A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
思ったから思われて、想われたから想って。気持ちを交換し合って愛を深めていく。そうして人の命は"意味"や"価値"とも呼べるもので色付いていくのです。
「話は終わり……早く帰るんだ」
「りっくん……」
「これ以上は君自身も危な────グッ⁉︎」
友奈に背を向けて離れようとしていた陸人が、突然胸を押さえて崩れ落ちた。周囲を渦巻いていた焔が天高く凝集し、人型のナニカを形成していく。
「なん、だ……これは?」
「りっくん、りっくん大丈夫⁉︎」
陸人の中からも闇が抜き取られ、集まった黒が成した形は、2人にとって非常に見慣れた姿だった。
「まさか……アギト、だと?」
「ウソ……だってりっくんはここに……!」
光を失った双眸とベルトの輝石。燃える赤を染めた漆黒のボディ。マッシブで力強い肉体が、双刃を振るって黒い波濤を撒き散らす。
消えかけの
「皆殺シ……皆殺シッ!」
「──ぅあっ!」
「ひゃああっ!」
問答無用で斬りかかってきたアギトの攻撃をギリギリで回避した陸人と友奈。アギトが敵という、考えたくもない最悪の状況だった。
「りっくんこっちっ!」
疲労からか動きがぎこちない陸人の腕を引っ張り、友奈は全力で逃走を開始。アギトの方も急いで始末する気はないのか、ゆっくりと歩み寄ってくるため距離は簡単に広げられた。
「ハッ、ハッ……りっくん、あれって……」
「……多分、罪爐が保険として仕掛けたんだろうな。俺がしぶとく生き残った時のために。友奈ちゃんはすぐにここから出ていくんだ……アイツの標的は俺だけで──」
「はい、そういう発言禁止! そんなことできるわけないでしょ?」
投げやりな言葉を、口を塞いで中断させる友奈。陸人の中の闇が抜けても、やはり本調子には程遠いらしい。罪爐が奪った心の光──勇気を取り戻すには、まずあのアギトを倒さなければ始まらない。
戦えるだけの精神力を持たない陸人の指先は小さく震えている。それを見た友奈は覚悟を決めた。
「よし……ねえ、りっくん?」
「……友奈ちゃん?」
「りっくんは、自分がいないほうが良かったって言うけど、私はそれは違うって思う。だから証明してくるよ」
「証明? 何をする気だ?」
「りっくんのおかげで強くなれた私があのアギトを倒す……そうすれば、りっくんがやってきたことに意味があったってことでしょ?」
結城友奈は、陸人がいなくても勇者になっていた可能性は高い。しかし、今の彼女ほど強くなれたのは紛れもなく陸人が守り、助けてくれたから。そんな彼を守り、助けたいと願ったからだ。いわば、陸人が成し遂げた正の影響、その代表者。
そして今こちらの命を狙っている純黒のアギト。あれは陸人が戦ってきたこれまでの結果生み出された、陸人の負の影響の象徴。
「りっくんの影響で失くしちゃったものはあったのかもしれない。でも、りっくんが残してきたものだってたくさんある……それがどんなに凄いことなのか、今から私が証明してくるよ」
些か強引すぎる論理展開ではあるが、頭脳労働が苦手な友奈が必死に考えた、陸人を肯定するための理屈づけだった。
「友奈ちゃん、君は……なんでそこまで……」
「りっくんはちょっと疲れが溜まって調子が悪くなってるだけ……あなたが休む時間を作るくらい、私にだってできるよ」
結城友奈は信じている。どれだけ折れて曲がって捩くれても、陸人の根源は絶対に変わらないことを。
「りっくんが私のこと、好きでいてくれたから……私がりっくんのこと、大好きだから!」
震え続ける陸人の両手を優しく握り、友奈は1人飛び出す。勇者装束を身に纏い、ただひたすらに前へ。少しでも陸人から引き離すために、爆発しそうなほど力強く神性を込めた右拳を振り上げて。
「その姿は……その力は、世界一優しい人しか使っちゃいけないものなんだよ」
「皆、殺ス……!」
「返してもらうよ……
中身のない虚な英雄のハリボテに、真っ向から突撃をかました。
天地の叫びが聞こえてきそうな程の大破壊が広がる戦場。天の神とテオスの衝突は、周囲に甚大な厄災をもたらしながらも決着を迎えつつあった。
「こうなってしまう故に、あまり積極的に手出しはしなかったのだが……ここまで来れば致し方無し。最低でも貴様だけはこの場で退場願おうか」
「フゥ……流石ですね。私1人ではとても敵わない……ですが」
大翼を広げて、地に叩き落としたテオスを見下す天の神。その背後に、不可視の術式を用いて転移してきた二柱の天使が迫る。
「隙有リ……!」
「あまり私を舐めるなよ」
風と地のエルロード、2人がかりの奇襲。それすらも読み切っていた天の神は翼の一振りで周囲の重力を歪めて2人を墜落させた。
「馬鹿ナ……私ノ風縄ヲ察知シタトイウノカ?」
「この世界は私の庭だ……自然の摂理に逆らう何らかの力が働けば、どんなに隠蔽しても我が目に留まる。子飼いの天使を一匹二匹混じえたところで結果は変わらんぞ」
この世界において、天の神にはあらゆる霊的術式は通用しないということになる。これが主神、かつて人類の九分九厘を絶滅させた絶対神の実力だ。
「確かにあなたは強い。尋常な手段ではあなたにはまず届かない……ですが、それでもあなたは"最強"ではあっても"無敵"ではない。現に何度か遅れを取った経験もある……伍代陸人のような特異点相手に、ね」
「何を……」
「大変心苦しいのですが、全ては我らの目的を果たすため。禁じ手を使わせてもらいました」
「──な、ん……⁉︎」
テオスの言葉が終わると同時に、天の神は背後から
主神の知覚や障壁を突破する、神の力に頼らない純粋な戦闘力。天の神は、忌々しい事に1人だけ心当たりがあった。
「……貴、様は……!」
「……ぅ……ぁ……」
「……皆殺シ……皆殺、シ……」
友奈の首を締めて無造作に持ち上げるエクリプス。ネックハンギングを受けて、宙に浮いた足をバタバタ振って必死に逃れようともがく友奈。
両者の実力差は明白だった。陸人が変身するバーニングフォームすら凌駕するエクリプスを相手に、たった1人の勇者が敵うはずもない。頼みの天の逆手も、織り込み済みだった敵には通用せず。徹底的に警戒された友奈の拳は一度も決まらず、一瞬の隙に必殺の斬撃が直撃した。
バリア越しに意識が飛びかけるほどの衝撃を叩き込まれた友奈は、成す術なく地に伏せた。
(駄目だ、このままじゃ友奈ちゃんが……!)
離れたところで戦闘の一部始終を目撃していた陸人は、指先どころか全身を震わせながら、息を荒げて立ちすくんでいた。
(くそ、どうすればいい……どうすればいいんだ⁉︎)
本当は分かっている。こんな時にすべきことはただ一つ、戦場に割って入って友奈を助けること。しかしそれは、勇気を失った今の陸人にはあまりにもハードルが高かった。
(ちくしょう、何なんだよ俺は……友奈ちゃんは俺のために1人で戦いに挑んだんだぞ⁉︎ そんな子を見殺しにするのかよ!)
震える膝を殴ってみても、足に力が入らない。立ち向かうには恐怖が大きすぎる。逃げ出すには罪悪感が大きすぎる。結果として前にも後ろにも踏み出せない、何とも中途半端な醜態を晒す少年が1人。
(どうしてここで走り出せないんだ……前の俺ならもっと!)
── りっくんはちょっと疲れが溜まって調子が悪くなってるだけ……あなたが休む時間を作るくらい、私にだってできるよ──
(違う、あの子が信じてくれたのは"前の俺"なんて区別した他人のことじゃない。今ここにいる、こんな無様な俺のことを……!)
御咲陸人の勇気は確かに奪い尽くされた。しかしそれはあくまでその時点で胸に宿る炎が消されただけ。今この瞬間に足を動かすだけの熱が生まれれば、何回だって立ち上がって、その度に強く早く前へと踏み出せる。
(たとえ俺が無価値な命だとしても、目の前にいる女の子を助けることくらい──!)
きっかけ一つで、人は何度でも胸の炎を滾らせることができる。何かを成すための第一歩、それこそが勇気……不変不滅の勇者の証だ。
「──うおおおおおおっ‼︎」
「りっくん⁉︎」
全速力、全体重を乗せた不用意で隙だらけのタックル。横合いから飛び込んできた陸人の身体を、エクリプスは極めて冷静に片手で捕らえた。
「グッ!……友奈ちゃん、今だ!」
「ッ! うあああっ!」
最初から陸人の狙いは敵の注意を一瞬でも逸らすこと。片手まで使ってくれれば、友奈が抜け出すには十分な隙ができる。首を締め上げる力が緩んだタイミングで、友奈はエクリプスの腕に膝を叩き込んで拘束を振り払った。
「御咲陸人……滅ボス……」
対するエクリプスも、最早友奈など眼中にない。最優先ターゲットである陸人が自分から手元に飛び込んできたのだ。これ幸いとなんの力も持たない少年の身体を振り回して天高く投げ飛ばした。
「──させ、ないっ!」
砲丸のような勢いで飛んでいく陸人に向けて追撃の黒焔が翔ぶ。ギリギリで友奈がバリアで凌いだが、我が身を盾にした捨て身の防御でも防ぎきれず、2人まとめて爆風に煽られて宙を舞う。無明の空間では距離感覚もおかしくなるが、友奈の体感では100m近い距離を地面と水平に吹き飛ばされてしまった。
「……ぐ、痛ぅ……」
「り、りっくん……!」
倒れる陸人の身体は未だに震えている。戦士としての覚悟も勇気もないままに飛び込んだ彼は、身体を襲う痛みと精神を蝕む恐怖と必死に戦っていた。
「りっくん……どうして、助けてくれたの?」
「……たとえ俺がどれほど無価値な人間だったとしても、それで友奈ちゃんが傷ついていい理由にはならない……そう思ったんだ」
(ああ、そっか……りっくんはたくさんのものを奪われても、それでもやっぱり"御咲陸人"のままなんだ)
どれほど追い込まれて自分に嫌気が差していても、結局目の前で苦しんでいる誰かを見捨てることができない。傷つく誰かを目にした。ただそれだけで、300年の苦悩も自身への絶望も全て後回しにして走り出してしまう。
「俺が苦しむのも、消えるのも自業自得だ。そこに君を巻き込むのは間違ってる……今更何言ってんだ、って自分でも笑っちまうけど」
今ここにいるのは御咲陸人。誰もが生きる上で当たり前にやっている"見て見ぬフリ"ができなかったせいで、時代を跨いで命を懸け続ける愚かな程に優しい人間だ。
「ううん、笑わないよ。それがあなただもん」
友奈のなかで渦巻いていた不安が晴れていく。このままの陸人を連れ戻すことが正しいのか。陸人にとってはここで果てる方が幸せなのではないか。
そんな懸念は、あの勇姿と今の答えで全て振り切れた。極限状態まで追い込まれても体が動いてしまう。それこそが嘘偽りなき本当の信念。どれだけ言葉を重ねても誤魔化せない陸人の真理。
『苦しむ誰かを助けたい』
それこそが人間・御咲陸人の原点にして終着点。紆余曲折を経ても変わることのない絶対の真実。
「りっくん、ありがとう。おかげで助かったよ……もう大丈夫」
「友奈ちゃん……」
それさえ分かればもう迷うことはない。邪魔者を倒して陸人を取り戻す。
「あとは任せて。あのニセモノ、すぐにやっつけてくるから!」
単純で考えが足りない。それが友奈の短所だ。
こうと決めたら一直線。それが友奈の長所だ。
「お待たせ……仕切り直しだよ」
「………………」
手傷も消耗も見当たらないエクリプスの前に、満身創痍の友奈が再び立ちはだかる。誰が見ても絶対的窮地だったが、彼女の心は先ほどまでよりも軽く晴れやかだった。その拳に陸人をはじめとした多くの仲間の想いを乗せて、もう一度強く握り込む。
「みんなの、高嶋ちゃんの希望を託されたんだ。こんなところで……」
両拳を打ち合わせて走り出す。手甲に刻まれた桜の紋が激しく輝く。いつもの桜色とは少し異なる──赤味が強い、もう1人の桜の勇者の色に変わった。
「──死ねるかぁぁぁっ‼︎」
結城友奈は勇者である。
歴代最高の適正を持ち、その心、その力、生き方全てで勇者としての在り様を体現している……どこにでもいる女の子でありながら、どこにもいない特別な勇者である。
「──ッ⁉︎」
「……変わった……!」
クロスカウンターでエクリプスの顔面に叩き込んだ右腕部が光に包まれて変化する。風にたなびく白い羽衣に覆われ、手甲の光はさらに強まる。
(これなら……!)
「やっ!──せいっ、だあぁぁっ‼︎」
左脚、右脚、左腕と、攻撃を叩き込むごとに友奈が纏う装束が変わる。満開時の羽衣に近い姿だが、それとは明確に力の上昇量が違った。
「せーの、やぁっ!」
「……ッ!」
敵の肩を両手で押さえつけてからの、全力のヘッドバットが炸裂した。たまらず後退するエクリプス。距離を取って改めて目の前の敵を見据えると、外面も内面も大きく様変わりしている。
満開時以上の神々しさを放つ、背部の装備と羽衣。
仲間を思わせる六色の水晶が、闇を照らして光をもたらす。
大きく広がった桜色の長髪には、一本一本にまで煌めく神威が宿っている。
「負けない……私は、りっくんと並び立つ勇者だ!」
頭突きの体勢から顔を上げて敵を見据える友奈。その眼は赤と緑のオッドアイ。友奈という"人間"と"神樹"が真の意味で融合を果たした証の虹彩異色。
システムを用いて神の力を借り受ける『勇者』
システムの安全措置を一時取り払って神の力の許容量を引き上げる『満開』
これはその先にある、人と神が対等に混ざり合うことで至る勇者の姿──『大満開』
強靭な魂と高い適正を持つ特別な勇者、結城友奈。彼女の潜在能力を土台にして、そこから仲間の願いを授かり、高嶋友奈の力を受け取り……更に高嶋を経由して神樹自身からも力を与えられてようやく踏み入れた最強の勇者である。
(なんとなく分かる……この力は、長く使ってられるモノじゃない!)
大満開はシステムの保護を受けない、いわば非正規の
「勇者ぁぁぁ……」
狙うは短期決戦、拳を構えて突撃する友奈。思い返すと彼女はこの戦い、ずっと突撃しかしていない。当然エクリプスもその動きは読んでいる。黒いカリバーを振りかざし、友奈の直線的なルート上に刃を置き──
「──キィィックッ‼︎」
ひっくり返るように上体を逸らしてカウンターを回避。その勢いのままにエクリプスの顎を全力で蹴り上げた。
大満開のパワーで高く高く跳ね上げられていくエクリプス。友奈はトドメの大技で決めるべく、しゃがみ込んで力を溜める。
(みんな……力を貸して!)
足元に光の紋章が浮かび上がる。
山桜
アサガオ
オキザリス
鳴子百合
ツツジ
スイレン
それら六種の紋章は友奈と共に空を舞い、莫大なエネルギーのレールを形作るように一列に並んで光を放つ。
「これで決める……!」
勇者キック一発でかなりのダメージを負っていたエクリプスだが、力を振り絞って友奈の拳をカリバーで受ける。ギリギリのところで耐え凌ぎ、2人の高度はどんどん上がっていく。
「皆殺シ皆殺シ皆殺シ……ミナ、ゴロシィ……!」
「その姿で……その声で……そんな言葉を、使うなぁぁぁぁっ‼︎」
盾としたカリバーが粉微塵に崩れ落ちる。いよいよ打つ手がなくなったエクリプスを前に、友奈は再び拳を引き絞る。
友奈の怒りに応えるように、紋章の一番下に新たな光が宿った。一番上と同様の山桜の紋。友奈のそれよりも若干赤く色づいた、高嶋友奈の桜の紋だ。
「──勇者ぁぁぁ、パァァァァンチッ‼︎」
7つの紋章が目も絡むほどに光を放ち、最高潮に達した勇者の力。その全てを右の拳に込めて叩き込む。
「──────ッッッッッッ‼︎‼︎⁉︎⁉︎」
最大最強の勇者パンチが、英雄の贋作を粉砕する。黒いアギトは最後まで自分の身に起きた事実を理解できず、声にならない叫びを残して消滅した。
陸人の中の希望、勇気といった前に進むための想いの一切を奪っていた罪爐。その闇の化身が爆散したことで、精神世界の空に光の雨が降り注ぐ。
奪われた光は、宿主の魂に吸い込まれるように帰っていき、やがて全てが陸人の内に戻ってきた。
「ね、言ったでしょ? りっくんがもたらした絶望なんかより、あなたが守った希望の方がずっと強いんだって」
天空で決着をつけた友奈が舞い降りてきた。着地と同時に立ち尽くす陸人に駆け寄り、呆然とするその顔を自分の胸に抱き寄せる。
「友奈、ちゃん?」
抱き締める体勢のまま、陸人に寄りかかるように体重をかける……というより自分を支えられずに脱力する友奈。この距離に来てやっと分かったが、今の彼女はかなり消耗している。息は荒く、体温は高く、脈拍は普通の人間に許された速度を超えている。
「友奈ちゃん、友奈ちゃん⁉︎」
(私、あんなに近くにいたのに……何も分かってなかったんだ)
心が悲鳴を上げている陸人を目の当たりにして、友奈は己を恥じた。胸の内に秘めていた嘆き苦しみにまるで気付かなかった。
(『悩んだら相談』……本当は相談される側も相手をよく見てあげなきゃいけないのに)
頼ってほしいなどと、どの口で言っていたのか。自分が情けなくて仕方ない。
(りっくんが無理してることなんて、ずっと前から分かりきってたのに……この人なら大丈夫って、勝手な思い込みで一人背負わせてた)
後悔はどれだけしても足りない。それでも、自分まで俯いてはいられないと前を向く。折れてしまった英雄にもう一度光を見せてやれるのは、今ここにいる友奈だけなのだから。
「友奈ちゃん?──友奈ちゃん!」
「……ぁ、なに?……エヘヘ、ごめんりっくん。ちょっとボーッとしてた……」
意識が飛びかけていたことをごまかすために、笑って陸人の頭を撫で続ける友奈。それでもやはり体に力が入らないのか、陸人に寄りかかるようになったまま。陸人もやがて耐えきれなくなり、崩れ落ちるように2人揃って座り込んだ。
「友奈ちゃん、いったん離れてくれ。今の君は普通じゃない、その姿もそうだけど、一度様子を──」
「やーだ、りっくんは目を離すとすぐいなくなっちゃうんだもん。もう絶対に離してあげない」
まるで子供のケンカのような友奈の言い分。いつも通りの微笑みを浮かべる彼女の顔は、玉の汗が浮かんでいてもなお美しかった。
「……ねぇ、りっくん」
友奈に負担がかからないように楽な体勢を探す陸人。友奈はそんな彼を抱きしめる力をより強めながら語りかける。
「りっくんは自分がいなければって言ってたけど、私はそんな風には思わないよ。だってあなたがいたから、今の私がいるんだもの。私は……ううん、私だけじゃない。勇者部のみんなも、街の人も、大社も……りっくんが頑張ったから守れたものはたくさんあるはずだよ」
「……そうじゃない。俺はただ、自分の撒いたタネを摘んで回ってただけだ。感謝も好意も、受け取る資格なんて……」
「りっくんは勇者だよ……少なくとも、私にとっては世界一強くてカッコいいヒーローだもん」
「……それは、友奈ちゃんはたまたま助けることができた人だからそう思うだけで……そうだ、俺のこの手はたくさんのものを取りこぼしてきた。友奈ちゃん達のことだって、俺がいなければ別の誰かがもっとうまく──」
「──んもう! なんでそうなるの⁉︎ さっきからりっくん言ってることめちゃくちゃだよ!」
ああ言えばこう言う状態の陸人を黙らせるべく友奈が動いた。密着状態から首だけで振り被り、渾身の頭突きが陸人の頭部に直撃する。
鈍い衝撃に頭を揺らす陸人。だが、仕掛けた友奈の方が余程苦しそうに唸っている。
「──っ、痛ぇ……」
「ほら、さっきもそうだったけどやっぱり痛いんでしょ? 痛みがあるっていうのは生きてる証。りっくん自身が生きたいって叫んでるんだよ」
「違う……俺に、そんなことを願う資格は……」
「聞いて、りっくん。確かにあなたには特別な力があって、人より多くのことができるのかもしれない。でもね? だからってそれを理由に誰かの責任まで奪い取るのは間違ってるって私思うんだ」
「……責任を、奪い取る?」
「そう。前にりっくんが言ってたことだよ。人は善悪どちらにもなれて、どちらを選ぶかはその人の自由なんだって」
時に醜い一面を覗かせる人間という種。それでも陸人はその在り方を好ましく思っていた。善にも悪にもなれる選択肢を与えられて、そこから自分の意志で善を選べる人間に敬意を持ち、いつか全ての人間がそうあれることを願っていた。そんな未来のために、自由と可能性に満ちた人間を守ることを自分に誓って戦ってきた。
「人は自由に生きる権利がある。だったら、その人生の終わり方に責任を持てるのもその人だけなんじゃないかな。今のりっくんは、全ての死を自分のせいにしたがってるようにしか見えないよ」
いつもの友奈らしからぬ筋道通った語り口。地頭が良く弁も立つ陸人を説得する、という作戦が決まった際に美森達と相談していたのだ。何が陸人を追い込んだのか、陸人は何を見失ったのか。そう長い時間は取れなかったが、仲間と共に悩み抜き、陸人を救うための筋道を探し続けた。
(みんな……俺が諦めた、俺の自己満足に巻き込んだみんなが、ここまで来てくれてたのか)
その時間は決して無駄ではない。陸人の眼には、目前にいる友奈だけでなく、かぐやや勇者部の仲間……心を通わせた多くの友人が重なって見えた。
「いくら力があっても、それだけで世界の全部を背負わなきゃいけない義務なんてないよ。神樹様でも全ては守れなかったこの世界を、どうして
「──ッ、……俺は……」
かつて神だった少年、御咲陸人。彼はその数奇な経緯もあって、生来の責任意識の強さを悪い方向に膨れ上がらせてしまった。過剰な責任感、人としての原点で生じた罪悪感、強すぎる力を得て肥大した驕りにも等しい自意識。これら全てが罪爐に唆されて爆発した結果が今だ。
無理もない。300年を神霊として生きたと言っても、それは所詮止まった時間の中での話。神霊となった時点で成長や変化といった要素は失われる。陸人の時計は神世紀に再臨するまでの300年、凍りついたままだった。
人間としての実年齢で言えば、2つの生を合算しても長く見積もって18年。成人すらしていない子供には、あまりにも重すぎる運命だったのだ。
「みんなで考えたよね、
「……でも、俺の手は……数えきれない人の血で汚れきってる……こんな俺の手を……!」
「掴むよ。私は絶対に諦めない。
りっくんがどれだけ汚れてるって言っても、私はこの手が綺麗だって言い続ける。
りっくんが何回逃げたって、その度に追いついて何度でも手を繋ぐ。
りっくんが何度振り払ってもしがみついて、押し倒して、噛み付いてでもこの手を離さない」
「友奈、ちゃん……」
陸人はこれまで、心を閉ざして暗い覚悟を決めた誰かを、言葉と行動で何人も救い上げてきた。その心には確かな熱があり、紛れもなく愛と真心に満ちていた。
友奈の言葉も同じだ。男女でありながら色気の"い"の字もない状況ではあったが、言の葉に乗って伝わる胸の想いは何より熱く、暖かかった。
「私だけじゃない。みんな今も戦ってる……りっくんにこの気持ちを伝えるために……りっくんと一緒に、新しい明日を迎えるために!」
陸人は生まれて初めて、誰かに心の壁を言葉で打ち破られた。いつも破る側だった彼は、いかに嬉しく心地良いことなのかを初めて知った。
自分が勝手に思い詰めて張った防壁を越えて、手を差し伸べてくれる誰かがいる。それがどれほどの救いとなるか。隣で陸人を見続けてきた友奈だからできたことだ。
「俺は……ちくしょう、俺は……!」
陸人は焦っていた。今すぐ反論できなければ、数秒後には自分の心は自分を許してしまう。その確信があった。こんなにも愛してくれる誰かがいる。それだけで、自分にも生きる価値はあるのではないか。そんな風に自分の中の弱い部分が叫んでいた。
(違う……何のためにみんなとのつながりを断ち切ってここまで来たんだ……俺はここで、自分を殺すために──!)
「りっくん、もういいの。りっくんが償わなきゃいけない罪なんて、最初からなかったんだよ……周りを見て」
言われてほんの少し顔を上げて周囲を見渡す陸人。先程までは何も無かったはずの空間に、いくつもの人影が見える。
「あれは……丸亀城のみんな……村のみんな……兄さんと姉さんも……」
守りきれず死に別れた者。守りきって別れた者。守るために肩を並べた者。陸人がその短くも長い生の中で出会い、関わり、大なり小なりその人生を変えてきた者達が、笑顔を浮かべて見守っていた。
生きていていいのだと、お前の居場所はちゃんとあるのだと無言で伝えるように、目を逸らさずに笑いかけていた。
「父さん……母さん……」
直接会って話すことは終ぞできなかった実の両親。罪爐の記憶から創造した、本物とは似ても似つかないかもしれない想像の産物。その2人が全てを理解しているというような笑顔で歩み寄ってきた。友奈に抱きしめられたままの背中を優しくさする2人の手。他の誰かとは違う暖かさが、陸人の全身に広がっていく。
「違う……ここにいるのは俺に都合良く作られた空想……本当のみんなが許してくれたわけじゃ……」
「ねえりっくん。かぐやちゃんが教えてくれたんだけどね……死んじゃった人は誰かが覚えている限り、その中でまだ生きてるんだって。ならさ、少なくともりっくんにとっての"本当のみんな"っていうのは、ここにいるみんなのことなんじゃないのかな?」
人は死んでしまえば誰かの思い出の中でしか生きていけない。その中で良くも悪くも生前の本質からズレた人物像になることもある。あまりに大きく歪めてしまえば死者の尊厳を踏みにじる形になってしまうが、いわゆる思い出補正というのは別に悪いことではない。
「りっくんが今を生きるために……あなたが信じるみんなが、きっと"本当のみんな"なんだって私は思うよ」
親しい誰かの死を乗り越えて生きていかなければならない生者。その過酷に耐えるためにも思い出の中の死者に思いを馳せる。それは誰もがやっていることであり、生命の連環でもある。
「……俺が信じる、みんな……」
本当は会ったこともない両親が微笑みながら光と消える。少し離れたところから見守っていた仲間達も、彗星の如く星となって陸人の胸に集っていく。一つ胸に収まるたびに、心の痛みが癒えていく。冷え切っていた心が、目を逸らしていた自分自身の記憶によって暖められていった。
「りっくんはどんなにボロボロになってもみんなのことを想い続けてた……嬉しかったはずだよ。忘れられるのって、きっと凄く悲しいもん」
思い出すのは悲しげに微笑む自分と同じ顔。陸人や美森、園子や高嶋を見てきた友奈は、忘れる辛さも忘れられる悲しさも痛いほど理解していた。
死んだ者の気持ちは誰にも分からない。それでも考えに考えて、ほんの少し分かったようなつもりになって、1日1日を懸命に生きる。それが死者を悼むということだ。
陸人が苦しみ続け、気持ちと記憶を歪めながらも決して手放さなかった人間の尊い営みだ。
「りっくんの中にはこれだけの人の想いが込められていて、その全てがりっくんの今を応援してくれてる……これってすごいことじゃない?」
陸人の内にあるものが、全て現実にいた彼らそのままではないかもしれない。だが、全てが偽りということもない。自分の心がダイレクトに表現される精神世界において、全く存在し得ない人の想いを創造することはできない。
これほど陸人が愛された世界を作り上げられたのは、現実で出会った彼らもまた確かに陸人を想い、愛していたという証だ。
「俺の中にある、俺だけの思い出……」
「神様だからじゃない、アギトだからじゃない。りっくんがりっくんだからこそ……あなた自身に残ったものは、ちゃんとあるよ」
陸人の胸には誰かに与えられた愛が、抱え切れないほどに詰まっていた。誰かに愛される者の命が無価値などということはあり得ない。
陸人が愛した人間達が陸人の生き方を正しいと、美しいと肯定してくれているのだから。
「俺に……?」
「うん!」
「俺にも……!」
「うん‼︎」
身体を震わせて涙を流す陸人。子供のようにボロボロと泣き尽くす想い人を抱き寄せて、友奈は優しく額を合わせて包み込んだ。今は泣いていいと、無言のまま熱を分け与えた。
「いいのかな……こんな大事なことにも気づかなかった俺が、みんなの希望を託されるアギトでも」
「違うよ、私もみんなもアギトだからりっくんを信じたんじゃない。りっくんがアギトだから、あなたがみんなを守ってきたから、信じて希望を託してきたんだよ」
「そう、なのかな……ありがとう、友奈ちゃん」
「それに! 今の自分に自信が持てないなら、これから変わればいいんだよ。みんなにも自分にも胸を張れる"御咲陸人"っていう男の子に!」
「変わる……俺が」
「私も手伝うし、みんなだってついてる。りっくんが心配することなんて何ひとつないんだよ?」
陸人にとっては目から鱗だった。自分のせいで、自分がダメだから。そんな風に思うことは誰にだってある。大切なのはそこから何を得るか、どう変わるかだ。
「いつも言ってるじゃない、"変身"だよりっくん!」
それは陸人が戦場に立つ際にいつも口にする宣誓の言葉。強い自分へと変身して、また日常に帰るための自己暗示の一種。
「そっか……"変身"か」
「そうだよ! "変身"だよりっくん!」
幼子のように変身変身と繰り返して笑う2人。ようやく取り戻せたいつもの雰囲気が嬉しくて、お互い少し精神年齢が下がっているようだ。
少し休んで陸人の精神状態も友奈の体調も少しマシになり、2人はようやく密着状態から離れた。若干名残惜しそうな顔をしている友奈の手を取り、立ち上がらせようと引き上げた瞬間……疲労からか膝から力が抜けて思い切り体勢を崩した。
「うおわっ!」
「きゃあっ⁉︎」
腕を引き寄せていた力が行き場を失い、友奈が陸人に覆いかぶさるように倒れ込み──
奇跡的な噛み合わせの良さ……あるいは悪さによって、両者の唇が重なった。
「「────っ‼︎⁉︎‼︎⁉︎」」
急転直下すぎる展開についていけず、困惑しながら動きを停止する2人。重なった唇を通じて、両者の間を神樹の光が移譲される。
大満開に至った友奈から、長らく光を奪われていた陸人へ。欠損を補うように力の行き来が行われた。
「──ぷはっ! ごっ、ご……ごめん!」
「い、いやいや……こちらこそ?」
妙な感覚に自意識を取り戻した2人がようやく離れる。冗談のような出来事だったが、乙女的には結構な大事件だ。
「あ〜……あの、ホントにごめん。友奈ちゃん……ここを出たら、どんな形でもお詫びはするから」
「あっ、ううん! そんな気にしないでいいよ…………イヤじゃなかったし……」
急激なデクレッシェンドで乙女の本心を聞き損ねた陸人は首を傾げる。目の前の友奈は、顔こそ見たことないほどに赤く染まっているが、よくよく見ると手で隠された頬は緩んでいるようだし、それほど深刻に捉えなくてもいいのかもしれない。
「──って! ここを出たらってことは、りっくん!」
そんな結論を出して1人頷いていた陸人の両肩を思い切り掴んで揺さぶる友奈。変身している状態でそんなことをされれば陸人の首は大変なことになる。
「──ぅあいっ! そう、だねっ! めいわく、かけたけどっ! それでもよければっ!────ごめん友奈ちゃん一旦離れて!」
首をガックンガックンさせながら話したせいで頭痛が酷い。頭を抑えて唸っていた陸人に、またもや締め付けるような勢いで友奈が抱きついてきた。
「友奈ちゃん痛い──って……」
「良かった……良かったよぉ、りっくん……」
密着していて顔は見えないが、声と体の震えから今どんな表情をしているのかは想像できた。陸人は自分のバカさ加減に呆れながら、優しく穏やかに少女を抱き寄せて背中をさする。
「まず何よりもこのことを謝るべきだったね……心配かけて本当にごめん。それから──ありがとう、迎えに来てくれて……本当に嬉しい」
そこから更に数分後、諸々がようやく落ち着いたところで、友奈は何もない無明の世界を見渡して呟く。
「そういえば私、帰り方とか聞いてないや……どうしよう、りっくん?」
「あらら、まあ友奈ちゃんらしいか。さっき、神樹様の光と一緒にイメージが流れ込んできたんだ。多分、今の俺ならいけるはず」
そう言うと陸人は友奈から少し離れ、足を軽く開いて両腕を構える。陸人お馴染みの変身の構えだ。
「りっくん?」
「ここはウジウジしてた俺が作った世界……なら、新しい俺に"変身"すれば、この空間ごと崩壊して外に出られる!」
思えば、陸人がこの言葉を戦闘の掛け声として選んだのはもう300年も前のことになる。当時は何の意識もしていなかったが、もしかしたらその頃から自分を嫌っていた陸人が無意識のうちに願っていたのかもしれない。
今とは違う自分に、胸を張れる自分に──
「──変身っ‼︎──」
新しい自分に変身したい。そんな思いを込めて、御咲陸人はこの言葉を叫び続ける。
これまでも、これからも──
ようやく逆転フェイズです。長かった〜……
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次回もお楽しみに