「……お姉様?」
「んふふー、なぁにフラン?」
朝、私は自室のベッドで眠りに入った。ごく当たり前だが、部屋のドアには特殊な魔法をかけて、鍵をかけたはずだ。
それも、お姉様にも絶対に破られることのない魔法。というか、私にも破れない。解除は出来るが。
それなのに、翌朝、起きるとお姉様が部屋の内部にいて、私と向かい合わせになってて、顔を赤く染めて、添い寝してる訳で。
「……どうやって入ったの?」
「愛の力」
「ふざけんなぁぁぁぁぁ!」
寝起きは確かに嬉しかった。お姉様が私のベッドに進んで入ってきてくれたことが、しかし、私の血を飲んで性的欲求の溜まったお姉様を守るためにも、こうして我慢してお姉様と極力会わないようにしたのに。
(こんな最強の妖怪……どうやって止めるって言うのさ…)
私はお姉様が好きだ。恋愛的にも家族的にも。お姉様と体を合わせると興奮するし、そんな気分にもなる。
今まで私がキスとかを止めなかったのは、お姉様が「本気で止めていなかった」から。
お姉様は本気を出せば、私なんか数秒でコテンパンにされるのに、それをしなかったのは、心のどこかでこんな私を認めていたから。
でも、今のお姉様はそんなこともつゆ知らず、ただ吸血行動によって湧いて出てきた「偽装の性的欲求」を私で満たそうとしているのがバレバレなのだ。
お姉様が迫ってきてくれたからと言って、お姉様を傷つけていい訳では無い。
正攻法でお姉様を私に惚れさせる。
あの日にこいしちゃんとそう約束したし、お姉様も後で絶対悲しむ。だから、今は我慢してお姉様の誘惑に耐える。
「さぁさぁ、フラン? お姉ちゃんと遊びましょう?」
「ご、ごめんねお姉様! 今日はこいしちゃんと約束があるんだった。朝食食べてくるね!」
「あ、待って!」
「な、何?」
「朝食、持ってきたのよ。一緒に食べましょ?」
おい十六夜咲夜。
あんたお姉様と私を引き離すんじゃないのか。どうして一緒にいる時間を増やそうとしている。
「それ、咲夜の?」
「ええ、私がフランと一緒に食べたいと言ったらね? 「どうぞ」って」
「…………」
今のお姉様の顔を見たらわかる。
脅されたんだな。グングニル突きつけられたんだな。ごめんね咲夜。
私は咲夜に心の中で謝罪をして、仕方なくベッドに座る。
「フラン、口開けて?」
「えっ」
「えっ」
「…………食べるの?」
「ええ」
「……」
ここで何か抵抗したら色々と面倒ごとになる。直感がそう語った私は温かそうなスープが差し出される。まだ出来たてのようだ。
「はい、あーんっ」
「あ、あーん……」
おかしい。
私はいつもお姉様にあーんをして上げてるのに、逆の立場になるとこうもやりづらいとは思わなかった。
「美味しい」
「咲夜が作ったものだからね」
ニコニコと屈託のない笑顔で話すお姉様。次々と私の前にスプーンを差し出す。私はそれを仕方なく食べるしかなかった。
正直、ここまで誰かに付きまとわれるのがめんどくさいとは思っていなかった。
お姉様はようやく自室に帰り、私は一人となった。
大きく溜息をつき、窓の外を眺める。今日は雲一つない晴天。思わず散歩したくなる程のものだった。
「咲夜」
「はい」
ドアの外から聞こえる咲夜の声。
咲夜は紅魔館の中なら声をかけたら数秒でやってくる。
私たちが咲夜を呼びたい時の信号などが受け取れるらしい。それで時間を操って瞬間移動する訳だが、どう考えたって人間の出来る技じゃない。
「私、今日地霊殿に行くね。お姉様から出来るだけ離れなきゃ」
「そう……ですね。こいしさんと遊んで頂けると……」
「うん、そうする。お姉様には、人里に向かったって嘘ついといて」
「……心苦しいですが……了解しました」
咲夜は一礼した後、この部屋を離れた。
そして、一瞬にして咲夜の気配が近くから消えた。私はそれを確認した後、「よし」と一言置いて、部屋を出た。
外に出ると、思ったよりも冷たい風が私の肌を刺激した。と言っても、まだ秋なのだから、これからもっと寒くなると考えると、少し憂鬱にもなる。
私は少しずつ後ろの羽を動かした。フワッという浮遊感とともに、私は勢いよく地霊殿の方向へと飛んだ。
「うう……寒い……」
飛んでいると、それなりにスピードが出るもので、冷たい空気抵抗が顔に当たる。
私は直接顔面に当たらないように、下を向きながら飛んでいると、ちょうど、下に紅白の少女が歩いているのが見えた。
「霊夢ー!」
「あ? あ〜、フラン」
いつものようにツンケンしたような態度だが、私は気にせず話しかける。
「霊夢が一人でここにいるなんて珍しいね。どうしたの?」
「何だか異変が起きてるらしくて」
「異変?」
「フラン、下見て」
唐突に霊夢が指示を出した。急な事だったが私は言われるがまま、下を向いた。
すると、そこには大量の芽が生えていた。人里の真ん中は種など植えないし、雑草をすぐに駆られるから、滅多に生えてこないが、これは異常な光景だった。
「これ……綺麗だけど……」
「どこが綺麗なのよ。ただの緑の葉っぱじゃない」
「これ育ったら向日葵になるよ」
「…………向日葵……ねぇ」
霊夢が考え出した。この幻想郷の中で向日葵が好きな人物と言ったら相当限られてきていた。
「…………幽香ね」
「うん」
「フラン、付いてきなさい」
「わ、分かった」
私は霊夢の後を追うように付いていく。
別に大した異変じゃないが、後々面倒ごとになる前に片付けた方がいいと思った。
「フラーン?」
お嬢様の声が聞こえる。
どうやら妹様を探しているようだった。
「咲夜」
「は、はい」
「フランがどこに行ったか知ってる?」
先程、妹様は「人里に言ったと嘘ついといて」と言っていたので、そのままそれを返答する。
「人里に甘いものを食べに行きましたよ」
「そう…………」
お嬢様の顔が少ししんみりした。従者ながらとてつもない可愛さだと思ってしまった。しかし、お嬢様はもう一度私の方に向いてこう放った。
「もう一度聞くわ」
「え?」
「フランがどこに行ったか知ってる?」
お嬢様はニコニコしながら私にズカズカと近づいてくる。私は後ずさりながら苦し紛れに話す。
「で、ですから人里に行ったと…………」
「嘘ね」
「ぐっ…………」
お嬢様の声が少しずつ黒くなってきているのが分かる。いつもならここで折れていたが、私は嘘を貫き通す。
「本当です! でしたら、自分で行ってみたら────」
「目を逸らした、嘘ね」
「……いえ、嘘では────」
私の喉元に赤い槍が突きつけられた。私は恐怖で言葉が出ず、コクリと頷いてしまった。
お嬢様…………妹様の血を吸って妹様に惚れたのはいいですけれど、ヤンデレの方向にだけは行かないでくださいね……。
そう心に語りかけた。
「地霊殿に向かいました……」
「それは本当のようね。ありがとう、咲夜っ」
「っ!」
先ほどのどす黒いお嬢様とは違い、恋する乙女のような可愛らしい笑顔でお礼を言われた私はますます恐怖心を駆り立てられた気がする。
「今行くわっ、フラン!」
お嬢様がそう言ってスキップして行った。
私は心の中で妹様に土下座しながら猛省した。その後、少しずつ正気を取り戻し、ゆっくり考えた。
「(……こいしさんと会わせたら色々まずいのでは……?)」
私は冷や汗を流した。
どうか、面倒なことになりませんように…………。
強く、そう願った。
平熱クラブさん。
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