A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
樹ちゃん回……そしてのわゆ編では描きようがなかった学生らしい日常を描写してみます。
「はぁ〜〜……」
この春に入学したばかりの1年生、犬吠埼樹は悩んでいた。長い溜息と共に元気がない足取りで廊下を歩いていると、耳馴染んできた先輩の声が聞こえてくる。
「御咲先輩、ありがとーございました〜」
「どういたしまして。あの先生面倒臭がりなところがあるから、今度からは手伝ってくれる友達と一緒に行くといいよ」
(陸人さんだ……話してる子は、1年生だよね?)
学年ごとに階が違う讃州中学で、別の学年の廊下に来ることは珍しい。用事が済んだらしい陸人が振り返ると、後ろから見つめていた樹とバッチリ目が合う。
「お、樹ちゃんこんにちは」
「こ、こんにちは……陸人さんはどうしてここに?」
「あぁ、そこのクラスの子が大量のプリント抱えてフラフラしてたから手伝ってたんだ。去年俺の担任だった先生のクラスでね。悪い先生じゃないんだけど、ちょっと生徒に任せ気味なところがあって……」
特に急ぐ用事もない2人はしばし談笑する。入学前から面識があるのもあって、彼らの距離感はかなり気安いものになっている。
「……で、何かあったの? 樹ちゃん」
「ふぇっ?」
「なんだか悩んでるように見えたから。俺に言いにくいことなら、風先輩とか――」
「あ、えっと……そんなに重大なことではないんですけど……今日の部活の時間、聞いてもらってもいいですか?」
「もちろん。後輩の相談に乗るのは先輩の役目だからね」
胸を叩いて強気に笑う陸人。樹に対しては、いい意味で先輩風を吹かせたがる意外な面があったりする。
「球技大会かぁ。確かに1人温度の違うグループに混ざっちゃうと厳しいよね」
「樹は、それほど運動音痴ってわけじゃないんだけど。体動かすのが特別好きな子じゃないし、体力もあんまりだし……」
放課後の勇者部部室。部員全員で話を聞いたところ、数日後に行われる球技大会のことで悩んでいたそうだ。
最初は樹も数人の仲がいい友達と同じ競技に参加するつもりだった。しかしクラスメイトの1人、特に運動が苦手なタイプの子がバスケ部のチームに残り物的に入れられそうになってしまった。グループ分けの場面ではよくある話だ。泣きそうになっている彼女を見兼ねて、樹が代わりを引き受けた。
「優しいのはいいことだけど、結果として貧乏クジ引いちゃったわけね」
「……うん……」
小さく縮こまる樹。決まったチームの仲間からも、気を遣われているらしい。「いてくれれば無理しなくていい」と言われ、樹は更に気を重くしてしまった。
「そうだなぁ……じゃあ大会まで一週間、俺と一緒に練習する? 樹ちゃん」
「え……いいんですか⁉︎」
「せっかくだから楽しめたほうがいいでしょ? 球技大会のレベルならまったく力になれないってこともないと思うし」
「ちょい待ち。そういうことならあたしも――」
「でも今勇者部で手が空いてるのは俺だけですよね?」
「ぐっ……そうだったぁ……」
陸人の言う通り、風も友奈も美森も、それぞれが新体制の部活動の手伝いを依頼されている。たまたま早くに終わった陸人しか新たな依頼を受けられる部員はいない。
「もちろん樹ちゃんが良ければだけど……時間ないから、やるなら昼休みも放課後も使うことになるし――」
「やります!」
「……了解。その依頼、御咲陸人が引き受けましょう」
「うぅ、樹〜……陸人、よろしくね」
かなり悔しそうにしながらも、一度受けた依頼を破棄するようなことはしない風は、陸人に妹を任せた……血涙でも流しそうな顔をしてはいたが。
そのまま学校を出た2人。向かった先はそこそこ遠くにあるスポーツ公園。小さいがバスケットコートがあるここなら、気兼ねなく練習できる。
「試合で役割をこなしたいなら、1番手っ取り早いのはシュート練習だと思うんだ」
「シュートですか……私、まともにバスケやったこともなくて……」
「大丈夫、まずは練習だよ」
球技大会レベルで他4人がバスケ部ならば、1人くらい走らずゴールに張り付いていても何とかなるだろう。陸人の作戦はそういうことだ。ドリブルやパスは捨てて、決まった位置から得点できるようになる。努力と素質次第だが、これなら短時間でも形になる可能性はある。
「うぅ……そもそもボールが届かないです」
「腕だけで投げてるね……脚から全身使って力を伝えるイメージだよ」
陸人は物覚えが異常に早いものの、要領が良いというだけで、努力をしていないわけではない。自分がやってきた練習を思い出して、噛み砕いて説明する。
人格面も含めて、陸人にはものを教える資質があった。
「あっ、惜しい……リングに当たるようになりました!」
「うんうん、樹ちゃん飲み込み早いよー。あとは腕の使い方だね」
僅かな時間で目に見えて上達していく樹。陸人は彼女自身気づいていない才能を見つけた。
(この子は、距離感覚とリズム感がすごくいい。視野も広いし、これなら多少ボールをもらう位置やタイミングが予想外でも自分で修正ができるかも……)
運動能力自体は高くないが、それを補うように恵まれた感覚を持っている。自身が動く近接戦よりも、武器を操って戦う中距離戦に向いているタイプ――と、そこまで考えて陸人は頭を振る。
(ダメだ。最近アンノウンのペースが上がってるせいか、考え方まで物騒な方向に偏ってきてるな)
「あっ、やったあ! 陸人さん、入りました!」
「おっ、すごいよ樹ちゃん! じゃあ今の感覚を思い出して、もう一球だ」
気づけば空も茜色に染まり出した。樹も順調に上達しているし、このまま――
(……! あぁもう、アンノウンってのはどうしてこう空気が読めないんだか……)
すぐ近くにアンノウンがいる。樹がターゲットという可能性もあるため、不用意に動かせない。手早く片付けてすぐに戻る。これしかなさそうだ。
「樹ちゃん、俺ちょっと忘れ物取ってくるから、練習しててくれる? すぐ戻るよ」
「えっ? あっ……はい、いってらっしゃい?」
学校とは逆方向に走る背中に違和感を感じながら、樹は言われた通りに練習を再開する。
気配を辿った先にはアンノウンも人もいない。しかし気配は変わらず感じ取れる。上空や物陰も探るが、なんの影もない。首を傾げながら引き返そうとした陸人の足元。乾ききっていた地面に、唐突に巨大な池が発生した。
「――っ! なんだ⁉︎」
とっさに飛び退くのと同時に、水面から異形の腕が伸びてくる。紙一重で陸人を捉え損ねたその異形が、水溜りから姿を現わす。
「今度はタコか……なんでもアリだな、アンノウン!」
軟体動物らしい身体を揺らし、タコ型アンノウン『モリペス・オクティペス』が迫る。不気味ではあるが、その動きは遅く、生身の陸人でも軽く避けられた。
「気味が悪い上に手段が悪辣だ……ここで仕留める――変身‼︎――」
変身したアギトの打撃が、隙だらけのオクティペスに次々と命中するも、柔らかい体表面に衝撃を吸収され、まともなダメージが通らない。
反撃の触手を回避し、アギトは冷静に敵を分析する。
(本体は柔らかすぎて手応えがない……攻撃に使う触手は硬いけど、あの反応……多分痛覚が通ってないな。見た目にそぐわず合理的な造りしてるじゃないか)
打撃では攻撃が通らない面倒な相手。この頃様々なアプローチでこちらを追い詰めてくるアンノウンが増えた。襲撃を重ねて学習しているということか。
「だったら、切り刻んでやる……!」
ストームフォームに形態変化。ハルバードを振るって風を巻き起こす。足元の水を巻き上げて、敵の逃げ場を奪う。
「そら、そら、そらぁっ‼︎」
真空の刃を発生させ、触手を順に引き裂いていく。全ての触手を切断し、丸腰のオクティペスに接近、ハルバードの刃を展開する。
「細切れだ……!」
風を纏った薙刀を高速回転させて放つ斬撃『ハルバードスピン』がオクティペスに直撃、溶けるようにその身は崩れ落ちた。
「なんてことなかったな……戻るか」
待たせている樹のもとに走る陸人。彼が立ち去った直後、引いていた水が再び発生していたことには誰も気づかなかった。
(遅いなぁ……陸人さん)
黙々とシュート練習を続ける樹。しかし1人でいる心細さ故か、さっきまでよりも目に見えて精度が落ちている。
(お姉ちゃんも『あの子は時々訳分からんこと言ってどこか飛び出す』って言ってたけど。不思議な人だなぁ)
集中力が切れたことを自覚し、一旦休憩をとることにする。タオルを取ろうと一歩踏み出し……
パシャン、という水音に、自分の足元を見下ろす。
(え……なにこの水溜り……)
予想外の状況に軽く困惑する少女の足首に、異形の触手が伸びる。
「――樹ちゃん!」
その刹那、息を切らして駆けてきた陸人の声が響く。樹が振り返るのと同時に、異形は水に戻り、その水も引いていった。
「あ、陸人さん。忘れ物見つかりました?」
「……ああ、うん……樹ちゃん、何もなかった? 大丈夫?」
「もう、なんですかいきなり。私も中学生なんですから、ちょっと1人になったくらいでトラブルが起きたりしませんよ」
いたって平常の調子で笑う樹。気づいた時には無くなっていたこともあり、樹の中では今の水は気のせいということで処理された。
しかし陸人は確かにアンノウンの気配を感じ、彼女のすぐ真下に触手が出ていたのも目撃している。
(さっきの奴……仕留め損ねてたのか。しかも変わらず樹ちゃんを狙ってる……マズイな、逃走手段があるアンノウンを見失ったのは痛いぞ)
こうなると、あのアンノウンは樹を徹底的に狙うだろう。陸人の声で撤退したということは、アギトには勝てないと自覚している証拠でもある。つまり……
(間違いなく俺がいない隙をついてくる。アイツを倒すまで樹ちゃんから目を離すわけにはいかなくなったか……どうしたもんか)
「陸人さん?」
「あぁ、ごめんごめん、なんでもないよ。練習再開しよっか」
状況を知っているだろう大社は信用できない。
自宅から護れるほど護衛対象の家は近くはない。
仲間である友奈も、敵が来る以上近づけることはできない。
本人も含め、事情を話せない周囲の者たちからは隠し切らなくてはならない。
否定形だらけの悪条件下。未だ一中学生に過ぎない御咲陸人による、超高難度の護衛ミッションが始まった。
それほど長期間のミッションにするつもりはありませんが、中学生にとってはなかなか難しい戦いになってしまいました。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに