ソードアート・オンライン 刹那 in キリト 作:ぐぎゅる2
タイトルのミス報告やら応援やら、ありがとうございます!
クラインに頼んだのは、あの兄貴肌のクラインならやってくれるだろうという、私の身勝手なクライン像からきています。人によって見方もありましょうが、ここのクラインは世話になった奴の頼みは断らない、お人好しなのです。
セブンソードはSAOで表現するなら、ソードスキル……になるでしょかうか。GGOで登場させるのもありでしょうか。何にしてもいつか登場させたいものです。
……というか、今更ながらに小説って考えるの難しい、デス。
2022年12月2日。
デスゲームと化したSAO——ソードアート・オンラインが始まって約1ヶ月。死者は2000人を超えていた。
アインクラッド最初の死亡者はアインクラッド外周から飛び降りたプレイヤーだった。そのプレイヤーはシステムから切り離されれば自動的に意識が回復すると頑なに信じていたらしい。
そして、質の悪い事にその後もアインクラッド外周から飛び降りる事例が後を絶たなかった。最初の犠牲者が出た後に出現した「生命の碑」には最初の犠牲者の死亡理由は高所転落と記されていたが、それでもゲームで死んだだけだとプレイヤーが次々と外周が飛び降りた。
キリトもクラインのメッセージでこの事を知り、攻略を一旦中断。クラインらと共にはじまりの街での集団自殺の鎮静化に尽力した。
その後、キリトやはじまりの街に残ったクライン、多くの正常なプレイヤーにより間違った認識による集団自殺は止められた。
たが、それだけで死者が減る事は無かった。初心者かベータテスターかは判らないが、勢い勇んではじまりの街を飛び出し攻略途中で亡くなる者が増えたのだ。
約10000人のプレイヤーは大きく二つの行動パターンに分けられる。はじまりの街に引き篭もるプレイヤーとアインクラッドを攻略する為にはじまりの街を出たプレイヤーだ。キリトより暫く後に数百人のプレイヤーがはじまりの街を後にし、それから暫く後にアインクラッド攻略の為にはじまりの街を出るプレイヤーが増えた。
あるプレイヤーによると、ソードスキルを発動させようしたが発動せず、そのままモンスターに殺されたらしい。
ソードスキルは所定の準備動作を行う事で発動、攻撃動作を行う。この準備動作を行わないとソードスキルは発動しない。要はこの準備動作が出来ていなかったのだ。
デスゲームとなったSAOをクリアしようと血気に逸った多くのプレイヤーがはじまりの街付近のフィールドに飛び出し、亡くなった。これが1カ月で約2000人ものプレイヤーが亡くなった最大原因である。
そして、デスゲームが始まって1ヶ月。未だ、第1層は攻略されていなかった。
◇
第1層・トールバーナ。
現在、キリトはトールバーナの中央広場にいる。トールバーナには1週間で辿り着いたのだが、迷宮区の攻略に手間が掛かってしまった。ベータテストの時と迷宮区のフロアボスの部屋までのルートが全く変わっていたのだ。
その為、攻略には慎重に慎重を重ねた。今のHP消滅=死の状況では過度に慎重になり過ぎて損はしない。
キリトは先述の集団自殺の件で一旦攻略を中断していたが、攻略に復帰しても迷宮区は攻略されておらず先日、迷宮区の攻略パーティがフロアボスの扉を見つけたばかりだった。
◇
キリトはその日の内にはじまりの街から次に目指すべき街であるホルンカに辿り着いた。翌日、序盤の重要クエストである「森の秘薬」を開始させた。
必ず受けなければならないクエストではないが、キチンと強化しPSが備われば第5層まで使える片手直剣「アニールブレード」を報酬として貰えるのだ。
既に同じクエストを受けているプレイヤーもちらほらと見かけた。キリトと同じく早期攻略を考えているだろうベータテスターのプレイヤーであった。職種の違うプレイヤーも居たが、アニールブレードは良い値で売れる事はベータテスターならば、知っているだろう。
森の秘薬のクエスト村の奥にある民家で受けられるクエストで、村の近くの森に現れる「リトルネペント」からドロップする「リトルネペントの胚珠」を探し出すクエストだ。
リトルネペントの胚珠は通常のリトルネペントからはドロップせず、低確率で現れる「花付き」と呼ばれるリトルネペントからしかドロップしない。
因みに、同じ低確率で現れる「実付き」のリトルネペント。この実を傷付けると破裂しリトルネペントやネペントを呼び寄せる匂い付きの煙を出す。
勿論、キリトならば実を傷付けずに倒す事は可能だが、出来れば避けたいモンスターだった。
森に向かい、数時間。20体目のペネントを単発斜め斬りの片手剣ソードスキル「スラント」で斬り捨てたところでキリトは同じクエストを受けていたプレイヤー、コペルと出会う。
コペルはキリトに協力を求め、キリトはそれに応じた。そして暫くペネントやリトルネペントを狩り続け、漸く花付きのリトルネペントが現れた。
しかし、同時に実付きのリトルネペントも現れ、どう対処するかをキリトが考えていると。
「なら、僕が実付きのタゲを取る。その間に花付きを速攻で倒してくれ」
自ら危険な実付きの相手をすると言い出した。キリトはコペルが先に花付きを倒せば良いと言っても聞かず、取り敢えずこの場はキリトが花付きを倒す事で納得した。
結果、キリトは花付きを瞬殺したが"予想通り"コペルは実付きの実を斬り付けていた。
「……やはり、か」
キリトはコペルが実を傷付けると薄々感じていたのだ。普通なら楽な花付きを担当したがるが、コペルは頑なに実付きを担当したがった。それだけでMPKーーモンスターによるPKーーを疑うには十分だった。勿論、善意からという可能性もあったので、その時は全てを話し謝るつもりだった。
とはいえ、今はコペルを吊るし上げる時間では無い。手に入れた胚珠をアイテムストレージにしまい込み、既に集まってきていたネペントやリトルネペントから距離を取る。
視界からはコペルは見えず、キリトは逃げたと判断した。逃げるか、と一瞬考えるが、その考えを頭を振り振り払う。自分が逃げても解決しない。逆に他のプレイヤーに擦りつけてしまう可能性がある。キリトはそう考えたのだ。
となれば、この場で全て斬り伏せるしか無かった。
◇
結局、キリトは集まったネペントやリトルネペントを全て斬り伏せた。中には花付きや実付きも居たが、実付きは実を傷付けずに倒した。
肝心のコペルは見つからなかった。キリトはコペルの陰謀に巻き込まれたが、結局は生き残った。取り敢えず、逃げ切れていればいいが、とキリトは剣を背中の鞘に納め森を後にした。
そして、コペルがリトルネペントにより死亡した事をキリトが知るのは数ヶ月後の事だった。
◇
その後、クエストを完了しキリトはアニールブレードを手に入れた。余った胚珠は次にコペルに会った時に渡す事にした。
次の街では情報屋と呼ばれるプレイヤー、アルゴと出会った。彼女もSAOの元ベータテスターでその頃から「鼠のアルゴ」の二つ名で呼ばれていた。
二つ名の由来はベータテスト中に受けた「体術」スキル習得の際にNPCに付けられた三本髭。ベータテスト中はクエストを完了させなければ髭は消せず、アルゴが体術スキル習得クエストを諦め髭メイクのままプレイしている内に鼠の様な髭から「鼠のアルゴ」と呼ばれる様になった。
アルゴはベータテスト時にキリトと顔を合わせており、その縁もあってアルゴが声を掛けてきたのだ。アルゴ曰く。
「にゃハハハ、何となくそれっぽかったから、声を掛けたんダ」
と、いう事らしい。
取り敢えず、デスゲームとなったSAOでも情報屋をしているとの事で、アルゴに初心者プレイヤーに向けたガイドブックの作成を依頼した。
これ以上犠牲者を出さない為にとキリトが考えた事だが、アルゴも同じ事を考えていた。キリトとアルゴの知識・情報を擦り合わせながら初心者向けのガイドブックを完成させた。そのガイドブックはすぐにアルゴの知り合いの有志——アルゴの知り合いの元ベータテスター達——により増版され、はじまりの街を中心に第1層の各街の道具屋や宿屋に置かれた。
その後、アルゴと別れ何事も無くトールバーナへと辿り着いた。既にトールバーナの迷宮区の攻略は開始されていた。
先述の通り、第1層の迷宮区の構造が変わっているので迷宮区の攻略を再び初めからやり直しとなったのだ。そんな迷宮区のフロアボスの部屋の扉を見つかった翌日ーーつまり、今日の昼。攻略の帰りにとあるプレイヤーと出会った。
◇
迷宮区の奥、見つかったボスフロアの扉までの道程を確認しトールバーナに帰る途中、フード付きのケープを身に付けたプレイヤーと遭遇した。
装備している武器は細剣。防具はケープで確認する事は出来ない。そしてこのプレイヤーの類い稀なセンスが垣間見えた。ベータテスターかどうかは判らないが、モンスターに放つ細剣スキル「リニアー」にブーストが掛かり基本技とは思えない効果音とエフェクトを放っていた。更に放ったリニアーは的確にモンスターの弱点を捉えていた。
暫く観察していると、モンスターを狩り終えたプレイヤーが細剣を腰の鞘に納めフードの奥から鋭い視線をこちらに向けた。
「……何か用?」
「いや、良い腕だと思ってな。少し見学させて貰った」
「……そう」
「SAO初心者とは、とても思えないな」
短く言葉を返しさっさと立ち去ろうとした彼女——声が女の声だった——だが、キリトの言葉にその足を止めた。キリトを見る彼女の視線には疑問の色が浮かんでいた。
「何故、と言いたげだな。君の放つソードスキルは確かに威力・正確さやキレはあるが動きは素人のものだったよ」
「どこがよ……」
「モンスターとの戦闘の過程が良くない。あまりギリギリで回避するのはやめた方が良い。反撃の速度は上がるし武器の損耗率も下がるだろうが、失敗した際のリスクは高い。万が一にもカウンターダメージでスタンでも起こしたら、後は死ぬだけだぞ」
「貴方には関係無いでしょ……」
「関係あろうが無かろうが、こうして目にしたんだ……後々死なれでもしたら困る。別に自殺願望者という訳でも無いだろう?」
「それは……まぁ」
「……まぁ、自殺願望がある奴が迷宮区には来ないか。だが、見たところ暫く休みを取らずに攻略を続けているだろう? 現状、アインクラッド攻略に動いているプレイヤーは半分にも満たない。しかも、既に多くのプレイヤーが攻略時に死亡している。貴重な戦力を減らさない為、出来れば無茶な攻略は避けるべきだ」
「……それこそ、貴方には関係……な、い……」
まさに関係無いと言わんばかりにキリトに背を向け歩き出そうとした彼女がいきなり倒れた。
言わんこっちゃない、と軽く溜息を吐いては彼女を左肩に担いだ。昏倒した彼女を流石に放ってはおけない。
放って行けば、彼女はリポップしたモンスターに殺されてしまう。
キリトは彼女をトールバーナまで連れ帰り、宿屋の自分の部屋に寝かせた。
◇
昏倒した細剣使いの少女を宿屋の一室、キリトが泊まっている部屋のベッドに寝かせてから、トールバーナの中央広場でとあるプレイヤーを待っていた。
「悪い悪い、遅くなったナ」
情報屋・鼠のアルゴだ。
アルゴも現在トールバーナを拠点とし第1層のボスモンスター「イルファング・ザ・コボルドロード」の情報が載った冊子を道具屋や宿屋に置いている。
因みに、イルファング・ザ・コボルドロードの情報もアルゴとキリトの情報を擦り合わせたものを掲載している。
イルファング・ザ・コボルドロード。第1層のフロアボスで、使用武器は斧とバックラー。HPバーは4本、HPバーが1本減る度に取り巻きとしてルイン・コボルド・センチネルが3体現れる。ベータテストでは最後のHPバーが危険域に入れば武器を湾刀に持ち替える。
フードの彼女と出会う前に、フロアボスの部屋を覗いが、ベータテストの時と変わりは無かった。ただ、腰の武器がちゃんと見えなかったのが、心残りだが大丈夫だろうと判断した。
しかし、キリトが今回アルゴを呼んだのはフロアボスの事ではなかった。
「今日、迷宮区で女性プレイヤーを拾ったんだが——」
「お、キー坊も遂に女に目覚めたカ? 女性をナンパするとは、やるじゃないカ」
「……違う。いきなり倒れたから連れ帰っただけだ。今は宿屋で寝ている」
キリトは真顔でアルゴの言葉を否定し、迷宮区であった事を話した。すると、アルゴはやはりか、といった表情で苦笑いした。
どうやら、アルゴは事情を知っている様だった。
「あの子は会う度に無茶な攻略をしていてナ。オレっちも度々注意はしてたんだヨ」
「……そうか」
「何を焦っているのやラ……」
「その辺りは目を覚ましたら聞いてみるつもりだ」
「解っタ、その子の事は頼んだゾ」
アルゴと別れ、宿屋に戻る。部屋に戻ると昏倒していた彼女は目を覚まし体を起こしていた。
栗色の長いストレートヘア、榛色の瞳に整った顔立ち。一見しても美少女だ。フード付きケープは脱いだのか彼女の手元に置いてあった。
「……ここは?」
「トールバーナの宿屋だ。いきなり倒れたから連れて帰った」
「そう。……迷惑掛けたわね」
それだけ言えば彼女はベッドから抜け出し、部屋を出ようとした。キリトはそんな彼女に声を掛ける。
「もう少ししたら、中央広場の側にある屋根の無い劇場の様なところで第1層のフロアボス攻略会議がある。1人でフロアボスに挑むよりは勝算は高い。一緒に来るか?」
彼女は少し考え、無言でキリトの言葉に頷いた。
◇
「はーい! それじゃ始めさせて貰いまーす!」
キリトと細剣使いの少女は主宰者の声を聞きながら舞台を見渡せる観客席の端に腰掛けた。
因みに、彼女はフード付きのケープを再び身につけている。キリトは少し訝しんだが、あれだけの美少女だ。フードを外して街中を歩けばすぐ噂になり声を掛けられるだろう。アスナはそれが煩わしいのだろう、キリトはそう感じた。
取り敢えず、キリトは目の前の主宰者に意識を向ける。
主宰者の名前はディアベル。気持ち的にナイトをやっている片手剣使いだ。
ディアベルの口から語られるのは、フロアボスがいる扉の発見と第1層のフロアボスを倒しデスゲームとなったSAOもクリア出来る事を示す事が自分達の義務だ、という事。
ディアベルの演説に、集まったプレイヤーは共感し拍手を送る。かくいうキリトもディアベルの言葉に小さく笑みを浮かべていた。
粗方喋り終わったところで、パーティ組みの時間となった。
SAOは1パーティ最大6人まで組める。ベータテストでも1パーティでは勝てないフロアボスは複数のパーティで戦う「レイド」を組んでいた。
但し、レイドで戦うに優れた指揮官役が必要だ。大局を見据え的確な判断を下せるプレイヤーは中々少ない。果たしてディアベルはそれに見合うだけの能力があるのか。キリトは面白そうだ、と内心笑み浮かべながら視線を横に座る細剣使いの少女に向ける。
「さて、パーティを組まなければならなくなった。君さえ良ければ俺と組まないか?」
「1人で挑むって選択肢もあるけど?」
「ディアベルも言っていたが、フロアボスは1人で倒せる強さではない。例え十分な安全マージンを取っていてもな」
MMORPGでは良く安全マージンという言葉が使われる。そのフロアを安全に攻略する為に必要なレベル数値を指し、この第1層ではおよそレベル10あれば安全マージンは取れていると言っていい。
因みにキリトは慎重を期してレベルを15まで上げてある。正直、デスゲームとなった現状ではまだ足りないと感じていたが、無理をすると隣の細剣使いの少女の様に倒れる危険性がある。早期クリアを目指す上で無理は出来ない。
取り敢えず、フロアボスに1人で挑むのは阿呆だ、という事を納得させてから彼女とパーティを組んだ。ここで、彼女の名前がアスナだと知る事が出来た。
キリトとアスナがパーティを組んだところで、始まろうとしていた会議に突如待ったをかけた人物がいた。
「ちょお待ってんか!」
流暢な関西弁——大阪方面の関西弁だった——を使いこなすプレイヤーが観客席の最上部からディアベルの居る舞台まで一気に駆け下りた。
プレイヤー名、キバオウ。そう名乗った彼が語ったのは元ベータテスターによる謝罪と賠償を強要する言葉だった。
「ベータ上がり共はこん糞ゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えよった。奴らは美味い狩場やボロいクエスト独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずや、ベータ上がりの奴らが! そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテム吐き出させんと、パーティメンバーとして命預けられへんし、預かれん!」
簡単に言えば、パーティに入りたければビギナーを見捨てたこと謝り、金とアイテムを全て寄越せ、という事だ。
事実、キリトも知り合ったビギナーであるクラインを見捨てた、と言える。レベルも周りより頭一つ抜けているだろう。アイテムも武器強化に必要なアイテムはかなりストレージに入っている。
はじまりの街の集団自殺の時はクラインと共に鎮静化に尽力したが、もしクラインに謝れと言われたら謝罪する腹積もりではある。
だが、今では無いだろう、とキリトは内心で溜息を吐いた。隣でアスナも呆れた溜息を漏らしていた。勿論、キバオウにそれは聞こえていなかったが。
キバオウ自身、自信たっぷりに腕を組んでいる。こんな事をしても意味が無いだろうとキリトは興味無さげにキバオウを見ていた。
キバオウの目論見通り、事が運んだとしてもその後ベータテスターと反ベータテスターの深い溝が出来るだけだ。
まさか装備品までは、と思ったキリトだったが、嫌な予感がしたので質問を飛ばしてみた。
「アイテムを吐き出させると言ったが、装備品もか?」
「当たり前や! アイテム全てや!」
この発言にキリトは落胆の溜息を吐き、劇場にいたプレイヤーがどよめき、ディアベルも顔を強張らせた。
今日、明日にもフロアボス攻略をしようと言うにも関わらず、装備品まで取り上げてしまえば戦力がガタ落ちになってしまう。
キリトは片手剣であるアニールブレードを+6まで強化している為、第1層で手に入る武器としては破格だがアニールブレード自体手に入れるのは難しくないのだ。アニールブレードの事はガイドブックにも掲載してある。事実、劇場にいる片手剣使いはディアベルやキバオウを含めてほぼ全てのプレイヤーがアニールブレードを持っている。
どれだけ強化されているかは判らないが、同じ武器を貰っても正直嬉しくは無いだろう。
正直、キバオウのベータテストに当選しなかった怒りと元ベータテスターに対する嫉妬が彼を掻き立てていると、推測するにはさほど時間は掛からなかった。
はっきり言えば、キリトの嫌いなタイプだ。さっさと退場させようと手を挙げた時だった。
「発言良いか?」
深みのある短い言葉が発せられた。発言の主は挙手した手を下げ立ち上がる。そして、ゆっくりとキバオウの眼前まで歩を進める。
エギルと名乗ったプレイヤーは180近い上背に筋骨隆々な体躯、浅黒い肌に日本人離れした顔付き。SAOではあまり見かけない外国人プレイヤーであった。
「キバオウさん、アンタの言い分は元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ。だからその責任を取って謝罪・賠償をしろという事か」
「そ、そうやっ」
キバオウがややビビりながらも頷くと、エギルは腰のポーチから1冊の小さな冊子を取り出した。それはキリトとアルゴが協力して作ったガイドブックであった。
「このガイドブック、アンタも貰っただろ。道具屋や宿屋で無料配布してるからね」
「も、もろたで。それが何や?」
「配布していたのは、元ベータテスター達だ」
このエギルの発言に、再び劇場からどよめきが湧く。
今の今まで元ベータテスターはビギナーを見捨て他人を顧みないプレイスタイルで通っていた。しかし、その元ベータテスター達が初心者ガイドブックを作成し無料配布していたのだ。ビギナーや一般プレイヤーからすれば驚きを禁じ得ないだろう。
キバオウもこの事実に驚き、悔しげに顔を歪めた。
「いいか、この様に情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのに沢山のプレイヤーが死んだ。その失態を踏まえて俺達はどうボスに挑むべきなのか……それをこの場で論議されると、俺は思っていたんだがな」
エギルの真っ向からの正論に、言い返す者は勿論おらず。振り返ったエギルが見るキバオウも憤懣遣る方無いといった様子だが、エギルの言葉をひっくり返すだけの材料が無く、そのまますごすごと引き下がるしか無かった。
それを見たエギルも元いた場所に座り、第1層ボス攻略会議がディアベルによって始まった。
◇
「あのキバオウって奴、何がしたいのかしら」
「さあな。だが、元ベータテスターに良い感情は持ってない様だったな」
「それにしたって装備品まで取り上げようとするなんて……」
フードの下でアスナはキバオウに対する不満を吐き出していた。出会った頃の無愛想からは考えられない変化だ。
そんなアスナの様子を見ながら笑みを浮かべていると、前から見知ったプレイヤーが駆けて来た。
「やぁ、キー坊。会議が終わって早々にデートカ?」
出来れば1番会いたくないプレイヤー、情報屋・鼠のアルゴだった。
「違う。取り敢えず、アスナの武器を見繕ってから連携の確認をするだけだ」
「……少しは照れないとモテないゾ」
「……それで、何の用だ?」
「実はとあるプレイヤーからキー坊の片手剣が欲しいから仲介してくれって言われてナ」
「……誰が欲しがっているかは何となく判るが。答えはNOだ」
「そりゃそうだよナ。もしかして、キー坊が元ベータテスターだって知ってんのかナ?」
「知っているかどうかは知らないが、そうじゃないかと睨んではいるだろうな」
「……じゃ、オレっちは行くナ。デート楽しんでこいヨ」
そう言ってこの場を去って行くアルゴ。その表情はまさにニヤニヤというものだった。いつか蹴り飛ばす、とキリトが決意する横から少し鋭めの言葉が飛んで来た。
「……貴方、元ベータテスターだったのね」
「隠していた訳じゃ無いぞ。聞かれなかったからな」
「貴方はビギナーを見捨てたの?」
「……まぁ、それは知り合いのビギナー次第だ。顔も知らないビギナーまでは知らない」
やや冷たいキリトの言葉にアスナは少し驚いていた。キリトはアスナを助けたし、その知り合いのビギナーにも何かしら手助けはしている筈だ。それを踏まえて非難される事を受け入れる気でいる。
確かに、キリト1人が行動に出たところで対して変わらないかもしれない。だが、それで助かるプレイヤーもいた筈だ。
アスナはそんなキリトが何故ビギナーを見捨ててまで攻略に出たのか。その理由が少しだけ気になっていた。
アスナがそんな疑問や欲求を抱えて始めた頃、2人はNPCの武器屋に着いていた。現状、武器を手に入れる方法は武器屋で購入するかボスドロップ品を入手するかの2つのみ。
ボスドロップ品を手に入れるのは少し時間が掛かる。という事でキリトはアスナを連れて武器屋に来た。武器屋には基本的にボスドロップ品と同等以上の武器が並ぶ事は無い。だが、例外はある。元ベータテスターが武器屋に流すパターンだ。
元ベータテスターが誹謗中傷を恐れ余ったボスドロップ品を武器屋に流す。基本的に元ベータテスターは武器屋を覗かず、ビギナーはよく覗くのだ。
とはいえ、不定期だし余ったからといって毎度武器屋に流す訳でも無い。あればいいな程度の気持ちで武器屋を覗いたキリト。
この日は当たりを引いた。
「い、いいの? これ確かボスドロップ品でしょ?」
「言い方は悪いが、金は余っている。それに、明日はフロアボス攻略だ、戦力アップは皆が生き残る為に必要だ」
やはり彼は優しい。アスナはキリトをそう評した。
キリトがアスナに買い与えたのは、ウィンドフルーレ。第1層のフィールドボスからドロップする細剣で、第1層でドロップする細剣武器としては最高性能を誇る。
そのウィンドフルーレが1本だけ販売されていたのだ。キリトとしてはラッキーであった。
次に向かったのは、迷宮区。
迷宮区といっても最深部に向かう訳では無い。迷宮区はアインクラッドと同じく複数の階層で構成されている。連携を確認するだけならば第1階層のモンスターで事足りるのだ。
「スイッチ!」
「はあぁぁっ!」
第1階層に出現するモンスター、ルイン・コボルド・トルーパーをアスナのソードスキル・リニアーが貫く。しかし、ルイン・コボルド・トルーパーは倒れない。
「スイッチ!」
「了解」
アスナの合図と共にキリトがルイン・コボルド・トルーパーをスラントで右袈裟斬りで斬り伏せる。倒れたルイン・コボルド・トルーパーにキリトは切っ先を向けるが、それがポリゴン片になって弾けたところで一息吐き、アニールブレードを背中の鞘に戻す。
「連携は問題無い様だな、アスナ」
「そうね……というか、何で私の名前知ってるのよ」
「パーティを組むと自分のHPバーの下に組んだパーティメンバーのHPバーが表示されるんだが、HPバーの左横にパーティメンバーの名前も表示されるんだよ」
キリトの言葉にアスナの視線がキリトから見て右に動く。
「……キ、リト」
「ああ、それが俺のプレイヤーネームだ」
アスナがキリトの名前を知ったタイミングでメッセージが飛んで来た。キリトの少ないフレンドである鼠からだった。
『同じプレイヤーから再度武器の取り引き依頼ダ。40000コル出すってサ。見たら直ぐに返事をくレ』
キリトはアルゴからのメッセージに深い溜息を吐いて直ぐに短い返事を返した。
先述の通り、キリトの所有するアニールブレードはかなり強化されている。しかし現状、40000コルあればキリトの武器に一歩及ばないものの十分な武器強化が出来る。それを知っててこの様な事をするという事は明らかにキリトの戦力を削りにきているのは明白であった。
「どうしたの?」
「先程の武器の取り引きの件だ。40000コルで売ってくれだと」
「よっ……!? それだけあったら結構な武器強化出来そうだけど……」
「どうやら、俺を元ベータテスターと睨んでやってる事は間違いないな」
「で、返事は?」
「おととい来やがれ、と」
キリトがニヤリと笑みを浮かべながら言うと、アスナは思わず吹き出した。これで精神的に楽になればとキリトは内心で考えていた。
それから暫く連携を確認した後、トールバーナへ帰還した2人。夕食をどうするか、となった際に酒場で食べるか、とキリトがアスナに聞くと。
「目立ちたく無い」
と、一蹴。
街中では必ずフードを深く被っているアスナ。食事の時にすら取らないとなると、確かに目立つ。まぁ、フードを取って食べるのもアスナの美少女顔で目立つだろうが。
取り敢えず妥協案として、人通りの少ない路地で食べる事にした。ストレージからパンを2個取り出しアスナに1つ手渡す。
「……1番安いパンじゃない」
「そう言うな。美味くする方法はある」
そう言ってキリトが取り出したのは小さな小瓶。キリトが小瓶をつつくと指先が光り、指先をパンに這わせるとパンに白いものが塗りつけられる。
「……それって、クリーム?」
「ああ。これがなかなかイケる」
キリトが差し出す小瓶を同じ様につついてそれを塗りつけ、一口食べる。そのまま動かなくなったアスナを見て、ラグったかとキリトが見ているといきなり起動しパンを食べ尽くした。
それを見ていたキリトと視線が合うとサッと顔を逸らした。フードで表情が見えないのでキリトは首を傾げるだけだった。
「もう1つ食べるか? 因みに、クリームは1つ前の村で受けられるクエスト「逆襲の牝牛」のクエストクリア報酬だ。欲しいならクリアのコツを教えるぞ?」
「……別にいいわ。美味しいものを食べる為にここに来た訳じゃないもの」
「なら、何の為に?」
「……私が私でいる為。最初の街の宿屋に篭ってゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分でいたい。例え怪物に負けて死んでも……このゲームに、この世界に負けたくない」
◇
アスナ——結城明日奈は結城家の令嬢としてのエリートコースを歩んでいた。しかしそれは両親が敷いたレールの上を歩くだけのもので、明日奈は閉ざされつつある自らの世界に恐怖感や閉塞感、そして焦りを感じていた。
しかし、両親に逆らうだけの気概も無く。只々両親が望む明日奈の未来へと歩を進めていた。
2022年11月6日、気紛れで兄の浩一郎からナーヴギアとSAOを借りた。浩一郎が出張から帰るまでの期間限定ではあるが、ゲームの中で自らの世界を切り開く——筈だった。
SAOがデスゲームへと変貌するまでは。
明日奈——アスナははじまりの街中央広場が混乱する最中、直ぐに宿屋の一室に引き篭もった。エリートコースを外れた事による両親の失望、友人からの嘲笑を想像し、恐怖し、パニックになった末の行動だった。
宿屋の一室に引き篭もって2週間経ち、アスナは決心を固めた。このデスゲームを自らの手でクリアする事を。しかし、それすらも両親や友人といった周囲の人の心を繋ぎ止める為で、決して英雄的行動ではなかった。
無料配布されていたガイドブックを赤い髪の野武士風のプレイヤーから受け取り、内容を暗記してはじまりの街を飛び出した。
そして寝る間も惜しみ、まさに狂的なペースでレベルを上げ、トールバーナに辿り着き、迷宮区でキリトと出会ったのだ。
◇
ふと、アスナは気になっていた事をキリトにぶつけてみた。
「貴方は……キリトは何で1人で攻略に出たの?」
この質問にキリトは中央広場のあの光景を思い出しながら答えた。
「この事が報道されてるって茅場が言ってた時、報道の動画が出てただろう。あの時に見たんだよ……家族を」
茅場晶彦が淡々と報道の件を語る最中、巨大なアバターの周りには各局やネットニュースの報道の動画が幾つも流れていた。その中で1秒程だったが、キリトの家族である妹の直葉と母の翠が映ったのだ。
顔を覆い泣き続ける直葉と涙を堪えて直葉を介抱する翠の姿に叫ぼうとしていたキリトは言葉を発する事が出来なかったのだ。
故にキリトは茅場が消えた直後に行動した。
クラインを連れて行こうとしたが断られ、見捨てた。
街に残るビギナーを顧みる事無く、はじまりの街を飛び出しのだ。
「再び家族に会う為に俺は必ずこのゲームをクリアする」
アスナはそんなキリトを羨ましいと思った。家族に会う為にクリアを目指すと言い切れるキリトが。
その後はどちらとも話す事無く食事を済ませ宿屋へと向かった。
◇
2022年12月3日。
朝10時に集合した第1層フロアボス攻略パーティは定刻通りにトールバーナを出立した。
6人パーティが7隊とキリトとアスナのパーティの全8隊44人。前日の攻略会議に出席した全員が参加している。部隊名は指示が出し易い様にA、B…と簡素なものになった。
今回のボス攻略戦は獲得コルは自動で均等割り、経験値はモンスターを倒したパーティに、そしてアイテムはゲットしたプレイヤーのもの、とディアベルによって決められた。
色々と見えてきたキリトだが、今は何も出来ないし言ったところでどうしようもない。
取り敢えず、キリトの横で不機嫌な顔をフードの下で晒しているアスナに話し掛けた。
「……何を不機嫌にしている」
「だって、私達の担当取り巻きの牽制よ? これじゃ攻略に参加してるなんて言えないわよ」
「なら、別のパーティに入ればよかっただろう」
「無理よ。どのパーティもお仲間の集まりだし」
「……確かに」
アスナの言葉通り、6人パーティのどの部隊も和気藹々と談笑している。アスナがこの中に入っても恐らく浮くだろう。
「それに、この配置も既に決められていたみたいだしな」
「それってどう言う——」
「おい」
アスナの言葉を遮り2人に声を掛けてきたのはE隊のリーダーであるキバオウだった。
「ええか、自分らは大人しゅうワイらが狩り零したコボルドの露払いだけしとれよ。出しゃばった真似したら許さんからな」
それだけ言い放ち、自分の隊に戻ったキバオウ。キリトはやれやれと苦笑いで去っていくキバオウを眺めていた。
「何あれ、感じ悪いわね」
「格好悪い事、この上ない。ま、確証が得られたのは良かったが」
ニヤリと腹黒い笑みを浮かべるキリト。その笑みを見てアスナは下手にキリトを敵に回さない様にと心に決めた。
◇
第1層・迷宮区最上階層。
ボス攻略パーティはフロアボスの部屋の扉の前で決戦前の準備を進めていた。
迷宮区では基本的に各パーティが交代でモンスターを倒していた。キリトとアスナのパーティは大体1体か2体の時にしか任されない。おかげでアスナのフラストレーションが酷い事になっていた。
「あんのくされヤローが……」
「アスナ、言葉遣い」
と、キリトが注意する程である。
最上階層までは距離があるので休憩しながら進んでいた。その休憩中にアスナにはストレスを発散させる為にコボルド狩りを許可して貰ったりもした。
そんなこんなで何とかボス部屋の扉前まで辿り着いたのだ。
皆が準備を済ませた事を確認し、扉の前でディアベルが皆を見渡す。
「聞いてくれみんな。俺から言う事はたった1つだ。……勝とうぜ!」
ディアベルの言葉に皆が静かに、だが力強く頷く。そして、ディアベルの手で扉が開かれーー
「グルルァァァアァァッ!」
「攻撃、開始ぃぃっ!」
第1層フロアボス、イルファング・ザ・コボルドロードとの戦闘の火蓋が切られた。
◇
イルファング・ザ・コボルドロードとの戦闘は順調に進んでいた。エギルやキバオウらの戦闘力の高さもあるが、ディアベルの指揮能力が彼らの戦闘力を最大にまで引き出していた。
「来るぞ! B隊はブロック!」
1カ月も攻略が出来なかったとは思えない連携でボスの体力を削っていく。
「C隊はガードしつつスイッチの準備……今だ! 後退しつつ側面を突く用意! D、F、G隊はセンチネルを近付けるな!」
「了解」
ボスを攻撃する部隊に近付こうとするルイン・コボルド・センチネルを攻撃し、引き付けるキリト。振り下ろされるメイスをアニールブレードでいなし——
「スイッチ!」
「3匹目!」
入れ替わりにアスナがセンチネルにリニアーを叩き込む。その剣先はキリトですら霞んでしか見えない。出会った時に見たリニアーとは段違いだった。
ソードスキルは準備動作を行い発動、攻撃動作に移るが、その際に攻撃動作に合わせて動く事によりブーストが掛かり速度や威力が上乗せされる。
アスナはそれを無意識で行なっていたのだ。
「そういえば、あの時もそうだったな」
迷宮区でアスナと出会った時、キリトはそれを既に見ていた。しかし、アスナは連日の無理なレベリングで精彩を欠いていた。連携時もまだ最高のパフォーマンスが出来る状態では無かったのだ。
つまり、今のアスナのリニアーは全プレイヤーでも最高の速度を誇っているのだ。
「グッジョブ」
小さく呟き、襲いかかるセンチネルをアニールブレードで弾き飛ばす。そして、最後のセンチネルを倒したところで他のパーティがボスの最後のHPバーを危険域にまで減らした。
ボスが大きく吠え、装備していた斧とバックラーを投げ捨てる。ここまでは情報通りで後はセオリー通りにボスを取り囲み全員で攻撃するだけだ。
しかし、ここで予想外の事が起きた。
「下がれ! 俺が出る!」
ディアベルが他のパーティを下がらせて1人で前に出たのだ。
「何を考えているんだ、アイツは!」
どのゲームでもボス戦で1番気を付けないといけないのは、体力が一定まで減った時だ。
大体は行動が変化したり、大技を放ってくるので普通は守りを固め様子を見るのが普通だ。今回も武器を持ち替えると情報はあったが、まず一旦は様子を見るだろうとキリトは思っていたのだ。
しかし、ディアベルは前に出た。そのディアベルがこちらを一瞥し、笑みを浮かべた。
キリトはディアベルの思惑に気付いてはいる。このタイミングで前に出るという事は、ラストアタックボーナスを狙ったものだ。
SAOではフロアボスを倒すと一点物のドロップ品であるユニーク装備をドロップする。そしてユニーク装備をゲット出来るのはボスにトドメを刺したプレイヤーである事から、ラストアタックボーナスと呼ばれている。
ビギナーがラストアタックボーナスを知り、このタイミングで1人ボス前に出るのは考えにくい。となれば、ディアベルが元ベータテスターである事は容易に看破出来た。
キリトは特にラストアタックボーナスにこだわった事は無い。手に入ればラッキー程度にしか思っていない。だが、他のプレイヤーがユニーク装備を求める気持ちも理解出来る。
デスゲームとなったSAOでなければ、であるが。
キリトがホルンカ村を出て直ぐの事、モンスターの細かいところがベータテストとは変わっていた。モンスターの持つ武器、技、アルゴリズム、ポップ間隔。想定していた技と違う繰り出されキリトも1度ダメージを貰っている。
アルゴによると、この変化によるプレイヤーの死亡率は一時期の自殺者数よりも高かったそうだ。一説には元ベータテスターの大半がこの理由により死亡した、とも言われていた。
そして、それがフロアボスにも及んでいない筈が無かったのだ。
「グラァァアァァアアァッッッ!」
ボス本体に近付けなかった為にキリトも確認出来なかった腰の武器。大きな叫び声と共にボスがその武器を手にし構える。それを見たキリトは目を見開いた。
ベータテストではボスが持ち替える武器は湾刀の中でも反りの強い曲刀だった。キリトもアルゴと共に情報を擦り合わせ最新のガイドブックにもその旨を載せた。
しかし、今ボスが構える武器は曲刀ではなく一般的に半曲刀と呼ばれる反りの弱い刀。だが一般的な刀よりもそりは強く刀身も長い。
——野太刀!
ベータテストでも第10層でモンスターが装備すると予告があった武器で、大太刀とも呼ばれている。実際に使用されるソードスキルも知らされていたが、実際に見た者はいない。
「駄目だ! 全力で後ろに跳べ!」
そんなキリトの警告に数人のプレイヤーが気付いていたが、ソードスキルを発動させていたディアベルには聞こえていなかった。
ボスが垂直に飛び上がり、体を捻る。野太刀はソードスキルのライトエフェクトが輝いている。
カタナソードスキル・旋車。
垂直にジャンプし体を捻った後、着地と同時に周囲360度を薙ぎ払う重範囲攻撃。直近に居たディアベルを始め前衛を張っていたC隊がボスの薙ぎ払いに巻き込まれた。
しかも間の悪い事にディアベルとC隊がスタンの異常状態に掛かったのだ。
「くっ! 後衛はC隊とディアベルを下がらせて回復を!」
キリトの苦し紛れの指示に漸く後衛が動き出す。C隊は吹き飛ばされ後衛の近くにいたので直ぐにポーションで回復状態に出来たが、直近に居たディアベルはボスの近くで倒れていた。そして、ボスは後衛部隊が向かうより早くディアベルに対して追撃を加えようとしていた。
起き上がれないディアベルを両手で持った刀を地面スレスレで高く斬り上げるカタナソードスキル・浮舟で高く浮かばせる。そして、上下の斬撃からの突きを繰り出す3連撃のカタナソードスキル・緋扇がディアベルに叩き込まれた。
特に緋扇は全てがクリティカルヒットし、ディアベルのHPを食い尽くしていく。
吹き飛ばされたディアベルにキリトが駆け寄り、ポーションを取り出しディアベルに与えようするが、ディアベルはそれを手で制した。
ディアベルが何を思って回復を拒否したのか、キリトは理解した。ディアベルのHPバーは既に1ドットも残っていなかったのだ。
「……同情はしない」
キリトの言葉に小さく笑みを浮かべ、ディアベルの体はポリゴン片となって消えていった。
◇
ディアベルの死は攻略パーティに強い動揺を与えた。ポリゴン片になったディアベルを見て絶望する者、ディアベルが死んだ事実に呆ける者、反応は様々だ。
そんな中キリトは剣を構えてボスと対峙する。ディアベルが死んだからと絶望をする事は出来ない。それをしてしまえば、残った43人はボスの餌食となる。
「付き合うわ」
剣を構えるキリトの横にアスナが並び立つ。
「死んでも勝つつもりなら下がっていろ」
「バカ言わないで。必ず勝って生き残る」
「……そうか」
短く答え、2人はボスに向かい駆け出した。
ボスが野太刀を納刀する様に構える。カタナソードスキル・絶空の準備動作だった。キリトは片手剣単発水平斬りソードスキル・ホリゾンダルの準備動作を発動、攻撃動作に入ったボスの絶空に、ホリゾンダルを合わせパリングする。
「スイッチ!」
体勢を崩したボスにアスナが突っ込む。しかしボスも体勢を崩しながらも野太刀で突きを繰り出す。ボスの突きをギリギリで回避しながらリニアーの準備動作を発動させる。
その時にフード付きのケープが破損しアスナの顔が顕にになるが、アスナは気にせずにリニアーをボスに叩き込む。
キリトがボスの攻撃をパリングし、アスナがアタックする。
この光景を2人以外の皆が驚きをもって眺めていた。
何故、ディアベルが死んで直ぐにあそこまで戦えるのか?
殆どのプレイヤーが、ディアベルが死んだ事で恐怖に身を強張らせていた。しかし、その中で1人声を上げる者がいた。
「お前ら、いつまでもガキ2人に戦わせる訳にはいかねえ! 俺達も行くぞ!」
エギルは自らを鼓舞する様に声を上げ、ボスに向かい走り出す。そのエギルに着いて行くのはエギルが隊長を務めるB隊のメンバー。
ボスにキリトが吹き飛ばされ、アスナが受け止める。その2人にボスが野太刀を振り下ろす。
「させるかぁぁっ!」
その野太刀をエギルの大斧がパリングする。それに続く様にB隊のメンバーがボスを取り囲み牽制し始める。
「俺達が支える! 今の内に回復しろ!」
エギルの言葉に頷き、キリトはアスナと一旦下がりポーションを使う。エギル達B隊が戦線を支える間キリトとアスナは体力を少し回復させ、再び駆け出す。
それを一瞥したエギルは振り下ろされる野太刀を力一杯上にパリングする。
「スイッチ!」
「はあぁぁっ!」
エギルと入れ替わりにソードスキル・ホリゾンダルですり抜け様に斬り付ける。タゲがキリトに移った直ぐ側からアスナがブーストの掛かったリニアーを叩き込む。そして、ボスの攻撃は回避、スキルはエギルとキリトが交代でスキルでパリングする。
そして、キリトがボスの緋扇の1段目の攻撃をスラントの左下からの斬り上げでパリングし、その隙にアスナがリニアーを叩き込み、ボスが漸く倒れ、ポリゴン片になった。
表示される『Congratulations!!』の文字にキリトは漸く体の力を抜いたのだった。
◇
ボスであるイルファング・ザ・コボルドロードが撃破され、攻略パーティは歓喜に沸いた。しかし、キリトはその様子を見ても笑みを浮かべない。
第1層がクリアされたとはいえ、犠牲者が出たのだ。全く嬉しくない訳では無いが、素直に喜べる気分ではなかった。
「お疲れ様」
「見事な剣技だった、Congratulations」
「お互い様だ。2人やみんながいなかったらクリア出来なかった」
声を掛けてきたエギルとアスナに笑みを浮かべて答えるキリト。これは偽らざるキリトの本音であった。アスナがいなければボスを倒せなかったし、エギル達がいなければアスナと共にボスに倒されていただろう。
そんな3人に向かって多くのプレイヤーから称賛の拍手が送られる。しかし、それで納得出来ない者もいた。
「何でや! 何で……何でディアベルはんを見殺しにしたんや!」
「……見殺し……?」
「せやないか! 自分はボスが使う技知っとったやないか! 最初からあの情報伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!」
確かに、キリトは旋車のモーションを知っていたし、事実ディアベルにそれを伝えようと声を上げた。しかし、当のディアベルは既にソードスキルを発動させていたし、キリトの声は聞こえていなかった。
果たしてそれで見殺しにしたと言えるのか、と普通なら考える。しかしキバオウや一部のプレイヤーはその思考は既に放棄していた。
「きっとアイツは元ベータテスターなんだ! だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ! それを知ってて隠してたんだ!」
キバオウの側にいたプレイヤーが声高に叫んだ言葉に、場が静まり返る。正直、キリトは内心呆れた溜息を吐いていた。
情報云々はともかく、ディアベルが単身飛び出したのは事実だ。あの分なら野太刀と攻撃パターンの情報があれば、結局1人で飛び出してしたのはキリトでも簡単に想像出来る。
だからこそキリトは同情しないとディアベルに言ったのだ。1人でボスの前に飛び出し無駄にその命を散らした事を。
しかし、現状キバオウ達が騒ぎ立てた事により残りのプレイヤーに動揺が生まれた事は事実だ。それに、直接見ていないにしろカタナソードスキルの動きを知っていたのも事実。
まぁ、それもディアベルが飛び出さなければ死人を出さずに済んだ気がするのだが。
とはいえ放っておけば元ベータテスターとビギナーや元ベータテスターをよく思わないプレイヤーとの確執が深まる。
どうしたものか、と考えてキリトが思いついた案が。
「この中にも元ベータテスターがいるかも——」
「俺を元ベータテスターと同じにして貰っては困るな」
「——っ!?」
自ら悪役になる事だった。
「悪いがベータテストの頃、みんなが到達していない層まで登った。カタナソードスキルもその時に戦ったモンスターが使っていたのを見て知った。あの情報屋……鼠のアルゴですら足元に及ばない情報量を俺は保有している」
「……何だよ、何だよそれ! そんなのもうチートじゃねえか!」
「ベータでチーター……ビーターやないか!」
上手くいくかと内心冷や汗ものだったが、こうも簡単に騙されてくれるとキリトも逆に不安になる。クラインも知っていた様にベータテストでは第9層の途中までしか攻略されていない。つまり第9層の途中までしか攻略されていない情報は公開されているのだ。
となると、キバオウ達はその情報すらSAOを始める際に得ていないという事になる。それくらいの事前情報は得てきて欲しいものだ、とキリトは内心苦笑いした。そして。
「ビーター、か。いい称号だな。貰っていくぞ」
悪役を演じるキリトは、例えクソダサい称号を付けられようともそれを喜んで貰わなければいけないのだ。
「……第2層の転移門の有効化はしておいてやる。ここのボスで怖気付いた奴は街で大人しくしているんだな」
キリトは無表情で言い放てばそのまま第2層に続く階段へ向かった。
◇
無表情で第2層に続く階段に向かうキリトを見たアスナは、キツい視線でキバオウを見ればずんずんとキバオウに歩み寄りメニューを開く。
そしてメニューを操作し、キバオウの目の前に表示されるのはトレードメニュー。アスナからキバオウに提示されたのは第1層のボスが落としたラストアタックボーナスのドロップ品であるコートオブミッドナイトであった。
「私の趣味じゃないし、あげるわ」
キバオウはアスナの圧に押されるようにトレードの受諾ボタンを押した。アスナはそれを確認し、ふんっ、と鼻息荒く立ち去り急いでキリトの後を追った。
◇
「悪役を演じるのも大変だな、えーっと……」
「……キリトだ。確か……エギル、さん」
「エギルでいい」
階段のすぐ側に外国人プレイヤーのエギルがいた。しかも、キリトの悪役プレイを見抜いた上で。
「悪いが俺はアイツら程ヌルくは無いんでね。元ベータテスターが第9層の途中までしか攻略してないのは把握済みだ」
キリトの思惑を理解して周りに聞こえない声で話しかけるエギルを見ては苦笑いするキリト。どうやら、エギルはかなり「デキた」男の様だ。
「で、これからどうするんだ?」
「……こうなってしまったからな。暫くは1人でーー」
「私もいるわよ」
アスナが後ろから駆け出しては隣に立つ。
私もいる、という事はどうやらアスナは付いて来る気が満々のようだとキリトは苦笑いした。
「俺といるとビーターの仲間と思われるぞ」
「望むところよ」
フードを取ったアスナはどう見てもお嬢様といった見た目だ。まさか、ここまで好戦的だったとは、キリトも予想外だった。
—だが……まぁ、いいか。
内心で苦笑いしながらもアスナの同行を認め、キリトは第2層への階段を登っていった。
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