遅れてすみません
「……ぇ……」
顔を真っ赤に染めながらもハッキリと言ったフランとは裏腹に、私はか細い声で返してしまった。
もちろん、言っている意味が分からないのもあるが、それ以前に、唐突の質問に頭が追いついていない。
「………ちょ、ちょっとフラン? 何を言って……」
「……お姉様。咲夜から話を聞いたってことは、血の活性化以外の原因があることも、知ってる?」
これにはしっかりと首を縦に振ることが出来た。なぜなら、確信をもって答えられる質問だから。
「……え、ええ、知っているわ」
「それなら、今の質問の意味もわかるよね?」
「………」
少し低い声で問うフランの顔は見えなかった。でも、少しだけ見える耳は真っ赤だったのだ。困惑する私にフランは縋り付くように問い詰める。
「ねぇ、答えて……お姉様は…お姉様は……っ」
「誰が好きなの……?」
フランの問いに私は息を呑む。
「……あっ……ぅ……」
普段なら、「こいしが好き」と素直に言えるはずなのに、どうしてか、言葉に詰まる。
答えられない。フランの質問に、何一つ発せられない。
「…………お姉様……」
フランが私に甘えるたび、許していた。
フランが抱きつくたび、抵抗せずにじっとしていた。
フランがキスするたび、少しの間は我慢していた。
こいしとそんな事をしたい。そう思っていた昔の私を思い出す。しかし、どうしてなのか、「今の」私の心の中にこいしが「いなかった」
誰も映らない。私の心に誰もいない。
「……答えて、くれないんだね……」
冷たいフランの声が耳に入り、ハッとする。その頃にはもうフランの頬に涙が伝っていた。
「………ごめんなさい……」
謝るしかなかった。今の私には好きな人がいないんじゃないかと、錯覚をし始めてきた。
「…そっか……」
フランはそのまま踵を返す。いつも見ているフランの背中が大きく見えたのは気のせいだろうか。
そして、フランは病室を早足で出る。
「フラン!」
「…ついてこないで」
私はフランの後を追う。しかし、フランは縁側から飛び立ってしまい。みるみるうちに小さくなっていってしまった。
「…フラン……」
今の私に「誰が好き」なんて答えられる資格なんか無い。思わせぶりな態度を取ってフランを傷つけて、それでもなお、こいしが好きだと言い張る私が憎かったのだろう。
私は私自身につくづく嫌気が指す。自分の気持ちにすら向き合えないのだ。何が紅魔館の主だ。笑えてくるじゃないか。
私はその場で呆然と立ち、朝焼けの空をずっと見ていた。
「あら、目が覚めたのね」
「……あ……ええ、正しくは夜からよ。手間を掛けさせてしまったみたいね。ごめんなさい」
30分後に永遠亭を歩いていると永琳と出くわした。どうやら彼女も寝起きみたいで、寝巻きのままだった。まだ早朝と言っていい時間だ。別に不思議ではなかった。
「いいえ、急病人の治療をするのは医者として当然の役目よ。礼はいらないわ」
「……そう」
「そういえば、ここまであなたを運んだのは魔理沙よ? 覚えてる?」
「……いえ、知らないわ」
「もう魔理沙は帰っちゃったから、また会った時にでもお礼しておきなさい」
「ええ、そうするわ」
永琳はそれだけ言うとスタスタと私の横を通り過ぎ、すぐ右に曲がった。そして障子の戸を開くと同時に私に声を掛ける。
「今から朝ご飯よ。東洋の食事は慣れないだろうけど、ちゃんと食べなさい」
「え、……ええ……」
私は慌てて永琳のあとを追った。するとそこは大きな机の食卓だった。
そして、もうそこには永遠亭のメンバーと咲夜がいた。
「おはようございます。お嬢様」
「お、おはよう……他のみんなは?」
「早朝に出ていかれました。パチュリー様は研究途中のものを片すために、こあと美鈴はその付き添いです」
どうやら咲夜とフランだけがここに残っていたみたいだ。
「…お嬢様、妹様は?」
「……フランは先に戻ったわ」
「そうですか」
咲夜は何か察したみたいで、これ以上聞いては来なかった。
「あら、昨日の夜はいたのにねぇ……」
「ええ、パチェの手伝いか何かみたいよ」
永琳には何となく誤魔化す。本当のことなんて、赤の他人に言えるわけが無いのだ。
それからは、とにかく無言を決め込んで、黙々と食べていった。その間、咲夜が怪訝そうに見ていたのは、気のせいではないだろう。
いつの間にか、人里まで降りてしまったようだ。
何の当てもなく、ただひたすらに歩いていたのだ。何も考えず、無心で。そうしたら、いつの間にか迷いの竹林も抜けて、いつの間にか人で賑わっていた。
(何してるんだろ……)
だんだん、馬鹿みたいに思えてきた。お姉様が答えてくれなかった事で、私の方が耐えられなくて、逃げてきてしまった。
あのまま、お姉様が答えを出すまで、傍に居ることも出来たはずなのに、心が壊れそうだった。
きっとそうだ。こんな状況が続けば、私はきっと滝のように想いが溢れ出てしまう。
そんなもの、胸の奥底に仕舞わなければならないんだ。もう、諦めてもいいんじゃないか?
お姉様とこいしちゃんの幸せを傍から見るだけで、二人の行く末を見守る側に立った方がいいんじゃないか?
「……あれ?」
背後から声がする。それはもう、聞き慣れた声。
「フランちゃん? どしたの?」
言わずもがな、こいしちゃんだった。
「こいしちゃん? 昨日も今日も人里に来るなんて珍しいね」
「うん、それよりお姉ちゃんから聞いたんだけど、レミリアちゃん、大丈夫?」
どうやら、こいしちゃんにも情報が届いていたらしい。どこの伝手かは知らないが、あまり深入りはしてこなさそうだ。
「大丈夫。明日には退院出来るみたいだよ」
「そっか、良かった……」
こいしちゃんの安堵の顔を見た後、私は踵を返した。
「じゃ、ちょっと忙しいから、またね」
「……私も行くよ」
こいしちゃんの思いがけない発言に私は「はぁ!?」と言いながら振り向いてしまう。こいしちゃんは頭にクエスチョンマークを浮かべながら、可愛らしく首を傾げた。
「? ……別にいいでしょ?」
「だ、ダメ。大切な用事だから」
「内容も教えられないの?」
「……う、うん」
苦し紛れに答える。この状況から脱却する為とはいえ、嘘をつくのは少し心苦しい。
しかし、今のこいしちゃんの目は何かを見え透いているみたいだ。
「嘘」
「……」
「フランちゃん、目元赤いよ。さっきまで泣いていたんだよね。そんな用事なら、放っておくわけには行かない。それがもし別件でも、今のフランちゃんを1人にさせたくない」
「……こいしちゃん……」
本当はこいしちゃん、心が読めるんじゃないかと思わざるを得ないくらい的確なものであった。
そんな私の顔を見て、こいしちゃんはふっと微笑む。その顔は末っ子ながらも、包容力があった気がした。
「……じゃあさ、付いてきてよ」
私はくるりと振り返って、スタスタと歩き出す。こいしちゃんは「はーいっ」と言って上機嫌そうにスキップを踏んでついてきた。
こいしちゃんとあった事で色々と気持ちが複雑になったところもあるが、少し楽になったのも事実だ。
少し長い距離を歩いた気がした。フランちゃんに付いてきて早10分程だろう。
「……ここ」
いつもよりも元気の無いフランちゃんの声を聞き、私は周囲を見渡した。
しかし、ここは何の変哲もない小さな公園。それも人里から大きく離れた場所にある、結界ギリギリに作られたようだ。
「……? ここに何かあるの?」
「いや、人がいないところが良くって……」
「……そっか」
一つだけあるベンチに二人で腰掛ける。フランちゃんはもう疲れきっているのだろうか、ため息がとても多い。
「……ねぇ、フランちゃん、相談なら聞くよ。私じゃ力不足かもしれないけど、なるべく応えたいから」
「…………こいしちゃん……ありがと……」
少しだけ微笑む。その顔は大人びているように見えて、私の心臓がドクッと跳ね上がる。胸を抑え、鼓動が収まるのを待つ。
「……あのね……旅行から帰った後、私はお姉様に血を吸わせたんだ」
「血を?」
「そう、これは吸血鬼にとっては……まぁ、一種の性行為とでも思ってくれたらいいや」
「せ、性行為…………」
フランちゃんの口からそんな言葉が出て、聞いていた私が少し赤面してしまう。
「でもね、それのせいでお姉様は私の血が欲しいがために、別のお姉様が表になって、立場が逆転したの」
「立場が……逆転?」
何となく理解はできる。要するに、血を吸わせたことで、レミリアちゃんがフランちゃんに仮染めの「想い」を向けてしまったということだろう。
「……お姉様が私のことを好きになっちゃったの」
「…………」
「私はそんな仮の「好き」は欲しくなかったから、必死に抵抗し続けたんだ」
フランちゃんなりに頑張ったのだろう。せっかく愛しくて、繋がりたい相手からのスキンシップに耐えたのだから。
「それでね、昨日ひょんな事でお姉様が元に戻ったの」
「よ、良かった……」
このままなんだ。なんて言われたら、私はもう一線を引くしかなかった。
「でもね、永琳から「お姉様の意思で動いていた可能性がある」って、言われて……」
「っ!」
「私はね、「もしかしたら、お姉様も私のことが好きなのかも」って思ったんだ」
ドクンドクンとさっきよりも心臓が早く、大きく動いている気がした。つまり、今までの行動は本物のレミリアちゃんの想いということだろう。
「……今日の朝、聞いたんだ……」
「な、なんて?」
「「お姉様は私のことどう思ってるの?」って……」
「……っ……」
これ以上、聞きたくなかった。でも、フランちゃんとレミリアちゃんの幸せを第一に考えるとか言っておいて、結局は自分可愛さだった。
でも、そんな思いも押し殺して、私はフランちゃんが口を開くのを待った。
「……ぅ……」
「ふ、フランちゃん!?」
フランちゃんの目から水滴が落ちる。フランちゃんは左手で涙を拭おうとしていたが、次々と溢れ出ていた。
「……勇気をだして来てたのに……答えてくれなくて…………」
「…………」
「分かってる……! 姉妹同士で恋が出来ないのも……! 世間的に女の子同士で結婚が出来ないのも……!」
私は何も言い出せずにいた。フランちゃんの境遇は私にとても似ていたから。
私だって、今目の前にいるフランちゃんに恋をしている。言葉じゃ表せないほど愛おしい。フランちゃんと恋人になれたらって、何度も夢に見た。
フランちゃんとのハグだってキスだって、夢のようなものだった。
でもそれはきっと、フランちゃんも一緒なんだろう。しかも、それは私に向けられたものでは無い。レミリアちゃんへの想いなんだろう。
「……フラン……ちゃん……」
「でも! それでも……! 私は……お姉様に、本気の恋をしたの!」
「……」
「お姉様の隣にいる度に、心臓が鳴り止まなくて、キスしてる間だって……何も考えたくなくて……」
同じだ。私と……。
「それでも……お姉様の想いの先は私じゃなかった…………」
「……」
「お姉様と恋人同士になりたいって思っていても、結局は姉妹。どう足掻いても拭いきれない肩書きなら、もういっそ、諦めてお姉様の恋を応援することにしたんだ」
黙って聞く。レミリアちゃんへの想い、フランちゃん自身がずっと胸の内に秘めていた思いが溢れ出しているんだ。
「……お姉様がこいしちゃんに向けて優しい目を送る時、私は……胸が痛かったんだ。こっちを見て、こっちに来て……って、ずっと考えていた。でも、お姉様の意中に私が入る余地なんてなかったんだ…………」
「フランちゃん……」
「我慢しようと思った! お姉様の恋を応援するように努力した……! でも……! 私の心は満たされなくて……」
フランちゃんは私の知らないうちに我慢してきたんだろう。姉の恋路を邪魔しないために、自分の恋路を断ち切る。そんなこと、誰にでもできるものじゃない。
フランちゃんは止まらない涙を放置したまま、最後の思いをこぼした。
「……私はお姉様と結ばれたかった……!」
「フランちゃん!」
泣きじゃくるフランちゃんを私は強く抱きしめた。
「……フランちゃん。私はフランちゃんが好き。大好き」
「っ!」
「フランちゃんがレミリアちゃんのことが好きでも、私はずっとフランちゃんを好きでいる」
フランちゃんの苦しみを一緒に背負える自信がある。
「フランちゃん……レミリアちゃんを諦めるの?」
「……ぅ……ぁ……」
私なら、はっきり答えられるよ。君への思い。曖昧になんてしない。
「……私は、フランちゃんに救われたんだ」
「…………え?」
「サードアイのせいで嫌われていた私をね? どん底から引き上げてくれたのは、他でもない、フランちゃんなんだよ」
「そ、そんな大したこと……」
「私は、何事にも笑顔で、そして他人には優しく……そんな君に私は惚れたんだ」
最大限にして伝えたい。私が伝えたいこと全てを今から言うよ。
「……次は私がフランちゃんの思いを一緒に背負う番だ。悲しみや怒り、嬉しい気持ちや楽しい気持ちも、全て寄り添っていける」
「こいし……ちゃん……」
「これで最後にするよ。フランちゃん、あなたがレミリアちゃんを選ぶなら、諦める。でも……でもね……」
最後に言いたい。私がもしフランちゃんと恋人になったらっていうたらればを……。
「フランちゃんがもし、私の想いを受け止めてくれたなら、私は、一生君を幸せにする」
「っ!!」
フランちゃんの涙が溢れ出すのを感じた。私はフランちゃんから少し離れて、目を見る。
その紅くて美しい目も、その綺麗な金髪も、クリスタルのような鮮やかな羽根も、そして、その可愛らしくて愛おしい顔も。全てが私は大好きだったんだ。
私にとって最初で最後の恋。
それを伝える時が来たんだ。伝えよう。私の恋心を。
「だから……だからね……」
そして私は、最後の告白をした。
「好きだよ。フランちゃん。大好き……私の……恋人になってくれますか?」
ここから物語が分岐します。
分岐ルート
レミリア×フランドール(完結)
フランドール×こいし(完結)
こいし×レミリア(完結)