A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
調子乗りすぎて若干キャラが変わって来てしまっているかも…
曇天の朝、陸人は1人ベンチに座っていた。急遽今日から数日間、検査や訓練の予定が取り消され、暇を持て余しているのだ。空いた時間に今後について考える。どうするべきか、どうしたいのか。
1日使って資料とにらめっこして得た結論は、自分では無理ということだった。奉火祭についてどうこうするのは諦めた。専門外な上に誰かを頼ることもできないのだから。
奉火祭について陸人が知っていると大社に気付かれれば、下手すると巫女たちに何か余計なことをしてくるかもしれない。拘束なり強制なりされてしまえばさらに状況は悪化する。今の追い詰められた大社ならやりかねない。さすがの陸人も彼らの人格面に期待することはできなくなっていた。
陸人の手に負える案件ではない。そもそも完全に門外漢だ。こうなるといかにしてダグバと天の神を封じるかだが……
(確かなんだな? アマダム)
──ああ、天の神は今非常に弱っている。消滅ギリギリまで吸収されたらしいな──
(それなら、ダグバをなんとかできれば……)
──多少でも余力があれば、ダグバを倒せる力ならそのほんの一部でも今のヤツを撃退することはできるだろうな──
(撃退、か……)
──やはり神の集合体だからな。完全に消滅させるということは不可能に近い。だが一度致命打を与えた後なら神樹の手を借りて交渉の場を作ることも考えられる。それもこちらが優位に立てる流れでな──
(なるほど、つまり目下最大の問題は……)
究極の進化。それを目の前にして陸人は迷っていた。
進化するべきかどうかではない。それは考えるまでもなく、するべきだ。それ以外に道はないのだから。
陸人が迷っていたのは自分の心。進化したいのかどうか。
みんなを守りたい。そのためには進化するしかない。だから進化したい。
そんな回り道な思考を経てもなお、進化したいと言い切ることができなくなっていた。
──出会った頃に言ったな。クウガの力を真に引き出せるのは己の内から生まれる感情だけだ。選択肢を奪われ、状況に呑まれて覚悟を決めた気になっている今の貴様では、形だけ進化に至れてもそれで終わりだ。ダグバには勝てん──
(俺の、感情……以前の俺にできていて、今の俺にできていないこと……)
──迷ったなら周りを見渡してみろ。誰かを助け続けた貴様が、誰にも助けてもらえない、などということはありはしない──
その言葉を最後にアマダムは黙り込む。直後に後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。
「……おはよう、伍代くん……」
「あ、千景ちゃん……おはよう」
陸人は違和感を覚えた。千景が挨拶をしてきたこと、ではない。この頃の千景は時々ではあるが自分から挨拶するようになった。数少ない最近陸人が嬉しかったことの一つだ。
しかしここで千景と会うとは思わなかった。陸人が座るベンチは敷地の端。城からも寮からも近くはないし、外に出るにもここを通る必要はない。
「……これから高嶋さんの病室に行くんだけど。その、よかったら……」
もじもじしながら言葉を濁す千景を見て陸人はああ、と納得した。自分に気を遣って、他人を誘うという不慣れなことにも挑んでくれている友達が微笑ましかったし、嬉しかった。
「そっか、よければ俺もご一緒したいな。どう? 千景ちゃん」
「……ホント? よかった……ぁ、コホン……それなら、一緒に行きましょう」
一瞬パァッと表情を明るくし、直後恥ずかしげに誤魔化そうとする千景の愛らしさに陸人は笑顔を隠せない。
フードを目深にかぶり、硬質化した顔を隠しながら病院に向かう。歩きがてら見舞いの品でも買おうかと考えていた陸人の腕を、少女の細腕が抱きしめた。
「──っと、千景ちゃん?」
「……こ、こうした方が伍代くんの顔を隠せるでしょう?」
「いや、この体勢だと却って目立つし……というか、顔赤いよ千景ちゃん。恥ずかしいならやらなければ──」
「い、いいから! このまま行きましょう……それとも、私とじゃ嫌? 鬱陶しかったなら、すぐに……」
悲しそうに表情を歪めて離れようとする千景。陸人はその手を取って引き寄せる。
「そんなことないよ。ちょっと驚いただけだから……嬉しいよ。気を許してくれてるというか、さらに仲良くなれたんだなって」
陸人の言葉に完全に不意打ちを食らった千景。思わず緩む顔を隠すように陸人の肩に押し付けると、流石の彼も動揺する。
「ち、千景ちゃん。これじゃ歩けないよ」
「……い、いいからもう少し待って……! 今の顔を見られたくないの!」
閑散とした今の街で密着しながらワタワタと騒ぐ、側から見ればカップルにしか見えない男女はたいそう目立ったが、2人はそれどころではなかった。
「あっ、ぐんちゃん! りっくんも来てくれたんだね……あれ、どうしたの? なんだか2人とも顔が赤いような……」
「……おはよう、高嶋さん。とりあえず、気にしないでちょうだい……」
「あー、えっと……定番だけど、果物買ってきたよ友奈ちゃん。よければ剥くけど今食べる?」
道中のドタバタを払拭しきれず、微妙な雰囲気でやってきた2人に、友奈は首をかしげる。
「それで、ここのうどんはやっぱり茹でが甘いと思うんだよ!」
「……よく知らないけど、病院食って簡易で質素で少量ってイメージがあるわね……」
「まあ健康面で見れば病院食ほど考えられた食事もなかなかないんだろうけどね」
リンゴを食べながら和やかに話す3人。陸人に気づかれないように2人が目配せをすると、ゆっくりと千景が立ち上がる。
「……ごめんなさい、少し席を外すわ……」
女所帯で3年以上暮らしてきた陸人は、何も言わずに千景を見送る。
2人きりになったところで友奈が一つ深呼吸。勇気を出してベッドから立ち上がる。
「──っ! 友奈ちゃん⁉︎」
「……んっ、くっ……わわっ!」
ほんの数秒直立姿勢を維持して、友奈は倒れこむ。陸人が抱きとめると、鍛えているはずの彼女がこのごく僅かな時間で息を荒げているのが分かる。
「友奈ちゃん、大丈夫?」
「……ふぅ、急にゴメンね。ちょっとりっくんに見てほしくて……」
陸人は友奈を抱き抱えてゆっくりベッドに戻す。優しく腰掛けさせてタオルで汗をぬぐうと、友奈も笑顔に戻る。
「いきなりどうしたの? 危なかったよ今の」
「うん。足はもう動かない、って言われたけど……それでもリハビリはやっててね。体のバランスを取って棒立ちをちょっとの間維持するのがやっとだけど、お医者さんにも驚かれたんだよ」
「それは……すごいね。さすが友奈ちゃん」
陸人は友奈の両足が動かなくなった経緯を記憶していない。それでもノートに残された、憶えていた時の自身の懺悔の気持ち。そして懸命に努力し、変わらず笑っている友奈を見て、かつてと同じように罪悪感を抱えている。
友奈はそれが嬉しかった。何を忘れてしまっても、何を失くしてしまっても、伍代陸人は変わらない。いつだって自分を想ってくれている陸人の気持ちを少しでも楽にしてあげたかった。
そう思えば無意味にも思えるリハビリだって頑張れた。これからだって頑張れる。
「りっくん。私、諦めないよ。だからりっくんも、諦めないでほしいんだ」
「……友奈ちゃん、ありがとう」
「指切りしよ、りっくん……私たちは絶対に諦めず最後の最後まで努力を続けます! ……うん、約束!」
「……ん、約束だ」
向き合って約束を交わす2人。陸人が一瞬俯いた隙に、友奈は小指を絡めていた陸人の右手を両手で強く優しく握る。
「友奈、ちゃん?」
「難しく考えることないの。ただ、分かってほしい……りっくんに生きててほしいって、みんなが願ってることを」
陸人はその真っ直ぐな言葉に何も返せない。忘れてしまうかもしれない。死んでしまうかもしれない。人間としての伍代陸人ではいられなくなってしまうかもしれない。
少女の真摯な願いに応えるには、彼自身が抱える問題が重すぎる。
悩む陸人に、友奈は先ほどとは違う勇気を持って語りかける。
「難しく考えないでってば、もっとシンプルでいいんだよ。
例えば私なら、この足についてはこれから一生向き合っていかなきゃいけない……だから、一緒に真剣になって悩んでくれる、一緒に頑張ってくれる人が生涯のパートナーとして支えてくれたら嬉しい……とかね」
うっすら顔を赤らめて呟く友奈。恥ずかしさに負けて迂遠な言い方になってしまったが、陸人はその意味を汲み取り、即座にその考えを抹消した。
(……いやいや、違う違う。これは単にリハビリを応援してほしいって意味で……自意識過剰か、俺は)
頭をブンブン振って苦悩する陸人。自分の言葉が正しく伝わって、嬉しいやら恥ずかしいやらの友奈。
「りっくんも自分のやりたいこと、考えてみてほしいな。何か見つけたら教えてね!」
空気を払拭するべく友奈が伝えたかったことを総括すると、千景が病室に戻ってきた。
「……それじゃ、今日はそろそろ帰りましょうか、伍代くん……」
「もう? 千景ちゃん、あんまり友奈ちゃんと話せてないんじゃ……」
「……いいのよ。今日はもう十分……」
「そ、そうなの? 分かった。それじゃ友奈ちゃん、また来るからね」
「うん。今日はありがとう! またね、りっくん、ぐんちゃん」
笑顔で手を振り、2人を見送る友奈。
言うべきことは言えた。あとは仲間に託して、やれることをやるのみ。
(今の私にできること。こんな形で戦線離脱した私だからできることを……)
友奈は端末を操作する。ガドル戦以来不安定だった友奈だが、本来の彼女の魅力、笑顔の花が久しぶりに咲いていた。
帰り道。さすがに腕を組もうとはしなかったが、千景が物欲しそうに視線をよこすので陸人は妥協案として手をつなぐことにした。
握った手を見つめて安心したような顔をする千景。陸人は彼女のいつになく積極的な態度の理由に気づいた。
(……そっか、やっぱり心配かけちゃってるよな)
目まぐるしく状況が変わり、気づけば人外化だ。仲間との繋がりに強い思い入れがある千景からすれば怖くもなるだろう。
陸人は少しでも安心感を与えるために千景の手をしっかりと握り直す。
「……ぁ……」
「大丈夫、俺はここにいるから。ちゃんと千景ちゃんの隣に」
2人の手は、その絆の強さを示すように固く結ばれていた。
そのまま睦まじく丸亀城に帰ってきた2人。寮の前で名残惜しそうに手を離し、千景は急に深呼吸を始めた。
「千景ちゃん?」
「……伍代くん、今日はありがとう。私の様子、変だったでしょう? それでも何も言わずに接してくれて……」
「変っていうか、なにか心境の変化があったのかなって」
「……そうね。今日は、勇者らしく勇気を出そうってね。いつも怖くて引っ込めてる素直な気持ちを、素直に表現してみたの……」
「素直な気持ち?」
「……ええ。伍代くんの近くにいたいって思って、自分から誘ってみたり……土居さんや伊予島さんのように触れ合いたいって思ったからくっついてみたり……
自分なりに好意を表現しようとがんばってみたつもりなんだけど、可笑しくなかったかしら?」
素直に好意を表に出せるみんなが羨ましかった。自分もああなりたくて、今日は意識して努力したのだ。陸人としては気恥ずかしさはあれど共にいられる内に千景の成長を見られたことが嬉しかった。
「そっか、うん……嬉しかったよ、こちらこそありがとう。
ただ、あんまり男子にこういうことはしないほうがいいよ? 千景ちゃん可愛いんだから、余計なトラブルの元になっても困るでしょ?」
お前が言うか、という感情をたっぷりとのせた溜息をこぼす千景。同い年だというのになぜこうまで子供扱いされているのか。悔しくなった千景は一矢報いるべく陸人に近づく。日頃から陸人を翻弄しているひなたを参考に、あるかも分からない色気を意識しながら陸人の耳に口を寄せる。
「……大丈夫よ。あなた以外の異性にこんなことしないし、こんなこと言うつもりもないわ……」
そのまま足早に立ち去る千景。残された陸人は手で顔を覆い、深くため息をつく。
「参ったなぁ、ここに来て俺を惑わせてどうしたいんだよ。これ以上未練が増えても困るんだけどな……」
それは未練ではなく希望と呼ぶのだ、とアマダムは言いかけた。それは自分で気づくべきだと自制し、勇者たちに期待して何も口を出さなかった。
陸人を引き止めることができるのは彼女たちだけだと、アマダムはちゃんと分かっていた。
この流れだと決戦まで長くなりそう。話数もだけど、まだ全然描けてないんです。とりあえず今出せるのはあと1話……そこからはまた一週間くらいかけて小出しにしていくかもしれないです。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに。