A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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現実的に考えて誰かを頼れよ!って言いたくなりますが、この状況で陸人くんが頼れるのは……

①アンノウンやアギトについて知っている、あるいは話しても秘密にしてくれると信じられる。

②緊急時に最低限、樹と自分を守れる力を持っている。

この2つの要件を満たすのは、彼が知る限り志雄くんくらいですが、個人的な連絡手段がありません(どうしても話をつけようとすると、大社を通さなくてはいけない)

よって、自力で守るしかない陸人くんです……頑張れ、超頑張れ!





ヒーローの辛いところ

 犬吠埼樹警護任務に際して、陸人がまずぶち当たった壁は、美森の説得だ。期間も定まらない外泊をする上手い言い訳が思いつかなかったため、直球で話をして、案の定大反対を食らっている。

 

「だから、理由を説明してって言っているの……別にリクを責めてるわけじゃないのよ?」

 

「ごめん、理由は言えないんだ……どうしても」

 

「あのねぇ、『やらなきゃいけないことがあるから外に泊まる。いつまでかかるかは分からない』なんて話で私が納得すると思ってるの?」

 

 幸い東郷夫妻からは特に問題なく許可が取れた。2人の異常な物分かりの良さは、陸人も度々引っかかってはいたが、今は考えないようにしている。何かが壊れそうで怖かったからだ。

 

「なんでお母さんとお父さんが許したかは知らないけど、私は認めません! まだ中学生なのに、泊まる先も告げずに外泊だなんて」

 

 そんな両親の反応が予想外だったこともあり、美森の言葉には熱がこもっている。夜遊びに走ったりはしないと確信してはいるが、陸人の場合は誰かのためにとんでもない無茶をしていてもおかしくない。

 この1年と少しの生活の中、だれよりも近くにいた少年は、美森にとって、どこか危なっかしい弟のような存在になっていた。

 

「ちゃんと学校には行くよ。毎日顔を見せるからさ」

 

「そんな話じゃなくて、私はなぜ、どこに、どれだけいるのかを聞いているの」

 

 お互い譲らず、議論は一向に身を結ばない。

 あとで土下座でもなんでもする覚悟で、このまま飛び出してしまおうかと陸人が短絡的な思考に至ったところで――

 

 

 

「リク……あなたがこうも譲らないということは、あなたにとって放っておけない誰かの窮地、ということね?」

 

「……はい」

 

「それは、あなたが行かないとダメなの? 他の大人に頼ったりはできないの?」

 

「……はい」

 

「……あなたは、あくまで自分の意思でその人のために動こうとしている。そういうこと?」

 

「……はい」

 

 毅然とした態度で肯定する陸人を見て、美森は観念した。大きな溜息をこぼして、疲れたような苦笑を浮かべる。

 

「分かりました。そんなに行きたければ何処へなりと」

 

「美森ちゃん……」

 

「ただし! コトが片付き次第、すぐに戻ってくること! あなたの帰る場所は、ここにあるんだからね」

 

「……うん」

 

「それから! いつかこの事情を詳しく説明すること。話しても問題なくなった時で構わないから、約束しなさい」

 

 そう言って小指を差し出す美森。生真面目で優しい彼女らしい気遣いに、陸人もようやく笑顔になる。

 

「分かった、約束するよ……ありがとう、美森ちゃん」

 

「……しっかり準備してね。学校も遅刻しちゃダメよ?」

 

 心配は尽きないし、陸人の秘密も今に始まった事ではない。それでも、目の前の家族にとって『理解ある優しい姉』でありたい美森だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっとビックリしたかも……東郷さんは絶対に許さないと思ってた』

 

「まぁ、根負けしてしぶしぶ、って感じだったけどね」

 

 電話越しでも友奈の驚愕は伝わってくる。確かに陸人も強行する手段を考えてはいたが……

 

『それで、樹ちゃんの家を見張るんだよね? 1人で大丈夫?』

 

「1人じゃないとダメなんだ。いざって時にすぐ動けないと意味ないからね」

 

 犬吠埼姉妹が暮らすマンションのすぐ近く。砂浜の上にシートを敷き、陸人はそこをひとまずの拠点とした。塀の影になっているので、特に夜は見つかりにくい。火もつけないし音も極力立てない。これで人目について騒がれるリスクはかなり減らせる。

 問題は、何もできない状態で一晩中眠らずに気を張っていなければならないこと。普通の中学生、いや、大人であってもそうそう耐えられることではない。

 

「眠りさえしなければアンノウンは見つけられる……なんとかするさ」

 

『……じゃああとで差し入れ持っていくね。そんな状況じゃご飯もちゃんと食べられないでしょ?』

 

「ありがとう。でももう暗いし、今日は美森ちゃんが持たせてくれた弁当があるから大丈夫だよ」

 

 話がまとまってからたったの10分ほどで、お金を取れそうなレベルの食事をタッパーにまとめてくれた美森。彼女のためにも手早く済ませて帰りたいが……

 

(こればっかりは相手次第だからなぁ、どれだけかかるか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――火曜日――

 

 結局その晩は何も起こらず、少し動きが鈍い体を引っ張って、陸人は学校に来ていた。

 

「なんだか辛そうね、陸人……何かあったの?」

 

「平気です。ちょっと眠りが浅かっただけですよ。樹ちゃんとの練習があるので体育館行きますね」

 

 いつも通りの笑顔を貼り付け、風の追求を躱す。普段の頼もしさに翳りが見えるその後ろ姿を、風は曲がり角に消えるまで見つめ続けていた。

 結局その日の夜もアンノウンは現れず、陸人は二徹でフラフラした頭を栄養剤とカフェインで叩き起こし、平常を装って学校へ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――水曜日――

 

「……ごめんなさい、陸人さん……」

 

「……急にどうしたの? 樹ちゃん」

 

 昼休みのシュート練習。かなり精度が良くなった樹だったが、今日は何やら思いつめた顔をしている。

 

「私がもっとスポーツが得意だったら、迷惑かけなくて済んだのに……」

 

「迷惑?」

 

「陸人さん、昨日からすごく辛そうです。調子悪いのに無理して私に付き合ってくれてるんですよね」

 

「ちょっと待って待って、俺が眠そうにしてるのは単なる不摂生。自分で勝手に夜更かししてるだけだから」

 

「……本当ですか?」

 

「うん、それに俺だって無理だと思ったらちゃんと休むよ。ここにいるってことは大丈夫ってこと……樹ちゃんが気にすることは何にもないの、分かった?」

 

「ありがとうございます……でも、私があの時、できもしないのにバスケやります、なんて言わなければ――」

 

「それは違うよ、樹ちゃん」

 

 陸人の笑顔には隠しきれない疲労が表に出ていた。それを見た樹がさらなる自己嫌悪にはまっていく前に、力強い声がその後悔を否定する。

 

「君は蛮勇でいい顔をしようとしたわけじゃない。誰も助けようとしないクラスの子を、ただ1人助けようと踏み出したんだ。誰もできないことをやったんだ。胸を張っていいんだよ」

 

 俯く頭にそっと手を添えて、身を屈めて正面から樹と向き合う。陸人が今頑張っているのは、この少女の笑顔を守るためなのだから。

 

「君のお姉さんが決めた『人のためになることを勇んでやる』部活。君は立派な勇者部員だよ。俺はその優しさと勇気に応えたくて、樹ちゃんの依頼を受けたんだ」

 

 だから自分の勇気を否定しちゃダメだ、と告げて軽く頭を撫でる。子供を宥めるようなやり方になってしまったが、小動物チックな樹には有効だったようだ。表情に元気が宿り、調子も戻ってきている。

 

「ごめんなさい、私、頑張ります……必ず結果を出して、陸人さんの協力に応えてみせます!」

 

「そうそう、その意気だよ樹ちゃん!」

 

 できれば球技大会当日までに決着をつけたい。それが陸人の本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――木曜日――

 

 昼休み直後の授業、ただでさえ眠くなる上に、陸人は既に80時間ほど眠らずに過ごしている。普通を装うのも限界が近く、美森や友奈だけでなく、何も知らない級友たちからも心配そうな視線を送られている。

 

(まずい……今眠ったら……学校に、アイツが……)

 

 陸人が眠ったかどうかなど敵には知りようもないし、基本的に人目を避けるのがアンノウンの習性だ。しかし今の陸人はそんなことまで頭が働かない。危機感と責任感で意識を保っているだけの体は、徐々に制御を失い――

 

「――っ⁉︎ リク!」

「りっくん!」

「御咲⁉︎ どうした御咲!」

 

 授業中の静寂をぶち壊し、派手な音を立てて陸人の身体が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れてから3時間ほど。日が暮れてきた頃合いに、陸人は保健室で目を覚ました。すぐ横には車椅子に座った美森が、ベッドに頭を預けて眠っている。いつもきっちりした彼女らしくない状態。もしかしたら、心配のあまり美森も寝不足なのかもしれない。

 

「……保健室か……樹ちゃんは⁉︎」

 

 慌てて飛び出そうとした直後、端末にメッセージが届いていることに気づく。確認すると、唯一事態を把握している仲間である友奈からだった。

 

 "樹ちゃんは今公園で練習中。私が側についてるよ。今のところ何もないから安心して"

 

 "りっくんが倒れたことは樹ちゃんには伝えてないよ。急用が入ったってことにしてあるから"

 

(さすが友奈ちゃん……俺のこと、よく分かってるな)

 

 目が覚めたことを報告、お礼を伝え、それから……

 

(これ以上友奈ちゃんに頼るのも情けない話だけど……これしかないよな)

 

 "今からそっちに行くから、交代で美森ちゃんを起こしに来てくれる? 今顔を合わせたらふん縛られそうで。寝てる間に抜け出したいんだ"

 

 文字に起こすと改めて情けない。心配してくれている家族の目を盗んで逃げようというのだから。それでも、陸人1人で全てを守るにはこれしか方法がない。

 

 友奈からは呆れたような顔文字と共に了承の返事をもらえた。少し回復した体の調子を確かめながら、陸人は美森を起こさないよう、そっと毛布を掛けた。

 

「終わったらなんでも言うこと聞くから、もうちょっと頑張らせてくれ……行ってきます」

 

 陸人が部屋を飛び出して行く。流石に3時間では全快とまではいかなかったようで、若干挙動がたどたどしい。それでも強く地を踏みしめ、守るべき者の元へ走る。自分にしかできない役目を果たすために。

 

 

 

 「……リクの、馬鹿……」

 

 足音も聞こえなくなった頃、保健室に小さくこぼれ落ちた声は、誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不安げな友奈の背中を押して、陸人は再び見張りに着く。今夜も敵襲の気配はない。精神的な疲労と眠気に負けそうになる陸人。気を引き締めるために、普段は意図的に抑えている感覚を解放。周辺の音全てをキャッチし、その刺激で頭を覚醒させようとする。

 

 数百人の声や生活音が一気に飛び込んでくるため、基本それらの詳細を認識することはできない。しかし1つだけ、他とは違う音をキャッチした陸人は、無意識にその音だけに集中する。

 

(……歌声……これは、樹ちゃん?)

 

 警護対象の声を聞き取ってしまったようだ。故意ではないとしても、盗聴行為をしてしまっているのは陸人も自覚しているが、それでも感覚を閉じられない。それほど彼女の歌は優しく、美しかった。テレビやCDで聴くどんなアーティストの曲よりも、陸人の心の深いところに染み込んで離れない。

 

(いつもどこか自分を抑えてる樹ちゃんが……心から楽しそうだ)

 

「樹ー、まだ上がらないの? のぼせちゃうわよ?」

 

「ハッ、ごめんお姉ちゃん、もう出るよ」

 

(――っ! お風呂入ってたのか……!)

 

 流石にマズイと感じた陸人が、拡げた感覚を再び抑制する。

 入浴中の後輩の歌声を遠くから盗み聞き……字面の犯罪臭が半端ではない。

 

(これは誰にも言えないな……しかし、樹ちゃん歌上手いんだな)

 

 凄まじい罪悪感と、純粋な関心。結果的に陸人の眠気は見事に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――金曜日――

 

 球技大会当日。陸人は前日のこともあり、クラスから満場一致で見学するように言われて、ギャラリーで応援に徹している。正直都合がいいのだが、どんな競技のどんなポジションも高水準でこなすユーティリティプレーヤーである陸人だ。その実力をアテにしていたクラスメイトには迷惑をかけてしまっていることが申し訳なかった。

 

(ダメだな……みんなの日常を守るには、俺自身もいつも通りでいないと)

 

 日常の一部である自分も含めた全てを1人で守らなければならない。英雄譚のようなヒーローにはまだ程遠い。陸人の理想はまだまだ先だ。

 

『続いて1年女子のバスケットボールです。参加する生徒は――』

 

 体育館に響く美森の案内音声。車椅子の彼女でも参加できるようにと学校側の配慮で、毎年彼女は放送部の仕事を手伝っている。美森自身も楽しんでいるし、演劇でもナレーションをよく担当する彼女には向いている仕事だ。

 

(樹ちゃんのチームは……アレか)

 

 見たところチームメイトとは上手くやれているようだ。友奈が見ていた先日、仲間たちに練習の成果を披露し、作戦に彼女も組み込んでもらえたとは聞いていた。努力が無駄になるという最悪のケースは避けられたようだ。

 

「さてと……スゥ――、樹ちゃん、ガンバレ〜〜‼︎」

 

 気合いを入れて応援する陸人。ちゃんと届いたらしい樹が少し顔を赤らめて手を振ってくる。

 

 

 

 

『試合、開始です!』

 

 

 

 1回戦、樹は4本シュートを放ち、その内3本決めるという好成績で勝利に貢献した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タコ型アンノウン――モリペス・オクティペスは既に我慢の限界を迎えていた。本来アンノウンはそれほど忍耐力がある性質ではない。盟主たるテオスの指示には極力従うが、それだけだ。

 1度定めたターゲットを仕留めそこない、挙句番犬が張り付いて手も出せない。こんな状況で5日堪えた。これ以上ジッとしていられるほどオクティペスの気は長くない。

 多少人目につくのを覚悟して、池に沈んで校舎に潜入、標的を引きずり込んで殺害する。今の疲弊しきったアギトなら、隙を突けば殺して即撤退するくらいはできるだろう。それは忍耐の限度を超え、頭が茹だったオクティペスの希望的観測で……

 

 

 

「おーっと? 悪いけど、校内は関係者以外立ち入り禁止だよ」

 

 希望はやはり希望でしかなかった。姿を消して讃州中学の裏手に回り込んだオクティペス。その影を完全に捉えた陸人が立ち塞がる。

 傍から見たら独り言を呟く中学生でしかない。しかし自慢の隠形を見破られたオクティペスからすれば、己の死を告げに来た死神にしか見えない。

 

「ここでやり合うと目立つ……黙って引き返すなら30秒待ってやる。このまま強行しようっていうなら、出てくるより先に周辺の地面に拡がったアンタの水……残らず蒸発させることもできるが、どうする?」

 

 それはオクティペスにとって究極の二択だ。ここで戦っても勝ち目はかなり低い。何せ完全に捉えられてしまっているのだから。しかし引き返せば、おそらくもう2度とあの標的は狙えなくなる。人殺しの異形は、それだけの恐怖を目の前の少年に感じていた。

 

 少しの逡巡の後、アンノウンの気配が急速に遠のいていく。敗北の未来を避ける選択をしたようだ。

 

(……ふぅ、まだ冷静さが残ってたか。助かった……)

 

 陸人もまた焦っていた。この場で戦うのはリスクが高すぎる。かといって脅し文句のように一帯の水を蒸発させるような真似は、少なくとも疲弊した現状では不可能だ。なので一か八かでハッタリをかまして出方を伺った。意外にも人間に近い感覚もあるらしく、指一本動かすことなく敵を撤退させることができた。

 

「……さーて、もう30秒経ったよな?」

 

 律儀に秒数を数えていた陸人。軽く準備運動をこなしながら、珍しい表情を浮かべる。

 

「ストレス溜まってるのはお互い様だ……いい加減決着つけさせてもらうぞ!」

 

 攻撃的な笑みと共に光に包まれる陸人。さすがの彼も、フラストレーションが頂点に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやって戻ってきたかは知らないが……徹底的に潰せば……!」

 

 人気のないトンネルで敵影を捉えたアギト。逃げ切れないと悟ったオクティペスが水から上がってきた瞬間、フレイムセイバーで触手を断ち切った。怒りを込めた乱撃で傷が増えていく異形は、一切の反撃もできずに滅多斬りにされていく。

 

 身動きもままならずに倒れ伏したオクティペス。その身が爆散するよりも早く、アギトが仕上げにかかる。

 横たわる身体に刃を突き刺し、フレイムの力を全開放。刀身を伝ってオクティペスの全身に炎が行き渡る。

 

「灰も残さず、燃え尽きろぉぉぉぉっ‼︎」

 

 フレイムセイバーで串刺しにした敵を焼き尽くす『セイバーブレイズ』で、宣言通りに灰すらも残すことなく、オクティペスを焼却した。

 ある意味で誰よりもアギトを苦しめた強敵は、この世界に何の痕跡も残せずに果てることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜、負けちゃいました……」

 

「でも準優勝だよ。決勝でもちゃんとゴール決めてたし、カッコよかったよ樹ちゃん」

 

 放課後、球技大会の盛り上がりも落ち着いた頃合い。陸人と樹は並んで廊下を歩いていた。

 樹のチームは準優勝。3年生のチームを相手にした決勝でも、樹は3度やってきたチャンスを全てモノにして6得点。最後までチームに貢献した。

 

「仲間の子たちとも仲良くなれたみたいだし、どう? 球技大会楽しかった?」

 

「……はい。こういう行事は苦手意識あったんですけど、今日はすごく楽しかったです」

 

「良かった……なら、依頼完了だね」

 

『樹の球技大会を楽しい時間にする』

 練習で樹に自信をつけさせ、アンノウンを倒して身の安全も確保した。今隣に咲く樹の笑顔を見れば一目瞭然。陸人は自分が受けた依頼を完璧に成し遂げることができたのだ。

 

 

 

 

「それじゃ、陸人さん。ほんとにありがとうございました!」

 

「うん。俺も楽しかったよ」

 

 深々と頭を下げてから走っていく樹。今日できた新しい友達と一緒に帰るそうだ。楽しげな背中に手を振る陸人は、その姿が見えなくなった瞬間、脱力して崩れ落ちる。柔らかい何かに頭が触れた感触と共に、陸人の意識が深くに堕ちた。

 

 

 

 

 

「――っと……危ない危ない。ちょっと陸人、って寝てる?」

 

 地面にぶつかる前に、陸人の体を支える影。こっそり妹たちの様子を伺っていた風だ。自身の胸に崩れ落ちた後輩を覗き込むと、小さな寝息を立てて眠りに就いていた。

 

(ここ数日やばい雰囲気だったけど。なーにやってたんだか、全くこの子は……)

 

 女子にしては腕力がある風といえど、完全に意識を手放した陸人を運ぶのは難しい。普通に眠っているように見えるし、苦しんでいる様子もない。とりあえず壁に寄りかかって腰を下ろす。

 

(……ち、近い。こそばゆいし……)

 

 肩にもたれかかる陸人の顔の近さに、風の顔が赤く染まる。コイバナに持ち込める経験が些細なエピソード1つしかない彼女にとって初めての距離感だった。

 

「……コホン。何にそんな疲れてんのか知らないけど、お疲れ様。今回のあんたは、きっと樹のために頑張ってくれたのよね」

 

 起こさないように優しく、風の手が陸人の頭に触れる。直接感謝を告げても、きっとこの後輩はいつものように笑って誤魔化すのだろう。意識のない今だからこそ、目の前でお礼が言える。

 

「姉としてお礼を言わせてもらうわ……ありがとう陸人。おやすみなさい」

 

 

 

 眠り続ける少年を優しく見つめる少女。陸人を探す美森と友奈に見つかるまで、2人だけの優しい時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




犬吠埼姉妹とのコミュ回……のつもりです。

不意に出した陸人くん超人説。今まで挟みどころがなくて唐突感ありましたが、一応今の彼は純粋な人間ではないのでこういうこともできます。素の運動能力も全盛期の鋼也くんレベルは余裕であります。

とりあえず今回でオリジナル回は終了。原作ストーリーに突入する予定です……あくまで予定ですが。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに


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