A New Hero. A Next Legend 作:二人で一人の探偵
「大社を潰してやる! どきなさい夏凜、友奈!」
「落ち着けっての! 気持ちは分かるけど、らしくないわよ風!」
「風先輩! 何があっても、暴力に訴えちゃダメです!」
大社本部に続く道。樹海ではなく、あくまで普通の道端でぶつかり合う勇者達。夕焼けに染まる空を、身体能力が底上げされた3つの人影が飛び交う。
「大社はあたしたちを騙してた! 満開の後遺症は治らない!」
「まだそうと決まったわけじゃないでしょ! 陸人も言ってたじゃない!」
「うるさい! その陸人だって……そうよ、もっと早く教えてくれてたら。あたしはあんたたちを……樹を戦わせたりはしなかった!」
「風、アンタ……」
「風先輩……」
大社や陸人に怒りを向けながらも、1番責めているのは自分自身。両親の復讐という個人的な感情に仲間や妹を巻き込んだ。その軽挙を狂いたくなるほどに後悔し、その絶望と悔恨を分かりやすい報復対象の大社にぶつけようとしている。
「樹の声は……やっと見つけたあの子の夢は……もう絶対に叶わない! あたしが、大社が……この世界が、あの子の夢を潰したんだ!」
犬吠埼家に届いた一本の電話。あれはボーカリストオーディションの合格通知だった。樹が最近内密に動いていた歌手への道。その夢の第一歩を踏み出すことができたのに、肝心の声を失ってしまった。
電話の後、樹のパソコンに残っていた音声を聞き、風の天秤は完全に傾いた。姉への感謝、尊敬、姉と並び立てる自分になりたいという希望……その全てを込めた歌手という夢。ほんの少し前までは続いていたはずの道だった。
――私には大好きなお姉ちゃんがいます――
――本当は私、お姉ちゃんの隣を歩けるようになりたかった――
――私自身の生き方を持ちたい。そのために今、歌手を目指しています――
いつも控えめで、姉の背中に隠れがちだった妹が自分で見出した初めての夢。風は心から嬉しかったし、応援したかった。一緒に一喜一憂して、いつか輝く場で堂々と立つ樹を1番近くで見たかった。
「もう取り返せない……だったらせめて、もう失わないために。勇者なんてものはあたしが潰す! もう誰も戦わなくていいように!」
激情を武器に乗せて振り回す風。加減ができなくなっている彼女の攻撃に対して、受ける側の夏凜と友奈はどうしても本気になれない。防戦一方の2人は、数的優位がありながらどんどん追い立てられ、風の目的地に少しずつ近づいてしまっている。
「こうなったら、多少痛めつけてでも……!」
「で、でも夏凜ちゃん!」
少なくとも対人戦において、5人の勇者の中で最も強いのは間違いなく夏凜だ。本気で戦えば錯乱している今の風を力尽くで沈めるのは難しくはない。
そうしなかったのは、風の心情が理解できるから。許されるなら、風の思うままにしてあげたいと思ってしまったからだ。
(今大社がダメになるのはまずい。世界を守るどころじゃなくなって……!)
完成型勇者としての冷静な思考が告げている。風を倒せ、と。
勇者部の一員としての心が訴えている。仲間と戦いたくない、と。
隣の友奈は懸命に言葉を探しながらギリギリで攻撃を捌いている。彼女の性質的に、間違っても風とまともに戦おうとはしないはずだ。
(私が、やるしか……!)
「友奈ちゃん、夏凜ちゃん!」
覚悟を決めて、新たな刀を形成したところで、背後から声が飛んでくる。大社本部からトルネイダーで飛翔してきた陸人が、夏凜たちと風の間に割って入る。
「……陸人」
「風先輩……」
本部から現れたことで、陸人に対する敵性認識が余計に強まってしまった風。周囲に広がる破壊の痕跡を見て、無言で構える陸人。
(2人は退がってて。俺がなんとかするから)
(りっくん……)
(……やばいと思ったら割り込むからね)
時間稼ぎが精一杯だった友奈と夏凜は、渋々引き退る。目つきがどんどん怪しくなっていく風が、大剣を翻して風を切る。
「あんたも邪魔するわけね? 陸人……」
「あなたに誰かを傷つけさせはしない。それだけです」
「どいつもこいつも……どけって言ってんのよ!」
「――変身‼︎――」
攻撃が届く一瞬前にグランドフォームに変身したアギト。防御も回避もせず、胸部に大剣の一撃を受ける。
「――ッ!……この力は、人に振るうものじゃないでしょ……!」
「うるさいっ!」
続く横薙ぎの一閃をジャンプで躱し、背後に回るアギト。隙だらけなほどに大振りを繰り返す風の連撃を紙一重で回避し、少しずつ本部から引き離していく。
「樹ちゃんは、あなたにそんなことを望んじゃいない!」
「分かってるわよ、そんなこと!」
平らな面を向けた打撃、バッティングのような大振りをあえて受け、跳ね飛ばされる形で戦場を移動させるアギト。風に気づかれないように、かつ自分を狙うように言葉を絶やさず、相手の気を引きながら戦況をコントロールする。
(夏凜ちゃん、アレって……)
(さすが、冷静ね。だけど最終的には風自身をどうにかするしかない……陸人、どうするつもり?)
アギトが選んだ方法は、本人のダメージが蓄積するという致命的な問題がある。いつまでも続けてはいられない。傍から見ている夏凜からすれば、危なっかしくて仕方ない。
(距離はだいぶ稼げた……後は時間か)
「あんた、知ってたんでしょ? 満開は使うな、って陸人が言ったんだものね?」
「……はい。その時は具体的なことは分からず、危険かもしれない程度でしたけど……」
「あんたがもっと正確に警告してくれていたら……! 樹の声は!」
冷静に的確に進めてきた陸人だが、風の言葉に思わず思考が止まる。ずっと後悔していた本心に、その糾弾は突き刺さった。
「……そうです。俺がもっと深刻に捉えていれば、止められたかもしれません」
「なんで……どうしてあの子が……あの子の夢が……!」
風だって本当は分かっている。友奈も美森も夏凜も樹も、風本人も自分で選んだのだ。警告を無視して、全員の日常を守るために選択した先の未来が今だ。少なくとも今更陸人に当たり散らすのは筋が通らない。
それでも何かにぶつからずにはいられない。風にとって1番大切な妹の夢が潰えたこと。その原因の一端が自分にあること。それを認められず、狂気のままに暴れまわっている。
「樹ちゃんのことは、俺に責任があります。だから、その怒りは俺にぶつけてください……!」
そんな風の不安定さをあえて利用し、矛先を自分に誘導するアギト。怒りに染まった大剣を無防備に受け続け、着実にダメージを重ねていく。
「あたしは……あたしはぁぁぁっ‼︎」
「……なんだ、あれは……?」
激昂する風の背中に見える、黒い炎のような影。巫女の適性を持たない者でも捉えられるほどに、今の風は濃く深く染まってしまった。
渾身の突きをまともにくらって、受け身も取れずに吹き飛ばされる。なんとか立ち上がろうとするアギトの視界に落ちる暗い影。風が大きく飛び上がり、詰みの一撃を振りかぶって迫る。
(まずい、足が――!)
「りっくん!」
「陸人!」
出遅れた2人が割り込むよりも早く、誰も認識していなかった勇者が風の前に立ち塞がる。
「なっ、樹⁉︎」
「――っ――」
両腕を広げて陸人の盾になるように立ちはだかる樹。声が出ないまま、必死に想いを伝えようと口を動かす。
そんな妹の姿に、ずっと張り詰めていた風の神経が緩み、黒い影も薄れていく。
しかしタイミングが悪かった。ジャンプして振りかぶってしまった状態では、風の意思ではもう止められない。樹は恐怖に耐え、目を瞑らずに姉を見つめ続けた。
「樹、避けて!」
「……っ!」
大剣が届く刹那、樹の肩に力強い手が置かれる。無理やり体を起こしたアギトが、華奢な身体を庇うように前に出た。
(陸人さん!)
「……大丈夫……」
一瞬でバーニングフォームに変化したアギトが、シャイニングカリバーで頭上から迫る大剣を弾き返す。大剣は力が抜けていた風の手を離れ、誰にも当たらず真上にかちあげられた。
「……アアアアァァァァッ‼︎」
カリバーを持たない左手を握り、その拳が真っ赤に燃える。着地した風の顔面めがけて、炎のストレートが撃ち込まれ――
「――ッ!……ぇ? 陸人……」
「フゥ――、危なかった……」
風の顔のすぐ前で炎が炸裂。爆音と熱風が直撃したが、髪の毛一本燃やすことなく、アギトは拳を目の前で留めた。
「陸人、風……」
「樹ちゃん、大丈夫?」
追いついてきた夏凜たち。友奈の心配に頷いて返す樹の真後ろに、跳ねあげられた大剣が突き刺さる。派手な金属音と共に、風が膝から崩れ落ちる。妹の登場と最後の衝撃を受けて、ひとまず落ち着いたようだ。
「なんでよ……なんで一発も殴り返さないのよ……」
「すみません……」
「なんであんたが謝るのよ……」
「すみません……」
俯いた風の顔は見えないが、彼女は声を出さずに泣いていた。涙の雫がこぼれ落ち、地面に小さく水が溜まる。
「なんでよ……なんでぇ……」
「すみません……」
謝りながら変身を解く陸人。捌き損ねたダメージが蓄積し、額や肩から血が流れている。
「なんで何も悪くないあんたがそんなボロボロで……酷い八つ当たりしたあたしが一発も殴られないのよ……!」
「すみません……でも、そんな顔してる風先輩を殴るなんて、俺にはできませんよ」
いつも通りの顔で微笑んで、何もなかったかのように背を向ける陸人。後のことは妹の樹に任せて、傷を見せないように離れていく。
"陸人さん、ありがとうございます。大丈夫ですか?"
「俺のことは気にしなくていいから。お姉ちゃんのこと、支えてあげて」
走りながら樹に連絡を入れていた陸人。ここまで傷だらけになったのは予定外だったが、おおよそ想定通りに風を抑えることができた。
(こんな時にも冷静に、打算的に……なんなんだろうな、俺って……)
どんな状況でも心の何処かに怖いくらいに落ち着いた部分がある陸人。そんな自分に嫌悪感と恐怖心を抱いていた彼の傷に、そっとハンカチが当てられた。
「りっくん……大丈夫?って聞いても大丈夫って返すだろうから、もう聞きません。傷、見せて?」
「友奈ちゃん……」
「ヒヤヒヤしたわ。アンタのことだから樹のことも呼んでたんだろうけど、もうちょっと自分も大事にしなさいよね」
「夏凜ちゃん……」
手慣れた動きで甲斐甲斐しく手当てをする友奈と、呆れたように肩を叩いて労う夏凜。陸人も力を抜いて座り込む。なんとか被害を出さずに事態を収めることができたのだ。
「私が……勇者部なんて作らなければ……」
"勇者部がなかったら、歌手になりたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当に良かったよ"
「……樹……樹……うぁぁぁぁぁぁ……」
かつて歌のテストの際に勇者部が送った寄せ書き。その用紙の余ったスペースに、樹は自分の素直な気持ちを書いた。妹の本音を聞き届けた風は、妹の小さい身体を力一杯抱きしめて泣き崩れた。溜まっていた淀みを洗い流すように泣き続け、樹はそんな姉の背中を優しくさする。
「良かった……なんて言うべきじゃないのかもしれないけど、なんとかなったわね」
「うん。これ以上誰かが傷つくのはイヤだもん……」
(それでも……このまま戦い続ければ、いずれまた誰かが限界を迎える。根本的な解決策を見つけないと、誰一人救えない……)
バーテックスはこうしている今も増殖を続けている。アンノウンに至っては出自も総数も分かっていない。
この世界の歪みは、迫り来る脅威を打ち倒すだけではどうやっても解決できない。それほど深く重い闇が、世界全てを覆っている。
唯一現れなかった勇者、東郷美森。彼女はどこで何をしていたのか。
(バーテックスは潰えることはない。アンノウンも不明なことが多すぎる。私達の戦いは終わらない。彼女たちのように、まともに生きることさえ困難になるその時まで使い潰されるだけ……)
自室に篭り、一心不乱に何かを書き続ける美森。敵の情報、仲間の現状、勇者システムの詳細に世界の真実。その全てを書き記し、考えられる未来の可能性をシミュレートし、希望のある選択肢は全て不可能と結論が出た。
机の端に置かれた美森の端末。その中には1つだけ、他の誰も持っていないアプリが入っている。美森が自作した盗聴機と発信機の機能を併せ持った秘蔵アプリだ。
仕込みをした対象の端末が起動中、随時録音してそのデータを自分の端末に転送する。もちろん仕込みについては気づかれないようにカモフラージュされている。
家族として非常に距離感が近い美森なら、陸人の端末に仕掛けることも難しくない。現に彼は全く気づいていないし、だからこそこうして重大な秘密を美森に知られてしまったのだ。
(リクはこの時代の人間じゃない。何も悪くないのに人としての生を捨てて、挙句この時代にまで引っ張り込まれた、英雄という名の生贄……私達と同じ犠牲者……)
もちろん美森とて陸人の盗聴データ全てをチェックしているわけではない。アギトという重大な秘密を抱えていた彼への保険として用意し、何か不審な点がある時だけ時間を区切って確認していた。
(そこまでしないともたないほどに……かつての功労者に頼らざるを得ないくらいに、この世界は終わっている。だったら、もう……!)
行き先を告げずに姿を消した陸人に不安を覚えた美森。悪いと思いながらも確認したデータの中に、陸人と世界の真実が秘められていた。逆に言えば、それだけ美森の精神が不安定だったということでもある。
「もういい……みんなの身体を捧げるくらいなら……リクをいつまでも苦しめ続けるくらいなら……!」
美森は筆を動かし続ける。全てを終わらせるためにはどうすればいいか。確実に仲間を解放するための手順を模索し、演算し、想像する。
「友奈ちゃんも、風先輩も、樹ちゃんも、夏凜ちゃんも……もうこれ以上苦しませない……私が、あなたを解放するわ、リク……!」
追い込まれればどんな極端な結論でも爆走する。鷲尾須美でも東郷美森でも変わらない。彼女の長所であり、短所でもある個性だ。
実はちょっとずつ建てていた美森ちゃん盗聴フラグ。気づいた人がいたらすごいと思います。誰にも気づかれない自己満足としてやってたので。
〜東郷美森の徹底監視の日々〜
ゆゆゆ編11話『東郷美森の目が据わる』
――やっぱり盗聴器と発信機は――
ここから始まりました。
15話『恋で愛 特別な人』
――大方、浜辺でぶつかり合って友情を築いたりしてたんじゃないかしら?――
みんなには話していない陸人くんと夏凜ちゃんの事情を一人だけ把握している美森ちゃん。
――先日強請られてスマホを貸した際、美森に設定された彼女用の着信音だ――
この時に仕込まれました。
――少し悩んで、途中まで操作したスマホをしまう美森――
実はこの時、連絡しようとしたのではなく、盗聴アプリでリアルタイムで確認しようとして踏みとどまった、という描写でした。
21話『夏と海と男と女』
――最近妙に充電の減りが早いスマホ――
余計な機能を後付けされたせいです。
――うふふ、リクならきっと見つからないような場所にいるだろうなって思って――
――ふふ、前に言ったでしょ? あなたのことならなんでも分かるって――
この時も仲間に気づかれないようにこっそりと発信機の機能を使っていました。
こんな感じです。自分にしては珍しく、気づかれないくらいひっそりコソコソと罠を張っていました。
やってることは実際犯罪ですが、美森ちゃんは原作でもそれほど変わらないことをやってのけた強者なので、読者の皆様にはおおらかな心で見逃してもらえると嬉しいです。
感想、評価等よろしくお願いします。
次回もお楽しみに