A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
志雄が目を覚ましてから1週間ほどが経過した。その間、毎日防人第一小隊の誰かが病室を訪ねてきた。1人だったり4人だったりと日によってまちまちだが、総じて志雄と雑談をしにきている。はじめは薄い反応しか返さなかった志雄も、連日の訪問で絆されたのか普通に会話するようになってきた。
「……というわけでして――って、国土さん聞いてますの?」
「ああ、聞いてるよ。その事件の解決に尽力したのが弥勒家なんだろ」
「そうなのです! そもそも弥勒家は――」
1人で病室を訪ねてきた夕海子。何用かと思えばこの調子で好き放題に語り尽くす。しかもさっきから話題がループしている。志雄の記憶が確かならこのくだりはもう4回目だ。
志雄もいい加減うんざりしているが、怪我が癒えない限りこれまでのように立ち去ることもできない。
「……で、あなたはそれを語って聞かせてどうしたいんだ? 弥勒家シンパにでも加われって言うのか?」
「あ……コホン、失礼しました。熱が入りすぎましたわね」
恥ずかしそうに咳払いして自身の気を落ち着ける夕海子。既に2時間近く語り続けていたのに、恐ろしいことにまだ本題に入っていなかったようだ。
「国土さん。私がなぜ防人としての任務に従事しているかご存知ですか?」
「いや……大方その家名が関係あるんだろうとは思うが」
「その通りです。私の大望は弥勒家の再興。かつて世界を救った家柄の1つ……その誇りを取り戻すことが私が命を懸ける理由ですわ」
胸を張って断言する夕海子の姿は眩しかった。折れ曲がって沈み込んだ今の志雄にとって、その真っ直ぐさは憧憬を覚えるものだった。
「……それが、手柄にこだわる理由でもあるのか」
「ええ。今はまだ芽吹さんやシズクさんには敵いませんが、いずれ部隊一の戦士になって功績を大社に認めさせてみせます!」
胸に手を当てて高らかに宣言する夕海子。自分はついに手にできなかった誇りと自負を宿している年上の少女の姿が、志雄には眩しく見えた。
「それなら1つアドバイスだ。訓練や実践の様子を見させてもらった限り、あなたは近接よりも射撃に向いているよ」
「え……射撃、ですの?」
戦闘技術そのものは近接も射撃も押し並べて平均的。身体能力的には特筆できるのは体力がある、という点くらいしかない。それが夕海子に対する大社の評価で、志雄も概ね同意見だ。
「技術や能力は多少の時間で補うことはできる。しかし
しかし温度のない目線で表面的にしか判断しない大社と志雄では違うものが見えてくる。夕海子の場合はその年齢不相応に成熟した精神性だ。
弥勒家再興のために。その一念を突き通して愚直なほど真っ直ぐに努力を重ね続ける。それは口で言うほど簡単なことではない。
遠大で不明瞭な目標を掲げて、努力しても報われることもない。そんな環境にも関わらず、夕海子は一度も弱音を吐かず、理不尽を嘆いたりはしない。自分が頑張ればその分一歩理想に近づく。当たり前で難しい真理をこの歳で彼女は胸に刻んでいるのだ。
腐らず焦らず前向きにひたむきに、一歩一歩前進できるのが弥勒夕海子という人間の魅力だ。目立ちたがる気質とは裏腹に、誰も見ていないところで人前以上に努力しているのを志雄は知っていた。
「その根気強さと土壇場の思い切りの良さは狙撃手向きだと僕は思う」
「狙撃、ですか……」
「それに、そのポジションは今の防人には誰もいない。部隊の狙撃手としての役割を構築できる。いわば第一人者、パイオニアになれれば……それはきっと大きな手柄になるんじゃないか」
「第一人者……パイオニア! 素晴らしい響きですわ!」
このように乗せられやすい点など、精神的に未熟な部分もあれど、こと戦闘と鍛錬に関しては彼女の忍耐は見習うべきものだ。
「ありがとうございます、志雄さん。さっそくやってみますわ! 退院できたら練習にお付き合いいただけますか?」
「……考えておく……」
なぜそんな約束をしてしまったのか。この時の志雄は自分で自分を理解できていなかった。
「……まぁ、そんな感じでな。オレはクソみてぇな親や周りの連中からしずくを守るために生まれた。それはこれからも変わらねぇ」
「そうか。月並みなことしか言えないが……大変だったんだな、君達も」
しずくが見舞いに来た日、志雄は軽い気持ちでシズクについて質問してしまったことを後悔していた。虐待、孤児、孤立、孤独……しずくがいた場所は、とても普通の精神状態で耐えられる環境ではなかったのだ。
「楠達にもここまで詳しくは教えてねえ。他の奴らには間違っても言うなよ」
「どうして、教えてくれたんだ?」
「しずくがいいって言ったんだよ。じゃなきゃこんな話するかっての」
不服そうに吐き捨てて、シズクの気配が薄れていく。彼女達を深く観察していた志雄は、しずくに戻ったことを感知できた。
「……単純に並べたり比較したりはできないけど……国土兄は私と同じだと思ったから。逃げたくなる現実があって、どう向き合えばいいか分からなくなってる……」
「確かに、そうかもしれないな。僕はどこかで自分を特別扱いしていたのかもしれない……悲劇の主人公ぶって、誰にも相談せずに……君達のように苦しんできた人が他にもいることに気づきもしなかった」
こんな世界だ。悲劇なんて探せばいくらでも湧いてくる。志雄の人生が苦しみ多きものだったのは間違いないが、決してそれは彼1人だけではない。志雄だけが特別不幸だったわけではないのだ。
「……不幸自慢がしたいわけじゃない……ただ、どんな過去があっても……それで未来を持つ資格を失うってことはないと思うから……」
「それで昔のことを教えてくれたのか。すまない、酷なことを話させてしまった」
「……私、前にも言ったよ。こういう時は……」
「そうだったな。ありがとう、山伏……もう1人の山伏も、感謝する」
小さく笑う2人。シズクの方にも礼を述べた瞬間、人格が入れ替わったのが志雄の目に留まった。
「楠にも話したことがあるけど……先代の勇者を見たことがあるんだ」
「ああ……そういえば君は神樹館の生徒だったと資料にあったな」
「隣のクラスの3人組だったんだけど……少なくとも学校では普通の子だった。ちょっとだけ人より優しくて、強くて……だけどそんなちょっとだけがすごく立派で、カッコよかったのを覚えてる」
「そうか……」
「ギルス……篠原って人、私は知らないけど……その人もそうだったんじゃないかな。だから勇者達とも仲間になれて、その人にとって大切なものをちゃんと守り切れたんだと思う……」
「鋼也を特別視しすぎてたってことか?」
「何も知らない他人の意見だけど、少し前の楠がそうだった……自分の中で高く上げすぎたハードルを越えるのは……すごく辛くて難しいことだから……」
「……何が正しいのか、今の僕には分からない。でも、その言葉は覚えておこう」
「……ん……」
満足げに微笑んだしずくが目を閉じて俯いた。数秒後、先程までとは異なる雰囲気を放って目を開く。
「随分軽快に入れ替わるんだな。君達は」
「あ?……へぇ、よく分かったな。ここまで気軽に交代できるようになったのは本当に最近だけどな。戦闘を重ねたせいかもしれねえ」
ベッドの隣に置かれたカゴからリンゴを1つ掴んでかぶりつくシズク。志雄への見舞い品だが、彼女にその辺の遠慮はないし、志雄も今更気にしていない。見舞いに来るたびに何か食べて帰るのだ。病室に来るのはおやつの時間とでも思っている節すらある。
「ちなみに、お前はどうやってオレ達を見分けてるんだ? 今なんて口開く前に気づいただろ?」
「ああ、簡単だよ。わずかな挙動でも2人には微妙な差異があるんだ。例えば重心の置き方とか、食事の時に手をつける順番とか、廊下で外側と内側どちらを歩くかとかな」
あっさりと言い切った志雄だが、一歩間違えれば視姦魔かストーカーの言い分だ。現にシズクは少し引いている。
「お、お前……そんなとこ見てたのかよ」
「ああいや、すまない。婦女子に無礼だとは思ったんだが、戦う上でそれぞれの性質を理解しておく必要があると思ってな」
申し訳ない、と深々頭を下げる志雄。怪我した腹部に響くのを我慢してまで謝罪されてしまえば責める気にもなれない。気まずくなったシズクは相方に任せて引っ込んでしまった。
「もういいよ……そこまで私達のことを知ろうとしてくれた人は、いなかったし……それで、何か戦闘に活かせる発見はあった?」
「本当に済まない……このようなことは二度としないと誓う。
それで、発見か……どちらかと言うと思いつきなんだが、君達は2人同時に意識を表出させることはできないのか?」
「2人、同時に……?」
志雄か見る限り、身体能力や反射速度はシズクが明らかに上だ。しかし彼女には目の前の敵に意識を向けすぎるクセがある。その点しずくは常に周囲に気を配り、回収作業中の仲間への的確な援護ができていた。集団戦を基本とし、戦闘が本分ではない防人においてその判断能力は重要になってくる。
「それぞれの長所……野生的な戦闘力と理性的な判断力。これを両立できれば、君達は楠にも劣らない戦士になれると思う」
「……そっか。私、厳しい戦いは全部シズクがやってくれてたから……私は足手まといなんだって、ずっとそう思ってた……」
「そんなことはないだろう。もう1人の方だって、いざという時には君というストッパーがいると分かっているから、ああして思うままに戦っているんじゃないか?」
「勝手なこと言うんじゃねーよ! オレはしずくを守る存在だ、それがしずくを頼ってちゃ意味ねえだろ」
「急に変わるな、驚くだろう……別にいいと思うがな。文字通り二心同体なんだ、持ちつ持たれつの方がお互い気が楽なんじゃないか」
「お前、実はおしゃべりでお節介なやつだったんだな。ちょっと前までムッツリしてやがったくせに」
「話を振ってきたのはそちらだろうに……まあいい、単なる思いつきだ。忘れてくれて構わない」
「……ううん、考えてみる……私とシズク、両方のことを考えてくれて、ありがとう……」
感謝の言葉を告げて退室するしずく。その変心の早さには慣れないな、と呆れながら志雄も軽く手を振って見送る。いつの間にか彼女達を身内のように感じている自分に、志雄はまだ気づいていない。
また別の日、病室には芽吹が来ていた。話題は彼女が戦う理由について。
「なるほど、君は勇者候補としての鍛錬を積んできたのか。道理で他のメンバーとは地力が違うと思った」
「けど、私は選ばれなかった。だから私は戦う。ここで結果を出して見返してやる。私と、私達の価値を認めない大社に見せつけてやるのよ」
「そのための目標が"誰も死なせない"ことか。君はすごいな」
余談だが、夕海子も芽吹と同じく勇者候補として訓練を受けていた。志雄はともかく芽吹は知っていることなのだが、どうやらまた忘れられたらしい。同じ経歴を持ちながら成績がパッとしない夕海子に問題があるのか、仲間になってからも変わらず夕海子に関してアウトオブ眼中を突き通す芽吹が悪いのか……
「私達は代えが効く消耗品じゃない。一人一人が意志を持って必死に生きてる人間だってことを、効率主義の大社に叩き込んで頭を下げさせる。それが当面の私の目的ね」
「君は勇者に拘っていたと聞いたが、それはもういいのか?」
デリケートな問題に果敢に切り込む志雄。目覚めた日に全力の怒気をぶつけられたせいか、芽吹には特に遠慮がない。
「確かに手柄を上げて勇者と認められたいとは今も思ってる。だけど自分の仲間も守れないで勇者を名乗るなんて馬鹿のやることよ。私は目の前のことを一つ一つ片付けて、全てが終わった先で堂々と勇者を名乗りたい。その時こそ真に勝ったことになると思うの」
「勝つ、っていうのは誰に対して?」
「勇者に選ばれた三好夏凜……彼女を選んだ大社……そして今も私達人類を脅かすこの世界の全てに対してよ。私は絶対に負けない。誰が相手でも、仲間全員を連れて生き残ってみせる。
私が……私たちこそが防人だと。未来のために今できることを懸命に果たしてきた誇りある戦士の名だと、証を立ててみせるわ」
その中にはきっと志雄も入っているのだろう。芽吹は真っ直ぐに目線を合わせて宣言した。こんな強い意志を持って戦ったことが自分にもあっただろうか。志雄は自身が情けなくなっていった。
「やはり君はすごいな。敵わないと本気で思ったのは、鋼也以来だ」
「私だって訓練では何度もあなたに負けてきた。だから怪我を癒したらまた相手をしなさい。私が勝ち越すまで、ドロップアウトなんて許さないから」
芽吹は時々こうして志雄に釘を刺してくる。志雄は決まって曖昧な言葉を返すだけ。首を縦にも横にも振ったことはなかった。
「でさでさ、メブったらキリッとした顔でその巨大ジオラマを設置しようとしてるの! もうどこからツッコんだらいいか分かんなくてさ!」
「真面目な雰囲気でたまにズレてるところがあるんだな、楠は」
その日は防人一のおしゃべり少女、雀の番だった。大分雰囲気が柔らかくなった志雄に気を許したのか、主に仲間と過ごした時間のことを嬉々として語り続ける。仲間内で素直に聞き役に徹してくれる相手がいないのか、水を得た魚のような勢いで、その口は止まらない。
それでも亜耶のことだけは徹底して話題に上げないのは、志雄に気を遣っているのか万一にも志雄の逆鱗に触れないようにしているのか……おそらく後者だろう。
「思ったよりも愉快な日々を過ごしているんだな。もっと殺伐としていると思ってたが……」
「いやいや、私達ほんとなら中学生だよ⁉︎ こんなところで毎日のように命懸けてる時点でどうかしてるって!」
雀の言葉は正論だったが、この空間においてそんな正論は何の意味も持たない。いい加減覚悟を固めたかと思えば、未だに1日に数回は現状への愚痴と嘆きを口にする雀。切り替えた方が精神的に楽だろうに、と志雄は他人事ながら気の毒に思ってしまう。
「そう落ち込まずとも、君の生存本能……及び防衛能力は群を抜いている。少なくとも防人を壊滅させられるほどの敵でも来ない限り、君はしぶとく生き残ると僕は思うぞ」
「じゃあじゃあ、そんな強敵が現れたら結局は死ぬんだね⁉︎ あーあーあー! やだやだ死にたくなーい!」
(そっちに受け取るのか……マイナス思考もここまで来たら一種の才能だな)
しかし、雀の場合はもうこれでいいのかもしれない。いつも最悪の可能性に怯え続けることで、逆に生存本能を活性化させることができる。臆病な人間ほど危機管理能力が高い。そういう意味では、下手に場慣れして油断するよりはマシな結果を出せるかもしれない。
「怯えるのは仕方ない。だが、自分を必要以上に卑下するのはやめた方がいい。君がいたから生き延びた仲間もいるはずだ。そのことはちゃんと覚えておくべきだ」
「そうなのかな……あややもメブもそう言ってくれるんだけど。私は、自分が卑屈で弱虫なの、ちゃんと分かってるから……」
防人一のおしゃべり娘の雀。その内半分は泣き言と助力嘆願で占められる。言葉の割に行動には時折勇敢な部分が見えたりもするのだが……
「実はね。私、会ったことあるんだ……国土さんのお友達が変身してたっていうギルスに」
「なに……?」
初耳だった。それどころか、雀はこの話をゴールドタワーの誰にも教えていない。安芸は知っているかもしれないが、雀が自分から話したのは志雄が初めてだった。
「ずっと逃げるかうずくまるかしてたから、よく覚えてないんだけど……アンノウンが家の近くに出ちゃってさ。今思えば適性のせいなんだろうね、追われちゃって……必死に逃げてたらいきなり出てきた緑色の人がズバッてやっつけちゃったんだ」
まだ勇者達が参戦するよりも前の話、アンノウンが一度だけ大社本部とは違う方向に向かった事件。その時のターゲットが雀だった。
事後処理に現れた大社の暗示によって、勇者候補になるまでは夢の中の光景だと思い込んでいた雀。ギルスのことを正確に知ったのは本当につい先日のことだと言う。
「最初はバケモノの仲間かと思ってた。勇者のことを知ってからも、大人が戦ってたんだと思い込んでた。まさか、同い年の男の子だったなんてね」
「そうか……君もまた、アイツが守った1人だったんだな」
「私もあんな風になれたらって、思わないわけじゃないんだよ。かすかに残ったイメージに自分を重ねて、夢に見ることもある……だけどダメなんだ。私は弱虫で泣き虫で自分が1番大切だから、それを実現することができないの」
誰かのために、と奮い立つ勇気がない。候補とはいえ勇者になるかもしれない1人に自分が選ばれたことが、雀は未だに信じられずにいた。
「まあそうだな。君ほど臆病で他者に恥ずかしげもなく縋り付く人間は見たことがない」
「――ってアレ⁉︎ そこバッサリ言っちゃうの⁉︎」
「それが君の本質であるのは間違いない。しかし人間は一面だけで成り立っているものではない。根底に自己防衛があったとしても、君には誰かを守るために身体を張れるだけの胆力がある。それもまたまぎれもない事実だ」
「じゃあじゃあ! 私がピンチになったら助けてくれる?」
「……さあな」
何それー⁉︎ と騒ぐ雀をよそに、志雄は回復してからの身の振り方を考えていた。心中を知られた上に、こうして対話を重ねて決意が綻び始めていることも自覚していた。また戦いに戻るのか、このまま降りるのか……彼はまだ決めかねていた。
また別の日には、少女達は4人揃って見舞いに訪れていた。傷を負って考えが変わったのか、凝り固まっていた志雄も少しずつ心を開き始めてきたこのタイミングで、芽吹は彼の過去について本人に直接話を聞くことにしたのだ。
「鋼也は決して馬鹿ではなかったが、感覚で動くタイプでな……まだ幼い時分から僕と香はフォローに苦労させられた」
「それでも楽しかったんでしょう? 亜耶ちゃんも言ってたわ。いいトリオだったそうね」
「そうだな。友達としても仲間としても、あの2人は最高だった。英雄の後継だって、当初の枠は2人だったのに最後は3人で選ばれたんだ。きっとそういう縁で結ばれてたんだと思う」
目を閉じて薄く微笑む志雄。思い返すだけで笑みがこぼれるほどに、幸せな時間だったのが分かる。
想定よりも気軽に口を開いてくれている志雄に安堵する
「亜耶さんも含めて、4人で一緒に遊んだのでしょう?」
「ああ。訓練が始まるまでは毎日のように共にいた。亜耶にとっても2人は特別な存在だったはずだ。特に鋼也は……」
「それって……」
幼い頃の亜耶は、現在の彼女に輪をかけて人に気を使う受動的な子供だった。そんな亜耶にとって、快活で力強くも優しく手を引いてくれる鋼也は一緒にいて1番楽しい相手だった。兄とは違う魅力を持った、初めての異性の友人。まだ色恋も知らない幼い心に宿った無邪気なものではあったが、あれが亜耶の初恋だったのは間違いない。
「へ〜、そうだったんだ〜」
(あややも、流石にそこまでは教えてくれなかったからな〜)
「雀?」
「な〜んでもないよ、メブ」
(志雄から見て)本人不在の場で明言こそしなかったが、言葉の調子から雀だけは乙女の秘密を悟った。彼女は他の仲間とコイバナに興じることも珍しくない。女子力を戦闘力に変換しているフシすらある他の面々と比べて、恋愛センサーの感度が良かった。
(お、お兄様……! お気づきだったのですね)
一方で焦るのが聞き耳を立てている亜耶だ。兄が気づいていたことも、匂わせるように言ってしまうことも予想外だった。今すぐ出て行って止めたい衝動に駆られるが、この場は芽吹達が用意してくれた志雄の本音を知る貴重な機会。私情で台無しにはできない。
(雀先輩の反応は……お兄様、早く話題を変えてください〜〜!)
結局、顔を赤く染めながら心中で叫ぶ以外に亜耶にできることは何もなかった。
「香はよく気が効く子だった。亜耶にもすごく優しくて……僕や鋼也では気づけないことも女子の目線から気をつけてくれた。本当の姉妹のように懐いてた」
「そっか……」
「僕と鋼也がぶつかった時に間に入ってくれるのもいつも香だった。思えば、香がいなかったら僕達は成り立たなかったかもしれない。それだけしっかりした、よくできた女の子だったんだ」
「あのさ、国土さん……」
感慨深そうに呟く志雄の様子に、またも雀の恋愛センサーが反応する。少しだけ聞きづらそうにしながら、それでも思い切って問いかける。
「国土さんは好きだったの? その、香さんのこと……」
「…………………………ああ。自覚したのは香がいなくなった後だったけど」
長い沈黙の果てに小さく首肯する志雄。雀を除いた全員が驚愕を隠そうとして全く隠しきれていない。これまでの志雄の印象からすれば無理もないが、年頃の娘が揃いも揃って恋愛ごとにここまで耐性がないのは如何なものか。特に亜耶は驚いて体勢を崩したのか、扉の奥から何かをひっくり返したような音が聞こえてきた。
「なんだ? 誰か……」
「やーやーやー! 職員さんが何か運んでてスッ転んじゃったんじゃないかな?」
「そ、そのようですわね! まったく仕事はもっと優雅にスマートにこなすべきですのに!」
脂汗をかきながら全力で誤魔化す雀と夕海子。朴念仁の芽吹とこの手の話題に不慣れなしずくはまだ頭を整理できていないらしい。
「そ、それで! イヤだったらいいんだけど……香さんのこと、今はどう思ってるか聞いてもいい?」
「む……どう、と言われてもな。香は死んだ。流石にその事実から目を背けるほど愚かじゃない。今でも大切な人だと思っているが、それだけだ」
「そ、そっか〜……」
(ヤバイ、焦って変なトコ突っ込んじゃったかも……空気が……!)
「じゃあ、なぜあなたは死に急ぐように戦ってきたの? 沢野香のことは過去の話だと理解しているんでしょう?」
復活した芽吹が本題中の本題に切り込む。これ以上長引かせるとこちらが保たないと判断したようだ。
「さっきも言ったように、僕達はずっと一緒だった。なのに終わる時だけは1人ずつ。香も鋼也も、何も悪いことなんてしていないのに、だ……残った僕はそれが我慢できなかった」
同じ痛みを受けて果てたかった。同じ苦しみを背負って戦いたかった。しかしそれは叶わなかった。命の危険もなく、残酷な力を宿すこともない。1人安全圏でぬくぬく生きる自分が、志雄は嫌で嫌で仕方なかった。
「自分を呪う気持ちは……理解できるとはとても言えませんが、納得はできます。しかしそれならば、生きて真っ当に戦い抜く道もあったはずではありませんか? 生き抜いて守り抜く。そう考えることはできませんでしたの?」
夕海子が気遣わしげな顔で、それでもはっきりと自分の意見を述べる。それを聞いた志雄は、脱力したように表情を消して俯く。やはり彼女達と自分は違う。宿した心の強さは比較にならない、と自嘲するように小さく笑った。
「僕に、そう言える強さがあったら……違ったのかもしれないな」
「国土兄は、分かってたんだね。自分が間違ってるって……誰も喜ばない道を選んだんだって……」
「そしてそれを承知した上であなたは邁進した。他に選択肢はなかったって自分に言い聞かせるために……振り返ることも、人を頼ることさえも自らに禁じた」
しずくと芽吹の言葉にも志雄何の反論もしない。ここまで弱々しい彼の姿を、防人達は初めて見た。あるいはこの姿こそが、虚勢も仮面も捨てた国土志雄の本当の顔なのかもしれない。
「僕は君たちとは違う……この世界に前向きな目的なんてない。それでも何かをしなければ2人の存在が否定されるような気がして……自分なりに頑張ってきたつもりだったんだ」
だから死ぬことを目的に設定した。死ぬまでの過程で自分の命の価値をできる限り上げること。これを意識して行動すれば、少なくとも表面的には前向きに生きているように見える。
「あなたの気持ちが分かるとは言えない……でも、今の国土には見えていないものが多くあるはずよ。あなたには他に何もないの? その2人以外に、大切だと思える相手がいなかったの?」
「それは……」
もちろん志雄だって分かっている。亜耶を残していくことに罪悪感はあった。だからこそ彼は芽吹達にできる限り協力した。彼女達が妹を支え、守ってくれることを期待して。
「それがズレていると言ってるんですのよ。いくら私達が強くなって、亜耶さんと仲良くなれたとしてもあなたの代わりは務まりませんわ。たった1人のお兄様なのでしょう?」
「でも、僕は……」
志雄から見て、芽吹達と亜耶の距離はかなり近かった。数年会っていなかった状況をも利用して、亜耶の中で防人が占める割合を大きく増やそうとしたのだ。
「バカなの……? 国土は大切な人にそんな順位付けはしない。私たちの存在が大きくなったからって、それで国土兄の存在が小さくなるなんてことはあり得ない……」
「それでも、僕じゃダメなんだ……一度泣かせてしまった僕では……」
鋼也の報せを受けた時、志雄と亜耶は一緒にいた。だから妹が泣き崩れる姿もよく覚えている。その時兄である自分には何もできなかった。手のひらからこぼれ落ちた喪失感で動けずにいた。流れる涙を拭うことも、震える小さな身体を抱きしめてやることもできなかった。
「大好きな人を2度も失って、泣いている妹に何もしてやれなかった。そもそも僕がもっと早く話していれば……少なくとも亜耶だけは鋼也に会うことができたかもしれないんだ」
下らない意地でそのチャンスを奪い取った。その罪悪感もあって、志雄は亜耶と向き合うことを避けた。死に逃避したとも言える。
「だーかーらー! それも含めてちゃんとお話ししなよって言ってるんだよ! どうして1人で勝手に結論を決めつけるの? 何年も会わずにいたクセに、あややのことを分かってる気になって逃げ続けて……そんなのは責任感でも何でもない、臆病なだけだよ!」
言い訳を繰り返す志雄の醜態に、珍しく雀が語気を強めて詰め寄る。いつもネガティブな発言を繰り返す雀だが、実は彼女はそんな自分のことを嫌ってもいる。強い人だと信じていた人物が、いつもの自分のように泣き言を重ねて俯いている姿に、同族嫌悪が止まらなかった。
「"生き残った責任"とか考えてるのかもしれないけど、その前にあなたはまず"兄としての責任"を果たすべきよ……亜耶ちゃん!」
芽吹が入口の方に声を掛けると、溢れそうな涙を必死にこらえて震えている妹、国土亜耶が入ってきた。
「亜耶……!」
「お兄様……」
「後は2人で話しなさい……行くわよみんな」
すれ違いながら亜耶に激励を送り、防人達が退室していく。最後に残った芽吹が扉に手を掛けて立ち止まる。
「……あなたにどんな思惑があったにせよ、私が助けられたのは事実。ありがとう、国土。あなたのおかげで助かったわ」
ずっと言いそびれていたお礼の言葉を告げて、今度こそ芽吹も部屋を出て行った。
最後に、芽吹はどうしても知っておいてほしかった。志雄には自分で思っているよりもずっと大きな力があることを。それを正しく使えば誰かを救うことができるのだと。
「お兄様にとって、私は何でもない存在だったのでしょうか?」
「そんなことはない! ただ幸せになってほしかったんだ。そのためには、僕は邪魔になると――」
「バカにしないでくださいっ‼︎」
「……あ、亜耶?」
突然の大声に言葉を詰まらせる志雄。いつも穏やかな妹が声を荒げるところなど初めてだったからだ。
「確かに香ちゃんや鋼也くんのことは悲しかったです。今でも思い出すだけで泣きそうになります……だからこそ、お兄様にはそばにいて欲しかった、それ以上に幸せでいて欲しかったんです!」
ずっと思いつめた顔ばかり見せる兄の笑顔を、妹もまた心待ちにしていた。似た者兄妹だったということだ。
「もういいです。分かりました。ちょっとワガママな言い方になるかもしれませんが……」
いつまでも目を合わせようとしない志雄に業を煮やした亜耶。若干顔を赤くして深呼吸、長く封印してきたスイッチを切り替える。
「聞いて……
「亜耶……?」
「鋼也くんのことが起こる前のおにいちゃんは楽しそうだった。その頃も滅多に会えなかったけど、充実してるのが分かったから何も言わなかったの。いつか全部教えてくれるって……ホントはすごく寂しかったの、我慢してたんだよ?」
いつもの丁寧で礼儀正しい亜耶ではない。国土志雄の妹の亜耶として、兄と向き合っている。昔のように、遠慮を捨てて裸の心をぶつけることでしか、この兄妹は分かり合えない。
「あの日だって……ホントは縋り付きたかった。慰めて、励ましてほしかったけど、我慢した……おにいちゃんも辛いんだって。なのにいきなりいなくなって……私が、どれだけ、心配……したか……!」
言葉の途中でとうとう泣き崩れてしまう亜耶。焦った志雄は気まずげに周りを見渡して一瞬躊躇したが、やがて恐る恐る手を伸ばし、その真っ直ぐな涙を指で拭い取った。
「おにいちゃんの手……久しぶり。やっぱりあったかい……」
伸びてきた兄の右手を掴み、頰に擦り付ける亜耶。こうして触れ合うこと自体、香の件が起きて以来だった。
「おにいちゃんはあったかいもん。ちゃんとここにいるよ。だから死んでるはずだったとか、生きる意味がないとか、寂しいこと言わないで」
「亜耶……僕は……」
「私は今も昔も、おにいちゃんにそばにいて欲しいって思ってる。それが無理ならせめて、笑って生きていて欲しい。だから、自分が生きていること自体を責めるのはもうやめて。生きてちゃいけない人なんていないんだから」
ずっと目をそらし続けてきた亜耶の願い。それと向き合ってしまえば、然程心が強くない自分の決意は必ず崩れる。それが分かっているからこそ志雄はずっと逃げてきた。亜耶の願いを却下したことなど一度だってないのだ、この兄は。
「それに、おにいちゃんは1つ忘れてるよ。鋼也くんは死んだわけじゃない……捨て鉢になるのは早すぎるよ」
「……! それは……」
志雄が目を逸らしてきたもう1つの事実。鋼也が目覚める可能性。志雄はもう会えないと決めつけて覚悟を固めていたが、確かにまだ鋼也の心臓は動いている。
「でも、もう2年もあのままだ。目覚める予兆もないって……」
「だけどそれはこの先ずっとそうだとは限らないでしょ? 私もちゃんと話を聞いたけど、何もかもがイレギュラーだから何が起きてもおかしくないって」
それは明日急に命を落とす可能性も示唆しているが、同時に明日急に目を覚ますと可能性もあるということ。全てはまだ決まっていないのだから。
「鋼也くんが強い人だって、私もおにいちゃんもよく分かってるはず……私達が信じなきゃダメだと思う」
「亜耶……強くなったな」
「どんどん先を進むおにいちゃんに追いつきたくて、頑張ってきたもん!」
フン、と胸を張る亜耶。微笑ましいだけで力強さや頼もしさは醸し出していないが、志雄は確かに妹の成長を感じ取った。ずっと目を背けてきたから、今日まで気づかなかった変化だ。
「コホン……ねえ、おにいちゃん……」
小さく咳払いをして、亜耶が改まった様子で口を開く。今にも沸騰しそうな真っ赤な顔で、それでもしっかりと両眼は志雄を見つめている。
「どんな形であっても、おにいちゃんが生きててくれたことがすごく嬉しい。これが、私の本心……です」
「亜耶……君は……」
「だ、だから! もう勝手にどこかに行かないで……私を1人にしないで……お願い、します……」
そこまで言って羞恥心の限界が来たらしい。亜耶はピューッと木枯らしのように勢いよく部屋を出て行った。
(そういえば、昔は甘えたがりな子だったな。忘れていた……いや、甘えられなくなったのか)
兄としての責務を放棄していたことにようやく気付いた志雄。改めて自分を見つめ直していた彼の端末に業務連絡が届く。
「G3-X……装着者選抜?」
身体は予定通りに回復してきている。問題は心……もう一度戦う理由をその胸に宿せるかどうか。他の候補がいるのなら、この区切りに戦列を離れることも考えられる。
(僕がここにいる理由……僕でなければならない理由……)
志雄が再び立ち上がるためには、オンリーワンの譲れないものが必要だった。
夕海子「狙い撃ちますわ!」
シズク「反射と思考の融合だぁ!」
しずく「分かってる!」
芽吹「私が……私達が、防人だ!」
何故かソレスタルなんちゃらっぽくなった防人の皆さん。こうなると雀ちゃんもなんか考えたいけど、共通点が見つからない……防御が固いところとか?
そしてどんどん面倒な子になっていく志雄くん。ここからどう持っていこうか悩んでいます。
今週は小説に時間を割けなかったのでこの先はまだ描けていません。今週は1話のみとさせて頂きます。申し訳ありません。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに