A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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英雄、おうちに馴染むの巻、後編です。


教えてほしい、ワタシノココロ

「りっくん……なんで、何が、どうなって……?」

 

「……とりあえず歩きながら話そう、送って行くよ……というか、こんな時間に女の子1人で出歩くもんじゃないよ」

 

「あっ、えっと……エヘヘ、ごめんなさい」

 

 緊迫した空気は一瞬しか続かなかった。陸人があまりにいつも通りだったので、友奈が抱きかけた恐怖心は、形になる前に霧散した。

 両者間に強い信頼がある証だが、恐ろしいのはこの2人が出会ってまだ一月しか経っていないということ。それだけ相性が良いのか、無自覚のうちに何か結ばれた縁があるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、りっくん自身アレが何なのか分かってないの?」

 

「んー、俺のあの姿はアギトって言うらしい……アイツらの言葉だとね? 他はさっぱりだよ。大社に聞けば多少は分かると思うんだけど」

 

「大社って、あの神樹様の?」

 

「そうそう……あれ? 言ってなかったかな、俺は記憶をなくした状態であの人達に保護されたんだ。で、あっちが話を進めて東郷家に。今思えばおかしな話だよなぁ」

 

 当時は自分の状況も整理できていなかったので、印象が良かった東郷家の2人に預けられるという話にあまり考えず頷いていたが、ああもスムーズに進むのはおかしい。大きな権力を持った大社は、何か知っていて自分をここに置いている。そう考えるのは自然だろう。

 

「聞いてはいないの? あんなことがあったのに」

 

「うーん、なんて言うのかな……なんとなく大社に関わるのは危険な気がしてさ。話したのは数回だけど、信用できない雰囲気だったというか……」

 

 大社にあてがわれた『御咲』を名乗る今の陸人には前世ほどの危機意識がない。齢一桁でいくつもの戦場を経験してきた重たい記憶がないために、比較的一般人に近い感性を持っている。

 そのため、アンノウンの存在に疑問はあっても明確な危機感がない。深入りすれば周りの人間を巻き込む可能性がある。事情を把握している組織が別にあるなら、自分はただ守ることに集中する。それが現状の陸人のスタンスだ。

 

(……とはいえ、こうも2人が狙われるとなると、その理由だけでも知っておきたいところだな)

 

「あの、りっくん?」

 

「……っと、ゴメンゴメン、なんの話だっけ?」

 

「えっと……やっぱり内緒にしておいた方がいいんだよね? 東郷さん達にも」

 

「そうだね。アイツらは狙った相手以外には接触しないようにしてるみたいなんだ。だから俺が気をつけておけば、他の人には気づかれずに済む……今回は友奈ちゃんに見つかったわけだけど……」

 

「ご、ごめんなさーい」

 

「ダメだよ? ご両親に黙って出てくるなんて。アイツら以外にも危ないことはたくさんあるんだから」

 

 苦笑して友奈の額に優しくデコピンする陸人。「あうっ」と小さく唸って友奈も笑う。とりあえずこれで彼女の罪悪感はだいぶ消せただろう。

 

「でもりっくんがこんな大変なことしてるって知っちゃったら、私も何か手伝いたいなぁ……うーん……」

 

「気持ちは嬉しいけど、友奈ちゃんにはできれば今日のことは忘れてほしいかな。危ないことからは離れるのが1番だよ」

 

「そうは言うけど、りっくんは次があればまた戦うんでしょ?」

 

「……まあ、そうなるだろうね」

 

「う〜ん……あ、そうだ! りっくんが戦いに行く時、誰かが近くにいたら私が気をひくよ! うん、これなら私にもできる!」

 

「……! なるほど。今後も定期的にあるとしたら、その辺りは確かに必要かもね」

 

 これまではいずれも夜中の襲撃だった。しかし今後もそうである保証はない。東郷家のみんなといる時に、または学校が始まれば授業中ということもあり得る。であれば身近に1人、事情を把握して話を合わせてくれる人間がいるのは非常にありがたい。そして何より……

 

(そうすれば今日みたいに友奈ちゃんが危ないところに来ることもない……みんなで一緒にいる方が安全だしな)

 

「どうかな? りっくん」

 

 名案を思いついた、と表情で語る友奈。眼を輝かせる友人の頭に優しく撫でて、陸人も小さく笑う。

 

「それじゃ、お願いしようかな……このことは、2人だけの秘密だよ?」

 

「ハイ! 結城友奈、了解しました!」

 

 おどけて敬礼のポーズをする友奈。友達の力になれる、というのが相当嬉しいようだ。

 この夜、人知れず怪物と戦い命を守る、子供2人だけの同盟が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もまた陸人、美森、友奈の3人で遊ぶ。この日は美森の運動も兼ねて、よく行く自然公園に向かっている。奇しくもそこは、半日前にアギトがアンノウンを撃破した場所だ。

 

(さすがに同じ場所にまた現れたりはしないよな――っ⁉︎ 昨日の今日で、しかも昼間から……!)

 

 予想外のタイミングでアンノウンの気配を感知。思わず表情が強張る陸人を見て、察しの良い友奈はすぐに事情を把握した。

 

(……りっくん?)

 

(また出たみたい……しかも場所が、あの公園だ)

 

(……! 分かった、こっちは任せて)

 

「あーっ! 東郷さん、ゴメン! 私ボール持ってくるの忘れちゃった。取りに戻らないと」

 

「そ、そう? じゃあ俺は先に行ってるね?」

 

「うん、私と東郷さんは一回戻るねー!」

 

「えっ……待って友奈ちゃん、それなら私は……」

 

 車椅子の美森を連れて戻ることには何の合理性もない。痛いところを突かれる前に、友奈は危なくない程度の速度で美森を連れて去って行った。

 

(多少無理があったけど、何とか遠ざけられたな)

 

 安堵の溜息をこぼした陸人は、すぐに表情を引き締め、友奈達とは逆方向に走る。日中の公園、何も知らない人がどれだけいるかも分からない。

 

 気配を辿って公園の奥の森林部にたどり着いた陸人は、昨日の個体と同型のアンノウン『エクウス・ディエス』を発見する。なんとかアンノウンが人間と接触する前に捕捉できたようだ。

 

「被害が出るより早く、仕留める……変身っ‼︎」

 

 気づかれるよりも早く、ディエスの背後から飛びかかる。あくまで被害を出さないように。極めてクレバーな思考の元、僅か2分でアンノウンを撃破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……友奈ちゃん。私を連れてきたのは、やっぱり……?」

 

 自分と彼を2人にするのを避けたのか。美森には友奈と陸人の焦ったような雰囲気はそう受け取られたようだ。

 一方の友奈も、連絡が来るまではどうにかして時間を稼がなくてはならない。何かないか、と考えて……

 

(東郷さんの夢の仮面がアギトだってことは、りっくんと東郷さんの記憶は何か関係があるってこと。りっくんが悪者っていうのはあり得ないけど、東郷さんの不安も分かるし……う〜ん……)

 

 昨日陸人の事情を知るまでは、この件にはあまり口を挟まないようにしていた友奈。しかしこのまま待っていると良くない方向に関係が変わりそうな要素が多すぎる。

 

「そういえば、東郷さんってりっくんの部屋に入ったことある?」

 

「な、何? 急に……ないけれど」

 

「やっぱり! じゃあちょっと入ってみようよ、東郷さんの悩み、ちょっとは解消できるかもしれないよ!」

 

「え、えぇ? どういうこと……?」

 

 友達といえど、あまり褒められたことではないのは友奈も承知している。それでもこれ以上悩む2人を見ていられない。

 

(りっくんに口止めされてたわけじゃないし、いつでも遊びに来ていいって言ってくれたし……ゴメンねりっくん)

 

 

 

 誰にも届かない言い訳を胸に、友奈は美森を伴って東郷家の陸人の部屋に入る。そこには話に聞いていた通りの光景が広がっていた。

 

「……これは」

 

「わー、凄いなぁりっくん」

 

 机や床には歴史書が何冊も並んでいる。要点を整理するためか、付箋や書き込みが多く見られる。

 壁には年表や地図、軍艦の写真や絵などが散りばめられている。その中にはいくつか素人然とした絵も混ざっている。どうやら陸人が模写してみたもののようだ。

 

「友奈ちゃん、これって……」

 

「うん。東郷さん、日本の歴史が大好きでしょ? だから共通の話題を持てたらって、りっくん勉強頑張ってるんだよ。楽しい話をできるようになれば少しは距離が縮まるかもってね」

 

「……私のために?」

 

「うん。りっくん言ってたよ。『俺はまだ東郷さんのこと何にも知らないから、まずは好きなものから理解したいんだ』って。凄いよねぇ、私そんな風に考えたことないよ」

 

 当然だ。彼らの年頃の友人関係というのは、基本的にもっと気安いものだ。わざわざ理解したいからというだけの理由でディープな趣味に踏み込むのはやりすぎでしかない。

 しかしそれもあくまで一般論。相手は戦艦に燃え、お国を愛する奇特な少女、東郷美森だ。

 

(私が一方的に距離を置いていたのに……どうしてこんな)

 

 戸惑いと同時に喜びが湧いてくる。すっかり仲良くなった友奈だが、彼女が自分の趣味を理解することはおそらく一生ないだろう。記憶にある限りでは、これまでに自分の国防魂を分かってくれた人、それどころか理解しようとしてくれた人は誰もいなかった。

 

 少々変わっている自覚はしていたし、仕方ないと納得もしていた。それでも心の奥では求めていたのだ。自分の好きなものを、同じだけの熱で語り合える友達を。

 

(彼は歴史そのものに興味はないのかもしれない……でもそれだって、これから私が教えていけばもしかしたら……!)

 

 ずっと避けてきた相手なのに、今は話してみたいと思っている。自分の現金さに呆れてしまう美森の肩を、友奈が優しく叩く。

 

「りっくんはずっと東郷さんのことを考えてるんだよ。知りたいなら、明日早起きしてりっくんのランニングを見てみない? きっと驚くよ」

 

「ランニング……?」

 

 彼の日課がどうしたのだろうか。そんな疑問が言葉になるよりも早く、友奈の端末から通知音が聞こえた。

 

「…………ん! りっくんも待ってるし、そろそろ行こっか!」

 

「え、ええ……そうね」

 

 陸人の心の一端に触れ、その本質を知った美森。どうにか誤魔化しつつも2人の進展を手助けできたことに安堵する友奈。

 合流した陸人が首をかしげるほど、2人の心は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、いってきます、と」

 

 翌朝、誰も起こさないようにひっそりと家を出る陸人。ランニングウェアに小さなポーチという軽装で、早朝の街を走りに出た。

 

 ……そんな彼を後ろから見つめる美森と友奈。朝が苦手な友奈だが、友達のため、と一念発起して早起きをした。現に今も眠そうだ。あくびをかみ殺す友奈に、美森が問いかける。

 

「ねえ友奈ちゃん、彼のランニングに何があるの? それに私じゃ走っている人についていくのは――」

 

「あ、それは大丈夫、ゆっくり行っても追いつけるよ……まあ見てて、すぐに分かるから」

 

 焦らすような笑顔の友奈が車椅子を押し、2人の尾行が始まった。

 

 

 

 

 陸人の背中を見失って3分後、袋を片手にしゃがみこんでいる彼を発見する。

 

「……アレは、ゴミ拾い?」

 

「私も最初はそう思ってたんだけどね」

 

 袋に空き缶や吸殻を入れていく陸人。そこだけ見るとゴミ拾いそのものだが、時折妙なことをしている。

 

「あらぁ、いつもありがとうね。若いのに偉いわぁ」

 

「うんうん、大したもんだぞ」

 

「あ、おはようございます。大したことはしてないですよ、運動のついでです」

 

 顔馴染みらしいお年寄りの夫婦と談笑しながら、大きめの石を歩道のふちにまとめていく。足元が少し不安な夫婦への配慮かと思えば、2人と別れてからもその作業は続いていた。

 

「あれね、車椅子がよりスムーズに通れるようにってやってるんだと思うんだ」

 

「……え?」

 

 言われてみれば、陸人が周っている歩道は度々通る道……病院や公園に向かうルートに沿っている。ゴミ拾いも含めて、歩道の整備と考えれば納得できる。

 

「さっきりっくんと話してたおばあちゃん、私がよく行くお店の人でね。『最近友奈ちゃんと一緒にいる男の子がゴミ拾いしてくれてたの、感心な子がお友達なのねぇ』って。それで今日みたいに追っかけて、りっくんの日課を知ったんだ」

 

「彼は、毎朝走っていたわ。それこそ雨の日でも……」

 

 工事中で歩道が狭くなっている地点や、普段と違うところに停まっている車を見つけては何かをメモしている。あれは、危険がある場所をピックアップしているのだろうか。

 

「それから気づいたんだけど、一緒に歩く時はいつもりっくんが先頭だよね」

 

「……そうね。確かに通りにくいなって思ったことはないかも。私、車椅子に乗っているのに」

 

 日頃から不自由が多い美森に、少しでも安全で快適な時間を。その一心で毎朝走っている陸人。ゴミ拾いは、言ってしまえばついでという感覚なのだろう。

 

 その後も陸人はよく通る道を清掃して、周囲をチェックしては走るという作業を繰り返していた。通りかかる人に度々声をかけられる辺り、すっかり馴染んでいるようだ。

 

「さて、そろそろ戻ったほうがいいかな。りっくんは隠しておきたかったみたいだし」

 

「ええ、そうね。ありがとう、友奈ちゃん……でもどうして教えてくれたの?」

 

「だって2人とも仲良くなりたいって思ってるんだもん。なら早く仲良くなってほしいよ」

 

 今日のことは内緒ね? とおどける友奈に、美森も笑って指を立てる。沈黙のジェスチャーを交わし、2人はそっと家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま――」

「おかえりなさい」

「おっ、と? 東郷さん?」

 

「お疲れ様、ご飯できてるから」

 

「え?……あ、ありがとう?」

 

 戸惑いながら部屋に戻る陸人。流石にいきなりすぎたか、と苦笑しながら、陸人の分のご飯をよそう美森。その顔にはもう何の憂いもない。

 

(彼には何かがあるのかもしれない……でもそれは決して、彼が望んで隠しているわけじゃない。きっと彼自身も分かっていないことなんだ)

 

 ああも不器用に非効率に気を遣われては、疑うこともできやしない。端的に言えば美森は陸人に絆されてしまった。彼は一切嘘をついていない。本人も知らない何かがあるだけなのだと。

 ならばいちいち警戒するのも馬鹿らしい。優しい人にはこちらも優しくなりたい。それでいいのだ、少なくとも今は。

 

 

 

 

「おお、今日も美味しそうだね」

 

「ふふっ、今日までの食卓で把握した、あなたの好みに合わせてみたの。召し上がれ?」

 

「……えっと、東郷さん――」

 

「それ、やめてもらえるかしら?」

 

「それ?」

 

「東郷さん、って。ウチにはあなた以外東郷さんしかいないもの。分かりにくいわ」

 

「でも、友奈ちゃんにはそう呼ばれてたから、この方がいいのかなって……」

 

 失った記憶の影響か、美森は自分の名前に妙な違和感を感じていた。しかし、陸人が本当は名前で呼びたがっているのは気づいていたし、実際東郷家で『東郷さん』呼びはおかしい。距離を縮めるためにも、呼び方の変更は必要だ。

 

「ダメ、かしら?」

 

「……分かったよ、美森ちゃん。俺のことは――」

 

「それなんだけど、私も友奈ちゃんの『りっくん』みたいな渾名で呼びたいわ」

 

 距離が縮まったのはいいが、何やら美森が強気だ。陸人は若干気圧され気味になっている。

 

「う〜ん……あっ、『リク』ってどうかしら?」

 

「んー、『陸人』で『リク』……短いし分かりやすいし、いいと思う。美森ちゃんがそう呼んでくれるなら……うん、俺はリクだね」

 

「それでは改めて……召し上がれ、リク」

 

「うん、美森ちゃん……いただきます」

 

 この日、2人は初めて知り合った。初めて関係を持った。

 

 その関係は『家族』か『友達』か、それとも……

 

 

 

 

 

 

 




いくら『リク』呼びだからって……

「リクがベッドの下に隠しているものを言いましょうか?」
「東郷さん⁉︎」

なんてことにはなりません(声優ネタ)

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに



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