邪霊ハンター   作:阿修羅丸

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(ぬえ) その3

 ちょっとした運動場ほどもある、広い部屋だ。

 天井も高い。

 その高い天井を、左右に並んだ太い石柱が支えていた。

 四方の壁には、星の紋様が描かれていた。二つの十字星を重ね合わせたような形をしている。八芒星だ。その八芒星の真ん中に目が描かれていた。

 床は磨かれた大理石である。

 足音を響かせて、黒いコートを着込んだ男が歩いている。その両腕に、穏やかな寝息を立てる峰岸葵を抱えて。

 

 彼の歩く先には祭壇があり、護摩壇を焚いて何やら一心不乱に祈る老人の背中があった。

 老人の向こう側に、透けるような薄衣に身を包んだたくさんの女たちが、横並びにひざまずき、同じように祈っていた。

 老人は男の来訪に気付くと、クルリと振り向く。

 生気のない。土気色の肌であった。

 そこに深いシワが無数に刻まれ、小さな目が爛々と輝いている。

 

「ご苦労でしたね、飛鳥くん」

 

 枯れ木をこすり合わせるような声で、老人はそう言った。

 

「鵺が二匹やられた」

「ええ、わかっていますよ……なに、式神などいくらでも作れます。材料のストックはたっぷりとありますからね」

 

 老人は肩越しに、背後に控える女たちを見た。

 女たちは、材料呼ばわりされても怯える様子はなかった。

 飛鳥と呼ばれた黒コートの男は、祭壇の上に葵を横たわらせた。

 

「この子の魂を使えば、より強い式神も作れます……また両面宿儺(りょうめんすくな)でも作りましょうか……それとも、阿修羅がいいか……」

 

 老人は楽しげに、クックッと喉を鳴らして笑いながら、葵の髪や頬を撫でた。

 枯れ木のような手がそのまま下に移り、葵の胸を揉み、太ももを愛撫する。

 

「……それまで、あんたが生きてればいいがな」

 

 飛鳥がポツリとつぶやくと、老人の手が止まった。

 

「というか、何故そんな風になってしまったんだ? 聞いた話だが、あんた、歳はとらないそうじゃあないか」

「あの小僧のせいだ……」

 

 軋むような声で、老人は唸った。

 

「私の可愛い両面宿儺を倒しただけではない……奴が打ち込んだおぞましい力が、不完全ながらも私の不老の法を打ち消した……」

「だから、この女を使うのか」

「ええ、そうです……葵さんの肉体に満ちた精気を吸って、もう一度若さを取り戻さなくては……私には、まだまだやらねばならぬ事がたくさんあるのです……彼女も、その肉体と魂の両方を()()のために役立てられると知れば、さぞや喜ぶでしょう……小野原くんもそうでした……」

 

 そう言うと、老人は葵の唇に自分のしわくちゃの唇を重ねる。

 今にも折れそうな細い指が、葵の豊かな胸に食い込んだ。

 

 

 沢渡直也警部は、ビジネスホテルの一室にいた。

 ソファに座り込み、眉間に深いシワを寄せている。

 先程、廊下を挟んで真向かいの部屋のチェックアウトを済ませてきた。

 大宮薫子刑事が宿泊していた部屋である。

 昨夜、憂助に瞬間移動でこのビジネスホテルまで送ってもらった後、薫子の無惨な死体が発見されたという報せが届いた。彼女に護衛を任せていた峰岸葵の姿はなかったという。

 薫子と葵の両方に、沢渡は強い責任を感じていた。

 今すぐにでも薫子の仇を取りたかった。

 葵の救出に向かいたかった。

 しかし、敵の居場所がわからないので、動きようがなかった。

 葵の誘拐を実行した、水野とその配下も、すでに死んでいた。

 バイパスの途中で、横倒しになった護送車が発見されたのだ。その周囲に、水野たちと彼等を護送中だった警官たちの死体が散乱していた。複数の猛獣に襲われたかのように、全身をズタズタに引き裂かれていたという。

 神道宗光の足取りも、完全には追えていない。

 そもそも彼等は、特定の施設を持たなかった。どこかのビルの一室、空き家、廃墟、様々な場所に、ある日不意に信者たちが集まり集会を開く。DTSSが駆けつけた時にはもぬけの殻という事が何度もある。

 九州でさらわれた数人の子供の遺体が、東北で発見されたなどという事もあった。

 今、葵がどんな目に遭わされているか……家族や友人が彼女の身をどれほど案じているか……考えるだけで、腸が煮えくり返る思いであった。

 そんな沢渡を、気遣わしげに見守る二人の男がいた。やはりDTSSの刑事である。

 一人は逢坂(おうさか)吉彦、もう一人は小峠修平という。

 彼等は葵とは面識もないが、それでも仲間を殺された事で、神道宗光に対する怒りを胸のうちで静かにたぎらせていた。

 

 不意に、部屋のドアがノックされた。

 沢渡たち三人の視線がそこに向く。

 彼等の見ている前で、独りでにチェーンが外れてドアが開き、学生服を着た少年が入ってきた。

 太い眉とがっしりした顎の、男くさい顔つきだ。

 

「何だね、君は……勝手に入ってきてはいけないな」

 

 逢坂刑事が、我が物顔で入室する少年の前に立ち塞がった。

 沢渡が制止するより先に、突然逢坂の背中がビクンとすくみ、そのまま力なく立ち尽くす。

 小峠刑事は、少年が右手の袖口から滑り出た木刀で、同僚の頭部を顎から貫くのを見た。

 彼がもう少し冷静であったなら、頭頂部から突き出るはずの切っ先が覗いていない事、貫かれた顎から一滴の血も流れていない事がわかっただろう。

 しかし、小峠修平はいささか激しやすい男であった。

 

「貴様っ!」

 

 怒声を上げて少年に掴みかからんとするが、少年の木刀が瞬時に翻り、稲妻めいた速さと鋭さをもって、小峠の頭を斜めに透過した。

 

「邪魔だ、どけ」

 

 少年の言葉に、二人の刑事はそれぞれ力なく壁まで歩いて、道を空けた。

 少年は沢渡の前まで来ると、木刀を喉元に突きつけた。

 その柄には、『獅子王』の三文字が彫られてある。

 

「久我くん……」

「峰岸が家に帰っとらんらしいのぉ……アイツの友達が心配しとったぞ。どういう事か」

 

 怒りゆえか、憂助は敬語も忘れて問い詰めた。

 

「さらわれたんだ……神道宗光に……私の部下も、殺されたよ……」

 

 答える沢渡は、己れの腸を吐き出すような声音であった。

 

「それがわかっとって、なしこげな所でじっとしとうとか」

「私も、今すぐにでも助けに行きたいのだがね……峰岸くんの居場所がわからないのでは、闇夜の鉄砲玉さ」

 

 そして、水野たちが護送中の警官たちもろとも殺された事を話す。

 

「どこにおるかはわからんが、アイツの所になら、行く事は出来る」

「どうやって?」

「昨日やったやろうが。俺の瞬間移動は知ってる場所だけやねえ、知ってる奴の所にだって飛べる。アイツのおるとこやったら、地球の裏側にだって行ける」

「……それは助かるが、それでも向こうの備えがわからないのでは、無謀に過ぎる。行っても返り討ちに遭いましたでは、私は峰岸くんに申し訳が立たんよ」

「あんた等、妖怪退治しようとやったら、遠くを見る術とか使う事は出来んとか」

 

 憂助は苛立って、声を荒げる。

 

「専門の探索班がある。今のところは、彼等からの情報待ちだ」

「……そうか」

 

 憂助はそれだけ言うと、木刀の切っ先を制服のポケットに差し込んだ。木刀はそのまま、手品のようにポケットの中に消える。

 

「邪魔したの。そこの二人は、五分もすれば元に戻る」

 

 背を向ける憂助を、沢渡は呼び止めた。

 

「久我くん。君も我々の護衛対象だ。余計な事をして、仕事を増やさないでくれ。君に何かあれば、お父さんも悲しむぞ」

 

 月並みな言葉ではあったが、憂助の足が止まった。

 沢渡からは見えないが、口をへの字に曲げている。

 が、それも束の間、憂助はドアを乱暴に閉めて立ち去った。

 それから五分ほどで、憂助の言った通り、逢坂・小峠の両刑事が白痴の状態から立ち直った。

 その時、テーブルに置かれていた沢渡のスマホが鳴った。

 

 

 葵が目を覚ますと、高い天井が見えた。

 自宅ではない。

 起き上がろうとして、手足に枷をはめられ、冷たい石の台に──祭壇に鎖で繋がれている事に気付いた。

 そして自分が、一糸まとわぬ裸にされている事も。

 

「お目覚めですか、葵さん。ご気分はいかがかな?」

 

 呼び掛けられて振り向くと、五人の女を従えた老人がいた。

 

「だ、誰よアンタ……!」

「おやおや、もうお忘れですか。今の私のこの姿では無理もありませんが、それでも私は、一度はあなたを救ったのですよ? 両面宿儺の力でね」

「りょーめんすくな?」

 

 どこかで聞いた名前だ。

 記憶の糸を手繰り寄せると、答えはすぐに出た。

 

「まさか、神道センセー?」

「そうです。神道宗光です」

「な、なんでそんなシワクチャになっちゃってんの?」

「あなたのあのお友達のせいですよ。あの、木刀を使うお友達の……奴の力が、私の若さを保つ力を不完全ながらも打ち消してしまったのです。その若さを取り戻すためのお手伝いを、あなたにしていただきたいのですよ」

「あ、アタシに!? ムリムリムリ! アタシ頭悪いしこの前の小テストでも三点しか取れなくてセンセーにメタクソに怒られたし、ぜってぇー役に立たないから! だからお家に帰してよぉ!」

「心配する事はありません。段取りは全て、私どもの方で行いますので」

 

 怖いくらい丁寧に、老人は言った。

 控えていた女たちが一斉に立ち上がり、着ていた薄衣を脱ぎ去った。

 あらわになった五つの白い裸身が、葵に群がる。

 唇が。

 舌が。

 指が。

 葵の全身、いたる所を這いずり回った。

 

 葵は、女同士も初めてではない。

 ギャル友三人には挨拶代わりに毎日その豊満な胸を揉ませているし、キスだってした。彼女たちが家に泊まりに来たり、あるいは自分が彼女たちの家に泊まった夜は、必ず同じベッドで裸で抱き合い、裸体を絡ませ合ったものだ。

 しかし、それはそれ、これはこれだ。こんな状況で体をまさぐられ、舐め回されて、嬉しい訳がない──はずなのだが、

 

(な、なんか……スッゴい気持ちいい……!)

 

 唇で吸われ、舌で舐められ、指で撫でられする度に、甘い震えが葵の体に走る。

 五人の女たちの愛撫に、葵は手足の鎖を鳴らしながら身悶えた。

 

「んっ……あっ……あぁん……」

 

 悦びの喘ぎが、知らず知らず唇からこぼれ出す。

 たくさんの指と舌が、葵の全身を余す所なくナメクジのように這い回った。

 女たちは代わる代わる、葵の唇を吸い、舌を絡ませ合う。

 葵の頬は紅潮し、瞳は濡れて、表情は快感で緩みきっていた。

 

「どうです、とろけるような気分でしょう。その女たちは今、あなたの精気を高め、みなぎらせるツボを刺激しているのです」

 

 神道宗光のその説明も、今の葵の耳には入ってこなかった。もし両手が自由であれば、自分からも彼女たちの体に触れたいと思うくらい、女同士での絡み合いに身も心も没頭しているのだ。

 そして神道は、葵のその様子を見て、シワだらけの顔を満足げにほころばせた。

 

「もう良いでしょう。下がりなさい」

 

 その一声で、女たちは波が引くように葵から一斉に離れる。

 

「あんっ、いやぁ……行かないでお姉様ぁ……もっとぉ……もっとしてぇ……もっと葵を可愛がってぇ……」

 

 葵は不満げな声を上げ、拘束された唾液まみれの体をくねらせて続きをねだった。

 それに答えるように、神道が祭壇に上がった。

 葵の顔を覗き込む眼が、妖しい光を放っている。

 

「ふふ、実に可愛らしい……あなたの精気で、私はもう一度元の若さを取り戻せます。その魂も強力な式神に作り替えて、()()の理想のために役立たせていただきます……感謝しますよ、葵さん」

 

 枯れ木のような手が、葵の赤茶色に染めた髪や紅潮した頬を撫でた。

 ボリュームを確かめるように、ゆっくりと胸の膨らみを捏ね回す。

 その神道の背中に、変化が現れた。

 まとうローブの下で、何かがモコモコと蠢いている。

 一つではない。八つほどのコブが生えてきて、着衣を突き破らんと暴れている。

 それ等はすぐにローブを破って、姿を見せた。

 

「──ひいっ!」

 

 葵の顔が、一転して恐怖に歪む。

 神道の背中から現れたのは、八本のタコの触腕であった。しかも一本一本の先端が、土気色の女の顔を形作っている。

 女面の触腕が一斉に、葵に襲いかかった。

 神道の肉体のどこにどうやって収まっていたのか、触腕はとても長く、葵の手足に巻き付いてなお余裕があった。

 先端の女面が、葵の口を吸い、乳房を頬張り、股間に潜り込む。

 恐怖と快楽が、同時に葵を責め苛んだ。

 

「い、いやっ! やだ! やだぁあああっ!」

 

 恐怖と嫌悪感に悲鳴を上げながら、肉体は悦びに打ち震え、悶えている。

 そして葵は、人面の触腕が自分の体から何かを吸い出しているのを感じ取った。

 

「やだ、やだよ……助けて、ママ……パパ……助けて……久我ぁ……」

 

 葵は涙を流し、助けを求める。

 

 ──少女の願いは、通じた。

 

 白い光が、虚空に生まれた。

 

「イィーーエヤァッ!」

 

 雷鳴にも似た気合いが、空気を震わせた。

 激しい熱風が葵の上を吹き抜けて、神道を異形の触腕もろともに吹き飛ばした。

 現れたのは、学生服の少年。

 右手に握られた木刀には、柄に彫られた『獅子王』の三文字。

 久我憂助であった。

 沢渡の警告に、わずかながら逡巡したものの、やはり葵の危機を見過ごせず、無謀にも瞬間移動で単身乗り込んで来たのである。

 

 憂助は足下で拘束されている葵に気付くと、その手足を木刀で小突いた。

 弾けるように枷が外れた。

 次いで辺りを見渡すが、脱がされたはずの葵の衣服が見当たらない。

 

(まぁいいか)

 

 しかし憂助は、それで済ませた。瞬間移動で葵の家に直接飛べばいいのだ。

 その憂助目掛けて、神道配下の女たちが裸体を隠しもせず、襲いかかった。手に手に刃物を持ち、迷う事なく斬りつけ、突き刺しに来る。

 

「邪魔だ!」

 

 憂助は四方八方からの凶器を木刀で叩き落とし、裸身の女たちを容赦なく打ち据えた。

 うめき声も上げずに、眠るように昏倒した女たちには構わず、憂助は全裸の葵を引っ越し荷物めいて肩に担ぎ上げ、祭壇から飛び退いた。

 彼のいた場所を、大きな影が通り過ぎた。

 

 虎だ。

 人面の虎だ。

 尻尾は蛇になっており、赤い舌をチロチロと覗かせている。

 琥珀色の眼は、殺戮の欲求でギラギラと輝いていた。

 神道宗光が作り上げた式神の一つ、鵺。

 それが三頭、どこからともなく現れた。

 

 彼等は憂助を取り囲み、グルグルと回りながら隙をうかがう。

 憂助は裸の葵を担ぎ上げたまま、右手の木刀を片手正眼に構える。葵を下ろせば両手が使えるようになるが、その隙を突かれる恐れがあった。何より、葵を人質に取られる可能性がある。

 この三頭の鵺を、昨日バイパスで倒した鵺と同じ程度の強さと仮定しても、三対一で囲まれた状態では、瞬間移動で飛ぶのも危険だ。移動の際の精神集中の隙を突かれる。

 一人と三頭は、睨み合いを続けた。

 

 神道宗光は既に起き上がり、顔を歪めて笑っていた。

 これまで多くの女の精気を吸って若さを保ち、生き長らえてきた。その自分の顔に傷を付け、自慢の両面宿儺を倒し、まだ二十年以上は保てたはずの若さまで奪った小僧が、憎くてたまらない。

 その小僧が、これから鵺に引き裂かれて殺されるかと思うと、嬉しくてたまらなかった。

 

 睨み合うこと数秒──鵺が動いた。

 三頭のうち二頭が攻撃してきた。

 一頭は地を蹴って跳躍し、憂助の頭上から前足に備わった鋭い爪を振り下ろす。

 もう一頭は、身を低くしたまま近付いて、憂助の足に噛みつこうとする。耳まで裂けた口から、ナイフのような牙がずらりと並んで見えた。

 その足狙いの鵺目掛けて、憂助はその場で木刀を下から上へと振り上げた。

 切っ先が地面をこすった瞬間、白い炎が噴き上がり、幕となって鵺を牽制する。

 地面をこする事で生まれる、あるかないかのかすかな摩擦熱を念の力で増幅し、破邪の炎に変える、久我流念法の秘技『闇祓い』である。

 白炎に怯み相手が動きを止めた隙に、憂助は跳躍していたもう一頭の鵺に、片手上段の一撃を叩き込んだ。先の闇祓いで生まれた焔は木刀の刀身にも宿っており、木刀は文字通りに火を噴き、敵の巨体を幹竹割りに斬割した。

 一頭目の鵺がそうやって黒い塵と消えた瞬間、三頭目が仕掛けてきた。

 人面の口が耳まで裂け、そこから青白い炎を吐き出したのだ!

 直系が憂助の背丈ほどもある青白い火の玉に、憂助は木刀を打ち付けて、受け流す。

 受け流された火球は、闇祓いで牽制した二頭目の鵺に直撃した。

 

「エヤァッ!」

 

 憂助はすかさず三頭目へと間合いを詰めて、すれ違い様の片手抜き胴!

 一刀両断されて、三頭目の鵺も黒い塵と消えた。

 憂助がすかさず振り向くと、仲間の火球を浴びた二頭目の鵺が、まだ生きていた。

 全身を炎に包まれながら、それでも憂助目掛けて前足を振り上げ、飛び掛かる。

 憂助はその下に、葵を抱えたまま身を滑らせて、無防備な腹を木刀で突き上げた。

 下から貫かれた二頭目は、これもまた黒い塵となって消滅した。

 

「すっごぉい……!」

 

 全裸のまま肩に担がれるという憤死ものの状況も忘れて、葵は憂助の手並みに感嘆の声を漏らす。

 

「あとはお前だけやのぉ、化け物」

 

 憂助は背中から人面付きの触腕を生やす老人に、よもやそれが以前自分が取り逃がし、今また自分と葵を狙う神道宗光とは知らぬまま、木刀を向けた。

 木刀を向けたまま、もはや人質に取られる心配もあるまいと、葵を肩から下ろす。

 

「久我、あれ神道センセーだよ」

「あぁん? 嘘つけ。あのオッサン、あげん歳食ってねかっちょろうも」

「マジマジ。自分で言ってたし。何かね、アタシのセーキで若返るとか言ってた」

「……二重の意味で人でなしやったか」

 

 憂助は木刀を八双に構えた。

 

「おとなしくお縄に付くか、今の化け物の後を追うか、好きな方を選べ」

「小賢しい……返り討ちにしてくれる……かぁっ!」

 

 神道が右の掌を勢い良く突き出す。

 

「エヤァッ!」

 

 憂助、すかさず木刀で虚空を斬り下ろした。瞬間、熱風が彼の正面で、左右に吹いた。

 憂助の眼には、遠間から迫るエネルギーの塊が見えていたのだ。

 神道がうろたえた。

 

「遠当てを、斬った!?」

「同じ技を使う奴と、以前戦ったきの」

「まさか、門倉楊堂も貴様が……」

「問答無用! 覚悟せぇ悪党!」

 

 憂助は答えず、木刀を振り上げて間合いを詰めた。

 神道宗光は背中の触腕を伸ばして迎撃する。八つの触腕の先端に備わる女面が口を開けて、四方八方から噛みつかんと迫った。

 八つの女面が、憂助の全身に食らいついた──かに見えた。

 だが、そこに憂助は既にいない。

 瞬間移動である。

 そして神道の背後の空間に、波紋が走った。

 何かがぶつかり合うような音もした。

 直後、憂助は神道から離れた場所に、白光と共に姿を現す。だが、自分の意思でそこに移動したというより、まるで何かに弾き飛ばされたかのようだった。

 次いで神道の背後にもう一つ白光が生まれ、その中から黒いコートを着た男が、悠然と現れた。

 右手には、反りの強い長尺の木刀を携えている。

 憂助は男を睨む。

 表情には、少なからず驚愕の色が浮かんでいた。

 目の前の男が、瞬間移動中の自分に攻撃を加えてきたからであった。

 

「仲間か」

「少し違うが……まぁ、お前がここで死ぬ事に変わりはない」

 

 コートの男は、憂助の誰何(すいか)にそう答え、木刀を正眼に構えた。

 

「名乗っておこう。俺の名は飛鳥(あすか)竜摩(りょうま)。お前の死神だ」


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