A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
夏凜のいつものトレーニングスペースでもある海岸。2人は向かい合うように立っていた。
「記録じゃアギトは刀も使うってことだけど……武器はどうする? 私は見ての通り、二刀で行かせてもらうわ!」
「そうだね……それじゃ同じ条件ってことで、俺にも2本貸してもらえる?」
「……スペアは2本あるし、構わないけど」
訝しげにしながら、2本の木刀を投げて渡す夏凜。感触を確かめるように素振りをする陸人。どう見ても二刀に慣れている者の動きではない。
「二刀はトーシロがやってもケガするだけよ。一刀にしておいたら?」
「……そうだね。
しっくり来なかったようで、陸人もあっさりと左の木刀を地面に置いた。一刀の具合を確かめるように軽く振り、徐々に力を込めて――
「――なっ⁉︎」
「木刀振るのは久しぶりだなぁ」
地面に向けて振り下ろした一刀が、砂浜に深い溝を刻み込んだ。風が巻き起こり、砂塵が舞い上がる。相当な腕力と正しい力の込め方が両立して初めてできる一閃だ。
「そっちも自信ありってわけか……上等よ、本気で来なさい!」
「了解……さて、準備できたよ三好さん」
「それじゃ、模擬戦開始!」
人外の身体能力を持つ少年と、長い時間を剣に捧げてきた少女。現人類最高峰の実力者が、なんの変哲もない砂浜で激突する。
「ふぅ〜、ようやく落ち着いてくれたわね、東郷……」
「ごめんなさい、取り乱しました……そうよね、流石にそんなことはないわよね」
「あはは……冗談は置いといて、どうしたんでしょうね? 夏凜さん」
「う〜ん、もしかしたら浜辺でぶつかり合ってるのかも? こう、拳と拳で分かりあう、みたいな」
「いやいや、古ーい少年漫画じゃあるまいし」
「ですよねー」
和やかな笑い声が響く部室。ここでは冗談のネタでしかない友奈の一言が、少し離れた場所で実践されていることを、誰も知らずにいた。
(速い……! 剣の腕自体は私に劣るけど、体捌きは完全に上を行かれてる!)
(なるほど、かなり鍛えてきたんだな。隙がない……!)
夏凜の二刀に防戦一方の陸人。一見すると攻めている夏凜の優勢だが、両者とも相手を崩すことができず、膠着状態が続いている。
(普通の剣じゃ勝てない、だったら――)
陸人が大きく飛び退いて間合いを開く。さらに踏み込んでくる夏凜の胸の中心に狙いを定め、手にした木刀を一直線に投げつける。
「なっ⁉︎――コイツ……!」
ギリギリで身を翻して回避した夏凜。しかし再び陸人に目を向けた直後、視界いっぱいに陸人の膝が迫ってきていた。
(今度は蹴り⁉︎ なんなのよいきなり!)
両腕を重ねてなんとかガードが間に合ったが、衝撃は抑えきれない。体勢を崩した夏凜を飛び越えるようにして、蹴りの勢いそのままに陸人が背後に回る。
(だったら、着地のスキを――!)
地に足をつけた一瞬を狙い、夏凜が振り返りながら真横に刀を振る。しかし振り向いた先に陸人はおらず、代わりに回避した木刀が砂浜に突き刺さっていた。
「流石に反応早いね、三好さん!」
「チッ、身軽すぎるでしょ、アンタ!」
突き立った木刀の柄頭に手をついて、逆立ちの状態でカウンターを避けた陸人。軽業師のような身のこなしに、夏凜は陸人の評価を1段階上げた。
木刀を間に挟んで安全に着地した陸人が、砂浜に突き刺さった得物を抜き取る。全力で引き抜いた勢いに引っ張られ、大量の砂が夏凜の目の前で舞い上がる。
(視界封じ⁉︎ 意外と小狡いことしてくんのね!)
砂の波を後ろに跳んで回避する夏凜。技量が低い相手ならともかく、陸人相手に目隠しで対処するのはいくら彼女でも無理がある。
「行くよ、三好さん!」
「どんどん早くなってくる……さっきまでは手を抜いてたってわけ⁉︎」
「まさか! どうすれば勝てるか考えてたのさ!」
「なるほど! それで、私に勝つ算段はついたのかしら⁉︎」
「それはもうすぐ分かるよ!」
ぶつけるような勢いで言葉を交わしながら切り結ぶ2人。滅多にいない自身と互角に渡り合える相手との勝負。知らず知らずのうちにどちらもテンションが上がってきているようだ。
攻守が目まぐるしく交代し、攻める側が一歩踏み込むたびに防ぐ側は一歩退がっていく。激しく飛び回りながら戦っていた2人は、やがて最初の立ち位置に戻ってきていた。
「これでっ!」
「――っ、重い……!」
陸人の振り下ろしを、二刀で何とか防ぐ夏凜。さらに力を込めて押し切ろうとする陸人。もう一歩踏み込もうとした左足が、砂浜の溝に引っかかる。最初に陸人が削り取った跡だ。
「――しまっ……」
「もらいっ!」
体勢が崩れた陸人の剣を切り返し、反撃に出る夏凜。らしくないミスをしたはずの少年の顔に笑みが浮かんだことに気づいた、次の瞬間――
足元に置かれていた木刀が蹴り上げられ、夏凜の顔面スレスレに跳ね上がってきた。
(まさか、最初に手放した2本目⁉︎ どこまで計算して――)
反射的に大きくのけ反った夏凜。反撃どころではない彼女の首に、左手でキャッチした陸人の2本目が迫る。
(終わりだ!)
(まだよ、私は!)
互いの意地が込められた最後の攻防。制したのは――
荒れた砂浜を軽く整理し、帰路につく2人。どちらの顔にも少なからず疲労の色が残っている。だが、2人とも対決前にあった相手を伺うような雰囲気が消え、スッキリした表情をしている。
「まさかあそこから追いつかれるとは……驚いたよ」
「たまたまよ。私自身負けたと思ったもの。次は多分できないでしょうね」
夏凜は致命的に追い込まれた状態から、かつてない反応速度で左の刀を振るい、陸人の首を捉えた。それと同時に、夏凜の首元にも陸人の刀が添えられていた。2人は同じタイミングで寸止めして、結果としては引き分けに終わった。
「実際のところ、アレは私の負けよ。得意分野の剣で打ち合ったんだもの。あの条件を決めた時点で、私にとって勝ち以外は全部負けだったの」
「そう? 俺も剣と呼ぶには些か無理がある技も色々使った気がするんだけど」
「それは関係ないわよ。あれがアンタの本気だってことでしょ。"本気で来なさい"って私が言って、アンタが応えた。それだけよ」
それに加え、夏凜はもう1つ気づいていた。陸人が自覚しているかは知らないが、さっきの一戦、彼は本気ではあっても全力ではなかった。
最初は様子見と言いながら、夏凜の腕を正確に測っていた。あの時間でどの程度なら耐えられるか、見定めていたのだ。
夏凜が対処できるギリギリの力を出して斬り合い、間違ってもケガをさせないように気を遣っていた。型破りな技も、その手加減を誤魔化すためのものだったのかもしれない……夏凜は正しく汲み取ってしまったが。
(コイツに仲間を傷つけるなんてできそうにないしね。私相手に出せる限りの"本気"がアレだったってわけだ)
「……三好さん?」
それでも最終的にあの形に終わったのは、夏凜が最後の一瞬で陸人の想定を超えた証拠だ。それが分かっているから彼女は何の文句も言わない。
普段の負けず嫌いな夏凜なら、不平の1つも零していただろうが、それ以上に自分の成長を実感できたのが嬉しかった。それによって陸人を驚かせることができたのが誇らしかった。
(加減されるのはその程度の腕しかないこっちが悪い……いつか必ず、コイツに全力を出させてやるわ!)
勇者のお役目とは別に、夏凜には新たな目標ができた。全力を出せるほどの相手が仲間にいれば、きっと陸人も今よりもっと仲間を頼るようになる。そうすれば樹や他のみんなの心労も少しはマシになる。考えれば考えるほど素晴らしいアイディアのように思えて、夏凜は知らず微笑んでいた。
「よしっ、御咲陸人! また相手しなさい! 今度は――ってあれ?」
ようやく思考の渦から上がってきた夏凜。気づいた時には隣にいたはずの陸人がいなくなっている。キョロキョロと周りを見渡していると――
「ほら、三好さんの分――」
「ウヒャッ‼︎――ななななに⁉︎ 何よいきなり!」
後ろから首元に冷たい何かが触れる。思い切り飛び退いて振り向くと、目を丸くした陸人が缶を持って立っていた。
「……いや、なんかボーッとしてたから水分不足かと思って。スポーツドリンク買ってきたんだけど」
「……そ、そう。もっと普通に渡しなさいよ。ありがたくもらうけど……あ、お金……」
「いいっていいって。今日は楽しかったから、お礼だよ」
「そう? 悪いわね……それじゃ、次の機会には私がおごってあげるわ」
「あー、次がある予定なんだね?」
「何よ、アンタも楽しかったって言ったじゃない」
「まあいいけどさ。それで、気分は晴れたの?」
「ええ、おかげさまで……ありがとね、
「……! どういたしまして」
「私のことも夏凜でいいわよ。悪かったわね、私に合わせて距離感気にしてくれてたんでしょ?」
「分かってたの? 鋭いなぁ
剣を通じて伝わるもの。言葉で表せない相手の本質、本音。その一部に触れられた気がして、夏凜はもう陸人を警戒するのがバカらしくなっていた。
「満開の危険性、だったわよね? 私の方でもちょっと調べておくわ」
「……いいの?」
「私にできることなんて、せいぜい兄貴に聞いてみるくらいだけど……大社の本部筋には知られない方がいいでしょ?」
「それは助かるけど……」
「兄貴は前はエリートだったんだけど、なんか派閥争いに巻き込まれたらしくてね。今は幹部からも外されてる。その分話は通しやすいはずよ」
「じゃあお願いできる? みんなに何かあってからだと遅いから……」
「過保護ねぇ……了解、個人的に連絡してみるわ」
今でもやはり、大社と陸人なら前者を取る。それは変わらないだろう。しかし、それとは別に『御咲陸人は信頼できる』という揺るぎない確信を得ることができた。夏凜はようやく、本当に勇者部の一員になれたのだ。
「アンタは……あいつに似てるわ」
「……あいつ?」
「……私ね、今の勇者の候補生よりも昔に、別の大きなお役目の候補だったことがあるの」
訓練開始から半年ほど、最初のふるい落としで脱落したため、幼い夏凜は役目の詳細を知らなかったが、彼女にとってそれ以上に大きな出来事があった。
「その頃の私は、親に構ってもらえなかったからかな。何かとイラついたり、泣いたり……正直面倒な子供だったわ」
そんな状態で続く鍛錬の日々。心が摩耗していった夏凜は、ある時癇癪で問題を起こしてしまった。そこを庇ってくれた同年代の少年。彼の姿は、周囲に絶望していた夏凜が再び前を向くきっかけとなった。
「小さい頃のことだったし、名前も分からないんだけどね。あいつを見て思ったの……本当の強さっていうのは、誰かのために頑張れることだって」
「本当の強さ、か……考えたことなかったな」
「アンタはそうでしょうね。でも、だからこそかな。陸人は自然体でそれができてる。この私が保証するわ!」
「はは、ありがとう」
あの時の少年の背中に見えた輝き。同じものを描いて努力を重ねた。当時の選抜からは脱落してしまったが、それからも自分を磨いてきた。そして再びチャンスが巡ってきた。世界を守る勇者の資格。
「あの時の出会いがなければ、今でも兄貴や家族に拘ってたのかもしれない。だけど今は、誰かのために戦える本当の勇者であり続けたい。そう思ってる……知らない間に兄貴が落ちこぼれ扱いされてて、なんか力抜けちゃったってのもあるけどね」
「……それが、夏凜ちゃんが勇者であることを大事にしてる理由?」
陸人の問いかけに、夏凜は小さく笑って端末を取り出す。勇者の生命線である端末を見つめる眼は、懐かしいものを見るように穏やかだった。
「コレが欲しかった人は大勢いる……私以上に勇者になりたがってたやつもいた。だから私は選ばれた代表として、全力で役目を果たす」
「そっか……じゃあ、一緒に役目に臨む仲間として俺は合格ってことでいいのかな?」
「とりあえずは、ね……アンタも含めて勇者部全員、これからも私が見ててあげるわ。同じ勇者としてね」
そう言って手を差し出す夏凜。陸人も意図を察し、軽く掌を拭って握手に応じる。やっと本当の仲間として出会えた2人。その手は固く結ばれていた。
「――っ! 夏凜ちゃん、アンノウンだ」
「……! ちょうどいいじゃない、私たち2人で片付けるわよ!」
踵を返して走り出す陸人と夏凜。今の自分たちならやれる。過信でも錯覚でもなく、2人は確信していた。
讃州中学のほど近く、おそらく勇者部狙いだったのだろう。ピラニア型のアンノウン『ピスキス・セラトゥス』は突如割り込んできた天敵の出現に身構える。
「アギト、マタ邪魔ヲ……!」
「悪いな、趣味なんだよ」
「おっと、逃がさないわよ。諦めて私に斬られなさい」
正面にアギト、後方にはサツキの勇者。完璧に挟まれたセラトゥスには少なくともどちらかを打倒するしか道はない。
「……ナメルナヨ、貴様ラ如キニ!」
「そうだ、来い! お前を終わらせてやる!」
素手で殴り合うアギトとセラトゥス。力に優れたアンノウンの打撃は、グランドフォームにも決して劣らないものだったが……
「アンタたち相手に正々堂々なんてつもりはないからね、邪魔するわよ!」
無防備な背後から斬りつける夏凜。セラトゥスは2人に対処するために鉾を召喚、夏凜の二刀とぶつかり合う。
「ムンッ! ヌオォッ!」
「力はあるけど、遅すぎんのよ!」
上体を後ろに倒して大振りを回避した夏凜は、刀を投げ上げて後方回転。セラトゥスの顎を蹴り上げた。
(陸人!)
(了解!)
アイコンタクトは一瞬。それだけで2人の作戦会議は完了した。
距離を開けた夏凜は、落ちてきた刀を手でキャッチせずに足を振り上げる。
「せーのっ!」
空中の刀の柄頭を蹴り、矢のように発射する。異形の頭部を狙ったその一刀は、すんでのところで回避された。
奇襲をしのいだセラトゥスが踏み込んでくるも、夏凜の顔には笑みが浮かんでいた。
「残念、ハズレよ」
ゆったりと新たな刀を形成して構える夏凜が、後方を指で指し示す。
何かをキャッチした音が、セラトゥスの耳に届く。
「今のは
次の瞬間、セラトゥスの両腕は同時に切断され、宙を舞っていた。
後ろから追い抜きざまに斬り裂いたアギト。フレイムフォームに変化した彼の手には、フレイムセイバーともう一振り、夏凜が蹴飛ばした刀が握られていた。
「そんでもって!」
アギトとすれ違うように、セラトゥスの正面から夏凜が突っ込み、異形の両足を切り落とす。四肢を失ったセラトゥスは、何もできないダルマに成り下がった。
「これが……!」
「本命よ!」
敵の正面に立ち、フレイムセイバーを上段に構えるアギト。
敵の背後に回り、右の刀を居合のように構える夏凜。
2人は同時に刃を振り抜き、動けない敵の身体を斬り裂いた。セラトゥスは前後から十字を刻むように斬撃を受け、何もできずに爆散した。
「殲滅完了ね!」
「お疲れ様、夏凜ちゃん」
変身を解いてハイタッチを交わす陸人と夏凜。明らかに雰囲気が変わった2人を、遠くから仲間たちが見つめていた。
「警報が出たから慌てて駆けつけてみれば……」
「なんだか分からないけど、うまくいったみたいですね」
「さすがりっくん、ってことでいいのかな?」
「まあそうね。仲がいいのは良いことだわ……2人ともー! 大丈夫?」
アンノウン出現の報を受け、飛び出してきた勇者部の面々。いつの間にか関係改善していた2人と合流する。
見られていたことに気づき赤面する夏凜。
素直な彼女の様子をからかう風。
言い合う2人を仲裁する樹。
車椅子を押しながら陸人を労う友奈。
何故か圧の強い笑顔を陸人に向ける美森。
いきなり騒がしくなった仲間を見つめ、楽しそうに笑う陸人。
この6人が讃州中学勇者部。世界を守るために、時代に選ばれた最新の勇者たちだ。
大社本部、技術部。ここでは勇者システム等の技術の開発、改修の他、いくつかの役目がある。
「班長、三好夏凜の端末から三好晴信にメールが送られました」
「内容は――ふむ、どこから知ったのか……ひとまずこのメールを削除、新たな動きがあれば報告を」
「了解しました」
そのうちの1つが、構成員間の情報統制。端末の動きを監視、場合によっては割り込んで削除することで機密を保持している。
最重要人物である勇者の端末にすら監視の目が入っている。それが今の大社のやり方だ。
夏凜ちゃん編終了。彼女自身は原作よりも更にしっかりした子になりました……おかしい、最初はそんな予定じゃなかったはずなのに。
さて、とりあえず次は日常回になるかと思います。メインストーリーから少し外れた話を挟んで山場に突入……かなぁ。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに