A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
「基本戦術?」
「ええ。バーテックスの出現周期は乱れに乱れてる。アンノウンの出現頻度も増してるし、こちら側もできることはやっておくべきよ」
その日の勇者部は珍しく何の依頼も抱えておらず、開店休業状態だった。暇を持て余していた部員たちが精霊を呼び出して遊んでいたところ、何やらイキイキとした夏凜が現れ、黒板に力強い文字で"戦術!"と書き込んだ。
「私はともかく、アンタたちはロクに訓練も受けてないど素人なんだから、戦術理解は必須よ!」
「うーん、私難しいのはちょっと……」
「私も……今までも上手くいってますし」
「そこ、情けないこと言わない! 向こうだって失敗した手を何度も使ってくるマヌケじゃないんだから、油断してると痛い目見るわよ」
苦手分野の気配を感じ取った友奈と樹が弱音をこぼし、夏凜が鋭く諌める。何だかんだ勇者部のゆるい雰囲気にも溶け込んできた彼女だが、やはり緊迫した空気の方が馴染むのだろう。いつもより気力に満ちていた。
「できることはやっとけ、っていうのはまぁ、真理よね」
「ええ。常在戦場の心持ち。憂国の志士として素晴らしい覚悟よ、夏凜ちゃん!」
「敵方も戦術を学んでるのはなんとなく分かる。時間もあるしいいんじゃないかな」
心情的には樹たち寄りではあるものの、命に関わる以上お気楽ではいられない風。
何やらおかしな方向に夏凜を褒め称える美森。
記憶にこそ残っていないが、かつても同じように戦術を学び、連携して戦ってきた経験がある陸人。
賛成多数により、この日の勇者部は有事の基本戦術の会議になった。
「まずは分かりやすいところから。東郷は後方から援護射撃。これは決定ね」
「ええ。他に狙撃ができる人はいないし。機動力では私が一番劣るものね」
複数の銃器を用いて、唯一遠距離で戦える美森。彼女は基本的に狙撃銃を構えた援護を担当する。戦場での落ち着いた動きと視野の広さから、後方からの戦況把握も務めてもらう。
「何かあった時、真っ先に気付けるのも後衛の役目よ。いざとなったら的確に指示が出せる東郷に向いてると思うわ」
「ふふっ、ありがとう。夏凜ちゃんったら、意外と私のこと高く評価してくれてたのね。期待に添えるよう頑張るわ」
「ま、まぁ他のお気楽どもよりはマシってだけの話よ!」
「えぇ〜……部長のあたしの役目は〜?」
東郷の言葉に薄っすらと頬を赤らめる夏凜。その後ろでは涙目になった風が妹に慰められていた。
一瞬陸人の方に目を向け、表情を引き締める美森。その後ろには、彼女の精霊『青坊主』『刑部狸』『不知火』の3体が輪を描くようにクルクルと回っている。主人の戦意を表現しているのだろうか。
「……で、次に風。アンタの長所はタフさと馬力でバーテックス相手でも多少はゴリ押しできるところよ。強力な攻撃が来た時に剣で防ぐこと。でかい敵を打ち破ること。パワーが必要な場面ではアンタが中心になるわ」
「うーん……言ってることは分かるんだけど、女の子に対する評価じゃないわよね。タフだの馬力だのパワーだのって……」
「ズレた不満を言うな。アンノウンはともかく、バーテックスはサイズ差もあって基本私達よりも間合いが広いからね。こっちの距離に持ち込むまでは風を先頭に置いて動くのがいいと思う」
「つまり、仲間を守る役目ってことです。最年長で部長の風先輩だから任せられる大事な仕事ですよ」
「むぅ……確かにあたしに向いた役割ね。いいでしょう! お姉さんに任せなさい!」
淡々とした夏凜の説明を陸人が引き継ぐ。風のツボを心得た彼のフォローで、とりあえず風も納得してくれた。
彼女の精霊『犬神』が、釈然としない様子の主人の肩を慰めるように叩く……なんだか人間臭くも見える。
「次に樹……アンタの武器は変わってるからね。基本は中衛で、前後の遊撃を担当してもらうのがいいと思うんだけど……」
「……夏凜さん?」
樹への説明の段になって、少し口ごもる夏凜。あのワイヤーは異質すぎて、従来の戦術に当てはめるのが難しかったのだ。
「樹ちゃん、勇者としての君の強みはなんだか分かる?」
「えっと、強みですか?……うーん」
詰まった夏凜に代わって陸人が問いかける。樹は考えてみたこともなかったのだろう。頭を抱えて俯いてしまう。
「広い範囲にワイヤーを広げられること……1度にたくさんの敵を狙えること、ですか?」
「うん、それがまず1つだね。俺を含めた他の誰も、樹ちゃんほどの広範囲攻撃はできないんだ。それは憶えておいてほしい」
サジタリウスのような数で押してくるタイプの対処には、樹の力が有効だ。加えてもう1つ、陸人が着目した樹の特性がある。
「樹ちゃんの武器には応用性と自由度がある。ワイヤーは長いし、数もあるからね。使い手の樹ちゃん本人にも、これはちょっと考えてほしい点だね」
「応用性と自由度……」
「極端な例だと、仲間を縛って、そのまま振り回すとか。でかい剣を持ってる風先輩なんていいんじゃないかな?」
「おお、いいわねそれ! 剣を構えたあたしを樹がぶん回してバーテックスにぶつける……名付けて『犬吠埼大車輪』! イケるわよこれ」
「えっと、あの……冗談ですよね?」
「俺は冗談のつもりだったけど、風先輩はどうだろうね?」
テンション高く犬吠埼大車輪のイメージトレーニングを始める風。この調子では、いつか本当にやるかもしれない。
「今のはボツとしても。そのまま攻撃や防御に使うなら"ワイヤー"だけど、何かを結ぶなら"紐"。縛るなら"縄"。縫って纏めて、形を作るなら"糸"になる。こういうのは樹ちゃんの発想次第だから、暇な時とか考えてみてくれると嬉しいな」
「紐、縄、糸……例えば、ワイヤーを組み合わせて"網"を作る、とかですか?」
「そうそう、そんな感じ。さすが樹ちゃん、その発想力が大事だよ」
自分の武器を思い描き、恐る恐る回答する樹。陸人に頭を撫でられ、嬉しそうにはにかむその姿は小動物を思わせる。
主人が他人の手でご機嫌になっているのが面白くないのか、樹の頭上に彼女の精霊『木霊』が飛んできた。陸人の手を払うと、満足げに主人の頭の上でポンポンと跳ねている。かなり懐いているようだ。
「じゃあ次に。友奈ちゃんに任せたいのはフィニッシャー……トドメ役だ。爆発力と突破力がある君には、他のみんなが削った敵にデカい一発を打ち込んでもらいたい」
いつの間にか会議の主導権を陸人が握っているが、あまりに手慣れたその口振りに、夏凜も口を挟めなかった。
「トドメ役かぁ……じゃあ御霊を狙うこととかを意識すればいいのかな?」
「バーテックス相手だとそうだね。これまでの戦闘から見て、奴らは御霊にそれぞれのやり方で防備を敷いている。多種多様な対策を突破するには、友奈ちゃんが向いてるよ」
威力に優れる上に無手で戦う分、小回りが利き、手数も少なくない。樹とは違う意味で汎用性があるのが友奈だ。
「それから、友奈ちゃんには性質上、アンノウンの相手をしてもらうことにもなると思う。もちろん手が回るなら俺がやるけど、どうにも連中、いくらでも数がいそうだからね」
「うん。それは私も思った。アンノウンと戦うなら、東郷さんや樹ちゃんよりも私だろうなって」
対バーテックスとしての存在である勇者。その力に、人間大の敵を相手取った白兵戦は想定されていない。それでも勇者から対アンノウン要員を選ぶなら、やはり友奈と夏凜ということになる。
「難点として、君は防御手段が限られてる。特にアンノウン相手に、盾として使える得物がないのは危険だ。間合いも短いし、精霊バリアを破れる敵がいるかもしれない。そこは気をつけてね」
「うん。心配してくれてありがとう、りっくん。バリアに頼り切らないように気をつけるよ」
陸人と友奈がどちらからともなく拳を向ける。そのままゆっくりと拳を合わせ、コツンと音が鳴る。2人だけの"頑張ろう"のサインだ。
合わせたまま微笑み合っていると、お菓子をかじっていた友奈の精霊『牛鬼』が寄ってくる。フヨフヨと拳に近づくと、精霊の小さな手を2人に重ね合わせる。このコンビも仲は良好のようだ。
「夏凜ちゃんは……自分でも分かってると思うけど、切り込み役だね。勇者の中で1番速い君が、敵を振り切って一撃目を叩き込むんだ」
「ま、当然よね。私が一番槍、そのまま決めちゃってもいいけど――」
「それで倒せるようなら構わないけど、絶対に無理はしないでくれ。夏凜ちゃんなら引き際を見誤ることはないだろうけど、焦らなくてもみんないるから。頼ることを忘れないで」
「……分かってるわよ。それと、アンノウンが複数出た時には私も出なくちゃね」
対人の模擬戦も含めた訓練に打ち込んできた夏凜。アギトを除けば最も白兵戦に優れているのは彼女ということになるだろう。
生身での決闘を経て、戦士としての陸人を1番理解している夏凜なら、アギトとの共闘にも支障はない。
『……諸行無常……』
意気込む夏凜の傍で、彼女の精霊『義輝』が言葉を発する。主人曰く、"人語を解する優秀な精霊"とのことだが、陸人にはワードチョイスが独特すぎると苦笑された……夏凜に似合っているかと問われれば肯定するしかないが。
「後は俺だね。基本はアンノウンの相手として……やっぱり、戦況を見て誰かのフォローに回るのがベストかな」
アギトはできることが極端に多い。攻撃力は1番、精霊バリアこそないものの、防御力自体は高い。トルネイダーを使えば空を高速で動ける。フォームチェンジであらゆる敵に対応できる万能性。総じてどの役割でも十全にこなせる能力がある。
「リクは戦い慣れているし、それがいいと思うわ」
「難しいことはよく分からないけど、今言われたことを気にして、みんなで助け合おうってことでいいのかな?」
「だいたいそれで合ってるよ。みんなに共通して言えるのは、攻めるよりも自分の身を優先してほしいってこと。精霊バリアが絶対だとは思えない」
絶対の防御手段。そんな都合の良いものがあるならもっと早く事態は解決していただろう。夏凜が厳しい訓練を通ってくる必要もなかったはずだ。
現にこれまでの戦い、傷こそ負っていないが、勇者たちは吹き飛ばされたり痛みを感じたりはしてきた。バリアにも耐久限界はきっとある。ならば攻撃を受けないに越したことはない。
「さて、こんなところでいいかな。一気に詰め込んでも身にならないだろうし」
この日の会議は終わった。陸人の年齢不相応に熟成された戦術眼に疑問を持った者。チンプンカンプンだった者。有意義な時間だったと満足げな者。反応は様々だが、らしくないシリアスな空気は霧散し、いつもの勇者部の雰囲気が部室に戻ってきた。
「陸人、ちょっと……」
「夏凜ちゃん?」
連れ立って部室を出た陸人と夏凜。姦しく雑談に耽る部員たちをよそに、緊迫した表情のままに夏凜が口を開く。
「連絡がつかない?」
「ええ。兄に連絡なんて、これまでほとんどしたことなかったけど。ちゃんと連絡先は確認したし、両親からの連絡にはちゃんと返事が来てるらしいのよ」
「……ってことは、夏凜ちゃんの連絡だけが遮断されている?」
「考えたくないけど、そうかもしれない。下手に親を巻き込むと余計に警戒がキツくなりそうだったから、何も教えてないんだけど……」
夏凜も大社の秘密主義は承知していたし、この頃の本部筋が怪しいとは思っていたが、ここまでくると恐怖すら感じる。何せ彼女は大社が用意した部屋に、大社が用意した資金で生活しているのだから。
「どうする? もし本当に大社が私の個人メールまで監視してるとしたら、アンタの話も現実味を感じられると私は思うけど」
「そう、だね……ここは――」
「おーい! 2人とも、今日の依頼始めるわよー」
「……依頼? 今日は何もなかったんじゃ……」
「樹の歌のテスト! パスするために対策考えるの、いいから来なさい」
(……また今度話そう)
(そうね……)
陸人たちは話を切り上げ、部室に戻る。この時の彼らには油断があった。きっとまだ時間に余裕はあるはずだ、と。何の根拠もないのに。
樹の悩みは近々行われる歌のテスト。人前では緊張して上手く歌えないことだった。
「んー、でも樹ちゃん、お風呂場では上手に歌ってなかった?」
「えっ……」
「……あ……」
失言に気づき顔が引きつる陸人。全員の視線が彼に集中し、部室が沈黙に包まれる。
「な、なんで知ってるんですか⁉︎」
「えーっと……そ、そう! 前に風先輩に聞いたんだよ、樹ちゃんは誰も聞いてない場所ではすごく上手だって!」
「そ、そんなこと話したの、お姉ちゃん?」
「え? あー、どうだったかしら? 言ったような言わなかったような……」
(風先輩、すみません……)
「と、とにかく、樹ちゃんは歌自体は上手いんだから、緊張しない方法を探すのがいいんじゃないかな?」
なんとかやり過ごし、話題を変える陸人。そのままカラオケに向かうことに。
結局カラオケでは樹の緊張は克服できず、次の日も勇者部は各々のやり方で緊張緩和の方法を探っている。
「サプリ……お菓子……α波……うーん、どれもイマイチだね」
なんだか変なのが混じっている気もするが、各員が真面目に考えた結果、どれ1つとして成果は上がらなかった。
「樹ちゃん、手を出してくれる?」
「陸人さん?」
「昨日調べた付け焼き刃だけど、緊張をほぐすツボってのを覚えたから、ちょっとやってみるね」
樹の手を握り、ゆっくり揉むように刺激する陸人。ネットや本を漁った浅い知識だが、それなりに様になって見える。
「……よし、こんなもんかな」
「あ、ありがとうございます」
「樹ちゃん、緊張っていうのは究極的には自分の意識でどうにかするものだ。ゲンを担いだり、何かに祈ったりするのはあくまでメソッドなんだ。それらを通じて自分は大丈夫って思うこと。これが必要になる」
「そう、ですよね。分かってはいるんです」
「そうだなぁ……勇者として戦うのと比べたら、歌のテストなんて楽勝だと思わない?」
「それは……そうですね」
「そんな感じで、軽く考えられればこっちのもんだよ。樹ちゃんなら緊張さえしなければ絶対に上手くいく。お姉さんや俺たちの言葉を信じてみて、ね?」
言いたいことは言えたのか、陸人は先ほどのツボを1人でも実践できるようにレクチャーを始める。樹はほんの少しだけ、気が楽になったのを感じた。それはツボの効果なのか、陸人の言葉が効いたのか……
来たる歌のテスト、樹の番。壇上に上がった彼女が歌詞カードを開くと、樹に向けたメッセージがまとめられたルーズリーフが挟まっていた。
"周りの人はみんなカボチャ 東郷"
"テストが終わったら、打ち上げでケーキ食べに行こう 友奈"
"怪物にだって立ち向かえる君の勇気は本物だから、自分を信じて 陸人"
"気合よ"
"周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから 風"
(……みんな、私のことを……)
大切な仲間からのメッセージ。大好きな姉からのエール。これだけあれば、樹はもう何も怖くない。さっきまで感じていた空気の重たさは何処かへと消えてしまった。
(私は、歌が好き……お姉ちゃんが褒めてくれた、私の歌が――!)
迷いのなくなった樹の歌は、その場にいた全ての人を感動させ、見事にテストを突破した。
樹のテスト終了祝いも終えた数日後、その日の依頼を完了した勇者部は部室でのんびりと過ごしていた。そこにいるのは5人。樹はこの日部活に顔を出さなかった。
「今日は樹ちゃんどうしたんですか?」
「なーんか用事があるんだって。最近ちょっと変なのよあの子。何か調べ物してたり、急にパソコン持って出かけたり……」
「珍しいですね。樹ちゃんが風先輩にも何も言わないなんて」
「そうなのよねー。まさか、急に姉離れを志したとか⁉︎ ダメよそんなの、樹にはまだ早いわ!」
勝手に想像して1人慌てている風に、夏凜が冷めた視線を向ける。
「何を1人で大騒ぎしてるんだか……アンタの方が先に妹離れした方がいいんじゃない?」
「なにおー⁉︎ 夏凜にはこの複雑なお姉ちゃん心は分かんないわよ!」
「別に分かんなくていいわよ、そんな面倒なもの……」
「まあまあ、もしかしたら新しい趣味とか目標なんかが見つかったのかもしれませんよ。樹ちゃんなら自分で納得できるところまでいったら教えてくれるんじゃないですか?」
「ふーむ……確かにそういうことならあんまり干渉しすぎるのもアレか……」
テンションが迷子になってきた風を宥める陸人。とりあえず見守るという結論に落ち着いてくれたようだ。
「――っ‼︎ これは……!」
「……リク?」
「アンノウンだ……それに」
日常を打ち破る不穏な気配に思わず立ち上がる陸人。彼の言葉を遮るように鳴り響く樹海化警報。レーダーにはかつてない数の敵性反応。これまでとは規模がまるで違う、本当の戦いが始まる。
「……ここからが本番ってわけだ」
「樹にも連絡しないと……すぐに合流、と……」
「すごい数。でもここを凌げば……」
「うん! みんなで頑張って、勝って終わろう!」
(この気配はなんだ……アンノウンとは、少し違う?)
光に呑まれる勇者達。その中で陸人は1人、慣れない気配を宿したナニカが、どうしても引っかかっていた。
樹海に飛び込むその一瞬、静寂の中で嫌にはっきりと聞こえた――
(……水……?)
水滴が落ちる音が、陸人の耳に強烈に残って離れなかった。
樹ちゃんのストーリーは、原作が完璧に出来上がってたのでうまく挟み込めず、ほぼそのままになってしまいました……
戦略面はゆゆゆいを参考にでっち上げてます。この作品ではこうなんだと思っていただければ良いかなと。
次回、大軍勢と共にヤツが登場!
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに