A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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 友奈ちゃんルート

 ここに来て今回限りの新キャラに挑戦……なんだかファンタジックな話になったかもです。




終章U話 献身(IF:高嶋 友奈)

「これ、新しいストレッチ器具。ベッドの上でも効率よくアキレス腱を伸ばせるように作ったから、良かったら使ってみて」

 

「うん……いつもありがとう、りっくん。おかげでだいぶ調子いいよ、先生も驚いてた」

 

「なんのなんの、友奈ちゃんの頑張りの成果だよ。俺はちょっと手伝ってるだけさ」

 

 リハビリ施設から帰宅した夕暮れ時、いつものように陸人は友奈の部屋にいた。つい先月作った器具の改良版をもう用意したらしい。過ぎるくらいに熱心な彼に、友奈の方が申し訳なさそうな顔をしている。

 

「あのさ、りっくん……」

 

「ん? どうかした?」

 

「私のために色々してくれるのは、すごく嬉しいよ。でも……りっくん自身の時間は……」

 

 先日20歳の誕生日を迎え、成人した陸人。あの激動の時間からそれだけの時が過ぎた……中学生から成人に。人生で最も変化が著しい時期であるにも関わらず、彼は特に変わっていない。

 熱心なのは友奈の世話をすることくらい。3年ほど前には大社で何かの研究に没頭していたが、詳細は教えてくれなかった。高校もおざなりに卒業だけして、大学にも進学せず、時折大社に行く以外は基本友奈のところにいる。

 

「りっくんはなんだってできるし、どんな道でもたくさんの人を幸せにできると思うの。だから、もう……」

 

「友奈ちゃん……」

 

 もちろん陸人の気持ちは友奈自身分かっているし、嬉しくも思っている。未だに言葉で聞いてはいないが、自分以外の7人には直接断りの返事をしたのも知っている。あの陸人が自分を選んで、自分のために時間を費やしてくれていることはとても幸せなことだが、だからこそ解放してあげたいとも思ってしまう。

 

「何度でも言うよ……この足は、りっくんのせいじゃない。だからりっくんにはもっと、自分のやりたいことをやって欲しいんだ」

 

「ああ、だから今やってるよ。君の足を治す……その先に俺の願いがあるんだ」

 

「その先……?」

 

「いや、何でもないよ……とにかく友奈ちゃんは自分のことだけ考えてればいいの。俺のこと心配してくれるならさ、一刻も早く足を治して、君の元気な姿を見せて欲しいんだ」

 

 そう言われると友奈はもう何も言えなくなる。こんな流れでかれこれ5年以上献身的に世話を焼かれ続けてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 温かい雰囲気の中、なんとなく無言のまま見つめ合うこと数秒。部屋のドアがノックされた音で2人の意識が復帰した。

 

「友奈ちゃん、ご飯できたわよー……あら、お邪魔しちゃった?」

 

「お、お母さん!」

 

「あーっと、それじゃ俺はこれで……」

 

「いえいえ……りっくんの分ももう用意しちゃってるから、是非食べてって。2人じゃ残しちゃうもの」

 

 入ってきたのは友奈の母親、高嶋桜子。考古学の研究者であり、戦時中は民間協力者として大社の研究に手を貸していた。

 博学で知的な研究者気質ではあるが、基本的にゆるく朗らかな人格者で、友奈の母親らしさを感じる女性。

 

「今日は友奈ちゃんの大好きな肉ぶっかけうどん! りっくんも好きでしょ?」

 

「でも、最近は毎日のようにご馳走になっていますし……」

 

「それはつまり、毎日友奈ちゃんがお世話になってるってことでしょ? 今さら私たちに遠慮しないでいいの……ね、友奈ちゃん」

 

「うん、私も……りっくんと一緒にご飯食べたいな」

 

 2人の笑顔に何も返せず、力なく頷く陸人。高嶋家に通うようになって3年。陸人は未だにこの親子に勝てた試しがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもありがとうね、りっくん」

 

「桜子さん?」

 

「本当に助かってるわ。りっくんはよく気がつくし、器用だし……何より君がいると友奈ちゃんはすごく楽しそうだから」

 

 リハビリの疲れが出た友奈を寝かしつけた陸人は、桜子に誘われてリビングで紅茶を飲んでいる。何やら神妙な雰囲気に思わず首をかしげる。

 

「だからこそ悩んでもいるの。あなたは本当なら、もっと違う形で世の中のためになれる人なんじゃないかって……」

 

「友奈ちゃんにも同じことを言われました。けど俺はそんな大層な人間じゃないですよ。世のため人のために尽力しようったって、今ほど熱心にはなれなかったと思いますよ」

 

 笑って流す陸人だが、この男は自殺じみた戦い方で世界を守ってきた前科持ちの勇者である。それを知っている桜子は、彼自身のため、そして彼との関係に悩む娘のために言葉を紡ぐ。

 

「あなたの気持ちはとても嬉しい。でも、このまま一生続けるわけにはいかないでしょう? だから……」

 

「俺だって一生やるつもりはないですよ。大丈夫、詳細の説明はもっと固まってからになりますが……友奈ちゃんを治す手段は今準備中ですから」

 

「……! それ、本当? あの子が、また歩けるように?」

 

「約束します。必ず友奈ちゃんの当たり前の生活を取り戻しますよ……俺の人生をかけて」

 

 陸人の言葉には覚悟と確信と、ほんの少しの緊張が含まれていた。陸人の気持ちを正しく汲み取った桜子は、全てを託すことを決めた。

 

「そっか。りっくんがそう言うなら、私は信じます。友奈ちゃんのこと、お願いね?」

 

「はい、俺が必ず……」

 

「幸せにしてあげて……旦那様として!」

 

「……はい?」

 

「あっ、今のうちから私のことお義母さんって呼んでみてくれない? いずれ家族になるんだし」

 

「あ、あの……桜子さん?」

 

「ほらほら、お義母さんって! ね?」

 

 友奈の母親である桜子もまた、言葉の裏の感情を悟る事に長けていた。2人の未来に幸福を……母親として、それだけを願って高嶋桜子は見守り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数週間後、友奈は陸人に連れられて大社の医療施設にいた。治療の最終段階に取り掛かると言われて。

 

「りっくん……何をするの?」

 

「友奈ちゃんが頑張ってきたから、思ったよりも早くここまで来られた。あとはもう、正直運の勝負になるけど……俺と、神樹様と、あとは自分を信じてくれ」

 

 友奈の足を治す方法を考えた時、思い当たったのが陸人自身の体のこと。ほぼ完全に人間を逸脱し、機能の多くを喪失した体。それが今は何の問題もなく動いていると言う事実に着目して、陸人は御姿について研究を重ねた。大社も巻き込んだ奮闘の結果、一度だけ奇跡のチャンスを作ることに成功した。

 

「じゃあ、前に大社にこもって学校行ってなかった時期があったのは……」

 

「うん、俺の体使って研究してたんだ。御姿のこと……」

 

 御姿とは神の力で人体を模ったものであり、全身が御姿である陸人は、神性への適性値だけで言えば以前よりも高くなっている。それを利用して神樹に呼びかけ、友奈に御姿を与えてもらう。

 現実的な手ではないが、神樹と良好な関係を築けていた陸人なら一度くらいは何とかなるかもしれない。そんな最早祈願に近い策に全てをかけて、多くの人が準備をしてきた。その中には友奈たちに協力的だった巫女や、かつての自分たちの行いを悔いている大社職員もいた。

 

「神樹様との交信方法もバッチリだし、友奈ちゃんの体も可能な限り回復してる。今ならやれる……かもしれないってレベルだけど……」

 

「りっくん……分かった、やってみるよ」

 

「友奈ちゃん……」

 

「信じるよ、神樹様も、私も……何よりりっくんのことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹の近くに用意された実験場。寝台に並んで横になる陸人と友奈。これから陸人が神樹と交信し、御姿を通じて友奈の体に働きかける。前例がなく、不確定要素だらけの出たとこ勝負に、流石の友奈も緊張を隠せない。

 

「……! りっくん……」

 

「大丈夫、君は俺が……俺たちが守るから」

 

 震える友奈の右手を、陸人の左手が強く握りしめる。戦場でもこうして勇気を分け合ったこの2人だからこそ、掌から伝わるものがある。

 

「それでは、これから麻酔を開始します……準備はいいですか?」

 

「はい、お願いします。鷲尾さん」

 

「えっと、鷲尾さんって確か……」

 

「直接お目にかかるのは初めてですね。鷲尾実加と申します……高嶋様や伍代様のお力で救われた、巫女の1人です」

 

 巫女の中でも特に勇者への敬意を強く持っていた少女、鷲尾実加。終戦後も彼女は変わらず大社で働いている。勇者への恩返しとして、この計画を成立させる上で必要になる神樹との橋渡し役を務めてくれていた。

 

「そうなんだ……ありがとう、鷲尾さん」

 

「いえ、皆様には大変お世話になりましたから……お二人の体はこちらで確認しておきます。不測の事態に備えて医療班も待機しています。気を楽にしていてくださいね」

 

 実加の合図を受け、2人が目を閉じる。遠く深く、同時にどこか暖かい感覚に包まれて、彼らの意識は彼方へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈は1人、何もない空間に閉じ込められた。彼女は初めてだったが、ここはかつて陸人が度々訪れていた、人が誰もが持っている精神世界だ。落ちる瞬間まで繋がりを感じていた陸人もどこにもいない。肉体から抜けて魂だけになった今でも、足は動かず車椅子に座ったままだった。

 

「あれって、まさか……!」

 

 暫しジッとしていると、上空から光が舞い降りてくる。どこか懐かしい気配に目を凝らすと、小さな2匹の生物が光の中心にいるのが分かる。デフォルメされたような隻眼の龍と、頭から角を生やした小さな少女。

 

「……もしかして、一目連と酒呑童子?」

 

 友奈が勇者として戦う際に、力を貸してくれた存在。神樹とつながった事で、以前結んだ縁を手繰って友奈のもとにやってきた。彼女に陸人の声を届けるために。

 

 "お願いします! 友奈ちゃんを、あの戦いから解放してあげてください! "

 

「……この声、りっくんの……」

 

 陸人が直接神樹に叫んでいる言葉が、精霊を通じて友奈にも届く。

 

 "散々助けられて、更に頼れる立場じゃないのは分かってます。それでも……友奈ちゃんはまだ戦ってるんです。あの子を普通の女の子にしてあげたい……俺がやらなくちゃいけないんです! "

 

 姿こそ見えないが、友奈には陸人が頭を下げているのが分かる。もしかしたら土下座すらしているかもしれない。

 

 "あの子を完璧に幸せにする、それが俺の幸せなんです! お願いします……俺に、彼女を幸せにする権利をください! "

 

「……! りっくん……りっくんは……」

 

 ずっと一緒にいた友奈でも知らない陸人の本音。あまりに情熱的な言葉に、胸が高鳴るのを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に秘めた誠意を乗せた陸人の言葉を最後に、精霊から届く音声が途切れた。不審に思った友奈が顔を上げると、遥か彼方から太陽よりも眩しい光が降り注ぐ。

 

「……いた! 友奈ちゃん!」

 

「りっくん!」

 

 光の中から陸人が飛びこんでくる。伸ばした両手は再び繋がり、2人の魂も光に包まれていく。

 

「りっくん、これって……」

 

「うまくいったよ、神樹様が応えてくれたんだ」

 

 輝きながら魂がほどけていく。程なくこの世界から消えるのだろう。友奈は最後に、目の前に浮かぶ2人の仲間に声をかける。

 

「一目連、酒呑童子……ありがとう、私を助けてくれて……今日のことも、これまでのことも……本当にありがとうね」

 

 精霊は言葉を持たない。表情も変わらない。それでも友奈には、彼らが自分と同じく笑顔を見せてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に復帰した2人が同時に覚醒する。通信機越しに聞こえる呼びかけを無視して友奈の足に目を向ける。恐る恐る足を動かして立ち上がる友奈。数年間動かなかったとは思えないほど軽快に動作している。

 

「りっくん……私……」

 

「友奈ちゃん……?」

 

 少しずつ歩いてみる。痛むこともなく、淀みなく動く。

 徐々に速度を上げて走り出す。なんの違和感もない。

 

「やった、やったよ……りっくん! 私……」

 

「友奈ちゃん……友奈ちゃん!」

 

 感情を爆発させて抱き合う2人。この光景が現実であることを確かめるように強く互いを抱きしめる。

 あらゆるアプローチで友奈の体が衰えないように努力を重ねてきたこれまでの数年が、御姿を授かるための土台を築いていた。人の努力と神秘の力を合わせて起こした逆転劇。俗に奇跡と呼ばれる偉業を、陸人と友奈は掴んでみせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査を終え、自分の足で帰宅した友奈を、桜子は涙と笑顔で出迎えた。急遽開かれたお祝いと称したドンチャン騒ぎで、母親である彼女はハメを外して酔いつぶれてしまった。

 仕方なく彼女をベッドに運ぶ陸人。毛布をかけて部屋を出ようとしたところで、寝ていたはずの桜子から寝言ではない明確な言葉が飛んでくる。

 

「りっくん……絶好のシチュエーションよ……頑張ってね……」

 

 やっぱりこの人には敵わないな、と陸人は苦笑しながら懐の包みを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、りっくん! お母さん大丈夫だった?」

 

「……うん、よく寝てる。ただ呑みすぎただけだろうね」

 

 片付けを終えた友奈と陸人が並んで腰掛ける。お互いに言葉を選んでいる妙な雰囲気が2人を包み込んでいる。

 やがて無言の空間に耐えきれなくなった2人が同時に向き合い、口を開く。

 

『あのっ!』

 

「……あ、えっと……」

 

「ゴメン、俺から言わせてくれ」

 

 大きく唾を飲み込み、こわばった表情のまま、陸人が懐から小箱を取り出す。

 

「りっくん?」

 

「友奈ちゃんの足が治ったら、すぐに伝えようって決めてたんだ……」

 

 箱を開いて友奈に見せる。その中には、銀に輝く上品な指輪が入っていた。

 

 

 

 

 

 

「高嶋友奈さん……俺と、結婚してください!」

 

「……! ……はい、私をあなたのお嫁さんにしてください!」

 

 

 

 

 

 真っ赤な顔で笑い合う2人。どちらからともなく近づき、両者の距離がゼロになる。事実上の交際状態になってから約5年。初めてのキスは、プロポーズの後だった。

 

「ありがとう、友奈ちゃん……必ず君を幸せにするから……」

 

「うん、りっくんは私が幸せにしてあげるからね!」

 

「……もしかして、聞いてたのか? あの時」

 

「……えへへ……」

 

 

 

 

 長い長い時を経て、彼らの戦いは完結した。これからの2人には幸せな未来が保証されている。

 

 神さえも認めた、真実の愛で結ばれた最高の夫婦なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 陸人くんが友奈ちゃんを選ぶか、陸人くんが消えるか…友奈ちゃんの足が治るにはそのどちらかしかなかったりします。1番他のルートとの相違が大きいのがこのルートです。
 他のルートでは足は完治しません。もちろん彼女なりの幸せを掴むことはできますが、陸人くんが人生を懸けることで初めてその可能性が生まれるんですね。

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