舞島市内にある大きな屋敷。その敷地面積は個人の所有としては舞島市最大だ。
その見晴らしのいい丘の上に並ぶ、西洋風の二つのお墓。
今、そこから、普通の人間には見えないなにかが飛び出してきた。それはしばらく上空をさ迷い、やがて屋敷の中の一室へと潜り込んでいく。
その光景を目撃したのは屋敷の庭に忍び込んでいた、舞島学園の制服を着た少女一人だけだった。
舞島東小学校4年3組の教室。登校してきた高原歩美はイスに腰かけると、机に突っ伏す。
「おはよー、歩美。って、いきなりどーしたん?」
クラスメイトにして親友である小阪ちひろが、朝から元気のない歩美に疑問を投げ掛けた。
「うん、ここんとこ色々ありすぎて、もう一杯一杯だよ」
「はー、歩美が音をあげるなんて相当なんじゃね?」
「まあね」
実際、今の歩美には相当なことが起きている。
ただし人には言えない。黙っているよう言われたわけではないけど、多分言わない方がいいんだろう。それに、自分も恥ずかしくて言えやしない。
「まー、うちも昨日は大変な目にあったけど」
ぴくり、と小さく反応する歩美。
「なんだったんだろ、わたしに取り憑いたあの怪物。それに助けてくれたあの子も」
歩美は突っ伏したまま、顔面から冷や汗を大量に流している。
「あの化け物はわかりませんけど、助けてくれた方ならわかりますよ」
「あ、えり」
桂木えりの発言に、またもやびくり、とする歩美。
「あの子は自分のことを『魔法少女めがみ〜な』の『メルクリウス』って名乗ってました」
もう、歩美のドキドキは止まらない。
「魔法少女かぁ。普通だったらバカにするとこだけど、ホントに不思議な力で助けられたからなー」
「にーさまは『ゲームじゃありがち』って言ってましたけど」
「ゲーマーの意見は聞いとらん」
歩美は心のなかで、「ありがちかー。うん、そうかもねー」などと現実逃避という名の達観の境地に達していた。
「歩美はどう思う?」
「ヤー、ワタシハミテナイカラワカラナイヨー」
歩美はこれだけ言うのが精一杯だった。
町中を歩く一人の少女。彼女の名前はエリュシア=デ=ルート=イーマ、現在は
「はぁ、なかなか見つかりませんね〜」
彼女は、左手に持った「女神のオーブ」を覗き込みながらぼやいていた。
「本当にいるんでしょうか、二人目の魔法少女候補のかた」
そう、エルシィは今、新たなる魔法少女となるべき人物を探していたのだ。
するとオーブは淡く輝きだし、声が聞こえてきた。
『何を言ってるのですか。メルの協力者は見つかったのですよ。私たちの協力者もきっと近くにいるはずです!』
『そうだぞよ。わらわもただじっとしているのは飽き飽きじゃわ』
『アポロ姉さま、理由がへんー』
『まったく、われらの使命をはき違えるでない』
『まあまあ、アポロ姉も使命を忘れてはいないさ』
『ZZZ…』
『なんじゃ、メルクリウスのほうが使命感が無いみたいじゃな』
「あうぅ〜、女神の皆さん、静かにしてください〜」
エルシィは声をひそめながら女神たちに懇願する。もちろん人目につきにくい路地裏へと身を潜めて、だ。
「第一、どうして急に、皆さんと会話ができるようになったんですか?」
実を言うとこの女神たち、今朝になって急に会話し始めたのである。万年落ちこぼれだったエルシィには、何がなんだかわからない。
『それはメルクリウスがあの少女と契約し、パスを繋いだためだ。そのために空間が安定し、われら「ユピテルの姉妹」との会話も可能となったのだ』
『私たちが契約するごとに、魔法少女たちの能力も上がっていきます。そのためにも…』
と、その時、オーブから光の筋が延び、ある方角を指し示した。エルシィは姿を消し上空まで飛び上がり、その方角を確認する。そこは。
「…歩美さんの学校?」
市立舞島東小学校だった。
昼休み。歩美は校庭の中央近くに立って、呟いた。
「昨日ここで、奪い魂と戦ったんだね」
そう、そこは昨日、歩美が魔法少女として戦った場所だ。
「
『…なんだい、アユミ?』
髪の毛を留めているゴムヒモの星形の飾りから、メルクリウスが気だるい声で聞き返す。それに構わず歩美は尋ねる。
「奪い魂、ううん、駆け魂ってそんなにいるもんなの?」
『…ああ、そうみたいだね。三年くらい前に冥界、…新地獄から大脱走したらしい』
「大脱走ってどれくらい?」
『確か六万匹、だったかな』
「ろく…!」
歩美は膝を折り、地面に手をつける。
六万匹なんてどうしろと?
そんな歩美の思いを感じとったのか、メルクリウスが話しを続けた。
『安心しなよ。私たちのノルマは、その内の奪い魂を全て捕まえること。奪い魂は全部で六匹、その全てがこの舞島市にいるらしいね』
「なんで舞島にだけ?」
『それは…!?』
突然黙りこむメルクリウス。
「どうし…」
ぼふっ!
「!?」
「ふぇ!?」
突然受けた後ろからの衝撃に、せっかく立ち上がった歩美は前のめりに倒れ込んでしまう。
「いったぁー!」
顔面をしたたかに打った歩美は上半身を起こし、後ろを見る。
そこには、ショートカットの黒髪を頭の左右にリボンでまとめ、前髪で目を隠した少女が尻餅をついた状態でいた。
そのすぐそばには梱包などに使う発泡緩衝材、いわゆるプチプチが落ちている。どうやらそれを潰しながら歩いていてぶつかってしまったようだ。
「あ、あの、…ごめん、なさい…」
おどおどとしながら少女が謝る。その様子を見た歩美は軽く頭を掻き、立ち上がって手を差し伸べながら言った。
「まったく、これから気を付けなさいよ」
少女はコクコクとうなずき歩美の手をとる。
歩美は少女を立たせるとプチプチを拾い、それを手渡そうとして。
「歩美さ〜ん!」
歩美を呼ぶ、気の抜けた声が聞こえてきた。嫌な予感がしつつも恐る恐る声のした方を向くと、こちらに向かって駆け寄ってくるエルシィの姿が。
「ちょっとエルシィさん! ここ、学校だよ!!」
「それどころじゃありませんよ!」
(いや、それどころだから!)
心の中でツッコミを入れる歩美。そんなことは知るよしもないエルシィが言葉を続ける。
「実はこの学校に、二人目の魔法少女候補の方が…、って、ええ〜!?」
一人で騒ぎたて、一人で驚いてるエルシィに、歩美の方も気が気でない。
「ちょっと! こんなとこで魔法少女とか言わないっ!
…てか、どうしたの、エルシィさん?」
「こ、この方です! この方が魔法少女候補です!!」
「え…!?」
歩美は振り返り、先程の少女を見る。
「ふぇ?」
状況を理解していない少女が首を傾げる。
「ええと、鮎川天理さん。魔法少女になりませんか?」
「ふぇぇーっ!?」
突拍子もない申し出に少女、鮎川天理はただ叫んでいた。
「はぁ〜、断られてしまいました」
体育館の裏で、エルシィが滅茶苦茶落ち込んでいた。
「まあ、普通は断ると思うよ?」
歩美は冷静にツッコミを入れる。
「でも、歩美さんは魔法少女になってくれたじゃないですか」
「あれは、ちひろを助けたかったから。そうじゃなきゃ引き受けてないよ」
「それなら天理さんの大事な人が襲われれば! …って、人の不幸を望んでは駄目ですね」
自己嫌悪の為か、エルシィはしょぼんとしてしまう。
その様子を見て、悪魔らしくないなぁ、などと思ってしまう歩美だった。
「とにかく、魔法少女候補を捜すのはいいけど、学校じゃちゃんと透明になってよ?」
「はい、すみませんでした」
(なんか、私がいじめてるみたいじゃない)
根はいい子である歩美は、素直に謝るエルシィに対して心苦しく思ってしまう。
「…それにしても、同じ学校にもう一人魔法少女候補の方がいるとは、思ってもみませんでした。
この調子で、他の方々も見つかってくれるといいんですけど」
「ん? 他の方々って、魔法少女って全部で何人いるの!?」
聞き捨てならないとばかりに尋ねる歩美。
「女神の方たちはメルクリウスさんを含めて六人なので、魔法少女も同じく六人ですね」
「はぁ!? なにそれ?
はじめて聞いたんだけど!」
「あれ、話してませんでしたか?」
(ああ、だめだ。この
歩美はようやく理解した。
(私が、しっかりしなきゃ!)
人のいい歩美に、変なスイッチが入った瞬間でもあった。
キーンコーンカーンコーン…
「あ、いけない! 予鈴だ!」
「ああ、待ってください、歩美さ〜ん」
慌てて駆け出す歩美を、姿を消してエルシィが追いかける。と。
ドロドロドロドロ…
ある、一人の女の子の横を通りすぎたとき、エルシィの髪飾りから突然音が鳴り響く。
「「!」駆け魂センサーが!?」
(…あれ、昨日と少し違う?)
ドロドロ音のリズムの違いに歩美は疑問に思うが、今は教室に戻るのが優先だ。
「(エルシィさん、あの子のことおねがい)」
「(はい、りょーかいです!)」
不安は残るものの、後のことはエルシィに任せ、歩美は教室へ向かった。
エルシィが後をつける少女は、4年1組の教室へと入っていった。
(あれ? 4年1組って確か…)
エルシィが教室を見渡すとそこに、プチプチを潰す少女の姿が目に映る。
(やっぱり、天理さんのクラスでした)
自分の記憶は確かだったと一人得心するが、すぐにあの少女のことを思いだし、も一度教室を見渡す。
(いました! って、ええ!?)
驚くエルシィ。けれどもそれは、少女の隣の席にいる少年に対してだ。
その少年は、携帯型ゲーム機で遊んでいた。ただ黙々と。
人間世界に疎いエルシィですら、それが異常なのはわかっている。魔学校でもボードゲームみたいなものを持ってきてたら注意される。そして、この手のゲームが注意の対象になるだろう、というのも予想できた。
と、女の先生が教室に入ってくる。
「きりーつ。
れい。
ちゃくせき」
生徒の一人が号令をして、授業が始まった。
(…って、この子の注意はしないんですかー!?)
少年は未だゲームを続け、先生は何もないかの如く授業を進める。
(こ、こちらでは、これが当たり前なんでしょうか?)
さすがに今回は、エルシィがそう思うのも仕方がない。それくらい、それが当たり前のこととして周りが認識していたのだから。
(…あ、今はこの子のことです!)
辛うじてやるべきことを思い出したエルシィは、羽衣を起動して少女のデータを調べる。
(えーと、白鳥うらら、4月6日生まれ10歳。血液型B型。身長140㎝、体重32㎏。白鳥建設の令嬢。現在は祖父との二人暮らし…)
エルシィはデータを読み進めていき。
「えっ!?」
ざわっ
エルシィが思わず発した声に、クラスがざわつく。
(いけない、つい…。
でも、これって)
そこにはこう記されていた。
−−−なお、死亡した母親・香夜子は駆け魂にとり憑かれていた可能性有り。
と。
(まさか、うららさんにとり憑いている駆け魂って、香夜子さんって人に憑いていたモノが?)
もしもそうならば、うららの中にいる駆け魂は、すでにかなりの力をつけているということになる。
(とにかく、歩美さんに報告を…)
エルシィがそう思ったとき。
「先生!」
状況は動いた。
「隣の子がゲームやってますわ!」
うららがゲーム少年のことを告げ口した。先生は困った顔をしながら少年のもとまでやってくる。
「桂馬くーん、ゲームしまおっか?」
「どうぞお構いなく」
しぃぃ…ん
「先生がやめろって言ってますわ!!」
うららは桂馬と呼ばれた少年からゲーム機を奪い取る。
「何するんだ! ボクはいたって友好的に現実を拒絶してるのに!」
「ゲームばかりしてたらバカになりますわ!」
「なんて前時代的な考えなんだ。
言っとくけど、成績ならお前より上だって自信はあるぞ」
「え…?」
まさか、という表情で先生の方を見るうらら。先生は困った顔をして。
「そうねー。確かに桂馬くん、テストの点数はクラス一、もしかしたら学年一かも」
「わかっただろ? ボクはゲームと勉強を両立できてる。周りに迷惑もかけてないし、何の問題もないはずだ。
さあ、
桂馬はうららに向かって右手を差し出す。
「ううー…、えーいっ!!」
癇癪をおこしたうららは、ゲーム機を床に叩きつけた。
「おわーっ、何するんだよ!!」
ドン!
桂馬が力強く突き飛ばした瞬間、うららの体から白い霧のようなものが吹き出し、4年1組の教室を覆い尽くしてしまった。
4年1組の異変はすぐに他のクラスにも知れ渡った。
「先生は様子を見てくるから、みんなは教室で待ってるのよ」
4年3組の担任、藤村先生がそう言い残して教室を出ていく。すると数分もしないうちにいくつかのグループが出来て、この異変についての話題に花を咲かせはじめた。
けれどもその輪に加わらず、一人席についたまま、僅かに身体を震わせている少女がいる。
「えり、どーしたん?」
その少女、えりの様子に気づいたちひろが尋ねると、僅かに震える声で答え始める。
「1組には、にーさまがいます…」
「あ、桂木ゲーマー、あのクラスか」
桂木ゲーマーはちひろが名付け、学校中に知れ渡っている桂馬のアダ名だ。
「異変の前に聞こえてきた言い争っている声、一つは多分、にーさまだと思います…」
顔を伏せるえり。ちひろは手を頭の後ろで組み。
「心配なら行ってみりゃいーじゃん」
「え、で、でも、先生が…」
「えりは先生の言いつけと兄貴、どっちが大事なのさ」
「にーさまです!」
すかさずに言うえりに、ちひろはニカッと笑い言った。
「答え、出てんじゃん」
「あ…」
「今ならもれなく、私もついてくるぜっ!」
「ちひろさん…」
ちひろの優しさがありがたいえり。さらに。
「私も行くよ」
「歩美さん」
突如、歩美が会話に入ってきた。
「歩美、今まで何してたの?」
「うん、ちょっとね…」
言葉を濁す歩美をいぶかしむちひろだった。
先生が教室を出てすぐに、歩美は教室の隅の方へ移動した。
「(メル、この異変ってやっぱり…?)」
「(ああ、恐らく駆け魂の仕業だよ。奪い魂かどうかはわからないけど)」
メルクリウスの返答に少し考えて。
「(エルシィさんが、来ないね)」
駆け魂持ちの子を追いかけていったエルシィが、この異変が起きても接触してこない。
「(多分この異変の影響で、来ることが出来ないんじゃないかな)」
歩美はもう一度考えて。
「(助けに、行った方がいいよね?)」
「(歩美は、あんなに魔法少女になるのを嫌がっていたのに)」
「(だって、ほっとけないじゃない)」
フフッ…
メルクリウスが小さく笑う。
「(そこ、笑うところ?)」
「(ああ、すまない。キミの心の在り方が面白かったからつい、ね)」
「?」
「(……いや、歩美には関係ないことだよ。
それよりも、助けにいくんだろう? あの悪魔っ
「(うん!)」
歩美は小さく、しかし力強くうなずく。
だが歩美は、後ろの出入り口からこっそり抜け出そうと移動したときに聞いてしまった。ちひろとえり、二人の会話を。
「今ならもれなく、私もついてくるぜっ!」
はっきり言って、それはかなり不味い。1組は今、駆け魂の影響下にあるのだから。
「私も行くよ」
慌てて歩美も名乗りをあげる。エルシィの方は後回しになるが、二人をこのまま放っておくことも出来ない歩美だった。
「うう…ん。
…あれ、ここは?」
エルシィが目を醒ましたそこは、遊園地の敷地の中だった。
「これって、駆け魂の影響なんでしょうか?」
キョロキョロと周囲を見回しながら呟く。
「多分ここは、
「えっ!?」
声がした方を振り向くエルシィ。その視線の先には、ベンチに腰掛けゲームをする、眼鏡をかけた少年がいた。
「あ、あなたは…」
「ボクは桂木桂馬。ゲーム世界の神だ」
桂馬は眼鏡をクイッと上げながら、自己紹介をする。
「かみ…、神さまなんですか!?」
「ゲームのな」
「お遊戯でもすごいです!
私、神さまと知り合いになっちゃいました!」
エルシィが妙なテンションで歓喜する。
「それで、オマエは誰だ?」
「私はエルシィっていいます。それで、ええっと…」
エルシィが言い淀むと。
「どうせこの事件の、いや、魔法少女の関係者だろ?」
「ええ! どうしてわかったんですか!?」
ズバリと言い当てた桂馬に思わず聞き返す。尚、ごまかすという考えは頭の中から吹き飛んでしまったようだ。
それに対しての桂馬のこたえは、いたってシンプルなものだった。
「ゲームではよくあることだ」
エルシィの目が点になった。
この遊園地はおかしかった。
巻き込まれた生徒たちは、何の疑問も持たずに遊びだした。
同じく巻き込まれた教師は、どうやっても目を醒まさない。
そんな中、園内をさ迷う少女が一人。鮎川天理だ。
(みんな、どうしちゃったの?)
色々と廻ってみたものの、みんな似たり寄ったりだった。そして終いには。
がさがさ
ぷちっ、ぷちっ…
プチプチに逃げ込んでしまう。
と、そこへ。
「おまえは、天理」
聞きなれた声に顔をあげると、そこには。
「桂馬くん! …え?」
桂馬の姿が。しかしその隣には、先ほど魔法少女に勧誘してきた女のひとがいた。
(たしか、エルシィって呼ばれてたっけ。でもなんで、桂馬くんと一緒に…?)
「天理、おまえはなんともないのか?」
「ふえっ? う、うん…」
天理の答えに桂馬が考え込む。
「神さま、どーしたんですか?」
(神さま!?)
エルシィの発言にに目を丸くする。
「どうやらこのセカイは、アイツの影響下にあるみたいだな」
「アイツ…、うららさんですね」
「あ、あの、でも、私たちはなんともないよ?」
天理が言うとおり、周りのみんなと違い、この三人は普段と何ら変わらないでいる。
「恐らくだけど、ボクは現実を拒絶してるから。
天理は大きな欲望を持っていないから。
そしてエルシィは、魔法少女の関係者だから。
ま、大体こんなとこだろ」
「神さま、名推理です!」
桂馬の推測にエルシィは感銘を受け、それを見ていた天理は、エルシィが残念な
2話目にしてつづく! になってしまいました。なんか、思ったより話が進まなくて。
次話は今日中に投稿予定です。