A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
神世紀におけるソレ方面のイベントを一挙にまとめていきます。
12月30日、決戦前日。疲れを本番に持ち越さないために、この日は午後から戦闘要員の訓練は一律禁止。待機状態ではあるものの、各々が仲間と共にのんびり過ごすことを許されていた。
「じゃああの子達がりっくんの最初の仲間だったんだね」
「ああ。物心ついた頃には一緒だった、生きるという目的のために並んで戦った仲間だ」
昼食後に病室を訪ねてきた結城友奈。精神世界で西暦の仲間とも顔を合わせた彼女は、陸人が唯一昔話ができる貴重な存在だった。
「──そっか。初代勇者のみんな、素敵な人達だったんだね」
「勇者の名にふさわしい、強さと優しさを併せ持った人達だった。君達と同じく、今でも俺の誇りだよ」
「……ね、りっくん。高嶋ちゃんとはどんな関係だったか……聞いてもいい?」
「高嶋──友奈ちゃんのこと?」
「うん。りっくんの心の中でちょっとだけお話ししたんだけど、すごく仲良さそうだったから。恋人、とかだったのかなって……」
どうにもならない状況で力を貸してくれた、同じ名前と顔を持つ少女。恩は忘れていないし、気の合う友達とも思っているがそこはそれ。自分のそっくりさんが想い人と浅からぬ関係を持っているというのは、女子中学生的に看過できなかった。
「友奈ちゃんは特別仲がいい友達の1人で、何度も助けられた仲間の1人で、最後の最後に俺を選んでくれた大好きな人の1人だね」
同じ"友奈ちゃん"という呼び方でも、声のトーンや表情でどちらが呼ばれているかはなんとなく分かる。苗字を使えば分かりやすいのに、頑なに名前呼びを崩さないのは、どちらかの呼び方を変えてしまうことに抵抗があるのだろうか。どちらの"友奈"も、陸人にとってはかけがえのない存在だから。
「えっと、1人っていうのは……」
「こう言うと聞こえが悪いかもだけど、あの頃の俺には何より大切な女の子が8人いたんだ。一緒に生きて、一緒に戦って、死んでからも一緒にいてくれた存在」
「8人、8人かぁ……」
友達より深く、仲間より強く、家族より近く、恋人より熱い絆で結ばれた9人。言葉では言い表せない特別な仲の相手が、西暦の伍代陸人には8人もいたという事実に流石の友奈も動揺を隠せない。
陸人は恋仲とは明言しなかったが、少なくとも相手がそういった感情を持っているのは話を聞いただけの友奈でも理解できた。
「あっ、あの世界でりっくんの近くにいた……」
「そうだね。友奈ちゃんもその1人。他には……若葉ちゃんとも会ったことあるよね? ほら、ネストの時の」
「ああ、あの凛とした声の人が。みんな、何度もりっくんと私達を助けてくれてたんだね」
「うん。きっと今も見守ってくれてるはずだ。俺の気持ちを汲んで、神世紀に送り出してくれた。みんなのためにも、この世界を必ず守ってみせる」
閉じた瞼の奥には、きっと置いてきた仲間の姿が浮かんでいるのだろう。友奈はそっと陸人の左手を取った。感覚もなく体温もない、冷たい左手を。
(りっくんのことだから、そういう人もいたんだろうとは思ってたけど……8人はちょっとびっくりかも)
ここに来てよく知らない恋敵が8人追加。いつだって一直線の友奈でも少し尻込みしてしまう。
だが、ここで引き下がることはできない。今日この日に一歩でも前に進むと覚悟を決めて来たのだから。
「りっくん、ちょっとこっち向いてくれる?」
「……友奈ちゃん?」
そう告げた友奈が、陸人の両頬に手を添える。右手から伝わる冷たさで陸人の余裕のなさを感じ取り、左手から伝わる暖かさで陸人に今も残る命の力を感じ取った。
ベッドに乗り上げて正面から見つめ合う。互いの瞳に映る自分の顔が分かるほどの至近距離。見間違いも聞き違いもあり得ない。
「私、りっくんのことが好き。この"好き"は他の誰とも違う……りっくんだけを想う、私の初恋だよ」
「りっくんといられる今がすごく幸せで、この幸せをずっと続けていきたい。これまでとは違う、特別な1人として」
解釈違いすらも介在し得ない、まっすぐで分かりやすい恋心の告白。一途で真っ直ぐな友奈らしい言葉が、黙って聞いている陸人の胸に深く入り込んでいく。
「ありがとう、友奈ちゃん。言葉にして伝えてくれて。今すぐ答えを出すことは……ゴメン、まだできないけど」
「あっ、いーのいーの! むしろ今は何も言わないでほしいというか……ただ聞いてもらいたくて。決戦の前にこの気持ちを吐き出したかった私のワガママ。気にしないで?……約束もあるし」
「……?」
「なーんでもない」
言いたいことは言い終えたのか、パッと陸人から離れた友奈は楽しげにくるくる回って笑顔を見せる。
「答えは必ず出す。明日勝って、その先で必ず」
「うん。信じてるよ、りっくん」
陸人は片方しか残っていない眼に、太陽のような輝きを焼き付けた。どんな絶望を前にしても決して絶えることのない、勇者の笑顔を。
(厄介な罠の対策はある程度立てられた……が、おそらく地力も跳ね上がっているだろうし)
ゴールドタワーの一室。志雄は昨夜からぶっ通しで記録映像を閲覧し続けていた。その全てが風のエルとの戦闘記録。明日の決戦で間違いなく脅威となる天使を倒すために対策を練っていたのだ。
「電気くらい点けたらどう? 生身の視力だって重要でしょう」
「……芽吹か。ノックくらいしてくれ」
唐突に扉が開き、真っ暗な部屋に明かりが灯る。食堂のトレーを持った芽吹が入室してきた。朝も昼も食堂に来ない志雄の様子を見にきた彼女は、予想通りの有様で篭りきりの戦友に呆れるしかない。
「適当に持ってきてあげたわ。不眠不休の上栄養不足じゃ捗らないわよ」
「そうだな……すまない、ありがとう」
張り付いていた画面から目を離して目頭を揉み解す志雄。疲れている自覚はあったらしく、素直に食事に手を伸ばす。芽吹は"適当に"と言うが、栄養バランスと志雄の好みを考慮した最善のメニューが並んでいた。
「それで算段はついたの?」
「いや、十分とは言えないな。風のエルロードとの戦闘経験があるライダーは僕だけだ。奴が出てきたら引き受けなければならない。だというのに……」
白のエル、地のエル、風のエル……敵方の最高戦力であり、各々が一騎当千の能力を持っている。エルロードが出てきた際にはそれぞれライダーが対応して主戦場から引き剥がすことになっている。G3-Xの担当は当然風のエルだ。
「先日相対した時の僅かなデータだけでも、基礎戦闘力が段違いだった。おそらく新たな能力も得ているだろうな」
「まったく……相変わらずね、志雄は」
見るからに行き詰まっている志雄。追い込まれると思い切りがいいクセに、時間があると考え過ぎてしまう。彼の欠点を正しく理解している芽吹は強引に彼の身体を引き倒してベッドに放り投げた。
「──っと? 芽吹?」
「いいから寝ときなさい。これまでの分析は私の方でまとめておくから。寝惚けた人間に背中を預けるつもりはないわ」
「でも……」
「アイツと戦ったことがあるのはあなただけじゃない。ぶつかる時には私だって付き合うわよ」
「芽吹……」
「あなたの隣には私がいて、私の背中はあなたに預けてる。それを忘れないで」
「そう、だったな……ごめん……」
「ほらやっぱり眠いんじゃない。いい頃に起こしてあげるから休みなさい」
「……ありがとう。君は、僕が……まも……る……」
「……! 志雄?」
沈黙、数秒後に小さな寝息。素面で言ったのか微妙なタイミングで爆弾を投下した志雄は、芽吹が振り向いた時にはもう夢の中に旅立っていた。
(言うだけ言って……結局、味の感想も聞きそびれたわね)
綺麗に空になったトレーを見つめる。志雄は食堂で頼んできたと思っていたが、芽吹は一度もそんなことは言っていない。
(淀みなく食べてたし、不味くはなかったのよね……うん、みんなにも見てもらったもの、これは成功よね?)
元々手先は器用だが料理の経験は多くない。信頼する仲間の騒がしい監修の元、なんとか仕上げた昼食は見事志雄の腹に収められた。
食欲と睡眠欲を満たされ満足げな志雄。穏やかな寝顔を軽く撫で、毛布をかけ直すと気持ち良さげに寝返りを打った。
「おやすみ、志雄」
明日に向けて、少しでも穏やかな心地で。志雄を見つめる芽吹は我知らず笑顔になっていた。
空が茜色に染まる頃、微睡んでいた陸人は優しく頬を突く暖かい指先の感触で目が覚めた。
「おはよ、りくちー」
「……おはよう、園子ちゃん。寝てたのか……」
「寝るならベッド倒したほうがいいよ〜、寝落ちしちゃったんだろうけど」
「ああ、変な時間に寝ると夜に困るからな。起こしてくれてありがとう」
「ふっふっふ〜、夜にはかーやんとの添い寝が待ってるもんね。少しでも早く寝つきたいよね〜」
「……もしかして怒ってる?」
「さて、どうでしょ〜?」
笑顔の奥の感情がいまいち読みにくいミステリアスな少女、乃木園子。苦しい時も泣きたい時も常に笑い続けてきた勇者は、今日この時も変わらず微笑みを湛えていた。
「……少し前とは、立場が入れ替わっちゃったね〜」
「そうか……そうだね」
散華を繰り返した結果、ネスト戦を終えるまでの園子はまさに今の陸人に近い有様だった。かろうじて動くことはできたが、内面の欠損具合では似たようなものだ。
「満足に動けないのは辛いね。こうなって初めて園子ちゃんの気持ちが分かった気がするよ」
「こんな形で理解してほしいなんて思ってなかったんだけどな〜」
園子の場合はこれが2年だ。当時小学生だった彼女が、どれほどの苦しみに苛まれていたか察するに余りある。
「でもりくちーはこうしてる今も呪印の侵食が進んでる。やっぱり痛いんでしょ? 私は、痛みも何も感じなかった。全部無くしたわけだからね〜」
「いや、俺にはみんながいてくれる。本音を晒せる相手がほとんどいなかった園子ちゃんの方がずっと辛かったはずだよ」
「ううん、りくちーだよ──」
「いやいや、園子ちゃんの方が──」
より苦しいのはどちらか、というよく分からない競争はしばらく続いた。どちらも不幸自慢なんて不毛な真似は好まないのだが、それだけ互いを案じ、思い合っているということだ。
「……前から聞きたかったことがあるんだけど、いいかな?」
無駄な押し問答を終えて椅子に座り直した園子が恐る恐る問いかける。いつもの彼女らしくない、どこか躊躇したような態度だった。
「改まってどうしたの? 俺達の間に遠慮なんかいらないって」
「私とりくちーが初めて会った日のこと、覚えてる?」
「もちろん」
御咲陸人が始まった最初の戦い。2人の縁が結ばれた運命のあの日。西暦を含めた陸人の経緯は仲間内には周知されていたが、園子はどうしても本人の口から確認したいことがあった。
「りくちーが神世紀に来たのはさ……傷ついてる私を助けるためだった、ってホント〜?」
「……ああ、そうだね。今でこそ守るべきものは山ほどあるけど……あの日後先考えずに飛び出したのは、1人になっても諦めない君が眩しかったから。その背中を守るために、こっちの世界に降りてきたんだ」
「そっか〜……えへへ、そっか〜……!」
嬉しそうにパタパタと両脚を振り、上体もむず痒そうに揺らして微笑む。顔を赤らめた園子は、油断すれば窓からFly Awayしてしまいそうになる身体を必死に押さえつけて笑っていた。
「えへへ、えへへへへ〜!」
「……園子ちゃん?」
「ありがとりくちー、感謝のぎゅ〜〜〜‼︎」
破裂しそうな喜びを発散するべく、心配そうに覗き込む陸人の首に飛びついた。
復讐者だろうが戦狂いだろうが、誰にでも優しいのが御咲陸人だ。自分だけが特別に思われているわけではないということは、園子も理解している。それでも、彼がこの時代に降りてきた最初のきっかけは他ならぬ自分を助けるためだったというのは確かな事実。
「本当にありがとう……言葉じゃ表せないくらいに嬉しい。あなたと出会えて良かった……」
「……こっちのセリフだよ。ありがとう園子ちゃん」
恋する乙女の1人として、そんなに嬉しいことがあるだろうか。心躍ることがあるだろうか。
「今日は空が綺麗だよ〜。夕日も夕月もよく見えてる」
一頻り騒いでようやくテンションが落ち着いた園子。若干乱れた髪を整えて、窓の外に目を向ける。沈みかけの夕日も綺麗だったが、何より園子の目を奪ったのは南の空に浮かぶ月の美しさだった。
「ね、りくちー」
昔趣味を深める上で知ったフレーズを不意に思い出した園子は、胸の内からこみ上げてくる情動を乗せて呟いた。
「──
「…………!」
旧世紀の著名な小説家が残したとされる翻訳。西暦が終わる100年前に活躍した偉人の俗説だ。神世紀の現在、文学に造詣が深い人間以外は聞いたこともない雑学の類。突然告げられた陸人もポカンとしている。
「……あはは〜、ごめんりくちー。なんでも……」
「──死んでもいいわ──」
穏やかな声で紡がれた言の葉に、園子は耳を疑った。この時代において、その返しは相当にマニアックな知識だ。陸人が知らない前提で、返事など望まずに放った告白だったのに。
「……とは、今の俺には言えないかな。ゴメン、園子ちゃん」
「う、ううん……それより、なんで知ってたの? 今のは──」
「園子ちゃんの趣味を知ってから勉強したんだ。あの頃の君は、物を読むのも書くのも難しかっただろう?」
陸人が知識を蓄えれば、せめて好きなものの話くらいはできるようになる。その一心で、余裕のない日々の中でコアな雑学まで片っ端から吸収した。それを披露する前に事態が大きく動いたせいで今日まで活かす機会がなかったが、その努力は無駄ではなかった。
少女のいじらしく複雑な恋心を、取りこぼさずに拾い上げることができたのだから。
「視界も狭けりゃ首も回らなくて、今の俺には月も見えてない。だからこの身体が戻ったら……その時にはちゃんと答えを伝えるよ。もう少しだけ、待っててくれるか?」
「……うん、その言葉が……私の
得意の笑顔でも隠しきれない羞恥と歓喜に満ちた園子。見事に浮かぶ上弦の月を端末で撮影して陸人に見せる。この世界は美しいと、尊いものはいくらでもあると証明するように。
「私、待ってるから。明日を超えた先の未来で、待ってるからね」
「ああ、この月に誓う……俺は絶対に、生きて帰る」
「……よう」
「おう……」
大社職員の多くが暮らす、一般宿舎の屋上。鋼也と銀は示し合わすことなく合流し、特に言葉もなく並んで空を見上げている。
「今日は空がキレーだなー……星がよく見える」
「ああ……つっても、これだって本物の星が見えてるわけじゃねーんだよな」
結界の内側から見える空は作られた光景だ。狭い国土の中だけで人間社会を成り立たせるために、神樹は自然環境に大きく手を加えている。天候もそのひとつ。神樹が一度その権能を解除すれば、すぐさま紅蓮の炎が包み込む地獄に早変わりする。
「そうだったな。でもキレイなものはキレイだ。アタシはそれで良いと思うぞ」
「……確かにな。そうかもしれねえ」
それでもありのままの世界を愛おしく思っている神樹は、人間に都合良く調整しながらも可能な限り本物の空に近い光景を作り続けてきた。
それを本物と取るか贋物と取るかは本人次第。園子や陸人が前者で、鋼也は後者だった。それだけの話だ。
「明日、銀はどうすることになってんだ?」
「んー、それがよく分かんないんだよなぁ。一応市街地に出る班に加われって話なんだけど、なんか開戦直後のタイミングで呼び出されてるんだよ」
「なんだそりゃ? 相変わらず時々訳わかんねーよな、大社って」
「でもまあ、今の大社はそう悪い雰囲気でもないし……とりあえず命令通りに動くよ」
毛布を敷いた上に並んで寝転がる2人。どちらからともなく手を繋ぎ、互いの存在を確かめ合う。共に傷やタコが目立つ手ではあるが、彼らはそんな生き方を選んできた相手のことを同じだけ誇らしく思っていた。
「鋼也が戦ってる時にアタシがどこで何してるかは分からないけど、これだけは言える」
「あん?」
「鋼也の中にはアタシがいて、アタシの中にも鋼也がいる。ギルスが戦う時には、いつだって2人で戦ってるんだ……そうだろ?」
「ハッ、なかなか恥ずいこと言うじゃねーの……まあ、サンキュな」
目覚められない苦しさと、寝顔を見守るしかできない辛さ。
戦い続ける痛みと、戦えない悲しみ。
2人は同じ時違う場所で、同じように悩み続けてきた。それも全て、明日勝利すれば終わる。
今度は同じ時同じ場所で、同じ幸せだけを分かち合うことができる未来に繋がるかもしれない。
「あのエルロードも出てくるだろうし、銀の分の借りもついでに返しといてやるよ」
「アイツには散々やられたもんな。あーあー、アタシの分も勇者システムがあればなぁ」
今の神樹は寿命が迫り、これまでのイレギュラーとそれに対して無茶を重ねたせいで限界が近い。多方面に求められる神の威光によるバックアップも考えれば、いくら適性者がいたとしても勇者の枠を増やすような余裕は無かった。
「こんなところじゃ終われねえ。高いところから見下しただけで人間様を理解した気になってるクソ野郎……絶対にぶちのめして、俺とお前の未来を掴んでやる」
「おうよ。その時はまたウチに来いよ。アタシの家族と、鋼也の家族も一緒に……馬鹿みたいに騒いで笑おう」
2人の距離が0より近づき、影がひとつに重なる。心の距離も体の距離も、鋼也と銀には必要ない。幼く柔らかい男女の愛を、星空だけが見つめていた。
「アタシの元気……今のうちにたっぷり分けといてやるからな」
「ハッ、大きなお世話だっつーの……心配すんな、もう2年も待たせるようなマネはしねえよ」
胸元にしがみつく銀の身体は少しだけ震えていた。その恐怖を跳ね除けるように、鋼也はより力強く抱き寄せる。
明日もその先も、この温もりに触れるために。それが鋼也と銀の……ギルスの闘う理由だった。
「はいリク、口開けて……あ〜〜ん」
「あ、うん──ん、美味しい」
「本当? 良かった……まだまだあるからたくさん食べてね」
手製のぼた餅を持参してやってきた美森。母のように姉のように甘やかしてくる。普段より浮き足立ったその態度は、隠しきれない不安の現れか。
「美森ちゃん、ちょっと落ち着いて……夕食直後でそんなには食べられないよ」
「あっ……そう、そうよね。ごめんなさい。それじゃあ他に何か欲しいものはある? してほしいこととか」
「大丈夫だよ。今はなにより君と落ち着いて話がしたいかな……どうしたの?」
「……ごめんなさい、私はいつまで経ってもダメね。結局いつもいつも、あなたに心配をかけている」
重く息を吐き、脱力する美森。なにかと考え込みがちな彼女には、陸人の前でいつも通りを装うことはできなかった。
「明日が不安?」
「そうね。戦うこと自体はそれほどでもないの。ただ、明日の決戦には賭けるものが大きすぎる……それに、きっと四国の誰もがその行く先を見届けることになるわ」
「うん。勇者は神樹様のご加護で個人が分かるような映像にはならないはずって聞いたけど」
元々勇者システムや防人の戦布には不測の事態に備えて一般人の目を欺く機能が備わっている。ネスト戦で市街地での戦闘になった際にも、この機能のおかげで市民の興味をライダーに絞り込むことができていた。
「そうじゃないの。私達じゃなくて……リクは人が見てないところでも頑張れる人だけど、人が見ている前では余計に頑張ってしまうでしょう?」
以前よりも背負い込み癖はマシになったとはいえ、陸人は仮面ライダーに託された使命と立場をしっかり自覚している。いざ戦場に出てしまえば、市民の心の安寧のために何らかの無理をしてしまうことは十分に考えられる。
「リク、自覚がないようだから改めて言うけど……あなたはもう限界などとっくに超えているの。これ以上他人の荷物を肩代わりしていては本当に壊れてしまうわ」
「美森ちゃん……」
「自分の身体、ちゃんと見て……そんなボロボロのあなたを戦場に送るしかない私達の気持ちも、ちゃんと分かって……お願いよ、リク」
陸人は身体を蝕まれてからずっと、どうすれば仲間が気に病まず決戦に臨めるかということしか考えていなかった。そんな義務感だけで作り上げた笑顔を、美森はどんな気持ちで見続けていたのか。
(俺は……どうすれば良かったんだろう)
今目の前で泣き崩れている美森を見て、陸人は何も言えなかった。結論から言えば、陸人は間違ったことはしていない。最悪の状況での最善手を選び取り、完璧に役割を果たした。
(美森ちゃんを泣かせたくない……これまでずっとそう思って戦ってきたのにな)
しかし最善はあくまで最善、最高には程遠い。一度でも罪爐の闇に侵された時点で、美森が泣かない最高の結末は訪れなかったのだ。
「ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃ……こんな、子供みたいに……」
「いいんだ、我慢しないで……ごめんな」
とうとう陸人の腕に縋り付くように泣き崩れた美森。そんな彼女に何かを言おうとしては口をつぐむ、いつになく弱々しい陸人がそこにいた。
「……取り乱しました。大変な失礼を」
「いや、元々俺が悪いんだし……」
まだ赤い眼で必死に取り繕っている美森。明日に向けての激励のつもりで来たのに、いつの間にかこちらが宥められていた。
(本当に……この人の前でだけは自分を偽れない。こみ上げてくる想いを堪えられない)
「楽になった?」
「ええ、ありがとうリク。あなたには迷惑ばかりかけているわね」
「誰かを思って心のバランスが崩れてしまうのは、それだけ君の中で他者を思う心の配分が大きいっていう証拠だ。それは絶対に悪いことじゃない。恥じる必要なんてないんだよ」
相変わらず他人の美点を見つけるのがうまい。根本的に人を愛しているが故なのだろう。
「リク……今日は渡すものがあって来たの」
「渡すもの?」
「ええ。これなんだけど、私が拵えたの……受け取ってくれる?」
おずおずと差し出されたのは、白地に青で刺繍された御守り。優美であり且つ華美でない上品な装丁。仄かに伝わるアサガオの香り。美森を思わせる出来栄えに、作り手本人の隠された意図が見え隠れしている。
「美森ちゃんが拵えたってことは……」
「ええ。私には巫女の適性もあるって聞いたから。上里さんにお願いして、本職の巫女さん達の修行に混ぜてもらったの」
神の声を聞く資質を持つ者──巫女。
神の力を宿す資質を持つ者──勇者。
この2つの資質を1つの身に持つ者を『救世主』と呼ぶ。美森は勇者と巫女の長い歴史の中でもごく少数しか確認されていない救世主の1人。友奈とは別ベクトルで特別な存在だ。
「最初は勇者としての力を高めることに繋がるんじゃないかと思って、精神鍛錬のつもりで始めたんだけど。神樹様の威光を形あるものに取り込むっていう修練があってね」
その過程で一般的な神職と同じように、祈祷から始まる御守り作りをやってみたという。基本的に何かを願うなら"安産祈願"や"交通安全"といった特定の内容に沿って祈るものだが、不慣れな美森はいくつもの願いを欲張って込めている。
「"私が心から慕う男の子を、どうか奪わないでください"って祈りを込めてあるの」
「……!」
「明日も、その先も……きっとあなたを守ってくれる。私の想い、持って行ってくれる?」
"必勝祈願"、"健康長寿"……そしてほんの少しだけ"縁結び"の願いを込めた手製の御守り。陸人を思う美森の心の全てを詰め込んだ世界で一つだけの贈り物だ。
「今のリクだと持ち歩くのも難しいと思って、長めの首紐を付けておいたの。掛けてもいい?」
「ああ、ありがとう」
ベッドに腰を下ろしている陸人の上に、マウントを取る形で乗り上げた美森。首の後ろに手を回して、動かない陸人の身体に密着。そして──
「──っ!……美森、ちゃん?」
「ごめんなさい、体制崩しちゃって……どうかした?」
「……いや、なんでもない」
首の付け根に一瞬鋭い痛みが走る。右側まで感覚が怪しくなってきたせいでよく分からなかったが、唇が触れたような感触があった。
(……うん。初めてやったけど結構うまく残せたかしら。今のリクなら朝には消えてるかもしれないけど……)
「……あの、何かついてる? 俺自分の身体に目線向けられなくて」
「いいえ、なんにも?」
それにしてはやけに首元を凝視されていたような。いや、凝視というより、どこか熱っぽい視線が向けられていた。心なしか美森の頬も赤いような気もする。
「私からの贈り物ふたつ……大切にしてね?」
「ああ、ありがと──ふたつ?」
「それじゃ、また明日。おやすみなさい、リク」
「え、あ……うん、おやすみ」
何故か来た時よりも軽い足取りで去っていった美森。疑問符を浮かべる陸人の首元には、虫に刺されたような赤い痕があった。
時に穏やかに、時に慌ただしく、時に妖しく、時間は万人に等しく流れていく。そして──
「……今日、か」
神世紀300年12月31日。世界の成り立ちからずっと全ての命を呪い続けてきた悪意との決着。世界の終わりと、新たな世界の始まりを賭けた一戦の日がやってきた。
完全な余談――首へのキスマークには独占欲や執着といった意味合いがあるそうです。
一人一話とかでじっくり描けたら良かったんですが、これまでに積み上げたフラグと信頼関係が盤石すぎてそこまで話を盛れなかった……
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに