A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

13 / 150
久々の番外編です。といっても、今回は時間軸的にまたたきの章と次章の間で直接繋がっているのですが。
閑話的な要素が多いこともあり、章末または章頭に加えるのがちょっと嫌だったので番外編とさせていただきます。

小賢しい言い訳はここまでにして、かなりご無沙汰だった日常編、短編集的にそれぞれのキャラクターに焦点を変えてお届けします。
 


尊き『にちじょう(タイムリミット)』(英雄の章前日譚)

 ──最強勇者、襲来──

 

 

 

 陸人達の怪我も完治し、何もない日常のリズムを取り戻してきたある日……ソレは唐突にやってきた。

 

「アレ? あの車……」

 

「どうしたの、友奈ちゃん?」

 

「あのすごく立派な車、大社のマークが付いてる」

 

「ホントだ……って、あれは」

 

 件の車の後部ドアが開き、鮮やかな髪を振り乱して1人の少女が飛び出してきた。

 

 

 

「いえ〜い、わっしー! 園子が来たぜ〜!」

 

 

 

 テンションのアクセルを踏み壊しているとしか思えない弾けっぷりで跳ねてきた園子が、口を開けて固まっている美森に突撃、そのまま強く抱き締めた。

 

「へいへいわっしー、園子だよ〜?」

 

「……そのっち……そのっち……!」

 

 自分と同じ制服を着て、二本の足で立って歩く親友、乃木園子。数ヶ月前には一切望みがなかった当たり前の日常。それが帰ってきたことを改めて実感した美森はただ黙って園子の胸にすがりつく。

 

「わっとと……お〜、甘えんぼわっしー、これはレアだよ〜」

 

「びっくり……りっくんは知ってたの?」

 

「いや、いずれ来るとは聞いてたけど……もっと後になるのかと思ってたよ」

 

 友奈と陸人も驚きながら微笑ましく見つめる。彼女達が長く苦しんできた経緯を知っている彼らにとっても、目の前の光景は眩しく尊いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乃木園子です。病気でしばらく学校通えてなかったんだけど、すっかり良くなったのでここに来ました〜。このクラスだと東郷美森さんと結城友奈さん、それから御咲陸人くんとはお友達なんだ〜。皆さんとも仲良くなりたいと思ってるのでよろしくお願いしま〜す!」

 

 満面の笑顔で朗らかに自己紹介する園子。小学生時代の彼女よりも開放的な印象を受けた美森は、明るくなったと喜ばしく受け取っていた……次の瞬間までは。

 

「それでは乃木さんの席は……御咲くんの隣が空いてますね。御咲くん、不慣れな乃木さんに色々教えてあげてください」

 

「えっ、あれ?……あ、分かりました……じゃあよろしくね、園子ちゃん」

 

「いやっふぅ〜! りくちーの隣、ゲットだぜぃ! 色々よろしくね〜」

 

 何やら戸惑った様子の陸人に正面から飛びつく園子。陸人も反射的にしっかりと抱きとめてしまい、朝の教室に情熱的に抱き合う男女の画が完成してしまった。

 

「ちょっとそのっち⁉︎」

 

 数秒前まで友と過ごす学生生活に想いを馳せていた美森の心は、一瞬にしてささくれ立った。いくら親友といえどこれは流石に見過ごせない。美森は目の前の光景が認め難かった。珍しく陸人の頰が軽く赤らんでいる辺りが、特に。

 

「みんなの前で何やってるの、離れなさいそのっち!」

 

「うえぇ〜、ひっぺがされちゃった〜」

 

 されるがままの園子の方は、美森のリアクション込みで楽しんでいるようだ。

 しかしこれに心穏やかでいられないのは美森だけではない。いきなり現れた(美少女)転校生の不意打ちに対して、クラスメイトの反応は男女別で綺麗にシンクロした。

 

(((初日から御咲くんに仕掛けるなんて……あの転校生、デキル‼︎)))

 

(((またオメーかよ……御咲ぃぃぃっ⁉︎)))

 

 

 美森と友奈という、クラスでも目立つ存在を常に両隣に置いて歩いている御咲陸人。本人の人気も結構なものであり、クラスの女子達はいつ、どちらが選ばれるのかという話題でしばしば盛り上がっていた。ちなみに美森派と友奈派の比率は5:5、見事に半々だった。

 

 そこに颯爽と割り込んできた新星、乃木園子。他人の色恋沙汰をオヤツにする女子中学生達にとって、こんな見過ごせない展開はないだろう。

 

 一方の男子達。こちらもまた思春期の常、一言で言えば嫉妬……もっと言えば殺意の波動を視線に込めていた。

 ただでさえクラスの綺麗所を独占。両手に花状態で歩いている上に、美少女揃いの勇者部唯一の男子生徒。その上依頼の関係か、憧れの先輩やら人気の後輩やらも彼を訪ねて時折教室にやってくる始末。

(ないと分かっていても)自分の席に来てはくれまいかと期待しては素通り(スルー)され、後ろの陸人に駆け寄っていくという経験は、一度や二度では無い。

 

 そこに突如やってきた時期外れの転校生という夢のようなシチュエーション。否が応でも膨らんだ期待は僅か1分足らずで打ち砕かれた。

 

(なんだ? クラスのみんなが遠く感じる。このなんとも言い難いベタついた視線は……夏凜ちゃん、分かるか⁉︎)

 

(わっ、私に質問するんじゃないわよ!)

 

 端的に言えば好奇心と殺気のマリアージュである。普段の善良で人に好かれる陸人の行いがなければ、1人くらいは殴りかかってきていたかもしれない。

 園子の反対、左隣の席に座る夏凜に救援要請してみたが、すげなく切り捨てられた。同じ勇者部として仲が良い夏凜は度々クラスの女子に質問責めをされてきた。その経験から、彼らの関係性についてはなるべく関わらないように気をつけているのだ。

 

「そんなにムキになっちゃって〜、わっしーもホントはこういうことやってみたいんじゃないの〜?」

 

「そんな訳ありません! 私はただ公序良俗の話を……」

 

「あの〜、2人とも……今はとりあえず座った方がいいんじゃないかな? 先生困ってるし」

 

 陸人を挟んでじゃれ合いのような口論を続けていた2人は、友奈の一言でハッと黙り込んだ。周囲を見回しておずおずと着席する。すっかり周りが見えなくなっていた。

 

「ありがとう友奈ちゃん……俺の味方は君だけだ……!」

 

「アハハ……これから大変そうだねりっくん」

 

 困り果てていた陸人の気持ちを唯一正しく汲んでくれた友奈。単純に性格的な相性だけを見れば、陸人と1番噛み合うのは彼女なのかもしれない。

 

(あぁぁ……これで園子が勇者部に入って、また私が質問責めされるのか……ヤダヤダ、馬に蹴られるのはご免だってのに)

 

 そして同時に、教室における夏凜の平穏が奪われることが確定した。なんの関係もないのになぜか1番苦労する、非常に可哀想な立ち位置に収まってしまった完成型勇者の明日はどちらにあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ──コイスルオトメは止まらない──

 

 

 

 

「あっ、りくちー! 学校を案内してほし──」

 

「ちょっとこっち来なさい、そのっち」

 

 陸人にとっては針の筵のようだった時間を終えた放課後。まったく遠慮することなくアタックを続ける園子に、美森がストップをかける。引きずり引きずられる形で廊下に出ていった2人を、陸人は首を傾げながら見送るしかなかった。

 

 ──お前に救われた命を無駄にはしない。生きて足掻いて、道を探す──

 

 誰より凛々しく正しく在ろうとしていた原初の勇者を思い出す。

 

("乃木"……といっても300年前の先祖だからなぁ。園子ちゃんはどちらかと言うと、趣味の面で杏ちゃんと気が合いそうかな?)

 

「りっくん、どうかした?」

 

「ん? ああゴメン。なんだか、園子ちゃんがいると美森ちゃんの雰囲気がいつもと違うな……やっぱり昔からの友達は違うのかね?」

 

「うーん、それもあるんだろうけど……」

(りっくんにあんなに積極的な子、今までいなかったもんなぁ)

 

 友奈は美森の気持ちも園子の気持ちも正しく把握していた。実を言えば友奈自身だって、園子の積極性には焦りを覚えている。それでも落ち着いて仲裁に回れているのは、陸人の困惑をフォローする必要があるからだ。今日1日だけで、陸人は相当な回数友奈に助けられていた。

 

「仲良いってことで良いのかな? 女の子って分かんないからなぁ」

 

「……まあ、りっくんはそうだよね」

 

「え?」

 

「なんでもなーいっ、りっくんは気にしなくていいよ。東郷さんと園ちゃんには、私たちとは違う距離感があるんだと思うし」

 

 友奈はいつだって陸人がその時欲しい言葉を与えてくれる。陸人が困っている時はすぐに気づくし、陸人が誰かを助けたいと願っている時には、すぐに察して手伝えることを探す。

 色恋的な方向に必死な2人には残念な話だが、今日という時間で最も陸人からの高感度を稼いだのは友奈だったりする。

 

 ──りっくん。私、諦めないよ。だからりっくんも、諦めないでほしいんだ──

 

(やっぱり似てる。常に前を向いてて、俯いてた俺のことまで引き上げてくれた、あの子に……)

 

 瓜二つと言ってもいいレベルの他人の空似。初対面から不思議な程に気が合ったのはそれも関係しているのだろう。

 

「それじゃ、先に部室行ってようか? お邪魔になったら悪いし」

 

「お邪魔? よく分からないけど、友奈ちゃんがそう言うなら」

 

 困った顔で陸人の背を押して急かす友奈。陸人には把握できないが、美森と園子の内緒話に気を遣ったのだろう。その愛らしく優しい笑顔こそ、陸人が大切に思う日常の象徴だ。

 

(俺が友奈ちゃんに惹かれたのは、昔の縁だけじゃない。この子がどこまでもいい子だったから。眩しいくらいに美しい生き方をしてたからだ)

 

 結局、御咲陸人と結城友奈は友達である。その理由は、彼らが彼らだったから。この一言に尽きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、そのっちったら急にどうしたの? あんなにリクに近付いて……勘違いされるじゃない」

 

「勘違いって〜?」

 

 誰もいない廊下の端で声を潜める美森と園子。いつの時代も、ガールズトークは誰にも邪魔されないところでゆっくりやるものだ。

 

「だ、だからリクとそのっちが……その、恋人同士、みたいに思われるってことよ!」

 

「お〜、りくちーと恋人〜? いいねそれ、なりたいねそれ〜」

 

「え?……ということは」

 

「うん、そ〜ゆ〜ことだよ」

 

 おちゃらけた態度でスキップしていた園子が急に真面目な顔でスッと立ち止まった。この言葉は真剣に伝えなくてはならないと分かっているのだ。

 

「私は、りくちーが好き。友達とか仲間とかじゃなくて、男の子としてのあの人が。だからりくちーにも私を好きになってほしいし、恋人同士にもなりたいって思ってるよ」

 

 聞き違えようのない、ハッキリとした宣言。あまりにも堂々としたその言葉に、美森は返す言葉を探して沈黙する。

 

「わっしーには言っておかなきゃって思ってたの。伝えられてスッキリしちゃった」

 

「……なんで、私に?」

 

「え? だってわっしーも同じでしょ? りくちーのこと大好きだから」

 

「────っ⁉︎」

 

 どうやら、あれで隠せているつもりだったらしい。その認識の方に園子は驚いてしまった。

 

「もしかして、バレてないと思ってたの?」

 

「……う、うん……」

 

「あのさぁわっしー? 世の中みーんながりくちーみたいなニブチンさんじゃないんだよ?」

 

「……そう、そうよね」

 

 美森の顔は現在、ゆでダコよりも酷いことになっている。園子は、やかんを置いたらお湯が沸きそうだな〜、などと思いながら微笑ましく眺めている。

 

「まあなんにせよ、これで私達は友達兼仲間兼、ライバルってことで〜。仲良くしようね〜、わっしー」

 

「……ええ、そのっちには悪いけど、負けないわ。こっちはずっと一緒だったんだから」

 

「おお〜強気〜、でも私にだってわっしーが知らないりくちーとの秘密があるかもよ〜?」

 

 芝居掛かった挑発合戦。その間も2人は笑顔を絶やさない。彼女達は確信しているからだ。

 

 この恋がどんな結末を迎えても、自分達は友達で、ズッ友なのだと。

 

「さ〜て、あと1人にもちゃんと挨拶しておかないとね〜」

 

「え? あと1人って、まだリクのこと好きな人がいるの?」

 

「……わっしー、もうちょっと女の子っぽさを覚えようよ。鉄と火薬の匂いばっかりじゃなくて、甘酸っぱ〜い感じのやつをさ」

 

「え、え? なんの話? 誰のこと言ってるの、ねえそのっち?」

 

「あ〜あ〜あ〜! りくちー並みのニブチンさんの言うことなんて聞こえませ〜ん」

 

 恋というものは、時としてたやすく友情を打ち砕いてしまう。しかしことこの2人に関しては、そんな心配は一切必要ないのだろう。

 

「あ、そうだ。あなた学校に話通してクラスどころか席まで融通効かせたでしょ? リクの隣は先週まで机がない空席だったのに」

 

「え〜? なんのことかな〜」

 

 手強い。美森は恋敵の押しの強さに、警戒度を引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一方その頃、ギルス編──

 

 

 

「おーい、鋼也! お昼ゴハンもらってきたから、休憩にしよう!」

 

「んぁ? おお、もうこんな時間か」

 

 ゴールドタワーの訓練室。鋼也は早朝からぶっ通しで鍛錬を続けていた。そんな彼を見かねた銀が休憩を促す。最近の鋼也は少し張り詰めている印象があった。

 

「おっ、園子からだ……ほら鋼也。園子、学校楽しそうだよ」

 

「へぇ、いい顔してんじゃねーか。にしても、やっぱり園子もそうなのか? 須美がホの字なのは分かってたが」

 

「まあ見たとおりだよな。でもあの2人ならそれでギクシャクするようなこともないだろうし、陸人なら悪いことにもならないだろ」

 

 まさかの三角関係になってしまったが、彼らなら修羅場になるような心配もない。一時期園子の保護者的な立場になっていた銀は、親友が青春を満喫できていることが何よりも嬉しかった。

 

「……銀は良かったのか? 一緒に学校行こうって、園子に誘われてたんだろ?」

 

「なんだ、知ってたのか。いいんだよ、私は園子ほど頭良くないから、復帰する前に少し勉強しなきゃまずいだろうし」

 

 その言葉が建前に過ぎないことは、鋼也にはバレバレだった。彼女が親友との時間を諦めてまでここにいる理由も、ちゃんと分かっている。鋼也自身が戦いから離れようとしないからだ。

 

 ネストの一件から沈静化していたアンノウンの襲撃がこの頃再び頻発するようになった。現状それに単独で対処できるのは3人の仮面ライダーだけ。貴重な戦力のうち2人を平時同じ場所に配置するのは効率的によろしくない。

 そしてそれ以上に、香と哲馬の散り様を目にしたことで鋼也の意識も変わってきた。昔のように八つ当たりで力を振るうのではなく、個人的な感情に任せて、守りたい大切な存在を中心に考えるのでもなく。

 もっと大きなナニカのために、戦うことに対する責任感や使命感のようなものが鋼也の中に芽生えつつある。

 

「俺なんかに気ぃ遣うことなかったんだぜ」

 

「そんなんじゃないって。私はただ、今は学校よりも鋼也のそばにいたい。そう思って、自分で決めたんだ」

 

 座り込む鋼也の背後に回り、丸まった少年の背中を優しく包むように抱きしめる。気張るのはともかく、常に肩に力が入っているようでは戦う前に鋼也が壊れてしまう。

 三ノ輪銀は、そんな危なっかしい彼を支えるためにここにいる。勇者として戦う術を失った彼女が選んだ戦場がここ(彼の隣)だ。

 

「……物好きな奴だな」

 

「鋼也に言われたくないっての」

 

「……そりゃそうだ」

(今度こそ全てを守り切ってみせる。コイツの手も、その手を握る俺自身も……)

 

 首に回された銀の手を握りしめて、鋼也は自分の胸に誓う。2年も待たせてしまった前回のようなヘマはしない。次こそ文句のつけようもないハッピーエンドを掴み取ってみせると。

 

「……ハッ」

「……へへっ」

 

 どちらからともなく笑い合う2人。結局のところ鋼也には銀が必要で、銀には鋼也が必要なのだ。

 それが分かっているからこそ、彼らに多くの言葉は不要。互いがやりたいように過ごせば、自然と2人は一緒になる。それが篠原鋼也と三ノ輪銀の関係性だった。

 

「予定変更だ。今日はもう終わりにしよう……久しぶりに三ノ輪の家行ってもいいか? 鉄男や金太郎の顔見たくなっちまった」

 

「おお! いいよいいよ。ちょうど今日は全員家にいるし、鉄男とか会いたがってたしな」

 

 心の底から嬉しそうに笑う銀。素直に感情を表す彼女の笑顔に吸い寄せられるように、鋼也の右手が伸びる。脈絡なく頭を撫でられた銀は紅潮、硬直、混乱の3コンボで停止した。

 

「っ⁉︎ ななんなん……なんだよいきなり⁉︎」

 

「あー……いや、悪りぃ。なんか、大きくなったなって」

 

 とっさにごまかした鋼也だが、その言葉は本心だ。この2年は寝ていた彼にとってはあってないような空白の時間。その間も成長を続けてきた銀の姿にはいまだに違和感を感じてしまうこともある……が、それ以上に。

 

(知らねえ間に成長しやがって……美人だったもんだから最初見た時は軽く焦ったよなぁ)

 

 別人、というような成長の方向ではなかったが、本人の魅力をそのまま伸ばして女の子らしく成長していた銀。隣の園子もそうだったが、目覚めて最初に思ったことが"誰だこの美人?"だったのは末代までの秘密だ。

 

 一方銀は、"大きくなった"の一言を思わぬ方向に受け取ってしまっていた。

 

「なんだよ、アタシの身長がほとんど変わってないからってバカにしてんのかー?」

 

 それは銀の中で小さなコンプレックスとなっていた。なにせ比較対象がミス・メガロポリスな東郷美森と、この2年ほぼ寝たきりだったにも関わらず急速に女性的成長を遂げた乃木園子だ。

 銀もまた成長しているのは間違いない。髪も昔より伸ばして、顔立ちも少しずつ女性らしさを増している。それでも身長その他諸々……いわゆるシルエットを形成する要素が友人2人と比べて変動に乏しいのが悩みだった。

 

「あ? いやそんなつもりはねえけどよ」

 

「これでも色々気をつけてるのになんで大きくならないんだろーな? 須美はともかく、園子に置いてかれたのはちょっとショックだったぞ」

 

 ぼやきながら自分の身体を手でさする銀。その手が重点的に触れていたのは胸部。銀が最も気にしている女性性が端的に現れる部分だ。

 

(……いやー、案外そこも成長してるように感じたけどな……昔とは感触が違うっつーか」

 

「はあぁ? な、なん……なーに言ってんだ鋼也お前!」

 

 久しぶりに気が抜けていたせいか、思考がそのまま口からこぼれてしまった。少ししんみりしていたあのシーンで、まさかそんな感触を確かめられていたとは。銀の顔は瞬間湯沸かし器もかくやと言わんばかりの勢いで沸騰した。

 

 

 

 

「もーヤダしんっじらんねぇ! 寄るなこの変態!」

 

「ちょっと待て、誰が変態だ! ひっついてきたのはお前の方だろーが!」

 

「ひっついてきたとか言うな! あーダメダメ、やっぱり鋼也は出禁! お前は弟達に悪影響だ」

 

「ハア? 言ってることがコロコロ変わりすぎだろ……オイコラ待て銀!」

 

 言い合いながら鬼ごっこを始める2人。友達と言うには距離が近く、恋仲と呼ぶには雰囲気が欠如している。2人きりになると彼らはだいたいこの調子だ。

 

「待てっての、オイ銀!」

 

「待つかよ、追いついて来い鋼也!」

 

 しかしまあ、中学2年性相当という年齢を鑑みれば、この2人が最も上手くいっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一方その頃、G3-X編──

 

 

 

 

 

「そこだっ!」

「甘い!」

 

 ゴールドタワーの訓練場。G3-Xの装着者である国土志雄は、自らに不足している近接戦の技術を上げるために防人全員を相手に稽古に励んでいた。ここまで31人を畑違いの短剣2本で倒してきた志雄だったが、防人番号1番、隊長の楠芽吹を相手に攻めあぐねている。

 

「うひゃー、良くやるなあ2人とも。私なんてもう怖くて怖くて……」

 

「だからって0.3秒で一本取られるっつーのは流石にどうなんだよお前」

 

「まったく、雀さんはいざという時にはちゃんと動けるのに、どうして普段の訓練ではこうも情けないのでしょうか?」

 

「あはは……でもスゴイです! あれだけ戦ってもまだ動けるお兄様も、互角にぶつかっている芽吹先輩も」

 

 2人がしのぎを削る周囲には、稽古を終えた防人達が座って見学している。中にはどちらが勝つか、昼食を賭けているメンバーもいるようだ。

 

「……で、どっちが勝つと思う? せーのっ」

 

「楠」

「芽吹さんでしょう」

「メブだよね」

「えっ、と……あ」

 

 上から順にシズク、夕海子、雀、亜耶の答え。戦闘に関して門外漢な亜耶は抜きにしても、彼女達は志雄とも芽吹とも親交が深くその実力もその目で見てきた。その3人が揃って芽吹を推している。その理由は──

 

「まずここまでで国土兄は相当に疲労してやがる。俺達を連続で負かしたのは大したもんだが、ハンデを背負って勝てるほど楠は甘くねえよ」

 

「それに、志雄さんの強さは射撃も織り交ぜて自分のペースに持ち込むことで発揮されます。近接縛りもまた彼にとっては不利に働きますわ」

 

「何より、最近の志雄さんはちょっと動きが悪いよね。早々に負けた私が言うことじゃないけど、ずっと調子悪そうだもん」

 

「皆さんとの訓練でもそうなのですね。私も気になっていたのですが……やはり、あの……」

 

 亜耶が言いにくそうに言葉を濁す。あの事件は、志雄だけでなく亜耶自身にとってもショックが大きかった。

 

「うん。この前の本部の事件以来だね。私達は大まかなことしか聞いてないけど、色々あったんでしょ?」

 

「はい。お兄様にとって、忘れられないことがいくつも……きっと、あの日に刷り込まれた暗いイメージを払拭しようとして」

 

「で、ジタバタしすぎて逆に溺れちまってるワケか。相変わらずメンドくさい奴だな」

 

「それは芽吹さんも分かっているのでしょう。だからこそ隊長として向き合っている……まあ、些か向き合い方が無骨だとは思いますが」

 

 尊敬半分呆れ半分といった視線が集まる先、志雄と芽吹の稽古は決着が近づいていた。

 

「これじゃ足りない……僕はもっと、もっと!」

 

「頑張るのは結構だけど、焦っても逆効果よ。経験者として言わせてもらうわ!」

 

 鬼気迫るといった様相で木刀を振るう志雄と、それを淡々と捌いていく芽吹。精神も肉体も不安定な今の志雄では、芽吹とは実力以上の差が生まれている。

 

「頭を冷やしなさい!」

「っ!」

 

 身を屈めて間合いを詰めた芽吹が、志雄の木刀を2本同時に弾き落とした。武器を失った志雄の首元に鋒を突きつけ、芽吹の勝利が確定した。

 

「ガムシャラにやって何かが解決するなら、あなたも私もこんな苦労はしていない。そうでしょ?」

 

「……ああ、分かってるさ。それでも僕は!」

 

「今のあなたはやり場のない感情を持て余して暴れているだけ……救えなかったと嘆いてジタバタ暴れるだけなら子供でもできるわ。なんの生産性もない。時間を無駄遣いするなら私たちを巻き込まないで、1人でやっていなさい」

 

(ちょっ、アレ少し言い過ぎじゃない?)

(少々言葉が過ぎますわ。芽吹さんらしくない)

 

 淡々と告げて離れていく芽吹。無力感に目が曇った今の志雄の醜態は、彼女からすれば見るに堪えない有様だった。防人とは言え体格差のある女子相手に力尽くで押し切る強引な戦い方。休み時も見失って武器を振るう子供染みた地団駄。

 どれも芽吹が認めた国土志雄の在り方ではない。

 

「そうだな。多分今の僕は平静じゃない。泣きたい気持ちが不意に溢れそうになることもある。本音を言えば今すぐ膝を折って崩れたい気分さ」

 

「だったら──」

 

「だけど、次がいつあるか分からない。心の整理は鍛錬と同時並行で済ませるくらいじゃないと……もう、間に合わない後悔を味わうのは嫌なんだ」

 

 志雄はいつだってあと一歩のところで大切なものを失ってきた。勇者になり損ねた際の香の死。あの時は最後の瞬間まで彼女と手を繋いでいたのに、助けることができなかった。

 鋼也との再会が叶わなかった時も、あと1日で会うことができた。並んで戦うことだってできたかもしれない。

 

 そんな後悔を乗り越えて、ようやく一端の戦士になれたと思っていたところに先日の騒乱だ。2度目となる友の消失と、その父親の死。同じ戦場にいながら、志雄にできたのは速やかに楽にしてやることだけ。強くなったつもりでも、その手に掴めなければ何の意味もない。

 

「今は迷惑をかけてしまう……それについては、全部済んでから謝罪もお詫びもさせてもらう。だからもう少し、僕に付き合ってほしい。君の力が必要なんだ、芽吹」

 

 思いつめて視野狭窄になっているのは以前と同じだが、周囲に頼る程度の余裕はあるらしい。少しは前進していると思えば、芽吹の目も自然と甘くなる。

 

「……仕方ないわね。私達だって強くなる必要はある……ただし、本気の私は厳しいわよ?」

 

「そうでなくては意味がない。今の僕のザマでも、手加減無しで相手してくれるだろうと思って君に頼んでいるんだ」

 

 諸々の時間を経て、仲間への甘え方を覚えた志雄。その形が若干歪な気がしないでもないが、1人で死にたがっていた頃と比べれば格段の進歩だ。

 

「なら来なさい。まずは無意識に力んでいる身体をほぐしてあげる……力尽くでね!」

 

 再び木刀がぶつかる音が響く。努力馬鹿と努力馬鹿を組ませるとこうなる。それが分かっていた防人達も困った子供を眺めるような顔で笑っている。

 

「なーんでウチのお2人はいつもこうなんだろ? 距離感が独特すぎて分かんないよね」

 

「……三ノ輪のところとか、勇者部の方は、恥ずかしいくらい分かりやすいのに……」

 

「お互いに無自覚では進展のしようがないですわ。当分このままでしょうね」

 

 やはり思春期の女子の集まり。特に絡むことが多い志雄と芽吹をどうしてもそういう風に見てしまう。しかし他所の恋愛模様と比較すると甘酸っぱさが微塵もない。周囲の色気の無さに物悲しくもなるだろう。

 

「そうでしょうか? 私はあの2人はちゃんとお互いを特別視していると思いますけど」

 

「え〜? あややはどの辺がそう見えるの?」

 

「色々です。私の勘違いかもしれませんけれど」

 

 当事者2人と特に距離が近い亜耶からは、違うものが見えるようだ。

 

(芽吹先輩は厳しいけれど、傷ついた人に追い打ちをかけるような言い方は本来しない。それでも言い切ったのは、お兄様の強さを信じているから。そこにある信頼は、防人の皆さんや私に向けるものとは、きっと少し違って……)

 

 芽吹は一見すると分かりにくいが、一度懐に入れた対象には甘くなるところがある。亜耶への過保護っぷりや、失態を繰り返す雀にそれでも一定の信頼を置き続けているところからもそれは窺える。

 そんな芽吹が、志雄には他の仲間とは違う尖った態度を見せる。これは信頼の裏返し、志雄への大きな期待なのではと亜耶は感じていた。

 

(お兄様も、あんな風に弱音を吐き出せる相手なんて鋼也くん以外にはいなかった。事情を知っている私にも、他の仲間にも強がり続けていたのに……きっとあれが、お兄様なりの甘え方なのでしょうね)

 

 男の子の意地とでも言うのか、頭も心もカッチコチのあの兄君は滅多なことで弱気を見せない。それがああもたやすく口から出てきたのは、芽吹なら正しく受け止めて、望む答えを返してくれると信じていたから。

 下手な同情で優しくされたいわけではない。今必要な強さを得るための道を付き合ってくれる厳しさを持つ相手を志雄は求めているのだ。

 

「今は"やるべきこと"だけに一直線なお二人ですが、全てが終わった先には……"やりたいこと"を選べるようになった未来にはきっと、違う形で二人の道が交わるはずだと私は信じます」

 

「なるほど。亜耶さんがそう仰るなら、本当にそうなるような気がしますわね」

 

「ん……それに、見てみたい。平和な時間で、あの2人がどうなるか……」

 

「確かに! それじゃ嫌だけど、ほんっと〜〜に嫌だけど……私もちょっとだけ頑張ってみようかな。そんな未来のために」

 

 国土志雄は楠芽吹のことを特別に見込んでいる。

 楠芽吹は国土志雄のことを最も信頼している。

 彼らを囲む仲間たちも、そんな2人を自分達の中心として認めている。

 

 その関係に今後淡い色が加わるのかどうか、それは誰にも分からない。それでも、彼らは今日この時間を共に過ごし、また一つ絆を強めることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして残酷にも時は過ぎる──

 

 

 

 

「こちらアギト、討伐完了しました」

 

『こちらでも確認しました。周囲に反応ナシ、お疲れ様でした』

 

 放課後、敵襲連絡を受けて部活を抜け出してきた陸人。今更通常のアンノウンがアギトの相手になるはずもなく秒殺。報告を終えて帰路に着く。その顔は、一撃も受けずに完勝したとは思えないほど苦痛に歪んでいた。

 

(胸が痛い……この頃、変身するたびにこのザマだ。むしろ人間(いつも)の姿の方が調子が悪いってのは、いったいどういうことなんだ?)

 

 大社での一件以降、アンノウンの出現頻度は以前と同等程度にまで戻ってきた。それを迎撃する中で、陸人は自分の身体が変質し始めたのを感じ取った。

 アギトの姿でいる方が自然で気楽。人間である平時の方が間違っているような感覚。進化と損傷を繰り返してきた"御咲陸人"という存在の器は、とうとう誤魔化しが効かない状態まで昇華しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか、今日も一日平気な顔してやり過ごせたかな……」

 

 気だるい身体を引っ張って自宅に帰り着き、脱衣所の鏡で自身を見る。そこには──

 

(やっぱりまた広がってる……趣味の悪い刻印付けてくれたな。マーキングのつもりか?)

 

 左胸を中心として、主に左半身に広がるまだら状の黒い痣。火傷に隠れて気づかぬうちに刻み込まれていた呪いの痕跡。これが陸人の気力、体力、生命力をガンガン奪い取っている。

 蘇った記憶に対する心の整理。

 限界を迎えつつある陸人の御姿。

 心身両面を責める呪印の苦痛。

 

(奴らが尻尾を出すのが先か、俺が耐えられなくなるのが先か……我慢比べなら、俺は誰にも負けない……!)

 

 全てを笑顔の仮面で覆い隠して、御咲陸人は平穏を守る。それしか方法を知らないから。"陸人"という少年は、ずっとそうやってきたのだから。

 

 

 

 

 

『人間として生きたい』

 そんな願いとすら言えないような当たり前の想いでさえも、運命は許してくれないのか。

 

 

 

 

 

 




どうでもいいけど席順設定

――  友奈 美森
夏凜  陸人 園子

こんな感じです。陸人くんたちの列が最後尾で、園子ちゃんの席が教室の角。陸人くんを勇者部で囲んでいます。

戦姫が絶唱するアニメの最新話で明かされた世界観が本作にちょっとだけ似ていてビックリしている今日この頃、最終章をちゃんとまとめるために時間をかけます。お待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。