A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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色々あって昨日は投稿できなかったので24時間後に更新です。年度内にどうにか区切りをつけたいところ……!
ボス戦手前のセーブポイント的な。
 


宣戦布告

「見た目ほど辛くはないんだ。まあ降って湧いた休暇とでも思って休ませてもらうよ」

 

 激動の1日が終わり、陸人は翌日にはケロっとした態度で笑っていた。その笑顔も半分包帯で隠れていたせいで勇者部を安心させる効果はなかったが。

 

「感覚はないし動かないけど、それでも無事な右側はなんともないんだ。変身してみたらちゃんと動けたし、なんとかなるさ」

 

「……アンタがそう言うなら私らは信じるけど、痛みとか苦しさとかあったら絶対に隠すんじゃないわよ。いつ何が起こるか分からないんだから」

 

「それは、はい……今回の件で自分がどれほど周りが見えてなかったか身に染みて分かったので。ちゃんと相談しますよ」

 

 口や頬も麻痺が入っているのか、ほんの少し話し辛そうにしている陸人。本人の態度とは裏腹に、身体の半分を包帯やガーゼで覆われた様は悲惨の一言に尽きる。

 

「りっくん、無理して笑ってない? 本当に大丈夫?」

 

「アッハハ、自業自得とはいえ信用ないなぁ俺」

 

「あ、いや……そんなつもりは」

 

「大丈夫だよ。むしろ昨日よりずっと気分がいいんだ」

 

 半身が焼かれていく様子を目の当たりにした3人、特に直前まで隣にいた友奈の憔悴ぶりは凄まじい。目が合うだけで泣きそうな顔になる彼女はとても見ていられなかった。

 上体を起こすこともできなくなった陸人は、ベッドを起こすことで前傾になって右腕を伸ばす。

 

「視界は半分になったけど、すぐそばにある大切なものはちゃんと見えてるから……手を伸ばせばそこにいる、目の前の君に焦点が合ってるから」

 

「──……っ」

 

 友奈の頬に手を添えて、にじむ涙を指先で拭う。一つしか使えなくなった瞳で、手で、それでも何度でも救い続ける。身体がどうなろうが、彼のやることに変わりはない。

 

「……あ、あああのっ! りっくん喉乾いてない? ちょっと下で飲み物買ってくるよ!」

 

 至近距離から微笑みかけられて照れたのか、友奈は顔を真っ赤にしてパタパタと病室を出ていった。

 

「どうしたんだ、アレ?」

 

「さあね〜?」

 

「自分の胸に聞くと良いんじゃないかしら?」

 

 手を伸ばしたままの不格好な体勢でキョトンと固まる陸人。不意打ちで乙女心を引っ掻き回す誑しヤローを見る仲間達の視線は冷たい。

 

(なーんか、前より素直になった分余計に厄介な男になったわね。陸人のやつ)

(うーん、良い傾向なのかもしれないけど……ますます荒れそうだなぁ、争奪戦)

(まったくスケコマシめ……いいかげん自重してくんないと学校で何故か私が苦労するんだから勘弁してほしいわ)

 

 半身を失っても笑顔を欠かさない陸人。そんな彼につられて、少しずつ勇者部は明るい雰囲気に上向いていく。昨日までよりはずっとマシな状態だった。

 

 

 

 

 

 ──四国400万の全国民に告げる。我が名は罪爐……汝等の平穏は間もなく終わる──

 

 

 

 

 そんな日常を打ち砕くように、唐突に悪しき呪いの声が響いた。

 

「なに、これ?」

「この声……」

「罪爐、か?」

 

 病室のテレビが勝手に起動し、どの局とも違う周波数を受け取って結界の外が映し出される。燃える大地をバックに笑う怪しい雰囲気を纏った美女……ラ・バルバ・デの肉体に憑依した罪爐が四国中にその顔を晒していた。

 

 ──急な挨拶で失礼。汝等ときたら当事者でありながら全くと言っていいほどなにも知らされておらぬのでな、こうして顔を見せて話をさせてもらった次第だ──

 

「テレビが操作を受け付けない。外部からの干渉?」

 

「お姉ちゃん! スマホのラジオも全部ジャックされてるみたいだよ」

 

「ネットも同じね。電波を全て制御されてる? そんなことが……」

 

「できてるんだから、できるんだろうさ。そしてそこまでして宣言したいことがある……愉快な話じゃないのは確定だな」

 

 あらゆるメディアを支配下に置いて、四国中の眼と耳を独占してみせた。結界越しにここまで大仰な干渉ができるほどに今の罪爐は力に満ちている。

 

 ──諸君らも知っての通り、四国の安寧を司る神樹……それを狙う不届き者が存在する。まあ、我らのことなのだが──

 

 ──そしてそれを阻むべく遣わされた神樹の使徒……()()()()()()戦士、仮面ライダー。我等と彼奴等の小競り合いを目撃した者も少なからずいるだろう──

 

 愉快でたまらない、といった様子でクツクツと笑いながら言葉を紡ぐ罪爐。その表情には侮蔑と愉悦しか浮かんでいない。

 

 ──これまでは下調べや時間稼ぎが主で、あのようなせせこましい戦闘を繰り返してきたが……喜べ民衆よ、そんな退屈な日々は終わりだ──

 

 ──我等の準備がようやく完了した。次が最後の戦闘になる。こちらの全戦力を投じて四国を攻め落とす。これまでのような遊びとは違う、本物の戦争というものを、平和ボケした汝等に見せてやろう──

 

「なんだ、これは……」

 

「ふざけてるようにしか見えないけど、これはマジなのよね?」

 

「宣戦布告、か。なんだってこんな大々的に」

 

 ──まあ待て。そう慌てることはない。何も数秒後に攻め込むと言っているわけではないのだ。死に支度をしたい者もいることだろう、ちゃんと猶予はくれてやる──

 

 市民の混乱を直接見ているような振る舞い。人心掌握の技術と精神干渉の能力。この2つを突き詰めれば、対象との距離すら無視して弄ぶことも容易だ。

 

 ──10日後だ。12月31日、年を締めくくるこの日の正午。神世紀300年の終わりと共に、人類の歴史そのものにも幕を引いてやる──

 

「10日後……?」

 

「なんなのよコイツ、ホントに……!」

 

 ──ふぅ、我としたことが性急すぎたな。突然このようなことを宣言されては頭の弱い人間如きでは理解が追いつかんのも無理はない。では余興をひとつ……海を見よ──

 

 言われた市民達が遠くに見える海に視線を向ける。勇者達もカーテンを開けて遠く瀬戸内の海を見て──

 

「なによ、アレ?」

「うわ……でっか……」

 

 そこにそそり立つ白いキバの異様に、言葉を失った。荘厳な存在感を放つ衝角状の純白の結晶体。頂上は雲に隠れて見えないが、傾斜や幅の変遷からみて全長は20km以上はあるだろう。

 天を衝かんばかりに伸びるキバが、四国を囲むように四方に配置された。その異常な光景から想像できる最悪の未来とは。

 

(あのバカでかいのが倒れるなり移動するなりして四国を押しつぶす。アイツが考えるとしたらそんなところか)

 

 ──見えるであろう? 四国のどこからでも目に留まるように必要以上の大きさにしたのでな。我等が汝等を殲滅した後に、文明の残骸はあのキバが全て噛み砕く。街も森も山も、人間の手が入ったものは例外なく、全てな──

 

 どうやらあれで直接四国民を殺戮するつもりはないらしい。だとしたら、このタイミングでキバをお披露目した目的はひとつ。自分の力をわかりやすい形で示して、人民に恐怖と絶望をもたらすこと。

 

 ──今日の挨拶はこんなところか。10日後の戦争の様子は、今と同じようにちゃんと市民諸君にもお見せしよう。自分の命がかかった戦いの模様を把握できないというのは気の毒だからな──

 

 ──では残り10日の命、後腐れなく終われるように過ごすが良かろう。もしくは、そうだな……仮面ライダーの勝利に祈りを捧げる、というのも悪くないかもしれんな。では、さらば──

 

 

 

 最後まで一方的に言いたいことだけ言い切って映像が途切れる。ネットやラジオの回線も同時に回復したらしく、何事もなかったかのように通常の状態に戻った。

 

「終わった?……うわぁ、緊張しちゃった。対面したわけでもないのに」

 

「まあ樹の気持ちも分かるわ。なんだか生理的に無理っていうか、生きてる次元が違う感じ」

 

「ていうかなんだったの? あんな大々的に攻め込んでくることを宣言したって、こっちが準備する時間ができるだけじゃない」

 

「もしくは10日後というのが嘘で、不意打ちを狙ってるとか?」

 

(あの物言い……なるほど、業突く張りめ)

 

 仲間達があーだこーだと敵の思惑について考えを巡らしている中、陸人は罪爐の狙いに確信を持った。

 

「りっくん? どしたの、大丈夫?」

 

「……ああ、大丈夫だよ。友奈ちゃん、行きたいところがある。手を貸してくれ」

 

「リク?」

 

「奴の考えは分かった。大社にも連絡を。すぐに作戦会議だ」

 

 準備期間は約240時間。それで全てを補うには、今の人類には不足が多すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全メディアジャック、という数百年ぶりの大事件から1時間。組織の再編成がようやくひと段落ついた大社の各部門代表が揃った会議室。陸人をはじめとする3人のライダー、勇者部代表の風と園子、防人隊隊長の芽吹らも出席。最高位にいるかぐや主導で会議が進む。

 

「罪爐の最終的な目的は分かりませんが、あの宣戦布告とキバを出した理由はおそらく、四国住民の絶望を煽るためです」

 

「絶望を煽る……そうか、罪爐は絶望を喰らって力を増すから」

 

「はい。決戦の様子を中継するなどとふざけたことを宣ったのも同様。俺達が無様に破れていく様を突きつけたいんでしょう。

 視覚に訴える分かりやすい絶望の象徴と、10日というタイムリミットで焦燥感を高めに高めて、さらに決戦で希望の象徴たる仮面ライダーを市民の目がある中で撃破すれば、膨張しきった恐怖と絶望が破裂する。それが奴のシナリオだと思われます」

 

 現時点でも市民から信頼を得ている仮面ライダーへの依存心を強めるための一手間。これがあるだけで、全滅間際の市民がもたらす罪爐のエサは桁違いに膨れ上がることになる。

 

「なので、奴が提示した10日という期限についてはとりあえず信用していいかと。市民の前で宣言した日取りを無視すれば、そこには"卑怯だ"、"正々堂々戦えば仮面ライダーは負けない"といった感情の逃げ道が発生してしまう。罪爐としてもそれは避けたいでしょう。

 中継すると言い切った以上同様の理由でそれも撤回できないはず……おそらく、不意打ちといった見て分かるレベルの姑息な手段は使ってこないと考えていいと思います」

 

(陸人様……)

 

 もちろん警戒は必要だが、事前準備の目安は10日後に定めて問題ないというのが陸人の考えだ。少し前までその身に罪爐の一部を宿していた影響か、人ならざる者の思考をある程度理解できるようになってきている。それが良いことが悪いことか、車椅子の後ろに立って様子を見ていたかぐやには分からない。

 

「それでは大社の基本指針としては10日後の最終決戦を見据えて各部門準備を進めるという形になります。意義のある方は挙手を」

 

 かぐやの進行に異議を唱える者は誰もいない。アギトのこれまでの功績と、かぐやが示してきた能力と実績。これに正面から楯突くような不穏分子は今の大社には存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、市民の避難計画、防人や勇者達の強化案、神樹の神託といった諸問題についてもひとまずの結論を出して会議は終了した。座る姿勢を維持することすら難しい状態で誰よりも多く発言し続けた陸人はすっかり疲弊しきっている。

 

「陸人様、大丈夫ですか?」

 

「……ああ、うん。少し疲れただけだよ、俺はあとは休むだけだし大丈夫」

 

「そうですか……それでは今夜、病室にお邪魔させていただいてもよろしいですか?」

 

「えっ……? い、いいけど」

 

「ありがとうございます。それでは後ほど」

 

「あっ、かぐやちゃ──」

 

「りくちー、帰ろ〜?」

 

「えっ、あ、うん……なんだったんだ?」

 

 陸人は後に何も考えずに了承したことを後悔することになる。常に他人を気遣う彼にしては珍しく、色々なことが一度に起こりすぎて失念していた。

 帰還してからまだ一度もかぐやとちゃんと話せていないことを。

 あんな別れ方をしたまま、次に会ったときには悲惨な姿を見せた上になんのフォローも入れられていないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドタワー地下、小沢真澄管轄の研究施設。そこには主人たる真澄の他にもう1人、彼女と同等の速度と精度で作業を進める女性の姿があった。

 

「──で、この日のテストまでに形にすること。会議の結論としてはこんなところよ」

 

「把握したわ。おおよそ予想通りといったところかしらね」

 

「まあね。しかし、まさかあなたと組んで仕事する日が来るとはね。どういう風の吹き回し? 沢野雪美さん」

 

 沢野雪美。1ヶ月前の大社で起きた大規模抗争において、自ら設計したV1とG2-Xで構成された大部隊を用いて一時的に本部を制圧した張本人。主犯陣で唯一生存した彼女は大社に拘束、監視下に置かれていたのだが。

 

「こんな私の手も借りなきゃいけない状況ってことでしょう? わざわざ牢から出したのは大社(そちら)じゃない」

 

「ええそうね。でも私が聞きたいのはそこじゃなくて、事件が終わってからずっと無気力だったあなたがいきなりやる気になったのは何故かってことよ」

 

 寄り添い続けた夫の死亡と、最愛の娘の2度目の喪失。家族を愛する妻であり母である彼女の心を折るには十分すぎる結末だった。そこから生きる気力を失うことまでは真澄も理解できる。

 しかし今目の前にいる彼女の眼は忙しなく画面上の情報を追いかけ続け、あの日の絶望は見当たらない。彼女の立場なら、人類の滅亡などどうでもいいものと見做しているとばかり思っていた。

 

「確かに人類の未来にはさして興味はないわ。あなた達が滅ぼされても、ついでに私が消えてもどうでもいい。そう思ってたけど……言われちゃったの。あの子に」

 

「あの子?」

 

「誰かのために無茶ばかりやって、とうとうミイラみたいになっちゃった彼よ。本当に、下手くそな生き方しかできないんだから」

 

 

 

 

 

 

 陸人が自分の痕跡を消していなくなる数日前。無理やり面会許可を取った彼が、雪美に会いに来たことがあった。もっともその記憶もつい先日思い出すまでは無かったことにされていたのだが。

 

 

 

「雪美さんは、これからどうするつもりなんですか?」

 

「……さあね。あの人の宿願を果たすことだけを考えて生きてきたもの。それが終わった今、私がここにいる意味は思いつかないわ」

 

「そうですか……所詮部外者の俺に言えることは何もありません。だけど、生きて欲しい。協力しろとも、戦えとも言いません。ただ自分の命を投げ棄てるようなマネだけはしないでほしいです」

 

「……あなたの言葉はいちいち綺麗ね。頭にくるくらいに。私情で人類を滅ぼし掛けたような大罪人が、いまさらどんな顔で生きればいいの?」

 

 自分も死ぬ予定で組んでいた、全てを掛けた計画が終わった。沢野雪美が今も生きているのは死に損ねたから、ただそれだけだった。無理やり手を取って自分を救い上げた陸人を前に、大人げないと分かっていても感情を抑え切ることができなかった。

 

「あなたには分からないわ。強くて、優しくて、正しくて迷わない。大切なものを守り抜いてきたあなたに、守れなかった私達の気持ちは……!」

 

 退廃的でこそあったが、常に大人の余裕を漂わせていた雪美の、唐突な感情の爆発。陸人は少し言葉に迷ってから、意を決して言葉を紡いだ。

 

「それはまあ、そうですね。俺にはあなたの気持ちが分からないし、あなたに俺の気持ちは分からない。それは何も俺たちに限った話じゃない……人の気持ちになるなんて、誰にもできやしませんよ。思いやって、慮って、寄り添うことならなんとかできますけどね」

 

「…………」

 

「雪美さん。大社の人に聞いたんですが、あなた達は計画を進める上で1人の死者も出していないそうですね」

 

 あれだけのことをしでかして、と思われるだろうが、沢野哲馬、雪美が仕掛けた反逆行為は徹底して状況をコントロールされた緻密な計画だった。準備段階で邪魔になる人物に関しては罪爐の力で遠回しに妨害し、実力行使の際にも重篤者が出ないように配慮されていた。

 

「それが何……?」

 

「直接殺したのが18人。仲間にやらせるか、罠で一網打尽にしたのが59人。合わせて77人。俺の過去は知っていますよね? 西暦の時代、俺が殺した人の数です」

 

「────!」

 

 西暦の仲間にも神世紀の仲間にも教えたことがない、内戦時の陸人……4号の殺害記録(キルスコア)。日本であればランドセルを背負う歳よりも前から、彼は銃を手にして戦場に出ていた。

 

「死体の処理までが仕事でしたから、全員の顔を憶えています。相手が子供だと知って銃を下ろした女性の背中を撃ったことも、みすぼらしい格好で同情を買って首を取ったこともあります」

 

「……もういいわ。それ以上自分を苦しめる思い出話は結構よ」

 

「戦時中だった、殺さなきゃ死んでた、言い訳はいくらでもできます。それでも俺はあそこで人殺しを繰り返してた。その罪はこの先何があっても変わらずに背負い続けなきゃいけないと思ってます。でも、今の俺は罪悪感で戦ってるわけじゃない」

 

「今は……?」

 

「友達が……大事な友達が、俺に教えてくれたんです。人は生きていくうちに、必ず誰かと関わり、その誰かにとって必要な存在になっていく。無価値な人間、生きてちゃいけない人間なんていないんだって」

 

 黒く染まった心の内側で、友奈が光を見せてくれた。その輝きは今も陸人の眼に焼き付いている。あの光さえ忘れなければ、御咲陸人は何度だって立ち上がれる。自分の命を走り切る覚悟を持てる。

 

「悩むのはいい。立ち止まるのだって必要です。だけど、生きるという道から降りるのはダメだと思うんです。一度踏み外せばもう戻れない。この世は生きてさえいれば大体のことは取り返せます。逆に言えば、命だけはどうしたって取り返せないんですから」

 

「ずっと悩んできたのよ。あの子が死んでからずっと、私が生きる理由を……それでも、これから先も悩み続ければ答えは出るのかしら?」

 

「出ないでしょうね、簡単には。でも、それでいいと思うんです。俺だって確固とした生きる理由があるわけじゃない。ただ生きてる限り、今生きているそこがあなたの場所です。その場所で、自分に胸を張れる自分を目指せばいいんじゃないでしょうか」

 

「私の場所、か……考えたこともなかったわね」

 

 両手で顔を覆って俯く雪美。今は1人にすべきだろうと察した陸人が席を立つ。

 

「そうだ。哲馬さんから雪美さんに、言伝があります」

 

「……あの人が?」

 

「"生き残ったのなら、その理由が必ずある。それを見つけろと、2人で見守っている"と……お伝えするのが遅れて申し訳ありません。それでは失礼します」

 

 振り返ることなく部屋を出ていく陸人。ここから先は彼女本人の問題だと、ちゃんと分かっていた。

 

「……そう、あの人……見ててくれるの……そっか」

 

 雪美の瞳に微かに光が戻る。空の上から見守る誰かがいるのなら、どんな時でも2人に恥じない生き方をするのが生き残った者の義務だと、彼女は自分にルールを課した。

 

(これが最後……2人のために流す最後の涙。だから今日だけ見逃してね……哲馬さん、香……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、御咲くんがそんなことを……」

 

「ええ。1人で塞ぎ込んでる自分がバカらしくなっちゃってね……それに助けてもらった恩もある。大社に協力することに思うところがないとは言わないけど、優先順位はちゃんと定まってるから心配しなくていいわ」

 

「……なら、心置きなくコキ使うけど文句ないわよね? 先輩」

 

「ええ。あなたのタスクを半分こなせば良いのでしょう? 特に難しいとは思わないわ」

 

 挑戦的な笑みを浮かべて向き合う真澄と雪美。時代を席巻するレベルの天才2人がタッグを組んだ。全ては10日後の決戦に間に合わせるため。その先にある未来を掴み取るために。

 

「まずはコレの再調整ね。私は()()()の担当でいいわよね?」

 

「ええ。そっちはあなたの設計だもの。手早く完璧に、お願いするわ」

 

 画面に表示されるのは2つのシステムの図面。G3に酷似した、Gシリーズの新境地。表示されるコードは──"G4-B"と"G3-M"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って流れで、なんでかひなたちゃんと一緒に料理することになってたんだ。まあ美味しくできたからいいんだけどさ」

 

「ふふっ、強かな方だったんですね。私の先祖、上里ひなた様は」

 

 すっかり夜の帳が降りた頃、陸人の病室にはかぐやがいた。夕食もシャワーも終えて面会時間も過ぎた時分になって静かに訪れた彼女は、特に何をするでもなく雑談を続けていた。

 

「やはり陸人様とお話しすると楽しいです。初代様方との話は勿論ですが、陸人様のお声が聞けるというだけで魂が洗われていくような心地です」

 

「そ、それは大袈裟すぎない? かぐやちゃんの声の方がよほど綺麗だと思うけどな。話し方も落ち着いてて、聞いてて安らぐよ」

 

「ありがとうございます。神様とお話しする役割ですから、そういった稽古も受けてきたのですよ」

 

「そうなんだ……ところでかぐやちゃん、そろそろ帰った方がいいんじゃない? もう日付け変わる時間帯だよ」

 

 現在23時45分。陸人の価値観では、交際もしていない男女が同じ空間に2人きりでいるには問題のある時間だ。

 

「ああ、言い忘れておりました。今夜は私帰りません、この病室に泊まらせていただきます」

 

「……はい?」

 

「ですからお泊まりさせていただきます。陸人様の隣、失礼しますね」

 

 そう告げていつもの巫女服を脱ぎ出したかぐや。あまりの急展開に、陸人は動かせる右半身をフルに使って拒否の意を示す。

 

「待った待った! なんでそういう話になったの? というか許可とか──」

 

「施設の方に宿泊申請は出しましたし、筆頭巫女付きの皆さんにも通達してありますよ?」

 

「俺の! 肝心の俺の許可は⁉︎」

 

「忘れておりました。陸人様、一緒に寝かせていただけますか?」

 

「いやダメだよ! なんで許可すると思うのさ!」

 

「……ですよね。では強行させてもらいます」

 

 肌の色が見えそうなほどに薄手の襦袢姿になったかぐやが、ベッドの左側に乗り上げる。今の陸人にとって完全な死角。こうなればかぐやを強引に跳ね除けることもできない。

 

「ほんとにどうしたんだよ……かぐやちゃんらしくないぞ?」

 

 根回しが済んだと言っている以上、人を呼んだところで事態が好転するとは思えない。渋々諦めた陸人は長い溜息をついて脱力した。

 

「ふふ、陸人様。これは決していやらしいものではないのですよ? 陸人様の侵食を少しでも抑えるために必要な処置なのです」

 

「侵食を?」

 

「はい。陸人様の身体を治すことはできませんが、侵食の速度を落とす程度のことなら私の力でも可能です」

 

 無意識でも相当な神性を放っているかぐや。彼女と隣り合って横になれば、それだけで多少の抑制にはなる。多忙なかぐやの時間を取らないために、睡眠時間を充てれば無駄もない。

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

「陸人様、昨夜は全く眠れていないのでしょう?」

 

「……よく分かったね」

 

 感覚は消えて一切動かないにも関わらず、陸人の左半身には痛覚だけが残っている。自分の身を内外から焼くような痛みが止まず、陸人は一睡もできなかった。

 

「その痛みを和らげることくらいはできるかと。私のことは安眠枕か何かだと思っていただければ」

 

「えぇぇ……」

 

 枕だと思えと言われて、目の前の美少女を枕に見立てることができる男がいるだろうか。

 文字通り箱入りで育てられた肌はシミひとつなく、清楚そのものといった純白の身体。

 長く伸ばした黒髪は艶やかで、夜闇の中でも髪自体が光を放っているかのように麗しい。

 同年代と比較して身長はやや低めだが、女性的な部分は不相応に大きく育った美しい曲線を描くボディライン。

 パーツのバランスが取れた顔立ち、赤みがかった大きな瞳が一際目立つ。

 総じて、陸人のかつての仲間……その中でも特に女性的な魅力に溢れた巫女の少女との共通点が多い、文句なしの絶世の美少女だ。

 かぐやは育ちが特殊なせいか自意識に大きなズレがある。常に巫女にして神子として扱われてきたせいで、自分がどれほど容姿に優れているか自覚がないのだ。

 

「本来なら、(しとね)を共にする2人は何も纏わず肌を合わせるのが良いのですが……」

 

「しっ、褥って言い方はやめてくれませんか⁉︎ それ以上脱がれたら俺は逃げますよ、眠るどころではなくなるので!」

 

 混乱してなぜか敬語になってしまった陸人。彼にしては珍しく、一度たりとも自分のペースに持ち込めていない。

 

「うふふ、ええ、分かっています。そう仰られると思ってこの格好で来ましたの。少々薄着ですがお気になさらず」

 

 就寝にあたって開放感を求めたのか、かぐやが襦袢の胸元を緩めた。身長の割に豊満な胸部が強調され、陸人は眼を閉じるしかなかった。

 

「では陸人様、失礼して……」

 

 感覚が死滅した左腕を抱きしめる格好で横たわるかぐや。感覚がない上に見てもいない陸人だが、物音や気配でその距離の近さを感じ取ってドギマギしてしまう。

 

「こ、こんなに密着する必要あるのか?」

 

「はい。襦袢と包帯越しですから、可能な限り接近しなくてはなりません。陸人様、逃げようなどとは考えないでくださいな?」

 

 かぐやが眠りについたらなんとかして抜け出そうと考えていた陸人だが、出鼻を挫かれてしまった。どうにもこの筆頭巫女の勘の良さには勝てそうにない。

 

「やっぱり変だよ、かぐやちゃん。いくら治療とはいえ、他にやり方が──」

 

 陸人はその先の言葉を続けられなかった。初めて会った日と同じように、かぐやが自分の肩に顔を擦り付けて震えていたから。

 

「陸人様……私は怖いのです。今ここにいるあなたは幻ではないか、本当は私が送り出したあの日、現実の陸人様は本当に消えてしまったのではないか。そんな風に考えて、悪い夢を見て、あなたを見失ってしまう。ですのでどうか、眠る間だけは陸人様を感じさせていただきたいのです」

 

 涙を零すまいと必死に堪えるかぐや。これまでの彼女の不安は如何許りか。2週間だけとはいえ、陸人がいなかったことになった世界で1人彼を思い続けていたのだ。自分の記憶が間違っているのか、本当は夢を見ているのでは。そんな風に考えるのも無理はない。どれほどの資質と精神力があるとしても、上里かぐやは齢14歳の女の子だ。

 

「……ごめん。ずっと、心配かけてたんだよな」

 

「陸人様が謝ることではありません。私がもっと強く自分を律していれば……」

 

「分かった。隣で寝ることでかぐやちゃんが安心するなら、俺はもう何も言わない。望むようにしてくれ。できることはするから」

 

 あれだけの不安と重荷を背負わせておいて、かぐやの願いは聞き入れないなどという不条理は許せない。目の前の少女の涙を止めるためなら、自分の気恥ずかしさなど考慮するまでもない。

 

「──まあ、本当ですか⁉︎ それでは今日から決戦の日まで、毎晩お邪魔致しますね!」

 

「……えっ……」

 

 僅か5秒で発言を撤回しそうになってしまう陸人。治療であり、時間の節約のために就寝時間を使うのだから毎晩というのは自然な流れだ。自然なのだが……

 

「マジか……マジかぁ……」

 

「はい! えらくマジです!」

 

(まぁ、いいか……自業自得、だよなぁ)

 

 心から嬉しそうに微笑むかぐやを見れば、言いたいことも引っ込んでしまう。女の涙は最強の武器。救世の英雄といえども決して敵わないリーサルウェポンだ。

 

 

 

「……陸人様。明日から私は日中の時間全てを使って、重要なお役目をこなすことになります」

 

「かぐやちゃん?」

 

「うまくいけば陸人様達の大きな力になれます。ですが失敗した場合……皆様の希望を奪う結果にもなりかねません。なので、勇気を分けてくださいませんか? 陸人様のお力があると思えば、きっと強い私であり続けられると思うのです」

 

「……そっか。よく分からないけど、分かったよ」

 

 動ける右半分だけでなんとか体勢を変えて、かぐやの背中に右手を回す。子供にやるように優しく、トントンと手を当てる。かぐやの不安を晴らすために。自分の熱を分け与えるために。

 

「大丈夫。かぐやちゃんはすごい人だよ。俺もみんなもそれをよく知ってる。君が今まで気を張って多くのものを背負ってきたから、今がある。自信を持っていい。上里かぐやは、絶対に自分の使命をやり遂げられる人だ」

 

(ああ、やっぱり……あなたはその時本当に望んでいる言葉をくれる。勇気をくれる、優しさをくれる)

 

 無言のまま子供をあやすような時間が暫し続いた。布団の暖かさもあって、少しずつ緊張がほぐれていく。

 

「どう? 落ち着いた?」

 

「はい……ありがとうございます、陸人様……おやすみなさい」

 

「ああ。おやすみ、かぐやちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その夜、陸人は痛み以外の要因で一睡もできなかった。感触こそないものの、隣で熟睡するかぐやの寝息、気配、匂い。陸人がどんな心持ちで長い夜を過ごしたのかは、想像に難くない。

 

(これは……睡眠薬とかもらわないと決戦までに死ぬな、俺……)

 

「おはようございます、陸人様。よく眠れましたか?」

 

「おはよう……うーん、大丈夫。寝起きバッチリだよ」

 

「……嘘ですね?」

 

 上里かぐやに嘘はつけない。大変な1日を経て、陸人が得た大切な教訓だった。

 

 

 

 

 

 

 




いよいよラストバトルが迫ってきました……と言いつつ、次でそこに行けるかはまだ分かりません。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。

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