────紅魔館
結局、あれからお姉様に手出しすることは出来なかった。お姉様がすぐ寝ちゃって、その可愛い寝顔を見ていたらいつの間にか私も寝ちゃってたから。
「んっ……んん……」
私は朝日とともに目が覚めた。背伸びをした後にすぐ隣を見ると、そこにはもうお姉様の姿は無かった。時計を見ると、現在は八時半を回っており、メイドたちが廊下を行き来している足音が聞こえた。
「おはようございます。妹様」
「ん、おはよ、咲夜」
身だしなみが整えられている咲夜とその隣には大きな欠伸をして入ってきた霊夢がいた。
「あれ、霊夢?」
「……咲夜。いいの?」
「ええ、調べてちょうだい」
それだけ言うと、霊夢は私にズカズカと近寄ってきた。その勢いに私は何歩か後ろに後ずさる。そして壁に背中が当たった後、私は叫んだ。
「ちょ、ちょっと! 何するの!」
「申し訳ありません。これも妹様のためなのです」
「大丈夫よ。痛くするわけじゃない」
それだけ言って、霊夢は私のデコに左手を添えた。少しひんやりした手に私は全身の力が抜けた。そして数秒経った後、霊夢は手を離して咲夜の方へと向き直った。
「……問題は無いわ。この子がレミリアを好きなのは病気でも何でもないわ」
「ちょ、病気って何!?」
「妹様。昨日の夜中、レミリアお嬢様が私のところに来てですね……「咲夜ぁ〜、フランにキスされたぁ〜」って泣きながら来たんです」
下手くそなお姉様の演技に少し笑いがこみ上げてきた。なるほど、いつもなら昼頃に起きるお姉様が今日だけ早いと思ったら咲夜の部屋に行ったのか。
「うぐぐっ……」
「姉妹で楽しむのは結構です。しかし、妹様ももう物心が無いわけではありません。限度というものを考えていただかないと、お嬢様は……」
私は苛立ちを隠せず、咲夜に強く言ってしまう。
自分の目を細めて、咲夜の目に向けて強く睨みつける。
「お姉様が何? 咲夜には関係ないでしょ?」
しかし、咲夜はそんな私の態度に物怖じすらせず、平然とした顔で口を開いた。
「堕ちますよ?」
「ッ!?」
「お嬢様があなたの言いなりになってしまったり、機械のようにあなたの命令しか聞けない。そんな状態になるのは誰も望んではいませんよね?」
「で、でも……」
「妹様がお嬢様を好きなのは重々承知しています。しかし、限度を考えてください。無理矢理キスさせるのはお嬢様は望んではいないのですよ?」
ここまで言われてしまったら、私は引くしかない。確かにお姉様が馬鹿みたいに堕ちるのは嫌だ。今の、ありのままのお姉様が私は好きなんだから、無理矢理やるのは違う。
「そう……だね……ありがと、咲夜」
「分かっていただけたのなら嬉しいです」
「しっかし、ここまで姉に執着する妹も初めてね……こいしだってここまで……」
霊夢の口から「こいし」の単語が出た瞬間、私は昨日の約束を思い出した。
「こいしちゃん! 今日遊ぶ約束してるんだった!」
慌てて服を脱ぎ、いつもの服に着替える。
「い、妹様! 朝食は……」
「いらない! 地霊殿で食べてくるよ!」
霊夢と咲夜の間を抜けて、紅魔館の廊下を走る。するとその途中、レミリアお姉様が歩いているのが見えた。
「おはよ! お姉様、昨日はごめんね」
「え? あ、ええ。大丈夫よ?」
私が唐突に謝罪したから驚いているのだろう。今はその顔を堪能したいが、時間が無い。こいしちゃんを怒らせると色々と面倒くさいので、急ぐ。
「フランちゃん。来ないかなぁ……」
地霊殿前。今日は友人のフランちゃんと遊ぶ約束をしている。
階段に座っている私、古明地こいしは地底に住む覚妖怪である。
姉であるさとり
「こいしちゃぁぁん!」
「あ、フランちゃん! おはよ……」
「ごめんね! 寝坊しちゃった……」
フランちゃんの頭を見ると、ところどころ、金色の髪が跳ねているのが分かる。少し慌ててきた感じがある。可愛いなぁ……
私はフランちゃんに近づいて、手を握る。
「さっ、行こっか!」
「あれ? 今日はどこに行くの?」
「人里に美味しい甘味処を見つけたんだ。今から行かない?」
「甘味処…………か……太りそう……」
お腹をさすりながら少し苦笑いをするフランちゃん。可愛い仕草に思わず見とれそうになったが、頭を振って、それを振り払う。
「大丈夫だよ。ゼロカロリーのものもあったはずだから……」
「はず……なんだね……」
私はフランちゃんの手を引きながらフワッと浮く。そして地上に向かって飛んでいく。
────人里
「ねぇ、まだお昼にもなってないのに食べちゃって大丈夫かな?」
「多分……大丈夫……」
フランちゃんの一言に私を急に自信が無くなった。確かにここで食べれば、お昼ご飯食べれなさそうだもんなぁ……
私はただ、フランちゃんとここの抹茶パフェが食べたかったからだし……お昼ご飯無くても大丈夫かな……
「私は食べてもいいけど、フランちゃんはダメかな?」
「ううん、お腹すぐ空くし、甘いものは別腹だよ」
「あははっ! それ太る人のセリフだよ」
「むっ、絶対太らないもん!」
頬をふくらませ、可愛らしく怒るフランちゃんを横目で見ながら、目的の甘味処を探す。一軒家に紛れて建っているため、少しだけ探すのに時間がかかるのだ。
「あ、あった!」
「ここ?」
看板には「甘味処 七星」。可愛らしいネーミングだが、周りは思い切り和の雰囲気を醸し出している。
「へぇ……雰囲気のある店だねぇ……」
「でしょ? 一度お空といってからここの常連なんだ!」
躊躇いもせずに私は入店し、そこにフランちゃんを連れていく。そして二人席に迷わず座る。
「さて、何食べる? 私はもう決めてあるけど」
「そうなの? んー」
フランちゃんはメニューを見ながら難しい顔をする。時々首を傾げ、無意識に髪を耳にかける仕草とかに一々ドキッとさせられている。
「決めた。チョコレートパフェにする」
「おっけい」
机の端っこにあるベルを一回鳴らすと、すぐに店員が紙を持って近くまで来た。
「はい、ご注文を承ります」
「えと、抹茶パフェとチョコレートパフェを一つずつで」
「かしこまりました」
一礼をし、厨房にかえる店員さんを見送ってから、フランちゃんは店を見渡した。
「ほんとに雰囲気がいいね……」
「でしょ? 西洋の館に住んでるフランちゃんは新鮮かなと思ってさ」
「新鮮新鮮。ありがと、今日連れてきてくれて」
輝かしい笑顔が炸裂する。それも私に向けられたもの。それを見ただけで、今日は彼女を連れてきた甲斐があったというものだ。
間もなくしてパフェが届き、私達は早速それを頬張る。
「んぅ〜おいし〜!」
足をパタパタさせてほっぺたを抑えるフランちゃん。私はそれをしばらく見ていたら、不思議に思ったフランちゃんが手を止めた。
「どうしたの?」
「い、いや……」
慌てて視線を逸らす。何故だろう。いつもなら無意識を使って照れ隠しなど容易にできたのに、フランちゃんが相手だと能力を使うのをすっかり忘れてしまって、素のままで対応してしまう。心の底から笑えるのもフランちゃんだけなのかもしれない。
「はぁ〜美味しかった!」
「満足だなぁ……」
お日様が真上に上り始めた頃、私達は甘味処を出て、人里の空気を思い切り吸う。
「さて、これからフランちゃんは用事があるんだよね?」
「う、うん……ごめんね?」
それはフランちゃんは事前に話してくれていたので、驚くことは無かった。
「そう、じゃあ、ここでお別れだね。バイバイフランちゃん。また遊ぼ?」
「うん! ありがと、こいしちゃん!」
私に背を向け、羽を軽く動かしながら飛んでいくフランちゃん。私はフランちゃんの背中が少し遠くに感じた頃、無意識に言葉が出ていた。
「大好きだよ……フランちゃん」
これは本心だった。自分が心の底からフランちゃんに抱いた感情。それはフランちゃんをすぐに抱きしめたい、キスしたいと思う感情のことだった。
しかし、今日のフランちゃんを見ていればわかる。甘味処に行った時も心の底から楽しんでいるというより、その次の用事に早く行きたいという気持ちが垣間見えていた。
この次の用事がよっぽど大事だったのだろう。しかし、そんなことをされても私の心は揺らがない。
私はずっと、フランちゃんが大好きだ。それはもしかしたら、ずっと心の奥に秘めていることになるかもしれない。そう思った。