そろそろ最終戦に入っていきまーす
19話 募る不安
人里に来てみたのはいいものの、やることが無い。とりあえずフランに会えないこのイライラを解消するために歩いてみたが、イライラは募るばかりだった。
「……あ、レミリア」
「……? ……」
背後から声をかけられる。私が後ろを振り向くと、白黒の服をまとい、金色の髪は腰まで伸びている。神話や絵本に出てきそうなそのベタな格好はもう見慣れたものだった。
「魔理沙」
「よっ」
霧雨魔理沙。私がここに来て間もない頃起こした「紅霧異変」を止めた張本人だ。実力は相当で、人間の中では霊夢や早苗と肩を並べるとか。
「どうしたんだ? レミリアがこんな時間にここに来るなんて珍しいな」
「いいえ、少し風に当たろうと思って」
「フランはいないのか」
「……ええ」
いるのならば、こんな所に私が来るはずないだろう。という発言は野暮だと思うので、心の中に留めておく。
「そうだ。フランと言えば、霊夢が最近妙なことを言ってたんだ」
「妙なこと?」
魔理沙の唐突な発言に私は首を傾げた。
「いやいや、フランって極度のシスコンだろ? それに対して、レミリアは毎回嫌がってるじゃないか」
「……?」
何を言っているんだ? 私は理解できないまま、魔理沙の次の言葉を待った。
「なんか最近は、レミリアの方からフランに襲いかかってるって」
「……何言ってるのよ、私は昔からフランにあんな感じよ?」
「……へ?」
魔理沙の素っ頓狂な声と顔に、私は少し吹いてしまう。
「い、いやいやボケてるのか? お前あんなに嫌がってたじゃんか」
「私はいつでも大歓迎なのよ? それに、フランからのスキンシップなんて……一度も……いち、……ど、も……」
私の頭の中でひとつの世界が出来上がっていた。
『フランが迫ってきて、それを抵抗する私』
私は絶対にフランのことならば全てを受け入れるはずなのに、どうしてか、中の私はそれを否定していた。
ズキンッ──────
何だ? 急に頭が締め付けられたかのように痛くなった。私は両手で頭を抑え、歯を食いしばる。
「お、おい! レミリア?!」
「う……がぁ……」
痛い。こんな痛み、今まで経験したことがない。鎖で思い切り頭を縛られたみたいだ。頭が割れそうになる。いや、割れているのではと錯覚し始める。
「レミリア! レミリア!」
魔理沙の必死な声が聞こえる。しかし、私はそれに応答することも出来ずに意識が朦朧としていくだけだった。
そして、私はそのまま足の力が抜け、倒れ込んでしまう。最後まで魔理沙が叫んでいたのかも、分からなかった。
「んぅ……」
透き通った空気の中、私は目を覚ました。隣には、手を繋いで気持ちよさそうに寝るこいしちゃんの姿があった。
今何時くらいだろうか、まだ日は傾いていないから、夕方では無いみたいだ。
「…………」
サァァァァ…と、草が風に揺れる音だけが私の耳へと入ってくる。それは、私の中に溜まっていたものを全て浄化してくれるかのような、そんな音だった。
「今頃お姉様は、何してるのかな……」
単純に気になった。血を吸って、私を求めるようになって私が好きなお姉様では無くなった。カリスマ性も、仕方なく私の遊びに付き合ってくれる時のあの優しい目も、何もかもが無くなった。
「……早く戻らないかな……」
今となっては、血を吸わせたことは後悔しかない。いくら貧血だからとはいえ、吸血パックだって余っていたはずだ。余っていなくても、咲夜が用意してくれると言うのに。
『堕ちますよ?』
咲夜の忠告を思い出す。適当に聞き流すんじゃなくて、しっかりと聞いておけばよかった。考えれば考えるほど、後悔が募っていく。
「……んぁ?」
「……?」
「あ、フランちゃん……おはよぉ……」
眠そうに目を擦るこいしちゃんが隣にいた。声や顔からして、まだ眠たそうだ。
「おはよ。まだ寝ててもいいよ?」
「いんや、フランちゃんが起きてるなら、私も起きるよ」
「そっか」
体を起こし、大きく背伸びをする。服に引っ付いている草を叩きながら、私たちは立ち上がった。
「さてさーて、今日はこれでお開きにする?」
「……そうだね」
さすがに昼寝した後にたくさん遊ぼうとか、甘いもの食べようとは思わなかった。紅魔館に帰って休みたい。
「じゃ、またね、フランちゃん」
「ん、ばいばい」
手をヒラヒラと振って、こいしちゃんはフワッと飛んでいった。1人になった私はもう一度人里からの景色を見る。少し涼しい風が心地よい。
「……さて、帰ろ」
スタスタと少し早歩きで人里まで歩く。たまには歩いていくのもいいだろう。ちょっとした気分転換だ。
「……あ、咲夜」
人里を歩いていると、手ぶらの咲夜が息を切らしていた。買い物以外で咲夜が人里に来るのは滅多にない。霊夢や魔理沙と飲みに行く時くらいだ。
「い、妹様!!」
「ど、どうしたの?」
突然、切羽詰まった表情でこちらに走ってくる咲夜を見て、思わず私も慌ててしまう。そして、咲夜は私の両肩に手を置いて、叫んだ。
「お嬢様が……倒れました」
「……え?」
倒れた。というのは、誰かにやられたということなのか。それとも……。
「魔理沙曰く、急に頭を抑えて倒れ込んだらしいです」
「……そ、それで今どこに!?」
「永遠亭に魔理沙が運びました!」
私は迷わず永遠亭側に向かって飛んだ。全速力で飛んでいくものだから、先程まで涼しく感じていた風も少し冷たくなっていた。
(何で……どうして……!?)
私はグルグルと疑問を頭の中で反芻させていた。今の私にはそれが精一杯の考えだった。
そして、先程までの快晴から、黒い雲が天を覆い、ポツポツと、雨が降り始めた。
そんな私の胸中はドキドキと、嫌な胸騒ぎがしていた。
永遠亭に到着し、私は走って永琳のいる診察室を勢いよく開ける。
「お姉様!!」
「…フラン……」
永琳が私を見つめる。
「永琳、お姉様は!?」
「今は眠っているわ。容態は紅魔館の連中が集まってから話すから、しばらくレミリアの傍にいてあげなさい。くれぐれも騒がないようにね」
「う、うん……」
永琳は私を病室に案内してくれた。「ありがとう」とだけ伝えると、永琳は診察室へと戻っていった。
永琳が角を曲がって姿を見せなくなったのを確認し、私はベッドの方へと向き直る。そこには、苦しそうに眠るお姉様の姿があった。
「お姉様……」
一体何があったのか、隣で座る魔理沙に聞く。
「何があったの?」
魔理沙は口を強く閉じた後、ゆっくりと話し始めた。
「突然、頭を抑えて倒れたんだ」
「それは……もう聞いてる。どんな話をしてた時とか、何をしてた時なのか。まさか、魔理沙が仕組んだわけないよね?」
「そんなわけないだろ。出会って少し話して倒れたんだ。仕組もうとしても時間が短すぎる」
魔理沙の言いたいことは何となくわかる。それに嘘じゃないのも話し方から理解出来た。
「……確か、私が『以前はフランから迫っていたのに最近はレミリアから積極的になったって霊夢から聞いた』って話した後くらいから様子が変になったんだ」
「…………」
どういうことだろうか? 魔理沙の言い分は分かるが、どうしてそれで頭痛を起こし、倒れるほどの重症に陥ったのか、全く理解ができず、私は固まる。
「……記憶がないから?」
「………?」
「魔理沙。これは後で永琳にも話すけど、魔理沙にも知ってて欲しい」
「お、おう」
私は、お姉様に私の血を吸わせたこと、それにより、お姉様が私の血のせいで洗脳、もとい、魅了されたことを話した。
「なるほどな……だからレミリアの方から積極的に……」
「私は……それを分かってて血を吸わせたんだ……」
「……今は、レミリアが目覚めるのを待つしかないだろ。頭痛の引き金を引いたのは私だ。責任はあると思うし、私も残るよ」
どうやら、魔理沙自身も少し反省をしているらしい。自分が余計な事を言わなければ、レミリアが倒れることなく、一週間迎えられたかもしれないのだ。
「……わかった。とりあえずパチュリー達が来るのを待とう」
「ああ、うん」
しばらくすると、息を切らした紅魔館のメンバーがやってきた。パチュリーなんて数年も外に出てないから、死にそうな顔をしていた。
「ふ、ふら……フランっ! レミィは……はぁ……はあ……」
「ぱ、パチュリー、落ち着いて……お姉様は無事だから、とりあえず自分の心配して」
パチュリーの取り乱しように驚いた私はとりあえず宥めた。ここまでパチュリーが慌てるのも何年ぶりだろうか。
「だ、大丈夫ですか? パチュリーさん……」
後からパチュリー達を追っていた鈴仙が汗ダラダラのパチュリーにタオルを渡す。
外は先程よりも強い雨が降り、木造の永遠亭の屋根に打ち付けていた。雨の日の独特の匂いが鼻につく。
「来たようね、全員」
「永琳……」
カルテのようなものを片手に持った永琳が入口から顔を出す。永琳に招かれ、私達は別室の応接室に入った。ちょうど紅魔館のメンバー全員分と魔理沙の座布団がある。
私は1番真ん中に座り、その両隣が咲夜とパチュリー、美鈴、小悪魔、そして魔理沙がいた。
「さて、とりあえずレミリアの安否から確認するけど」
「……」
一度私達全員の目を見てから、再びカルテを見る。そして優しく微笑み、こう放つ。
「無事よ。後遺症の心配もないわ」
「…よかったぁ……」
今までにないくらいの安堵のため息が私以外のメンバーから飛び出した。
「症状としては血の活性化ね」
「血の活性化?」
「ええ、フラン。貴方、以前にレミリアに血を吸わせたでしょう?」
「え? あぁ、うん……」
永琳にはまだ教えていないのに見抜かれた。さすが、月の頭脳は違うと改めて認識をした。
「その血がやっぱり記憶を書き換えたのよね……口から胃、心臓へと繋がれて血管に貴方の血が侵入してってところ……まぁ個人差はあるのだろうけど……」
「それがきっかけでお姉様の性格が変化したと……」
「ええ……」
パチュリーの考察に頷く永琳。しかし、そこで難しい顔をしたのは意外にも永琳だった。
「しかし、不思議ね……」
「? ……何がだ?」
魔理沙の問いにすぐには答えなかった永琳だが、少し間が空いたあと、まだ曖昧だということが分かるくらい弱々しい声で答えた。
「血の活性化だけで、あそこまで興奮する例は今までに無かったわ。何人も吸血鬼を診たけど、せいぜい吸血衝動が大きくなるくらいよ?」
「……え……」
その答えに私は耳を疑った。
「同じ血筋の者同士で吸血すると症状が大きくなるのは知っているわよね?」
「う、うん」
以前咲夜から聞いた話だ。近ければ近いほど、興奮が増大すると。
「以前に吸血鬼親子がやって来てね、娘に血を吸わせたという父親がいたんだけど、その時は、誰彼構わず血を吸いたがるくらい。まぁ、
「じゃあどうして……血の活性化が大きかったからとか?」
パチュリーがそう尋ねる。しかし、永琳はそれにはハッキリと首を横に振った。
「いえ、血の活性化はむしろその吸血鬼親子よりも少ないわ」
「……どうして……」
「選択肢は二つあるわ。これは、まだ見つかっていない別の症状があるか……もしくは」
永琳は真っ直ぐに私を見つめ、こう放った。
「レミリアの個人的な感情で動いていたか…」
「……え……?」
ピシッと全員が固まる。別の症状を永琳が見つけていない以上、選択肢はそれだけに絞られる。
いや、あれだけ私のアプローチを嫌がっていたんだ。それも吸血をする前まで、そんなことはありえないだろう。
「……話は以上よ。今日は雨もすごいし、夜も遅いから泊まっていきなさい。レミリアはあと三日、ここで入院して様子を見るわ。病室の行き来は自由だけど、くれぐれも患者に害することはしないように」
永琳はそう釘をさして鈴仙と共に応接室を後にした。パチュリーは美鈴や魔理沙、小悪魔と色々仮説を立てて話し合い始めた。
私はすくっと立ち上がり、お姉様の病室に向かう。何部屋か飛ばして『レミリア・スカーレット』の表札を確認し、入る。
「お姉様、入るよ」
返事はない。恐らく、まだ眠っているようだ。安らかに眠るお姉様の顔は姉妹とは思えないくらいの美人だった。
私はベッドの隣の椅子に座り、お姉様の左手を握る。
「お姉様……お姉様は何を考えていたの……?」
囁くように、小声でそう尋ねる。返事がないのは分かっていたが、聞かずには居られなかった自分もいた。
私は椅子から離れ、床に膝をつく。そしてお姉様の左手を私の頬に当てる。少し冷えているお姉様の手は柔らかく、心地がよかった。
「……お姉様は…………私をどう思ってるの……?」
きっとこんなこと聞いたら「大切な妹」としか言われないだろう。
でも、今日の永琳の話を聞いて、私はもう、お姉様と姉妹でいられるのか、分からなくなっていた。
いや、もしお姉様が個人的な感情、意思で私にスキンシップをしていたのだとしたら。
もう、私はお姉様と「血の繋がった姉妹」で居られない。