あと10話もないうちに最終回かもねぇ……。
「ん…………」
うっすらと目を開ける。眩しくもなんともない薄暗い部屋だ。
起き上がろうとすると左太もも辺りに何かの重みを感じた。
「……フラン……」
スゥスゥと可愛らしい寝息を立てて眠るフラン。私はふっと微笑み、頭を撫でる。
しかし、私は今、どうしてここにいるのだろうか。考えようとしても記憶は真っ白を主張していた。
「うっ……頭痛い……」
起き上がるだけで激痛が走る。右手で頭を抑え、痛みが引くのを待った。
ある程度引いた頃、私はフランを起こさないようにゆっくりとベッドから降りる。近くにあった時計を見ると、現時刻は午前1時を回った辺りだ。変な時間に起きてしまった。
「ここって……永遠亭?」
木造の部屋なので紅魔館では無いことは分かっていたが、まさか永遠亭にいるとは思わなかったので少し驚いてしまう。
「どうせ今から寝れないし……散歩にでも行こうかしらね……」
私が今着ている服もいつもの服ではない。淡いブルーの捻りのない和服だった。
病室を出て、縁側に置いてあった下駄を履いて歩く。長く伸びた竹の間から注がれる月明かりはいつもよりも眩しく感じた。
カラン、カラン、と鳳凰山で聞いた音と似ている下駄で歩く。夜風に当たるのがここまで心地いいとは思わなかった。いつもは咲夜とティータイムを過ごすことが大半であるが、こういった1人の時間も悪くない。
私は永遠亭を出て、迷いの竹林を歩く。ここはよく迷うと言われるが、私は能力を使えば簡単に外に出られるし、永遠亭まで行くことも出来るので、心配はない。
「………」
静かな空間にサァァという笹同士が風に揺られて触れる音だけが耳に入る。なんとも心地いい空間なのだろうか。思わず涙が出そうなほど、私はこの空気を楽しんでいた。
「………」
未だに疑問である。どうして私は永遠亭に運ばれたのだろうか。フランの血を吸ってから何かあったのだろうか。頭をフル回転させても、記憶はそこで途切れているのだ。
無理やり思い出そうとしても、先程の頭痛が起こるだけで、他はさっぱりだ。
「…朝みんなに聞くしかないわね……」
ため息をつき、私は踵を返した。夜風に充分当たり、眠気がまた段々と私を支配してきた。早くベッドで寝たいと体が言っている気がしたのだ。
そして数歩スタスタと歩いていると、聞きなれた声が右方向から聞こえた。
「お嬢様?」
「?」
そこに居たのは、いつもとは違う和服姿の咲夜がいた。洋風なメイド服ばかり着ているせいか、浴衣を来た咲夜はどこか別人に見えたり、新鮮に思えたりもした。
「さ、咲夜。どうしたのこんな時間に?」
「いえ、私は夜風に当たろうと足を運んだ迄です。お嬢様、お身体の方はもう大丈夫なのですか?」
咲夜は私に問うが私には何を言っているのか分からず、その場で考え込んでしまう。しかし、咲夜になら記憶が無いことを話しても大丈夫だろう。
「お、お嬢様? どうされました? まだどこか悪いとか……」
「いいえ、身体はもう平気よ。ねぇ、咲夜」
「はい?」
「私、フランの血を吸ってから記憶が無いのよ。そこから長い期間が経ったのは何となく分かるのだけど、永遠亭に来るまでの記憶がぽっかりと無くなっているのよね……」
「……ほ、本当ですか!?」
咲夜は食いつくように私の肩を掴んだ、驚いた私は硬直してしまう。
「え、ええ……」
「な、治られたのですね……」
「ちょ、ちょっと咲夜。一から説明してちょうだい」
「か、かしこまりました」
そして私は咲夜から血を吸ったあとの話を小一時間聞いた。それを聞いた私は驚きと後悔が入り交じった。
「そ、そんなことをしてしまったのね……」
「ええ、まるでお嬢様と妹様で立場が入れ替わったかのような……」
「……フランにも、謝らないといけないわね……」
「ええ、そしてもう一つ、お話があるのですが……」
少し顔を曇らせた咲夜を見て、私は咲夜の顔を覗き込む。
「何かしら?」
「昨日の夕方、お嬢様の活性化以外にも原因がある事が判明致しました」
「えっ?」
咲夜は間髪入れずに、次の言葉を発する。
「その原因として仮定できるのは2つありました。一つは妹様の血を吸ったことでまた別の症状が現れたか……」
咲夜は指を一本立てて、一つ目の仮定を話す。私はそれを、静かに聞く。そして、咲夜は少し口ごもるが、しっかりと私の目を見据えて、二つ目の仮定を話し出した。
「もう一つは、お嬢様自身の意思で動いていたか……」
「……?」
全く意味が分からなかった。私自身の意思? そもそも記憶が無い時点で入り込めないと思うのだが。と、自分の中で色々と考察する。
「お嬢様が、妹様に対して「そういった思い」を向けていた。ということです」
「…ないないないないない。絶対ないわよ、そんなこと」
私ははっきりと反論する。それだけは確実に違うと言いきれる自信があったからだ。
「そもそも、私は血を吸った後の記憶がないのよ? 例えその思いを向けていたとしても、それは私の意思ではないわ」
「…それがお嬢様の心の奥深くにある思いだとしても、ですか?」
「っ!」
咲夜のその言葉に私は言葉につまる。
私は、フランが私に好意を抱き始めてから、「姉妹」という壁を使って逃げていたわけだ。血も繋がっているし、産まれてから今まで、ずっと一緒にいたパートナーでもある。
第一、私はこいしが好きだ。この思いは今でも変わるはずのないもの。それにその気持ちに偽りは無い。それは断言が出来る。
でも、私の中でも、フランの好意を受け止めているところもあった。例えば、温泉の時もフランの激しいキスに私は抵抗を見せなかった。今となっては後悔しているが、これが何を意味するのか、私はグルグルと頭を回転させて考えていた。
「……お嬢様は、妹様の思いを否定したいとは思ってませんよね?」
「……どういうこと?」
「幻想郷の中で実力はトップレベルのお嬢様が妹様のキスに抵抗をしない。これはその「思い」の現れなのでは?」
「……私は…こいしが好きなのよ?」
苦し紛れに私はそう答える。これは咲夜によって追い詰められているのではなく、自分の心に追い詰められているんだろう。
「……そうですね。お嬢様はこいしさんが好きなのでした……申し訳ありません」
「……」
「では、失礼します」
咲夜は一礼して私とは反対方向に踵を返した。どうにも腑に落ちない。
咲夜が言いたいことは分かる。フランへの思いに否定する姿勢を見せなかったから、今このような事態になってしまっているのだ。
しかし、1番信憑性の高い永琳が言ったんだ。吸血後の行為は私自身の意思だと。
「私ももう一眠りしようかしら……」
今考えても無駄だ。私はくるりと振り返って、永遠亭の方へと歩き出す。月明かりがまだ明るかったが、夜は夜だ。眠気がまた支配してきている。
ベッドに戻った私はもう何も考えられず、すぐ眠りについてしまった。
翌朝──────。
「ん……」
起き上がり、時計を見る。短針はまだ六を回った後だった。またしても早く起きすぎた。私は二度寝しようと、体制を変える。
コツン……と額に何かぶつかった。少しの痛みに耐えたあと、それが何かを確認する。
「すぅ……すぅ……」
「ふ、フラッ……」
そこに寝ていたのは、私の妹、フランが気持ちよさそうに寝息を立てていた。驚きと共に昨夜のことを思い出す。
(そういえば、昨日ここで寝ていたわね……)
私はフランの寝顔を見つめる。いつもの元気な顔ではなく、少しお淑やかで、凛々しいフランの顔が新鮮だった。
フランがもし起きていたら、問答無用でキスをされているのだろう、とため息混じりに思う。
しかし、何でなんだろう。どうしてなんだろう。疑問が思い浮かぶ。
何故こんなにも、心臓の鼓動が大きいのだろう。
昨日、咲夜に指摘されて、フランを意識してしまっているのだろうか。それなら一時的だろう、きっとまた直ぐに楽になる。
「もう起きちゃいましょう……」
フランを起こさないように、私はベッドから降りる。喉が乾いたので、隣の小さな冷蔵庫から水を取りだし、コップに入れて飲み干す。「ぷはぁ……」と大きく息を付くと
「んぅ……?」
ベッドの方から声が聞こえ、目をやる。すると瞼の間からうっすらと見える赤い目がこちらを向いた。
「おはよう、フラン」
「おねえさまあ……おはよぉ……」
眠そうな目を擦りながらムクリと体を起こすフラン。ここで変に意識してしまうと怪しまれてしまうので、できるだけ平常を装う。
「まだ眠いなら寝ててもいいわよ?」
「ううん……大丈夫……」
「はい、水」
「ありがとう……」
私はコップに水を注ぎ、フランに渡す。両手で受け取りコクリ、コクリと少しずつ飲んでいく。
「……って、お姉様! もう大丈夫なの!?」
思い出したかのように飛び跳ねて私の両肩を掴む。さすがに驚いた私は数歩後ずさる。
「え、ええ……大丈夫よ。心配かけたわね……」
「よ、良かったぁ…………」
「…私が血を吸ったあとの行為は咲夜から聞いたわ。色々ごめんなさい」
とりあえず、フランにも迷惑を沢山かけた。私はその場で頭を下げる。フランはポカンとした後にブンブンと両手を左右に振る。
「う、ううん! いいって、吸わせたのは私だし……」
「いえ、それでも……」
「いいよいいよ……」
姉妹とは思えない気まずさがあった。しかし、お互いに目を合わせて数秒が経つと自然に笑顔がほろりと見てる。
「まぁ、とりあえずお姉様が戻って良かった。やっぱり記憶ってないの?」
「ええ、そうね。フランの血を吸ったあとから今までぽっかり記憶が空いてるわ。まるでずっと眠っていたみたいに……」
「そう、なんだ……」
そう、記憶は無いんだ。なら、その時の私は何が原動力だったんだ? フランの血なのか、それとも、吸血鬼の本能なのか。それはまだ答えは出なかった。
私は、お姉様の真意を聞き出せずにいた。でも、まだその時じゃない。今聞いても、その答えは「姉妹として」の答えしか、返ってこない。
それでも、早く聞きたい、お姉様の思いを早く知りたいと思う自分もいた。
今はこの病室に二人きり、聞くタイミングはきっと今だ。そう脳も判断している。この際、もう聞いてしまおうか。
「ねぇ、お姉様」
「ん、何かしら?」
「お姉様はさ……」
一言聞くだけなのに、どうしてこんなにドキドキするのだろう。口が動かない、お姉様を見れない。
「あ……えと……」
もう迷っても仕方ない。この中途半端な関係は嫌だ。これはきっと好機だ。
私は一呼吸置いてお姉様をしっかり見すえる。その綺麗な紅い瞳にその愛おしい姉に、私は問う。
「お姉様は、私のこと、どう思っているの?」