A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

74 / 150
これにてわすゆ編クライマックスです。


笑顔を守る『勇者』として

 神樹内部にある別次元の世界。散っていった勇者の魂が安らぐ場所に、少年の声が響く。

 

「どうして隠してたんだ……! 神樹様も、みんなも……!」

 

 300年ほど前の現世で、1度世界を救った英雄が、仲間たちを責めるように声を上げる。彼にしては珍しい姿だった。

 

「……申し訳ありません。ですが誰も悪意があってやったわけではないんです」

 

「■■が知れば気に病むだろうと神樹が提案して、我々全員が了承したんだ」

 

 上里ひなたと乃木若葉が宥めるように声をかける。その眼には申し訳なさと気づかれた後悔が滲んでいる。

 始まりは6年前、鋼也たちの訓練が始まった頃に遡る。英雄の力を後進に授けると言えば聞こえは良いが、■■にとっては、あの時決着をつけられなかった自分の力不足のツケを押し付けているに過ぎない。そんなことを知れば彼がどう思うか、そんなことは誰もが分かっていた。

 

「だから隠してたのか……俺にだけ幻を見せる、なんて手の込んだやり方で」

 

「今となっては謝るしかないけれど……私たちには他の方法は思いつかなくて……」

 

「私たちにとって1番インポータントなのは■■くんのことなの。それは信じてくれないかしら?」

 

 藤森水都と白鳥歌野が泣きそうな顔で頭を下げる。そんなことを言われれば■■は何も言うことができない。

 神樹の力と勇者たちの協力で、この6年間彼には何の異常もない時間が過ぎていく幻を見せていた。■■も300年経った今更そこに疑いを持つこともなく、ただ穏やかな日々に喜びを感じていた。それがつい先ほど破られた。神樹のすぐ近くで勃発した一大決戦。そちらの警戒に力を向けた結果、幻影を維持することができなかった。

 

「……みんなの気持ちは嬉しい。俺だってここで過ごす時間は幸せだ。できるならこのままでいたいとも思う……けど……」

 

「できるなら、じゃない……できるんだよ。ずっと一緒にいればいいんだよ」

 

「……誰もあなたに無理強いなんてしないわ……あなたの戦いはもうとっくに終わってるの……」

 

 高嶋友奈と郡千景が訴えかける。その言葉は真実だ。

 例外的に魂の在り方を保ってはいるが、現世から見ればとうに死んだ人間。死者に祈ることはあっても現実的に頼ろうとする者などいない。だが、そんな安寧を許せない人物がただ1人。言わずもがな■■本人だ。

 

「……誰に言われて戦ってきたわけじゃない。自分の中で譲れないものがあったから。俺もみんなも、そうだっただろ?」

 

「そうだな……だから、行くのか……? タマたちとの時間を捨てても」

 

「ここしかないの…… ■■さんはともかく、人の死霊でしかない私達が私達として存在していられる場所は……」

 

 土居球子と伊予島杏が縋り付いてくる。その涙を止める言葉を彼は持たない。

 今この世界を出て行けたとして、そこから戻れる保証はない。今生の、という表現が正しいかは微妙だが、永遠の別れになることも十分考えられる。

 

「……ゴメン、分かってくれなんて言えないけど……俺はずっと後悔しながら生きてきた。1度死んだ先でまで悔やむのは嫌だ……みんなが信じてくれたのは、きっと自分の大事なものから目を逸らさない男だと思うから……」

 

 散々悩んでも、結局答えは単純で。誰かのために命だって投げ出せる、『1度世界を救った』なんて大仰な称号を名乗ることを唯一許された英雄。そんな彼でもできないことはある。

 

 

 

『見て見ぬフリ』 誰もが当たり前にやっているそんな簡単なことが、彼には死んでもできない無理難題だった……ただそれだけの話でしかない。

 

 

 

 

「ゴメン、それでも俺は……!」

 

 誰の返事も待たずに飛び立つ■■。神樹の内部には基本何もない。魂たちから離れれば何も見えない無明の空間が広がるだけ。とにかくまっすぐに進み続けると、やがて雷に呑まれたような痛みと熱さが突如襲ってきた。生前以来の感覚に驚いた■■は、目の前に不可視の壁のようなものがあることに気づく。

 

(……神樹様は、俺を外に出す気はないってことか……)

 

 壁を越えようとぶつかり続ける■■。何度繰り返しても変わらない手応えに焦る彼の背中に、そっと手が添えられる。

 

「まったくしょうがないな、■■は。タマたちがいないとダメなんだから」

 

「私たちの力も預けるから。もう一度やってみよう、■■さん」

 

 置いていったはずの仲間たちが、続々と追いついてくる。優しく、そして力強く彼の背中を押してくれる。

 

「……みんな、どうして……」

 

「……本当は最初から決めていたの……気づかれてしまった時には、全てあなたの望むようにするって……」

 

「理由はどうあれウソをついちゃったわけだからね。これ以上引き留めるのは卑怯かなって思うの」

 

「でも俺は……みんなを置いて……」

 

「この200年、とてもハッピーだったわ。■■くんなら必ずまた会いにきてくれるって信じられるしね」

 

「元々■■さんを100年待たせちゃったのはこっちの方だしね。だから今度は私達が待つよ」

 

「それは違うよ。俺が勝手に遠くに行ったんだ。あの時も、今も……」

 

「そうかもしれないな。だが、あの時も今も……お前が決断するのはいつだって誰かのためだ。ならば後悔しないように、今度こそ決着をつけて戻って来い」

 

「私達が……私が、心惹かれたあなたらしくいてください。そのためなら、少しくらいは待っててあげます……帰ってきてくださいね?」

 

「……! 分かった。ちょっと遅くなるかもしれないけど、必ず帰るよ……みんな、力を貸してくれ!」

 

『おおおおおおっ‼︎』

 

 生前の頃のように、心を合わせて壁を押す精神体の8人。それでも不動を貫いていた壁は、数十回目のトライで突如抵抗もなく破れた。魂の内に神性を宿した特例である■■だけがその先に落ちていき、勇者たちはその場から動けない。

 

「行ってきます!」

 

『行ってらっしゃい!』

 

 最愛の仲間に別れを告げ、現人神の魂が現世に降る。だがそのまま降臨するにはあまりに力が大きすぎる上に、魂だけでは現世で何の行動も取れない。最悪、樹海を巻き込んで消滅する危険すらある。それをどうにかできるのは、神々の力を自在に行使できる神樹だけだ。

 ■■の諦めの悪さに根負けした神樹がフォローする。まずは人の器……御姿を用意し、それに収まる程度に神性を削る。残った神性を人の器に合わせた形に調整する。人の可能性の先にあり、同時に神の力への入り口でもある『アギト』の力へと変換されていく。これで限定的ながら人間として現世に戻ることができる。

 

(……! 何だ? 力が抜けていく……それと一緒に、何か大事なものが……)

 

 しかしあまりに突貫すぎる人への堕ち方だったため、そこかしこに無理が生じる。クウガとしての経験と記憶、神としての時間が刻み込まれた魂は、言ってしまえば容量が重すぎる。御姿というハードに収まりきらない情報量が詰まった魂というソフトを適合させるために、どんどん記憶というデータが消えていく。

 神樹の中で過ごした記憶、生前の記憶までも虫食いのように無秩序に消されていく。それに引きずられているのか、御姿の肉体年齢も退行していき、そして──

 

 

 

 

 

 

「…………なんだ、ここは……」

 

 樹海に降り立った■■。彼はあまりに曖昧すぎる記憶と、小学校高学年相当の肉体を持って、現世に再臨した。

 

(……向こうで誰かが戦ってる……? そうだ、俺はその誰かを助けたくて……)

 

 何も分からなくてもやるべきことだけは決まっている。少年は1人、不気味な世界を駆け抜ける。ロクに憶えてもいない誰かの笑顔を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく距離を詰めなくては戦えない。矢の雨を必死に掻い潜り、アギトは蠍座の懐に飛び込んだ。

 

(まずは一匹片付ける……!)

 

 大きくジャンプして背面に拳を振り落とす。外甲を破壊して拳が体内に食い込む……までは良かったが、高速で傷口が再生し、拳が固定されてしまう。慌てて抜こうとするアギトの頭上から、蠍の尾が飛んでくる。

 

「ガッ────っと、何だ?」

 

 跳ね飛ばされた先に空飛ぶ船が現れる。なんとか勢いを殺して甲板に着地したアギトが周囲を見渡すと、先ほど見送った少女が穏やかに微笑んでいた。

 

「……君は、どうして……」

 

「さっきはありがとうね〜、わっしーたちはとりあえず安全だよ〜」

 

 違うそうじゃない、と言い募ろうとしたアギトの視界の端に、再び蠍の尾が入り込んでくる。

 

「来てるぞ!」

「大丈夫〜」

 

 大きく旋回して蠍座の攻撃を回避する。そのまま後ろに回り込んで、大量の刃で動きを封じる。園子が合図するかのように視線を送ってくる。その手際の良さに驚きながら、アギトは無意識に脚を開いて構えを取る。

 

(仕方ない、手を貸してもらうしかないのも事実か……!)

 

 アギトの頭の衝角『クロスホーン』が2本から6本に展開し、その力を解放する。足元に光の紋章が浮かび上がる。その紋章は、角を展開した今のアギトによく似ていた。紋章の光を右足に収束、そのまま高く飛び上がる。

 

「ダアアアアアッ‼︎」

 

 エネルギーを収束した飛び蹴り『ライダーキック』が炸裂、蠍座を撃破した。甲板に舞い戻ったアギトが一息つくよりも早く、爆風の中から小さな影が飛び出していった。

 

「いけない、神樹様が〜」

 

(なんだ、抜かれたらまずいのか……?)

 

 神樹に向かって駆け抜ける双子座を、いまいち焦りが伝わらない声を上げた園子が追いかける。船の最高速でなんとか追いつくも、前の小兵に気を取られすぎた。あまりの熱量と空間そのものが燃えるような異音に振り返ると、小さな太陽が接近していた。

 

(不味い、気づいてない……⁉︎)

「逃げるんだ!」

 

「えっ? ……わ〜!」

 

 あれほどの存在感にまるで気づく様子のない園子の背中を庇うアギト。太陽と見紛うその火力は、一瞬で園子の満開を破壊した。

 

「ハァ、ハァ……なんて火力だ……」

 

「う〜ん……あ、いけない! 追いかけないと〜」

 

 フラフラと立ち上がる園子の足取りは何とも覚束ない。どこか怪我したのかと案じたアギトが彼女の肩を叩く。

 

「とにかくあの小さいのを止めればいいんだな? 俺が行くから待っててくれ」

 

「……でも〜……」

 

「足、痛めたんだろ? まだ敵はたくさんいる。幸い今は他の敵も遠いし、少しでも体を休めて、な?」

 

 返答を聞くより早く飛び出す。しかしアギトの脚力では双子座の速度には追いつけない。どんどん広がっていく距離にアギトの焦燥感が増していく中、幻想的な樹海の雰囲気にそぐわない駆動音が響く。

 

(……何だ、この音……バイク?)

 

 後ろを振り向くと、巨大な角を先端に構えた、やたらと攻撃的で威圧感のあるバイクが自分めがけて無人走行してくる。

 

「……訳分からん……乗れってことか……?」

 

 目の前で停止したバイクに恐る恐る触れると、一瞬でその造形が変わる。アギトに似た赤と金のカラーリングに、あれだけ目立っていた角は消え、幾分スマートなフォルムに変化した。

 

『マシントルネイダー』

 

 神樹が万一に備えて保管していたかつてのクウガの愛機、ビートチェイサーと自立型サポートユニット、ゴウラム。その2機がアギトの力に合わせて進化した新たなバイク。

 

「本当に分からないことだらけで気が滅入るな。とりあえず、今は当てにさせてもらうぞ……!」

 

 マシントルネイダーに乗り込んで再び敵を追跡する。バイクの速度はバーテックス最速の双子座を上回り、ものの数秒で後ろ姿を捉える。追撃を仕掛けようとしたアギトの背後から迫る矢の雨。うまく車体を振って凌いだところで頭上からさらなる追撃。乙女座の爆撃に飲み込まれ、アギトがバイクから振り落とされて吹き飛ぶ。

 

(しつこい……って、何だこれ?)

 

 受け身を取ろうとしたアギトは、突然滑り込んできた飛来物に乗り上げる。よく見るとついさっき飛んできたバイクによく似ている。車体を前後にスライドさせてホイールを折りたたむ。全体的にスリムになった、マシントルネイダーの飛行形態『スライダーフォーム』

 

「随分器用なことができるんだな……まさか空を飛べるとは……」

 

 戦いながら疑問が増えていく状況に頭痛を覚えるが、今は何より敵を倒すこと。バイク時よりもさらに増した運動性を活かして追撃を躱すアギト。後衛のバーテックスの射程外に出たところで、今度こそ完全に双子座の真後ろにつける。

 

「好き勝手もそこまでだ……!」

 

 スライダーの上で構えて、力を収束する。マシントルネイダーの速力とアギトの力を合わせた必殺の飛び蹴り『ライダーブレイク』が双子座の背中に直撃した。

 

 

 

 

 

 

(随分離れたな……一旦合流して────っ‼︎)

 

 バイクに乗って園子の元に向かう。そんなアギトの真下から突如巨大な異形が迫り来る。最初に倒したバーテックスと同型の魚座が、地中から飛び出してアギトを襲う。

 

「させないよ〜!」

 

 空中に投げ出されたアギトに迫る魚座。その巨体の真横、隙だらけの側面から槍を構えた空中船が飛び込み、一撃で粉砕した。甲板で合流する2人。軽く視線を交わして敵の群れに向かう。

 

(……ん? あの足……怪我じゃないのか? さっきの反応、それに──)

 

 見る限り園子の体に大きな外傷はない。にも関わらず園子の足取りはおぼつかないまま。そして彼女の表情から痛みは感じ取れない。そんなチグハグさに加えて、あの大火球に気づかなかった様子。聴覚や触覚が正常であればまず感じ取れるはずだったが……

 

「君、もしかして──」

「来るよ〜!」

 

 アギトの言葉を遮るようにバーテックスの総攻撃が迫る。園子の船は大きく旋回し、的を散らすためにアギトはスライダーに飛び乗る。火球、水球、爆弾、矢、さらには毒霧や怪音による妨害まで入り、2人の処理限界を超越した弾幕に晒される。

 

「クソ、逃げ場が──」

「ここしか……あ、ダメッ!」

 

 弾幕の中、唯一残った安全地帯に逃げ込む2人は、互いの動きを完全に思考から外していた。巨大船に衝突して落下するアギトと、それを見て思わず動きが止まる園子。隙だらけの2人の背後から蟹座の反射板を使って反転してきた矢の雨が降り注ぎ、正面から蠍座の尾が飛んでくる。同型を含めた数十体のバーテックスの猛攻に耐えきれず、2人の戦士は地に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、う〜ん……」

「大、丈夫か……?」

 

 わずかな間意識が飛んでいた園子が目を覚ますと、目の前に自分と同年代の少年の顔があった。彼の頭からは赤い液体が滴り落ち、感覚がない園子の顔を濡らしていく。

 

「あなたがさっきの……?」

 

「うん、ちょっとダメージを受けすぎたみたいだ」

 

 軋む体に鞭打って立ち上がる2人。バーテックスたちは仕留めたものと見なしたらしく、ゆっくりと神樹の方角に進んでいる。慌てて後を追おうとする園子だが、少年が横からそれを止める。彼女の体の欠陥はすでに取り繕える段階を超えていた。

 

「その体じゃムリだよ。本当に死んでしまう──」

 

「だい、じょぶだよ〜……私は死なない。そういうふうになってるんだ〜」

 

 勤めて明るい表情のまま、園子は簡潔に語る。満開の真実、勇者の役割を。力を振るうごとに自身の一部を捧げ、その欠陥をシステムで代用しながら戦い続ける。心臓が止まろうが死ぬことはない。あまりに残酷であまりに効率的な勇者システム。その真実を知った少年は目を細める。何かが引っかかる、不安定な記憶の中で、同じようなものを使う人がいた気がした。

 

「私は大丈夫だから〜。あなたが誰かは分からないけど、危ないからもう退がってくれても──」

 

「いや、退がるのは君だよ。俺は君を助けたくてここにいるんだ」

 

 少年が両手を園子の肩に添え、正面から向かい合う。彼女が隠した心の嘆きを見逃さないために。少年の目は真っ直ぐに少女を見つめている。

 

「こうしている今も俺の中で記憶が消えていってるのが分かる。あの姿といい、多分俺は普通の存在じゃないんだと思う。けど1つだけ覚えてることがあるんだ……苦しんでる女の子がいて、俺はそれを遠くから見てて、その子たちを助けたくて手を伸ばした。その結果として俺はここにいるんだ」

 

 一般社会でこんなことを言えばまず病気を疑われる。それくらいに訳が分からない話だったが、園子はその言葉を素直に受け取れた。少年の顔から嘘が一切感じ取れなかったからだろうか。

 

「君が誰で、どんな力があるのかは知らない。けどそれは君が傷ついていい理由にはならない。俺は君の全てを守りたい。だから──」

 

(ああ、これは夢なのかな……こんな──)

 

「言ってくれ、『助けて』って……何も分からない俺でも、君の一言があればこの命を賭けられるから」

 

(こんな物語みたいなこと、正面から言われちゃうなんて──)

 

 放心したような園子の口からとても小さな声で飛び出す四音の言葉。それを聞いた少年は小さく笑って怪物の群れに走ってゆく。彼の後姿を目で追いながら、園子は脱力して座り込む。ずっと張り詰めていた緊張の糸が、出会って数分の誰かの言葉で解きほぐされてしまっていた。

 

「アハハ、参ったな〜、実際に言われてみると、なんにも頭が働かないや〜…………でも、私だって勇者だもん」

 

 1人残った勇者にとって、彼の言葉は素直に嬉しかった。それでも知らない誰かに押し付けて逃げられるほど、乃木園子の諦めは早くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う意志を固めると、自然とベルトが発生する。両手を前にかざして、ベルトの両端を叩くと、少年の体が一瞬でアギトに変わる。変身したことでバーテックスたちも地上の敵性に気づき、再び攻撃を仕掛ける。勢いで飛び出してきたが、実はアギトにはなんの策もなかった。

 

「絶対に負けない……それだけの力を、ただ振りかざすだけのお前たちには、絶対に──!」

 

 打つ手がないからと諦めるわけにはいかない。誓いを立ててしまったのだから。無謀にも前に足を進めるアギトが再び光に包まれ、直後乙女座の爆風に飲み込まれる。煙が晴れた先には、両手に武器を構えた新しいアギトが君臨していた。

 

『トリニティフォーム』

 

 右腕を赤、左腕を青く染めた姿。右手に炎を纏った剣、左手に風を纏った薙刀。大地と風と炎の力を一身に宿した三位一体の戦士。

 降臨して間もない神の力。その残滓が形を成した人の可能性の一段上の姿。何もかもが不安定な少年にできる強化形態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられっぱなしで終わると思うな……人間を、ナメるなよ!」

 

 スライダーに乗って飛翔し、両手の武器を振りかざす。巻き起こる災害レベルの風と炎がバーテックスを呑み込み、嘘のようにあっさりと消しとばしていく。覚悟1つでどこまでだって強くなれる。それがかつて天の神すら恐れた英雄の力だ。

 群れの8割を片付けたアギトの周囲を毒霧が覆う。すぐさま風で吹き飛ばすも、その一瞬の隙に残存戦力が総攻撃を仕掛けてくる。晴れた視界に飛び込んできた射撃の嵐は、横合いから飛んできた船に遮られてアギトまで届かなかった。

 

「ありゃ〜……1発で壊されちゃった。もうちょっと満開頑丈にできなかったのかな〜?」

 

「君は、なんでまた……」

 

 地上の園子に駆け寄るアギト。満開が壊れた瞬間、何らかの苦痛に園子の表情が歪む。それでも一瞬で笑顔を取り繕った勇者が、アギトの手にそっと触れる。

 

「あなたが私のために頑張ってくれるのは嬉しいけど〜、私にも私の戦う理由があるんよ〜。だから、一緒にやろ〜?」

 

 全てを飲み込んで笑い続ける少女に、アギトはこれ以上かける言葉が思いつかなかった。

 

「そういえば、あなたのお名前まだ聞いてなかったよ〜。私は乃木園子、あなたは〜?」

 

「名前……名前か」

 

 考え込むように空を見上げるアギト。自分の名前すらも曖昧なほど、彼の中身はメチャクチャなことになっている。

 

「たぶん、りくと……苗字は思い出せないけど、『陸人』ってのが、俺の名前だと思う」

 

「陸人くんか〜……それじゃ『りくちー』だね〜。わたしのことはぜひ『そのっち』と〜」

 

「ん〜……じゃあ、園子ちゃんでいいかな?」

 

 自分の苗字が思い出せないという異常事態にも一切言及せずに微笑む園子。戦場とは思えないほど和やかな2人に向かって、これまでにない大きさの火球が迫る。2体の獅子座が能力を合わせた、最強の大火球が樹海を壊しながら迫ってくる。

 

「それじゃ行こっか、園子ちゃん」

 

「おっけ〜、園子さんにおまかせあれ〜……満開‼︎」

 

 船に乗って太陽に突っ込む2人。甲板に薙刀と剣を突き立てて、その力を満開全体に注ぎ込む。船の周囲に展開している全ての刃が風と炎を纏う。

 神樹の神性とアギトの能力。親和性の高い2つの力を本能的に組み合わせた、園子とアギトの必殺技『ファイヤーストームフィニッシュ』

 太陽の真裏に位置する2体の獅子座を除いた全てのバーテックスを殲滅しながら、船と太陽が正面から衝突する。

 圧倒的な火力で船体が徐々に焼け落ちていく。このままでは力負けして満開が消えるのは確実。空間全てを焼き尽くすような炎の前で、それでも一歩踏み出す勇気こそが勇者の証だ。

 

「園子ちゃん!」

「りくちー!」

 

 アギトが船首に駆け上がり、園子が飛翔する穂先を構える。太陽に向かって同時に武器を叩き込む。太陽の中心を捉えた3本の刃によって、全てを燃やす火の塊は消滅した。

 

「今度こそ……出てけええええええっ‼︎」

 

 壊れかけの船体を無理やり動かし、奥に佇む獅子座に突っ込む園子。持てる全てを乗せた一撃は、最強のバーテックスを自身の船もろとも轟沈させた。

 しかしさらに奥にはもう一体、獅子座が残っている。こちらも残り少ない力を振り絞り、小さな火球を発生させる。通常の変身すらも解けた園子にとって絶体絶命のピンチ。それでも彼女の顔はいつもと同じように微笑んでいた。

 

「人間をナメるなと、言ったはずだ!」

 

 真上から落下して来るアギト。太陽を堕とした直後にスライダーに飛び移って上昇していたのだ。トリニティの全力を右足に込めて、無防備な獅子座に突っ込む。

 

「オオリャアアアアッ‼︎」

 

 トリニティフォームの超必殺『ライダーシュート』が、最後の獅子座を頭上から打ち砕き、破壊した。

 計33体のバーテックスと、高次元に生きる天使さえも敵に回した一大決戦は、こうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者達の勝利と見ることもできるが、人類側の被害も決して無視できない。一方無限に近い戦力を持つバーテックス側にとっては今回の損害はあってないようなものでしかない。

 人類守護の最前線にして最終防衛ライン、大社はかつてないほどに混沌としていた。

 

「……こんな形になるなんてね……」

 

「まるで私達の死角を狙ったように全てが抜けていきました。反対多数で却下され続けてきた満開の認可……突如顕れた特型アンノウンに、12体を超えたバーテックスの同時運用……全てが何かの意思によってタイミングを図られていたとしか思えません」

 

「天の神か……神託にあったアンノウンの頭領か……もしくはまた別の存在……まだまだ分からないことだらけね」

 

「分からないと言えば、大社内部にも異常が頻発しています。構成員の唐突な心変わり。真由美さんの派閥だったはずの職員も日毎に本部に従順になってきています」

 

「やっぱりあの時の花村と同じ。何らかの意思が働きかけている……私達もいつまでこうして思考していられるか分からないわね。守れなかったことへの後悔すらも、忘れてしまうかも……」

 

「真由美さん……鋼也くんは……」

 

「あの子はまだ生きている、私が先に折れるわけにはいかないわ……だからこそ……」

 

「行くんですね? あの方への御目通りに……」

 

「ええ、上里家の実質的な最高権力者……筆頭巫女様くらいしか、確実に頼れるアテはないわ……安芸ちゃんも、そっちの案件の確認よろしくね?」

 

「了解しました……『防人』に『G3ユニット』……勇者に頼らない自衛戦力の確立、ですか……」

 

 我が子を守れなかった母親と、生徒を守れなかった教師。2人はそれでも足掻き続ける。明日には目の前の彼女が敵に回るかもしれないと、覚悟を決めて。

 

 

 

 

 

 

 今回の決戦の立役者である、前線で体を張り続けた勇者たち4名と、イレギュラーが1人。それぞれが生涯に響く損傷を背負い、それでも懸命に前を向いている。

 

 篠原鋼也:心身共に著しく衰弱、意識回復の目処も現状不明。

 

「…………」

 

「静かだな……」

 

「うん……しののんは……ギルスと自分を分けて認識するようになって、その結果回復機能が落ちてるんだって話……何でこうなっちゃったんだろうね〜」

 

 病室のようでいて、神社のような雰囲気を醸す一室。少年と少女、二台のベッドが並んでいて、その間に神官服を纏った別の少女が座っている。その瞳は今にも溢れんばかりに涙を帯びていた。

 鋼也が人として生きることを決めたことによって、彼は今眠り続けている。あまりにも皮肉な話だ。溢れそうな涙を堪えて、鋼也の体を拭う銀。彼女もまた大きな傷を負って、勇者の任を降りてこの部屋の世話役を請け負っている。

 

 三ノ輪銀:散華の影響によって右手の機能と勇者適性を捧げる形となる。勇者として戦う力と、日常を支える利き手の機能を失った。加えて内臓も一部停止し、女性としての機能が正常に働かない体になってしまう。

 

「ミノさん、辛いなら無理にこの部屋に来なくてもいいんだよ〜?」

 

「いや、大丈夫だよ。鋼也のこと、今の大社に任せるのはちょっと怖いし……園子だって寂しいだろ? 唯一の隣人が寝たきりだもんな」

 

 お嫁さんになること、幸せな家庭を築くことを夢としていた少女は、齢12歳で子供を宿す可能性を失ってしまった。これほど衝撃的な事実もそうはないだろう。その上、最も身近で確かに情を持っていた異性は、そんな彼女に寄り添うこともできない状態だ。三ノ輪銀のような精神が頑強な少女でなければ、今頃自殺騒動が起きていてもおかしくない。

 

「それに、アタシよりも園子の方が無くしたものはたくさんあるんだから、気を使うことなんてないぞ? アタシには本音で話してくれよ」

 

「……うん、ありがと〜、ミノさん……」

 

 乃木園子:合計10回の満開によって内外含めて多くの機能を消失した。自力で立ち、歩くことすらも困難で、ベッドから動くことさえ許可されていない。体の多くを捧げたことにより、人よりも神に近い存在に変化し、半ば奉られてしまっている。

 

「でも、私は大丈夫だよ〜、しののんの顔はちゃんと見えてるし、それに……」

 

「それに?」

 

(……今の私は信じられるから……頑張っている人を放っておけない、お人好しなヒーローがいつかまた来てくれるって……)

 

 次に会えた時にはどんな話をしようか。そんなことを考えている間だけ、園子はこの残酷な現実を忘れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鷲尾須美:両足の機能と数年分の記憶を失い、戦えなくなる。それに伴い、生家に戻り、東郷美森に名前を戻す。

 

「子供を預かることになった、ですか?」

 

「ええ……その子も事故で記憶を無くしてね……身寄りもないことが分かって、幸いウチには今余裕もあるし……」

 

 日課のリハビリを終えて病室に戻った美森に、母親がゆっくり語りかける。事故により両足と記憶の一部を失った自分。同様に記憶を失った者がいる。近年の記憶こそないが、元々両親が心優しく、何もかもを失った子供を見捨てられない性分なのは憶えている。

 娘がこうなったことで両親が苦労することは予想できているので、それ以上の問題を引き込むのはどうかと思わなくもないが、新たな存在が加わることで雰囲気が変わることもあるかもしれない。2人がこれも何かの縁、と考えたのなら美森自身には拒む理由もない。

 

「分かりました。それで、どんな方ですか?」

 

「すぐそこに呼んでるの。入ってきて」

 

 母親が病室の入口に向かって声をかけると、「失礼します」という男子の声と共に扉が開かれる。てっきり自分と同じ女子だと思っていた美森は、その人物が男子であることに驚いたが、彼の顔を見てそれ以上の衝撃を受けた。

 話を聞く限り今の自分よりも悲惨な状況にあるにも関わらず、全く無理のない自然な笑顔。卑屈さを感じさせない凛とした立ち姿。その姿と声が、どこか引っかかるような気がした美森だったが、彼の顔にはまるで見覚えがない。

 

「初めまして、東郷美森さん」

 

「……あ……」

 

「ここの上の病室に入院している、御咲(みさき)陸人(りくと)です。退院したら、東郷さんの家にお世話になることに決まりました」

 

 畏まりすぎず軽すぎず、適度に柔らかく挨拶の言葉を紡ぐ少年。あくまで自然に、握手を求めてその手を伸ばす。

 

「……御咲、陸人……さん……」

 

「はい…………えーっと、その……よろしくね?」

 

 手を差し出したまま美森の反応を待つ陸人。微妙に間抜けな状態に苦笑しながら、少し砕けた態度で再度手を向ける。今度は美森も恐る恐る手を伸ばし、2人の手が結ばれる。

 

 少年は特に深い意味もなく、自然体で微笑みかける。

 少女は自分でも掴みきれない既視感と、目の前の彼から感じる暖かさに首を傾げる。

 

 やがて全てを変えることになる、2人の勇者の出会いだった。

 

 

 

 イレギュラー=御咲陸人:戦闘時も含めた全ての記憶を消失、大社に保護された。神託により大社は積極的な干渉をしないことを決定。当面の身元として、再び勇者になる可能性がある東郷美森の側に置かれることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく全ての役者が舞台に上がった。

 

 これより始まるのは、神々の思惑渦巻く神話の再開。

 

 今度こそ天の意志が人の歴史に終止符を打つのか。

 

 またも人の可能性が神の意向を超えていくのか。

 

 それともこの世を蝕む悪意の黒が全てを呑み込むのか。

 

 

 

 

 これは人と神、魂と可能性の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにてわすゆ編、終了〜‼︎

だいぶ駆け足で、最後の方はとにかく荒い文章になってしまった気がします……やっぱり多少は次の話の予定を立てて、書きだめしないとダメですね……
苦し紛れに大量の伏線もどきをばら撒いた上に深夜テンションで妙な予告風文章まで書いてしまって……ちょっと調子に乗りすぎた気もします……

というわけで、ゆゆゆ編に突入する前に少し時間を空けることにしました。その間にもう少し詳しく予定を詰めて、多少書きだめしてから始めます。このペースだと来年の忙しい時期にぶつかる可能性が高いので、今ほど定期的に投稿できないかもしれませんが、なんとか終わらせるつもりですので。気長に付き合ってもらえるとありがたいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。