プロローグ : 悪魔の目覚め
騒がしい都会の夜の街に響き渡るのは、アスファルトで舗装された道に打ち付けられる雨の音。
唯一、他の音が聞こえるとすれば、汚れた夜空を映し出す水溜まりを蹴散らす雑音だけだった。
【ターゲットは予定通り路地裏へ逃げ込んだ、“ゼロ”、狙撃の許可を出す。早急に準備に取り掛かれ】
『こちらゼロ、了解した。』
耳に取り付けている小型の通信機から、ノイズ混じりの指令が下される。私はマイクのボタンを押し、雨音に負けるくらい小さな声で応答した。
今、私がいるのは作戦で話し合われ、狙撃場所として採用された中層ビルの屋上だ。本来なら眺めが良いはずだが、今夜は生憎の土砂降りの雨のせいで、夜景は愚か、月すら見えない。
非常に残念であり、憂鬱でもある。
ずぶ濡れになってしまったギターケース___否、ライフルケースから、愛銃のSR-25を取り出し、ターゲットが残り数分で通るであろう路地裏へと銃口を向けつつ、いつでも狙撃を行えるよう準備をする。
その黒の銃身は、大粒の雨に打たれて冷たい音色を奏でていた。
『(___お前だけはいつだって私の友達でいてくれた)』
鈍く光るその身体を撫でる。
孤独だった私にとって、この相棒はいつでも一緒だった。暁さんからの贈り物でもある、鉛の相棒は気付けば既に数年も使い込んでいた。
人を、殺めるために。
『全ては己の正義のためさ、必要な犠牲なんだ』
【ゼロ、狙撃しろ】
私が引き金を引くと共に、通信機に再びAの声が走る。
銃口から空気を裂くように排出されたその弾丸は、
ターゲットの悲鳴と共に命を絶った。
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俺は奴等から必死に逃げていた。
酸素の続く限り走り続け、酸欠になれば涎を無様に撒き散らしながら。
「(畜生、畜生! こんなことになるはずじゃなかったんだ………。
あの手だらけ男の話に乗らなければ全て上手く行ったはずなのに………!)」
白く霞み始めた視界の端に、異様な手を顔に張り付けた青年が現れた気がした。
思えば、全てはかの有名な“オールマイト”を、あの小僧が殺そうと企だてた事から始まったのだ。
憎しみに歯をギシギシと擦り合わせ、必死に振っている拳も怒りが満ち、力が入る。
既に血に染まっている掌に、鮮血が滲み出た。
これから奴等からどう逃げ切るか。
それだけを考え、路地裏から抜け出すために再び角を曲がろうとしたその刹那、
「___ああっ?!」
突如足の自由が奪われ、雨が染みている路地裏の汚い地べたへと放り出される。
顔に跳ね返った泥は、俺の歩んできた人生の様な腐った臭いがした。
「覚悟は決まったか、日下部 直人。
我々は、お前の身元を全て把握している。殺人罪、強盗罪、恐喝罪………。お前の犯した罪は、お前の命の価値と同等だろう。
意味は、分かるな?」
「待ってくれ!! 全て話す!!! あの手だらけの小僧のことも、何だって!
だから命だけは_____」
目の前のその女は、高く掲げた腕をギロチンの如く振り下ろした。
それは、俺の死刑宣告だった。
無様にその死から逃げようと、足をもつれさせながらその女から遠ざかろうと地を這った。
遠くから、銃声が聞こえた。
その音が聞こえた後、何故なのか無音になった。
あんなにも煩かった雨の音も消え、更には感じていたヘドロの臭さも気にならなくなっていた。
「(あぁ、眠い___)」
こうして俺は、静かに瞼を閉じた。
最後に、頭の中に『ごめんなさい』と泣く少女の声が聞こえた気がした。