A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
予定外に長引いてしまいました。
またたきの章、これにてピリオドでございます。
陸人の精神世界に飛び込んできた青い翼。以前にも神樹の導きで出会った存在、その正体に今の陸人は見当がついていた。
──陸人、こちらを見てくれ。私の声が聞こえるか?──
「ああ、大丈夫。こんな状態で意識、って言葉が正しいかは分かんないけど、意識ははっきりしてるよ」
──そうか。私がここまで来れたということは、罪爐の支配が弱まった証拠だ。今なら──
「身体に戻って戦線復帰できる、か。急がないとだね」
翼に導かれ、自分の身体に戻る道を進む精神体の陸人。神樹の遣いのような存在が助けに来れたということは、哲馬が罪爐の結界を破ってくれたということだろう。ここまでお膳立てされた以上、なんとしても勝たなくてはならない。決意を新たにした陸人の視界に光が広がる。
──あの奥に進めば戻れるはずだ。悪いが、私はこの先は付き添えない。行ってくれ──
「分かった。また助けてくれたんだね、ありがとう!」
止まった翼を追い抜いて前へ進む陸人。出口の一歩手前で思い出したように立ち止まって振り返る。
「前に助けてくれた時に話したよな。次に会う時に思い出しておくって」
──陸人……お前は──
「ギリギリだったけど、その約束守れたよ。必ずまた会おう……
時間がなさすぎたため、それ以上言葉を交わすこともできずに2人は別れた。残された翼は嬉しさ半分、悲しさ半分といった複雑な心境を声に乗せて小さく呟いた。
──思い出したか、陸人……思い出してしまったなら、いよいよ限界ということだな──
人に説明されても定着しなかった記憶が戻ったこと。これが何を意味するかを知っている翼にとって、手放しで喜べる事態ではなかった。
アクション映画でもあり得ないほどに、今日の大社本部は爆発に見舞われている。罪爐の槍が一つ振るわれるごとに、放たれた光球が周囲を焼き払う。体力もエネルギーも気力も残弾も尽きかけているライダー達は、爆風に煽られながら近づくこともできていない。
「大見得切ってそのザマか? 結界を破ったからとてここで死んでは意味がないぞ!」
高らかな笑い声をあげて破壊を撒き散らす罪爐。バラバラに攻め込んでは全滅必至ということは誰の目にも明らかだった。絶対的な防御手段である闇のオーラこそ結界と共に消失しているが、その分を弾幕で補っている。
「志雄、オッサン! このままじゃジリ貧だぞ」
「分かってる! 哲馬さん、合わせてもらえますか?」
「……構わないが、出来るかはまた別の話だぞ。お前達と組むのはこれが初めてだ」
「問題ありません。隙を作るのは僕と鋼也でやります。哲馬さんにはトドメを任せたい」
「シメの一手のタイミングを待っててくれりゃいいさ。俺と志雄なら必ずやれる」
下手に不慣れな人員を連携に混ぜるくらいなら分担をはっきりさせた方がいい。彼らはそれだけ、ギルスとG3-X2人の連携に自信を持っていた。
「承知した……頼むぞ、お前達」
「任せとけって。アンタが仕込んだ弟子の実力、確かめてみろよ」
「僕らは全員長期戦に耐えられるコンディションじゃない……波状攻撃で確実に決めるぞ!」
言うが早いか、G3-Xはケルベロスを携えて爆風の嵐に飛び込んでいった。絶え間なく射出される光球を撃ち落としながら距離を詰める。防御を考えていない無謀な特攻。一見すると追い込まれてヤケになっているとしか思えないが……
「ガムシャラになって勝てるほど、我は甘くないぞ?」
呆れたように槍の先端を向ける罪爐。これまでは広範囲にばら撒いていた光球をG3-Xにまとめて撃ち出した。
「ッ、うおおおおおっ‼︎」
残弾全て撃ち尽くす勢いで迎撃するも、全てを落とすには及ばず、G3-Xの身体が爆発に消えた──彼らの狙い通りに。
「引っかかったな、バァァカ!」
爆風の奥から跳び上がる影。G3-Xの腰にスティンガーを巻きつけていたギルスが、触手を巻き取って高速で前進。仲間の影から一気に距離を詰めて飛び出した。
「これだから小物は……気配が小さくて見つけにくい!」
「どうした大将? 挑発が安いぜ!」
光球で迎撃するには距離が近すぎる。別の迎撃態勢に移る一瞬の隙をついてギルスのスティンガーが蠢く。首、肩、手首、股関節、足首といった挙動に必要な関節に絡みついて全ての動きを封殺した。
「
(むぅ……この肉体では抜けられそうにないな)
罪爐の後方に着地して、更に触手を引き絞るギルス。罪爐の肉体が軋む音が聞こえるほどにキツく激しく締め付けていく。
「志雄、今だ!」
「──離すなよ、鋼也!」
煙を突っ切って駆けてきたG3-X。光球が命中する寸前、スティンガーで叩き落として直撃を避けていた銃手が、最大火力の武器を構える。
「賢しく密やかでせせこましい……ご苦労なことだな」
「なんとでも言え、お前はそんな小物に負けるんだ……GXランチャー、
撃った本人が後ずさる程の強烈な反動。大型のロケット弾頭を放つGXランチャーが、身動きできない罪爐の胸部に直撃した。
G3-X最強の大火力を受けた罪爐が大きく吹き飛んでいく。スティンガーの拘束も解け、身体の調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。
「この身体ではもう限界か……この場限りとは言え、もう少しいい物を誂えるべきだったな」
(あの結界はやりすぎだったな……気を抜きすぎるクセがついているぞ!)
うまく動かない借り物の身体の調子を確かめていた罪爐は、静かに狙いを定めていた戦士の視線に気づかない。元々戦う存在ではない罪爐は、能力頼みな部分が多くあった。
「積年の恨み、この一撃に込めて!」
「おっ、と? これはマズイ──」
恨み憎しみ怒り悲しみ、様々な情念を乗せたアナザーアギトの必殺技、アサルトキック。寸前で反応した罪爐が両手を前に出して障壁を展開。薄皮一枚といった状態のまま、障壁ごと罪爐の身体が押し出されていく。
「こ、の──!」
「汝に力を与えたのは我だ……その底は知れている!」
「フッ……人間を、舐めるなよ……!」
地につけた両足が大地をえぐるほどの衝撃に耐えながら後退し続ける罪爐。本庁舎ビルにぶつかっても、90度転換して外壁を削りながら上昇する。あまりにも罪爐の踏ん張りが強く、アナザーアギトはいつまでもトドメを決めきれていない。
「コイツ、どこまでも……!」
「汝の力は把握している。それでは我は倒せない」
水のエルが斧を振るい、数多の水流が押し寄せる。その全てを二刀で薙ぎ払いながら進むアギト。シャイニングフォームの力の前では、水のエルの能力は触れた端から打ち消されていく。
「馬鹿ナ、以前ヨリ更ニ強ク……⁉︎」
「温いんだよ、もらったぞ!」
道が拓けた瞬間、光の速さで踏み込んで斬りつける。胴体を両断する軌道で振り抜かれた刃は、多量の水滴を斬るのみに終わった。
(ソレデモ、今ノ私ヲ傷付ケル事ハ誰ニモ……)
「面倒な奴だな、相変わらず」
液状化を維持したまま飛翔する水のエル。それを追うアギトもトルネイダーを駆って空へ昇る。水と光の軌跡がぶつかり合い、美しい螺旋を描く。
「お前のような奴には、これが効く!」
水のエルを抜いて上に行ったアギトが、太陽を背負って右腕を挙げる。陽光に神聖を込めて、不可避の異能が降り注ぐ。
(何ヲ…………ッ⁉︎ 身体ガ、固定サレテ……)
「お前の身体は『あくまで固体』……そう定義づけてしまえば、チョロチョロと目障りな液化は防げる」
正しい使い方を思い出した今のシャイニングフォームは、存在としての格がエルロードを大幅に上回っている。世界そのものと接続して力を得るアギトなら、常世の条理を覆す超能力であろうとも、格下の力であればたやすく封じられる。記憶を取り戻した陸人は、神の一柱として働いていた経験も同時に思い出していた。
「コンナ事ガ……水ノ天使タル私ガ、一度ナラズ二度迄モ!」
「見下される気分はどうだい? エルロード!」
液状化で逃げることもできなくなった水のエルを滅多打ちにするアギト。膂力でも超能力でも完全に上を行かれた以上、どうあがいても勝ち目はない。
「ナラバ、貴様等ノ弱点ヲ狙ウマデ……」
「何を……」
正面勝負では勝てないことを悟った水のエルが、本庁舎に向けて己の水を向かわせる。狙う先は救護室、そこで今も甲斐甲斐しく園子の世話を焼く頑張り屋の巫女の少女。
「お前、まさか!」
「大局的勝利ヲ取ラセテモラウ!」
戦う力のない人間を横から掻っ攫うような卑劣な手段。怒りと焦りからアギトの動きも鈍る。その隙を狙って水のエルが大技を構えた、その瞬間。
「恥知らずも大概にしろ……愚か者め」
轟く雷鳴、煌めく雷光。
またしても最高のタイミングで、当事者の誰もがマークを外していた乱入者が横入りしてきた。
「ッ⁉︎ 奴ハ……」
「またアイツか、何考えてるんだ?」
雷をそのまま振りかざすような強烈な斬撃で、向かわせた水流が千々に斬り裂かれた。ビルの外壁に空いた大穴を覗くと、そこには特異な存在として独自行動を続けているカブト型のアンノウンが剣を握っていた。
「他者の戦いに割り込む気はなかったのだが。あまりにも醜いやり方をしていたのでな……邪魔をさせてもらうぞ」
「貴様、"マラーク"ノ一体デアリナガラ……!」
「その前に、俺は俺だ。誰が悪いかと言えば、俺の前で俺の流儀に沿わないことをした貴様が悪い」
淡々と告げるカブト型の身に稲妻が迸る。次に同じことをしたら本体を粉砕すると、言外に警告している。
「罠を貼るのも策を練るのも一向に構わん。だがな……戦う力を持たず、戦士でもない者の命を戦いの中で利用することは絶対に認めない……!」
その威風に押された水のエルは、返す言葉をなくしてしまった。カブト型もそんな天使を視界から外し、宿敵と認めた戦士にハッパをかける。
「……さて、アギトよ。思わず手を出してしまったが、本来はお前の役目だ。早く済ませろ」
「傍若無人も大概にしとけよ……まあ、さっきも含めて助かった」
短く返して空中戦を再開するアギト。無粋な手を封じられた状況、最早水のエルにできることは何もない。
「私ガ負ケル……? 罪爐ノ能力マデ使ッテ、強クナッタトイウノニ……!」
苦し紛れに再生アンノウンを生み出し、盾として逃げる時間を稼ごうとする水のエル。しかしそんなものが通用しないことは、彼自身薄々分かってはいたはずだ。
「そんな薄い壁で、俺は止められない!」
紙切れのように一瞬でアンノウンを粉砕して突破するアギト。光の力の前に、半端な闇では立ち塞がることすらできはしない。
「お前が強くなったことは認めてやる……けどな、俺はお前達に合わせてやるほど悠長じゃない!」
アギトの進化は止まらない。昨日より今日、さっきより今。記憶を取り戻した今の陸人は、先程までの彼よりも明確に強くなっている。
「何故ダ……何故、人間如キガ」
「今味わっている屈辱が、これまでお前が他者に押し付けてきたものだ……地獄に堕ちても忘れるなよ!」
シャイニングカリバーを投擲してビルの際に追い詰めていく。同時にトルネイダーで真上に移動、必殺の構えを取って接近する。
「今度こそ終わらせてやる!」
トルネイダーの落下の勢いを乗せて、右足に全てを込めた必殺の蹴り『シャイニングライダーブレイク』が水のエルの頭部を捉える。真上から叩き落とすように落下していく彼らの軌道上には、反対の軌道で上昇していくアナザーアギトと罪爐がいた。
「オオオオリャアアアアアッ‼︎」
「くらえぇぇぇっ‼︎」
背中でぶつかり合う罪爐と水のエル。2人のアギトの必殺キックに挟まれて、逃げ場を失った衝撃が全て受け手の2人に降り注ぐ。
「コレガ人間……コレガ……」
(この場は、これで幕引きか)
上下から押しつぶされた2人の身体は一瞬で爆散。その肉体はカケラも残さずに消滅した。
背中合わせに着地した2人のアギトが見上げた先には、異様なほど真っ黒な爆煙が広がっていた。
「……やれたのか?」
「いや、エルロードはともかく……身体を壊した程度で死ぬような可愛げが奴にあれば、俺がとうに始末している」
──クク、分かっているではないか。そう、我は不滅。この時代に、呪いそのものである我を滅する手段は存在しない──
脳に直接響くような悍ましい声。爆煙の向こうから漆黒の影が上昇していった。その影は、青く煌めく水の魂を絡め取っている。
「なるほど、それがお前の本体ってわけか……確かにそんな状態の奴を消す手はちょっと思いつかな──っと⁉︎」
諦観と共に陸人が呟くと、横合いから轟音と共に稲光が立ち上って影をすり抜けていった。いつの間にか隣に降り立っていたカブト型が剣を振り上げて唐突に攻撃したのだ。
「確かに、俺の雷撃が素通りしたということは、物理や術式でどうにかできる相手ではなさそうだな」
「お前、いきなりぶっ放すなよ。新手かと思ったぞ」
──直接会うのは初めてか。汝もまた
「……何の話だ」
──ここで全て語っては面白くなかろう。我はこうして傷1つ負っていない、まだ戦いは続くのだ……とはいえ、汝らに予想を覆されたのも事実。今日のところは我の負けとしておいてやろう。これ以上続けて、水のの魂をうっかり無くしてしまっても面倒だ──
「勝手なことを!」
──いいのか? 他に優先すべきことがあるのは、そちらも同じだと思うのだが──
「……なに?」
罪爐の気配は哲馬の方を向いていた。限界まで力を行使し、生身で大きな傷を負っていた彼に。
──ではまた会おう……いや、沢野哲馬とはこれが今生の別れとなるか。特に感慨深くもないな──
「同感だ。さっさと失せろ……お前もまた、そう長い生ではないだろう。必ず彼らが、倒してくれる」
──終わらせてくれると言うのなら、それもまた楽しみだ。それではな──
その言葉を最後に、上空の影と共に重苦しい気配は去っていった。水のエルの魂魄も、かなり弱っていたが完全には消えていない。結果としては仕留め損ねたということになるだろう。
「──ガフッ……グブッ、つぅ……さすがに、見抜かれて、いたか……」
全員がひとまずの勝利に一息ついたタイミングで、血だまりができるほどの量の血を吐き出し、哲馬の身体が地面に崩れ落ちた。
「哲馬さん⁉︎」
「オイ、オッサン!」
慌てて駆け寄るライダー達。これまで何故平気な顔で戦っていられたのか、不思議な程に今の哲馬の顔は血の気が引いていた。水のエルに刺された腹部からも多量の出血。アギトとしての肉体操作でギリギリ塞いでいた傷が完全に開いている。
「決着まで……よくもったものだ……」
「しゃべんな! ジッとしとけ!」
「すぐに救護が来ます、意識をしっかり保ってください!」
「無駄だ……この傷はあくまできっかけ……俺の身体はもう限界を超えている」
本来の資格者ではない立場でありながら、陸人や鋼也にも引けを取らない段階までアギトの力を引き出していた哲馬。その反動として、適合できていない肉体は磨耗しきって、生命力は枯れ果てていた。
本来はギルスとの戦闘を終えた時点で倒れてしまいそうな程に消耗していた。罪爐への怒りで無理やり意識を保っていたに過ぎない。
「僕は……香も助けられず、哲馬さんも……!」
「ざっけんなよ……認められるかよ、そんな結末!」
「お前達に、非はない……せめて、この哀れな姿を教訓としておけ……これまでが恵まれていただけ。戦いというのは、本来こういう終わりを迎えるものだ……」
「哲馬さん……何か、言うことはありますか?」
鋼也と志雄は、香のこともあって錯乱しかかっている。2人に代わり、人の死に関して慣れがある陸人が今際の言葉を拾い上げようとする。
「まず、御咲には感謝を……雪美を救ってくれて、ありがとう……生き残ったのなら、その理由が必ずある……それを見つけろと、2人で見守っていると……そう伝えてくれ」
「……分かりました、必ず伝えます」
結果的に1人残すことになってしまった妻への伝言を残す哲馬。続けて、最後の最後に師匠越えを果たしてくれた有望な弟子達に顔を向ける。
「国土……娘を解放してくれたこと、礼を言う」
「いえ……僕は何もできなかった……今回も、あの時も、すぐそこにいたのに……!」
「俺はあの時、覚悟はしていたにも関わらず、あと一歩踏み出せなかった……香を楽にしてやるために決断してくれたお前のおかげで、あの子の最後は穏やかだったはずだ……あの時とは違うと、あの子の父が保障しよう」
「……あなたがそう言うのなら、僕も、そう信じてみます」
瞳を閉じて俯く志雄。泣いているのは傍目でも分かるが、それでも顔を隠し、拭うこともしない。自分に後を託そうという人の前で、泣き顔を見せることは志雄自身が許せなかった。
「篠原……ギルスの力は、まだまだ進化の余地がある……全てはお前の心次第だ……」
「オッサン……」
「過去を乗り越え、今と向き合うだけでは足りない……どうありたいか、未来を見据えるのが、お前達若者の仕事だ」
「──ッ、痛ぇ……よし、その言葉刻んだぜ。絶対忘れねえ」
泣きそうになる顔を両手で引っ叩いた鋼也。ここで涙は必要ない。師匠に認められたのは、強く曲がらずまっすぐな戦士である篠原鋼也なのだから。
「さて、言うべきことも伝えきれた……こんな愚かな生き方しかできなかった人間の終わりとしては、恵まれすぎているな……」
「哲馬さん……」
「あぁ……迎えに来てくれたのか……これからは、何の邪魔もなく香と共にいられる……やっと……やっ、と…………」
薄く微笑みながら、哲馬の身体が脱力した。光が消えたその両眼には、最後の最後で彼にしか見えない誰かが映っていたのかもしれない。
程なくして到着した事後処理要員が、唯一の死者と多数の重軽傷者を搬送。損壊した施設の処理等に取り掛かった。そんな中、陸人は1人で工廠地帯の裏、死角となるスペースに向かっていた。覚えのある気配が待っていたからだ。
「終わったようだな」
「ああ。完璧とは言い難いが決着はついた。癪だがアンタには感謝を──」
「不要だ。俺はただ、何の憂いもないお前と戦いたかっただけ。そのために早期解決を後押ししたに過ぎん」
「……だろうと思ったよ。なら、今ここでやるか?」
ベルトを現出させて構える陸人に、カブト型は頭を振って背を向けた。見るからに傷だらけで消耗しきった今の陸人と拳を交えても、彼の望みは決して果たされない。
「万全でないアギトを倒しても意味がない。いずれまた、こちらから出向こう。その時こそ最後だ」
「分かった。今回の借りもある。1対1で勝負だ……
「……! 思い出したのか、お前も」
「まだ整理がついてない、他人のアルバムを覗いてるみたいな違和感があるけどな……でも、これで俺はまた強くなれるはず。次は必ず勝負を受けると約束する」
「その言葉が聞けただけで、今日ここに来た甲斐があった……では、さらばだ」
その言葉を最後に、稲光を残してカブト型……ゴ・ガドル・バは姿を消した。300年の時を超えて再び現世でぶつかることとなった2人。数奇に過ぎる運命の歯車は、時代を経てもなお陸人という少年を振り回し続ける。
検査と手当を終えて、廊下を歩く陸人、鋼也、志雄。あまりにも多くのことが起きすぎて整理がついていないのか、誰一人として口を開かない。
周囲では職員達が忙しなく駆け回っている。哲馬達の狙い通り、大社内で罪爐に堕とされる危険がある人物の選別、隔離は完了した。しかし、それは同時に全体の3割程度しかいない残りの人員でやっていかなくてはならないということだ。
ただでも激動の事件直後な上、人手も不足している。今後のことも考えると、頭が痛くなる光景だった。
「……みんな、大変そうだな」
「ああ、俺達もここにいると邪魔になりそうだ……帰るか」
手当を受けている間も覇気がなかった志雄と鋼也。そんな2人を慮って、陸人は言うべきか悩んでいた言葉を伝えることを決めた。
「なぁ、2人とも。沢野香さんが最後に言っていた言葉、覚えてるよな?」
「あ? ああ、"二度と思い出さないで"……そう言ってたよ」
「きっと、僕達に気を遣ったんだ。自分のことを気に病まないようにと……」
「そうなのかもしれないな……でも、俺には違う意味に聞こえたよ」
「……?」
「なんだって?」
戦いながらもその優れた聴覚で最後の言葉を聞き取っていた陸人。今際の際に残した言の葉に込められた想い。全くの他人だからこそ感じ取れた意味があった。
「"思い出さないで"っていうのは、"忘れて"って意味じゃないと思うんだ。それならストレートに言えばいい。あえて迂遠な言い方をしたのは、別の意味があったんじゃないかな」
「別の意味……」
「彼女のことを何も知らない人間の勝手な推測だけど……
"思い出す"ってのは、一度忘れないとできないことだろう? だから"思い出さないで"って言葉は、転じて"忘れないで"、"ずっと覚えていてほしい"って意味になるんじゃないかと思うんだ」
「……! それは……」
「鋼也も志雄も、昔のことを乗り越えて強くなろうとしてた。それは決して間違いじゃないと思うけど、もしかしたら香さんは寂しかったんじゃないかな。だから昔のことだと割り切るんじゃなくて……忘れずに抱えたまま、それでも強くなってほしかった。
でもそれを直球で言うのは躊躇われたから、ちょっと分かりにくい言葉になった……俺はそう聞こえたよ」
「あ……」
「……香が」
そう言われると、香と付き合いが深い2人もしっくり来た。どこか陸人に似て、人に気を遣いすぎるところがあった彼女だ。死ぬ間際になっても本音をそのまま伝えられなかったというのは頷ける話だ。
「死者は何も語ってはくれない。俺の解釈は全くの見当違いかもしれない……でも、どうせなら先に逝った人達が向こうで安心してくれるような、そんな風に生きた方がいいと思うんだ」
解釈はそれぞれに任せる、と伝えて陸人が出口に向かう。大事な約束がある。待っていてくれる人がいるのだ。
「陸人……園子のところか?」
「ああ。ギリギリだから急がないと」
「そっか、なら簡潔に……ありがとな、色々と。この礼は、いつかちゃんとさせてもらうからよ」
「僕からも感謝を。今の言葉で、自分のやるべきことを思い出せたよ」
「俺は大したことは言ってないさ。同じライダー同士、頑張っていこうぜ」
サムズアップして去っていく陸人。同性同年代の仲間というのは、彼の生涯ではほとんどいなかった。同性で対等で遠慮がいらない、背中を預けられる同胞。その居心地の良さは、陸人にとって初めてのものだった。
天上の世界、神々の次元。消滅寸前の水のエルの魂魄を抱えて、罪爐が帰還した。
「よく戻りました。如何でしたか?」
黒衣の青年の姿を模した異界の神、テオスが声を掛ける。罪爐は黒い影のまま蠢き、声だけを響かせて答える。
──第一の目的は首尾よく果たせた。実験台として、実に有用な結果を見届けることができた、有意義な時間であったよ──
「そうですか……では、彼らの方は?」
──ああ。実際に戦ってみて初めて分かることもあるな。なかなか愉快な者達だ。特に御咲陸人。あれなら一度神に打ち勝ったのも頷ける。だが、奴にはすでに楔を打ち込んである──
「楔、ですか。では次の狙いは彼ですか?」
──そうなるな。奴は自分の記憶が戻ったことが何を意味するかまでは思い至っていない。まあ無理もないがな、今頃降って湧いた記憶に混乱していることだろう──
「いくら彼でも内と外両面の問題を一度に相手するのは難しい、ということですね」
──ああ。天の神は力押しに拘りすぎて、最終的に奴の爆発力に押し負けた……そうだ、そうであった。天の神は何処に?──
「天の神は少し前にここを離れましたが……どうしました?」
──いやなに、少し尋ねねばならぬ事があってな。まあ急ぐことでもない。優先すべきは……やはり我の新たな身体の調達だな──
「以前から目星をつけていたあの身体を使いますか?」
──ふむ、そうだな……他にもあの地に必要な物を取りに行かねばならぬし、ちょうど良いか──
罪爐は今回の戦闘、勝とうが負けようがどちらでも良かった。そのため次の段階に移るのも異様に早い。罪爐はあらゆるイレギュラーを想定して計画全体にかなりのゆとりを持たせている。人間を知り尽くした悪感情の集合体だからこそ、罪爐は良く理解しているのだ。
人間の進化の余地も、感情1つで理屈や条理を覆す不安定さも。
(もうすぐ約束の時間……でも、ついさっき落ち着いたばかりだし、やっぱり無理だよね〜)
園子も検査と手当を終えて自室で休んでいた。時計が示す時刻は16時57分。約束の時間までは3分を切っていた。
「ううん、そんなこと考えちゃダメ……りくちーは私とかーやんも助けてくれたんだから〜」
これ以上はワガママでしかない。事の顛末は園子も聞いている。今日1日で色々なことがあった。優しい彼が心を痛めていないはずがない。さらに自分まで甘えるのはキャパオーバーだろう。そう思っても、心のどこかで期待している自分がいる。園子はずっと抑えてきた自身の感情が制御できなくなってきたことを自覚した。
(ちょっと前まではもっと長い間ガマンしてきたのに……やっぱりりくちーのせいで私、変わっちゃったのかな〜?)
彼と再会するまで、園子は2年間も孤独と戦ってきた。傍らに銀がいてくれたが、素顔で話せる時間などそうそうなく、かぐやもたまに顔を見せる程度が精一杯だった。それに比べれば約束が延期になるくらいなんてことない、はずなのに。
1人悶々としていた園子の端末にメッセージが届いた。送信してきたのは親友である筆頭巫女、上里かぐや。
『愛されてるね、園子ちゃん。ちょっと羨ましいくらい。
今日はありがとう。2人の時間、楽しんでください』
その短い文面に首を傾げる園子。約束のことはかぐやも聞いていたが、愛されているというのは何のことだろう。また特有の霊力で何か感じ取ったのだろうか。
とにかく返信しようと画面を開いた、その瞬間──
「園子ちゃん!」
──バァン、と彼らしくない乱暴な開け方で、部屋の扉が開かれた。
「りくちー……」
「ごめん、待たせちゃって……俺、遅刻したかな?」
苦笑いしながら頭を掻く左腕には包帯。顔にはガーゼ。他にも至る所に傷や処置の跡が見える。
髪は半乾きだし、シャツのボタンも掛け違えている。あれだけのことがあった後でも、女子の部屋にお邪魔するということで最低限身嗜みを整えようとして慌てたのだろう。
「園子ちゃんは……もう一生分"待つ"ってことをやってきたはずだから……君との約束だけは、遅れないようにって思ってたんだけど」
息を切らせながら本音を零す陸人。疲れているせいか、普段なら口にはしないだろう内心がうっかり漏れ出ている。
(そっか……そんな風に思ってくれてたんだ)
人並み以上に辛い経験をしてきた自覚はあったが、陸人やかぐやのように生まれつき普通じゃなかった人間を知っている園子は、自分が特別不幸だと思ったことはなかったのだが。
(りくちーは、私にだけ優しいわけじゃない……でも、少しくらい特別な存在になれてるって、自惚れちゃってもいいのかな〜?)
どんな形にせよ、想い人が自分のことを特別に考えてくれていた。園子はそんな有り触れたことが、どうしようもなく嬉しかった。
「園子ちゃん?」
「ん〜んっ! だ〜いじょうぶ、りくちーはちゃんと間に合ってるよ。来てくれてありがと〜」
16時59分56秒。御咲陸人は紙一重で、乃木園子との約束を守ることができた。
食事を終え、2人並んでベッドに腰掛ける。傷の言い訳が思いつかなかったこともあり、美森の顔を見るのが怖くなった陸人は一晩泊めてもらうことになった。
自身の回復力に賭けた時間稼ぎ。終業式の学生が成績表を隠そうとするような幼稚な現実逃避でしかないが、園子から見ればそんな可愛げがあるのも陸人の良いところだ。
「さすが、園子ちゃんの部屋だね……いい匂いがするよ」
「そ、そっかな〜?……りくちー、ちょっと眠い?」
乙女的にはなかなかビックリすることを言う陸人。疲労のせいで今の彼は言葉の取捨選択が正しくできていない。幼子のように思ったことを素直に喋っている状態だ。もともと感受性が強い上に物事を良い方向に受け取るタイプである陸人は、この状態になるとかなり照れ臭いセリフも平然と口にしてしまう。
「この匂い……俺が
「……えっ……えっ?」
記憶の整理が完了していなかった段階で感じ取った、園子のスイレンの香り。御咲陸人にとって初めての匂いとも言える。だからこそ記憶が整理されても、戻ってからも変わらずにこの匂いは明確に感じ取ることができた。
今日の戦いで真っ直ぐに園子の元に辿り着けたのも、実はスイレンの香りを追ってきたからだったりする。
「好きだなぁ……この匂い……」
「り、りくちー……もうやめて……って、ひゃっ?」
こくりこくりと船を漕いでいた陸人だったが、とうとう完全に瞼が落ちて横に倒れる。狙いすましたかのように園子の膝の上に頭を落とした彼は、匂いの元を探るようにモゾモゾと頭を擦り付ける。
「そっか……これ、園子ちゃんの香り……だから、こんな、にも……」
「り、りくちー?……寝ちゃってる」
小さな寝息が聞こえてくる。激動の1日を終えて、園子との約束も守れたことで限界を超えてしまったらしい。人前ではあまり隙を見せない彼らしくなく、完全に無防備な寝顔を晒している。
(……ド、ドキドキしちゃった……も〜、言うだけ言って寝ちゃうなんてズルイよりくちー)
反射的にムッとしてしまったが、同時に少しだけ安堵もしていた。このまま陸人の本音垂れ流しが続けば、心臓が無事に済む自信が園子にはない。
(りくちーのバカ、アンポンタン、唐変木……も〜、も〜っ、も〜っ!)
起こさないように細心の注意を払いつつ、うまく陸人をベッドに寝かせ直した園子。改めてその寝顔を見つめていると、自分の顔に熱が集中していくのを感じる。
(私は、やっぱり変わっちゃったんだ。りくちーのせいで……りくちーのおかげで)
気取られないようにゆっくりとベッドに上がり、陸人の身体の上に四つん這いになって近づく。間近で見る彼の寝顔は、いつもより子供っぽい印象を受ける。誰からも頼られ、誰をも助ける大人びた少年の年相応な部分が垣間見えて、また一つ彼の好きなところが増えた。
(前よりも子供っぽくなって……前よりもワガママになって……前よりもちょっとだけ弱くなったかもしれない)
高鳴る胸に手を当てて、改めて自分の感情を自覚する。かぐやと出会った時、須美と銀と友達になった時にもこんな風に感情が跳ね回ったのを覚えている。
(でも、そのおかげで今の私はすごく幸せだし、毎日が楽しみでたまらない……こんなにドキドキする感情も初めて知った)
違うのは、息が切れそうなほどに動悸が激しくなること。顔の熱が引かないこと……そして相手にも、同じだけの気持ちを抱いてほしいと願っていること。
「……りくちー
唇が重なり、2人の吐息が1つになる。
寝込みを狙う理由としてはあまりに稚拙な言い訳を口にしながら、園子は自分の
「……んっ……はあ、ぁ……」
数秒の接触の後、園子はゆっくりと唇を離し、そのまま静かに陸人の横に寝転んだ。
(やっちったやっちゃったやってしまいましたぞ〜〜〜‼︎)
ビクビクしながら陸人の寝顔を伺う。そっと触れる程度の微かな接触。眼を覚ますほどの刺激ではなかったようだ。
(……今まではわっしーのこととか考えて、遠慮しなきゃと思ったりもしてたけど……ごめんね、もう無理だよ〜)
赤くなった頰を綻ばせ、おずおずと陸人の右手を握る。睡眠下の無意識反応だろうが、陸人も園子の手を優しく握り返してくれた。
「……えへへ〜……おやすみ、りくちー」
今夜はきっといい夢が見られる。そんな確信と共に、園子も眼を閉じて眠りに就いた。
沢野哲馬、沢野雪美、沢野香。
長い時間をかけて準備してきた一世一代の大勝負は、時間に換算すれば半日にも満たずに終結した。
しかしその中で彼らは必死に魂を燃やし、一瞬に煌めく命の輝きは次代を担う若者達の瞳にしっかりと焼き付けられた。
遥か彼方……宙の向こうから、距離も時間も飛び越えて降り注ぐ──
──星のまたたきのように
ほぼ完全オリジナル、またたきの章が終わりました。頭と終わりだけ考えて描き始めたせいで途中大分苦戦しました。もうちょっと考えて話進めないとダメですね、反省。
次章は少しお時間頂きます。もしかしたら番外編を挟むかもしれません。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに