A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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最終章、前半戦終了。一区切りです。

天の神、ガドル、罪爐、そして……
実は陸人くんと付き合いが長いのは仲間より敵陣営だったりします。
 


300年の因縁

 灼熱の大地に剣戟の音と雷鳴が鳴り響く。毒花に力を吸い尽くされたガドルは、崩れそうな身体に喝を入れて未だに剣を振るっていた。

 

「……まだだ、まだ終われん……!」

 

「我が言うのも可笑しな話だが、汝も大概バケモノよな。核を抜かれた肉体(いれもの)は数秒で朽ち果てるはずなのだが」

 

「フン……何もかもが貴様の公算通りに進むわけではないということだ。俺も、あの男もな」

 

 陸人と友奈が消えていった球状の光。それを背にしたまま、ガドルは一歩も引かずに罪爐の攻撃を凌ぎ続けている。今の状況を客観的に見つめ直して、あまりのらしくなさに自分で笑ってしまった。

 

「ふむ、どうかしたか? 何やら嬉しそうに見えるが……」

 

「なに、一つ納得できただけだ。自分以外の何かを守るために戦うのは、これが初めてでな……」

 

 思えばあの宿敵はいつだって自分ではない誰かの命を背負って戦場に立っていた。どんな窮地においてもその瞳は光を失わず、理不尽を跳ね除けて大切なものを守り抜いてきた。

 

「これが、守るための戦いというヤツか。あの男は常にこんな心持ちで……なるほどな」

 

 ──勝てないわけだ──

 

 最後の部分は声にこそならなかったが、ガドルの中で積年の疑問が氷解していくような清々しい開放感があった。陸人と友奈を守るために剣を振るったこの戦いで、ガドルは大切な答えを一つ手に入れた。

 

 

 

 

 

 

「奇妙な奴よの…………む?」

 

「フッ……遅いぞ、愚か者め」

 

「──〜〜ぅおあああああっ‼︎」

「──ひぃやああああああっ‼︎」

 

 光の空間が砕け散り、その奥から2つの人影が飛び出してきた。2人は脱出の勢いを殺しきれず、前方で立ちはだかっていたガドルの背中を追い抜き、地面に落下。ゴロゴロと転がってようやく停止した。

 

「……いってぇ……戦線復帰する前に死ぬかと思ったぞ」

 

「あいたた……と、とりあえず無事に出てこれて良かったよ。ね、りっくん!」

 

 見慣れない勇者装束を纏った結城友奈と、御咲陸人──アギト・バーニングフォーム。かなりの消耗が見て取れるが、本来の調子の彼等が五体満足で現世に復帰した。

 

「出てくるにももう少しなんとかならなかったのか……締まらない奴だな」

 

「うるさい……なんでここにいるのかもよく分からん奴に言われたくないね」

 

 陸人の復活を確信していたガドルだが、無事に顔を見たことで少しだけ肩の力みが抜けていた。

 一方で"御咲陸人の魂"を完全に消したつもりでいた罪爐の驚愕は隠し切れるものではない。

 

「何故だ……何故、汝がここにいる? あれだけ丹念にすり潰して、何故まだ正気を保っているのだ?」

 

「俺1人だったら、多分お前の策に落ちてたよ。それだけよく練られた、俺のことを知り尽くした上での巧妙な手だった」

 

「そうだ、我は汝自身すら覚えていない頃から観察を続け、弱点を集め、精査に精査を重ねて追い込む筋道を……」

 

「そう、お前は執念すら感じさせるレベルで俺への対策を完成させた。だからこそ俺以外に向ける警戒が甘くなった。この時代で俺と出会った友奈ちゃん……彼女達が持つ強さにまで思考が回らなかった。それがお前のミスだ」

 

「ふんっ!……えへへ……」

 

 鼻を鳴らして胸を張る友奈だったが、アギトの無骨な掌で頭を撫でられた途端ほにゃりと破顔して頬を赤らめた。基本的に戦士としてのパーソナリティが完成した少女ではないのだ。

 

「仕方あるまい。予定は変わるが、まだ調整は効く。今すぐ全員叩き潰して、今度こそ戻らないように徹底的に責め堕として──」

「悪いがそりゃ無理な話だ」

 

「……異な事を言う。立っているのもままならない今の汝等になにができると?」

 

「あなたには聞こえない? みんな来てるよ」

 

 確信に満ちた笑顔の友奈。彼女が握っている端末が鳴り響く。

 

 

 

「──ちゃん! 友奈ちゃん、大丈夫なの⁉︎」

 

「友奈! こっちはどうにかなったわ、陸人の方は──」

 

 友奈の端末から仲間の声。無事に膠着状態から脱することができたらしい。

 

「東郷さん、みんな、私は大丈夫! それから……」

「心配かけてゴメン……御咲陸人、ただいま戻りました」

 

 端末を借りて陸人自身の言葉を乗せる。勇者部が求めてやまなかった、人を安心させる温かみのある声だ。

 

「──リク……リクなのね?」

「はふぅ〜、良かった……良かったよぉ……!」

「案外元気そうじゃない? 散々心配させてくれちゃって、まったく」

「素直じゃないわねぇ夏凜。とりあえず涙拭きなさい……また話せて、心からホッとしてるわ、陸人」

「さすが友奈さんです! 陸人さん、おかえりなさい」

 

「ああ。ゆっくり話したいところだけど、今ちょっと切羽詰まってるんだ……助けてくれるか?」

 

 

『──当然!』

 

 

 

 レーダーに表示される仲間達のマーカーがすごい速度で集まってくる。それに紛れて、勇者とは違う反応も同じく合流を目指して移動を始めた。

 

「おう陸人! 知らねえうちに記憶飛ばされて知らねえうちに戻ってたぞ! お前今度は何やったんだ?」

 

「聞きたいことは山ほどある……すぐに追いつくから、覚悟しておけ」

 

「鋼也……志雄……スマン、迷惑かけたな」

 

「……まあいいさ、お互い様だ」

 

「どうやら邪魔をしてしまっていたらしいしな。足を引っ張った分は働くさ」

 

 ギルス、G3-X、G2-X、防人。人類が持つ全戦力が、罪爐と陸人を目指して集結しつつあった。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、汝が常世に戻ったことで神樹の記憶封印が解けたのか。これではすぐにでも我は包囲されてしまうな」

 

「そういうことだ。追い込まれたのは、お前の方らしいぞ?」

 

「それは困った……流石に全員相手取るのは無理がある──我一人では、な」

 

 ──罪爐、お待たせしました──

 

 空間に響き渡る穏やかな声。陸人は堕ちていた頃に朧げながらこの声を聞いた覚えがあった。

 

「テオス、あんたが出てきたか!」

 

 ──ええ。ですが私だけではないのですよ。あなた方の馴染みの顔を連れてきました──

 

 テオスの声に合わせて、光無き壁外次元の空が裂けた。空間の切れ目から舞い降りてきた影は4人分。

 ひとつは長剣を握る獅子型の天使、地のエル。

 ひとつは大弓を携えた鷹型の天使、風のエル。

 ひとつはただの人間にしか見えない器に異界の神を宿した本物の神霊、テオス。

 そして最後の一体は──

 

 

 

「オイオイ、冗談じゃないぜ……!」

 

「馬鹿な……何故ヤツがここに?」

 

 

 

 胸部のど真ん中に風穴が空いた白衣の青年。火のエルの姿を模した天の神を小脇に抱えて降り立った異形。

 

 妖しいほどに白く、悍しいほどに白く、重苦しいほどに白い破壊の悪魔。

『ン・ダグバ・ゼバ』が、300年の雌伏を終えて現世に再臨した。

 

 

 

 

 

 

 

「アギト……ゴ・ガドル・バ……目障リナ邪魔者ガ揃ッテイルナ」

 

「その声、その口調……中身は水のエルロードか……!」

 

「ご明察。流石に汝と同等の規格外をそのまま蘇らせては厄介だからな。身体と能力だけを呼び覚まして、都合良く浮いた天使の魂を利用したのよ。ダグバの力を扱うには最低限エルロード程度の格は必要なのでな」

 

「今の彼はダグバにしてエルロード……"白のエル"、とでも称しましょうか」

 

 再構築したダグバの肉体に、水の天使の魂を込めて動かしている新たな脅威、白のエル。相性が致命的に悪いことを加味しても、最高状態の天の神を打倒したその実力は本物だ。

 

「そうか。先日の墓荒らし、バルバの身体を掘り返すだけにしては随分時間をかけていたとは思ったが……ダグバの因子を拾い集めていたのか」

 

「墓荒らし……そうか、あの遺跡から」

 

「その通り。言ったであろう? あの地には有用なものが()()眠っているとな」

 

 ガドルとダグバ。共に復活させられたグロンギという意味では同じだが、その内情には大きな差異がある。

 肉体が爆散したガドルは、魂だけ引き戻されて器は似た性質を持つマラークのものをあてがわれている。

 一方ダグバはその逆。制御が効かない魂にはノータッチで、あくまで力を利用するために肉体のみを復元している。

 ダグバがその力を振るった痕跡から残滓をかき集め、更に長い間封印されていた遺跡の墓土も用いることで完璧な形でダグバの肉体を再構築することに成功した。

 

 

 

 

 

「さて、形成逆転だ。ここから総力戦で邪魔者全てを潰すのは容易い……が、ここまで我の計画を狂わせてくれた汝等3人に関しては別。自らの手で捻り潰させてもらおうぞ」

 

 罪爐が指を鳴らす。大地が揺れ、轟音が鳴り響く。

 

「っ! これは……」

「気をつけろ……面倒なのが出たぞ」

 

 堕ちかけのアギトにとどめを刺した怪植物──曼珠薔薇が罪爐の背後に顕れた。歪な巨大植物は一瞬で周囲の土壌を掌握、合流を目指していた仲間達を分断するように太く頑強なツタで壁を形成。各々の行く道を遮断した。

 

「何この植物……斬れない!」

 

「飛んで越えようにも、絶えず伸長し続けているな……これでは推進剤の無駄遣いだ」

 

「貴様等如キデハ越エラレン」

「ココデ果テヨ……潔ク」

 

 更には足止めを食らった彼等を追撃するべく、地と風のエルロードが風縄で壁を超えて攻め込んできた。

 

「クッソが……園子、須美! お前らは何とかしてこの壁越えろ、コイツらは俺達で抑える!」

 

「何とか、って言われても……!」

 

「う〜ん、こっち側(わたしたち)だけじゃどうしようもないかもだね〜」

 

 風の矢が降り注ぎ、大地の刃がそそり立つ。勇者と防人とライダーが入り混じった歪な戦場は、とても合流などと言っていられる状況ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして壁の内側には罪爐と白のエルという最悪の組み合わせを前に、半死半生のライダーが1人、勇者が1人、グロンギが1人。戦力比がまるで釣り合っていない。

 

「白の、手を出すなよ。此奴等は我の客だ」

 

「……好キニスルガ良イ」

 

 絶え間なく足元から隆起してくるツタの奇襲。足元すら覚束ない3人は避けるので精一杯だった。

 

「りっくん! どうしたら……」

 

「手はある。あのバケモノ花とは散々やり合ったんだ、弱点は分かってる」

 

 半分意識がないまま戦っていた前回はそこを突くことこそできなかったが、三日三晩も競り合えば急所の当たりくらいはつけられる。そして白のエルが完成したことで増長している今の罪爐には、そこを狙えるだけの精神的な隙があった。

 

「ガドル!」

 

「……チッ」

 

 陸人の呼びかけに不承不承ながら従ったガドルが極大の雷を落とす。雷光と爆風で距離を取ったアギト達。デコボコだらけの即席トリオにとって、あまりにも短くとても貴重な作戦タイムを確保した。

 

 

 

「時間稼ぎか……無駄な努力がよほど好きらしいな」

 

 曼珠薔薇の触手の一振りで煙が晴れる。視界が開けた先には、フラフラの身体を互いに支えるように寄り添うアギトと友奈。2人の前に立つガドルが剣を構えていた。

 

「頼むぞ……ガドル」

 

「お前がこの期に及んで的外れなことを言うとは思っていない。この場はアテにしてやろう」

 

「クハッ、愉快愉快! まさか汝等が並んで我に歯向かう姿を見れようとはな!」

 

「そうか。こちらとしては貴様の笑い声はイチイチ不愉快で堪らんのだが」

 

「それはすまんな! だが直す気もない、諦めてくれぬか?」

 

「ならばその声、2度と聞けないようにするまでだ!」

 

 突貫するガドル。対する罪爐は一歩たりとも動くことなく、攻防一体のツタを生やして雷剣と撃ち合う。明らかに動きが悪いガドルの剣は、そこまで速くない薔薇の防御ですら捌き切られてしまう。

 

「ほれ、どうした? 戦いの腕しか自慢のない汝が得意分野ですら我に劣ってはおしまいだぞ」

 

「チィッ……だったら!」

 

 バックステップで距離を取ったガドルが剣先を地面に突き立て、地表の下から雷撃を流し込む。前面に広がったツタの防壁を掻い潜り、罪爐の足元から稲妻が炸裂した。

 

「悪くない手だが、見え透いているな」

 

 正面から仕掛けた奇襲攻撃。当然罪爐も見切ってくる。大きく飛び退くことで大地から生えてくる雷撃を避けた罪爐。その優美で余裕ある姿を見据え、ガドルは小さく鼻を鳴らした。()()()()()()()()()()()敵への嘲笑を込めて。

 

 

 

「「──おおおおおああああああっ‼︎」」

 

「なんだと……⁉︎」

 

 後方に控えていたアギトと友奈が突撃。飛び上がった罪爐の下を潜り、曼珠薔薇の本体に一直線に走り抜けた。硬く指を組んで繋がれた手から、溢れんばかりの光が迸る。勇者とアギトの共鳴(レゾナンス)が発動。更に力を増したアギトと大満開の友奈の光は、これまでとは比較にならない破邪の力を宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの花の弱点は正面足元、根に当たる部分だ。毒を撒く上で必要なのか、あの部分だけ防御が薄い。今の俺達でも共鳴すれば破れるはずだ」

 

(無防備過ぎる無謀な賭けだが……)

 

「なんで罪爐はあんなデカブツ呼び出しておいて、わざわざ自分が前に出てると思う?」

 

(お前の言うことにも一理ある)

 

「あの位置に踏ん反り返ることで、弱点への攻撃を防ぐためだよ」

 

 己の力を誇示するように仁王立ちを続けていた罪爐。曼珠薔薇の巨体を背にしたプレッシャーは相当なモノだった。だが、もしそれだけではなかったら。視覚的な意味以上の理由があるのだとしたら。

 

 陸人は自分の直感を信じている。

 友奈は元から陸人を疑うようなことはない。

 ガドルはそんな2人の迷いない眼を見て、かつて自分を打ち破った西暦の英雄コンビを思い出して口を閉じる。

 わずか数秒の作戦会議で、一点突破に全てを賭けることが決まった。

 

「行け……結城、アギト!」

 

 

 

 

 

 

 

「勇者は根性!」

「燃えろぉぉぉっ‼︎」

 

 手を繋いで駆け抜けるアギトと友奈の周囲に炎が立ち昇る。2人を包んで燃え盛った炎は、やがて1つの巨大な拳を形作っていく。

 狙うは薔薇の根、ツタの防御が届かない絶対の急所。太陽よりも熱く眩い拳が唸りを上げる。

 

 

 

 

「勇者──!」

「──ダブルッ!」

 

「──パァァァァァァァンチィッ‼︎」

 

 

 

 

 

 重ねた拳に炎が集い、巨大な火拳が風穴を開ける。友奈とアギトの共鳴奥義(レゾナンスアーツ)──『バーニングストライク』が炸裂した。

 

「……ぅあっ……もう、身体が……」

「──つぅっ! やれた、のか……?」

 

 薔薇を貫いたところで電池が切れたように力尽きて倒れ伏す2人。足元に巨大な空洞ができた曼珠薔薇は、それでもまだ触手を蠢かせて敵を狙う。

 

「そんな……!」

「マズい、まだ……友奈ちゃん!」

 

 立ち上がれない身体で覆いかぶさるようにして友奈を庇う陸人。死を覚悟した瞬間、視界が真っ赤に染まった。大噴火レベルの業火が、瞬く間に薔薇の巨体全てに燃え移る。

 

「馬鹿な……我の曼珠薔薇が……?」

 

「フン、まあ及第点といったところか」

 

 "バーニングストライク"……拳の突破力と煌炎の火力。効果の異なる2つの威力であらゆるものを破壊し尽くす必殺技。

 周囲に張り巡らせたツタまで燃え盛り、跡形もなく消えていく。

 一晩で星をひとつ落とせるだけの猛毒を秘めた巨大な毒花は、その全てを浄化するかの如く眩く燃え盛る煌炎に包まれて焼失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者達を分断していたツタの壁にもあっという間に炎は燃え移り、全てが焼き尽くされていく。

 

「何……?」

「出シ抜カレタカ、罪爐メ」

 

「──今! 行くよわっしー!」

 

「ええ! 友奈ちゃん、リク!」

 

 仲間のフォローを受けて園子と美森がエルロードを突破、動けない友奈とアギトの元にやっと辿り着いた。

 

「リク、リク!……あぁ、良かった……!」

 

「お帰り、りくちー。とにかく今は逃げるよ」

 

「ああ……美森ちゃん、園子ちゃん……ありがとう」

 

 涙を堪え切れていない美森と、心から安堵を浮かべている園子。陸人は改めてどれほど心配をかけたのかを思い知った。それでも謝罪より先に感謝の言葉が出るあたり、少しは成長したのかもしれない。

 

「よっし、回収したら即撤退よ! 2人の安全確保が最優先!」

 

「こちらも勇者部に合わせるわ! 防人各員、遅滞戦術で追手を引き付けなさい!」

 

 

『──了解!』

 

 

 

 勇者部部長と防人隊隊長の指示の下、全員が動き出す。アギトを園子が、友奈を美森が抱えて一直線に結界方向へ撤退。残る勇者と防人達は分散して壁を作り、捕まらない距離を保ちつつ徐々に後退していく。

 

殿(しんがり)は僕と……」

「──俺が引き受ける!」

 

 それぞれのエルロードと浅からぬ因縁を持つギルスとG3-Xが最前線に立つ。人類の総力をもって、最大貢献者たる2人を守る撤退戦の構えを敷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如何しますか? 今からでも追えば潰せるでしょうが……」

 

「ふむ、そうだなぁ……」

 

「……さ、せ……るか……!」

 

緊迫感のない声で唸る罪爐の目前に、焔の鎖が延びてきた。罪爐、テオス、白のエルをまとめて縛り付けて動きを封じた。白のエルに足蹴にされたままの天の神の権能だ。壁外は全てが天の神の領域、この程度の小細工は指一本動かさずとも可能だ。

 

「おやおや、まだこれだけの余力があったのか。流石にこの世界の主神、底が知れぬな」

 

「あの者達を追おうというならば……もうしばらく私と踊ってもらう……!」

 

「……そうだな。かつての盟友に免じて、今回は我の負けとしておこう。地のと風のにも適当なところで切り上げて戻るように伝えてくれ」

 

 テオスに判断を仰がれた罪爐は、一瞬熟考した末に戦線の引き上げを決めた。らしくない消極的な判断に、白のエルが驚いたように声を上げる。

 

「……良イノカ?」

 

「どの道アギトを奪還された時点で計画変更を余儀なくされた。混迷した現状でただ殺しても我が得られる旨味は少ない。ならばもう一度状況を整えてから仕掛け直したほうがこちらの取り分は多くできる……楽しみは後に取っておく、ということよ」

 

 アギトが自我を取り戻したことも、ただの勇者が呪いのエクリプスを打倒したことも罪爐の予想外だったのは確かだ。しかしそれでも予定を修正することで対処可能な範囲の誤差に過ぎない。

 罪爐は完全に一本取られてもまだ、その気になればいつでも潰せると確信していて、それを裏付けるだけの力を持っていた。

 

「奴らには相応しい舞台を用意して、華々しく散らせてやろう。闇夜に浮かぶ花火のように、なぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、ここまで来れば」

 

「ここは……観音寺港だね〜。救助の連絡しま〜す」

 

 人気のない波止場に降り立った勇者達。一目散に結界内を目指したこの4人はとりあえず無事に帰還できた。

 

「友奈ちゃん、大丈夫?」

 

「うん。変身解いたら随分楽になったよ。やっぱりあのすごい満開みたいなのはあんまり身体に良くないみたい」

 

 安全な結界内に飛び込むと同時に友奈の大満開は解除された。溢れる勇気で道理を踏み倒した奇跡の最強形態は、いくら友奈でも長く保てるものではない。

 

「リクの方は……変身、解かないの?」

 

「……あーいや、ちょっとね。大丈夫、さっきより楽になってきたよ」

 

 コンテナに寄り掛かった疲労困憊の状態でありながら、陸人は変身を解除しようとしない。何かやり残しがあるのか、人の姿に戻ることに懸念があるのか。

 

「っ! アレは……」

 

 美森が何かを問おうとしたところで、人間とは違う異形の足音が近寄ってくる。勇者達の前に出て結界まで誘導してきたガドルだ。

 

「あのアンノウン、どういうつもりで……」

 

「あ、大丈夫だよ東郷さん。あの人……でいいのかな、は悪い人じゃなくてね。私も助けてくれたし、ガドルさんがいなかったらりっくんは取り戻せなかったんだから」

 

 警戒して銃を取り出した美森を宥めて友奈が駆け寄る。ガドルの消耗も相当なものだが、異形由来の回復力か、彼個人の意地か、表面的にはピンピンしているように見えた。

 

「ガドルさーん! 大丈夫ですか?」

 

「問題ない。お前の方も……思った以上に元気そうだな」

 

「はい! おかげさまで。本当にありがとうございました。ガドルさんが手伝ってくれなかったらどうなってたか……」

 

 ペコリ、と折り目正しく頭を下げて感謝の意を示す友奈。どこまでいっても怪物でしかない自分にここまで好意的に接してくる少女に、思うところがないわけではない……が、それだけだ。

 今やるべきことは決まっていて、ガドルに今さらそれを覆すことはできない。

 

「……感謝していると言うならば、行動で返してもらおうか」

 

「はい!……えっと、何をすれば?」

 

「今から()()がすることに一切の手出し口出しを禁ずる。ただ黙って成り行きを見ていれば良い」

 

「……え? あの、ガドルさん?」

 

「案ずるな……お前達にとって悪い結果にはならんだろうさ」

 

 あまりにも一方的で不穏な物言いに友奈も眉を潜める。そんな彼女の頭にポンと手を置くと、固まった友奈を置いて歩き出した。

 

「っ! 何か用……ですか?」

 

 真っ直ぐにアギトに向かって歩み寄るガドル。美森は未だ立ち上がれないアギトを抱き寄せるようにして庇う。戦場から離れたこの場において、剣を手放さない目の前の異形を信用できなかった。

 

「お前ではない。用があるのはいつまでも蹲っている愚か者の方だ」

 

「だから! リクに何の用だって聞いているのよ!」

 

 銃まで抜いて臨戦態勢に入る美森。ガドルはそんな美森の形相も意に介さず、鋒をアギトの首元に突きつけた。

 

 

 

「約束の時だ……立て、アギト」

 

「………………っ!」

 

 ── 1対1で勝負だ……ガドル──

 ── 次は必ず勝負を受けると約束する──

 

 

 

「何を……何を言ってるの! リクが戦える状態じゃないって、あなたの方がよく分かってるでしょう⁉︎」

 

「そうだな。普通ならまず戦えん……だがコイツは違う。いくつもの不可能をひっくり返してきた本物の超越者だ」

 

「だからって! そんなに戦いたいなら互いにもっと万全の状態であるべきじゃないの?」

 

「確かにそれが一番望ましい形ではあるがな。だがお互いの消耗度合いは似たようなものだ。対等な条件、と言えないこともない」

 

 どんな言葉も今のガドルを止めるには至らず、意識が飛びかけているアギトは何の反応も示せない。

 動かないアギトを急かすように、ガドルは剣を振り上げて──

 

「……チッ……」

 

「やめて! 今のりくちーにあなたの相手は無理だよ」

 

 周囲の警戒と連絡のために離れていた園子が、割って入ってその一撃を食い止めた。

 

「そんなに戦いたいなら、私が相手になるよ〜」

 

「貴様では代わりにならん……いや、誰であっても代理は務まらん。俺を満たせるのはアギトただ一人」

 

「どうしても今じゃなきゃダメ?」

 

「急ぐ理由がある。俺にもアギトにもな」

 

「それはどういう意味かな〜?」

 

「教える義理はない」

 

「そっか、ならごめんね〜、それは聞けない──」

「いいよ、園子ちゃん」

 

 構え直した園子の肩に熱を持った力強い手が乗せられる。ようやく呼吸を整えたアギトが、自分の足で立ち上がってきた。

 

「りくちー……」

「ダメよリク! あなたは今……」

 

「園子ちゃん、美森ちゃんもありがとう。俺は大丈夫だから退がっててくれ」

 

「フン、その気になったか」

 

「分かってるよ、ガドル。アンタもう時間がないんだろ?」

 

「…………」

 

 図星を突かれて黙り込む。存在の核を罪爐に抜き取られたガドルは、鍛え上げた後天的な力でなんとか存在を維持している状態だ。もってあと数時間。お互いの回復を待っていては、再戦の機会は永遠に失われることになる。

 

「言われなくても承知してるさ……俺から言い出して交わした約束だからな」

 

 足を引きずるようにして拓けた場所に進むアギト。波止場の中央で振り返り、カリバーを召喚して大きく構える。

 

 

 

 

「いいよ、やろうか……ガドル!」

 

「ハッ……それでこそだ、アギト!」

 

 万の言葉を交わすよりも、一度剣をぶつけた方がよほど多くを分かち合える。それが戦士という生き物だ。

 

 

 

 

 

 

 

「戦う前に教えておいてやろう」

 

「何をだ?」

 

「罪爐の言う『計画』とやらについてだ。奴は俺のことを"特別誂え"、"実験体"などと称していた。俺と同様に興味の視線で奴が観察していた対象はいくつかあった。その内特に目をつけていたのが俺ともう一人……大社での戦いで黒い鎧を纏っていた娘だ」

 

「……沢野、香さんのことか」

 

「それが何を意味するのか、奴の目的にどう関わるのかは知らん。だがお前の仲間には頭の切れる者もいるのだろう。情報は有効活用できる者に回すべきだからな」

 

「やけに親切だな。痛めつけられた時に頭でも打ったか?」

 

「なに、奴があまりにも気に食わなくてな。ほんの嫌がらせと、単なる気まぐれだ」

 

「へぇ……らしくない──なっ!」

 

「ああ、まったく──同感だ!」

 

 同時に踏み込み、得物を振るう両者。最後の決闘は唐突に火蓋を切った。

 短くない時間、呪いに犯され続けたアギト。存在が危ぶまれるほどに力を奪い取られたガドル。

 

「ここからは正真正銘の決闘だ! 一切の容赦は無用!」

 

「そんなもの……最初からアンタに期待しちゃいないっての!」

 

 死に損ないと言っていいほどに追い詰められた戦士2人の意地が、晴天の下で激突する。

 

 

 

(凄い、いざとなったら横入りしてでも止めるつもりだったけど……)

 

(止めなきゃいけないのに……言葉が出てこない。引き金も引けない。リクがこの決着を心から望んでるのが分かる……!)

 

(りっくん、ガドルさん……)

 

「──だぁぁりゃぁぁぁぁっ‼︎」

「──ヌォォォォォォォォッ‼︎」

 

 爆炎が舞い散り、紫電が迸る。一合ごとにどちらかに傷が増え、その度に2人の勢いはさらに増していく。

 

「やはり貴様は強い! この強さは貴様が貴様であるからこそ、なのだろうな……!」

 

「どうした? 今日は随分らしくないことを言うじゃないか! 殊勝なアンタなんて気味悪いだけだぞ!」

 

「ハッ! そういう日もあるのだろうさ、なにせ今は気分がいい! これほどまでに心躍る戦いは300年ぶりだからなぁ‼︎」

 

「チッ……俺はつい最近もアンタと本気で潰し合ったばっかりだ! いい加減にしてくれよこの戦狂いがぁぁぁ‼︎」

 

 殴り、斬り、投げ、蹴る。力技の応酬で僅かな体力をすり減らしていく両者。ほぼ互角に見えた撃ち合いは、バーニングカリバーの刃が断ち斬られたことで終着した。

 

「──なにっ⁉︎」

「もらったぁぁぁ!」

 

 身を縮めた低い体勢から懐に飛び込んだガドル。膨大な量の紫電を纏った渾身の斬り上げでアギトを大きく吹き飛ばした。その破壊の規模は凄まじく、遠く離れたタワークレーンが雷撃の余波だけで大破してしまった。

 

 

 

 

 

「……あーいってぇ……やるじゃないか、ガドル」

 

「ハァ……ハァ……貴様、本気を出さずに終わる気か。容赦は無用と言ったはずだ」

 

「……何のことだ」

 

「あの光の姿……あれが最強のアギトだろう。あれを使えば、少なくとも今の一撃くらいは避けられたはずだ。これだけ動ければ使えないほどに消耗が重いというわけでもあるまい」

 

 流石の洞察力で陸人の図星を的確に突いてくる。なんだかんだと非常に長い付き合いだ。陸人が奥の手をあえて切っていないことも、その理由も分かっていた。

 

「貴様のことだ。手助けを受けた俺に対して情が湧いているのだろうが……ふざけるなよ、アギト。俺がこんな状況でも仕掛けたのは、本気の貴様と戦うためだ。そんな腑抜けを斬るために重い身体を引っ張ってきたわけではないぞ」

 

「ガドル……」

 

「俺がお前達に協力したのは、本来のアギトと雌雄を決するためだ。断じてお前の仲間や人類に対して何かの感情を抱いたりはしていない」

 

「ああ、そうかい……」

 

「忘れるなよ、アギト。目の前にいるのは人類の敵、世界の敵……そして何より、お前の敵だ」

 

 迷いなきガドルの戦う理由。そんな宿敵の姿に、アギトは戦士としての在り方の理想を見た。覚悟を決めて、深呼吸を一回──自分の内にあるスイッチを切り替える。

 

「上等だ……本気で潰すぜ、ガドル‼︎」

 

 太陽の光を集め、肉体の表面が剥がれ落ちていく。内に秘めた白銀の装甲。アギトの真なる最強が、その封印を解き放つ。

 

 

 

 アギト・シャイニングフォーム──解放。守るべきものを守るために、世界が認めた光輝のアギトが三度降誕した。

 

「こうなったからには時間はかけられない……いくぜ?」

 

「そうだ来い! その輝きを今度こそ──」

 

 言い切るよりも早く、その姿が消える。一瞬の後、気づけばガドルは積み上げられたコンテナに叩きつけられていた。

 

「ガッ……ハッ……⁉︎」

(馬鹿な……前回よりも更に速いだと⁉︎)

 

 ガドルも無策で再戦を挑んだ訳ではない。身体に染み付いた前回のシャイニング戦の記憶をもとに、打倒するために一から自分を鍛え直してきたのだ。

 

「遅いんだよっ!」

「──グッ、ヌアアアッ‼︎」

 

 真上から飛んでくる白銀の閃光。稲妻を宿すことで飛躍的に引き上げた反応速度は、本物の光速には及ばず一方的に攻め立てられていく。

 

「悪いな、だんだん調子良くなってきたぜ!」

 

(この成長速度……そうか、罪爐の力を秘めていた影響で……!)

 

 罪爐の呪いを受け続けた期間は約2週間。それだけあれば、陸人の魂に許された神性の許容量も桁外れに膨れ上がる。今の陸人は元来神霊の力であるアギトの能力を、大元のテオスにも劣らぬ階梯にまで引き出すことができる。

 

(やはり、そうでなくてはな……アギト、貴様と戦うことで確信に至った)

 

「さっきのお返しだ!」

 

 上空に逃れたガドルの背後に回ったアギトが、重ねた両拳を振り下ろして叩き落とした。ほぼ垂直に落下したガドルは、その衝撃で舞い上がった土煙に呑まれて姿を消した。

 

 

 

 

「フゥ──……出てこいよ、ガドル。この程度で終わるアンタじゃないだろう?」

 

「──無論ッ‼︎ まだ終わらん……終われんのだっ‼︎」

 

 雷の柱が立ち昇り、煙幕を斬り拓いて光を放つ。残る力を全て注いだガドルの必殺剣『雷迅閃』の構え。

 神速のアギトに対してガドルが選んだのは、最短最速で相手に届く一点突破の型──"突き"の雷迅閃。引き気味に右手で剣を握り、鋒に左手を添えて正面に向ける。

 正面以外からは隙だらけのこの構え。陸人が真っ向勝負を受けると確信していなければできない、後先を無視した攻め一辺倒の背水の陣。

 

「我が全霊の一撃をもって、貴様との因縁に終止符を打つ……来い、御咲陸人‼︎」

 

「いいだろう、これで最後だ……ゴ・ガドル・バ‼︎」

 

 対抗するようにアギトも真正面で構える。脚を開いて腰を落とし、アギトの紋章が前方に広がる。ガドルの覚悟に対する返礼として、今のアギトが誇る最強の必殺技で受けて立つ。

 

 

 

 

「おぉぉぉぉ…………りゃぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

「──貫けぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

 

 

 アギトの『シャイニングライダーキック』とガドルの『雷迅閃』が正面から衝突する。一瞬の拮抗の直後──

 

(やはり、届かないか……)

 

 莫大な威力を秘めた雷刃は白銀の波濤に触れた瞬間、砂糖菓子のように呆気なく噛み砕かれ、ガドル本人もろとも呑みこまれた。

 シャイニング最強の必殺技を胸に受けたガドルは、全力で真後ろに弾き飛ばされて背後に広がる海に落下。全ての力を出し切ったまま、水底に沈んでいく。

 

(これでいい。決闘は敗れたが、俺が得た結論は正しいことが証明できた)

 

 三度の生の全てを戦士として生きてきたガドル。彼はその生涯の中で数多の勝利といくつかの敗北を経て、一つの結論に至った。

 

("自分以外の命を背負って拳を握る者"こそが真に最強の戦士。俺には終ぞ辿り着けなかった境地に、奴はいる)

 

 彼が得た結論は、護る戦いこそが戦士の極地という真理。つまりは陸人の生き方こそが最強であるという答え。ガドルは自分を完全に負かしたあの少年こそが誰より強いと確信していた。

 

(ならばこの先も……罪爐との決戦も必ず奴が勝つ。俺を倒した者が誰よりも強い戦士だった。そう思えば、悪くない終わりだろう)

 

 海の底から空を見上げる。水面越しに映る太陽は、今まで気にも留めなかったことを悔やむほどに眩く美しく輝いていた。

 

(そうだ……自分を取り戻させてくれた借りは返せた。最強の戦士に引導を渡された。偶然得た仮初の命の終着点としては──……)

 

 決して届かないと知りながら天上の光に手を伸ばし、そして──

 

 

 

「悪くなかった……愉しかったぞ、御咲陸人!」

 

 

 

 超常の力が蓄えられたガドルの肉体が爆発四散。間欠泉のような勢いで海面が盛り上がり、極地的な海水の雨を降らせた。

 

 

 

 

 

 

「……りっくん、大丈夫?」

 

 ガドルの爆発を見届けたまま動かないアギトの後ろ姿に、友奈が遠慮気味に声をかける。どこか遠くに想いを馳せている彼の背中が、どうにも見ていて不安になってしまった。

 

「アイツは、さ……」

 

「うん」

 

「ガドルとは西暦の戦場で初めて出会ったんだ──」

 

 そこからアギトはポツポツとガドルとの縁を語った。改めて口にすることで、戦ってばかりの関係だったと再認識する。それでも、どうしてか懐かしくて物悲しくなってしまった。

 

「ガドルさんが戦う前に言ってたの。悪い結果にはならない、って。もしかしてだけど……」

 

「ああ。あの戦狂いが負けるつもりでふっかけてきたとは思えないけど……でも、実力差に気づけないようなバカじゃなかったはずなんだ」

 

 もしかしたら、ガドルは神世紀の世に自我を取り戻した時に何かを決めたのかもしれない。陸人に借りを返すため。自分の運命を弄んだ元凶に一泡吹かせるため。

 理由はたくさんある。きっとそこには、かつてのガドルの全てだった戦闘と強さへの渇望以上に優先した何かがあったはずなのだ。

 

「悪い人、だったのかな。私にはよく分からないけど」

 

「どうだろう。少なくとも俺はアイツのせいでロクでもない目にあった思い出はたくさんあるよ……でも、今俺がこうしていられるのは間違いなくアイツのおかげでもあるんだ」

 

 ガドルが最後の一撃を放った場所に、彼が握った剣が落ちている。あまりにも強い思念を注いだその剣は、使い手が果てた後になっても変わらずその形を保っていた。

 

「決闘に応じたことに後悔はないんだ」

 

「うん」

 

 ガドルと戦ったことは後悔していない。それを悔やむのは、彼との約束を踏みにじる行為だから。

 

「アイツを倒したことにも後悔はないんだ」

 

「そっか」

 

 ガドルを倒したことにも後悔していない。それを悔やむのは、決着を望んだ彼を侮辱する行為だから。

 

「それでも……それでも何かが違えば別の結末があったんじゃないか、って思ってしまうのは……自分で思ってるほど覚悟ができてなかったってことなのかな」

 

 拾ったガドルの剣を握り締め、倒した宿敵を思うアギト。刃に肉が食い込むほどに力を込めていくその手を、友奈の暖かい両手がそっと包み込む。

 

「違うよりっくん。それは弱さじゃない。あなたはどんな相手にもその心に寄り添って考えることができる。誰かのために戦うりっくんの、その優しさは強さだよ」

 

「そう、か……じゃあ、もしかしたら仲間になれたかも、なんて未来を思うことくらいは……アイツも許してくれるかな」

 

「きっと許してくれるよ。だってガドルさん、りっくんのことちゃんと理解してくれてたもん。もしかしたら、私達以上に」

 

 決着がついた後になって、ガドルの心の断片に触れた陸人。

 戦士としての一面に限れば、誰よりも陸人を理解していたガドル。

 彼らのような関係こそが"好敵手"と呼ぶにふさわしいのだろうと、友奈は頭に残った手の感触に想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……ガドルが逝ったようだ」

 

「そうですか。アレも予定を超えてかなり長持ちしましたね」

 

「まったくだ、愉快な生命だったよ……」

 

 故人を悼む、などという感傷は罪爐にはない。ただ見ていて面白かった玩具が壊れたような、無機質な喪失感があっただけだ。

 

「さて、次はアギトだ。奴に仕掛けた爆弾は健在、まだまだ楽しませてもらおうではないか」

 

「爆弾、ですか?」

 

「ああ。奴は自身に仕込まれた危険因子は全て取り除いたつもりだろうが、まだあるのだよ……手付かずのとっておきが、ひとつだけな」

 

 罪爐から見ればこの世の全ては等しく玩具に過ぎない。それをどう利用して計画を果たすか、その過程でどう愉しむか、それにしか興味がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……あの、りっくん?」

 

「りくちー、どしたの〜?」

 

(なに? この悪寒は……)

 

 変身したまま黙りこくってしまったアギト。呼び掛けられても反応を示さず、肩に触れても微動だにしない。流石に奇妙に思った友奈が強く肩を揺すると──

 

「…………ゥ、ァ……!」

 

「──え?」

「リク?……リクッ!」

「りくちー、どうしちゃったのりくちー⁉︎」

 

 全身の力が抜けたように(くずお)れて人間の姿に戻った陸人。その身体は、中心から左半分が祟りの黒い痣に染め上げられていた。

 

「──ッ、────ッ‼︎」

 

「りっくん! しっかりして、こっちを見てよりっくん!」

 

「落ち着いてリク! 呼吸がうまくできてないわ、大きく息を吸って!」

 

「なんだろこの痣、すご〜く良くない感じ……!」

 

 焼き付くような黒い呪印が陸人の身体を蝕んでいく。筋肉が痙攣し、肌は蒼白に染まり、呼吸不全の上に焦点も合っていない。

 

(やっぱりな……あの罪爐が、ただで帰してくれる訳がない、か……)

 

 自分を呼ぶ少女達の声も遠くなり、その顔も見えなくなっていく。神経の半分が閉ざされていく感覚を最後に、陸人は意識を彼方へと飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(陸人様……陸人様……!)

 

 大社本部、会議室。上里かぐやは1人で使うには広すぎる部屋の中を忙しなく歩き回り、報告を待っていた。全員の帰還こそ確認したものの、肝心の陸人の状態があまりに不穏だったのが恐怖を煽る。

 

「かぐや様、御咲様の処置が完了したそうです!」

 

「そうですか! それで、陸人様の容体は?」

 

 滑り込むように急いでやってきた篠原真由美。焦りと悲しみが入り混じった側近の表情に、かぐやの不安が加速する。

 

「御咲様は……あの方は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(りっくん……りっくん、りっくん!)

 

 最低限の応急処置を受けた友奈は本部の廊下を走っていた。自分よりもずっと重篤な状態で運び込まれた陸人の様子が気になって仕方なかった。

 

「──みんな!」

 

「あ……友奈……」

「友奈、さん」

 

 陸人の病室の前に、勇者部の仲間が揃っていた。犬吠埼姉妹の表情は悲嘆に染まり、夏凜は抑えきれない憤怒を壁を殴りつけて晴らすばかり。美森に至っては園子の胸を借りて咽び泣いていた。

 

「クソ……クソッ、クソッ、クソォッ!」

 

「……グス……ぁぁぁ……!」

 

「わっしーは私が見てるから、ゆーゆは入って……辛いだろうけど自分の目で見なきゃいけないと思うから」

 

「……うん、分かった。りっくん、入るね?」

 

 覚悟を決めて、病室のドアを開ける。カーテンの奥に設置されたベッドの上には、友奈の想像を超えた悲痛な姿の想い人が眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの方は現在、身体のちょうど半分。左半身を人ならざる力で侵されています。今は侵食速度が落ちていますが、完全には沈静していません。長く見積もっても一月、それ以上経てば肉体全ての機能が停止するものと……」

 

 顔、胸、腕、脚。その全ての左半分が包帯に覆われ、その奥で少しずつ呪印が範囲を広げていく。肌が焼けるような鼻につく匂いと、ほんの微かな燃焼音が、今も侵食が続いていることを物語っている。

 

「筋組織や骨格は表面上形を成していますが、内面の組織は溶けたような状態に変わっていて、自発的な運動は不可能らしく……」

 

 骨や筋肉が正常な形を保てなくなり、指先や関節が不自然な方向に折れ曲がっている。しかもその形に痛みや違和感もないのか、脱力した姿勢からピクリとも動かない。

 

「内臓機能も半分近く停止しています。今は神樹様の光でなんとか生命を繋いでいますが、血液は通らず、酸素も行き届かず、分泌系も作用していないとのことです」

 

 首が据わらず傾いた顔も生気が薄く、左眼を覆った部分の包帯には赤黒い血が滲んでいる。息を吸ってはいるが、呼吸音は小さく胸もまったく動いていない。

 

「直前まで変身して戦闘を行なっていたことから、おそらくアギトになれば問題なく動けるものと思われますが……人間としての御咲様の身体は、治癒する術が見つからないとの報告がありました」

 

 

 

(そんな……そんなことって──)

 

 あまりの凄惨な状態に、友奈が膝から崩れ落ちた。こんな姿にするために陸人を連れ戻したのではない。ほんのひと時心が参ってしまった、ただそれだけでこんな罰を受けねばならないというのか。

地面に手をつき、ボロボロと涙を零す。その落涙を、嘆きの声を、止められる者は誰もいない。

 

「……うああああぁぁぁぁっ‼︎」

 

 その悲痛な叫びを止められる暖かい手の持ち主は、地獄の辛苦の真っ只中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




精神的に立ち直ったと思ったらこれだよ!

ちなみに……ガドル閣下が勇者達を港に誘導したのは自分の爆発による被害を抑えるためです。最後の必殺技の撃ち合いの際にも、それを意識して位置取りしていたりします。
中だるみしたり暗くなったりしがちな本作を長く盛り上げてくださった閣下に……敬礼!


今年も応援ありがとうございました。次週は年始の予定があるので投稿できないかもしれません、スミマセン……

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに

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