A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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たまには不穏な空気ナシで行こうかなと思います……無理かな。



夏と海と男と女

 夏のとある日、勇者部の6人は大社の手配で慰安旅行に来ていた。学生には不似合いな高級旅館。すぐそばには美しい大海原。最高のロケーションに、少女たちのテンションは上がりまくりだ。

 

「青い空、白い雲……と来たら、やっぱ海よね〜」

 

 "天気もいいし、最高だね!"

 

「大社も太っ腹だねー、こんな良いところに行かせてくれるなんて」

 

「確かに……海水浴用の車椅子まで用意してくれるとは思わなかったわ」

 

(なんだからしくないわね。純粋な善意なんてものが、今の大社にあるのかしら……後で陸人とも話しておいたほうがいいかも)

 

 大社の裏の顔を知る夏凜は、不気味なほど丁重な扱いに違和感を感じてしまう。杖では砂浜は苦しいということで美森と同じ海仕様の車椅子に腰を下ろしている彼女は、ここにいない仲間を探して周りを見渡す。

 

「あれ? 陸人いないわね」

 

「あっちで釣りをしてくるって言ってたよ。竿のレンタルもあるみたい。私もやってみようかなー」

 

「釣り? ホント多趣味ねアイツ」

 

「どうかしら? 私もリクから釣りの話なんて聞いたことないけど」

 

 "陸人さん、やったことない釣りに1人で行ったってことですか? どうしてでしょう?"

 

「あー、なるほど……そりゃアレよ。さすがの陸人といえども、これだけの美女が揃って水着なんだから気恥ずかしくもなるわ」

 

 訳知り顔で頷く風。彼女を含め、勇者部の5人は各々が自分で選んだ水着を着て海にいる。それぞれの個性が出た水着姿は、一般的な年頃の男子には刺激が強い光景だろう。

 

「うーん、りっくんがそういうの気にするかなぁ?」

 

「どうかしらね。いつも余裕そうな顔してる印象だけど……確かに焦ってたりしたら面白いわね」

 

 "東郷先輩と一緒に暮らしている陸人さんなら慣れてそうですけど"

 

「でも、リクはお風呂上がりとか寝起きとか……そういう姿は見ないようにいつも気を遣ってくれてるわ。私の服にも極力触らないし、水着姿なんて見せるのはこれが初めてね」

 

 性差を意識していないように振舞ってはいるが、その実相手に嫌な思いをさせないことを第一に考える陸人だ。四六時中と言ってもいいほど一緒にいる美森でさえも、彼にここまで肌を見せるのは初めてだったりする。

 

「そんじゃ、遊ぶ前に陸人に見せてきましょうか。せっかく一緒に来てるのに何も言われないのは嫌でしょ? 東郷も友奈も」

 

「はい……ってあれ? なんで私達だけ名指しされたんですか?」

 

「まあいいからいいから、釣りってことは防波堤の方かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(結局来ちゃったな。俺はいいって言ったのに)

 

 水着にパーカーを羽織ったラフな格好に着替えた陸人は、仲間を避けて1人で釣竿を握っていた。彼女達の予想通り、陸人は水着の少女達に囲まれるのが気まずくて逃げ出したのだ。

 

(こういう旅行は男女比が重要になるんだから。俺1人のせいで手間も金も余計にかかるんだし)

 

 旅行の話が出た時点で、陸人は不参加を表明していた。大社の手配ではあるが、陸人1人のための別部屋には余計な料金が必要になる。

 ゆったり過ごそうという目的の慰安旅行で男子が一緒にいれば、いくら見知った仲間でもどうしたって気を遣わなければならない場面が出てくる。

 お邪魔虫抜きで女子同士のんびりしてほしいと伝えた結果、5人の機嫌は急降下した。仲間外れを認めるような彼女達ではない。大社に話をつけて6人一部屋に変更してしまった。

 

(夜は廊下に出るか……最悪押し入れに入ればいいか)

 

 "お邪魔虫"なんていない、ということを証明するためらしいが、流石によろしくないだろう。半ば強引に連れてこられた以上仕方ない。

 旅行の間はなるべく気を遣い、健全な距離感を維持することに専念する。そのためにわざわざやったこともない釣りに興じて時間を潰しているのだ。

 最近妙に充電の減りが早いスマホを取り出し、時間を確かめる。そろそろ着替えを終えて遊んでいる頃だろうか。

 探しに来られても見つからないように、事前に調べた穴場スポット、岩場を抜けた先に拓けた砂浜でひっそりと釣り糸を垂らしている。

 

「りっくーん!」

 

 だからこそ、その声は陸人にとって不意打ちだった。

 

「いたいた、ほんとにこんな陰みたいなところに」

「よく分かったわね、東郷」

「うふふ、リクならきっと見つからないような場所にいるだろうなって思って」

 "でもここ、すごく綺麗ですね。人もほとんどいませんし"

 

 結果的に勢揃いしてしまった勇者部。遊びに出る前、真っ先に探しに来てくれたようだ。

 

「みんな……」

 

「リク、もう諦めて一緒に楽しみましょう? あまり気を遣われすぎても寂しいわ」

 

「……参った、降参だ。せっかく来たし、ここでちょっと遊んでいこうか?」

 

「うん! りっくん、私も釣りやってみたいな」

 

「よし、2本借りたからみんなで交代してやろうか」

 

「あ、そうそうその前に……」

 

「風先輩?」

 

「私達のこの格好見た感想は? 1人ずつお願いね」

 

「え〜……」

 

 思わず後ずさるが、5対1では逃げ場がない。誠心誠意言葉を尽くし、全員を満足させるのに10分かかった陸人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉ……美味しい、どれもこれも美味しすぎる!」

 

「なんというか、不釣り合いな高級品口に入れてる気がして怖いね」

 

 "これも勇者のお役目を終えたご褒美なんでしょうか?"

 

 遊び尽くした勇者達は日が暮れる頃宿に戻り、そのまま夕食へ。質も量もとんでもなく豪勢な食卓に圧倒されながらも、各々は慣れない高級御膳を楽しんでいた。

 

「ほら友奈ちゃん。これも食感いいよ、食べてみて」

 

「ありがとうりっくん……う〜ん、食感、のどごし、凄くいい!」

 

 舌が利かない友奈も、別の方向で食事を楽しんでいる。

 

「マナーを守って楽しく食事とは言うけど、食べ慣れないものが並んでるとちょっと困るわよね」

 

「その辺は美森ちゃんを参考にするといいんじゃないですか? 家でも常に綺麗ですから」

 

「……は、恥ずかしいわ、リク……」

 

「……あ、食べ方がって意味だよ?……いや、もちろん美森ちゃん自身も綺麗だとは思うけど!」

 

 言葉足らずで美森を赤面させてしまった陸人。慌てて訂正するが、一度滑った口は止まることなく余計なことばかり飛び出していく。

 

「……コホン、まあとりあえず見知った仲間しかいないわけだし、不快に思わない程度であればマナーは重視しなくてもいいんじゃないかな?」

 

「はーい、分かったよお父さん!」

 

「……お父さん?」

 

「私としてはもう少し厳しく躾けてあげてほしいわ、ねえアナタ?」

 

「あ、あなたぁ?」

 

 なぜか唐突に始まった家族ごっこ。陸人が父、美森が母、友奈が娘らしい。

 

「お父さん、お椀が空いてるよー」

 

「あら、お代わりいる? アナタはよく食べるから大盛りね」

 

「え、あ、うん……お願いします」

 

「お父さん言葉遣い変なのー」

 

「そうね、アナタは家長なんだから、もっとどっしり話してくださいな」

 

「えぇぇ……じゃあよろしく。美森、友奈も」

 

 旅行の楽しさにあてられたのか、友奈と美森のテンションがいつもより若干高い。戯れてくる2人に困惑しながらも付き合う陸人。

 

「相変わらずすごいわね、あの3人」

 

 "距離感に遠慮がないですよね"

 

「あれで友達だ家族だって言うんだから分かんないわよね、この子達」

 

 卓の向かいから陸人達の寸劇を眺めていた風、樹、夏凜。自他共に認める強い絆で結ばれた仲間ではあるが、あの3人と自分たちの間には、割り込めない何かがあると理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、旅館の温泉を満喫した一行。存分に楽しんで部屋に戻ると、先に戻っているはずの黒一点の姿がないことに気づく。

 

「あれー? 陸人のヤツ、またなの?」

 

「ロビーとかじゃないかな? お土産屋さん見てるとか」

 

「いえ、部屋の中にいるはずよ……ね、リク?」

 

 すべてお見通しといった余裕の態度で部屋の奥に入っていく美森が、勢いよく押入れの襖を開く。

 

「……びっくりした。よく分かったね、美森ちゃん」

 

「ふふ、前に言ったでしょ? あなたのことならなんでも分かるって」

 

 押入れの上の段に布団を敷いて横になっていた陸人。どうにか女子達の寝床から扉1つ隔てて寝ようとした彼だったが、ジトっとした翠眼の圧に負けてしまった。

 

「あーあー、陸人ってばまだ気にしてたのね」

 

 "陸人さんなら大丈夫ですから、一緒の部屋でのびのび寝ましょう"

 

「らしくないわよ。誰もアンタがやましいことするなんて思ってないんだから」

 

「……分かったよ、それじゃ俺の布団はこの辺に――」

 

「じゃあ逃げようとした罰ってことで、りっくんは真ん中! 私と東郷さんの間ね」

 

「友奈ちゃぁん……」

 

「ふふっ、それがいいわ。リク、観念なさい」

 

 無邪気に逃げ場を封殺してくる友奈と、圧のある笑顔で追い詰めてくる美森。最後の最後まで、陸人には逃げ場が存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……変な時間に起きちゃった。枕が違うからかな?)

 

 一頻り騒いでから就寝した勇者達。全員が寝入ってから数時間後、普段は寝起きが悪い友奈だったが、この日は珍しくパッチリと目が覚めた。まだ時刻は早朝と言ってもいい。仲間達の様子を見渡し……

 

(あれ? りっくんと東郷さんがいない。靴がないってことは外に出たのかな?)

 

 空が少しずつ明るくなってきた時分、まだ人も物も動いてはいないだろう。だとすれば、あの2人が行きそうなところは1つ。

 

(そーっと、そーっと……)

 

 仲間を起こさないように、友奈はひっそりと部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何度もごめんなさい、リク。私ももっと強くならないとね」

 

「いいさ、不安になるのも仕方ない。1人くらいは心配性な人がいる方が集団ってのはうまくいくものだしね。俺で良ければいつでも話を聞くよ」

 

 2人は海岸に出ていた。ふと現状の恐怖がぶり返して目が冴えてしまった美森を気遣って、陸人が連れてきたのだ。せっかくの機会、水平線から昇る朝日を見て気持ちも晴らそうと考えた。

 

「ほら、もうすぐ日の出だよ――」

「東郷さ〜ん! りっく〜ん!」

 

「あら、友奈ちゃん?」

 

 海を見つめる2人の背中に、聞きなれた声が飛んでくる。砂浜を全力疾走してくる友奈。足場が悪く、その足元は不安定で危なっかしい。

 

「ぁわっ!」

「――っと、大丈夫?」

 

 友奈が体勢を崩し転倒する直前、恐ろしい加速力で走り寄った陸人がその身体を支える。一瞬前まで隣にいたはずの少年の速度に、美森は驚愕と違和感を覚えた。

 

(リク……最近ますます人並み外れてきてる。そもそもあんな傷が1日で治るなんてあり得ない。昔からすごい子ではあったけど)

 

 それでもここまで人外じみてはいなかった。そして何よりおかしいのは、陸人自身がそのことに疑問を持っていないこと。

 

(アギト……考えてみれば、私たちもリク本人ですら、あの力については何も知らない。アレの本質が良いものが悪いものかも……)

 

 美森の心配の種はいくらでもある。治る気配がない身体の異変。今後の敵の動向。そして陸人の異常。その度に陸人に励まされ、自分を誤魔化しながら日々を過ごしている。

 

「あっ、ほら2人とも。日の出だよ!」

 

「おおっ! すごいキレイ……これを見にきてたんだね」

 

「ええ、本当に綺麗ね」

 

 美森は自分の行いが現実逃避に過ぎないことを理解している。陸人もそんな彼女の心境は分かっているだろう。

 それでも、昇る太陽に負けないくらいに明るく笑う友奈を見ていると、そんな不安もどこかに行ってしまうような、確かな希望を持つことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰安旅行から帰った数日後、いつも通り部室で依頼に励む勇者達。

 

「あ、そうそう。みんなにプレゼントがあるんだ」

 

「プレゼント? お土産なら一緒に見たわよね」

 

「買ったものじゃないんだ。これなんだけど」

 

 そう言って陸人が取り出したのは、美しい貝殻のストラップ。それぞれ違う色の麻ひもとビーズで彩られた5個の手作り品が机上に並べられる。

 

「これ、もしかして……」

 

「ああ、この前の海で拾ったんだ。綺麗な場所だったよね。いい貝殻もたくさんあって」

 

 拾ってきた貝殻を洗い、穴を開け、装飾してストラップにした。陸人はどちらかというと買ったものより自分で作ったものを人に贈ることを好んでいた。

 

「紐がピンクのやつが友奈ちゃん。赤が夏凜ちゃん。黄色が風先輩で、緑が樹ちゃん……で、青が美森ちゃんの分ね」

 

「わぁぁ……すっごい可愛い! ありがとうりっくん」

 

「ふーん、まぁ悪くないんじゃない?……ありがと……」

 

「あんたもホント器用よね。あんがと、鍵にでもつけようかしら」

 

 "ありがとうございます、陸人さん。私はカバンにつけようかなぁ"

 

「あなたがくれるものはいつも素敵ね、リク。部屋に飾らせてもらうわ」

 

「うん、好きなところに置いてほしいな。一応俺の分もあるんだよ」

 

 陸人はペンケースを取り出す。そこには同じデザインのストラップが、白い紐で結ばれていた。

 

「じゃあこれは勇者部のお揃いってことだね」

 

「うん。あの日の記念ってことで。これでいつでも思い出せるでしょ?」

 

「あ……」

 

 陸人は直接言わなかったが、美森はその真意に気づいた。自分や陸人の境遇から、思い出というものにこだわる美森。このプレゼントは彼女のために旅行の思い出を形にしたものだ。全員が同じものを持っていれば、それを共有できる。

 

「ありがとう、リク……」

 

「うん。お金も手間も大してかかってない、簡単なものだけどね」

 

「そんなことない……凄く嬉しいわ。大切にする」

 

 美森が全てに対して感謝を伝えても、陸人は気づかないふりで受け流す。いつもそうだ。それでも美森は陸人への感謝を忘れないし、陸人もちゃんと心で受け取っている。それが2人の関係性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の帰り道、用事が重なって珍しく1人で歩いていた陸人。彼の第六感に、久しぶりの衝撃が飛び込んでくる。

 

(これは……アンノウンか。やっぱり、まだ……!)

 

 踵を返して走り出す陸人。誰かに危害が及ぶ前に。仲間がそれを見つける前に。迅速に無駄なく、アギトは異形を殲滅しに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これって……!」

 

 帰宅した風の眼前に現れた精霊、犬神。餌付けをしたりとうまく信頼関係を築けていた相棒は、以前と変わらない距離感で顔にすり寄ってくる。

 

「犬神……久しぶりね。この感触、変わらない。でもどうして……」

 

 再開できた喜びも束の間、卓上に並べられた5個の端末。入院した際に大社に預けたコレが返ってきた。そして変わらず端末には精霊が宿っている。このことから導き出せる結論は……

 

 

 

 

 

 

 

(今日はコレで打ち止めか。手早く済んで良かった……けど……)

 

 新たな力を使うまでもなく、単独でさまよっていたアンノウンを即座に撃破したアギト。変身を解除して思考に耽る。薄々予感していたが、コレで確定した。陸人や美森の不安は、杞憂ではなかったのだ。

 

 

 

「戦いはまだ……」

 

「終わってなかった……」

 

 事実を目の当たりにして、覚悟を新たにする2人。しかし本当の現実は、そんな2人の想像を大きく凌駕する、最悪の展開に進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も原作をなぞるような形になり、ちょっと味気なかったかも。不穏オブ不穏! やはり私には完全平和ストーリーは不可能なようです……

最後の方、分かりにくかったかもしれませんが、陸人くん→風先輩→陸人くん→2人視点っていう流れです。ラストのセリフはよくある離れた場所の2人が画面を分割して同時に喋る演出を想像してもらえると良いかと。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに。


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