翌日、登校してきた
ギャル仲間のマッキーこと
二人は教室に入ってきた葵に駆け寄って、泣いて謝った。
「あー、うん。いいよ、気にしなくて。それにあれはしょーがないよ……アタシが逃げ遅れたのは、たまたまアタシが最後だったからでさ。だからもしかしたら、アタシがリンダやマッキーを置いて逃げ出してたかも知れないもんね……」
「葵、マジごめんねぇ?」
「今度ケーキおごるね?」
「いいからいいから……それよりさ、ミッチーは?」
葵はいつもの面子が一人欠けてるのに気付き、教室内を見渡した。
ミッチーこと
「さっき電話したんだけど、出ないのよねー。んで、家の方の電話に掛けてみたんだけどぉ、何か熱出して寝込んでるんだって」
「あと、山崎もまだ帰ってきてないみたいなの」
恭子の答えに、麻希が付け加えた。
「そうなんだ……大丈夫かな……」
あの木刀を使う男に助けられた後、葵は山崎の事などすっかり忘れていた。ただひたすら、恐怖から解放された安心感だけがあったのだ。
二人の友人の身を案じずにはいられなかった。
◆
放課後、葵たち三人は美智子の家を訪ねた。
ありふれた二階建ての一軒家だ。
ピンポーン。
玄関のインターホンのボタンを押す。いつもなら専業主婦である美智子の母親が「はーい」と呑気な声と共に出迎えてくれるのだが、今日は何の返事もない。
「出掛けてるみたいね」
麻希が庭の方を見て言った。いつもそこにある黄色い軽自動車がないのだ。
しかし、葵はやけに家の中が気になって仕方ない。
恐る恐るドアノブを掴んで捻ると――ドアはあっさりと開いた。
土間にはスニーカーが一足、脱ぎ散らかされている。
「ミッチー?」
葵は呼び掛けてみるが、やはり返事はない。
胸の奥で、不安が込み上げてきた。
思いきって中に入る。
玄関を上がってすぐ右手に、二階へ続く階段がある。そこを上がると、開け放たれたドアが廊下を半分ほど塞いでいた。
「ミッチー、いるの? だいじょぶ?」
そのドアの部屋を覗き込んだ瞬間、葵はポッと赤くなった。
山崎が、ベッドの上に横たわる美智子の上に覆い被さっていたのだ。
ベッドの下には美智子のパジャマと――下着も散乱している。
(――えっ? なに? そーいう関係だったの?)
困惑する葵の横から、恭子と麻希も中の様子を確認し、恭子は葵と同じ反応をして、麻希は口許を緩ませて鼻息を荒くした。
しかし、次の瞬間には三人の顔は恐怖でひきつった。
彼女たちに気付いた山崎が起き上がって振り向くと、その顔は真っ黒に染まっていた。
塗料を塗りたくったような黒さではない。ポッカリと空いた穴の底のように、顔の部分だけが黒かった。
その真っ黒な顔の中で、黄色く濁った眼といやらしく笑う歯を見た瞬間、葵は昨夜の恐怖を思い出した。
あのおぞましい愛撫で自分の肉体を弄んだあの『影』たちと同じ顔だった。
「ひっ!」
「な、なに?」
麻希と恭子も、声を上げた。どうやら葵にしか見えない訳ではないようだ。
山崎がベッドから下りた。
全裸に剥かれた美智子は意識を失っているのか、ぐったりとしている。
山崎の顔が、変形を始めた。渦を巻きながら、ヒモ状になっていく。葵たちに向かってゆっくり伸びるそれは、まるで毒蛇を思わせた。
「ひっ……い、いやああああっ!」
葵の中で、恐怖があっさりと限界を超えた。
美智子の事も、すぐそばにいる恭子と麻希の事も忘れて、その場から逃げ出した。
がむしゃらに走って走って走り抜いて自宅の部屋に飛び込むと、そのままベッドに潜り込み、震えるしか出来なかった。
――恭子と麻希が家に帰ってないと、翌日担任の教師から知らされた。
その日の放課後に、葵は隣のクラスの教室を訪れる。
室内を軽く見渡すと、ちょうど目当ての男子生徒がくたびれたショルダーバッグを肩に掛けて、席を立ったところだ。
「ねえ」
葵はその男子に声を掛けた。すると彼は、ジロリと鋭い眼差しで睨み付ける。
「この前は、ありがとね。でさ、ちょっと頼みたい事があるんだけど……」
◆
あの夜、葵を『影』の群れから救い出した少年はそう名乗った。
彼は葵と同じ学校で、同じ二年生で、クラスはさすがに同じとはいかなかったが、それでも隣同士だった。
その救出者たる少年を、葵は校舎の裏庭へと連れ込んだ。
「で、頼みっちゃ何か」
少年は訛りのある口調で尋ねる。
「あいつ等が、アタシの友達に取り憑いてるの」
葵の言葉に、彼は眼を細め、眉根を寄せた。
「アンタ、除霊とか出来るんでしょ? この前のあれって、そーいうのだよね? なんかイメージと違ったけど、そーいうのなんだよね?」
「……ちっと違うが、まぁだいたいそんな感じだ」
「ならお願い、アタシの友達も助けて! ――お礼は、するからさ」
言うなり葵はシャツのボタンを外し、胸をはだけさせた。
バスト101センチの豊満な胸と、それを包む薄紫色のブラジャーがあらわになる。
「お金は払えないけど、その代わり、アタシをあげる……アタシの
葵が腕を組むと、二つの膨らみが圧迫されて、深い谷間を作り出した。
久我憂助は……葵のあられもない姿を少しの間(半ば睨むように)見ていたが、おもむろに彼女の衣服に手を掛けた。
「ここで、
「んな訳あるか、阿呆」
言いながら憂助は、はだけたシャツを戻して、ボタンも留めてやる。
「しかしお前、なしそこまでするんか……お前の友達っちゃ、この前お前を置いて逃げた連中やねえんか」
「……うん、そうだけどさ。でもあの時、アンタ言ったじゃん。アタシが逃げ遅れたのはたまたまで、場合によってはアタシが他の誰かを置いて逃げてたかも知れない、そういう意味ではお互い様だから恨むなってさ……その通りだよね。昨日アタシ、あいつ等みたいになった山崎見て、怖くなって逃げ出したの。ミッチーもマッキーもリンダも見捨てて、一人で逃げちゃったの」
葵の声は震えていた。
「アタシ、自分が情けなくて……許せなくて……助けてあげたいけど、でもアタシには何にも出来ないんだもん……アンタに頼るしかないの……」
言ってるうちに、涙がポロポロとこぼれてくる。
「お願い……みんなを助けて……あいつ等やっつけて……お願い……お願いします……」
嗚咽混じりに懇願する葵。
彼女の赤茶色に染めた髪に、ポンと憂助の手が置かれた。
「わかった。案内せえ」
憂助の声が、葵にはとても力強く聞こえる。
髪に触れる手も、とても暖かかった。