邪霊ハンター   作:阿修羅丸
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(ぬえ) その2

 沢渡直也警部が呼んだ警官隊が、水野とその手下たちを拘束、連行していく。

 彼等の乗っていたハイエースは、憂助が木刀でコツンと叩くと、また元通り動くようになった。打ち込んだ念を除去したのである。

 

「んじゃ、晩飯作らなならんき失礼します」

 

 憂助はそう言って、倒してあったクロスバイクを起こした。

 葵がそのそばに駆け寄る。

 そこへ沢渡が呼び止めた。

 

「待ってくれ、久我くん。我々は、たまたまこの場に出くわした訳ではない。君たち二人に用があるのだ」

「たちって……アタシも?」

 

 憂助の横で聞いていた葵が、すっとんきょうな声を上げる。

 

「アタシにも用があるって……あ、あのー、アタシこんなカッコしてるけど、エンコーとか万引きとか全然やってませんよ?」

「それは良い事だ。だが、そうじゃない。峰岸葵くん、君が拉致されたのは、決して行きずりの犯行などではない。最初から君を狙って仕組まれたものなんだ」

「へっ?」

「君たちは、神道宗光という男を知っているだろう?」

「コイツが詐欺られそうになったんで、焼き入れてやりました」

 

 憂助は隣の葵を親指で差して、答えた。

 

「恐らくは、その時の復讐をするつもりなのだろうな……奴が最近、この近辺に潜伏している。我々は君たちを護衛し、奴を逮捕するために来た」

「……そんじゃ、コイツはお任せします」

 

 憂助は葵の背中を押して、沢渡警部の方へと押しやった。

 

「俺の方はご心配なく」

「そうはいかないよ。それに、神道宗光とは別件で、君に話したい事もあるんだ」

「……じゃ、そっちの話は家で。とにかく、そいつの事はしっかり守ってやってください」

 

 憂助は言いながら、目線でチビ虎を探した──が、どこにもいない。食事を終えて、さっさと帰ってしまったようだ。

 

(あのニャンコロ……)

 

 葵の護衛に付けようかと考えた矢先に、これである。憂助は胸の内で毒づいた。

 

「無論だ。大宮刑事、峰岸くんの事は任せた」

 

 沢渡にそう言われた女刑事の大宮は、「はい」と答えると、葵をプリウスに乗せた。

 

「では行こうか。確かノーランド刑事の報告によると、君は瞬間移動を使えるそうじゃあないか。早速見せてもらえないか?」

「んじゃ、肩なり腕なり、お好きなとこを掴んでください」

「うむ」

 

 沢渡警部は憂助の肩に手を置いた。

 憂助の体から白い光が生まれ、二人を包み込むと、その場からフッと消えた。

 

 

 街から外れて、山中を道なりに進んでいくと、中腹の辺りで脇道が見えてくる。舗装されてはいないが、車二台が並んで通れるくらいの広い道だ。

 その脇道を抜けた先にある古ぼけた一軒家が、久我憂助の自宅である。

 ガラガラと音を立てて、玄関の引き戸が開かれ、枯れ草色の作務衣を着た男が出てきた。

 久我憂助の父、京一郎だ。玄関前に立つと、腕組みをする。何かを待っているかのようだ。

 その彼の見ている前で、自宅前の拓けた場所に、不意に白い光が生まれた。

 光の中から現れたのは、愛用のクロスバイクを傍らに立てた久我憂助。そして沢渡直也警部であった。

 

「……本当に瞬間移動したな」

 

 沢渡警部は感心したようにつぶやいた。

 

「お帰り憂助。お客さんもようこそいらっしゃいました。まぁ汚い所ですが、ざっくばらんにお上がりください」

 

 息子が瞬間移動で、知らない男性を連れて帰宅したというのに、京一郎はいぶかしむ事もなく、にこやかに沢渡を迎え入れ、居間に案内した。

 ちゃぶ台の上には、来客用のお茶と茶菓子が用意されていた。

 まるで、客が来るのがわかっていたかのようだ。

 実際、わかっていた。

 憂助が念法修行によって瞬間移動を会得したように、京一郎は近未来予知を会得しているのだ。

 

「初めまして、当家の主の久我京一郎と申します。本日はどのようなご用向きで?」

 

 沢渡の正面に座った京一郎が、単刀直入に聞く。

 沢渡も警察手帳を取り出して自己紹介をした。自分が所属するDTSSについても、簡単ながら説明した。

 

「率直に申し上げますと、息子さんが今、悪質な霊能力者に狙われております。我々は息子さんの護衛と、その霊能力者の逮捕が目的です」

「悪質な霊能力者?」

「ほれ、この前話したやねえか」

 

 憂助の言葉で思い出したのか、京一郎はポンと手を打った。

 

「おお、確かお前の友達を狙っとったっち言いよった奴か」

「友達やねえ」

「そうそう、彼女やったのう」

張っ倒すぞ

 

 憂助は声に凄味を加えたが、京一郎はどこ吹く風であった。

 

 神道宗光を取り逃がした憂助は、彼の復讐の矛先が父に向くのを懸念して、簡単にではあるが事情を説明してあったのだ。

 

「とにかく、そういう事ですので、しばらく窮屈な思いをさせてしまうかも知れませんが……」

「いやいやお構い無く」

 

 京一郎はいささか的外れな返答をした。

 

「それと、これはまた別の用件なのですが……息子さんの念法は、京一郎さんがご指導なさっておられるのでしょうか」

「ええ」

「では、その念法を、我々DTSSにもご指導願えませんでしょうか」

「へっ?」

「実は、以前から念法には注目しておりました。しかし宮内庁の結城義輝氏に頼んでも断られるだけでして……」

「念法は基本的に一子相伝なんです。御本家は特にそういうのは厳しいですき」

「そうでしょうな。しかし我々DTSSは社会の安全と秩序のため、今後もより多くの対抗手段を備えておかなくてはなりません。京一郎先生、どうか念法のご指導をお願いいたします」

「うーん、しかし、一子相伝はうちも同じでして……技だけなら百人の人間に教える事が出来る。そやけど、心まで教えられるのは一人だけです。私も、息子以外に念法を教える気はありません」

「……そう、ですか」

 

 静かではあるが、強い意思の込められた京一郎の声色に、沢渡はそれ以上頼む事は出来なかった。

 

「しかしまぁ、分家はうちだけやねえし、教えてくれそうなとこ紹介しましょ」

「よ、よろしいので?」

「世のため人のための役に立てられるっちゅうんなら、御開祖様も御本家も文句は言わんでしょう」

「──風間のおいちゃん、ぎっくり腰で入院したんやねかったんか」

 

 憂助が口を挟む。

 分家の中で風間家だけが、道場を開いて、念法を複数の人間に教えているのだ。

 と言っても、門人の数はせいぜい三人。いずれも霊媒体質だったり霊感が強すぎたりなどで、超常の存在に悩まされている者たちであり、あくまでも自衛の手段として師事している。

 

「とっくに退院したわ。リハビリにはちょうど良かろ。お巡りさん、ちょっと電話してきますき、待っとってください」

 

 京一郎はそう言って立ち上がり、廊下に出た。

 しばらくの間、廊下から、風間家と電話で話をする京一郎の声だけが聞こえた。

 戻ってきた京一郎は、沢渡に一枚の紙切れを渡した。

 

「これが住所と電話番号です。全員にいっぺんに教える訳にはいかんので、代表として二人ほど連れてきてほしいそうです。向こうで面接して、合格したら念法を教えるとの事で」

「ご協力、感謝します」

 

 沢渡は差し出された紙切れを、両手でうやうやしく受け取った。

 

 

 峰岸葵を助手席に乗せて、大宮薫子刑事はプリウスを走らせる。

 その間に、葵にDTSSという部署について簡潔に説明した。

 

「神道センセーが久我を狙ってるなら、なんでアタシまで……まさか、シキガミにするつもりとか?」

「知ってるの?」

「神道センセー、アタシをシキガミとかいう化け物にするつもりだったって、前に言ってたから」

「そう……恐らくあなたの考えてる通りだと思うわ。さっきあなたたちを襲ったあの人面の虎も、神道宗光が造った、奴が言うところの式神でしょうね。それをあんな簡単に倒してしまうなんて……久我憂助くんは、私たちの思ってる以上の使い手のようね」

「でしょでしょ? アイツ。マジでチョー強いし! ちょっと怒りっぽくて愛想もないけど、ドーテーが突っ張ってんのかって思うとマジ可愛いし!」

 

 何故か葵は嬉しそうだった。

 不意に大宮薫子が、ゆっくりとブレーキを踏んでスピードを落とした。

 前方、車道の真ん中に、男が一人立っていたのだ。

 薫子はクラクションを鳴らすが、男は動かなかった。

 葵がその男を見て、うめくようにつぶやく。

 

「和彦、さん……?」

 

 その男は、髪はボサボサで眼も虚ろ。白痴めいて口からヨダレを垂らしているが、確かに小野原和彦だった。

 プリウスが完全に停止すると、薫子は懐に手を差し込み、拳銃を抜いた。黒塗りの自動拳銃だ。マガジンには、純銀製の弾頭に破魔の梵字を刻印した退魔弾が装填されている。

 声を掛けようともせずに銃を抜いた女刑事に、しかし葵は何ら抗議しなかった。

 和彦は容貌からして普通ではないが、それ以上に、彼の体が透けており、その向こう側の景色が朧気ながらも見えていたからだ。

 目の前の小野原和彦は、生きた人間ではなかった。

 和彦が、突然その場で四つん這いになった。

 みるみる内に体が膨れ上がり、首から下が獣毛に覆われていき、人面の虎に変化した。

 虎がグッと身を屈めるのと、薫子がギアをバックに入れてプリウスを後退させるのは、ほぼ同時だった。

 後続車がなかったのは幸いである。プリウスは後方へ急発進し、跳躍した妖虎の前足での攻撃を、かわす事が出来た。

 薫子は窓を開けて、妖虎目掛けて引き金を引く。

 銃声が、一発。

 純銀製の退魔弾は、妖虎の左肩に当たった。

 箇所を問わず、当たれば大抵の浮遊霊や怨霊を浄化出来る退魔弾だが、虎は一瞬怯んだのみで、すぐに反撃に出た。

 薫子目掛けて飛び掛かる。

 プリウスは更に後退して、虎の爪をかわし、薫子は立て続けに三発発砲した。

 肩と脇腹に一発ずつヒット。

 もう一発が和彦の頬を撃ち抜いた。

 和彦の顔をした虎は、それでもなお攻撃の姿勢を取る。

 更にもう一発。

 それが眉間を撃ち抜くと、妖虎の体が弾け、黒い塵となって消滅した。

 

 車中の二人が安堵の息を漏らす間もなく、プリウスを横殴りの激しい衝撃が襲い、車体が揺れる。

 いつの間にか、更に三匹の人面の妖虎が現れ、車を囲んでいたのだ。今のはその内の一匹が、前足でプリウスを殴り付けた衝撃であった。

 薫子はギアをドライブに切り替え、アクセルを踏み込む。

 けたたましい音を立てて急発進したプリウスは、妖虎の囲みを抜けた。

 薫子の拳銃に装填されている退魔弾は、マガジン一本につき九発。一匹倒すのに五発使っている。予備のマガジンはスーツの懐に忍ばせてある一本だけ。戦うのは分が悪かった。ましてや今は、民間人の女の子を護衛せねばならないのだ。

 三匹の妖虎が猛然と追い掛けて来たが、さすがにフルスピードで走る自動車には追い付けないのか、ドアミラーやルームミラーに写っていた異形の姿は、すぐに小さくなり、見えなくなった。

 

 薫子と葵は、今度こそ安堵の息を漏らした。

 

「和彦さん……なんであんな風に……」

「小野原和彦は神道宗光の信者だったからね。神道は彼以外にもたくさんの信者を抱えてる。そして時にはその信者を、式神に変えてしまうらしいわ」

「えっ、なんで? 自分の子分みたいなもんでしょ?」

「そうよ。子分のようなもの。だからどう扱おうと親である自分の勝手。信者だけでなく、自分たち以外の全ての人間、全ての生命を、彼等はその程度にしか認識していないわ」

「自分たちって、神道センセー以外にも、そういう人がいるって事ですか?」

「ええ。神道宗光は、あるカルト団体に所属しているの。その団体には彼以外にもいろんな術者がいて、彼等が信仰する神々への生け贄と称して、たくさんの人間を拉致して殺害しているわ」

「そのカルト団体って──ひゃっ!?」

 

 葵がすっとんきょうな声を上げ、体が前のめりになった。シートベルトが101cmのバストの谷間に深く食い込み、そのサイズを知らずアピールしてしまう。

 薫子が急ブレーキを踏んだのだ。

 前方に、黒いロングコートを着込んだ長身の男が、一人立っていた。

 右手に、反りの強い長尺の木刀を持っていた。

 プリウスはタイヤを軋ませて止まろうとするが、間に合いそうにない。

 だが男は、避けようとしない。

 ただ無造作に木刀を振り上げ、振り下ろした。

 瞬間、まるで見えない岩が落下してきたかのように、プリウスのボンネットがひしゃげて潰れた!

 そしてプリウスは、殺しきれなかった慣性など忘れたかのようにその場に停止したのだ!

 男は次いで、振り下ろした木刀をもう一度振り上げた。

 するとプリウスの車体のフロントが持ち上がり、そのままひっくり返った。

 木刀はその切っ先さえも、触れてはいないというのに……。

 

「峰岸さん、大丈夫?」

「ふぁ~い……」

 

 葵は間の抜けた声で返事をする。

 車を止められた時も、ひっくり返された時も、車内の二人には何の衝撃も感じられなかった。

 

「ひゃあっ!」

 

 葵は不意に、物凄い力で体を引っ張られた。

 シートベルトが独りでに外れ、ドアも勝手に開いて、葵は不可視の力で車外へと引きずり出される。

 

「峰岸さん!」

 

 薫子も急いで外へ出ようとするが、何故かシートベルトが外れない。ロックは解除されているのに、見えない手で押さえられているかのようだ。

 薫子は懐に忍ばせてあったフォールディングナイフを取り出し、刃を起こしてシートベルトを切断し、葵を追って外に出た。

 ひっくり返ったプリウスの向こう側で、先程の黒い男が、立ち上がろうとした葵のそばに歩み寄り、木刀で彼女の白いうなじに触れた。

 途端に葵は気を失って、地面に横たわった。

 

「その子から離れなさい!」

 

 薫子が拳銃を抜いて突き付け、警告する。

 

「警視庁DTSSよ! あなたのような能力者に対しては、威嚇なしの発砲も許されてます! 両手を上げて、その子から離れなさい!」

「断る」

 

 男は低い声で、ハッキリとそう答えた。

 銃声が一発、鳴り響いた。

 退魔弾が、男の傍らの地面に当たって白煙を上げた。

 男は、下ろしていた木刀を真横に振り抜いていた。

 

(飛んでくる銃弾を、弾いた……!?)

 

 薫子がそう認識した時、男は木刀で虚空を縦に斬り下ろした。

 薫子の視界を白い光が一筋縦断したかと思うと、何か冷たいものが体を通り抜けた気がした。

 次いで、両者の間にあったプリウスが、車体を真っ二つに切断された。

 一瞬遅れて、大宮薫子の体もまた、拳銃もろとも幹竹割りに斬割され、左右に分かれて倒れた。

 鮮血と臓物が溢れ出し、アスファルトの道路にぶちまけられたのは、それから更に二秒ほど後の事である。

 

 たった今自らの手でこしらえた、女刑事の凄惨な死体には目もくれず、男は木刀の切っ先を左の袖口に差し込み、押し込んだ。

 全長150cmはあろう長尺の木刀は、袖の中に完全に隠れてしまった。しかし、袖は、全く膨らんではいなかった。

 男は葵の背中と膝裏に手を回して抱き上げる。

 白い光が生まれ、葵を抱き抱えた男の姿は、その光の中に消えた。

 光も消え、後は黄昏時の夕闇と静寂が、辺りを包むだけであった……。



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