A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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続けて陸人くんの過去をサラッと語ります。

すっ飛ばしてもまあなんとかなる話だと思います。
オリ主の過去語りなんて興味ねーよ、って方はスルーしてください。

ここはだいぶ雰囲気変わるので、お気をつけて。


五章4話 追憶

 遺跡から出る道中、陸人はアマダムから確認できた事実を聞いていた。

 

(じゃあ古代の怪物が?)

 

 ──ああ、天の神が蘇らせたのは2体。その内1体が昨日出くわしたあの男だ。奴らの中でも最上級の力を持つ者と、さらにそれを超える連中の頂点。2体で済んだのは喜ぶべきだが、面倒なことになるな──

 

(大丈夫、俺たちみんなで絶対に勝つよ)

 

 ──そうだな、そのためにも貴様は自分のできること、自分の力を正しく知らねばならぬ──

 

(俺の力……黒のクウガか……)

 

 ──アレは私に本来ある力とは違う。故にこれまではっきりしたことは言えなかったが、現在把握していることだけ伝えておく。黒のクウガで戦えるのは一度の戦闘で3分だ。それ以上は貴様が持たん。こちらで変身を解く──

 

(3分か……長いような短いような……)

 

 ──貴様と勇者の負荷を考えたギリギリの制限時間だ……それともう1つ。黒の力で勇者とつながったクウガは、勇者の穢れを肩代わりすることもできる。褒められたやり方ではないがな──

 

(球子ちゃんの時の……肩代わり、ってことは……)

 

 ──そうだ、穢れを消すことはできない。貴様に移しているだけだ。心も体も普通ではない強度を誇る貴様なら、有効かもしれないが……タダでも今のクウガは私との融合と、黒の力の負荷がある。その上に新たな負担を重ねた結果どのような弊害が発生するか、私にも予想がつかん。本当にどうにもならない場合のみ、と考えておけ──

 

(……覚えておくよ、忠告ありがとう)

 

 ──貴様が死ねば娘たちを守るものはいなくなる。そして彼女たちの笑顔を奪うことになる。決して忘れるな──

 

 

 

 

 

 遺跡に残された映像を見て、1つ分かったことがある。

 

 アマダムの尊大でありながら妙に気を使われているような感覚。

 アレはきっと、雄介が何かしら自分のことを言い含めていたのだろう。

 陸人はそう思った。その予想は半分当たっていた。

 

 アマダムは雄介の弟として、陸人に義理のようなものを感じていた。最初から忠告じみた発言が多かった原因はそれだ。

 しかし雄介の背を追い、彼とは違う勇者として戦う陸人を見て、彼本人にも情が湧いてしまった。

 

 アマダムは『伍代』と関わるうちに丸くなっていく己を自覚していた。そんな自分を、悪くないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟からほど近い平野。今夜はそこに野営することとなった。

 

 火を囲むように輪になって座る勇者たち。

 遺跡で分かったことの概要を説明する陸人。仲間たち、特に雄介と一年の交流があった歌野と水都の衝撃は非常に大きなものだった。

 

「……知らなかった……死んだとしか聞かされてなかったから……てっきり侵攻の時にって、そう思ってた……」

 

「言ってくれれば……何もできなくても、せめて言ってくれれば……!」

 

「ゴメン、兄さんは、そういう人だから……誰かを大切に思うあまり、自分の大きさを忘れちゃうんだ」

 

 涙を浮かべる水都の目尻をハンカチで拭いながらあやすように言う陸人。その言葉は、彼以外が言えば説得力があっただろう。

 

「それを言うなら陸人さんもそうです。ややこしいところで似た者兄弟だったんですね」

 

「……そうかな? まあ、出会ってからは兄さんのマネばかりしてたからね」

 

「ふむ、叶うなら会ってみたかったな……陸人にそれほどの影響を与えるような人物に」

 

『出会ってから』

 その言葉を口にしたとき、陸人のなかに引っかかりのようなものが生まれた。

 

 自分は多くを秘密にしている。過去も、今現在抱える問題も。

 これまではそれでいいと思っていた。余計な重荷を背負わせることは避けたかった。

 

 だが雄介の秘密を知り、秘密にされていたことにショックを受ける歌野と水都を見て、これでいいのか……と迷いが生じる。

 雄介と同じように、死んでから全てを知ったところで虚しさが残る。

 

 死んでしまえば、その涙を拭ってやることもできないのだ。

 

 

 何かを言おうとして口ごもる陸人。その様子に気づいた友奈が、自分なりのフォローを入れた。

 

「みんな。急なんだけど、私の話、聞いてくれるかな?」

 

「高嶋さん?」

 

「私はずっと、自分のことを誰かに話すのが怖かった。でもりっくんのお兄さんの話を聞いて、秘密にされる方の痛みっていうのが分かる気がして……これから何があるか分からない、なんて言い方は縁起悪いけど、その前に私自身のこと、みんなに知ってて欲しいんだ」

 

「友奈ちゃん……」

 

「そういうことなら話してくれ。友奈のこと、私たちはもっと知りたい」

 

 全員が頷く。それを見た友奈は、小さく笑って口を開く。

 

 名前、誕生日、血液型といった自己紹介。

 幼い頃の自分の話。

 友奈自身が思う『高嶋友奈』について。

 

 一通り話し終えると、友奈は少しスッキリした顔をしていた。

 

「……ありがとう、高嶋さん……あなたのことをもっとよく知れて、嬉しい……」

 

「私の方こそありがとうだよ! やっぱり自分を出すと楽になるね」

 

「それでいい。これからも、友奈の好きなように自分を出していけばいいさ。私たちは、仲間で友達だ」

 

「ありがとう、若葉ちゃん……それじゃ、もう1人話して欲しい人がいるんだけど……みんなも同じ気持ちなんじゃないかな?」

 

 その言葉に全員の視線が陸人に向く。ここまで場を整えれば話しやすいだろう。友奈の配慮だった。

 

 

「ありがとう、友奈ちゃん……長い話になるかもしれないけど、聞いて欲しい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伍代陸人。当時の呼称は4号。彼は両親の顔を知らない。

 物心ついた頃には少年兵として教育を受けており、自分がどこで生まれたのか、今いる場所がどこなのかすら知らなかった。

 

 4号は優秀だった。これは後に調べて判明したことだが、彼は学習能力、適応能力が一般より大きく秀でていた。一度見たものをすぐに記憶、学習、習得、応用する。6歳になるころには、少年兵だけの自警団のリーダーとして、飼い主からも同胞からも信頼される存在となっていた。

 

 そんな彼が最初に学んだこと。誰に教わるでもなく、日々の中で刷り込まれた最初の常識。

 

『殺さなければ殺される』と、『生きるためなら殺してもいい』

 

 そんな常識に従い、4号は敵を殺し、仲間を守ってきた。

 飼い主もそんな4号を気に入り、褒めてくれていた。

 

 飼い主は元兵士で、内戦真っ只中の国のさらに戦火のど真ん中にある故郷、老人ばかりの小さな村を守るため、そこらにいる戦災孤児を集めて戦力としていた。

 

 4号は飼い主の事情を知っていて、その意味を理解していた。そしてそれ以上に、仲間たちに愛着のようなものを持っていた。

 彼らが死なずに済むように、自分の持つ技術を教えたりもしていた。仲間たちは無理難題を平然とやらせようとする彼に呆れながら、信頼していた。

 

 5号。自分と地続きで呼ばれる少女とは、特に仲が良かった。

 

「あのさー、プロの兵士が本気で隠れてたら、私たちじゃ見つけられないよ……」

 

「そうか? 不自然な部分、いつもと違う部分に注視すれば──」

 

「誰もがあんたみたいに常に景色注視してるわけじゃないからね?」

 

 手がかかる弟を見る姉のような5号。4号は彼女の言葉に納得できないような反応を返す。

 4号は誰でもできると思っていて、5号はコイツがおかしいんだと思っていた。客観的に見て正しいのは5号の方だ。

 

 また、それでもいいと5号は思っていた。普通じゃない4号が、みんなを守るためにその力を振るう。自分たちがそれを信じてついていく。

 そんな仲間の在り方を、5号は気に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、村のほど近くで紛争が勃発。チームは偵察を命じられ、4号は仲間を率いて森を歩いていた。

 

「昨日はでっかいイノシシが取れたからな。晩飯は期待できるぜきっと」

「へぇ、それは楽しみだな」

「私、イノシシ好きじゃないし、日頃のお礼を兼ねて私の分4号にあげるよ」

「礼を言われる覚えはないが、そう言ってくれるならもらおうかな」

 

 いつも通りの雰囲気で、少年たちは進む。

 

 

 

 

 

 ある一点で、4号()()()危険に気づいた。

 

「全員木の陰に! 敵だ‼︎」

 

 木を盾にして銃弾を凌ぐ4号。

 少し指示は遅れたが、自分がこうして反応できたのだから間に合ったはず。4号はそう考えていたが……

 

 

 

 振り返ると、10秒前まで笑いあっていた仲間たちは、1人残らず死体に変わっていた。

 

「……え……?」

 

 あまりの光景に絶句する4号。1番の年上で相談に乗ってくれた1号も、最近加わったばかりの幼い22号も、姉のようにも妹のようにも思っていた5号も、全員が物言わぬ屍になっていた。

 

 

 4号は走る。走ればこの現実から逃げられる、とでもいうように。

 どれだけ走っても逃げられず、気づけば習慣で飼い主が待つ村に戻っていた。そこには……

 

「どうしてくれるんだい! この村はもう終わりだよ!」

「だからあんなガキに任せるのは反対だって言ったんだ俺は!」

「俺のせいじゃない! あいつらがヘマをしたんだろうが!」

 

 誰もが自分の不安を怒りに変換して隣人にぶつけている。1人として少年たちの死を悲しむ声はなかった。飼い主も、村の人間も、不満をぶちまける道具として彼らを呼んでいた。

 

 

 

 4号は走る。何もかもが分からなくなり、これまで築いてきた彼の世界が音を立てて壊れていく。

 やがて村の辺りで火の手が上がったのが見えたが、4号にはどうでもいいことだった。

 

 

 ひたすらに走る。日が落ち、また日が昇っても変わらずに走り続けた。

 腹が減ればその辺の草をむしり、気絶するように眠り、あとはただ走る。

 

 

 

 

 7度目の朝日を迎え、国境を超えたさらに先で、とうとう4号は力尽きた。倒れる少年を、1人の日本人男性が抱えて運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは……?」

 

「あ、起きた? 良かった」

 

「……誰だお前……」

 

「俺は伍代雄介。倒れてる君を見つけて、とりあえず運んできたんだ」

 

 どうやらテントの中らしい。周囲を見回すだけでも体が軋む。

 

「君は……やっぱり戦地から来たんだよね?」

 

「聞いてどうする……」

 

「分かんないけど、ほっとけないよ。君は子供で、俺は大人なんだから」

 

 4号は鼻で笑った。彼にとって大人とは、無駄に重ねた歳しか誇る所のない愚物でしかなかった。

 彼は全てを話した。この平和ボケした顔が歪む様を見て、さっさと自分を放り出させようと考えたのだ。

 

 

 一部始終を聞いた雄介は、涙をこらえて4号を抱きしめる。

 

「……何をしている……」

 

「君は、悲しくて、悔しいんだね……」

 

「…………」

 

 4号は悲しかった。自分1人残して全員が死んでしまったことが。

 4号は悔しかった。仲間の死が無駄だったと言われているようで。

 

 初めて触れた人の暖かさに、4号は泣いた。声も上げず、表情も崩さず、静かに涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

「これから、どうするの?」

 

「分からない……とりあえずいつまでも世話になる気はない。返せるものがなくて心苦しいが、すぐにでも出てくよ」

 

「何言ってんの、そんな体じゃ死んじゃうよ!」

 

「その時はその時だ。生きられなくなったところで死ぬ。そうすれば……」

 

「仲間に会えるとか思ってるなら、それは間違ってるよ」

 

「!」

 

「君が仲間を大切に思ってるのと同じように、仲間も君を思ってる。君だけでも生き残ったことを無駄にするのは仲間への裏切りだよ」

 

「……それでも、俺には生きる意味がない。自分に何があるのか、分からないんだ」

 

「その答えは俺も教えられない。けど、分からないなら分かるまで生きてみるのもアリだと思わない?」

 

「……」

 

「仲間たちの死を悲しめるのは君しかいないんだ。その君が死んじゃったら、誰も君たちのことを覚えている人がいなくなるんだよ」

 

「……俺だけ……」

 

 4号は仲間のことを忘れないために生きることを選んだ。当時の4号は、本当にそれしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4号は雄介に連れられ、日本に住むことになった。この時初めて、4号は自分に日本の血が流れていることを知った。

 雄介の妹、みのりと出会う。誰よりも柔らかく、暖かい愛を持っている女性だった。

 彼女に名付けられ、4号は『陸人』と呼ばれるようになる。

 由来は、地にしっかり足をつけて立ち、1人の人間として確かな生き方を見つけて欲しい、という願いを込められたらしい。

 

 みのりはひたすらに陸人を愛した。知識を教え、常識を教え、家族という概念を陸人に刻みつけた。

 

 雄介は陸人に世界を見せた。珍しい動物の写真を撮りに山野を周り、特に目的もなく海で遊んだ。

 

 特に大きな影響を与えたのは、たまたま出くわした被災地での人命救助だ。

 そこで陸人は、自分の力で誰かを守ることの意義を思い出した。

 

 陸人が自分の夢を見つけたのもこの時である。

 

 

 

 それ以来、陸人は雄介のマネをするようになり、多くの技を習得した。彼のような人間になろうと、誰かのために頑張れる人間になろうと努力し、そして度々仲間を思い出しては自己嫌悪を繰り返す。

 陸人はあの村の場所も分からず、墓すら作れなかったのだ。

 しかも自分は、戦争とはいえ何人もの人を殺してきた過去があるというのに。

 

 少しずつ幸せを感じている自分。仲間のことを忘れようとしている自分が許せなかった。他人の死の上で生きている立場で、幸せをつかもうとしている事実を認めるのが怖かった。

 それでも今の幸せを捨てられず、そんな自分が好きになれず……

 

 

 

 

 非常に複雑な心境で成長した陸人は、あの惨劇の夜を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこから先は知っての通り。クウガになって、今日まで戦ってきた。こんな感じかな……俺の今までってのは」

 

 

 勇者たちの反応は様々だった。悲しげな者。驚いた者。どこか納得した者。

 

 例えば若葉は、『死者への想いを忘れないこと』にあれほどこだわる陸人の心がやっと理解できた。殺した敵と守れなかった仲間のことを忘れそうになっている自分と若葉を比べていたのだ。

 

 千景は、『愛されてこなかった者』への対応が妙に手馴れていた理由を察した。あれは自分が姉にされたことを真似していたのだろう。

 

 歌野は、無理を押して諏訪の住民の墓を作った陸人の心情が分かった。自分と同じ後悔をさせないために、という思いだったのだ。

 

 そして友奈は、陸人の「誰かのために」という考え方の根元が自分とまるで違うことに気づいた。

 自分に価値を見出せないから、誰かのために軽く投げ出せる。

 自分が嫌いだから、誰も嫌いになれず。

 それが陸人に度々感じる危なっかしさの原点だと、彼女はようやく確信した。

 

 

 

 

 

 

 そんな中、球子が沈黙を破り、問いかける。

 

「陸人はさ……今でも幸せになるのが怖いのか?」

 

「……そうだね……俺は、幸せになっていい人間だとは思えない。それは変わらないかな」

 

「でも、幸せだって思うことはあったんだよな?」

 

「……うん……家族といた時も、今みんなといる時も、幸せだなって思うよ」

 

「ならそれでいいじゃんか! 陸人は頑張ってるんだ、幸せになって誰が文句言うんだよ!」

 

「……でも俺は……」

 

「あ〜も〜分かった! じゃあ仮に、仮にだ。昔の仲間が陸人の幸せを呪ってたとしても、その全員分よりもでっかく、タマが喜んでやる! タマが祝ってやる! これならいいだろ?」

 

「球子ちゃん……」

 

 彼女らしい、力押しで無茶苦茶な理屈だった。だからこそ頼もしく、眩しい言葉でもある。

 

「陸人さん……確かに色々あって、大変なことばかりですけど……私は今幸せです。その幸せは、陸人さんがくれたんですよ?」

 

「杏ちゃん……」

 

「誰かを幸せにできる人は、自分も幸せになる権利があるはずです……私、おかしなこと言ってますか?」

 

 理屈が通っているようで感情論一直線な杏の言葉。面倒な理屈をこねて幸せから逃げようとしている陸人のために、彼女が即興で考えた理屈だから仕方ない。

 

 

 

「今を生きる人ならば、今に目を向けなくてはならない……私にそう言ったのはお前だぞ、陸人」

 

「若葉ちゃん……」

 

「手を伸ばせば届くところに、陸人さんの幸せはあるはずです……後悔したくないんですよね?」

 

「ひなたちゃん……」

 

「……あなたは家族に愛されていたのでしょう? ……私への態度を見れば分かるわ……誰かに愛される人は、無価値なんかじゃないはずよ……」

 

「千景ちゃん……」

 

「りっくんが自分を嫌いでも、私はりっくんが好きだよ。だからできれば、私が好きな人をりっくんも好きになってほしい……ワガママかもしれないけど」

 

「友奈ちゃん……」

 

「陸人さん……私たちが信じて、雄介さんが信じたあなたのこと、ちょっとだけでいいから……信じること、できないかな?」

 

「水都ちゃん……」

 

「人は綺麗なだけでも汚いだけでもない生き物なんでしょ? ……なら今悩んでるのがあなたの汚い部分。で、これまで私たちが見てきたのが綺麗な部分。他の人をそうやって優しく見てるんだから、自分にだってできるはずだよ」

 

「真鈴さん……」

 

「難しいことは分からないけど、陸人くんがいるから私は今ここにいる。私は陸人くんと一緒にいて楽しい……それじゃダメなの?」

 

「歌野ちゃん……」

 

 

 

 

 仲間たちの言葉が胸に響く。陸人が何より尊いものだと見ていた少女たちに、自分の価値を認められる。その事実がこれまでの陸人をひっくり返そうとしている。

 

 

 ──陸人も、自分のことを、自分の夢を何より大切に生きて欲しい。それが兄として、弟に願うことです──

 

 

 兄の最後のメッセージを思い出す。家族が、彼女たちが、自分の幸せを願ってくれるなら……

 

 

 

「ありがとう、みんな。少しずつでも……自分のこと、好きになれるように頑張るよ」

 

 まだ少しおかしなことを言ってはいるが、自分に対して前向きな言葉が聞けたことが、勇者たちは何より嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、陸人は黒の力、アマダムとの融合、穢れの肩代わりなど、黙っていた全てをさらけ出した。

 全員がたいそう驚いたが、今出せる結論は慎重に力を使う、くらいしかなかった。

 

 長い話を終え、眠りにつく一同。

 陸人も寝ようとしたのだが、色々なことを経て心が落ち着いていないのか、寝付けずにいた。

 

 毛布の上でボンヤリと星を見上げる陸人の隣に、歌野が座る。

 

「歌野ちゃん、どうしたの? 眠れない?」

 

「いえ、さっきまでスリーピングだったんだけど。不意に目が覚めちゃって……」

 

 歌野は嘘をついた。陸人の様子を見て、彼の話を聞いて、眠れないだろうと思い自分も起きていたのだ。

 2人はポツリポツリと言葉を交わす。話題は陸人、そして雄介のことが多い。

 

「雄介さんは、野菜にも詳しくて、色々助かったわ」

 

「野菜の作り方、教えてたりもしたからね」

 

 大好きだった兄、今この気持ちを共有できるのは歌野と水都の2人だけだ。

 

「そっか。兄さん、そんな話までしてたんだ……」

 

「ええ、家族の話はよくしてくれてた。聞いた通りのナイスな弟君だったわ。ホント、よく似てる……」

 

 自分のことも話していたと知り、照れ臭そうにする陸人。歌野はその顔に隠しきれない悲しみを感じ取った。

 1年足らずの付き合いだった自分でさえ気を抜けば泣きそうだ。なら、陸人は? 

 

「陸人くんは泣かないの? 私はちょっと泣きたい気分だけど」

 

「ん……遺跡でちゃんと泣いたから、大丈夫だよ」

 

「それでも大丈夫には見えないわ。今日は色々あったし、なんなら私は戻りましょうか?」

 

「ホントに大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 暖簾に腕押しな陸人の態度に、歌野は強硬手段に出る。

 農業で鍛えた腕力で、陸人を自分の胸に抱きしめたのだ。

 

「う、歌野ちゃん⁉︎」

 

「ソーリー、私が泣きたくなっちゃって……泣き顔、見られたくないのよ」

 

「だったら俺が離れるし……後ろ向いたり、目を閉じたり、他にやり方が……」

 

「ん〜、でも人肌恋しいっていうか……なんでもいいから大人しくしてて、陸人くん」

 

 泣く気配がない声色の歌野。陸人はやむなくされるがままの体制に甘んじている。

 

 

 しばらく経つと、歌野が小さく鼻歌を奏でながら、陸人の頭を撫で始めた。ずっと緊張しきりだった陸人は、徐々に心を落ち着けていく。

 

「泣かないっていう男の子の意地は分からなくもないけど、涙を流すだけが泣くことじゃないと思うのよね」

 

「歌野ちゃん?」

 

「涙をこらえるっていうのは本当は泣きたいってこと。ならせめて泣きたいっていう自分のフィーリングは認めたほうがいいわ」

 

 悲しくて涙が出る。それを誤魔化し、涙をこらえるのは精神衛生上良くないこともある。泣かないなら泣かないなりに悲しみに素直になるべき。歌野がいうのはそういうことだ。

 

「ありがとう、迷惑かけてゴメン……」

 

「ノンノン! 陸人くんのお役に立てたなら嬉しいわ」

 

 涙を流さず悲しみにくれる陸人。その全てを見なかったことにして頭を撫でる歌野。

 

 

 

 歌野の勇者服のモチーフは『金糸梅』

 金糸梅の花言葉は『悲しみを止める』

 歌野はいつでも前を見て笑う。泣いている誰かを笑わせるために。

 歌野はいつでも優しさを忘れない。悲しむ誰かを抱きしめるために。

 彼女の心は今、陸人の悲しみを受け止めることだけに向いていた。

 

 

 

 

(この感じ、どこかで……ああ、そうか……みのりさん……)

 

 陸人は亡き姉を思い出し、同時に凄まじい眠気に襲われた。

 

 

 

 

 

「……陸人くん? ……あら、スリーピング」

 

 自分の腕の中で眠りについた陸人を見て、歌野の中に不意にいたずら心が湧き上がる。

 

(洞窟で寝てた時、きっと寝顔見られたし、これでおあいこよね?)

 

 あの夜、歌野と水都が寝た時に陸人は起きていた。2人の就寝を確認する時に寝顔を見たはずだ、というのが歌野の主張だ。

 事実は不明だが、歌野の中では見られたというのが真実らしい。起こさないように体を離し、陸人の寝顔を覗き込む。

 

 

 眠りにつく陸人の目から、涙が一筋落ちていた。

 

 

 夢の中では、ちゃんと悲しみと向き合えているようだ。

 少し安心した歌野はゆっくり元の体制に戻り、さらにゆっくり横になる。

 

「おやすみ、陸人くん……」

 

 彼が少しでも幸せな夢を見られていますように……そんな祈りと共に、陸人を優しく抱きしめたまま、歌野は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸人ー! どういうことだ、これはっ⁉︎」

 

「歌野さんと抱き合って一夜を……そんな……!」

 

「待って、誤解を生むようなことをしたのは謝るけど、別にやましいことがあったわけじゃ……」

 

 翌朝、そのままの体制を全員に目撃され、追及を受ける陸人。その顔に昨夜の憂いは見られない。

 

(良かった……いい夢、見られたみたいね……)

 

「うたのん、どうかした?」

 

「なんでもないわ、みーちゃん」

 

(……雄介さん、あなたの分も、陸人くんのこと見てるから……)

 

 歌野は笑う、いつも通りに。自分が笑えば笑ってくれる誰かがいる。それを知っているからだ。

 

「責任とってよね、陸人くん! 私の胸で寝た人なんて、みーちゃんとあなただけなんだから!」

 

「歌野ちゃん⁉︎」

 

「なんで言っちゃうのうたのん⁉︎」

 

 強い意志と自由な心を持つ勇者が、火に油を注ぐ発言をぶつけた。

 驚愕する陸人と、完全に巻き込み事故を食らった水都。

 陽気に笑い続ける歌野。

 

 実に楽しそうに、その目は陸人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




詰め込んだせいで長くなったなぁ……

色々ツッコミどころはあると思いますが、全部現実的に描写したら小説にならないので、ご理解ください……


これにて五章終了です。
次まで少々時間がかかります。前回も同じようなこと言って、結局中1日でまとまりましたが、予定変更で時間が余った結果なので、今度はこううまくはいかないと思います。

章をまとめ終えたら連日投稿、という形でやっていこうと思っています。気づいたらひっそり投稿してる、くらいの気持ちでお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに

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