A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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不穏極まる英雄の章……何故彼がああなったかという導入部です。
 


さよならまでの序曲(プロローグ)

「冷静に考えましょう。私達の記憶だけでなく写真や家の中までリクの痕跡が消えている以上、人間ではない何者かの力が働いているのは間違いありません」

 

「……ってことは、また大社が何かしたってこと?」

 

「ん〜、今回は多分主犯じゃないんだと思うな。もちろん何か知ってはいるだろうけど」

 

 

 

 勇者部部室で仲間と合流。陸人の名前を出して風、樹、夏凜の記憶も復活した。世界全体で起きている"御咲陸人の消失"という異常事態。これにどう対処するべきか、部員達は暗い顔で議論を進めていた。

 

「冷静に考えて、私達よりも大社が情報を持っていることは確実です。一度安芸先生に連絡を……」

 

 冷静に、と何度も繰り返す美森の手は震えていた。あれほど心の多くを占めていた大切な家族を、昨日まで存在丸ごと忘れていたと思い知ったのだ。その恐怖と自己嫌悪は止まらない。

 

「落ち着いて、わっしー。りくちーがいなくなってからも、安芸先生と会ってる。先生の態度が、何かを隠してるようにわっしーには見えた?」

 

「それは……いいえ。いつも通りの先生だったわ」

 

「でしょ? つまり大社の中でも事態を正しく認識できてる人は限られてる。もしかしたら1人しかいないかもしれない」

 

「1人って、園子さんは心当たりがあるんですか?」

 

「うん。どんな不可思議なことがあっても、絶対に揺るがないだろう特別な人を、1人知ってるの」

 

 園子が示した端末の画面に表示された連絡先、名前は"上里かぐや"。全てを見通す眼と、全てを打ち消す加護をもたらされた、史上最高の筆頭巫女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました。今代勇者の皆様」

 

 殴りこむような勢いで本部に乗り込んだ勇者部は、肩透かしなほどにあっさりとかぐやとの面会室まで通された。最悪実力行使まで覚悟していたが、どうやら本当に大社の悪意は今回絡んでいないらしい。

 

「かーやん。あなたは全部知ってるよね?」

 

「……はい。陸人様がいなくなった経緯も、今どのような状態にあるのかも存じています。あの方と最後に会ったのは……彼を送り出したのは、他ならぬ私ですから」

 

 その言葉に、かぐやと面識のない5人は警戒度を引き上げる。今の言い方では、確かに陸人に害意アリと思われても仕方ない。

 

「だいじょぶだよ、みんな……かーやん、事情があったのは分かる。だから本当のことを話して。わざと露悪的な言葉を使っても、りくちーが悲しむだけだよ」

 

「……そうですね。ごめんなさい、園子ちゃん」

 

 全て知っていて止められなかった。そんな罪悪感がかぐやの中に燻り続けていた。しかし今はそんな個人的感情を挟んでいる場合ではない。目を閉じて深呼吸。意識を切り替えて筆頭巫女としての顔を作ったかぐやが、再び口火を切った。

 

 

「陸人様が姿を消したのは2週間前のことです。その前後と、私の力で把握できた限りの情景を皆様にお見せします……今からお伝えすることは、全て真実です。覚悟を持って、受け止めてください」

 

 かぐやの柏手と共に、スクリーンのように周囲に映像が映し出される。映像は、陸人が内なる穢れに自覚を持ち、行動が変化し始めた頃に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社の内乱として処理された事件から2週間ほど経過したある日。かぐやは本部に報告に訪れていた陸人をお茶に招いていた。

 

「陸人様、この頃調子が悪いように見受けられますが……」

 

「そう? 俺はいつも通りだけど……何か見えた?」

 

「いえ、陸人様は出自故か、非常に見通しづらいものでして。ですが顔色も良くないですし……ちゃんと眠りにつけていますか?」

 

「……ああ。確かに最近寝不足かも。気をつけるよ」

 

 "調子が悪そう"と伝えた時、陸人の目がその日初めてはっきりとかぐやの目を見つめた。その瞬間確かに警戒の色が宿っていた。そして"見通しづらい"と言った瞬間、その警戒が薄くなり、目線を下に向けて顔をそらした。

 何かを隠しているのは明らかだが、それが何かは分からない。

 

「……それじゃごちそうさま。今日はこれで失礼するよ」

 

「あの、陸人様──」

 

「今度、前に話した専門店の美味しい飴、買ってくるよ。今の大社ならその辺お咎めないでしょ?」

 

「あ、はい……ありがとう、ございます」

 

 物言いたげなかぐやから逃げるように、陸人は茶を飲み干して立ち去った。後ろめたそうなその背中は、陸人にはまるで不似合いで格好が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(消えろ……ここはお前たちがいていい場所じゃないんだ)

 

 翌日、例によって例の如く現れたアンノウンを迎撃するアギト。最早通常のアンノウンではライダーの相手にはならない。

 

(まるで手応えがない……何が狙いだ?)

 

 バーテックスがすっかり鳴りを潜めたこともあって、無意味に戦力の小出しを繰り返すアンノウン側の意図が読めずにいた。

 

「ありがとー、アギトーッ‼︎」

 

 思考に沈んだ陸人の意識を、幼い声援が引き上げる。アンノウンが狙っていたと思われる少年が、母親と手を繋ぎながらもう一方の手を目一杯振っていた。

 仮面ライダーは崇高な神樹様の使徒。当初はそのように距離を置かれていたのだが、最近は子供たちを中心にその壁が薄くなりつつある。陸人も思わず手を振り返したりしてしまうので、どんどんアギトは取っ付きやすいヒーローになってしまっていた。

 

「えへへ……あっ、ボーシが!」

 

「……っ!」

 

 またもやってしまったファンサービスに興奮した少年の頭からキャップが離れていく。風に煽られて彼方へ飛び立ちかけたその時、アギトがそのジャンプ力を発揮してキャッチ、見事に取り戻した。

 

「…………」

 

「わあ、ありがとうアギト!」

 

「あ、ありがとうございます……本当に」

 

 軽く埃を払ってから少年の頭に被せてやるアギト。そのまま優しく頭を撫でると、少年も面白いように笑顔を咲かせる。傍らの母親も恐縮しつつも息子が楽しそうにしているのが嬉しいようだ。それを見ていた観衆も微笑ましそうな目線を向けている。

 

(やばい……やってしまったな)

 

 ついいつもの御咲陸人のクセで動いてしまったが、今の行動は明らかに人間臭すぎた。神の使徒としての立ち回りを大社で叩き込まれた陸人は、慌ててその場を飛び去った。

 その背中に、幾人もの感謝と声援を受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本格的にどうかしてるな……今の俺は」

 

 仲間たちと距離を取っているせいで人恋しくなったのか。それとも陸人とアギトの区別が明確につかなくなってしまったのか。相当なポカをやらかしてしまった。人気のない路地裏で頭を冷やす陸人。

 

(気を引き締めろ……このまま何事もなく終わるなんてあり得ない。楽観視してられる余裕はもうないんだ)

 

 襟を開いて服の裏を見れば、すでに左胸部は黒と肌色の比率が半々といった状態だ。それに比例してか、食欲や睡眠薬といった人間にあるべき生理現象が薄くなっている。大社の検査によると内臓の機能が弱まってきているらしい。

 

 

 

 

 

 

(俺が本格的におかしくなる前に決着をつけるには…………敵か!)

 

 物思いにふける陸人の感覚に呼びかけてくるアンノウン接近の気配。反射的に変身の構えを取り──

 

「……いや、試してみるか」

 

 幸いアンノウンの近くに人の気配はない。陸人は前々からの懸念を確かめてみることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハヤブサ型のアンノウン『ウォルクリス・ファルコ』は混乱の只中にいた。盟主の指示のもと、人間を狩ろうとした次の瞬間、真後ろからの衝撃で顔面を強かに壁に打ちつけたのだ。

 

 振り返った先にいたのは制服を着た少年。教えられていた警戒対象だったが、様子がおかしい。その少年は戦う時にはアギトに変身していた。そうして初めて力を振るうことができるはずなのだが。

 

「どうしたアンノウン……立てよ」

 

 陸人は倒れ伏すファルコを冷たく見下してその腹部を蹴り飛ばす。人間の姿のまま異様な膂力を発揮する目の前の敵に、ファルコも本気になって翼を広げるが……

 

「遅いんだよ……!」

 

 動きを読んでいた陸人が飛び立ったファルコのさらに頭上を取っていた。頭を鷲掴みされ、顔から地面に叩き落とされるファルコ。2度の衝撃で、目や鼻はすでにボロボロにされていた。

 

「……グ……ギィ……!」

 

「どうした怪物?」

 

 ──こんなものか?──

 

 路傍の石を見るような無機質な瞳に恐怖を感じたファルコはなりふり構わず逃亡を試みるが、人間の姿である陸人の方が動きが圧倒的に速かった。

 

「終わりだ」

 

 サッカーボールを蹴るように、ファルコの首から上を思い切り蹴り上げた陸人。異形の首は千切れ飛び、鮮血とともに空に跳ねた。

 

「フン……」

 

 自由落下してきた首を片手でキャッチした陸人は、そのまま頭部を握り潰して粉砕した。

 

(その怪物をこんな一方的に潰せる俺も、十分バケモノか)

 

 戦闘を終えたら途端に頭が冷えてきた。今の陸人は制御できないほどに不安定だ。特に戦闘に入ると、自分で自分の手綱が握れなくなってしまう。

 

(この手で守りたかった。実際に、少しくらいは守れたつもりだった。だけど……)

 

 異形の血に塗れた右手を見つめる。数刻前には子供の頭を撫でていたのだと思うと、自分で自分が怖くなった。

 

(俺はなんなんだ……これからどうなる……どうすればいいんだ)

 

 記憶を取り戻し、呪いを受け、人間を逸脱しつつある。あまりに多くのことが同時に起きすぎたことで、強靭な陸人の精神もガタガタになっている。

 

 

 

 

 

 

 

「その答えが知りたいか? ならば我と共に来い」

 

 誰もいない路地裏に響く女性の声。陸人は、一切の気配なく背後を取られていた。

 

「──っ! 誰だ⁉︎」

 

「フフ、誰だと思う?」

 

 条件反射で飛び退いた陸人。突如現れた女性の顔は記憶にない。それでもその気配には覚えがあった。忘れようとしても忘れられない、この世の闇を凝縮したような濃厚な黒い重圧感。

 

「お前……罪爐か。それは新しい器ってわけか?」

 

「ああ、今度のはなかなか具合が良くてな。いわゆるお気に入りというやつだ」

 

 戯けるように笑って両手を広げる罪爐。アンノウンの肉体を使っていた前回と違い、今回は人間の女性の容貌をしている。

 ふわふわとカールした黒髪に、ミステリアスな雰囲気の美貌。服装はワンピース型の黒いドレスに同じく黒のロングケープ。普通であれば華美に過ぎるように思える髪や首元の装飾も、彼女ほどの美貌があれば違和感がまるでない。

 何より目を引くのは女性の額に刻まれた、()()()()()()()()

 同じく額に白いタトゥを持つ怪物を知っている陸人の直感が、全力で警鐘を鳴らしていた。

 

「お前が事ここに至って普通の人間を器にするはずがない……その肉体、どこで調達した?」

 

「フフ……流石に分かるか? 察しの通り、汝の知るガドルやダグバと同類……グロンギの中でも一等我との相性がいい個体だ。

 確か名前は……"ラ・バルバ・デ"、であったか?」

 

 

『ラ・バルバ・デ』

 

 古代に生きた戦闘民族グロンギの1人。総じて戦闘に全ての思考を割いているグロンギの中で珍しく、様々なことを探求、観察していた特異な存在。

 グロンギ達独自のルールで開催される戦闘ゲーム『ゲゲル』の監督・審判役を務め、独自の立場と権力を有して集団を統率していた上位の人物。実力もさることながら、他のグロンギにはない特殊な力を多く習得しており、罪爐はその特異性が己の呪術を使いこなす上で適応すると見越して器に選んだ。

 

 

 

 

「なるほど……あの場所を、また荒らしてくれたわけか。お前達は……!」

 

 静かな怒りに拳を震わせる陸人。グロンギ達が眠る壁外の遺跡。あそこは陸人にとって犯されざる聖域に近い。無遠慮に墓荒らしなどされれば頭にくるのも無理はない。

 

「そう怒るな。あの地には有用なものが多く眠っているのだ。前回の汝が張った炎の結界を破るのに時間はかかったが、ようやく支配権を奪い返すことができた。この通りにな」

 

「……それで、新調したドレスを自慢しにここまで来たわけじゃないだろう。わざわざ1人で、何しに来た?」

 

「話が早いな……いや、一刻も早く我から離れたいだけか? 辛いのだろう。我が近くにいるだけで、その身を蝕む呪いは激しく軋むのだからなぁ?」

 

 冷たい微笑と共に陸人を見つめる罪爐。両者の視線がかち合った瞬間、陸人の内側の闇が迸るように暴れ始めた。

 

「──ガッ⁉︎ やっぱりお前か……あの時だな。ロクでもないモン仕込みやがって……!」

 

 大社での決戦の際、水のエルの檻に囚われたアギトを黒く染めようと、罪爐は自身の呪いを注ぎ込んだ。結果としては陸人の記憶を呼び起こすだけに終わったが、あの時点で誰も気付かぬ奥底に祟りの呪印(マーキング)は完了していたのだ。

 

「……こんなことをしても、俺はお前の思い通りにはならない。無駄なことだ……!」

 

 息も絶え絶えの有り様で、壁に手を付いて必死に耐える陸人。常人であれば発狂しているほどの激痛と飢餓感に、それでもかろうじて自我を保っている。

 

「フム、やはりその頑丈さは大したものだ。認めよう、御咲陸人。我の力をもってしても、()()()()()()汝の心は壊せなかった……ならば、ここらで少し趣向を変えてみよう。どうだ? 汝自身も知らぬ昔話に興じるというのは」

 

「昔、話……? なんのことだ」

 

「我は西暦の時代に産まれたその時から、ずっと汝を見てきた。その魂の輝きはとても無視できるものではなかったからな。いずれ我の邪魔になるとすぐに確信した」

 

 伍代陸人が産まれた西暦の終盤、その頃には罪爐は既にこの世界で自我を持つまでに至っていた。数百年という長いスパンで世界を自分の好みに塗り潰す計画を立てていた最中、唐突に生まれ落ちた鋼の魂を持つ特異存在(英雄の卵)

 警戒しないわけがない。殺すなら当然幼い頃の方が簡単だ。悪辣極まりない罪爐が、赤子1人消すのに躊躇する理由もない。

 

「その頃には並の強固さしか持たぬ凡俗共であれば因果に干渉する程度のことはできたからな。色々と手を試したよ。汝の周囲の人間を利用して殺しにかかり、偶然を意図的に引き起こして事故を多発させた……が、それでも尚赤子は死ななかった」

 

 陸人……当時はそう呼ばれてはいなかったが、その赤子の周囲には、いかなる干渉も許されない清廉な光の領域があった。因果の鎖を目視して操れる罪爐にしか分からない加護だったが、産まれた直後の赤子は今のかぐやにも劣らないほどに世界に愛された命だった。

 

「そうそう、話は変わるが……御上(みかみ)正一(しょういち)……この名に憶えはあるか?」

 

「なに……?」

 

「やはり分からぬか……汝の名だよ。この時代に生まれ直すよりも前、善良な兄妹に拾われるよりも前、戦火の中で番号を振られるよりも前の、汝が実の両親に与えられた最初の名前だ」

 

 当然だが、伍代兄妹に救われて得た伍代陸人という名前は真の名前ではない。戦地のど真ん中で人を殺すようになるよりも前、少年には本当の親と本当の名前があったはずなのだ。

 

「もう1つ、この顔に見覚えはあるか?」

 

 罪爐が指を鳴らすと、空間に家族写真と思しき画像が現れる。白衣を着た壮年の男性と、その隣で抱えた赤子に微笑みかける女性。見たことのない顔、会ったこともない相手……のはずだが、陸人の中の何かが反応している。あれは、あの2人は……

 

「そう、汝の血の繋がった両親だ。三百余年の時を経て、感動の親子再会だ! まあ、過去の投影に過ぎないがな」

 

「……何故、それを知ってる?……まさか、お前は……!」

 

 動転する心を落ち着けながら、罪爐を睨む陸人。まさか親切心でこんな画像を見せたわけではないだろう。

 

「そう焦るでない。面白いのはここからよ……周囲をいかに煽っても汝はしぶとく生き延びた。となれば取れる手は1つ。最も近しい肉親を利用するまで」

 

 正一少年の両親は、中東の小国家で医療に従事していた。医者の手が足りない発展途上国に救いの手を差し伸べるという志のもと、働く中で2人は出会い、惹かれ合い、やがて愛の結晶として子供を得た。

 

「父親は汝によく似ていた。他者のために懸命に尽くす、我からすれば理解できない精神構造をしていた。母もそうだ。子供を抱えながらもできることに従事して夫と患者達を支え続けた……他人なんぞを気にせず帰国していれば、あんなことにはならなかったのになぁ?」

 

 

 

 ──人として正しく、一本筋を通して生きられる子に、という意味で正一。お前は僕達の希望だ──

 

 ──今受け持っている患者さんが落ち着いたら、一度日本に帰りましょう。正一、あなたもお友達をたくさん作りましょうね──

 

 

 動画に切り替わり、2人の声が響く。愛情に満ちた、優しく語りかける声。陸人は初めて、自分に向けられた親の愛を感じ取った。

 

「いやはや、監視のためとはいえ美しい家族愛を見させてもらったよ。あの時の我に涙腺があれば涙の1つも流していたかもしれぬなぁ」

 

 罪爐の綺麗な顔が、嗜虐心で妖しく歪む。笑いを堪えているようで一切堪えていない。クツクツ、クツクツと、非常に耳に障る忍び笑いが口から溢れている。

 

(落ち着け……奴の狙いは明らかにこちらへの挑発……落ち着け、落ち着け……!)

 

「まずは両親を直接操って殺そうと試みたが……やはり血の繋がり故か、汝ほどではなくとも抵抗力が強くてなぁ。生意気に抗ってくるものだから、もっと大きな規模で干渉することにしたのだ」

 

「大きな規模?……っ、まさか、お前……!」

 

 陸人は以前自分の出自について考えてみたことがあった。何故日本人である自分が戦災孤児として戦地にいたのか。

 国が違うのは、親の都合と考えれば説明はつく。しかし何故戦争が始まるという段階で国に留まったのか。赤子を抱えたままでいるには危険すぎたはずなのだ。

 陸人は最終的に自分が親に疎まれて捨てられたのかと結論づけていたが、今の情報でそれが間違っていたことは明白だ。だとしたら……

 

「国の上層部を操って、あの内戦を引き起こしたのだ。あまりにも唐突な開戦だった……国外に避難する余裕などないほどにな」

 

 人外の思惑が混じった不自然な内戦勃発。その戦火に巻き込まれて、御上夫婦は幼い正一を抱えたまま逃げることさえできなかった。

 

「お前は……そのためだけに内戦を起こしたってのか? 息をするように人が死ぬあの地獄を、俺を殺すためだけに作り上げたのか?」

 

 陸人の声が震えている。無理もない。今もなおトラウマとして胸に残る悪夢のような日々。それの発端が目の前にいるのだ。

 

「そうだ。理解したか? ならばもう1つ考えを進めてみろ。あの戦争で幾人死んだ? 汝の友も、見知らぬ誰かもアッサリと逝った……それらは全て我の仕組んだこと。そしてそもそもの原因は……

 そう! 他ならぬ汝自身だ!」

 

 怒りに震えていた陸人の全身が硬直する。

 

(元凶は……俺? 俺が生まれてきたから、俺が罪爐の目に留まったから……偶然俺と同じ国にいたから、みんな死んだのか……?)

 

 元々の自罰的な性質もあって、陸人はドツボにはまっていく。目の前の邪悪が論点をずらそうとしているのは分かっているが、突っぱねて否定するには今の精神状態があまりにも悪過ぎた。

 

「そうだ。汝と同じく番号を割り振られた子供達は、汝の近くにいたから死んだ。汝を愛した両親もまた──おっと、とっておきの記憶映像があるのだ。見てみるか?」

 

 返事を待つこともなく、罪爐は映像を進める。写るのは正一の母親。赤子を庇うように覆い被さり、全身血塗れで今にも事切れそうになっている。今際の際の一瞬だ。

 

 

 

 ──お願い、神様……この子だけは──

 

 ──正一、生きて。この戦争はいつか終わる……その時、あなたは……始まることが、で……き──

 

 

 最後まで言い切ることなく画面がブラックアウトする。絶命した瞬間だ。最後まで映像を映し終えた罪爐が、決壊したように高らかな笑い声を上げる。

 

「アッハハハハハッ‼︎ 何度見ても堪らんなぁ、コレばかりは! 息子のせいで治した患者が死に、夫も死に、自らも命を落とすというのに、最後に残した言葉はその息子宛て!

 これだから人間というのは可愛らしくて面白い。何も知らぬというのは、ある種何よりも残酷で、何よりも幸せなのかもしれんな」

 

(これは挑発これは挑発これは挑発……乗るな聞くな受け取るな……落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け────‼︎)

 

「ああ、今でも思い出せる……御上(しずか)に御上(とおる)、思えばあの2人が見せてくれた死に様があまりに愉快だったのが、こうして他者の因果を操る娯楽に目覚めたきっかけだったかもしれん。

 両親の名前を教えてやったのは、その返礼のようなものだ。感謝して胸に刻め?……汝を最初に愛してくれた……汝が最初に殺した者達の名前だ」

 

 その、あまりに無責任で無慈悲で無神経で無惨な一言が──

 

 ──ブツンッ──

 

 陸人の理性をかろうじて繋ぎ止めていた最後の糸を断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

「──……ぅぅぅぅううううあああああああっ‼︎」

 

 空間そのものを焼き尽くすような業火を撒き散らし、一瞬でバーニングフォームに変身。罪爐の腹部を拳で突き破った。

 

「──ガッ、ハァッ!……フフ、いいぞ。その憎しみ……それを待っていた!」

 

「黙れ……殺す、殺してやる! 貴様だけは絶対に!」

 

 かつてないほどの憎悪に呑みこまれたアギト。罪爐の狙いは、この瞬間にあった。

 足元から伸びてきたバラのツタが、アギトの全身を包み込むように展開、隙だらけの背中を突き刺す。

 

(……っ! 何かが、流れ込んでくる⁉︎)

 

「汝を染め上げるには、その魂の硬さがどうしても邪魔だった。だからこそ汝自身の悪感情、憎しみを呼び覚ますためにこんな手の込んだ昔話を語って聞かせたのだ。責任感でも罪悪感でも義憤でもない。汝の内より迸る、ドス黒く醜い感情の発露が、心の防壁に隙間を作り出す!」

 

 陸人はこれまで一度として、個人的な憎しみで力を振るったことは無かった。あのダグバに対してすら、自分以外の誰かを守るために義心と勇気だけを持って立ち向かっていった。

 その陸人が、今はすっかり憎しみに染まっている。これが悪感情の化身、世界の悪意の集合体、罪爐のやり方だ。

 

(マズい……奴の狙いは最初から……!)

 

 陸人が憎しみに沈み、心に致命的な隙をさらした瞬間を狙っていた。前回は拒絶できたはずの罪爐の闇が、これまでの御咲陸人を塗り潰していく。既に内に抱えていた呪いも共鳴し、陸人の自我が薄れていく。それに比例して、アギトの体も変色し始めた。爆炎の赤から闇黒の黒へと。

 

「ざ……い、ろぉ……!」

 

「言っただろう? 面白いのはここからだと、なぁ!」

 

 アギトの全身が黒に染まり切り、抵抗するように震えていた身体も完全に静止した。輝く太陽を反転させたような、あってはならないアギトの姿──エクリプスフォームが姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

「ククク、クハハハハハッ! これで日輪は影に沈んだ! さぁどうする? 勇者、神樹、大社……愛しき邪魔者たちよ」

 

 心の底から愉快そうに、罪爐が空に輝く太陽に手を伸ばす。その光ごと潰すように手を握ると、快晴だった空があっという間に雲に包まれて豪雨が降り注ぐ。

 

 

 

 

 人類にとって、世界にとって、あまりにも長い暗雲の時の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




……という訳で、バルバ姐さん登場。ガドルとダグバを出すと決めた時に、彼女もどうにか出したいと思っていました。やたら時間かかりましたが念願かなって満足してます。
もちろんバルバ姐さんがここで選ばれた理由はあります。原作キャラを使う以上は必然性を伴うようにしていますので、本領発揮まで長〜めにお待ち下さい。
ちなみに、衣装は中盤の白いドレスの黒バージョンをイメージしてください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。

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