A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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 若葉ちゃんルート

 医師とか出産とかについて、間違った描写があるかもしれません。不快になるような内容はないと思うのですが、万一何かあったら申し訳ありません。





終章X話 生命(IF:乃木 若葉)

「……若葉ちゃん? 今、なんと……?」

 

「ッ、だ、だから、妊娠した……! 子供が……陸人との子供ができたんだ!」

 

『……ええええぇぇぇぇっ⁉︎』

 

 若葉に呼ばれて乃木家に集合した仲間たち。最初の数分どもりっぱなしで要領を得なかった若葉の口からやっと飛び出た本題は、仲間たちから冷静さを奪うほどの破壊力を持っていた。

 

「にににににんしんっ⁉︎ 妊娠ってアレだよね? 来たばかりの先生が全校集会で挨拶する……」

 

「……お、落ち着いて高嶋さん……それは新任よ……」

 

「いやー、こんなにシャウトしたのは久しぶりよ。いつか来るとは思ってたけど……」

 

「うん、ビックリはしたけどちょっと安心もしたかも」

 

「いつ⁉︎いつ分かったんですか⁉︎ 今何週目なんですか⁉︎」

 

「男の子とか、女の子とかは……まだ分からないですよねごめんなさい先走っちゃって落ち着いて私落ち着いて……名前はどうしましょう⁉︎」

 

「ひなたもあんずも落ち着け⁉︎ 若葉が喋れないだろ!」

 

 比較的落ち着いている組の尽力により、10分ほどで興奮状態は沈静化した。詳しい話を聴く前からすでに全員息が荒い。

 

「……ええと、だな……何から話せば良いのか……」

 

 若葉が言うには、発覚したのは二週間ほど前。常日頃規則正しく生活し、滅多に体調を崩さない若葉に唐突に訪れた体調不良。長引く異変に陸人が無理やり病院にかつぎこんだところ、妊娠していたというわけだ。

 

「……正直、少し悩んだりもしたのだがな。乃木家として、血を残すのは決まっていた責務だ。しかし私たちの子となれば、乃木家の次期当主という座に加えて『英雄』伍代陸人の子孫という肩書き、そして高確率で勇者適性も持って生まれることになる」

 

 陸人は若葉と結婚する際に婿入りという形になった。当然といえば当然だ。しかし同時に、未だ不安定な世界に英雄の名前は必要とされている。仕事に支障が出ない程度ではあるが、彼は今でも演説などを続けている。本人を知らない大多数の市民にとっては、乃木陸人は今でも伍代陸人という救世のヒーローなのだ。

 そして極め付けは生来の資質である勇者適性。大社の研究で、アマダムのような例外がなければ後天的に伸ばすことはできず、遺伝による影響もあることが判明した。御姿の陸人と最も長く勇者の力を振るってきた若葉。その2人の間に生まれる子供がなんの力も持たない、という可能性はかなり低い。女子ならもちろん、男子であっても今後の研究次第でどんな未来が生まれるか分からない。

 

『乃木』という家柄。

『伍代陸人』という父親。

『勇者』という力。

 

 これからの世界を生きていくのに、これほど窮屈な鎖はない。そんな重荷を子供に背負わせて良いものか。若葉も陸人も悩んだ。しかしそれでも、2人は産むことを決めた。大社や家からの言葉ではない。周りに流されないために、誰にも伝えずに2人で考えて出した結論だ。

 

『命が生まれることは素晴らしいことだから。子供の未来が心配なら親として、先達として、少しでも前向きに世界を変えていけばいいんじゃないかな……あとを託すその時に、少しでも生きやすい場所にできれば。長生きして、長く頑張らなきゃいけないね』

 

「陸人はそう言って笑ってくれた。それで思い出したよ……私たちもまた、雄介さんやみのりさん……先立つ多くの命に託されて戦って来たことを」

 

「……陸人らしいな。託すために、かぁ」

 

「私たちも、託す立場になった……なんとか繋ぐことができたってことですよね……」

 

 若葉は嬉しかった。陸人との子供ができたこと。陸人がそれを喜び、受け入れてくれたこと。『長生き』なんて言葉が彼の口から聞けたこと。陸人が自分が生きることを当たり前だと思ってくれることも含めて。

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、彼は仕事かしら……?」

 

「確か小児外科の先生なんだよね? すごいなぁ、りっくんは」

 

「ああ。私が本格的にキツくなった時に少しでも自由に動けるように、今はバリバリ働いてくると言っていた」

 

「なるほど、愛されていますね。若葉ちゃん」

 

 陸人の御姿には、無垢な魂に対して目に見えない形でほんの少し、生命力を励起させる作用がある。それが判明してから彼は生まれて初めてその道一本に絞って努力した。猛勉強の末にどうにか医師免許を取得。

 研修を終えて2年。溢れるコミュニケーション能力を持ち味に、なんとか一人前の小児外科医へと成長した。そんな多忙な立場でも若葉との時間を確保しているのはさすがと言うべきか。

 

「不定期な職種だからな。今張り切ってどこまで余裕ができるか分からないが、患者の保護者にも話して、代理も今から探しているそうだ」

 

「ああ、そういえばこの間健康診断に行った時に見かけたわね。ベリービジーな様子だったから声かけなかったけど」

 

「うん。それでもちっちゃい子が寄ってきたらちゃんと目線合わせて話してて……変わらないなって思ったよ」

 

「そうか……私はアイツの仕事を見たことはないが、心配することもないだろうな」

 

 どこか誇らしげに若葉が微笑む。年月を経ても、籍を入れても2人の関係は変わらない。尊敬と信頼が根底にあるこの夫婦の絆は決して断ち切れはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ9ヶ月ほどが経過したある日、陸人の勤務先の病院。予定日を間近に控えた若葉に、休暇を取った陸人とひなたが付き添っている。

 

「さすがは若葉ちゃん。近々に勝負があるかも、と言われても落ち着いていますね」

 

「そうか? ……だとしたらそれは、2人がそばにいてくれるからだろうな」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。実際始まってしまえば俺にできることはないしね」

 

 和やかに時を過ごす3人。しかしそんな時間も長くは続かない。

 

「乃木先生っ!」

 

「……! 三好さん? どうかしましたか?」

 

「……それが……」

 

 陸人と同様にお役目を終えて医療の道に進んだ元巫女、現看護師の三好ひかりが走りこんで来た。彼女の話では、付近で大規模な交通事故が発生。幼稚園の送迎バスも巻き込まれ、幼児も含めて怪我人が多く出てしまったと言う。

 

「動けるスタッフ総出で対応中ですが手が足りず……休暇中に申し訳ないのですが」

 

「そうですか……でも……」

 

 今でなければ陸人も迷いなく了承していた。しかし若葉の状態や医師の診断では間もなく産まれる可能性が高いのだ。それだけの事故となると、落ち着くのは早くても翌日になる。1番大事な時にはせめてそばにいたい。陸人はそう思って何ヶ月も前から準備してきた。

 

「……行ってこい、陸人……」

 

「……若葉ちゃん!」

 

 ベッドに体を預けたままで、それでも力強い若葉の声が響く。

 

「……私は大丈夫だ。子供を助けるのがお前の仕事だろう?」

 

「でも……」

 

「仕方ないやつだ……ちょっとこっちに来い」

 

 迷いが映る陸人の顔を優しく引き寄せる若葉。陸人が言葉を紡ぐよりも早く、自身の唇を夫の唇に重ねて塞ぐ。数秒の接触に精一杯の想いを込めて、陸人とのつながりをこの身に刻む。

 

「──っ⁉︎」

 

「まあっ!」

 

「え? えっ⁉︎」

 

 凍りつく陸人。なぜかテンションが上がったひなた。混乱して目線が泳ぎまくるひかり。一同を置き去りに、どこまでも威風堂々、若葉がゆっくり離れて言葉を続ける。

 

「これで大丈夫だ。私の陸人はここにいてくれる。一緒に戦ってくれる……多少離れたところで今さら私たちには関係ないだろう? だからお前は、今一番お前を必要としている人のところに走るんだ……人の命を守る……それが私が惚れた男の信念だったはずだ」

 

 汗をかき、呼吸も少し荒い。それでも乃木若葉は凛として、自分の意思を貫く。この精神力こそ、最後の最後まで折れずに戦い続けた勇者の強さだ。

 暫し無言で見つめ合い、やがて陸人の方が根負けして頭をかく。

 

「……分かった、行ってくる……信じるよ、俺が惚れた女の強さを」

 

「ああ、信じろ」

 

「ひなたちゃん、若葉ちゃんをお願い……三好さん、行きます!」

 

「……私が言えた立場ではありませんが、よろしいのですか?」

 

「これから父親になろうって人間が、それも医者が、命を見捨てるわけにはいかないですよね……!」

 

(俺は負けないよ、若葉ちゃん……だから君も……!)

 

 

 

 病室を飛び出す陸人とひかり。足音が遠ざかったところで、若葉のやせ我慢が限界に達した。

 

「若葉ちゃん⁉︎」

 

「……ひなた、コールしてくれ……恐らく、来たぞ……!」

 

「……お、押しました! 若葉ちゃん、しっかり!」

 

「……さて、言い切ったからには気張らなくてはな……!」

 

(私は決して負けない……陸人、だからお前も……!)

 

 医者としての使命を果たす陸人。

 母として最初の役目に臨む若葉。

 2人は違う戦場で、それでもかつてのように2人並んで戦いに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。各科の尽力と近隣病院との連携により、奇跡的に死者を出すことなく全ての患者の治療を終えた。事態の沈静化も確認し、医師たちの戦いは終了。

 参加したスタッフの殆どが休んでいる最中、陸人は危なっかしい足取りで全力疾走。それを咎める看護師も、ぶつかる患者もいない静かな病棟を1人走る陸人は喜びと戸惑いが半々に混ざった不思議な表情をしていた。

 

(無事に成功した、らしいって……混乱した状況じゃ、それしか聞けなかったけど……!)

 

 何度も転びかけながら、やっとの思いで若葉の病室に到着した。緊張から一瞬だけドアを開けるのを躊躇する。荒い息を整えて深呼吸。陸人はゆっくり静かにドアを開く。

 

 

 

 

 

「……あ……あ、ぁ……」

 

「……! あら、陸人さん……若葉ちゃん、パパさんが来てくれましたよ」

 

「おお、陸人……待っていたぞ」

 

 ひなたがカーテンを開いた奥には、とても小さな命を抱えた最愛の妻が微笑んでいた。

 

「若葉ちゃん、この子が……俺と、君の……」

 

「そうだ。陸人と私の娘だ。抱いてやってくれ、優しくな……」

 

 震える手で慎重に赤子を抱える陸人。子供の触れ方など手慣れているはずなのに、とてもたどたどしい様子に思わず若葉がクスリと笑う。

 

「いたって健康。今のところ何の問題もないそうだ」

 

「そう、なんだ……この子が、俺たちの娘……俺に、俺に子供が……!」

 

 感極まってボロボロと涙をこぼす陸人。ひなたにハンカチを渡されて慌てて拭う。単なる偶然か、父親の様子が面白かったのか、腕の中の赤子が口を開いて笑顔になる。

 

「──ゥ──ァ──」

 

 言葉にならない未成熟な声が、陸人に目の前の小さい命の尊さを実感させる。再び溢れそうになる涙をこらえて、娘と妻に精一杯の笑顔を見せる。

 

「ありがとう、俺の娘に生まれて来てくれて……ありがとう、俺の娘を産んでくれて……」

 

「それは私も同じだ。生まれて来てくれて、私とこの子を出会わせてくれて、ありがとう……」

 

 3人の笑顔が眩く輝く。ひなたは刺激しないように慎重に、家族3人の最初の写真を撮る。

 

(きっとこれからは、今まで以上のペースで写真がたまっていくんでしょうね)

 

 そんな未来を楽しみに、今度はカメラ目線の一枚を撮るべく、ひなたは笑顔の3人に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回のテーマは生命の繋がり。その辺で1番面倒がありそうな乃木家の若葉ちゃんをあえて担当にしました。これまでとは少し雰囲気が違うかも?
 デリケートな内容に付け焼き刃の知識で挑んでしまいましたがいかがだったでしょうか?何かおかしな点等ありましたらご指摘いただけるとありがたいです。

 …あ、子供の名前について、特に明記はしません。園子ちゃんと関連づけるもよし!若葉ちゃんでも陸人くんでもよし!…本当はいいアイデアが浮かばなかったもんで…

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに



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