A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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 本文前にお伝えします……ここが一番の盛り上がりどころです。私の文章でどこまでいけるか分かりませんが、頑張ってアガってください。






咲いて、散って、返り咲く

 

 篠原鋼也は不眠症である。正確に言うと、寝てもすぐに起きてしまう。深く意識を落とすその瞬間、3年前のあの日を思い出して目が醒める。夢を見るような浅い眠りでもまた同じだ。夢の中にあの日失ったもの……幼馴染や母親が現れて、楽しかった時間を想起して、最後に見た彼女たちの顔がフラッシュバックして飛び起きる。

 どんどんと睡眠薬の量は増えていき、ここ数年で最も熟睡できたのが遠足の日の戦闘後、重症で運ばれた時だと言うのだから皮肉な話だ。

 それは新たな友達を得て、母と再会しても変わらない。むしろ勇者たちが倒れる姿などという悪夢のバリエーションが増えてしまう始末だ。

 

 だから鋼也にとっては珍しくもない光景だった。楽しかった時間、幼馴染と共にいた頃の自分の姿も、同じ年頃の沢野香の存在も。

 

 

 

 

 

 

 

「鋼也はさ、自分から損するタイプだよね」

 

「なんだ、いきなり」

 

「さっきの子、別に仲良かったわけじゃないんでしょ?」

 

 次代の英雄となるべく集められた候補生たち。まだ小学生になったかならないかといった幼い子供に課すにはハードな訓練に耐えながら、また1日が過ぎていく。そんな日に小さなアクシデントが起きてしまった。

 訓練のストレスや自らの成績不良への苛立ち。そういったものが積み重なって、1人の候補生ががむしゃらに木刀を振り回して神棚を破壊してしまった。物音を聞いて駆けつけた大社職員に、鋼也は即座に自分から犯人を名乗り出た。別室に連れていかれ、数分の後に戻ってきたが、おそらく何かの罰は受けたのだろう。下手人の少女は泣きながらお礼を言って走り去ってしまった。

 

「ああいうのは良くないんじゃない? やっぱり怒られるのは本人じゃなきゃ意味がないと思うよ」

 

「……そうだな。俺のやったことは、多分正しいことじゃない」

 

 幼稚園に通っていた頃も、訓練漬けになってからもこういうことはたまにあった。鋼也のことをよく知る香や志雄がいる時には彼らがフォローして場を収めることもあるのだが、何度注意しても彼の悪癖は治らない。悪癖だという自覚もあるのだからなおタチが悪い。

 

「けどまあ、アイツだって連れてかれる俺見て反省してたろ? 結果オーライってやつだよ。そもそもあの仮面連中は説教が長えんだよ。一回言われりゃ分かるっつーの」

 

 辟易したように溜息をつく鋼也。確かにあの何を考えているか分からない仮面から呪文のように訥々とお小言が降ってくるのは、香としても正直勘弁願いたいところだ。

 

「今回に関しては、その場にいて止められなかった訳だしな。そういう意味じゃ俺にも責任あるわけだ」

 

 いつもそんな通っていない理屈をこね回して、自分の行動を正当化しようとするのもまた鋼也の悪癖の1つだ。後出しの言い訳を考える速さと巧さで言えば鋼也はスペシャリストだ。ああも屁理屈が思いつくのは才能だろう。

 

「まったく……鋼也も志雄も、なんでこう極端なんだろうね」

 

 鋼也は何かあればとりあえず前に出て、その言い訳を後から考えて辻褄を合わせようとするタイプ。

 志雄は理屈っぽい頭でっかちで、言うことやること大体正しいが、行動に移すまでが遅いタイプ。

 こんな2人とずっと過ごし、きっとこれからも一緒にいることになるだろう自分は、どんな人間になればいいんだろう。最近の香は、らしくなく小難しいことを考えるようになった。

 

「またやったのか、鋼也……そんなことを繰り返せば、君の評価が下がるばかりだぞ」

 

「はん、こんなことでいちいち下がるような安い評価なんざハナからいらねえよ」

 

 やっと合流した志雄がさっそくお説教を開始。鋼也も本日2度目ともなると、その反応にも若干トゲがある。そんないつもの光景を眺め、香は漠然と答えを得た。

 

(そっか。2人が極端なら、私が2人の間に立てばいいんだ)

 

 即断即決の鋼也を少しだけ引き止めて、考えすぎる志雄の尻をひっぱたいて……そうすれば2人の良さを引き出して、3人の在り方はより正しいものになる。

 

「まあまあ、鋼也はもうお説教受けた後だから、今日はその辺にしときなよ」

 

「む、香……しかしだな……」

 

「どうせ言っても聞かないんだから、何か問題起こしたら晩ご飯のおかず1つ没収とか、そんな風にした方がきっと響くよ」

 

「おい、香⁉︎……マジかよ……」

 

 この日以来、香は2人の意見の調整役のような立場に落ち着いた。それで2人が上手くいって、笑ってくれればいい。そうなれば自分も笑える。それが香の望みだった。

 

(きっと鋼也と上手くいく女の子は、似た者同士のお人好しな子なんだろうな……そんな子いるのかなぁ……?)

 

 なかなか自分の意見を曲げない鋼也を見て、彼の将来が少し心配になっていたりする幼馴染だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうか……俺も昔は、銀にちょっと似てたんだな……)

 

 今回は珍しく、鋼也以外の視点から見る光景。夢であるのだから、今の心情が香の本心かどうかは分からないし、今更確かめようもない。それでも鋼也は、目覚める直前に自分の意識を取り戻し、夢の住人である香に感謝を伝える。

 

「夢でも幻でも……また会えて本当に嬉しかった。大事なこと、思い出したしな……ありがとう」

 

 悪夢の中、ギリギリのラインで精神のバランスを取る。その役目を終えた(おもいで)は、最後にとびっきりの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は最悪の一言に尽きた。

 須美と園子は体の不調、それによる不安を必死に振り払いながら、6体ものバーテックスを相手にしなくてはならない。鋼也の姿を見たことで、焦燥が隠せない須美を必死にフォローする園子。銀が抜けたことで前衛に回った彼女は、既に4度満開を繰り返している。次々と増していく違和感。最悪の可能性に思い至りかけている園子と、そんな彼女を見てさらに焦る須美。2人の限界はそう遠くない。

 

 1人地のエルに立ち向かう銀は、かつてないほど誰かに怒りの感情を向け、その実かつてないほど冷静に、頭を回して戦っていた。

 

(コイツは満開は壊せても、アタシの体を守るバリアは壊せない!)

 

 ならばあえて満開による攻撃は囮にする。派手な巨大アームを振りかざしながら、本命はバリアに重なるように構えた手持ちの斧。これで反撃を捌きながらダメージを与えられる。満開によって基礎能力も跳ね上がっている今の銀なら、微量ながらも地のエルの強固な肉体に攻撃を通すことができている。

 

(そしてあの攻撃は、一瞬のタメと動作が必要になってる!)

 

 園子の満開を撃墜し、ギルスの右腕を切断した大地の刃。あの技ならばおそらくバリアの上からでも意識を刈り取るくらいはできる。だからこそ銀は攻め続けた。反撃のチャンスは与えない。多少無理にでも前に出て、敵を追い立て続ける。それが熱が回りに回って逆に冷静になった銀の脳味噌がはじき出した攻略法だ。

 

「フム……ヨクデキタ結界ダ……シカシ……」

 

 銀の選んだ戦術は決して間違ってはいない。ただ、前提として必須条件があり、銀はそれをクリアしていなかった。その条件とは、両者の間に決定的な力量差がないこと。

 

「──ゲッ⁉︎ 足が!」

 

「甘イナ……!」

 

 足元の地面から伸びる土の腕。それが銀の右足を掴み、踏み込む手前で動きを止めている。極めて不安定な体勢で地のエルの剣を受ける銀。一太刀で大斧を砕かれた。

 

「こんの、まだだあ!」

 

 足元の拘束を無理やり踏み砕き、反撃に転じようとする銀。しかし今足をつけている地面は敵の支配下。たとえ樹海の中であろうと、地のエルの力なら足元を腐食させ、脆くすることなど造作もない。

 

「──そんなのアリかよ⁉︎」

「甘イト言ッタ!」

 

 体勢を崩し、前のめりにたたらを踏む銀の首を刈り取るように、地のエルの長剣が振るわれる。

 

「──うわっ⁉︎」

 

 バリアこそ破られなかったが、衝撃は殺しきれずに真横に跳ね飛ばされていく。瞬時に体勢を立て直した銀の目に、地面に向けられた鋒が映る。

 

(しまっ──)

「終ワリダ、勇者ヨ……!」

 

 胸の中心にかつてない衝撃が走り、銀の体は高速で空に跳ねあげられた。満開は散り、視界は周り、朧な意識で最後に見た光景は……

 

(こう、や──!)

 

 真っ赤に染まった彼の体が一瞬動いたような気がしたが、それを確認する間も無く、銀の体と心は同時に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──無くしたモンなんざ、多すぎて数えるのも諦めちまった──

 

 ──無くしちゃならねえもの、取り返しがつかねえものも、きっとたくさんあったんだろう──

 

 ──だからって、一度無くしたからって、男の俺が一抜けたなんて言えるのか? ──

 

「……んな話が、通ってたまるかってんだよ……!」

 

 胸の奥から響いてくる、自分の弱音からくる言葉と、それを否定する勇気からくる言葉。己への怒りを原動力に、動かないはずの体に力を込める。

 

 ──苦しんでんのが俺1人なら、そういう道もアリだったかもしれねえ……けど今の俺にはアイツらがいる──

 

 ──誰かのため、世界のためって言い聞かせて、努力し続けてる勇者(すみ)がいる──

 

 ──何にも縛られず、誰に教わらなくても、正しいことを見極めて戦う勇者(そのこ)がいる──

 

(そして、何より──)

 

 ──いつだって誰かのために必死になって、損をして、それでも『よかったな』なんてニコニコ笑ってる、バカみてえにお人好しな勇者(ぎん)がいる──

 

(そうだ。惚れた女も守れねえで、何のための力だってんだ……何のための男だってんだ……!)

 

 残った左腕のミサンガを見て、力を振り絞った鋼也が顔を上げると……

 

 倒れ伏した銀と、彼女に歩み寄る地のエル(バケモノ)の姿。

 鋼也の元々強くもない堪忍袋の緒は、一瞬でキレた。

 

「──っざけてんじゃねえええぞおおおっ‼︎ クソッタレがあああああっ‼︎」

 

 右腕の痛みも失血による倦怠感も忘れて、立ち上がった鋼也が叫ぶ。その圧力に地のエルも思わず動きを止めて、仕留めたはずの獲物がむしろ元気になっている異常事態に驚愕する。

 

 右腕の断面を左手で掴み、痛みを無視して爪を立てる。刺激を与えることでギルスの力を全開放、細胞を超高速で活性化させていく。

 

「────っ‼︎」

 

 声にならない叫びと共に、失ったはずの右腕が生えてきた。あまりに人間離れした再生能力と、そのために行使した力の規模は、遠くから見つめていた黒衣の神でさえも予想し得ないものだった。

 

「……バカな……こんな力が、ギルスに……⁉︎ しかもまだ終わっていない……?」

 

 右腕を治したのはあくまでついで。怒りと覚悟で壁を超えた鋼也は、これまで立ち入れなかった新たな段階へと足を踏み出す。

 

 

 

 

 

「……変、身……!」

 

 ギルスに変身し、そこからさらなる変化が起こる。ベルトから莫大な光を放ち、一瞬その姿を隠す。光が晴れた先、誰も見たことがないギルスがそこにいた。

 

 より強く輝く霊石を携えた、力の源であるベルト。

 肩や肘など、以前にはなかった部位も含めて、身体中から生える攻撃的な爪。

 その身を守るようにも、締め付けるようにも見える、背中から伸びて胸に巻きつく赤い触手……その赤は、どこか銀の勇者服を思わせる色合いだ。

 

 

 

 

『エクシードギルス』

 

 変異種(ギルス)としての痛みと苦しみを乗り越えた先にある戦士。絶対数が少ない上に、変身者に多大な負荷をかけて潰してしまうギルスが至った、前人未到の進化の形。

 友との親交、母親との再会、恋心の自覚といった多くの出来事が鋼也を進歩させてきた。ギルス(バケモノ)篠原鋼也(にんげん)を分けて考えられるようになったこと、自分自身を認められるようになったこと。その成長に力が答えた新たな姿。

 

 

 

 

「フゥー、フゥー……行くぞ……ここからは、勇者の時間だ!」

 

「……我々デスラ知ラナイ姿……危険ダ……排除スル……!」

 

 地のエルはエクシードギルスの危険性を直感で把握していた。だからこその先手必勝、大地の刃を不意打ちで叩き込む。しかし今のギルスには遅すぎた。

 

「──っと、おっせぇんだよ!」

「何ダト……?」

 

 突如隆起してきた刃を軽く回避し、刃を足場に三角飛び。一瞬で敵の懐に飛び込んだギルスが、赤く輝く爪で地のエルの胸部をすれ違いざまに斬り裂く。歯が立たなかった先程が嘘のようにあっけなく、深い傷跡を残し、勢いそのまま倒れている銀を回収して遠くに離脱した。

 

「何故ダ、何故ソンナ力ガ貴様二……?」

 

 今の動き、ギルスは地のエルが仕掛けてから反応した。地のエルの最速の技を見てから回避してみせたのだ。それはつまり、少なくとも速度においてはギルスは自分を凌駕しているということ。その事実は長い時を上位者として生きてきた地のエルを大いに動揺させた。これまで知らなかった恐怖という感情に呑まれ、地の天使はギルスの離脱を許してしまった。

 

 

 

 

 

 

「銀、銀!」

 

「…………こう、や?」

 

「起きたか、良かっ「鋼也!」──って危ねっ!」

 

 樹海の根の陰に離脱し、眠る銀を揺すってどうにか起こす。覚醒した銀はしばし目を瞬かせると、焦ったようにギルスの体に抱きついてくる。慌てて爪で傷つけないように腕を上げるギルス。まるで降参の意思表示をしているような体勢で固まってしまう。

 

「良かった……全然動かないから、死んじゃったんじゃないかって……」

 

「……悪かった……もう大丈夫だよ。悪りぃけどまだ戦闘中だ、行かねえと……」

 

 遠慮がちに言うと、ようやく自分の行動に気づいたのか、銀が慌ててギルスから離れる。羞恥をごまかすように咳払いをして、真剣な雰囲気をどうにか呼び戻す。

 

「鋼也、アイツとやるんだよな? ……あのバカでかい刃は──」

 

「地面に剣を突き立てないと発動しない、だろ?」

 

「うん、それともう1つ……アイツは大地を自由に操れる。出来るだけ空中で戦った方がいい……あ、でもギルスには──」

 

「いや、それだけ聞ければ十分だ、やりようはある……ありがとな、銀」

 

 子供をあやすように銀の頭を撫で付けて、ギルスが立ち上がる。

 

「鋼也……死ぬなよ」

 

「たりめーだバーカ……お前もおとなしく休んどけ。須美も園子も銀も、必ず守ってみせる」

 

 その背中も紡がれる言葉も頼もしいものなのに、銀はどうしても不安が拭えない。

 

(……鋼也……須美……園子……!)

 

 2度目の満開を終えて、表面的には異常は増えていないが、何か違和感がある。ふと浮かんでくる不定形の不安を振り払い、顔を上げる。彼の背中が見えなくなってから、斧の勇者は言うことを聞かない体に鞭を打って、這いずるように戦場に向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたなぁ!」

 

「二度目ハナイゾ……!」

 

 接敵直後、リベンジとばかりに大地の刃で仕掛ける地のエル。焼き直しのように同じ動きで回避され、爪と剣でぶつかり合う。

 

「馬鹿の一つ覚えかぁ? 芸がねえな、アンノウン!」

「私ヲ……ナメルナ!」

 

 強引に押し切り、剣を振るう地のエル。純粋な技量ではやはり経験の差が出る。ギルスも全身の爪を用いて手数とアクロバティックな動きで対抗する。ギルスの背中から伸びる2本の赤い触手『ギルススティンガー』を樹海の根に巻きつけることで、空中移動と姿勢制御を可能としたエクシードギルスには、得意の足場崩しも使えない。純粋な斬り合いは熾烈を極めていく。

 

「シャアアッ‼︎」

「オオッ⁉︎……マダダ、コノ程度カ? ギルス!」

 

 触手を引き絞り、反動を利用して高速移動、すれ違いながら一撃。初めて至ったとは思えないほど新たな力をうまく使うギルスの一撃離脱戦法は徐々に、確実に地のエルを追い込んでいく。右肩を斬り裂いたと思えば次は左腰部、後頭部と次を読ませない乱撃は、地のエルの冷静さをも奪っていく。

 ガムシャラに剣を振り回して迎撃しようとする地のエル。視野が狭まった敵の死角から、気づかれないように伸ばしていたスティンガーが迫る。

 

「──ガッ⁉︎……何ダト……?」

「捉えたっ! ぶっ飛べえええっ‼︎」

 

 背後から胸部を貫かれて動きを止めた地のエル。その無防備な姿に、限界まで反動をつけたギルスが飛ぶ。両足揃えたドロップキックを叩き込み、最大の難敵を彼方へと吹き飛ばした。

 

「……手間取らせやがって……よし、次は──」

 

 撃破した手応えはなかったが、かなりのダメージになったはず。小さく息を吐いたギルスは、今も防戦一方の仲間を援護するべく、再びその触手を伸ばす。地の天使すら貫いた攻撃は、やはりあっさりと牡羊座と牡牛座の体を貫通し、縫い止めるようにその動きを封じた。

 

「鋼也くん!」

「しののん!」

「カッ飛びやがれデカブツ! おおおおらあああっ‼︎」

 

 突き刺した触手を回転させ、自分よりはるかに巨大な異形2体を振り回す。質量的に異常でしかないジャイアントスイングはさすがのバーテックスも応えたらしく、何回転も振り回されてようやくギルスが振り落とした時にはもう、地面に叩きつけられたまま飛行する力も残っていなかった。

 

「お〜、しののんすご〜い!」

「あ、相変わらず出鱈目ね……」

「おおおおぉぉぉぉ──‼︎」

 

 驚嘆する2人を他所に、ギルスが動けない牡羊座に飛びかかり、右の爪で大きく切り裂く。着地と同時に身を翻し、左の爪でもう一閃。十字に傷を負った牡羊座は身動きできないまま消滅していく。

 

「──らあああぁぁぁっ‼︎」

 

 猛攻はまだまだ終わらない、ギルスが再び跳躍する。右足を振り上げた先には牡牛座の姿。進化し、赤く染まった踵の爪で敵を砕く超必殺『エクシードヒールクロウ』が直撃する。人間大を大きく凌駕する巨体を、止まることなく一息で真っ二つに切断し、消滅させてみせた。

 

 

 

「ハァッ、ハァッ……須美、園子! 大丈夫か?」

 

「ええ、そっちも何とかなったみたいでよかったわ!」

 

「カッコいいね〜しののん、その新しいギルス!」

 

 互いの無事を確認して安堵する3人。相当に攻撃的な姿だと思うが、園子のセンスにはいい方向に引っかかったらしい。

 

「よし、俺も合流して────っ⁉︎」

 

 園子の船に飛び乗ろうとした瞬間、何かに足を掴まれている感触に気づく。背後で剣が地面に突き立てられたのが、振り返らなくても分かる。

 

「あっ……ぶねえなぁオイ!」

「────マサカ、今ノ一撃ヲ凌グトハ……」

 

 足の拘束を爪で破壊し、刃よりも一瞬早くその場で空中回転。頭を下にした瞬間目の前に飛び込んできた刃を両手で掴み止める。上下逆の真剣白刃取り。ギルスの超反応と運動神経は地のエルの予想をはるかに超えていた。

 

「今のは焦ったぜ……だがもう無駄だ、その技は俺には効かねえ!」

 

「……ソノヨウダナ……ダガ……!」

 

 天高く伸びていく刃に組みついたまま上昇したギルスは、上空から全速力で突っ込んで行く。地のエルには反応できない速度だったが……

 

「甘イナ……!」

「ガッ⁉︎……コイツは、壁……?」

 

 事前に罠を仕掛けておけば話は別だ。地のエルの目前数メートルに到達した瞬間、ギルスの体を左右から土壁が挟み込み、突撃を止める。急いでスティンガーを伸ばすも、ギルスが壁を壊すよりも、地のエルの剣がむき出しの胸部に突き刺さる方が一瞬早かった。

 

「チィッ! ……やるじゃねえかよ……!」

 

「私ハ、『地』ヲ司ル存在……人間ニ遅レヲ取ルナド許サレナイ……!」

 

 吹き飛ばされた勢いそのまま、スティンガーを根に巻きつけてブーメランのような軌道で再度飛びかかるギルス。膝の刃に全力を込めた飛び膝蹴りは、地のエルの長剣にヒビを入れるほどの威力があった。

 密着状態からさらにラッシュ。蹴りは躱され、拳は防がれ、酷使してきた爪もそろそろ限界が近い。

 

「消エロ、ギルス……!」

 

 動きを正確に先読みした、完璧なカウンター。前傾姿勢で懐に飛び込もうとしていたギルスには、首に向かって振るわれる横薙ぎの剣を避ける術はない。

 

(死なねえって、守るって……誓ったんだよ!)

 

 スティンガーを自分の踵と胸部に叩き込む。前方に偏っていた重心を無理やり後ろに移動させ、後方から足払いを受けたように足が宙を浮いて倒れこむ。若干間抜けなやり方ではあるが、必殺の一撃を躱すためなら安いものだ。

 

「──どらあっ!」

「何ッ⁉︎」

 

 跳ね上がった足をさらに振り上げ、自分の首元スレスレを過ぎていった剣を蹴り飛ばす。主力武器を奪った絶好のチャンス、ギルスはバック転で体制を整えると一気に跳躍。地のエルの頭の高さに腕と脚を構える。

 

「消えんのはテメエだ、アンノウン!」

 

 右肘と左膝で頭を挟むように同時に叩き込む。2つの刃で噛み砕かれた地のエルの頭には二筋の大きな傷が入った。

 流石にダメージが大きかったのか、数歩後ずさり膝をつく地のエル。ようやく致命の隙を見せた敵に、ギルスは切り札を使う。

 

「決めてやる……!」

「……グッ、ムゥ……!」

 

 2本のスティンガーが蠢き、地のエルの全身を締め付ける。これで動きを封じると同時に、痛みを与え続けることで超能力の行使も抑えられる。深く腰を落としたギルスが高く飛び上がり、右足を持ち上げる。まるで通用しなかった先程とは違う。今の(エクシード)ギルスの爪ならば、天使の命にだって届く。

 

 

 

「終わりだあああっ!」

 

 

 

『エクシードヒールクロウ』で決着が着こうとしていた、まさにその時──

 

 

 

 

 運命はまたしても、篠原鋼也の敵に回った。

 

 

 

 

 

「何ッ⁉︎」

「しののん!」

「嘘……⁉︎」

「──ッ! ココダ……!」

 

 ある程度離れた場所で、唯一残って勇者たちと戦っていたバーテックス、獅子座の火球が流れ弾のようにもう1つの戦場に飛んできた。ギルスが反応する間も無く、そのうちの1発がスティンガーに直撃。赤い触手を瞬く間に焼いて溶かした。

 誰もが予想できなかった事態に最初に行動を起こせたのは経験の差か、やはり地のエルだった。拘束が半分緩んだその一瞬で念動力を発動。ギルスに蹴り飛ばされた剣を操作し、背後からギルスに突き刺した。

 

「──ギッ⁉︎……ガッ……ァァァアアアッ‼︎」

「……! ギルス、マダ……」

 

 剣が深々と貫通し、ベルトにも傷が入ってしまった。もうまともに戦えないことを悟ったギルスは最後の力を振り絞り、踵の爪を地のエルの肩口に叩き込む。狙いはそれたものの、肩から胸部に振り下ろされた爪は甚大なダメージを与えた。

 立っているのもやっとの状態の両者。地のエルがなんとか力を行使して剣を抜き取ると、その衝撃でギルスの変身が解除される。血のシャワーでも浴びたかのように全身を赤く染めた鋼也は、倒れそうになる体を意地だけでなんとか立たせる。そんな彼に、地のエルは無慈悲に剣を振り上げ──

 

 

 

 

「満開‼︎」

 

 銀の声が後方から近づいてきた。ここまで0.2秒。

 

「──っ!」

「うわあっ⁉︎」

 

 地のエルが地面を炸裂させて背後の銀を吹き飛ばす。0.5秒。

 

「──鋼也、使って!」

 

 跳ねあげられたまま、銀が大斧を投げ渡す。0.9秒。

 

「チィッ……!」

「──グゥッ!」

 

 一瞬気を取られた地のエルが剣を振り下ろし、飛んできた斧で鋼也が防ぐ。1.5秒。

 

「……終われ、ねぇんだよ……!」

 

 人間の姿である鋼也の体から光が放たれる。傷だらけになりながらもどんどん強くなる目の前の敵に、地の天使は思わず恐怖で一歩退がる。3.3秒。

 

「こっから……消えやがれええええっ‼︎」

 

 腰が引けた地のエルの剣を払いのけ、横薙ぎに一閃。大きな痛手を被った地のエルの体から火花が散る。4.1秒。

 

「……バ、馬鹿ナ……私ガ──」

 

 言葉にならない驚愕を最後に、とうとう爆散、消滅した。ここまで僅か5秒。創造主たる神に選ばれた絶対的な存在。その一柱は、人間の気合と根性、魂に敗れ去った。

 

 

 

 

「ハァー、ハァー……やべえなこりゃ……」

 

 斧を支えに立っていた鋼也は、爆発が落ち着いたのを確認して倒れこむ。その拍子に、度重なる衝撃を受けていた左腕のミサンガが千切れてしまう。爆炎の中から青い光が逃げるように飛んで行ったことには誰1人気づかなかった。

 

(あー……ミサンガ切れちまった。銀に謝らねえと……)

 

 最早顔を上げることもできない鋼也の視界に、なんとか這いずりながら近寄ってくる制服姿の銀が映る。

 

「鋼也……鋼也……!」

「……ぎ、ん……!」

 

 求め合うように互いが手を伸ばす。震えるその手がようやく触れ合った時、鋼也の瞼がゆっくり落ちていく。

 

(まあいいか……1番大事な願いはどうにか叶えられた……)

 

「鋼也……こ、う…………」

 

(銀……お前を守れたなら──)

 

 血だらけとは思えない穏やかな顔で眠る鋼也。銀も長くは持たず、同じように意識を失う。

 

 固く結ばれたその手が、離れたくない、という強い意思を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミノさん! しののん!」

 

「そんな……!」

 

 動かなくなった2人を上空から確認した須美と園子。思わず駆け寄ろうとした時、これまでとは段違いの熱量を感じ取った。獅子座の火球。これまで小分けにして連射していた火力を一点集中させ、小さな太陽のように燃え盛る大火球を打ち出してくる。

 今の位置関係なら回避はできなくもない。だが避けた場合、その軌道上に鋼也と銀が倒れている。今の2人では、爆風に呑まれるだけでも危険すぎる。

 

「やらせない……やらせないわ……!」

 

「……わっしー……」

 

 ここまでに計8体のバーテックスを倒すために、須美も園子もかなり消耗している。残った力の全てを絞り出した全霊の砲撃。青い光球が、太陽に向けて放たれる。

 

(絶対に、誰も……!)

 

 太陽と光球は衝突し、破壊的な暴風を撒き散らす。余波だけで周囲を荒らし尽くし、相撃つように消えていく。とうとう限界を迎えたのか、ずっと展開してきた須美の満開が散っていく。

 

「そのっち……あとはお願い、アイツを……」

 

「任せて、わっしー! ────満開!」

 

 堕ちてゆく須美に手を差し伸べたい衝動を押し殺し、飛び立った園子が6度目の満開を使用。巨大な空中船をそのままぶつける強引な戦術で獅子座を追い詰める。

 

「ここから、出て行けえええっ‼︎」

 

 莫大なエネルギーの衝突により、大規模な爆発が起こる。その爆風に紛れて壁の外に引き上げる獅子座。満開が解けた園子も後を追って壁を越える。

 

 その先にはどんな残酷な真実があるのか、そんなことは考える余裕もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天界に舞い戻った地のエルの魂、傷ついた霊魂はテオスの体内に飛び込んで暫しの休眠に入った。一瞬苦しそうな様子を見せたテオスだが、すぐに平時の無表情に戻る。

 

「……まさか彼でさえもここまで追い込まれるとは……しかし、これで可能性の芽は摘めました。あとは…………む?」

 

 ギルスの死は時間の問題。勇者もここまでだろう。楽観視ではなく純然たる事実として、確信を持っていたテオスの感覚に何かが引っかかる。この世界にはまだないはずの力。それが猛スピードで戦場に迫りつつある。

 

「……馬鹿な……不確定要素はギルスだけではないということか……?」

 

 その時、テオスは思い出した。そもそもなぜ変異種(ギルス)が現れたのか。なぜ段階を数百段飛び越した可能性の形がこの世界に生み出されたのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたは誰なの……? ……そんな格好で……それにこの場所、私は……」

 

「……あなたは鷲尾須美、私は乃木園子、あそこにいるのは女の子の方が三ノ輪銀、男の子の方が篠原鋼也……私たち4人は友達だよ……ズッ友だよ〜……」

 

 壁の向こうに広がる灼熱の大地。増殖し続けるバーテックス。そして満開というあまりに都合のいいシステムの副作用について。全ての真実をその聡明さで理解した園子が友のもとに戻ると、唯一残った彼女さえも挫けてしまっていた。

 記憶の消失。それが須美の2度目の散華の結果。6度満開してもまだ戦える園子と、2度目で致命的な消失を引き当てた須美。どちらが幸運で、どちらが不幸だったのだろうか。

 

 一瞬で全てを失った事実に泣きたい心を笑顔で隠す園子。そんな彼女を嘲笑うかのように壁の外から入ってくるバーテックスたち。つい先ほど倒したはずの敵も含めた巨体の群れ。折れることも捨てることもできなかった最後の勇者は、背後で怯える友を守るために槍を構える。

 

(私が、やるしかないんだ……! わっしーもミノさんもしののんも、私が守らなきゃ……)

 

 

 そんな諦めない勇者のために、救いの手が舞い降りる。

 

 

 

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 上空から響く少年の叫び。頭上を見上げると、金色の光が魚座に正面から突っ込み、その巨体を一瞬で破壊した。爆風に飛ばされた光は園子の目の前に落下し、着地と同時に光が晴れていく。

 

(また何か来た……⁉︎ 今度は一体……)

 

 声にこそ出さないが、須美の混乱は頂点に達していた。金と黒で構成された仮面の異形。ギルスやアンノウンの記憶がない彼女にとって、目の前の光景は信じがたいものばかりだ。

 

(何だろう、しののんのギルスに似てる……? 見た目以上に、その姿に感じる、暖かい何かが……)

 

 槍を下ろして、園子は惚けている。どちらかと言えばアンノウンよりはギルスに近い。そんな曖昧な感覚だけで、彼女は目の前の異形への警戒心を維持できなくなっていた。

 

「……なぜだ、なぜそこにいる……『アギト』!」

 

 天高くから樹海を覗くテオスはひどく狼狽していた。最も見たくない、目を背けたい可能性。それが世界を越えた先でも現れた。彼にとっては悪夢に近いだろう。

 

 

 

 

 

 

 そんな各々の心情など、当然ながら異形……『アギト』の知ったことではない。周囲を見渡して園子と須美、後方に倒れる銀と鋼也を確認すると、穏やかな声で園子に話しかける。

 

「いきなり出て来て、信用してくれって言うのも無理があるだろうけど……俺は多分君たちの味方だ。その子たちを死なせたくないなら、あのバケモノは俺に任せて退がってくれ」

 

「えっと〜、あなたは〜?」

 

「……悪いけど、説明できるほど事態を把握できてないんだ。なんなら自分のこともロクに分かってない……けど、君たちが頑張ってて、アレが人を脅かすっていうのは何となく憶えてる。だから俺も戦うよ」

 

 何の説明にもなっていないが、その言葉に一切の嘘はない。不思議と確信できた園子は、小さく礼を言って須美を担ぐ。意識が朦朧としている須美が最後に認識したのは、異形の背中と囁くような優しい言葉。

 

「……こんなになるまで助けに来れなくてゴメン……後は任せて、ゆっくり休んでくれ」

 

 小さな声だったのに何故だかはっきり届いた誓い。それを最後に鷲尾須美の意識は闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 離れて行く2人を見送って、戦士は再び怪物の群れに向かい合う。

 

 黄金に輝く装甲に身を包み、大地を思わせる荘厳な雄姿。

 赤い瞳と、強く天に伸びる金の衝角。

 中央に金色の霊石を埋め込んだ神秘的なベルト。

 

 人が持つ力を突き詰めた、進化の可能性が具現化した大地の戦士。

 

『アギト グランドフォーム』

 

 神の使いを前にして、人類の守護者が力強く構える。

 

 

 

「正直何が何だかだけど……カッコつけた以上、やらなきゃダメだよな」

 

 敵の素性は不明。自分の状態も不明。それでも1つだけルールを自分に定め、アギトは覚悟を決める。

 

 俺の目の前で、誰かを死なせない。絶対に守る。

 

「出し惜しみはナシだッ‼︎ 行くぞバケモノ‼︎」

 

 傷つく誰かがいるのなら、どんな時でも何度でも。新たな時代に、戦士の長い戦いが再び始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 立体起動ギルスとかカッコよくない⁉︎と思ってやってみました。
さて、唐突に現れたアギト……いったいナニ人くんなんだ……?
……あ、次回わすゆ編最終回(予定)です。

 感想、評価等よろしくお願いします。

 次回もお楽しみに



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