A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
人が生きる現世の上、次元の壁の向こうにあるもう1つの世界。そこには高次元存在、いわゆる『神』が存在している。
不定形の光の集合体『天の神』
それと向き合うように佇む黒衣の青年……いや、青年の容姿をした人外の神霊『テオス』
両者は向かい合い、対話をしている。天の神の声は音になっていないが、同じ次元の存在にのみ感じ取れるものがあるようだ。
《──────》
「……ええ、彼らはどんどん誤った道へと進んでいる……『勇者』……アレはいずれ、人間の手に余る力になりかねない。そして『ギルス』……あのような稀有な存在が現出すること自体、あの世界が歪んでいる証です」
《──────!》
「人類の組織……『大社』でしたか。また余計な手段を構築したようです。これ以上の進化を止めるためにも、手勢を揃えての大侵攻が必要でしょう。あなたにはそちらの準備をお願いしたい……時間稼ぎはこちらで行います」
絶対的な力を持つ存在が2つ、人類の敵に回っているこの状況、最悪なのは彼らが共同で策を練る程度には協力関係ができていることだ。
「あってはならない存在だというのに……なぜああもしぶとく生にしがみつくのか……!」
テオスの体を覆うように現出する
「……やはり異界の神霊は理解しがたい……まあ良いでしょう、私たちの目的は1つ。人間に危険な可能性をもたらす神樹……速やかに破壊しなければなりません……」
悪意しか感じ取れないその黒を、天の神は何よりも警戒していた。
「……で? お前さんの夢の話を延々聞かされて、俺はどんな反応してやるのが正解だ?」
「え〜しののん冷たい……すっごく似合ってたんだよ〜ロックバンドの格好」
「アイドル衣装の須美と和太鼓ぶっ叩く銀の横でヘドバンしてたんだろ? ハチャメチャすぎんだろーよ」
4人の仲が一歩進展したあの戦い以降、勇者三人娘は定期的に鋼也の部屋を訪れるようになった。放課後に来て、特に中身のない雑談をして、日が暮れる前に帰る。鋼也の方も他人を拒絶するような態度は鳴りを潜め、気安く会話を繰り広げている。
「そういやこの前須美のドレス写真見せられたな……あんな感じか?」
「ちょっと待って! そのっち、あの写真見せたの⁉︎」
「うん! わっしーとミノさんのかわい〜い写真をしののんにも是非見て欲しくって〜」
「って! アタシのもか⁉︎」
「ま、似合ってたと思うぜ? …………イメージと違って違和感はあったが……」
若干照れ臭そうにフォローした鋼也の声が届いていないのか、銀と須美が両側から園子の頰を引っ張ってお仕置きを敢行している。いつも彼女が抱えている抱き枕の『サンチョ』のような形に顔が変形しつつある……それでも笑顔なのが園子らしいが。
「休日はいつまでなんだ?」
「来週の遠足までという話よ。イベントが終わるまで息抜きしなさい、ということなのかしらね」
「はーん、あの人が考えそうなことだな……遠足、ねぇ……」
「鋼也も行けたら……というか、一緒に学校通えたらいいのにな……そうすればもっと一緒に遊べるし」
「……そうだな、ちょっと興味もあるが……ムリだろうな」
「でもさ、今は無理でも、敵を全部倒して、お役目が終わったら、普通の子供に戻るわけじゃん?」
勇者たちと違い、肉体そのものが変質した鋼也のその後がどうなるかは、今は誰にも分からない。それでも銀は前向きに、幸せな未来を見つめている。
「こんな不思議なことがあるんだから、この先どうなるかなんて分からないだろ? 色々全部片付いたらさ、一緒の学校通おうな! そしたら絶対、毎日がもっと楽しくなる!」
「…………まあ、退屈だけはせずに済みそうだな……」
銀の言葉の暖かさに耐えられず、鋼也は俯いて小声で返す。いつからこんなに脆くなったのかと、頭を抱える鋼也。その顔を見なかったフリをして、園子が話題を変える。
「う〜ん、それじゃあ遠足での写真たくさん撮ってくるね〜」
「あ、そうだわ! 私、いいものを用意してきたの」
何やら楽しげに荷物を漁る須美。自慢げな顔で鋼也の前に差し出したのは、電話帳もかくやというほどの分厚い紙束。
「…………なんだこの紙製鈍器は。アレか? 荷物に重りを入れてトレーニングとかそういう話か?」
「ち、違うわよ、これは遠足のしおり! 当日の予定や持ち物は当然として、活動場所の情報や非常時の対処なんかも──」
「……お前ら、このクソ重い上にかさばるしおり? 持って行くのか? どんな罰ゲームだよ……」
「だよなー……正直勘弁してほしいんだけど……」
「なんだかわっしー燃え上がっちゃってて〜」
「というわけで、予備のしおりを鋼也くんにあげるわ。これで少しでも遠足の気分を味わってちょうだい」
その気持ちは大変ありがたいが、重たすぎる……物理的に。
「……一応礼は言っとくが……これ読むのもしんどいぞ」
適当に流し読むだけでも、須美の情熱が伝わってくる。それだけ楽しみにしているのだろう。
「まあ、俺は多分世界一暇な人間だしな……お前らも楽しんでこいよ、勇者の前に小学生なんだしよ」
「当然、バッチリ楽しんでくるさ!」
「えへへ〜、もちろんだよ〜。今度はしののんとも一緒に出かけられたらいいね〜」
「お土産話も、楽しみにしておいてちょうだい」
特になんの変哲も無い子供たちの会話。『化物』を自称する少年に笑顔をもたらす『友達』という存在。紆余曲折あって、ようやく手に入れた有り触れた光景だった。
「……暇だな」
数日後、遠足当日。と言っても鋼也にとってはなんの変哲もない1日でしかない。退屈しのぎに目を通していた鈍器(しおり)も数日かけて、つい先ほど読破してしまった。読んでみるとよくできたもので、暇つぶしにはちょうど良かったようだ。
(……まあ俺くらいの暇人でないと無理だろうが)
須美はいったい何日かけてこれを作成したのか。などと益体も無いことを考えていると──
(──────っ! アンノウン……⁉︎)
件の怪物の気配。しかしいつもと様子が違う。訴えかけてくる感覚がより強い……気配が濃いのだ。その上珍しく
「──っ! ……冗談じゃねえぞ……!」
しおりに(何故か)掲載されていた香川全図で確認すると、やはり間違いない。
(あいつらの、課外活動場所……!)
焦りに焦った鋼也がコールを乱打し、駆け寄ってきた大社職員に噛み付く勢いでまくし立てる。
「今すぐ手錠を外せ! アンノウンだ……銀たちや一般人が大勢いる場所に……急がねえと……」
「お、落ち着いてください、すぐに確認します……」
30秒ほどの連絡ののち、その職員は平坦な声で報告する。
「申し訳ありませんが、そういった情報はありません……この場合我々ではあなたの枷を解くことは……」
「んなこと言ってる場合じゃねえんだって! 人が死ぬぞ!」
暖簾に腕押し、糠に釘。鋼也は安芸を除いた大社職員には一貫して反抗的だった。唯一の味方が現場にいる以上、この場での説得は不可能。
それを悟った鋼也は、これまで3年間忠実に従ってきた
「もういい……だったら俺は……フンッ‼︎」
「なっ! ……手錠の鎖を……!」
一瞬で手枷を破壊して職員の横を走り抜ける鋼也。彼はその気になればいつでも大社に逆らえた。それを知った職員が止めようと警備員を呼び出すが……
「邪魔をするなっ‼︎────変身‼︎」
ギルスの力も惜しみなく使い、強引に囲いを突破する。自分の立場も事後処理も無視した大立ち回り。今の鋼也は『友達』のことしか考えていない。
「ウオオオオオオオオオオッ‼︎」
咆哮と共に本部から飛び立つギルス。電柱や屋根を足場に車以上の速度で駆け抜ける。
(……銀、園子、須美……頼む、間に合え……!)
「みんな、こっちだ!」
「人にぶつからないで、だけど急いで!」
「先生も誘導お願いします〜!」
みんなでアスレチックを楽しんでいた最中、突如現れた
槍を持った黒豹『パンテラス・トリスティス』
弓を持った白豹『パンテラス・アルビュス』
剣を持った青豹『パンテラス・キュアネウス』
双剣使いの赤豹『パンテラス・ルベオー』
錫杖を持った女豹『パンテラス・マギストラ』
この個体がリーダーらしく、黄金の装束を身に纏い、仲間を統括している。
その異形を目の当たりにして、単なる小学生でしかないクラスメイトたちは一瞬でパニックに陥る。教師陣や勇者たちが先導してはいるが、その声もどこまで届いているか分からない。
「ちっくしょう、アンノウンは大社を狙うんじゃないのかよ⁉︎」
「だけど妙ね……アンノウン達、こちらを襲うどころか……」
「何か待ってる……いや、探してるのかな〜?」
逃げ惑う生徒達に視線こそよこすものの、そこから踏み込んでくる気配がない。標的がいないのか、誰を狙うか見定めているかのように。
「どうする? ここで変身したら……」
「戦う意思を見せれば向こうもきっと……だけど今の状況は……」
「このままじゃマズイのは間違いないけど〜迂闊に刺激するのも……」
「……ここは私たちがアンノウンの様子を見ます。あなた達は生徒についてあげて」
「安芸先生〜でも〜」
敵の狙いが読めない現状、守る対象があまりにも多すぎることもあり、行動に踏み切れない勇者たち。
その膠着状態を破壊する咆哮が、空から響き渡る。
「──ルゥオオオアアアアッ‼︎」
獣のような雄叫びと共に、ギルスが上空からアンノウンに飛びかかる。リーダーを狙ったギルスの爪は、割って入ったキュアネウスの剣とぶつかり、火花を散らす。
「チッ……しくじったか」
「鋼也!」
先制攻撃で一匹仕留めようとした奇襲は失敗し、ギルスは飛び退き、銀たちの前に着地する。頼れる仲間の到着に勇者たちは安堵するも、事情を知らない一般生徒からすれば怪物が増えたようにしか見えず……
「キャアアアァァァァッ‼︎」
「もうやだぁぁぁぁ‼︎」
パニックを起こした数人の生徒が、教師陣の先導を無視してあらぬ方向に逃げ出してしまった。この状況で1人にするのはマズイ。安芸が声を出すよりも早く、ギルスの口から指示が飛ぶ。
「銀、園子、須美! お前らは逸れた奴らを連れ戻せ! ここは俺が抑える!」
「──っ! ……で、でも鋼也! 1人じゃムリだよ!」
「いいから早く! パニクったガキなんざどんな危ねえことするか分かったもんじゃねーぞ!」
「ならせめて、私たちのうち1人だけでも残って……」
須美の言葉に続こうと口を開いた園子は、物言いたげなギルスの目が自分を見つめていることに気づいた。
「……ううん、わっしー、ミノさん……それじゃダメなんだよ……しののん! すぐに戻ってくるからね〜!」
「……ああ、早くしねーと1人で片付けちまうからな!」
それだけ言って園子は走って行ってしまう。リーダーの切り替えの早さに驚いた2人は両者を交互に見やりながらどちらにも踏み出せない。
「……行きなさい、彼はあなたたちのことも気にしてるの……ここで問答しても譲りはしないわ。今できるのは一刻も早く生徒たちの安全を確保することよ……ここにいる生徒は私に任せて」
安芸の言葉に首を傾げながらも、2人はひとまず従うことに決めた。躊躇いながら各々別の方向へ駆けてゆく。
「さてと……まさか、大人しく待っててくれるとは思わなかったぜ」
自分たちの問答の間、アンノウンは誰1人としてこちらを狙おうとはしなかった。最初からギルスが狙いだったのか、標的を見定めることができていなかったのか、標的以外は巻き込まないようにしているのか。
(一度に5体も出てくるとはな……俺が普段より早く察知できたのも、数がまとまってたからか……)
一般生徒も徐々に戦場から距離を取れてきた。これなら問題ない。
「まあいい……ここからは、バケモノの時間だ……!」
5対1の絶対的不利な状況。それでもギルスは獰猛に挑みかかる。
(アイツらの楽しみをぶっ壊した報いを、必ず受けさせる!)
友達の笑顔を台無しにされたことを、鋼也は本気で怒っていた。
「4人目、見つけました。これから戻ります」
「気をつけてね鷲尾さん……これで、いないのはあと2人。乃木さん、三ノ輪さん、そちらはどう?」
「まだ見つかってはいないけど〜髪留めが落ちてたから1人はこっちにいるはずです〜。ミノさんは〜?」
「こっちは柵まで来たけど見つからない。ちょっと場所を変えて探してみるよ」
集合場所の駐車場から安芸が指示を出し、3人が捜索する。この手法で逸れた生徒を連れ戻す。もっと人手があれば早いのだが、教師陣は生徒をなだめるのに手一杯な上、この非常時に単独行動を任せられる人材は限られる。
それを承知でもやはり焦る思いは拭いきれるものではない。焦燥感をごまかすために、銀は連絡用に常時繋いでいるグループ通話で園子に話しかける。
「なあ園子……なんでさっき、あんなにあっさり引き下がったんだ? そりゃアイツの言ってることは正しかったかもしれないけどさ」
「ん〜? さっきって、しののんが私たちに捜索に行けって言ったこと〜?」
「あ、私も気になってたのよ。そのっちが決断力があると言っても、切り替えが早いなとは思ってたわ」
「あ〜……あそこで話してもしののんは譲らないって分かったからね〜。ほんとはすっごく優しい人だから、しののんは色々なことを心配してたんだよ〜」
鋼也も、園子なら理解してくれると考えたのだろう。そして園子は持ち前の感性と頭の回転の早さで、彼の意思を正しく汲み取っていた。
「あの場で私たちが戦うってなったら、学校のみんなの前で変身することになるでしょ〜? 怪物に怯えきったところで知り合いが変な格好で戦ってたら……どう思われるか分からないって。そう考えたんじゃないかな〜?」
いくら神世紀の教育が行き届いているとは言え、子供の、それも根源的な恐怖心はどう転ぶか分からない。万が一にも3人の当たり前が脅かされないように。鋼也の優しさという長所と向こう見ずという短所が同時に働いた結果だった。
この数日、鋼也は勇者たちと色々な話をした。中でも1番食いつきが良かったのは学校の話題だ。篠原鋼也が普通の学生に戻ることは恐らくない。だからこそ彼は3人が羨ましくて、それ以上にその普通を守りたかった。たとえ1人で戦うことになろうとも構わない。それくらいには本気で、友達の日常を大切に思っていたのだ。
「鋼也くん……」
「そんなこと……」
「……今のあなたたちにできることは少しでも早く生徒の安全を確保して、彼の援護に向かうことよ……分かるわね?」
「──っ……了解!」
「らじゃ〜!」
「私も捜索に戻ります!」
今は、自分にできることを。勇者たちも、大人たちも、そして鋼也も。この場の全員が同じ思いで懸命に動いている。
戦場に変わった平原。消耗しきったギルスが倒れこみ、前方にはアンノウンたちが武器を下ろして佇んでいる。
「……ぐっ……ハァ、ちくしょう……」
1人仕留める間に3人に囲まれる。全員が武器を持っており、ギルス以上に間合いが長い。こうなるとよほどの実力差がなければ少数側には打つ手がない。そして残念ながら、現状のギルスとアンノウンの間に、決定的な実力差は存在しない。
(お山の大将はまだ偉そうに踏ん反り返ってるっつーのに……一匹も仕留められずにこのザマかよ……!)
リーダー格と目されるマギストラは、未だに後方で様子見に徹している。その余裕が、
「……ギト……イヤ、コノ……ハ……」
「ヤハリ……険スギル……」
小声で何かを話し合うアンノウンたち。鋼也はこの時始めて敵が人語を解するという事実を知ったが、それ以上に彼は相手の態度が気に入らなかった。言葉もよく聞き取れず、嘲笑われているように感じ取ったギルスは、とうとうキレた。
「アアアアァァァァッ! なめてんじゃ、ねえぞぉぉっ‼︎」
ボロボロの体を無理やり引っ張り、ギルスが立ち上がる。まだ動けるとは思っていなかったのか、警戒を強めるアンノウンたち。ギルスは震える足に力を込めて、強く大地を踏みしめる。
「テメエらがなんで人間を脅かすのかは知らねえ……だが、口がきけるってんなら言わせてもらうぜ。テメエらは害獣だ……だから潰す! 絶対にだ……」
言葉を紡ぐギルスに威圧されたように、1番前にいたキュアネウスが一歩退く。その瞬間、密かに構えていたギルスが踏み込み、腹部を爪で貫く。一瞬の出来事に、不意をつかれた他の個体も動けない。
「くたばりやがれっ、クソッタレがあっ‼︎」
二撃目で首を飛ばし、キュアネウスはなんの抵抗もできずに爆散、消滅した。その爆風に吹き飛ばされ、限界が来ていたギルスの変身が解除される。
「────っ! ……どうだ、コノヤロウ……」
ゴロゴロと転がり、各所から出血しながらも鋼也は何度でも立ち上がる。すでに死に体でありながら、確実に強くなっている目の前の少年に、アンノウンたちは無自覚に恐怖していた。
「……ハァ、ハァ……この世には、『天敵』っつー概念がある……バケモノごときにどこまで理解できるか知らねえがな……これだけは、地獄に落ちても忘れんなよ……!」
左半分が血で赤く染まった視界で、それでも鋼也はしっかりと女豹型を指差して宣言する。アンノウンが理解しているかは分からないが、その身から滲む濃厚な殺気と怒りに呑まれ、なんの行動も起こせずにいる。
「テメエらの天敵は、
初めは罪悪感や責任意識からスタートした戦いだった。しかし、こんな自分を友達だと言ってくれた少女たち。あの3人に出会って鋼也は変わった。自己満足に過ぎないケンカが、尊い何かを守るための戦いになったのだ。
──えへへ〜、もちろんだよ〜。いつかしののんとも一緒に出かけられたらいいね〜──
──おみやげ話も、楽しみにしておいてちょうだい──
彼女たちの日常を壊す者は、絶対に認めない。
──色々全部片付いたらさ、一緒の学校通おうな! そしたら絶対、毎日がもっと楽しくなる! ──
そして、あの子の笑顔を奪う者、何より尊いその優しさを穢す者は、誰であろうと許さない。
「必ず駆除してやる……俺が、俺がこの手で──!」
踏み出した足から力が抜け、鋼也の体が地に沈む──
「『俺が』なんてつれないこと言うなよ。『俺たちが』だろ?」
寸前、横から少女の細腕がその身を支える。顔をゆっくり横に向けると、一瞬前まで思い浮かべていた笑顔がそこにあった。
「……銀……?」
「おう、アタシだ」
「しのの〜ん、大丈夫〜⁉︎」
「遅くなったわね、みんなはもう大丈夫よ」
園子と須美も駆け寄ってくる。全生徒の避難誘導が完了したようだ。
「……へっ、思ったより早かったな……ここから奴らを叩き潰す予定だったんだが……」
「そんな体で何を言っているの……ごめんなさい、もっと早く来れれば……」
「気にすんな、大した怪我じゃねーよ」
「ごめんしののん、私たちだけじゃアレには勝てない……もうちょっとだけ、頑張れる〜?」
「余裕だっての……いらん心配する前に指示をよこしな、リーダー」
「終わったらすぐに病院行くぞ……無理、しないでくれよ……鋼也……」
「……だから全然よゆ──チッ、分かったよ……当てにさせてもらうぜ勇者さま」
話していくうちにどんどん頭が冷えていくのを自覚する鋼也。彼がこだわったのはこれだ。この時間を守りたくて戦ったのだ。
先程までの威圧感が消えていったことでやっと目が覚めたように、アンノウンたちが構え直す。
「これで4対4だな……そうだ、せっかくだしみんなで合わせて変身してみない?」
端末を真上にポンポンと放りながら、銀が提案する。いいこと思いついた、と言わんばかりの笑顔だ。
「お〜いいよそれ〜! ヒーローみたいにやるんだね〜」
園子が端末片手に何やらポーズを取る。センスに引っかかるものがあったのか、テンションがやたらと高い。
「遊びじゃないのよ……まぁ、みんながやるなら付き合ってあげるけど……」
頰を赤く染め、須美が小声で同調する。誰もいないのにチラチラと周りを気にするあたり、本当に恥ずかしそうだ。
「……ガキかっつーの……いや、そういやガキだったな……俺も、お前らも……」
呆れたように苦笑しながら鋼也が構える。いい方向に肩の力が抜けている。
4人が一列に並んで心を合わせ、目を閉じる。
「よ〜し、行くよ〜! せ〜のっ」
『変身‼︎』
光が瞬き、花弁が舞い散る。無垢なる心を見初められた、神樹の勇者たちが顕現した。
赤を基調とした装束を展開し、巨大な双斧を担ぐ牡丹の勇者。
三ノ輪 銀
紫主体の装備に身を包み、長槍を振るう薔薇の勇者。
乃木 園子
青と白で構成される勇者服を纏い、弓矢を構える菊の勇者。
鷲尾 須美
緑色の有機的な異形に変貌し、攻撃的な爪を伸ばす
篠原 鋼也
「改めて宣言する……お前たちは、俺たちが潰す……!」
ようやく真の意味で心を1つにすることに成功した勇者たち。
「行くぞ……ここからは、勇者の時間だ……!」
その真価が、ついに発揮される。
『篠原鋼也は命令を無視して制止を突破しました。彼には謀反の意思が──』
「そんな事実はありません……現に彼はいつでも無視できるこちらの拘束に従ってきたのです!」
『しかし彼は……』
「今彼らは戦っています! 現場を知らない人間は黙っていてください!」
安芸は大社からの通信を一方的に切断した。彼女にしては珍しく、隠しきれない怒りが表情に出ている。
(我々が背負うべき責務を全て押し付けてしまった……ならばせめて、最後まで彼らを信じぬく……)
戦闘の轟音に怯える生徒たちのフォローに戻る安芸。教師として、大社職員として、大人としての彼女の仕事だ。
(それが私にできること……そうですよね、真由美さん……!)
「オォラアアアッ‼︎」
「鋼也、伏せろ!」
「わっしー、白いのお願い!」
「了解!」
満身創痍のギルスに、未だ対人戦に不慣れな勇者たち。個々の能力では劣っているものの、その差を連携の練度で補い、完全に五分に持ち込んでいる。
その状況にしびれを切らしたのか、マギストラが錫杖を振るう。直後戦域一帯に複数の爆発が巻き起こる。
「おわあっ⁉︎ 仲間ごと⁉︎」
「チッ、人間如きに歯向かわれて怒髪天ってか?」
仲間が巻き込まれることなど考慮していない無遠慮な攻撃に、勇者たちも対処できない。距離を取っていた須美がマギストラを狙うも、アルビュスの矢に撃ち落とされる。
「くっ……私1人じゃ突破口は開けない……そのっち! まだダメなの?」
「ごめん、もうちょっとだけ……」
園子は戦いながら様子見に徹していた。現実世界で戦う以上、一体たりとも逃せない。そのためにはまとめて動きを封じて、確実に仕留める必要がある。そのチャンスを作るために、勇者のリーダーはその優れた観察眼で敵の動きを分析していた。
(……各々の回避運動の癖は、おおよそ把握できた……攻撃する方向、タイミング……捉えるには誰が……トドメにはやっぱり……一番の不確定条件はあの錫杖……)
傍目にはいつものマイペース過ぎる天然少女だが、その内では幾多の戦術が浮かんでは消え、最善の策が構築されていく。
「ミノさん! しののん! あの錫杖、どうにかできる〜⁉︎」
「あいよぉ!」
「お任せあれってね!」
一瞬のアイコンタクトを交わす前衛2人。戦いながらどんどん互いを理解していく銀と鋼也は、戦場でならすでに言葉を必要としないレベルに意思疎通ができている。
ギルスの肩を借りて、銀が高く跳躍する。己めがけて飛んでくる斧の勇者を警戒して頭上を見上げたマギストラは気づかなかった。足下に這い寄る触手の存在に。
「っし、取った!」
「ナイス鋼也!」
不意打ちのフィーラーで錫杖を掠め取ったギルスは、もう一方の触手を空中の銀に巻きつけ、ひと息に引き戻す。右手に銀、左手に錫杖を抱えたギルスは大きく跳びのき、園子たちの元まで下がった。
「ポイッと……園子、オーダーはこれで果たしたぞ」
「ありがと〜2人とも! これで条件は通った……作戦、指示するから一度で覚えてね〜」
「さすがねそのっち!」
「任せろ、必ず成功させる」
必要最低限の指示だけ出して、勇者たちが動き出す。円を描くように駆け回り、敵を囲んで中央に追い込む。
「まずは、私から…………いっけぇぇぇ!」
須美が走りながら力を溜めていた矢を放つ。威力よりも爆風の範囲を重視した一射は、当たりこそしなかったが全員の体勢を崩すことに成功した。
「予想通りに動いたね〜……そこ〜!」
アンノウンの動きを予想していた園子の罠が発動。真上に展開していた8本の穂先が敵の両足に突き刺さる。足の甲を地面に縫い付けるように刺さり、4体同時に動きを封じてみせた。
「ミノさん! しののん!」
「おっしゃあ!」
双斧が炎を纏い、銀の最大威力が解禁される。踊るように斧を振るい、ルベオーの至る所に刃を立てる。意識的か無意識か、銀は鋼也の傷に似通ったところを攻撃していた。
「この痛みを絶対に忘れるなよ……お前らがやってるのは、こういうことなんだよ!」
怒りの乱撃がルベオーの体を細切れにし、跡形もなく燃やし尽くした。
「散々痛めつけてくれたな……!」
ギルスが高く飛び上がり、踵から爪を展開する。
『ギルスヒールクロウ』が炸裂し、マギストラの心臓を破壊──
「ッ、ギッ……ガ……!」
「……へぇ、やるじゃねーか……!」
しなかった。左腕を犠牲にしてギルスの右足を止めたマギストラが空いた右手で反撃に移ろうとする。それよりも一瞬早く、ギルスが反転して敵の真正面に降り立つ。
「だったらこいつで……倍返しだああっ‼︎」
着地と同時に体を捻る。その動きの迅速さに、マギストラはついてこれない。爪を伸ばしたまま横方向に払われた左足は、アンノウンの首を刈り取り、綺麗に切り飛ばした。
『デュアルヒールクロウ』
踵落としから反転、回し蹴りに繋げる、両足のクロウを使った変則二段攻撃。強くなっていくアンノウン対策に鋼也が考えた新たな必殺技が、今度こそ炸裂した。
リーダーさえも撃破され、焦りに焦った残るアンノウン2体は傷が広がるのも構わず、がむしゃらに刃から足を引き抜いて撤退を図る。
「潰すっつったろーが……逃がすわけねえだろ!」
ギルスが触手を首に巻きつけて2体を捕まえ、そのまま投げ飛ばす。吹き飛んだ先には、背中合わせに待ち構えていた弓と槍の勇者たち。
アルビュスと正面から対峙した須美は、先刻の光景を思い出す。一度矢の威力で打ち負けている。それでも──
(いいえ、負けるわけがない……私の矢が……私たちの鍛錬が……)
真っ向向き合って矢を構える両者。神性を込める間に敵に先手を取られてしまう。それでも須美は焦ることなく、一意専心、矢を引き絞る。
「
全霊を込めた一射は一筋の閃光と化し、敵の矢を飲み込んでアルビュスの胸に風穴を開けた。
(努力して、成長する…………考えて、策を練る……仲良くなって、力を合わせる……それが……!)
園子の
「それが、
直上から一直線に落ちる刺突。雷霆の如き一撃は、トリスティスの体を縦に両断してもなお有り余る威力があった。大地に体が丸々埋まるほどの大穴を開けてようやく止まった園子は——
「う〜〜ん……サンチョがいっぱい……回ってる〜……」
自分の攻撃のあまりの勢いに、目を回してしまっていた。
「そのっち、大丈夫?」
「うん〜ちょっと勢いつけすぎちゃった〜」
園子を引き上げ、合流した4人。勝利の余韻に浸る銀の背中に、重たい感触がのしかかる。
「……鋼也? ……鋼也!」
「……ぅ……ゴボッ!」
「鋼也くん⁉︎」
「急いで運ぶよ、2人とも!」
変身を解いた直後、栓を抜いたように吐血した鋼也は、声も出せずに身動きもできない。
(……なんで……今までは変身してた時に……傷が塞がってたはずなのに……)
大慌てで呼びかけてくる勇者たちの声に反応することもできず、鋼也は意識を手放した。
大社直属の大型病院。そこには丸3年眠り続けている患者がいる。
「………………」
脳に強い衝撃を受けたまま、医者も回復は絶望的とみなした……はずの女性の指が、ピクリと動く。
「…………こう、や…………?」
鋼也の母親、篠原真由美が、3年ぶりに目を覚ました。
今回の同時変身シーン、ビルドの44話をイメージしてもらえれば良いかと。あんな感じで笑顔で戦いに臨んだのでしょう。
アンノウン一覧を見て思ったこと
パンテラス・トリスティス(黒豹)…槍使い=そのっち
パンテラス・アルビュス(白豹)…弓使い=わっしー
パンテラス・ルベオー(赤豹)…二刀流使い=ミノさん?
…これはぶつけるしかないっしょ…
長くなったなぁ…やっぱり切りどころ間違えたかな?
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに