A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
彼女と結ばれるなら、と考えた時にどうしても気になることがあったんですよね。それをテーマにしてみました。
「……ふう、式場の打ち合わせも、招待状も完璧……あとは当日だね」
「……上里さんが手伝ってくれたおかげで、ずいぶん手際よく済んだわね……予定外に豪奢になった気もするけど……」
「アハハ、まあいいんじゃない? 祝いたいって気持ちが伝わってきて、俺は嬉しいよ」
「……まあ、否定はしないわ……それにしても、本当に結婚するのね……私が、あなたと……」
資料を広げる陸人の隣に座り、彼の肩に頭を乗せる千景。ほぼ全方位に警戒心を向けていた中学生時代の姿からは想像もできないほどに距離が近い。
催促するように顔を擦り付けてくる恋人に苦笑しながら、陸人がうまく腕を回して頭を撫でる。結ばれてから7年。飼い猫のようにくっつきグセが増していく千景に陸人も最初は戸惑ったが、触れることで安心するならばと、今では自然に反応できるようになった。
「まだ実感ない? ドレスも着てみたんだよね?」
「……ええ、高嶋さんや伊予島さんが選ぶのを手伝ってくれて……鏡に映っているのが自分だとは分からなかったわ……あんな煌びやかな格好……」
「そっか、当日が楽しみだね」
「……うん……正直恥ずかしいけれど……一生に一度の大切な日なのよね……頑張ってみるわ……」
楽しげに話す2人だが、招待客のリストを開いたところで、一瞬会話が止まる。陸人も千景も、招待する家族、親族がいない。
千景の家族は実質絶縁状態の父親と、病床に臥せったままの母親。陸人に至っては親の顔も知らず、後に得た家族も失ってしまった。式には、共に戦った仲間はもちろん、陸人の広い交友関係からも知人を呼び、千景が大学で得た友人も招待する。それでもやはり、両家の親がいない名簿には少し寂しさを感じる。
「……千景ちゃん、前にも聞いたけど……本当にいいの? お父さんを呼ばなくて」
「……いいのよ……あの人はどうせ、呼んだって来ないわ。招待状に返事もしないでしょうね……シカトして終わりよ……」
「それでも一応さ、結婚することを伝えるだけでも……」
「……必要ないわ……あの人達を私の親だとはもう思っていないし、向こうだって私のことなんて忘れてるんじゃないかしら……」
なんの感情も乗せずに淡々と呟く千景。気にしていないというか、既に彼女は家族のことをキッパリと見限っているようだ。陸人としても話を聞く限り好感を持てる相手ではないのは分かっている。
しかしそれでも、別れるにしてもこのままではいけないのではないか。そんな風に思った陸人は度々説得しては千景に拒否されている。
「……あなたが家族というものにこだわる理由は、分からなくもないわ……ただあなたが思い描くほど、綺麗なだけのものじゃない……私の家ほど壊れた家庭も珍しいだろうけど、うまくいっている家族ばかりじゃないのよ……」
それだけ言うと、千景は横になって陸人の膝に頭を乗せる。話は終わりだ、と言いたいようだ。
陸人もそれ以上言葉を重ねることもできず、彼女の頭を撫でてご機嫌取りに徹するしかなかった。
結婚式当日。主にひなたが張り切って用意した教会式の式場に、客も全員揃った頃。時間が迫り、新郎新婦の準備が済んだ控え室で、陸人は初めて千景のドレス姿を目にした。
全体を白で統一した清らかな衣装。スカートがふんわりと広がるプリンセスラインのシルエット。ベールやグローブも最も千景に似合うものを仲間達が選んでくれている。黒髪に映えるヘッドドレスが、より彼女の髪の美しさを引き立てる。陸人ですらほとんど見たことがないメイクを施された千景の顔には、普段とは違う魅力が溢れている。
総じて言えば、陸人の度肝を抜くほどに綺麗だった。
「……あ、あの……伍代くん……どう、かしら……? やっぱりちょっと派手すぎるような……伍代くん?」
「…………」
顔を赤らめ、上目遣いで問いかける千景に、陸人は一切反応しない。いや、できなかった。目と口を広げたまま固まる新郎に首をかしげる新婦。おかしな沈黙は、扉がノックされるまで続いた。
「おーい、陸人、千景! そろそろ時間だぞ」
「……ハッ⁉︎ ごめん、若葉ちゃん、すぐ行くよ!」
「……! もう時間なのね……」
仲間の悪ノリで新婦の父親役、バージンロードを新婦と歩く役に選ばれた若葉が呼びに来た……ちなみに母親役、ベールダウンは大親友の友奈が担当することになっている。彼女の声でようやく意識を取り戻した陸人。珍しくマヌケを晒した彼が可笑しくて、千景はさらに踏み込む。
「……それで、新郎様……花嫁衣装を見た感想は?」
「うえっ⁉︎……えーっと、その、綺麗だよ……」
「……もう一声、何かないかしら?」
自分の一言で狼狽える陸人を見るのが楽しくなってきた千景。強気な笑みを浮かべて陸人に迫る。
「……本当に、ビックリした。千景ちゃんが綺麗なのは知ってたけど、ドレスを着ると女の人はまた変わるね……こんな女性と結婚できるんだなって考えると……うん、俺は世界一の幸せ者だ」
いつものように頭を撫でようとして、空中で陸人の腕が止まる。セットを崩さないように、千景の手を取って強く握りしめて喜びを表現する。急に恥ずかしくなった千景も、顔を晒しながら強く握り返す。
「……そういえば、あなたの正装を見るのは2度目ね……素敵だと思うわ……そう言う服装が似合うタイプなのね……」
「そう? 嬉しいなぁ」
陸人が照れ臭そうに自分の服装を確かめる。自分から目が離れた一瞬で、千景は陸人に接近して彼の首に両手を回す。
「千景ちゃ──」
「……んっ」
慣れないドレス姿をとは思えない機敏な動きで、千景は陸人と唇を合わせた。接触は一瞬だったが、二人にとっては永遠に等しい幸福な時間を経て、離れていく。
「……千景ちゃん、この後みんなの前でやるのに……」
「……い、いいじゃない……練習よ……」
「口紅、取れちゃったんじゃない? 大丈夫?」
「……流石に私でも、これくらいは直せるわよ……」
バタバタしながら2度目のノックに急かされる2人。支度を整えて、手を繋いで式場に向かう。
「千景ちゃん……良ければ、これからはさ……」
「……なにかしら?」
「えっと、その……」
歯切れの悪い陸人に、クスリと笑って千景が先回りする。
「……フフッ、変なところでシャイよね、
「……! 千景ちゃん……」
「……これからもよろしくね、陸人くん……」
「……ああ!」
付き合ってからも変わらなかった苗字呼びの呼称。お互い同じことを気にしていたのが可笑しくて、気恥ずかしげに微笑む新郎新婦。
確かな幸せをかみしめて、2人の結婚式が始まる。
「…………」
「あ、結婚式の写真? もうできたんだね」
「……ええ……楽しかったわね……私も、あなたも、みんなも……笑ってる……」
一枚一枚じっくり眺めて思い出に浸る2人。その中に新郎新婦の2人だけで撮った写真があった。千景の手が止まる。
「千景ちゃん?」
「……思い出したわ……実家にいた頃、一枚だけ見たことがあったの……お父さんとお母さんが2人で写ってる、これと似た構図の写真……ドレスじゃなかったけど……今思えば、あれはきっと2人の結婚記念の写真だったのね……」
「千景ちゃん、やっぱり今からでも……」
「……そうね……まあ、色々あって有耶無耶にしてたし……はっきりさせておきましょうか……」
未来に進むために、過去に決着をつける。結婚式という幸せの象徴を経験したことで、千景はまた1つ成長していた。
千景の生家、とある借家からくたびれた様子の男性が出てきた。千景が勇者だった頃の手当を切り崩して生活する千景の父親。母親も施設に入り、今日も1人無為に時間を過ごす。
郵便受けの中身を無造作に放り投げると、『郡 千景』と書かれた一通の封筒が目にとまる。中を見てみると一枚の写真が入っていた。
そこに写っていたのは、どこかで見たような青年と、その隣にドレス姿で立つ、見たことのないくらい幸せそうに笑う娘の笑顔だった。
"私は私で幸せになります────さようなら"
写真の裏面には、とても簡潔な文章が書かれている。人を慮るということが苦手な父親だが、これは分かった。
なあなあに距離を置いてそのままだった親子が、しっかりと別れるための私的な手続きのつもりなのだろう。
「ああ、そうだな……さよならだ、千景……久しぶりに、あいつの見舞いにでも行くか」
写真をしまい、妻を預けた施設に向かう千景の父親。今の彼女にどこまで話が通じるか分からないが、これを見せるくらいはしてやろうと、彼らしくもなくそう思った。
リビングに写真立てを飾る千景。その中には父親に送ったものと同じ写真が入っている。その隣には結婚式で使った、陸人お手製のリングピローも飾ってある。夫婦としての最初の思い出を並べて、千景は満足げに微笑む。
「千景ちゃん? どうかした?」
「……いえ、なんでもないわ……料理手伝うわよ、陸人くん……」
誤魔化すように陸人の背中を押す千景。夫婦らしいやりとりも、今ではだいぶ慣れてきた。
"今の私の家族────大好きな人"
写真の裏側のメッセージ。幸せの思い出に記した言葉を陸人に見られたくなくて、千景は写真立てで本音をそっと隠した。
いつか見せられる時を待ちながら。
家族がいない陸人くんと、家族と離れた千景ちゃん。結婚するならやっぱり無視はできませんよね。
千景ちゃんの父親は、別に反省していい人になったとか、仲直りしたとかではありません。ただお互い曖昧な関係をスッキリさせただけです。
同じ写真に正反対の想いを込めた千景ちゃん。子供ができた時とかに、見せることになるのかもしれませんね。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに