。万々歳じゃ〜ん」
「どこがよ。封鎖を解くには要はコロシアイをしないといけないんでしょ。どこまでも最悪」
繭住さんの言う通り、最悪だ。こんなことを提示されて一体どうすれば良いんだよ...。
「さあ、楽しみだねぇ。一体誰が居なくなるんだろうねぇ。誰がコロシアイを起こしてくれるんだろうねぇ」
「言うことがそれだけなら消えて頂戴」
「それもそうメルね! 後は生徒水入らずで極限状態を楽しんで貰うとするメル。じゃ、トーホー達はこれにて失礼するメルよ」
「楽しませてね〜。醜い争いを期待してるよ!」
「キャッキャッキャ!!!」
「ぶっひゃひゃひゃ!!!」
2匹は不協和音を奏でながらその場から姿を消した。呆然とする僕らの傍らで時計の秒針が嫌に大きく聞こえる。
「...ど、どうする...?」
萬屋くんのその言葉を皮切りにみんなもようやく口を開き出した。
「どうするっつってもよ...」
「ご飯も水も無いんじゃ...遅かれ早かれ誰かが死ぬことには違いないってことっすよね...」
「滅多なこと言わないで! そんなの絶対に嫌よ!」
「しかし、現状は古畑野々葉の見立て通りと言わざるを得ない。結果的に私たちが先に進むには誰かの命を差し出さなければならない。そういう状況に追い込まれてることは少なくとも頭に入れておくべきだ」
「冷静に分析してる場合かよ...。なら俺らはどうするべきなんだ?」
「やはり...助けが来るまで耐えるしか道はないのか」
「た、耐えるって言っても何もないんじゃそう長くは...あっ! アレはどうすっか? 宿舎にあるウォーターサーバー!」
「...ウォーターサーバー...それなら水道が止められたとしてもまだ残ってるかもしれないね...」
「早速確認に向かうぜよ!」
僕らは食堂を飛び出し、宿舎へと戻った。生き残る為には水は必須だ。あるとないとでは天と地ほどの差がある。縋る思いでウォーターサーバーに駆け寄る。
「うそ...」
ウォーターサーバーは既に空になっていた。
「どうしてよ! 水道すら使えないのにサーバーの水も没収なんてあんまりよ!」
「水があったオアシスドームも封鎖されている。完全に水の補給源は絶たれた、ということになるな」
「マジかよ...」
どうしたらいいんだ。
焦っているせいか、頭が上手く働かない。確実に迫ってくる"明確な死"。コロシアイを強いられていて平時よりは死を近くに感じてはいたけど、そんなの比じゃない。振り返ればそこにいる、そんな感覚だ。
「取り敢えず...封鎖されたと言っていた場所を確認しに行きましょう。話はそれが終わってから」
平子さんの言葉に従ってモノクマたちが言っていた場所に向かう。砂漠へ通ずる扉、オアシスドーム...やはり両方ともキッチンと同様に封鎖されているようだった。暗い雰囲気が漂う。一旦僕らは食堂に再度集まることになった。食事は出来ないが、あそこなら人数分の椅子もある。
「それで...どうすんだよ...」
「情報の整理。取り敢えずはそこから始めましょう」
「封鎖を解除する条件は"人が死ぬこと"。そう言っていたよね?」
「人が死ぬ...それはつまりコロシアイをしろ、ということっすかね...?」
「...きっとそうだろうね...」
「いや必ずしもそうではないかもしれない。モノクマとモノラクダは、"人が死ぬこと"が条件とは言ったが、"コロシアイを起こす"ことが条件とは言っていなかった。ということは誰かがこのまま餓死したとしても封鎖は解除される可能性はある」
「怖ぇことを淡々と言うな」
「確かにそうね...。だとしても私たちの中の誰かが死ぬことに変わりはないわね。それにその餓死だって難癖を付けられて無理やり学級裁判を開かされる可能性だってある。彼らはそういうこと、平気でやるわ」
コロシアイ...もとい誰かは確実に死ぬ。そんなことは許容できない。できないけど、この状況から逃れる術も思い付かない。一体どうすれば......。
「畜生野郎共の出方なんて窺ってる場合じゃねぇだろ。それよりどうすべきかが重要なんじゃねぇかよ」
「それは確かにそうなんだけど...じゃあ解決策あるの? 助けを待つまで耐える以外にさ」
「...パッとは思いつかねぇが、目下の問題は飯だろ? キッチンは封鎖されちまったが、何か食えるモン持ってる奴もいねぇのか?」
「...砂漠から帰って来た時に持っていた水は昨日のうちに飲んでしまった...食料も砂漠の拠点に全て置いてきた...だから僕は食料と呼べる物は何も持っていない...」
「同じくぜよ」
「他の奴らは...?」
そんなものはない。あったらとっくに言ってるし、食事だけは今までなら問題なく摂ることが出来たんだから。
「チッ。じゃ、どうすんだよ!」
「...可能性は少ないけど、学園内を探すしか手は無さそうね」
平子さんはそう言うけど、可能性は限りなく低いと思う。缶詰も拠点へ移動させているし、そうじゃなくても探索なら解放された直後に念入りにやっている。食料が残っているとは思えない。けれど、だからと言って探さないなんてことは出来ない。どんなに僅かな希望でも僕らはそれを死に物狂いで見つけ出さないと明日を生きていくことすらままならない。
しかし、やはり食料は皆無。
夕方、探索を終えた僕らは自然と宿舎中のスペースに集まっていた。
「クソがッ!! 結局...無駄骨かよ」
「叫ばないで。イライラするのもわかるけど少し落ち着いてよ」
「落ち着いてだ? んな悠長なこと言ってる場合かよ! 下手したら俺たち全員仲良く餓死だ!」
「そんなこと分かってるわよ! アンタに言われなくたってね!」
「...六車君も繭住さんも冷静に...口論しても体力を消耗するだけだよ...」
「そうっすよ...。こうなってしまったからにはもう外からの助けを待つしか無いんすから」
「今までずっと来なかった"助け"を待つって? そんな可能性あんのかよ。この期に及んでよ」
六車くんの言うことも分かる。分かってしまうから反論できない。ゼロでは無いと言いたいが、それに等しいからこそ自力でどうにかしようと動いてたワケだし...。
そうこうしていると、勅使河原さんが不意に立ち上がった。
「勅使河原さん、どこに行くの?」
「自室だ」
「もう戻るの?」
「食事も摂れないのであれば、ここにこうしている意味も無い」
「確かにそうだけど」
「閉鎖的空間に閉じ込められ、その上で飢えを凌ぐ手段を絶たれたとしたなら、人はどうなると思う?」
勅使河原さんは唐突にそんな質問を僕らに投げ掛けた。
「どうって」
「...いや止めておこう。いたずらに不安を煽っても意味は無い。気になるなら"鳥取城の喝え殺し"でも調べてみるといい。気分の良い物ではないから推奨しないがな」
そう言って勅使河原さんは階段を上がって自室に戻って行った。
彼女の言っていた歴史的なワードは知らないが、ニュアンスでどういうことなのかは理解できた。そして、その結果予想できる最悪の顛末は...人が人を......。
考えないようにしよう。
「んだよ、勅使河原の奴。でもまぁ、やれることがないのも事実か。俺も部屋に戻る」
「私も戻ろう。シャワー浴び...あっ水道は止められてたんだった...はぁ」
僕も戻ろう。今日は何だか疲れた。
その日は現実逃避するように早めに就寝した。
「クルトさま...ぐすっ...」
啜り泣くグロリアの声が背中越しに聞こえる。振り返ると案の定大粒の涙を流していた。
「クルト様。フライトの時間が迫っております。お急ぎください」
「わかってるよ。でもすこしだけならもんだいないよね、さいごにグロリアとはなしたい」
「...ならば手短にお願い致します」
そう言う大臣の部下は心底面倒臭そうな顔をして、露骨に苛立ちを見せている。だけどそんな事なんてどうでもいい。泣いてるグロリアに何も声を掛けずに行くなんて僕には出来ない。
「クルト...しゃま...」
「グロリア、なかないで」
グロリアとは物心ついた時からの付き合いだ。王族と使用人という関係性ではあるけど、同い年であったからかお互いに大きな存在になっていたんだと思う。
「こんなの...ひどいですよ...クルトさまはなにもわるいことなんてしてないのに」
僕はこれからこの国を出立する。自分の意思じゃない。国の都合。王である父上が母上と一緒になると困る者たちがいる。大臣がその筆頭。第一王子派である大臣らは、現妃である母上と唯一血の繋がりがある僕の存在が疎ましくて仕方ないのだ。その結果、僕の留学(国外追放)が双方の落とし所となった、らしい。
僕の気持ちとしては、既に諦観の域に達していた。父上に対して奏上することはなかったし、大臣に対しても一切の対話もしなかった。それは分かっていたから。選択肢なんてないことを。これを覆せば今度は自分の身が危ない。勿論、目の前で泣いてる同い年の使用人の身も。
「ころされないだけマシだよ。ちちうえも、ははうえといっしょになれてうれしいだろうしね」
「しかし...!」
「いいんだ。もう」
「クルトさま...」
波風を立てない。それが一番平和に事が終えられる。
「だいじょうぶ。しんぱいしないで。しぬわけじゃないからね。またいつかあえるさ」
「クルトさま!」
グロリアは僕の手を取ると、涙声で。
「いつか...かならず...おむかえにあがります。ですから! それまで"きぼう"をすてないでください!」
そう言った。
「グロリア...」
グロリアは共に連れてはいけない。彼女の雇用主は僕ではなく、王国なのだ。勝手な出国は許されていない。だからこそ、"お迎えにあがります"の真意は解らなくとも、彼女の言葉は生半可な気持ちじゃ言えないことは僕にも痛いほど解る。
「クルト様、そろそろ」
大臣の部下が急かす。
「...わかった。じゃあね、グロリア。げんきでね」
「クルトさまもどうかおげんきで......」
僕は車に乗り込むと、クルークハルト王家の屋敷を出た。車窓からはグロリアが他の使用人たちと共に深々と頭を下げている。顔は見えない、だけど震えていることだけはわかった。
「......」
心の中で何度もグロリアの名を呼ぶ。仮にも王子。別れ際にみっともない姿は晒せない。それでも...溢れ出る涙を止めることは出来なかった。
グロリア...。
僕は...。
僕は...もう君には会えないのかもしれない。
「......はっ!」
目が覚めると僕は自室の床に寝そべっていた。時刻は7時3分。朝の放送はあったのだろうか。
「ああ.......夢か.......」
グロリアの事を思い出すのは2度目か。
そんなことを思いながら体を起こす。
「水......水を.......」
かれこれ30時間以上は水を飲んでいない。ダメだ。体がずっと水を欲している。これ以上は本当に身が持たない。この縛りを解除するにはコロシアイをしなければならない。そんなこと...出来るワケがない。
仲間なんだ...そんなこと......。
『オマエラの中に黒幕の手先がいる』
ふと、その字面が頭を過る。
仲間じゃない...人間がいる? その人を殺せばこの状況も......いや! ダメに決まってるじゃないか! 何を考えているんだ僕は! どうかしてるんじゃないか。そんなことをして何になる...その先もどう転ぼうと地獄しか待っていないのに。
『オマエラの中に黒幕の手先がいる』
うるさい。黙れ。黙ってくれ。黒幕の手先なんて...そんな居るか居ないのかも分からないことに苛まれるなんて嫌だ。
僕は食堂に向かった。
みんなの顔を見ればこの呪いの言葉も消えるだろう。
喉の乾きと空腹のせいか昨日は満足に眠る事さえ出来なかった。何で私たちがこんな目に...。ふと時計を見ると8時近くまで針が移動していた。
「みんな食堂にいるのかな」
朝は食堂に集まる。その取り決めに従う強制力はない。しかし、今の状況を知る為にはやはり食堂に赴くのが一番早い。洗顔の代わりにタオルで顔を拭うと鏡を見て一応身形は大丈夫だと判断すると部屋を出た。
ガチャ。
力なく扉を開ける。壁に手を付き、階段を下ろうとした時、気になるモノが目に入る。
「扉が...開いてる?」
私の部屋の扉じゃない。他人の部屋の扉だ。そして、つい最近、その扉が不自然に開いてるのを目にしていた。
「また?」
部屋の持ち主は勅使河原祈里。前にも不用意に扉を開け放って寝ていた前科があった。その時はクルトの声が聞こえたけど、今度は誰の声も聞こえない。
嫌な予感がする。
冷や汗が流れるのを感じながら、ゆっくり勅使河原の部屋の前まで歩み寄る。すると、半開きの扉の隙間から見えてしまった。
うつ伏せに倒れている勅使河原の姿を。
私は扉を開け放つとすぐに勅使河原を抱き抱え、叫んだ。
「勅使河原!」
コロシアイが起きたの? 誰かがこの状況に耐えかねて勅使河原を?
「はぁ...はぁ...」
「あっ! 勅使河原!」
息がある。良かった! 見たところ目立った外傷もない。コロシアイが起きたワケではなさそう? でも勅使河原の呼吸は早い。ヤバいことには間違いなさそう。
「喋れる? 勅使河原」
「...はぁ...はぁ...」
無理っぽいね...。まずはベッドまで運ぼう。
勅使河原の腕を取り、何とか体を起こす。そのままゆっくりとベッドまで移動させ、勅使河原を寝かせた。
「何があったのよ...」
そう言っても返ってくるのは不規則的な呼吸音だけだった。やっぱ、水が摂れないから体が疲弊してるのかな。私もそうだし。
「はぁ」
一息ついて勅使河原の部屋の椅子に座る。
朝から疲れた。どうしてこんな時に誰もいないのよ。
心の中で愚痴りながら、少し休む。
数分が経って、ようやく動き出せる気力が出てきた。勅使河原の呼吸が尚も早い。
「死ぬんじゃないわよ、勅使河原...」
とりあえず、食堂に行ってこの事を伝えよう。そうして何が出来るワケでもないけど、言わないよりかはマシだと思う。
そう思い、立ち上がり、部屋から出ようとした時だった。開け放たれた扉の向こうに見慣れた顔がある。平子だ。平子が壁に手を付きながら歩いていた。
「ん? 平子?」
「......はぁ。ん? ああ、繭住さん...」
「アンタ、どうしたの?」
平子の顔は紅潮していて、呼吸も乱れてる。目もトロンっとしていて、足取りもなんだか覚束なさそう。誰がどう見ても普通じゃない。
「大丈夫?」
「私は...平気よ...はぁ......はぁ...それより」
「何?」
「今日は部屋から出ない方がいいと思う...鍵を閉めて誰が訪ねてきても絶対に開けちゃダメよ...いいわね?」
「は? なんで?」
「...はぁ...質疑応答してる余裕はないわ。私は...部屋に戻らせてもらうわ...」
そう言うと平子は自室に入っていった。
大丈夫なの? アイツ。どう見ても只事じゃなさそうだったけど。何かあった?
...どうしよう。平子は部屋にいろと言ってたけど。私が勅使河原に構ってた間に何かあったのかな? ん〜。
とりあえず、クルトに会おう。クルトなら信用できるし、この状況も何か知ってるかもしれない。食堂に行こう。食堂から宿舎は比較的近い。いざとなれば逃げられる。
勅使河原の部屋の扉を閉じると、私は宿舎から出た。
校舎の中に入る。すると奥から人影がこっちに迫ってきていた。
あれは...古畑?
「古畑!」
「ひぃぃぃ!! 嫌ああああああ!! 」
「は? ちょ、ちょっと古畑!」
古畑は私を避けると急いで階段を登っていった。なんだったんだ?
古畑も気になるけど、今はクルトを探そう。どうするかはその後。
食堂の扉を開く。中は異様な雰囲気に包まれていた。見回してみると、椅子が無造作に倒れている。どことなく空気も澱んでいる気がする。そのまま奥に進もうとした。その時。
「おい」
「え?」
後ろから声がする。誰? 六車? いや、六車の声じゃない。この声はもしかして...。
「クルト?」
「呼び捨てとは口の利き方がなってないな」
いや、誰? どちら様ですか? 私の知ってるクルトはこんな高圧的な態度なんてしないんですけど。でも顔は私の知ってるクルトそのものだ。え、どういうこと?
「おい、女」
「は? 何それ。どういうこと? ふざけてる?」
「戯れに見えるのか。哀れだな」
「...アンタ誰? ほんとにクルト?」
「答える義理はない」
まるで別人。というか本当に別人だと言ってもいいくらい違う。なんなの一体!! なんかイライラしてきた。勅使河原は倒れてるし、平子は普通じゃなさそうだし、古畑は私を見て逃げるし、もうワケわかんない! クルトもこんな調子だし、一発引っ叩いてやろう! そうすればいつものクルトに戻るかもしれない。そう思い、私は掌を広げて、ビンタの体勢をとった。
「おい!」
「うっ!」
ビンタしようとした手を掴まれてそのまま壁に押し付けられた。引き剥がそうとするけど、びくともしない。クルトってこんなに力強かったの?
「クル...ト...」
「今のはお前が悪い。王族に手を上げようとしたんだ。これくらいは我慢しろ」
見たことない視線を私に向けてくる。こんなのクルトじゃない。
「離して!」
「ふん。ほらよ」
離すと同時にクルトは私に背を向ける。そして、そのま食堂にある椅子に腰掛け、足組みをし、テーブルに頬杖をついた。
「跪け」
「えっ?」
ひざまずけって言った?
「なんでよ...」
「余は王子であるからな」
「ふざけないでよ!」
なんで? なんでなの? どうしてこんな事になってるの?
一旦、頭を冷静にしよう。平子は部屋から出るなと言っていた。古畑もいつも以上に変だった。そして、クルトも。
私が食堂に行けなかった間に何かがあった。
空腹でおかしくなってるんじゃないとしたら、そうとしか考えられない。
「何か...あったんでしょ。この食堂で」
「さてな。"黒幕の手先"とやらの仕業やもな」
黒幕の手先? 何言ってるの? 全く話にならない。
「クルト」
今のクルトは普通じゃない。頼ることはできない。
「アンタは部屋に帰ってなさい。私も宿舎に戻るわ。しなきゃいけないこともあるし。...死んじゃ許さないよ」
「......」
そう言い捨てて、私は食堂を飛び出した。向かう場所は勅使河原の部屋。勅使河原の部屋は施錠されていない。この異常事態に動けない勅使河原を放っておくことは私には出来なかった。クルトはおかしくなってはいるけど、動けないというワケではない。身の安全は自分で守ってもらおう。今のクルトなら反撃も出来そうだし。
「どうしよう」
勅使河原の部屋まで戻ってきた。一応、鍵もかけた。家主は尚もベッドの上だ。
平子の言う通りだった。今は外に出ない方が良い。
もう、ほんと意味わかんない。
「...繭住藍子か?」
「!? 勅使河原、大丈夫?」
勅使河原は意識を取り戻していた。私は容態を確認するためにベッドに近付いた。
「さあ、どうなんだろうなぁ。頭がくらくらする。繭住藍子は何故私の部屋にいる?」
「アンタが倒れているのを発見したからよ。放ってはおけないでしょ」
「そうか。世話になったようだな」
「いいって。それより−」
「......」
「勅使河原?」
また意識が飛んだらしい。仕方ない。今は安静にさせておこう。私も疲れた。少しでもいいから休まないと。
12時を回る頃、不意に部屋に備え付けらているテレビが光った。何だ?と思い、視線を向けるとテレビ越しには見慣れた顔があった。
『......』
「古畑?」
映っているのは古畑。朝と夜に放送してたから見慣れている光景だけど、いつもと違ってることがある。古畑が異常に怯えていることだ。
『私を殺す気でいるんすよね? そうなんすよね?』
え、何を言ってるの?
『みんな私を裏切るつもりでいるんすよね...。いやだ...。人なんてやっぱり信用できないっす。だから私は放送室に篭ることにしたっす。たとえここで餓死しようと裏切られて殺されるよりはマシっすよね?』
ダメだ。古畑の奴、正気じゃない。やっぱり食堂で何かされたんだ。
どうしようかと思案しようとした瞬間、画面の向こうからドンッと扉を叩く音がした。
『ひぃ! や、やっぱりそうなんすね!? 私を殺す気でいると、そういうことなんすね! でも大丈夫っすよ。ここの扉には鍵をかけましたから入っては来れないはずっす! もし無理やりに壊そうものなら校則違反でそっちが死ぬハメになるっすよ!!』
『なにワケわかんねーこと言ってんだ。開けろ。古畑お前変だぞ。何かあったのか?』
『そう言って私に甘い言葉を言って鍵を開けてもらうという魂胆すよね。見え見えっすよ!』
『は? お前何言っ』
そこで映像は途絶えた。途中入って来た声の主はもしかして六車? 扉越しだったから確証は持てないけど。
アイツはまだまともなのか? どうなんだ? 外へ出て接触すべき? いやダメ。平子も言ってた。今部屋に外に出るのは危険。動けない勅使河原も放ってはおけない。今はここに籠城するしか打つ手がない。
時刻は15時を回ろうとする頃だった。さすがに限界だった私は勅使河原の部屋を何をするでもなく歩いていた。小難しい歴史書が机の上にこれでもかと並べられている。私に歴史は難しい。勉強する気も今はなれない。
「はぁ」
洗面台にでも行こう。鏡でも見て髪のことでも考えておこう。そうすれば多少気も紛れるでしょう。そう考え、私は洗面台の前に立った。
「酷い顔だなぁ。やだやだ全く」
過酷な環境下だ。多少の乱れは仕方ないと割り切ろう。そう思い、髪を弄る。
「ん〜」
目の前には蛇口がある。人感センター式で手を翳せば出てくる仕組みのやつ。どうせ翳しても水なんて出ない。そうは思うが、"もしかしたら"という希望が手を蛇口に近付けさせた。
シャーーー
水が出てる? 水!! 水!! 水!!!!!
私は顔を一目散に蛇口に近づけて、口に目一杯の水を放り込んだ。
ああ、美味しい。水ってこんなに美味しかったっけ?
私は一心に水を飲み続けた。顔も洗った。髪も濡らした。もうここまで来ればシャワー室に行った方が良いだろうとも考えたが、もうそんな効率の話なんてどうでも良かった。手近にあったタオルを乱暴に取ると濡れた顔を拭い、ドライヤーで髪を乾かした。
「ふぅ」
一通り終えると床にへたり込んだ。餓死するかもしれないという恐怖からの解放。私は洗面所の天井を見て、安堵していた。そして、気付いてしまった。"水が出た"ということはつまり、コロシアイが起きてしまったかもしれないということを。
「どうしよう」
取り敢えず、まだ状況が何も分からない。水が出るという事実以外は。まずはこの水を勅使河原に飲ませよう。あれこれ考えるのはそれから。
「勅使河原! これ飲んで!」
「...うぅ...なんだ?」
「水よ」
勅使河原にコップ一杯に入った水を少しずつ飲ませた。そうするとちょっとは元気になったのか、ベッドから上体を起こして見せた。
「体は?」
「まだ怠さは残っている。しかし、多少動けるまでは回復できそうだ」
「そう。それは良かった」
「礼を言う」
「だからいいってそういうの。それよりさ、この水そこの蛇口から出てきたんだよね。ということはつまり」
「コロシアイが起きた。もしくは餓死か」
「どうなんだろう。でももしそうならこうしちゃいられない。私はみんなを探しに行くよ。勅使河原、もう1人で大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ」
私は勅使河原の部屋を出た。向かう先はわからない。取り敢えず、みんなの安否を確認しないと。
まずは、平子の部屋。移動してなければそこにいるはず。私は扉を勢いよく叩いた。
「平子! いる?」
しばらくすると平子がゆっくり扉を開けた。
「繭住さん?」
「無事?」
「ええ、私は」
「どこか変なとこはない?」
「無いわよ」
平子はさっき会った時のような変な感じは消えていた。
「平子、よく聴いてね。水が出たの。蛇口から」
「本当に?」
「ええ、でもそうなってるってことはつまり...」
「コロシアイ...」
「そう、なのよ。だから私、とりあえず学園中を探し回ってみる。平子は水分を補給しておいて」
「わかったわ。私も水を飲んだらすぐに探す」
平子の部屋を後にすると、次にクルトの部屋の扉を叩いた。しかし、返事はない。やっぱり部屋には戻っていないのか。
「くっ!」
食堂に向かった。どこにも行ってないならまだそこにいるはず。そう思い、食堂の扉を開ける。しかし、そこにはもう誰もいなかった。
「どこ行ったのよ! もう!」
不安が増す。もしかしてクルトが? 最悪の想像が頭を過ぎる。
「違う! そんなこと! あるワケ−」
『ピンポンパンポーン』
えっ...。
『死体が発見されました。一定の捜査時間の後、学級裁判を開きまーす!』
嘘! どこで!?
私は校舎内を駆け回った。しかし、校舎内にはそんな様子はなかった。そのまま屋上へ上がる。するとエレベーターが天文台で止まっていることがわかった。
「まさか、天文台?」
私はエレベーターを呼んだ。そして少しの間を置いて降りてきたそれに乗り込む。
怖い。その先の光景を目にするのが怖い。
到着。覚悟も決まらないまま、無情にもエレベーターの扉は両サイドへと収まっていく。
扉が開いたと同時に目に飛び込んで来た光景に私は絶句した。
その天文台の中に4人の人物が確認できた。
1人は赤星。プラネタリウム付近の扉の前にあった。
1人は鮫島。とても大きな背中が巨大望遠鏡の右にあった。
1人はクルト。白のブレザーと銀髪の後ろ姿が巨大望遠鏡の左にあった。
そして、最後の1人。
"超高校級の探検家"で私たちの希望だった萬屋千歳が巨大望遠鏡の下で息絶えていた。
私たちは再び、絶望に踊らされる。