A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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日常回……日常回?

みんな揃ったので、ちょっと箸休め的な回を描いてみようと思います。

完全オリキャラ出てきます……今更か。
でも今回は初の試みとして、主人公じゃないオリキャラを中心に据えた話になります。

後書きにちょっと解説アリ




恋で愛 特別な人

 夏凜も大分勇者部に馴染んできたある日。勇者部はいつもの通り、何件かの依頼を受けていた。

 

「今日の依頼は……飼い主が見つかった仔猫のお届けと、部活の助っ人要請が2件。分担しましょう、誰か指名入ってたっけ?」

 

「指名はなかったけど、剣道部の依頼は私が行くのが1番いいでしょ。どの程度のものか見てあげるわ」

 

「んー、夏凜ちゃんとは鍛えてるレベルが違うと思うから、ほどほどにしてあげてね?」

 

「分かってるわよ。一般人に本気出すわけないじゃない」

 

 2人で話した一件以来、目に見えない気まずさのようなものが払拭された夏凜と陸人。喜ばしいことではあるが、部員たちの間ではあの日何があったのか、度々憶測が上がっていた。

 

「……夏凜さん、陸人さんには結構素直ですよね」

 

「うーん、やっぱり人には言えない男女のアレコレが……」

 

「それはないと思いますけど、東郷さんはどう思う?」

 

「……大方、浜辺でぶつかり合って友情を築いたりしてたんじゃないかしら?」

 

 この話題になると妙に不機嫌になる美森。その機微を素早く悟った陸人が声をかける。

 

「どうかした? 美森ちゃん」

 

「いえ、なんでもないの。他の依頼はどう割り振りましょうか?」

 

 美森の圧を持った笑顔に、風がコクコクと頷く。勇者部で1番権力を持っているのは、本当は彼女なのかもしれない。

 

「そ、それじゃあソフト部には友奈、お願いできる?」

 

「はい、了解しました!」

 

「あたしと樹、陸人で猫担当ね。なにせ件数多いから、効率よく回るわよ」

 

「うん!」

「分かりました、風先輩」

 

「東郷はパソコンで進展がないかチェック。あと、新しい依頼が来た時のために部室待機ね」

 

「かしこまりました、部長」

 

「よし。そんじゃ今日も張り切って行くわよ! 勇者部ファイト――」

 

『オオーッ‼︎』

 

 讃州中学勇者部。たとえ戦うことがなくとも、彼らはその在り方が常に勇者そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あと1匹で完了ね」

 

「つ、疲れた〜。結構遠くまで歩いたね」

 

「樹ちゃんファイト、帰ったら美森ちゃんのお菓子が待ってるよ」

 

「あ、ありがとうございます……頑張ります!」

 

 今回は、近隣の捨て猫を拾っては育てていたお年寄り、通称『猫おばあちゃん』からの依頼。近所の有名人だった彼女も、自身の高齢を感じ、面倒を見れなくなる前に引き取り手を探してほしいと勇者部に頼んできたのだ。

 どうにか全ての猫の引き取り先が決まり、3人は手分けして猫を届けていたが、最後の一件ということで合流して歩いていた。

 

「しっかし、なんでこうもペットを捨てる家っていうのは無くならないのかしら……今回なんて特にひどかったわ」

 

「自分で飼うって決めたのに、どうして……」

 

「ペットを飼うっていうのは、その命に対してすべての責任を負うってことだ……だけど、それを正しく把握して決断している人は、残念だけど多くない」

 

「陸人……」

 

「大多数の人間は"責任"って言葉が嫌いだからね。投げ捨てても自分の立場が危うくならないなら、って思っちゃうんだ。

 もちろんそれはいけないことだけど……中には増えすぎてどうしようもなくなったとか、家が突然貧しくなったとか、仕方ない場合もあるかもしれない」

 

 捨てられた動物を目につく範囲で拾って次の居場所を探す。それくらいしかできない陸人たちには、飼い主の事情は分からない。

 

「だけど、今すぐには無理でも、いつか必ずこの問題は人の手によって解決されると俺は信じる。

 ずっと昔には、食べられない働けもしない動物なんか見向きもしてなかったんだ。それが今は一般家庭でも愛玩動物を飼える世の中に変わってきた。だったらきっと……」

 

「……陸人さんは、本当に人間が好きですよね」

 

「そう? 普通じゃない?」

 

「あんたが人類基準になったら、綺麗すぎて逆にやり辛い世の中になりそうね」

 

「そんなことないと思いますけど。俺はそこまでできた人間じゃないですから」

 

 勝手なエゴで家族にまで嘘をつき続けた人間が、そんな立派な人格であるはずがない。それが陸人の自己分析だ。

 

「あんたはもう少し自分へのハードル下げたほうがいいと思うわよ。ただでさえ人に対してはダダ甘なんだから」

 

「……えっと……」

 

「陸人さんが普段私たちを心配してくれるように、陸人さんを心配してる人もたくさんいるってことです……だよね、お姉ちゃん?」

 

「それそれ、よく言った妹よ」

 

「はぁ……憶えておきます」

 

 釈然としない態度でとりあえず頷く陸人。

 彼は性善説を信じてはいない。誰の心にも黒はあるし、人が白と黒のどちらかを選ぶこと自体は個人の自由だと思っている。

 それでも陸人は白……明るく正しく生きている人が大好きで、全ての人間が持っている、白の可能性を愛し、大切に思っていた。

 

 

 

 

「ん、電話……美森ちゃん?」

 

 陸人のポケットから唐突に響き渡る前時代の香り漂う軍歌。先日強請られてスマホを貸した際、美森に設定された彼女用の着信音だ。抱えていた猫の箱を風に預けて電話に出る。

 

「美森ちゃん、どうかした?」

 

「リク、今どの辺り?」

 

 現在地と依頼の進展状況を報告すると、少し機嫌悪そうな声で用件を伝えられる。

 

「部室に依頼者が来てるの。3年生の先輩で、リクをご指名みたいだから、済んだらまっすぐ部室に戻ってきてくれる?」

 

「指名? 分かった、早めに戻るよ」

 

「お願いね。お相手も待ち焦がれてらっしゃるようだから、い・そ・い・で……帰ってきてちょうだい」

 

「……わ、わっかりましたー……」

 

 終始怒りを滲ませながら、美森との通話は終わった。

 

「陸人? どしたー?」

 

「東郷先輩、なんて言ってたんですか?」

 

「いや、俺にも何が何だか……」

 

 とりあえず聞けたことをそのまま伝えると、姉妹はウンザリしたように溜息をついた。

 

(なーるほど……依頼者ってのは女子なのね)

 

(それで、話を聞くうちに東郷先輩が知らない陸人さんとの縁が見えてきて……って感じかな?)

 

 単純なようでややこしい関係の陸人と美森。その2人と濃い付き合いを続けてきた姉妹にとって、現状の予想を立てるのはそう難しいことではない。

 

「分かった分かった。こっちはあたしたちでやるから、陸人は走って部室に戻りなさいな」

 

「えっ、でも……」

 

「いいから、部長命令よ!」

 

「陸人さん、しっかりお話聞いてあげてください。依頼者さんはもちろんですけど、東郷先輩のことも……」

 

「よく分からないけど……分かりました。あとお願いします!」

 

 やはり美森が気になるのか、かなりのスピードで学校に駆け戻る陸人。ああも人の心を振り回し、なおかつ本人は何も悪いことをしていないというのだからタチが悪い。

 

「あーあ、また後で東郷の方もフォロー入れなきゃかしら」

 

「私はまだ入学して少しだからあまり知らないけど、そんなにすごいの? 陸人さんって」

 

「んー、言うほどモテモテってわけじゃないけどね。アイツに引っかかる子に限って人気者だったりウワサの人だったりするのよ。だからこそ陸人が世話を焼いた結果、ってことなのかもね」

 

「あー、なるほど……」

 

 優しさが裏目に出るということは往々にしてある。樹は1つ学んで大人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸人が目立たない程度に急いで部室に戻ると、一時期よく顔を合わせていた先輩の姿があった。

 

「ただいま、美森ちゃん――あれ? 宮守先輩?」

 

「あ、御咲くん。久しぶりね!」

 

 腰まで伸ばした艶やかな黒髪。スラリと伸びた手足に均整のとれたスタイル。白い肌に整った顔立ち。小さな唇が弧を描き、薄紅色の瞳が細められる。

 どこか美森に近い雰囲気の、宮守と呼ばれた和風美人が歩み寄ってくる。

 

「お久しぶりです。依頼者って宮守先輩だったんですね」

 

「うん。ちょっとお願いしたいことがあって……」

 

「ふ〜、楽しかった〜……って、お客さん?」

 

「ん……タイミング悪かった?」

 

 話を切り出そうとしたところで、今日の依頼を済ませた友奈と夏凜が帰ってきた。入って最初に2人が気づいたのは来客の存在、そして何故かまたしても美森がご機嫌斜めなことだ。夏凜は面倒な空気を感じ取って逃げようとする。

 

「いえ、これから本題に入るところだから。2人も聞いて……いいわよね、リク?」

 

「えっ……あ、うん。先輩が良ければ――」

 

「私は大丈夫。それじゃ改めて説明するね」

 

 美森の不機嫌に気づいていないのか、あえてスルーしているのか、依頼者の3年生――宮守(みやもり)和葉(かずは)は話を切り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話の内容をまとめると……

 

 もうすぐ宮守がマネージャーを務める陸上部の夏の大会がある。

 3年生の彼女にとって、関われる最後の公式大会。選手たちにできるだけのことはしてあげたい。

 そこでなにか手製のお守りのようなもの、お揃いのアイテムを用意したいと考えた。しかし彼女はそういった経験はなく、陸上部のマネージャーは現在1人だけ。

 なので困った時に助けてくれる勇者部――とりわけ以前交流があり、その器用さも知っている陸人にヘルプを求めてきた……とのこと。

 

「……話は分かりました。それじゃあ――」

 

「すみません、その前に。リク……御咲さんとはどういった経緯で知り合ったのか聞いてもいいでしょうか?」

 

 穏やかすぎて逆に怖い表情の美森のインターセプト。普段の礼節を重んじた彼女らしからぬ行動に戸惑いながら、陸人が口を開く。

 

「ほら、1年のスポーツテストでさ。俺が変に目立っちゃったことあっただろ。その記録を知って、一時期陸上部に勧誘されてたんだよ」

 

「へぇー、なるほど……ところで御咲さん? 私は宮守先輩に聞いたつもりだったんだけど?」

 

「えっ、あ……すみません」

 

 気圧されっぱなしの陸人。友奈と夏凜も迂闊に助け舟を出せずにいる。そんな空気を知ってか知らずか、宮守が鈴を転がすような声で笑う。

 

「仲がいいのね? 御咲くん」

 

「あはは、いつもはもうちょっと円滑というか、円満というか……コホン、それで部員にプレゼントですよね」

 

「ええ。私、こういうの不慣れで……」

 

「それじゃあやっぱり、王道はミサンガですかね……友奈ちゃん、どう思う?」

 

「えっ! そ、そうだね〜。ミサンガで間違い無いと思うよりっくん!」

 

 話を振られると思っていなかった友奈が、上ずった声で賛成票を入れる。夏凜を見れば、私に質問をするなと言わんばかりにそっぽを向いているし、美森の方は顔を見るのも怖い。賛成2、無投票2でミサンガが可決された。

 

「大会参加する部員全員ってなると、結構な人数になりますよね?」

 

「そうね。あとでちゃんと数えておくけど、1クラス分くらいにはなるはずよ」

 

「1人でみんなの分やるつもりですか?」

 

「ええ、私なりの感謝と応援を伝えたいの。だから、できれば全部私の手で……」

 

「了解です。俺でよければ協力しますよ、先輩。まずは材料を用意しないとですね。数が数ですし、買いに行った方が――」

 

「ありがとう! 御咲くんならそう言ってくれるって信じてた!」

 

 了承の言葉を遮り、陸人の右手を包み込むように抱きしめる宮守。いたく感動しているのは分かるのだが、陸人としては今この場では勘弁してもらいたかった。

 

(リ〜ク〜?)

 

「と、とりあえず行きましょう! いい店知ってますし、モノを見ながらどんなのを作るか考えてみるのがいいですよ!」

 

「あら、あら? 御咲くん、そんなに押さないで……皆さん、失礼しますね〜」

 

 宮守の背中を押して緊急離脱する陸人。なんとも言えない空気に取り残された友奈と夏凜の額に汗が浮かぶ。

 

 

 

「お疲れ〜。さっき陸人が宮守さんと歩いてたけど、依頼者って……」

 

「あ、お帰りなさい。風先輩、樹ちゃん」

 

「ただいまです。東郷先輩は……ああ、やっぱり」

 

「まあ御察しの通りよ……風、あの先輩のこと知ってるの?」

 

「同じクラスだからね。特別仲がいいってわけでもないけど」

 

「……あの人、どんな人なんですか?」

 

「と、東郷近いわ……えーっと、宮守さんね。陸上部のアイドル様よね。こないだの実力テストも学年トップって噂だったかな? あのお姫様ーって雰囲気もあるし、見ての通りの美人だし。ウチの学年の1番人気よ」

 

「なるほど、才色兼備の和風美人か……東郷みたいね?」

 

『あっ……』

 

 友奈、風、樹の3人が声を揃えたその瞬間、部室の気温が2℃ほど低下した。夏凜は対人経験の足りなさゆえか、時々空気を読めずに発言してしまうことがある。

 

「そうね……日本人らしい、素晴らしい女性なんじゃないかしら?」

 

 発言者の夏凜も他のみんなもそんな風には考えもしていないのだが、美森本人はこう受け止めてしまった。

 

 ――"車椅子じゃない"東郷みたい――

 

 日頃陸人に世話を焼かれている自覚もあり、自分の上位互換のようにも見えてしまう宮守の存在が、嫌でも気になってしまう。

 

(リクは……ああいう人の方が好きなのかしら?)

 

 宮守の方から向いている矢印は見るからに明らかだった。となると陸人の気持ち次第では……

 笑顔を取り繕ってはいるものの、美森の心にさざ波が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、宮守は昼休みのたびに勇者部を訪れて陸人の監修の元、ミサンガ制作に励んでいる。数をこなせば慣れてきそうなものだが、彼女はもともと家庭科的な作業が人一倍苦手だった。

 彼女に憧れる生徒たちは知らない、優等生の意外な弱点。陸人は前々から知っていたので、何も言わずに宮守の作業に付き合っている。

 

「いつもゴメンね、つき合わせちゃって……」

 

「先輩1人じゃ何本ダメになるか分かりませんからね。驚かせるためにも教室以外で作る方がいいでしょ?」

 

 俺がいれば部室が使えますからね、と笑う陸人。何も言わずとも分かってくれるところが、宮守がこの後輩を特別視する最たる理由だ。

 

「……そういえば御咲くん。こうして話すのは久しぶりだけど、あれからどう? 好きな人とかできた?」

 

 あくまで自然な雑談を装って、宮守が探りを入れる。美森たちがいないこともあり、陸人の口も軽くなる。

 

「特にはないですかね……ただ、会ってみたい人はいますよ」

 

「へ、へぇ……それって女の子?」

 

「はい。ほら、俺記憶がないでしょ? 多分その頃に会ったことのある子で……頭の隅っこにチラチラしてるんですよ」

 

 そういう意味なのかどうか、非常に判断に困る反応が返ってきた。とりあえず喫緊の問題はなさそう、と判断した宮守が更なるアタックを仕掛ける。

 

「……あ、あの! もし良かったらなんだけど……ミサンガ、早めに仕上げたいの。週末、ウチに来てくれない?」

 

「……先輩が良いのなら、俺は構いませんけど」

 

「ホント? ありがと〜!」

 

「特に他の依頼も入ってませんし。去年お邪魔したあの家ですよね?」

 

「うん……憶えててくれたんだね」

 

「あんなこと、早々ないですからね」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる宮守。年上で優秀な人であるものの、時折可愛らしい面が出てくるところが、陸人がこの先輩を好ましく思っている理由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はちょっと出かけてくるよ。夕飯までには帰るから」

 

「そう……どこにでも好きに行きなさいな」

 

「えっと……美森ちゃん?」

 

「どうしたの? 人と会うんでしょう? 待たせちゃダメよ」

 

「あ、はい……行ってきます」

 

 朝から非常に不機嫌な美森に見送られ、陸人は逃げるように家を出て行った。閉まった玄関をしばらく見つめ続けた美森が、ゆっくりとスマホを取り出す。

 

(遠くに行かないでほしい……私の知らない何かがリクに起きてほしくない……)

 

 意地になって送り出してしまったが、いざ離れると途端に後悔の念に襲われる美森。

 

 待ち受け画面にはいつもの3人で撮った写真。その中で、車椅子の少女はとても幸せそうに2人を見つめている。

 

(でも、やっぱり……ただの"家族"でしかない私に、あの子の好意に甘えてるだけの私に、そんな権利はない……)

 

 少し悩んで、途中まで操作したスマホをしまう美森。非常に複雑な心境のまま、陸人の帰りを待つことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東郷家ほどに広くはない、あくまで平均的な一般家庭である宮守家。一人娘のお嬢様然とした雰囲気は、環境に依らない突然変異的なもののようだ。

 

「これで全部ですね。お疲れ様でした」

 

「ありがとう。あ、お菓子食べない? 作っておいたものがあるの」

 

 どこか楽しげに台所から小皿を持ってきた宮守。その上には、店売りのものと遜色ない、大きなシュークリームが乗っていた。

 

「これ、先輩が作ったんですか?」

 

「えへへ、分かる?」

 

「先輩が伺うように見てたので。いただきます……うん、すごく美味しいです。ホント上手になりましたよね」

 

「ん、御咲くんのおかげだよ」

 

 懐かしむように目を閉じる宮守。思い出すのは1年ほど前、陸人を異性として意識するきっかけとなったある日のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜……なんでうまく行かないんだろう?」

 

「ま、まぁ……誰にでも向き不向きはありますから」

 

 形の良い眉を顰めてトボトボと歩く宮守。腹を抑えて苦しそうに歩く陸人。2人は数日後に迫る陸上部の校内合宿のため、料理の特訓をしてきた帰りだった。

 

 陸上部への勧誘を断り続けていた陸人。宮守の粘り強さに根負けし、困った時に何か1つ、部活のために手を貸すことを条件に話をつけた。

 今回の味見役はそれを理由に引き受けた。当初は気楽に構えていた陸人だったが、彼の予想以上に宮守の料理音痴は致命的だった。

 

「ホントにゴメンね。私もがんばってるつもりなんだけど……」

 

「陸上部の人に振る舞う前に練習して正解でしたね。3日間で少しずつ上達してますし、この調子なら合宿には間に合うと思いますよ」

 

 最初はうどんが謎の紫色に染まるほどだったが、今は多少味が攻撃的に仕上がる程度に収まっている。そこに至るまでの生産物は残らず陸人の胃に消えたため、さすがの彼も疲労してはいるが。

 

「あぁ、私……なんでこんなに……」

 

「先輩?」

 

 一方で宮守の疲労もかなりのものだ。陸人の反応を見て心を痛めた彼女は、この3日徹夜で料理の研究を続けてきた。総合的な体調では似たような状態だった。

 

「……あ、あれ?」

「ちょっ、先輩⁉︎」

 

 通学路の半ばで崩れ落ちる宮守。隣を歩く後輩の腕にしなだれかかり、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

「う……う〜ん?」

 

「あ、先輩。大丈夫ですか?」

 

 宮守が目を覚ましたのは、彼女の自室。ベッドの横では陸人が心配そうに様子を伺っていた。

 

「御咲くん……あれ? なんで私の部屋に」

 

「すみません。先輩途中で寝ちゃったから。生徒手帳に書いてあった住所に運んで。親御さんに上がっていってって強引に……」

 

 とんでもない醜態を晒した事実に気づいた宮守。湯沸かし器のごとく顔から湯気を出し、布団に頭まで潜り込む。

 

「ご、ごめんなさい御咲くん……ものすごい迷惑かけちゃって……」

 

「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ、勝手に部屋に入っちゃって申し訳ないです」

 

「んーん、でも恥ずかしいところ見られちゃったな。私の部屋、変なものとかなかったよね?」

 

「特には……あ、でも先輩が頑張ってるって分かったのは、良かったかもしれません」

 

「え?……あ」

 

 宮守の勉強机には、料理のレクチャー本やレシピ集が並んでいる。書き込みや付箋も多く、いかに真剣に取り組んでいるかが一目で分かる状態になっていた。

 

「それじゃ、先輩も大丈夫そうですし。失礼しますね」

 

「あ、うん……ホントにゴメンね。今日はありがとう」

 

「最後に1つ……俺は先輩は料理に向いてないとは思いませんよ」

 

「え……でも……」

 

「努力すれば必ず成功するなんて無責任なことは言えません。でも――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩? どうかしましたか?」

 

 陸人の声に意識を引き戻される宮守。長い時間ボーッとしていた。気づけば陸人の皿はすでに空になっていた。

 

「あ、ごめん……なんでもないの」

 

「そうですか……これで全員分完成しましたし、後は渡すだけですね。俺はこれで――」

 

「あ、待って御咲くん! 良ければ、その……お夕飯! 食べていかない?」

 

 乙女の勇気を最大限振り絞った誘い。真っ赤な顔で告げられた言葉に、陸人はようやく彼女の真意を悟ることができた。一瞬苦しげに顔を歪めると、困ったように頰を掻く。

 

「すいません……今日はちょっと。美森ちゃんがご飯作って待ってるんで」

 

 所在無さげに玄関に向かう陸人。彼らしくもない淡々とした背中に、宮守は焦って声をかける。

 

「そ、そっか。じゃあまた今度、遊びに行かない? 今回のお礼ってことで、先輩が奢っちゃうよ?」

 

「いえ、先輩も大会近いでしょう? そちらに集中しないと」

 

「う、うん! だから全部終わったら。引退したら私も時間取れるし――」

 

「先輩!」

 

 家から被ってきた帽子を取り、宮守の頭にそっと乗せる陸人。目元を隠すように深く被せ、悲しげな少女の立ち姿を視界に入れないよう、彼方を見ながら口を開く。

 

 

 

 

「ごめんなさい……先輩の泣いてるところ、見たくないんです」

 

 

 

 その一言に込められたたくさんの感情。感謝、後悔、謝意、好意。

 これまでの付き合いで、陸人の思いの全てを受け取ることができた宮守は、自分の気持ちは決して届かないことを理解した。

 

「そっか。そだね……私も、御咲くんには泣き顔見られたくないかも……」

 

「……身勝手な後輩ですみません」

 

「ううん。それが御咲くんの優しさだって、分かってるから」

 

 涙が滲む目元を帽子で隠し、あくまで明るい声で答える宮守。陸人も振り返ることなく、帰り支度を整える。

 

「ねぇ、御咲くん……私が作ったシュークリーム、あの子のよりも美味しかった?」

 

「……あの子?」

 

「部室にいた車椅子の……東郷さん、だったかな?」

 

「……美森ちゃんは和菓子派なので。あの子のシュークリームは食べたことないですね」

 

「……そっか……「でも」……ん?」

 

「今日食べたシュークリームは、今までで1番美味しかったです」

 

「そう……なら、良かった。御咲くんに"1番"って言ってもらえたなら、私はそれだけで満足です」

 

「ごちそうさまでした……失礼します」

 

 最後まで振り返ることなく出て行った陸人。

 その背中を見送った宮守は、ドアが閉まると同時に崩れ落ちた。

 陸人の手前堪えてきた涙が床に溢れ、すすり泣く声も抑えられない。

 

 "それだけで満足"なんてただの強がり。本当はもっと違う言葉が欲しかった。気づけば人の中心にいるあの後輩の、1番近くに立ちたかった。

 

 

 

 

 

――努力すれば必ず成功するなんて無責任なことは言えません。でも、成功のための第一歩は努力することですから。先輩は自然にそれができてます。

 俺みたいな他人に不得手を晒すのも厭わないくらいに、部活の仲間を大切に思える先輩なら大丈夫ですよ。

 少なくとも俺は、そんな先輩の料理ならいくらでも食べられますから。好きなだけ練習台にしちゃってください――

 

 

 

 

 

 あんな風に自分の不器用なところも受け止めてくれる、優しい人の"特別"になりたかった。

 

 

 

「御咲くん……大好きです……!」

 

 

 

 本人には伝えることすらできなかった心からの言葉。自分しか聞く者のいない告白は、静寂に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、陸人は暇を持て余して校内をぶらついていた。陸上部の友達にミサンガを自慢され、居た堪れずに教室を出てしまったせいで行くあてがない。なんとなくで勇者部に向かうと、部室の前に宮守が立っている。

 

「……先輩?」

 

「あ、御咲くん。おはよう!」

 

 何事もなかったかのような様子の宮守。気持ちの整理がついたことを伝え、陸人の気を楽にさせようという気遣いか。

 

「おはようございます……先輩はここで何を?」

 

「あ、うん……これを渡したくて」

 

 そう言って宮守が差し出したのは、あの日置いて行った帽子と、シュークリームのレシピ。陸人が1番と評した味を再現できるよう、彼女がまとめたものだ。

 裏を返せばそれは、もう2度と自身が彼にシュークリームを作ることはない、という意思表示とも取れる。

 

「御咲くんが自分で作ってもいいし。東郷さんにお願いしてみてもいいと思うよ。そんなに難しいことしてるわけじゃないから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うん、それじゃまたね」

 

 用件はそれだけだったようで、サッと踵を返して離れていく宮守。陸人は反射的にその背に手を伸ばすが、引き止める言葉が思いつかない。

 ある程度距離が開いたところで、宮守が思い出したように振り返る。

 

「あ、そうだ! 陸上部(ウチ)の大会、良ければ見に来てよ。御咲くんの友達もいるでしょ?」

 

「あ……」

 

「例えば私とかも……これが最後の大会になるしね」

 

 いつも通りの笑顔で誘う宮守。それが彼女なりのケジメだった。

 

「分かりました! 予定空けておきますね」

 

「よし、約束だからね!」

 

 宮守和葉は御咲陸人のことを何も知らない。彼の特別になることは絶対にない。

 

 それでも彼らは友達で、こうして当たり前に約束を交わせる間柄であった。

 

 

 

 

 




めっちゃ長引いた……そして書き上げて気づいたけど、これ誰得だ?そういう作品でもないのにオリキャラ同士の恋愛描写って……

何が書きたかったかっていうと、陸人くんだって年頃の男子ですってことと、彼にとっての特別はちゃんと特別なんだってことです。
それだけならもっと簡潔にまとめられたはずなんですけど、興が乗りすぎましたね。

宮守さんは、今後出番は予定していません。完全一般人っていうある意味美味しいポジションなので、ふと思いついたら使うかもしれませんが、もうメインを張ることはないでしょう。




――前話の夏凜ちゃんの幼少期に出会った少年について――

作者としては結びつくように描いたつもりだったのですが、該当のストーリーから間が空きすぎたのと、濁しすぎたせいか伝わりにくくなってしまったようなのでヒントをば。一応前話読んでない人のためにネタバレ防止として明記はしません。

わすゆ編第8話『咲いて、散って、返り咲く』を読めば分かるはずです。
不親切で不明瞭な表現をしてしまい申し訳ありません。読み手の認識を想定して描くべきでした。猛省します……

今後につながる重要な要素というわけでもないのですが、一応そこの結びつきの中にひっそり表現したかったテーマがあるので、読み返して思い出してもらえると凄く嬉しいです。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに

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