ダンガンロンパExtraWorld 〜砂漠のコロシアイ学園生活〜   作:magone

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第4章 非日常編 オシオキ

 

 

鮫島海。

 

 

小さな港町で生まれ育った彼は、幼い頃から陸の上より船の上で過ごす時間の方が多かった。眼前に広がる大海原こそが彼の遊び場であり世界であった。

そこで漁師としての才能も開花させ、身体も年齢を重ねるに連れて逞しくなっていった。そんな屈強な肉体とは裏腹に常に男性だらけの環境が災いしたのか、女性に対する接し方が分からず、不自然な対応をしてしまう事もしばしばあった。

とある文学作品で来た漁師ブームは既に過ぎ去っていたので、そういう面での苦労は比較的少なかったのは、ある意味では幸運であったのかもしれない。

 

 

 

それが"超高校級の漁師"鮫島海という人物である。

 

しかし、それはあくまで一側面でしかない。

 

 

こんな話がある。

 

仲間と漁に出た彼は、突然の嵐に見舞われた。荒波に揉まれた船は上下左右と容赦なく揺れ動く。すると仲間の漁師が一人、船外へと投げ出された。荒れ狂う波間に飲まれた漁師の体は瞬く間に海中へと沈んでいった。普通であればその漁師の命運はそこで尽きる。偶然で助かるほど自然は甘くない。他の漁師もそれはわかっている。助けに行けば二次被害は確実。誰もそんな無謀なことはしない。ただ一人、彼を除けば。

 

 

「わしに掴まるぜよ!!」

 

 

そう言って迷わず、荒海に飛び込んだ。彼も理解はしてる。助けに行けば命の保証はないことぐらい。だが、彼は飛び込んだ。仲間の命を救うべく。

仲間の腕を掴み、海上へと顔を出す。そこには運良く他の漁師が落としてくれたであろう救命浮輪が荒波に揺られていた。彼は救命浮輪を掴み、船の近くまで泳ぐとそのまま仲間の漁師と共に船内へと帰還した。

 

 

何故、そのような真似が出来たのか。

 

それは彼が常日頃から死を覚悟しているからである。死を意識して、毎日を生きているからである。

 

 

だからこそ、飛び込むことが出来た。あの瞬間に飛び込まなければ仲間の漁師を助けることはほぼ不可能であっただろう。助けに向かうにしても、覚悟の時間が必要になる。しかし、彼にはその時間は必要なかった。恵まれた体格に"海"というものを熟知し、常日頃から死を覚悟している超高校級の漁師である彼だからこそ出来た芸当であると言える。仮にそこで命運尽きたとしても彼は恐らく自らの行いを後悔することはないだろう。

 

 

それが鮫島海。

それが彼の死生観。

 

 

それ故だろう。

 

 

彼が最初に凶器を発見した際に、もしかしたら自分が知らず知らずのうちに萬屋千歳を殺してしまったかもしれないという事実に勘付いていながらもそれを隠蔽しなかった理由は。

 

学級裁判でクロだと名指しされても一切の反論をしなかった理由は。

 

 

 

 

 

 

 

彼もヒーローの少年と同様に、このコロシアイが始まるずっと前から()()()()()()()()()()()()()側の人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜クルト、裁判場にて〜

 

 

「はい!!またまたまたまた大大大正解ィー!!! 超高校級の探検家である萬屋千歳クンを殺したクロは〜! 超高校級の漁師である鮫島海クンなのでしたー!!おめでと〜!さあ、喜びの声を上げておくれよ!」

「......」

 

正解。それが何を意味するのか、考えるだけで怒りで手が震える。

 

こんなの、ふざけてる。

 

 

「喜べるワケないだろ! 鮫島くんは黒幕の手先のせいで"絶望"になってこんなことをしてしまったんだ! 封鎖だってそうだ。無理やりコロシアイを起こさせようとして...何もかも全部お前たちのせいじゃないか!!」

 

 

僕はただ一心にモノクマたちを睨み、怒声を浴びせた。

 

 

「だから? それでもコロシアイを起こしたのはオマエラ自身じゃん。黒幕の手先だとかいう生徒が存在していてもコロシアイ参加者の一人であることには違わないじゃん。封鎖だってコロシアイのスパイスに過ぎないんだよ」

「トーホーらは、コロシアイの運営をしているだけ。舞台は用意しても介入はしていないメルからね。トーホーらに文句を言うのはお門違いメル」

 

 

話にならない。こんな会話に時間を割くのすら惜しく感じる。

 

 

「ねぇ、鮫島。アンタは納得できてんの? 殺した自覚もないんでしょ? このまま処刑されて...本当にそれで良いの!?」

「繭住さん...。確かに納得できてるかと言われたら嘘になるじゃろな。じゃが、どんな状態のわしであれ、わしがしでかしてしまった事実は消えんぜよ。どれだけ理不尽であろうが、従わざるを得ん」

「鮫島...アンタどうしてそこまで...。自分の命が大事じゃないの!? 帰りを待つ家族はいないの!? いいの? ここで抗議しなきゃアンタは...!」

「抗議なんて無駄ぜよ。今までの彼奴等のやり方を見てきて十分にそれは分かっとる。一度発した言葉を撤回するとは到底思えん」

 

 

鮫島くんはそう言って天井を仰ぎ見る。その後に視線を床へと落とした。

 

 

「帰りを待つ家族は...おる。弟が5人と親代わりの船長。まだ年端のいかん子もおる。わしは絶対に帰らんとあかん。そんなことはわかっとる。じゃが...萬屋を殺してしまった今、それをするにはおまんらを犠牲にして、ここから卒業する以外に手はなかった」

「でもしなかった。むしろ貴方は一番の証拠でもある校旗を自ら議論のテーブルに乗せた。隠すこともできたかもしれないのに」

「隠してしまったら事件の真相が解らんかったかもしれん。萬屋の死を霧ん中に葬ってしまう、それだけは避けたかったんぜよ。わし自身、何も解ってなかったからのう。それにおまんらを犠牲に生き残るなんて選択肢はわしには取れんかった。...そんな血塗られた手で弟たちの手は握れんぜよ」

「鮫島くん...」

 

 

握られた自らの拳を鮫島くんは悲しげに見つめた。

 

 

「モノクマよ、今回もどうせ見ていたんじゃろ? なら教えてくれ。萬屋が最後どんな思いで逝ったのか。それを知らずには流石に死にきれんぜよ」

「覚悟完了ッ!って感じだね。こっちとしてはもっと絶望に歪む表情をして欲しいのだけれど。いいよ! 見せたげる! とびっきりの"絶望"によって死んでいった萬屋クンの最期をね」

「......」

 

 

萬屋くんの最期...。本音を言えば見たくない。でも知らなくちゃいけない。先陣を切って砂漠攻略に動いてくれていた萬屋くんの最期を僕らは絶対に知らなくちゃいけない。たとえそれがどんなに凄惨な現場であったとしても...。

 

 

ふと気になって勅使河原さんの方を見遣った。彼女は、いつものような眠た気な目をモニターに向け、ただ映像が始まるのを待っていた。瞬き一つせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映像の場所は工場の入り口付近。

 

そこには腕を組み、壁を背に立っている鮫島くんの姿があった。この時の鮫島くんは、既に紫の毒薬の影響で精神状態が"絶望"となっている筈だ。一見してそうは見えないけど、精神的な話ではあるから外見的な変化がないのは当然かもしれない。

 

 

そして、間もなく鮫島くんに近付く影が一つ。

萬屋くんだ。

 

 

「...さ、鮫島君...」

「おう、来たか。待ってたぜよ」

「...ありがとう、急な話だったのに来てくれて...。...鮫島君は、その...平気...?」

「わしか。ああ、気分は悪くないぜよ」

「...良かった...。...なら僕の頼みを聞いて欲しいんだ...」

「頼み?」

「...僕を隔離してほしい...」

 

 

隔離...?

 

 

「...あの煙...精神に作用するタイプだと思うんだ...」

「精神に、か。何か根拠はあるのか?」

「...僕、だよ...。...多分だけど、僕は背が低いから煙を吸う量が少なかった...。...だからこうやって会話できるけど...それでも精神状態は良くないと思う...」

「おまんは今どんな状態なんぜよ?」

「...探検したい...。...早く砂漠に出たいんだ...! ...あの未知の塊である砂漠に一刻も早く...!」

 

 

そう言った萬屋くんの目は無垢な少年のように爛々と輝かさせていた。

 

 

「萬屋...」

「...鮫島君は覚えている...? ...モノクマからランダムに渡された真実のことを...」

「ああ、覚えとるぞ」

「..."節制の探検家"...そうモノパッドに表示されたんだ...。...その後すぐに『この砂漠は未踏破である』とも...。...話せなくてごめん...これを言うとみんな絶望してしまうかもしれないと思ってしまったんだ...」

 

 

萬屋くんもあの"真実"を受け取っていたのか。

 

"この砂漠は未踏破である"

それが意味するのは...いや今考えるのはよそう。

僕はモニター上で交わされている二人の会話に全意識を傾けた。

 

「それは解ったが、何故隔離する必要があるんぜよ?」

「...このままだと僕は...砂漠に出たいが為に誰かを殺してしまうかもしれない...。...人が死なないと学園の封鎖は解除されないから...」

 

 

好奇心の暴走。萬屋くんはそれを恐れているんだ。封鎖されている学園内では萬屋くんの好奇心は満たされない。ならば封鎖を解除するしかなくなる。その思考に至り、凶行に走ってしまう可能性を彼は感じていたんだ。

 

 

「萬屋が人を? そんなまさか」

「...解るんだよ...自分の精神が毒に侵されている感覚が...。...もしこのまま悪化すれば、僕は僕自身を抑えることが出来なくなるかもしれない...。...そうなってからでは遅い...。...その前に僕を隔離して欲しいんだ...」

「それでわしに?」

「...うん...。...鮫島君なら信用できる...。...僕と一緒に砂漠に挑んでくれた君なら...」

 

 

萬屋くんは、苦しそうな顔を浮かべながら頭を押さえている。

 

 

「...だから、頼むよ...」

「成程、理解はした。後ろを向くぜよ。手を縛るき」

「...ありがとう...」

 

 

萬屋くんは鮫島くんに背を向けた。

その瞬間だった。

鮫島くんの目付きが変わった気がした。

 

 

「......」

 

 

鮫島くんは、近くにあった校旗を手に取ると支えのヒモを力任せに引き千切った。校旗を携えた鮫島くんは、鋭く尖った先端を萬屋くんの背中に向け、躊躇うことなく萬屋くんの背に突き刺した。

 

 

「...え...鮫..島くん...」

 

 

萬屋くんは、膝を付き、そのままうつ伏せに倒れた。

 

 

「...どう、して...? ...まさか、鮫島君も煙の...影響を受け...て...」

「どうやらそのようじゃ。すまんのう、萬屋。おまんはわしらの希望ぜよ。おまんがおらんくなったら、砂漠を攻略するんは困難じゃ。だからこそ、殺さんとあかん。わしは、"絶望"だからな」

「...絶望...?」

「詳しいことはわしにも分からん。ただ"絶望"であることだけはわかる」

 

 

鮫島くんは萬屋くんに突き刺さったままの校旗を手に取る。

 

 

「...僕を...殺すの...?」

「ああ、最後に何かあるか?」

「...最後...」

「ないなら、このままトドメを刺すだけぜよ」

 

 

"絶望"化した鮫島くんに恐怖を覚えた。ここまで人を変えてしまうものなのかと紫の毒薬の危険性を再認識した。

 

萬屋くんは、地に臥したまま動けなくなっている。鮫島くんが手に持った校旗を離さないでいるからだろう。

 

 

「...待って...」

「なんぜよ」

「...僕が死ねば...封鎖は解除...されるんだよね...?」

「彼奴等の言う通りならそうなるぜよ」

「...なら、良かった...。...僕の死は無駄じゃない...。...みんなを次に進めさせることができる...。...勅使河原さんも...」

「勅使河原さん?」

「...彼女は身体が弱いから...この状況下だと一番早く脱落してしまう可能性があった...。...でも僕がここで死ねば封鎖は解除される...。...それなら勅使河原さんも大丈夫の筈だ...」

「それでいいのか」

「...うん...」

「そうか。ならば殺す」

 

 

鮫島くんの校旗を握る手に力が入る。

 

「さらば、萬屋。おまんとの砂漠の旅...楽しかったぜよ」

「.......」

 

萬屋くんの心臓はそこで完全に静止した。

 

 

鮫島くんは校旗を元に戻すと、萬屋くんの死体を抱え、工場の奥へと消えていった。この後、エグイサルにて萬屋くんの死体は天文台に運ばれることになるんだろう。

 

 

映像はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜毒の影響とは言え自らの好奇心の暴走を止める為に隔離を頼んだ鮫島クンがまさかまさかの"絶望"だったとはね! なんとアンラッキーなんでしょう! 萬屋くんは運がない! 鮫島クン以外に声を掛けていれば死なずに済んだのにね〜。好奇心は猫を殺すとは言うけど、人命も例外じゃないんだねっ!」

 

そう言ってモノクマは嘲笑するようなポーズを取った。その傍らでモノラクダも前脚を鳴らし、愉悦を得ている。

 

もう怒る気力さえ、ない。

 

 

「萬屋くん...」

 

 

萬屋くんは最後までみんなの為に行動していた。自らの内で増幅する好奇心を抑えながら、必死に戦っていた。

勅使河原さんは萬屋くんの最後の姿をいつもと変わらない表情で静かに見つめていた。

 

 

「やはり、わしが殺っておったのう。記憶は思い出せんままじゃが、これを見せられては...いよいよ腹を括るしかないのう」

「...ねぇ。やっぱりおかしいよ。海がやったってのはそうかもしれないけど、それは精神がおかしくなっちゃったからで...。これでおしおきなんておかしいよ! こう仕向けたのは黒幕の手先なんだよね? だったらおしおきすべきなのは黒幕の手先の方のハズだよ!」

「あのね〜。何回同じこと言わせんの? 故意だろうが事故だろうが何だろうが、殺したらクロになるの! そこに手先の介入があろうと、直接的に殺した鮫島クンの方がクロ! これは揺るぎないよ!」

「そんな...! でも...」

「もう良いぜよ。どんなに言っても結論は変わらんき。それにその主張が罷り通れば、おまんらも道連れに死ぬことになる。そんなのは御免ぜよ」

「海...」

「赤星さん、すまんのう。じゃが、わしのことでこれ以上無駄な啀み合いはせんで良い」

 

 

鮫島くんは一歩前に出ると、僕らに向けて語り始めた。

 

 

「萬屋を殺したんは事実。だったら報いは受けんとあかんぜよ」

「報いって...おしおきのこと?」

「無論じゃ」

「あ、もういいメルか? もうおしおきを実行しちゃってもいいメルか?」

「少し待つぜよ。そう急くこともないじゃろう。わしは何処にも逃げん。おまんらの手先に良いようにされたんじゃ、これくらいの要求は飲んでくれぜよ」

 

 

そう言われたモノクマとモノラクダは「やれやれしょうがないな」と渋々了承した。

 

 

「萬屋と作った拠点が、学園を出て直線に行った約12時間頃の場所にある。岩山の洞窟ぜよ。その入り口にわしの大漁旗を置いてある。砂漠には不釣り合いじゃき、見つけたらすぐに分かると思う。すまんのう。せめてわしが拠点まで連れて行ければ良かったんじゃがのう。...後のことはおまんらに託すぜよ」

 

 

自分が処刑される寸前だというのに鮫島くんは最後まで僕らのことを考えてくれている。

 

本当に強いな、鮫島くんは。

そんな君が一緒なら、この先どれだけ心強かっただろう、と考えずにはいられない。

 

 

「鮫島」

「六車、わしを庇ってくれたこと嬉しかったぜよ」

「......そんなんじゃねぇ。俺はただ納得できなかっただけだ」

「それでもぜよ。ここに初めて来た時、わしはおまんを軽薄そうな男と思っていた。それは間違いではないかもしれん。じゃが、今のおまんはそうではない。それが分かっただけでも良かったぜよ」

「何が良かっただよ! ふざけんなよ! そんな簡単に...受け入れていい問題じゃねぇだろ!!これは!! 俺はな...鮫島、お前みたいな自己犠牲野郎は大っ嫌いだ。すぐに生きる事を諦めてしまうような奴は特にな!」

 

 

そう言った六車はまだ完全には癒えてない手の傷を見つめた。以前に鬼頭さんから殴られた傷を。

 

 

「だがなぁ、鮫島。それがお前なんだろう。お前という人間がそうなんだろう。だから、もう俺はこれ以上は何も言わねぇ。だが、最後に言わせろ」

 

 

六車くんは、僅かに目を潤ませながら言葉を続けた。

 

 

「鮫島、今まで危険を承知で砂漠に出て、拠点を作ってくれたこと、ありがとう。俺たちは...絶対にお前たちの作った道を無駄にはしねぇぞ!」

「六車...。ああ、頼んだぞ」

 

 

そう言って鮫島くんは六車くんの肩に手を置く。後事を託した、という証かのように。

 

 

「それと...繭住さん」

「...何?」

「今回の裁判が無事閉廷できたのは、半分は繭住さんのおかげと思うぜよ」

「鮫島...」

「この先、どんな苦難が立ち塞がったとしても皆で協力すれば絶対に道は開ける、そう思わせてくれたぜよ」

「そんな...やめてよ。最後に一言みたいに......」

「最後に一言で、間違いないぜよ」

 

 

鮫島くんは優しい声音でそう言った。

 

「......ねぇ。アンタって女の子と喋るの苦手じゃなかった? 普通に喋れてるじゃん」

「あ、そう言えばそうじゃのう。...もしかしたら薬の影響が残っとるんか、それとも死線を共に潜った仲間にそんな対応をするんも馬鹿らしくなっただけかもしれんのう」

 

 

そう言った鮫島くんは、小さく笑った。

 

 

「それにしても最後の最後に治るとは...。もっと早く治っておれば繭住さん達ともっと気軽に話すことも出来たかもしれんと思うと、少し寂しい気分になるぜよ...」

「鮫島...」

 

 

繭住さんの落とした涙を見て、鮫島くんは少し困った表情を浮かべた。

 

 

「クルト」

 

 

僕の名が呼ばれた。

 

 

「希望を託す、というのならわしはおまんしかおらんと思っとる」

「希望を?」

「そうじゃ。おまんはどんな状況だろうと最後まで諦めずに裁判に臨み続けた。その諦めない姿勢こそが希望を持つには大事なんぜよ。わしが"絶望"となってしまった言うなら、おまんにはその逆、"希望"になって欲しい。どんなに絶望的な状況でも諦めることのない"希望"に」

 

 

"希望"に...。

 

 

「それじゃのう、クルトよ」

 

 

鮫島くんは僕の頭に手をやると、2度ほどポンポンッと優しく打った。とても大きく力強い手だ。痛くないように加減してくれているのが伝わってくる。

 

ああ、どうして鮫島くんが。と、そんな想いがずっと反芻している。

 

 

「鮫島海」

 

 

勅使河原さんが鮫島くんの名を呼ぶ。勅使河原さんにとって鮫島くんは仮にも萬屋くんを殺したクロ。だとしても彼を責め立てることは出来ない。責め立てるというなら黒幕の手先の方だが、それは未だに誰かは判らない。恨み節を言える相手もいない。萬屋くんを慕っていた彼女の心中は察するに余りある。

 

鮫島くんは、ゆっくりと彼女の方に振り返り、吐き出すように言葉を紡いだ。

 

 

「勅使河原さん...わしは...」

「謝罪の言葉は不要だ。萬屋千歳を殺した責任は君にはない」

「し、かし...」

「萬屋千歳の人生は萬屋千歳だけのものだ。たとえ望まぬ結果であっても、それは萬屋千歳が自ら判断したこと。緊急時に君を頼ったのは紛れもない萬屋千歳の意志なのだから」

 

 

勅使河原さんの喋りには抑揚がない。側から見ると感情がこもっていないように聞こえるだろう。でもそれは間違いだ。彼女と学園生活を共にしてきて解った。彼女は彼女なりの感情を持ってる。じゃないと、こんなことは言わない。

 

 

「萬屋千歳が死んで私はどう整理をつけるべきなのか、未だに解らない。だが、それは私の問題だ。これについて鮫島海が思い悩む必要は皆無。もう一度言うが、今回の事件において君に責任はない。故に謝罪の必要はない。だから、最後の時くらいは自分を赦してやって欲しい。彼もそう思っている筈だ」

「勅使河原さん......すまんぜよ」

「謝罪の必要はないと言ったばかりだ」

 

 

鮫島くんが勅使河原さんに向けて放った言葉は、決して謝罪の言葉なんかじゃなかったのだろう。だって鮫島くんの表情はまるで"救われた"と言っているように僕には見えたから。

 

 

「そろそろ良い? 露骨なお涙頂戴展開を見せられると眠くなっちゃうタチでさ。刺激的なおしおきで目を覚ましたい所なんだ!」

 

 

おしおき...。

 

 

「...これで本当に終わりのようじゃのう。それじゃのう。もうこれ以上欠けることなく、砂漠から脱出できることを祈っとるぞ」

「鮫島...」

 

 

鮫島くんは僕らから距離を取り、モノクマたちを凝視すると、拳を構えた。

 

 

「今回は"超高校級の漁師"である鮫島海クンの為に、スペシャルなオシオキを用意しましたっー!」

「やってみろ。じゃがな、わしだってタダでは死なん!! わしを殺したいのであれば、全力でかかって来い!!」

「では、張り切って行きましょう!おしおきターイム!!」

 

 

聞こえているのか聞こえていないのかモノクマは鮫島くんの言葉を無視して、躊躇うことなくハンマーをボタンに向けて振り下ろした。

同時にどこからともなく、無数の鎖が鮫島くんを捉えにかかった。

首に。胴体に。右腕に。左腕に。右脚に。左脚に。

 

 

「ぐっ!! こんなもんかーーーー!!」

 

 

鮫島くんは耐えている。連れて行かれようとしている力に必死に抗っている。

 

 

「鮫島くん!」

「こんなもんでわしを処刑場に連れて行けると思うな!! そうしたければあと100本は鎖を持ってくることぜよ!!」

 

 

そう鮫島くんが叫んだ瞬間、全ての鎖が離された。

 

 

「なっ!」

 

 

そのせいで体勢を崩した鮫島くんは、床に膝を付いた。その時だった。その床が抜けた。いや抜けたんじゃない。開いたんだ。鮫島くんの立っていた場所は巨大な床扉の上だったんだ。

 

 

「鮫島くん!!!」

 

 

僕は必死に落ちゆく鮫島くんに向かい、手を伸ばす。だけど、届くワケがない。

僕の手は虚しくもただ空を切っただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–GAME OVER–

サメジマくんがクロに決まりました。

おしおきを開始します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モニターには船が映った。周りを確認してみると、そこは海を模した巨大な水槽の中。船はその中に浮かんでいた。出口らしき場所はどこにもない。偽物の太陽が照らす凪の海上に彼はいた。

 

 

「何をするつもりぜよ」

 

 

鮫島くんは辺りを見回している。船内も船外も隈なく。すると一枚の板切れが水底から徐々に浮かんでくるのが確認できた。浮かび切った板切れを見てみると、そこにはこう書いてあった。

 

 

 

『罪人と海』

超高校級の漁師 鮫島海 処刑執行

 

 

 

それを見た次の瞬間、船が急に揺れ出した。震源付近を見ると、なんとそこにはカジキの群れがいた。しかも普通のカジキじゃない。どいつもこいつも中央を境に白と黒に色分けされている。つまりこのカジキの群れは、モノクマたちが作った処刑用の舞台装置ってことか...?

 

 

「なんじゃコイツらは...」

 

 

カジキの群れは、鮫島くんが船上にいるのもお構いなしに船底を攻撃し続けている。僕らはどうすることも出来ず、ただそれを見ているしか出来ない。間もなく穴が開き、水が船内に侵入。船は沈没を開始した。

 

徐々に海中に降下していく船の上で鮫島くんは必死に脱出口を探しているが、時間がない。船は完全に沈没し、鮫島くんは無理やり水中へと連れて行かれた。そこには片目が赤く光ったモノクロのカジキの軍団が待ち受けていた。カジキたちは、海中でまともに動けない鮫島くんに一斉に襲いかかった。

 

 

「.....ッ!!」

 

 

一体のカジキの鋭い(ふん)が鮫島くんの腕を貫いた。鮫島くん!と僕が叫んだ瞬間だった。鮫島くんはそのカジキを脚で押さえ付けるとそのまま粉砕してみせた。その後も次から次へと来るカジキたちを返り討ちにしていった。また一体、また一体と。

 

 

このまま水中での戦闘が続くだけなら大丈夫だ。鮫島くんは強い。こんなオシオキなんかで死ぬワケない。死ぬワケないんだよ...!!モノクマの読みが外れたんだ!

 

 

そして、遂に最後の一体を破壊した鮫島くんは海上を目指し泳ぎ始めた。もう浮上を邪魔する者は居ない。もう大丈夫だ。もうこれで...........え?

 

 

どうして...?

 

 

どうして...沈んでいってるの?

 

 

鮫島くんの下半身をよく見ると先ほど破壊したカジキたちの残骸が纏わりついていた。それが重しとなって海底へと身体が引っ張られていたんだ。身体から残骸を引き剥がそうとするが、一向に取れる気配がない。

 

 

「ぐっ...!!」

 

 

鮫島くんが見る見る沈んでいく。先程の戦いで負った傷口から流れ出した血が細く滲んだ赤い道筋を生んでいた。更に水深が深くなる。光も徐々に遠くなって、辺りには暗黒の世界が広がっている。残りの酸素もあと僅かだろう。このままでは...。

 

遠のく意識の中で鮫島くんは海上から微かに差す光に手を伸ばした。その瞬間だった。何かが鮫島くんの手を掴んだ。

 

 

「んぐッ...!?」

 

 

鮫島くんの手を掴んだ何かは、鉄製のアームだった。アームはそのまま海上へと続いていた。そして、そのアームは物凄い勢いで鮫島くんを引き揚げていった。減圧症なんて知ったことかと言うように。

 

 

「サルベージッ!!」

 

 

そう言ったのは漁師の服装をしたモノクマだった。船内にはモノラクダもいる。どうやら引き揚げたのはコイツらのようだ。

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

 

引き揚げられた鮫島くんは酸素不足と減圧症の影響なのかとても弱っていた。しかし、宙吊りになった鮫島くんの目はまだ死んでない。どうにか脱出できないかと身体を揺らしている。

 

 

その姿を見て、僕は嫌な予感がし、一瞬モニターから目を逸らした。モノクマのおしおきがこれで終わるとは思えない。まだ何かある。生きようと抗う鮫島くんをアイツらが放っておく筈がない。どうか杞憂であってくれと願いながら、僕はモニターに向き直る。

 

 

そして数秒後、その予感は的中してしまった。

 

 

海中から謎の巨影が鮫島くんに迫った。それは先程の奴らの何倍も巨大なカジキだった。カジキは弱り切った鮫島くん目掛けて突撃してきた。

 

 

 

「ぐはッ...!」

 

 

 

 

カジキの吻は、鮫島くんの心臓を貫いていた。

 

 

 

 

鮫島くんの目は光を失い、ぐったりとしてそのまま動かなくなった。

 

 

「一攫千金だぜーーーッ!!」

 

 

そう叫んだモノクマは巨大カジキに刺されたままの鮫島くんと共に写真を撮った。

 

まるで、勲章だと言いたげに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクストリィィィィィィィィィィィィィムゥゥゥゥ!!!」

 

......。

 

鮫島くんの処刑が終わった。

 

鮫島くんが生きている世界が終わったんだ。

 

 

「鮫島くん...」

 

 

頭が処理を拒否する。受け入れたくない。

僕は空を切った右手を恨めしく睨んだ。たとえ、届いたとしても救える筈がないのに。

 

 

「鮫島......」

「酷いよ...。海には千歳を殺した記憶なんてないのに...こんな殺され方はあまりにも...ひっ...ひっ...」

「容赦の欠片も無い。モノクマたちらしい惨忍極まりない所行だわ」

 

 

4度目の処刑。感覚が麻痺していくのを感じる。

 

 

「ぶっひゃひゃひゃ!! いや〜良いおしおきだったね。泣き叫びこそしなかったものの鮫島クンは最後間違いなく絶望していたハズ! そうでなくっちゃねっ! やっぱ絶望してくれないと面白くないもんねっ!」

「黙れ」

「はにゃ〜?」

「黙れって言ったんだ! 鮫島くんを"絶望"化させたのは間違いなくお前たちだろ。お前たちが鮫島くんを操り、萬屋くんを殺させたようなものだ! それなのに鮫島くんはあんな酷い処刑を受けさせられて...ふざけるな! こんなのはもうコロシアイとして公平でも何でもない!」

「クルトクンさぁ。このコロシアイのゲームマスターはボクなんだよ? 公平かどうかはオマエラが決める事じゃない、ボクが決めることだ。それにボクが鮫島クンを操って殺人を起こさせたなんて、責任転嫁も甚だしいね。大体さ、鮫島クンを"絶望"化させたのって黒幕の"手先"なんでしょ? そいつもオマエラと同じ参加者。だからこの事件はオマエラの中で起きたこと、ボクらは環境を作っただけで、こうしろ!なんて命令は出してないよ。まったく何回言えば解ってもらえるのかな? モンスタークレーマーも真っ青の主張だよ、クルトクン!」

 

やっぱりコイツらには何を言っても通じない。会話ができるだけの正真正銘のケダモノなんだ。

 

 

「何なんだよ。こんなことして何が目的なんだよ。...やっぱりお前たちは"絶望"なのか。資料にあった江ノ島盾子と同じで」

「"絶望"ね。ま、それを明言するのはまだやめておこうかな。ネクストステージもあることだしね」

「ネクストステージ?」

「んじゃ、ボクはそろそろ帰ってキングサーモンの活け造りを作らなくちゃいけないからお暇させてもらうよ。そろじゃ、まったねー!」

「あ、待つメル! トーホーだけ置いていくなメル!」

 

 

2体は姿を消した。

 

残されたのは、たった7人。もう半分以下にまでその数を減らしてしまった。しかもその中には、萬屋くんと鮫島くんを死に追いやった黒幕の手先もいるんだ...。

 

 

「なあ、誰だか知らねぇが、もう仲間ヅラすんのはやめよーぜ? 黒幕の手先よぉ! 敵なら敵らしくしてくれよ。もう十分だろ? お前のお陰でコロシアイが起きて、そんで萬屋と鮫島が死んだ。これ以上...何が望みなんだよ! なぁ!!」

 

 

六車くんの問いに応える人間は、当然のようにいなかった。

 

 

「クソ...」

「六車くん、気持ちはわかるけど落ち着いて。そんなこと言ったって今更自分が手先だと名乗り出るワケないわ」

「チッ...んなことわーってんだよ。だからって何も言わねぇなんてこと俺には出来なかっただけだ。あんな処刑を見せられた後じゃな!」

「でも手先が誰かここで議論してもすぐに結論が出るワケじゃない。ならこれから私たちが考えなくちゃいけないのは、これからどうするか、の筈よ」

「これからと言うと...?」

「もしかして砂漠越えっすか?」

「...するに決まってんだろ。アイツらが作った拠点が砂漠にある。そこまで行けば!」

「そこまで行くのに、鮫島くんはどれくらいの時間が掛かると言っていた? 12時間。およそ半日よ。そこに着くのだって命懸け。萬屋くんと鮫島くんが拠点から学園へ帰って来れたのは偏に彼らの力あってこそよ。私たちには同じ真似は出来ない。しかもこの砂漠は未踏破。それでも砂漠越えを強行するなら、それなりの覚悟がいる」

「ならどうすんだよ」

「食事。今はそれが最優先事項よ」

「飯?」

「砂漠越えについてどうするかはそれから考えても良い。そうじゃなくても体力が減っている今の私たちじゃ砂漠に出ることさえ難しいかもしれないしね」

 

 

平子さんは天井を見て、言う。

 

 

「ご飯を食べましょう。そして、休みましょう。体力を付けなきゃどうすることも出来ないわ」

「そうっすよね。今は食事が大事っす。そうと決まれば食堂に行くっすよ! 簡単な料理ならすぐに作れますし」

「やったー! ぼくもお腹減ったー! ならもう行こう!」

「六車くんはどうする?」

「...腹が減ってんのは事実だ。確かに食わねぇとどうにもなんねぇな。難しいこと考えんのはその後でも遅かねぇか」

 

 

みんな食堂に向かうべく次々とエレベーターに乗り込む。

 

 

「クルト、どうしたの? 戻らないの?」

「...あ、いや」

 

 

僕の視線の先には、萬屋くんの遺影を静かに見つめる勅使河原さんの姿があった。

 

 

「勅使河原が気になる? 今はそっとしておいた方が良い気もするけど...」

 

 

確かにそうかもしれない。でも...。

 

 

「一応、声だけ掛けてみるよ。やっぱり心配だし」

「そう...わかった。なら先戻ってるね」

 

 

繭住さんもエレベーターへと向かい、裁判場には僕と勅使河原さんの2人しかいなくなった。

 

 

「勅使河原さん」

「何だ」

「地上に戻ろう。ここに居ても気が滅入るだけだよ」

「...そうかもしれんな。クルト・L・クルークハルト。少しだけで良い。話しても良いか」

「話?」

 

 

表情はさしていつもと変わらない。だけど、言葉の節々に脆さを感じた。勅使河原さんは吐露したい何かがある。今は彼女の言う通りにした方が良い、そう思った。

 

 

「良いよ。何を話したいの?」

「萬屋千歳の事だ」

 

 

やっぱり、そうか。

 

 

「萬屋千歳と私の関係は、一体どうカテゴライズされるのか判らない。しかし、やはり一般的に親密な距離感にあったことは事実だ。私は彼といると不思議と心拍数が上がった。反面、寄り添うと落ち着きを取り戻すこともまま有った」

「それは好き...だったってこと?」

「かもしれないな。悪いな、歯切れが悪くて。生憎、そう言った知識や経験は蓄えてこなかったからな。しかし、この感情を類推し、客観的に見た時、"好き"と形容するのが最も相応しい。過去に足立猫からもカップルと称されたこともあった。その時の私は否定の弁を述べなかった。それが答えなのだろう」

 

 

萬屋くんのことが好き、それを言葉にするのにここまで回りくどい言い回しになるのはいつもの勅使河原さんっぽくて少しだけ安心できた。

けど、やっぱりまだ心配が勝つ。萬屋くんの死体を見た時の彼女は、表情こそ崩していなかったけど、涙を流していた。それは、やっぱり勅使河原さんと萬屋くんが仲間を超えた特別な関係にあった何よりの証左なんだろうと思う。

 

 

「つらいよね。大切な人を亡くすのは」

「このような状況下だ。別離する可能性は多大にあった。それに見てきた。小田切電皇の遺体を発見した時の君、桐崎雨城を処刑場に持っていかれた古畑野々葉、足立猫と愛猫の亡骸を前にした赤星衛、等々、嫌と言う程な」

「勅使河原さん...」

「だから、事前の心づもりはしていた。コロシアイの終焉には未だ遠いと感じていたからな。しかし、退場するのは萬屋千歳の方ではなく、私だと思っていた」

「え?」

「理由は明白だ。私の身体はそれほど強くない。食事を何食か抜いた程度で倒れてしまうほど虚弱なんだ」

 

 

それを聞いて思い出した。

繭住さんが倒れている勅使河原さんを発見したことを。詳しいことはわからなかったけど、身体が元々弱いのが理由だったんだ...。

 

 

「故にコロシアイにおいて、私の生存確率は著しく低くなる。対して、萬屋千歳は探検家で身体も強い。加えて死線を潜ってきた回数も一度や二度じゃない。どちらが生き残るかは火を見るより明らかだ。...しかし、結果はこうだ。私は生き残り、彼は逝ってしまった。現実というのは非情だな」

 

 

勅使河原さんはいつもと変わらない表情といつもと変わらない口調で淡々と話す。

 

 

「少し前の話をしよう。皆と別れて自室に戻った後のことだ」

 

 

右手で萬屋くんの遺影に触れながら、いつもと変わらない抑揚のない声色で、彼女は語り始めた。

 

 

 

 


 

 

「閉鎖的空間に閉じ込められ、その上で飢えを凌ぐ手段を絶たれたとしたなら、人はどうなると思う?」

 

 

我ながら意地悪な質問をしたと思った。

 

 

「どうって」

「...いや止めておこう。いたずらに不安を煽っても意味は無い。気になるなら"鳥取城の喝え殺し"でも調べてみるといい。気分の良い物ではないから推奨しないがな」

 

 

私はそう言い捨てると宿舎の階段を上がり、自室へと戻った。

飢餓に陥った人間が最後の最後に辿り着く最悪のシナリオ。共喰い。勿論、私も文献でしか知識がなく、必ずそうなるとも言えない。が、それが起こり得てしまうかもしれない環境に追い込まれたという事は皆も理解すべき。これは何としても避けなくてはならない。そのような地獄は絶対に生み出してはならない。

 

 

ならば、どうするべきか。

 

 

「封鎖を解除する条件を満たす他ない」

 

 

一人、ベッドの上でそう呟く。

人が死ぬ事。解除条件についてモノクマとモノラクダはそう言っていた。仲間一人を犠牲に地獄を回避する。しかし、殺害は結果的に犠牲者は二人に増える。学級裁判を経てしまう以上、これは避けられない。更に黒幕打倒の目処も立っていない現状、これを鑑みて取れる最良の選択肢は...。

 

自死。

 

 

「実に酷なことだ」

 

 

存命中の仲間全員での脱出は不可能となった。誰かの脱落は確定だ。ならば...。

 

 

そこまで考えを巡らせた辺りで。

 

 

「ピンポーン」

 

 

来客のインターホンがそれを中断させた。

扉を開けると、そこに居たのは萬屋千歳だった。

 

 

「君か」

「...勅使河原さん...ちょっと良いかな...」

「話か?」

「...うん...部屋に入ってもいい...?」

「ああ」

 

 

少しの会話の後に私は萬屋千歳を部屋に上げた。恐らく立ち話で済ます内容ではないだろうから。

 

 

「お構いは出来ないが、適当に寛いでくれ」

「...うん...」

 

 

萬屋千歳は部屋に備え付けられていた椅子に座り、私も立ちっぱなしは身体に毒なのでベッドへと腰を下ろした。

 

 

「それで話とは何だ?」

「...勅使河原さんがさっき言ってたこと...図書館で調べて来た...」

「律儀だな、君は」

「...そこで解ったんだ、勅使河原さんが言いたいことが...。...共喰い...。...これだけは絶対に阻止しなくちゃいけないって思った...」

「阻止すると言ってもどうするつもりだ。人死にが出ないと封鎖は解除されない」

「...方法はまだ判らない...。...でもまだ諦めるには早いよ...何処かにこの状況を打破する何かがあるかもしれない...。...空腹は辛いけど、まだ1日目なんだし...」

 

 

そうか。まだ1日目なのか。

 

 

「うっ」

「...勅使河原さん...!?」

 

 

突然の眩暈が私を襲った。やはり栄養不足が災いしたか。

私はそのままベッドに倒れ込んだ。

 

 

「...大丈夫...!?」

「済まない...。少しクラついただけだ」

「...何か出来ることある...?」

 

 

出来ること、か。

 

 

「なら膝を貸してくれないか」

「...膝...?」

「膝枕をして欲しい」

 

 

自分にしては狡猾だと思った。体調不良に託けて膝枕を要求など以前の私では考えられない。

 

 

「...膝枕...。...良いよ、それで勅使河原さんが楽になるなら...」

 

 

そう言ってベッドに腰掛けた萬屋千歳の膝に私は頭を置いた。

 

 

「ありがとう。とても良い」

「...そ、そう...? ...それは良かったよ...」

「君の脚は逞しいな。この脚なら砂漠越えも夢ではないだろう」

 

 

心地が良かった。今にも寝落ちてしまいそうになる。でも今日はもう少しだけ、この感触を味わっていたかった。

 

 

「私は身体が弱い」

 

 

私は吐露した。

 

 

「体力が持たないんだ。先天的でな。数食抜いただけでこの通りだ。とてもこの状況では生き抜けない」

「...そんな...」

「聞いてくれ、萬屋千歳。この状況では一切の犠牲を出さず先に進むことは困難だ。ならば誰か一人、自らの命を絶てば、犠牲は最小限で済む」

「...何を言ってるの...?」

「私がその役割を請け負う。遅かれ早かれこの状況では先は長くない。歴史を探究できなくなるのは残念だが、君を先に進めさせることが出来るならそれも良いだろう」

 

 

私は萬屋千歳の頬に手をやる。

 

 

「私は君に生きて欲しい」

 

 

私がそう言った瞬間、顔に雫が零れ落ちた。

 

 

「...いやだ...」

「泣いているのか」

 

 

萬屋千歳も私に似て感情を表に出すのが不得意だ。表情も相変わらず無い。だけど涙が今の感情を教えてくれる。

 

似ているな、私たちは。

 

 

「...絶対に死なせない...」

「とは言ってもだ。今は私を犠牲にするのが一番良い。身体の弱い私は、拠点にすら辿り着くことは不可能だろう。今後のことを考えたとしても歴史研究しか脳が無い私は不要だ。なら-」

「...不要なもんか...!!!」

 

 

萬屋千歳の声で私の言葉は遮られた。この声は今まで聞いたどの萬屋千歳の声より感情的に思えた。

 

 

「...必要だよ...僕には勅使河原さんが必要だよ...!」

「必要? 何故だ?」

「...このコロシアイ中、勅使河原さんのおかげで僕は平静を保てていた...。...寝ている勅使河原さんの面倒を見ていく内に自分の心も不思議と穏やかになっていくのを感じていたんだ...」

 

 

私のおかげで...?

 

 

「...徐々に僕の中で勅使河原さんの存在が大きくなって、いつしかここから脱出した後に勅使河原さんとしたいことを考えていた...。...僕は勅使河原さんと一緒に生きてここから脱出したいんだ...」

「一緒に...」

「...僕の冒険譚を聴いて欲しい...君の歴史観を聴かせて欲しい...一緒に何でもない時間を過ごしたい...こうして勅使河原さんを膝枕できる日々を送りたい...。...それが叶うなら僕はどんな困難にだって立ち向かうよ...」

 

 

萬屋千歳の手が私の手を握る。小さくも強い手だ。

 

 

「私と一緒になりたいのか」

「...うん...」

 

 

紅潮と共に頷く萬屋千歳。

なるほど、嬉しい。こんなにも嬉しいものなのか。

 

 

「しかし、私と一緒になれば探検には繰り出せないぞ。それでも良いのか?」

「...あっ...それはちょっと困るかも...」

「正直だな、君は。だが、君はそれで良い。探検家・萬屋千歳を私が殺してしまうワケにはいかない」

「...勅使河原さんらしい返しだね...」

「私らしい? それはどう−」

「...勅使河原さん...?」

 

 

意識が絶え絶えだ。今にも落ちてしまいそうだ。

 

 

「...もう休んだ方が良さそうだね...。...さあ、横になって...」

 

 

私は萬屋千歳の手によってベッドに寝かせられた。

 

 

「萬屋...千歳...」

「...無理しないで...大丈夫...僕がこの状況をどうにかしてみせる...。...明日また探索してみるよ、何か見落としがあるかもしれないしね...。...勅使河原さんは無茶しないでね、このまま部屋で休んでおいてね...」

 

 

意識が飛ぶ。ダメだ。まだ私から伝えてない。私も同じ気持ちだと君に伝えていない。

 

 

「...おやすみ、勅使河原さん...」

 

 

それが聞こえて、間もなく私は完全に意識が飛んだ。

 

 

目覚めた私は、萬屋千歳に会う為に部屋を出ようとドアノブに手を伸ばした。すると再び意識が飛んだ。私の身体は限界に達していたのだ。

 

その後は、繭住藍子に介抱され、今に至る。

 

 


 

 

「私はまだ伝えていない。私の気持ちを言葉にして」

 

 

萬屋くんと勅使河原さん。二人の間にそんなやり取りがあったなんて。それなら萬屋くんは死に行く最後の瞬間、一体どれほど辛かったんだろう。考えるだけで胸が痛くなった。

 

 

「クルト・L・クルークハルト」

「...何?」

「萬屋千歳を失った私は、この先どうすれば良い?」

 

 

この先...か。

 

 

「とりあえず、生きてみようよ。萬屋くんだって勅使河原さんが死ぬことは望んでないと思う」

「確かにそうだな。映像では鮫島海に私のことを話していた。そう望んでいる可能性は高いだろう」

 

 

勅使河原さんはそう言うと萬屋くんの遺影の後ろに回り込むと、そのまま遺影を優しく抱き締めた。

 

 

「終ぞこうする事は叶わなかったな。私は悲しいぞ。萬屋千歳。もっと君とこうしていたかった。もっと君に膝枕をして欲しかった。私と時を共にして欲しかった。...生きて欲しかった」

 

 

勅使河原さん...。

 

 

「私は君が好きだ。完全に理解できたとは言えないが、この気持ちは好意以外には考えられないだろう。願わくは君が存命のうちに伝えたかったな」

 

 

そう言うと勅使河原さんは遺影にそっと口付けをした。

 

 

「接吻とは、愛情の証。感情の発露が不得手な私にはこうする事が一番ストレートに気持ちが伝えられたなと今になって思う」

「......」

「そろそろ地上に戻ろう。クルト・L・クルークハルト。付き合わせて済まなかったな。苦痛であったろう」

「ううん。僕はただ聴いていただけだよ。苦になんて思ってない」

「そうか。それは良かった」

 

 

それから僕らはエレベーターへと乗り込み、グラウンドへ戻って来た。

 

 

「とりあえず、ご飯を食べに行こう。何をするにも栄養は取らないと」

「ああ、そうだな」

 

 

勅使河原さんと共に食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

空腹を満たした僕らはそのまま今日を休息日にして、また明日から頑張ることにし、解散となった。

 

部屋に戻った僕は、寝支度をするとすぐにベッドで横になって、もう誰一人欠けないことを望みながらゆっくりと夢の中へと落ちていく。

 

 

ここから先、どうなるか予想できない。

 

萬屋くんと鮫島くん。二人を失った今、脱出の糸口はあるのか...。砂漠が未踏破であるという"真実"も相まって不安が襲う。

いやでも...まだまだ絶望するには早い。鮫島くんも言っていた。拠点の近くに大漁旗を置いてきたって。もし砂漠へ繰り出すことになったらその大漁旗を目指そう。

 

僕らの命を繋ぐ希望の旗だ。

 

さあ、歩いて行こう。

 

 

 

 

 

二人の繋いだ希望をどうか落とさないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜黒幕の手先、校舎にて〜

 

 

 

朝の誰もいない校舎は、嫌いではなかった。

 

 

静まり返った教室。

靴音が嫌に響く廊下。

寂寥感を纏う空気。

 

 

全部全部、日中には味わえないものばかり。特別感を得たい、というワケじゃない。ただ、今この場所には一人であるという実感が欲しかった。実際にはモノクマたちに自分の動向を監視されているから、完全にそうではないけど、そうだとしても良い。静寂さえあれば良い。

 

 

そんな校舎内を自分は歩いていた。

 

 

朝日がまだ電気の点いてない校舎内を薄明るく照らしていた。その様相が自分にとっては堪らなく心地良かった。この暖かさを独り占めできたような、そんな感覚を覚えたんだ。

たとえ、それが作られたまやかしの朝日の暖かさだとしても構わなかった。

...いやだからこそ、なのかもしれないけど。

 

 

 

 

朝は良い。人と会話する労を割く必要もない。

この空間、この時間だけが、自分の考えを整理できる。

 

 

黒幕の手先としての役割は、無事果たすことが出来た。紫の毒薬を利用することで精神異常を引き起こし、生徒間で殺し合いに発展すればと願っていたけど、まさか"絶望"とは、ね。

運が悪い。いや、むしろ良いのかもしれない。そのおかげで彼は萬屋くんを殺したことを心の中では毒薬のせいにできたに違いない。口ではなんと言っていようと故意であるかの有無は大きいはずだから。

 

 

そして、コロシアイが起きたということはフェーズは次の段階へと移行する。5回目の殺人事件が起きたならば、ようやくこの狂った物語をクライマックスに持って行ける。そうなれば、自分の役割も終わり。ジ・エンド。

 

でもそれで良い。

 

あくまでこれはエクストラなんだ。ただのおまけに過ぎない。だから問題ない。どうなったって構わない。

 

 

 

 

真の希望は、その先にあるのだから。

 

 

 

小田切電皇くん

 

貴志萌華さん

 

舞田十司郎くん

 

桐崎雨城さん

 

鬼頭ちはるさん

 

足立猫さん

 

久礼爽くん

 

萬屋千歳くん

 

鮫島海くん

 

 

 

散っていったみんなの命を無駄にしちゃいけない。

 

 

 

必ず目的は果たしてみせるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら、長い階段を登っていく。

 

一段、また一段、踏み締めるように。

彼らが歩けなかった今日を、進んでいく。

 

 

4階。目的の階に到着した。

 

 

 

与えられた役割はまだある。

この命ある限り、これだけは全うしようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼女の形見でもある上着の襟を正して、放送室の扉を開けた。

 

 

そして、朝の放送を開始した。

いつものように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。古畑野々葉が午前7時をお知らせします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––生き残り–––

 

赤星衛

足立猫

氏家幕之進

小田切電皇

貴志萌華

鬼頭ちはる

桐崎雨城

クルト・L・クルークハルト

鮫島海

勅使河原祈里

平子華月

古畑野々葉

舞田十司郎

繭住藍子

六車ミゲル

萬屋千歳

 

 

 

...残り7人

 

 

 

 

第四章 『命の旗。』完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued→

 

 




4章完結!やったね!
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