A New Hero. A Next Legend   作:二人で一人の探偵

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ゆゆゆを語る上で欠かせない鬱展開。ですが作者はその辺の耐性があまりないので、出来るだけ短くまとめたいと思います(じゃあなんでこの作品描いてんだって話ですが)




歪みの始まり

 残酷な現実を知った翌日、陸人は風と夏凜を東郷家に呼び出した。樹を呼ばなかったのは、樹本人というよりも風に配慮した結果だ。彼女にとって何より大切で守りたいもの。その妹にどう伝えるかは、姉本人に任せるべきだと考えた。

 

「先代勇者、散華……あたし、そんなの聞いてないわよ……樹、樹は……」

 

「私もそうね。身内を騙すような真似してまで秩序を守りたいわけだ、大社は」

 

 満開の後遺症、治らない身体の欠損。樹はもう2度と声を出せない。それを知った風の憔悴ぶりは見ていられないほどだ。自らも左目の視力を失いながらも口にするのは妹のことばかり。こんな時にも風は姉だった。

 反対に夏凜はどこかサバサバしていた。前々から満開の危険性について考えていたこともあり、絶望や脱力感よりも先に、これほどの大事を隠していた大社への怒りが湧いてきている。いくら大恩ある所属組織といえど、今回の件は常軌を逸している。

 

「彼女が言っていた "勇者は死なない "という言葉の意味。考えてみましたが、おそらく精霊の存在なのではないかと」

 

「精霊が……?」

 

「彼らは非戦闘時にも行動できる。利便性を求めただけといえばそれまでですが、もしかしたら……日常での危険に対しても防護しているのかもしれません。流石に試すのは止められたけれど……」

 

「当たり前だよ。次危ないことしたらビンタくらいは覚悟しなよ?」

 

 美森は精霊の機能、 "勇者を何があっても生き残らせる力 "を検証したいと考えた。しかし、美森のすぐそばで彼女の心境を気にかけていた陸人が即座に阻止。自殺まがいの自傷実験を間一髪で食い止め、珍しく美森の方が延々と説教を受けることとなった。

 結果としてそれまでの捨て鉢な考えはなくなったが、依然として不安は消えていない。毎日のように元気付けてくれる陸人と友奈のおかげでなんとか踏みとどまっているのが美森の現状だ。

 

「どうすれば……治る方法は、何かないの?」

 

 風が藁にもすがる思いで問いかける。妹の声を取り戻したい、今の彼女はそれしか考えられなかった。

 

「彼女たちの様子を見る限り、難しいと思います。ですが、大社にも他に俺たちに協力的な人はきっといるはずです。希望を捨てないでください……風先輩」

 

「……どんな怪我してもすぐ治っちゃうアンタと違って、こっちは以前と同じ生活ができるかどうかの瀬戸際なの。

 アギトって便利よね、満開も散華もないんだから。アンタが全部――」

「風先輩!」

 

「……ぁ……」

 

 今、美森が止めなければなんと言っていたのか。

 いつもの彼女らしくない、八つ当たりのような言葉。陸人本人は気にもしていないが、風は自分の口から飛び出した言葉に、自分で驚いていた。

 

「風先輩は疲れてるんですよ。しばらく休んでください……今日のこと、樹ちゃんに伝えるかどうか、どう話すかは先輩にお任せします。俺たちからは話しませんから。ゆっくり考えてください」

 

 あくまで優しく語りかける陸人。自分が情けなくなった風は、返事もそこそこに部屋を出て行った。

 

(さっきの一瞬、風先輩に見えたあの影は……見間違い? 他のみんなは見えてないみたいだし……)

 

 風の語調がキツくなった瞬間、彼女の体を覆うように見えた()()()()()()()()。不吉なものを感じた美森だったが、彼女自身平時の精神状態を維持できていない自覚はある。気のせいだと判断して思考から振り払った。

 

「風、重症ね。あんなこと言うなんて……」

 

「夏凜ちゃんは大丈夫? もう足が……」

 

「こうなった時にもしかして、くらいには考えてたことだからね。勇者になった時点で死ぬかもしれないと覚悟は決めてたし。私のことは気にしなくていいわ。それよりも、問題はトーシロのアンタ達よ」

 

「うん。私は大丈夫……ご飯の味が分からないのは辛いけど、でも普段身体動かす分には不自由ないんだし……それに、これで私達は世界を守れたんだもん」

 

「私も、今はもうこっちがいくら考えても仕方ないからね。それよりもこれからのことよ」

 

 友奈は表情に多少翳りがあるものの、ちゃんと笑えている。現実を受け入れて、それでも大事なものを見失わない。真なる勇者の魂を、彼女はその身に宿している。

 美森もまた、そんな友奈と陸人に支えられて前を向いている……後ろを振り返りたくない、と言うのが正しいのかもしれないが。

 

「これから……アンノウンのことね」

 

「今後は俺が中心になって対処する。もうみんなは戦うべきじゃない。もともと少し前までは1人で動いてたんだ。問題ないよ」

 

 陸人が強い口調で断言する。風の言葉通り、アギトはバリアがない代わりに戦うことで不都合が起きることはない。美森や友奈は何か言いたげだったが、彼の意思を揺るがす言葉を持たず、閉口したままだ。

 

(こうは言うけど、陸人のことだから1人で無茶するんでしょうね)

 

「夏凜ちゃん?」

 

「一応了承しとくけど、私は大社の所属でもあるからね。情報が入れば動くわよ」

 

「……分かった。本当にどうしようもなくなったら、頼らせてもらうよ」

「夏凜ちゃんは、やっぱりまだ大社として動くの?」

 

 美森が気遣わしげな眼で尋ねる。彼女の中で大社への信用度は底を割ってしまっている。そんな組織に友人が残るというのは、どうしても心配してしまう。

 

「ま、ほとほと呆れてるのは確かだけどね。家柄込みでズブズブなのよ。私も、私の家族もね……そう簡単には抜けられないわ」

 

「そっか……」

 

「でも……」

 

 見るからに落ち込んでいる友奈と美森の表情に我慢できず、夏凜は胸の内を明かす。いつの間にか、彼女の中で1番大切なものが入れ替わっていることを初めて自覚した。

 

「でも、私はアンタたちを優先するから。何を言われても、どんな状況でも、勇者部の1人として動く。約束するわ……アンタたちは私の……その、友達だから……」

 

「夏凜ちゃん……」

 

「……そう言ってくれて嬉しいわ」

 

「ああ、頼りにしてるよ。切り込み隊長?」

 

「……ふんっ、任せなさい。変身しようがしまいが、私が完成型勇者だってことに変わりはないんだから」

 

 真っ赤な顔を隠すことなく、胸を張って宣言する。片足が使えなくなった程度で、完成型勇者は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふん、そんなことがあったんだ〜」

 

「ああ、あの時は大変だったよ。美森ちゃんは一度スイッチが入るとね……」

 

「分かる分かる。須美ってばお上品な雰囲気出してる割には猪突猛進なとこあるよな」

 

 大社本部、最奥に位置する一室。社とも病室とも取れる異質な雰囲気が漂う室内で、3人の子供がこれといって中身のない思い出話に興じていた。

 陸人から銀に連絡を入れ、園子の強権で訪問許可を取った会談の場。前回とは打って変わって和やかに談笑している。銀も仮面を外し素を見せているし、陸人も園子も意識的に緩い雰囲気で会話を続けている。

 園子の境遇を知った陸人が放っておけるはずもなく、借りた羽織や手作りのお菓子などを持ち寄って遊びに来ていた。陸人もずっと会いたいと願っていた少女との逢瀬。状況は状況だが、彼自身無自覚に気持ちが浮ついている部分もあるのかもしれない。

 

 この3人が揃って話すとやはり内容は東郷美森=鷲尾須美について。実際にお互いの思い出に残る彼女について語ると、変わった点と変わらない点があるようだ。

 

「いや〜、須美が男子といるってのも想像しにくいけど……」

 

「でも楽しくやってるんだね〜。だいぶ柔らかくなったみたいだし、それもりくちーのおかげ〜」

 

「どうかな? 俺としては友奈ちゃんの影響が大きいんだと思うけど」

 

「友奈ちゃんか〜、あの子にもまた会いたいね〜」

 

「確かに。陸人とあの子が一緒にいてくれるならって、アタシも園子も安心してたんだ」

 

 ベッドに身を預ける園子と、椅子を並べて隣に座る陸人と銀。付き合いと呼べるものはほとんどない彼らだが、驚くほど馴染んで話せている。陸人の人徳と相性の良さが見て取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……こんなに楽しいのは久しぶりかも。ね、ミノさん?」

 

「そうだな。園子以外の誰かとこんなに話すこともここ2年なかったしな」

 

「今すぐ現状を打開することは俺にはできないけど。少しでも楽しめてたなら良かった。俺も嬉しいよ……特に何度もニアミスしてきた園子ちゃんとは、ずっと会いたいと思ってたんだ」

 

 大胆な告白に何も言えなくなる園子。枕を持ち上げて隠したその顔は、夕日よりも赤く染まっていた。

 

「……もう何度も思ってたけど……陸人、すごいなお前」

 

「何が?」

 

「いや、なんでもない」

(こりゃ大変だ……園子も須美も)

 

 しかも無自覚。厄介な相手と出会ってしまった親友達の心境を思うと、銀は思わず頭を抱えたくなる。

 そんな彼女は、色恋方面に想いを馳せたことで思い出してしまったらしく、園子のベッドの向かいに閉じられているカーテンを見つめる。

 

「……聞いていいかな? あのカーテン、誰がいるの?」

 

 銀の様子を見た陸人が尋ねる。陸人の優れた感覚は、カーテンの向こうに人の気配を捉えていた。まるで動きがないので、眠っているのは予想がついたが、部屋に入った時から気になってはいたのだ。

 

「ミノさん……」

 

「大丈夫。陸人には本当のことを話すって決めただろ。アイツのことも、無関係じゃないさ」

 

 気遣わしげな園子と、そんな主の頭を撫でて宥める銀。彼女達の、特に銀にとって大きな傷となる誰かがいるのは陸人も理解した。

 銀に伴ってカーテンの奥に入っていく陸人。その中には園子のものと同じベッドと、複数の医療器具が置いてある。

 

「……彼は……?」

 

「篠原鋼也……アタシたちと一緒に戦った仲間なんだ」

 

 ベッドの上で眠るのは、同年代の少年。いくつものチューブに繋がれた痛々しい様相をよそに、穏やかな顔で眠り続けている。

 

「勇者は、女の子しかなれないって聞いたけど」

 

「ああ。だから正確には勇者じゃない。アタシたちも詳しいことは知らないけど、どっちかというとアギトに近い……ギルスって呼ばれてた。すごく強くてさ……アタシたちを守るために戦って、こんな風に寝たきりになっちゃったんだ」

 

 銀が端末にギルスの画像やデータを表示して見せる。陸人から見ても、確かにアギト寄りの力であるのは間違いない。

 

「俺の前にも、同じような力を持った人がいた……」

 

 一切の反応を示さず、浅い呼吸音だけを出して眠り続ける鋼也。自分の知らないところで戦っていた先達への敬意を込めて、彼の毛布をかけ直す陸人。その手が鋼也に触れた瞬間、暖かい何かが2人の間を行き交った。

 

(……! 今のは……?)

 

「陸人、どうかしたか?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

 一瞬の出来事だったので陸人本人も理解できなかったが、悪い感触ではなかったのでひとまず保留することにした。

 

「辛いこと話させちゃったね。教えてくれてありがとう」

 

「ああ。辛いのは辛いけど、アタシたちは信じてるからな。絶対に目を覚まして、また一緒に遊べる日が来るって」

 

「その通り〜。だからしののんの身体はこうして私達のすぐ近くに留めてあるんよ〜」

 

 カーテンを閉じて鋼也のベッドから離れる陸人と銀。先代勇者たちも、自分たちと同様に苦境を超えて今がある。陸人はそれを改めて理解した。

 

 

 

 

 

 

 

「先輩も大変だったんだね。こんな簡単な言葉じゃ、足りないくらいに」

 

「まぁね〜。私もミノさんも今はこんなだし……でも、りくちーにとって私達が先輩か、って言うと実はちょっと違うのかもしれないんだよね〜」

 

「……どういうこと?」

 

「りくちー、自分の過去のこと……知りたい?」

 

「……!」

 

 その言葉に激しく動揺する陸人。もともと園子……スイレンの彼女は自分のことを知っているのでは、とは思っていたが。

 

「んーん。私もりくちーと会ったのはあなたの記憶が抜け落ちる直前に1回だけ……だから直接知ってることはほとんどないの。ただ、教えてもらったんだ〜……神樹様に」

 

「神樹様に……?」

 

 アギト、エルロード、神樹……陸人の過去に関わるキーワードは、どれもこれも規模が大きい。何があればこんな物騒な方向に話が広がるのだろうか。

 

「もちろん私が聞いたことが全てじゃないだろうし、あなたにとっての真実かどうかは分からないけど……教えることはできるよ?」

 

「……教えてくれ。俺は、知らなきゃいけないんだ」

 

 一瞬だけ躊躇した陸人は、悩みを振り払い園子と向き合う。加速する負の連環から友奈や美森、仲間たちを守るためには全てを知らなければならない。

 これ以上状況に振り回されないために、自分の意志で戦う道を選ぶために、ずっと逃げてきた真実と向かい合う覚悟を決めた。

 

 

 

 

「分かったよ〜。あなたの歴史を知るために、まずはこの世界の真実から話すことにするね〜。先代勇者として私達がいるのも知らなかったと思うけど、そもそも勇者っていうのがいつから存在してたと思う?」

 

「それは……分からない。君達が初代ってわけじゃないんだな?」

 

「そ〜なんよ。本当はね、勇者の始まり……世界の終わりが始まったのは300年前、西暦の時代からなんだ」

 

 "西暦"という年号は、歴史の授業でしか聞かない単語だ。それほどに勇者のルーツは深く長いものだった。

 

「その時にバーテックスが世界中を襲った。結果として今ある地域、四国を除いた地球の大部分が壊滅した。人類も9割以上が死亡して文明が滅んだ」

 

「やっぱり、そうだったんだね」

 

「知ってたの?」

 

「詳しくは何も。ただ、前回の戦闘で宇宙に飛んでね。その時に見た地球は、燃えるように真っ赤だった。ウイルスが蔓延しただけならあんなことにはなってないだろ? それと壁の外から来るバーテックスを合わせて考えれば、なんとなく想像はつくよ」

 

 あの時はそれどころではなかったので気に留めなかったが、思い返せば最悪の可能性を考えられるくらいには、燃え盛る地球は異様な光景だった。

 

「うん。なら全部話しても大丈夫だね。バーテックスを遣わした神霊……神樹様と同じ神々の集合体、天の神って呼ばれてる存在が人類殲滅を決めたの。

 壁の外は全て天の神の支配下にある。外では今もバーテックスが作られ続けて、準備が済んだらまたやってくる……勇者の戦いに、終わりはないの」

 

「決して死なない精霊バリア。欠損を伴う満開と、それを補う勇者システム……なるほど、都合のいい時間稼ぎ要因ってわけか。ふざけた話だな……!」

 

 沸き上がる激情を抑えて、冷静に事実を受け止める陸人。半ば予想通りとはいえ、ことごとく最悪の想定をなぞるように明かされる真実には怒りを隠せない。

 

「このことを他のみんなに話すかどうかは、りくちーに任せるよ。私からは伝えないから、あなたが信じるようにしてあげて。きっとそれがみんなにとって1番いいと思うから」

 

「……ありがとう。このことは、慎重に扱わせてもらうね」

 

「ん……それで、ここからが本題なんだけど〜」

 

「こんな深刻で壮大な前置きも、そうそうないだろうな……」

 

 ずっと黙っていた銀がお茶を差し出す。一息つこうという気遣いだ。園子の側付きとしてもう2年。大雑把さが目立った彼女も成長している。

 

「ありがとうミノさん〜…………さて、いよいよりくちーのルーツのお話なんだけど、あなたはそもそも神世紀の人間じゃないんだよ」

 

「……え?」

 

「西暦に生きた世界の英雄……"伍代 陸人"。それがあなたのかつての名前。"クウガ"として戦い続けて全てを捧げた英雄譚(ヒーローサーガ)を、私が知る限りでお話するね〜」

 

 遡ること300年。人として生まれ、戦士として生き、神へと至り現世を離れた。英雄、伍代陸人の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――つぅ、なんなのよもう……!」

 

 家に帰った風は、止まない頭痛に苦しみ、ベッドに身体を投げ出した。満開の真実を聞いてからずっと響く、頭の奥から殴りつけられるような痛み。頭痛と心労に呑まれてひどい暴言を口にしかけたことをずっと気にしている。

 

(なんであんなこと……私達は、覚悟の上で満開した。それは樹だって同じなのに)

 

 風の中の冷静な部分は激情を抑えるように言い聞かせている。それでも内の感情は引くことなく、風の身体を熱くする。

 

(陸人が、最初から全部教えてくれてれば……そもそも、なんで私達がこんな……樹を引き込んだのは、私……?)

 

 怒りを向ける矛先さえ見失い、風の思いは迷走する。見えなくなった左目に触れれば、声を出せなくなり、困ったように笑う妹の顔を思い出す。

 

(……! 電話……?)

 

 錯乱しつつある風は、突如鳴り響いた受話器を取り、平坦な声で対応する。それが彼女が踏みとどまった最後の一線を越えさせる知らせだと、誰も気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今のりくちーの力……アギトについてはよく分からないけど、クウガと関係のある何か、なんじゃないかな〜」

 

 園子の口から語られたひとつ前の自分の歴史。口を挟むことなく聞いていた陸人は、頭を手で押さえて固まっている。よく見ないと分からないくらいに、その手は小さく震えていた。

 

「りくちー、大丈夫?」

 

「おーい、陸人?」

 

 銀が肩に手を置いた瞬間、弾かれたように立ち上がる陸人。その眼は血走り、食いしばった拍子に唇を切って血も流していた。

 

「……ぅ、ぁぁ……ぁぁぁぁああああああっ‼︎」

 

 両手で頭を抱えて咆哮を上げる陸人。脳内に浮かび上がる無数のイメージが、鋭い針となって痛みを与えてくる。本来戻るはずのない記憶が回帰したことで、反動がダメージとなって陸人を襲う。

 

「陸人、落ち着けって陸人!」

「俺は……俺は……がぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 狂乱し、のたうちまわる陸人を羽交い締めにする銀。陸人はいつも超人的な膂力を意識的に加減しているが、そのリミッターも効かなくなっているらしい。鍛えている銀を振り払い、部屋に備えられた神具まで壊し始めた。

 

「りくちー」

 

 破壊的な腕力を振りかざす陸人の前に、立つのも覚束ない有様の園子が歩み寄る。無防備な笑顔に、狂気の拳が迫り――

 

「ダメだよ〜。あなたの手は誰かの手を掴んで、その誰かを守るためのものでしょ?」

 

 その拳は、一切力がこもっていない小さな両手に包まれて止まる。慈しむように拳を包み込んだ園子は両腕を広げて、固まった陸人の身体を抱きしめる。

 

「ごめんね。嫌なこと、思い出しちゃったんだね……大丈夫、ここにはあなたを苦しめるものは何もないから。あなたはここで、ゆっくり休んでいいから……落ち着いて、戻ってきて、りくちー……」

 

 柔らかい声に導かれ、陸人は両目を閉じて脱力する。園子にもたれるようにして眠りに就く。記憶のフラッシュバックで混濁した脳を整理するために一時的に意識を手放した。

 

「すっげ……相変わらず園子は私にできないことをやってのけるよなぁ」

 

「えへへ〜……ところでミノさん、手を貸してくれる? りくちーを支えるの、ちょっとキツイ……!」

 

「わわっ、ごめんごめん!」

 

 騒ぎを聞きつけた大社職員を追い払い、陸人をベッドに寝かしつける。束の間の安らぎだと分かっていても、園子は陸人に穏やかな時間を与えてあげたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぇ……うおおおっ⁉︎」

 

 1時間ほど経過した夕刻。陸人はスイレンの香りに包まれた穏やかな夢から醒めた。起床一番目の前に飛び込んできたのは、園子の寝顔どアップ。夢見心地から一瞬で覚醒した陸人は飛び起きようとして、背中に回された園子の両腕に阻止された。

 

(なんだ、どういう状況だこれは⁉︎)

 

「…………あ、起きた〜? おはよ、りくちー」

 

 あくまでのほほんと、園子が目を覚ました。とろんとした瞳で呑気に挨拶をしてくるが、彼女はこの距離感について思うところはないのだろうか。

 

「……おはよう、園子ちゃん。早速で悪いんだけど、離してくれる? そもそもなんでくっついて寝てたんだ俺たち……」

 

「ん〜? りくちーが寝ちゃって、でもしののんのベッドに寝かせるわけにはいかないでしょ〜? だから私のベッドで一緒にお昼寝〜」

 

「いや、起こしてくれて良かったのに。というか一緒に寝ることないでしょ」

 

「え〜? でも私の服を掴んで離さなかったのはりくちーのほうだよ〜?」

 

「えっ……」

 

 意識を手放しながらも、離れたくないと言わんばかりに園子の服の裾を掴みっぱなしだったらしい。そこで園子は同じベッドで眠ることにした……まあ抱き合うようにして寝ていたのは園子に何かしらの他意があったのかもしれないが。

 

「えっと、ごめん。招いてもらったのに寝ちゃって……あげくこんな迷惑を……」

 

「気にしないで〜。迷惑なんかじゃないよ。りくちーとお昼寝するの気持ち良かったし、またしよ〜」

 

「あはは……機会があればね」

 

「おっ? 起きたか。おはよう園子、陸人も」

 

 タオルと飲み物を取りに行っていた銀が部屋に戻って来る。軽くニヤついているあたり、さっきまでの光景はバッチリ目撃していたらしい。

 

「さっき中央の方覗いてきたんだけどさ、なんかあったらしい。大人達が騒いでたよ」

 

「そっか。今日はもう帰ったほうがいいかもしれないな」

 

 顔を拭き、さっぱりした表情の陸人が帰り支度を始める。やけにアッサリとしたその態度に、さっきの暴走を見た園子と銀は違和感を覚えた。

 

「ねぇ、りくちー。さっきの話だけど――」

 

「さっきの? ああ、壁の外が敵の支配下って話だね。大丈夫、みんなへの伝え方は考えるよ。しばらく様子を見たほうがいいかもな」

 

「「……!」」

 

 目覚めた陸人は、直前に話した彼の過去についての一切を忘れていた。陸人自身が忘れたかったのか、それとも彼の身体に設定された拒否反応か。

 

(園子、これは……)

 

(よく分からないけど〜、口で伝えるだけじゃダメってことなのかも?)

 

 あの苦しみようを見れば、もう一度試すのも躊躇われる。早急に知らせるべきことだけは定着したようであるし、今は様子を見るべきかと判断した。

 

「園子ちゃん、銀ちゃん……どうかした?」

 

「いや、そうだな……須美とかが知ったら暴走しそうだし、気をつけといてくれよ」

 

「うん。りくちーなら分かってるだろうけど、よろしくね〜」

 

「ああ。それじゃ、また来るよ」

 

 別れを告げ、陸人が退室しようとしたその刹那。大社職員がいつもの荘厳とした雰囲気に似合わない焦った様子で部屋に入ってきた。

 

「園子様!」

 

「ん〜? 慌ててどうしたの?」

 

 楽しい時間の余韻をぶち壊された園子がご機嫌斜めな声色で問いかける。職員の方はやはり焦っているらしく、園子の様子にも気付かずに報告する。

 

「現勇者の1人、犬吠埼風が暴走しました。勇者の力を使ってこちらに向かっています。三好夏凜に向かわせましたが、念のため園子様にもご準備をお願いしたく――」

 

 全て言い切る前に、横で聞いていた陸人が職員の胸ぐらを掴んで言葉を中断させる。

 

「どういうことだ! 風先輩が暴走?」

 

「グッ……こちらもまだ状況確認中でして……ですが、武器を構えて本部に攻め込もうとしている模様。なんとしても止めなくては……!」

 

(様子がおかしいとは思ってたけど……!)

「園子ちゃん、銀ちゃん。俺がなんとかするから心配しないで……今日はありがとう!」

 

 早口でそれだけ言って部屋を飛び出す陸人。仲間の窮地を見逃したことを悔いながら全力で走る。

 

(間に合ってくれ……風先輩!)

 

 仲間の強さを信じていた陸人。しかし事態は、予想外の存在の介入で加速度的に悪化していく。

 

 

 

 

 

 

 

 




情報の整理と、不穏フラグ爆発第一弾。まぁここまで読んでくださった方ならお分かりかと思いますが、作者は一つの悲劇を長く引っ張るのは苦手です。しかしまだ二の矢三の矢を用意していますのでお待ちください。

感想、評価等よろしくお願いします。

次回もお楽しみに

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