邪霊ハンター   作:阿修羅丸

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学校の幽霊 その3

 木刀からほとばしった光刃が、デスクの向こうにいる男の胴体を真っ二つに切り裂いた。

 斬割された男の上半身が、デスクの上に落ちる。

 

「ひどいですね、久我くん……」

 

 上半身が、事も無げに呟きながら、肘をついて起き上がった。

 傷口から、瞬く間に新しい下半身が生えてくる。肉体だけでなく服までご丁寧に再生されていた。

 

「六年間ずっとあなたを、あなたたちを見守ってきた私に、こんな事をするなんて……」

 

 その声はまだ椅子に座ったままの下半身から聞こえた。

 その傷口からは、新しい上半身が、やはり着衣込みで再生される。

 

「あなたは短気だものねえ……」

 

 女の声が響いた。デスクの上に顔が浮かび上がり、水面から出てくるかのように、眼鏡をかけた小太りの女性が姿を現す。

 憂助が小学校二年生の時の担任の、菅原敏江だった。

 

「エヤアッ!」

 

 憂助は地を蹴って跳躍するなり、その女教師の脳天に木刀を叩きつけた。

 菅原敏江はデスクもろとも真っ二つに斬割されて、消滅する。

 

貴様等(きさんら)何者(なにもん)かぁ!」

 

 憂助は吠えながら、二人に分裂した校長も木刀で切り裂き、消滅させる。

 

「先生たちだよ」

 

 足下から声がした。

 そこには、小学生の時のクラスメートたちの、当時のままの幼い顔が無数に浮かんでいた。

 各学年時の同級生たちが、一斉に憂助を見上げていた。

 

「ねえ久我くん、戻っておいでよ」

「みんな一緒だよ」

「いつまでもここにいようよ」

「きっと楽しいよ」

「あのお姉ちゃんたちも一緒でいいからさ」

「ずっとここにいようよ」

 

 男女問わず口々に憂助に語りかけてくる。

 背後から、悲鳴が二つ上がった。

 振り向けば、壁や床、天井どころか調度品に至るあらゆる物が人間の姿に変わり、葵と静流に群がっていた。

 憂助が小学校時代に世話になった教師たちだった。

 

 憂助はそれを見て、胸の内から熱いものが込み上げて来るのを感じた。

 二人を襲撃された事に対する怒りもあるが、自分の小学校時代の思い出を冒涜するかのような敵の行為に、激しい怒りを感じたのだ。

 憂助は木刀を、切っ先で床をこするように斬り上げた。

 発生した白い炎が、いくつもの輪となって宙を飛び交い、葵と静流に群がる敵も、憂助の足下の顔たちも、何もかもを焼き尽くしていく。

 闇祓いと太刀風の合わせ技、風火輪である。

 校長室内が白い炎に包まれる中、憂助は葵と静流を両脇に抱え、ドアを蹴破って外に出る。

 その先は廊下ではなく、教室だった。

 陳列された机や椅子がガタガタと震え出し、ある物は生徒や教師に擬態し、ある物は牙を生やした口を開いて飛びかかってくる。

 

「邪魔だ!」

 

 憂助は二人をその場に下ろし、木刀を振るった。

 風火輪がここでも乱れ舞い、教室内を焼き払った。

 ──後には、埃にまみれた机や椅子が居並ぶ、何年も放置されて劣化した教室だけが残った。

 

「大丈夫か」

「あ、うん、ヘーキヘーキ」

「助かったわ、久我くん」

 

 葵も静流も気丈に振る舞うが、顔色は優れなかった。

 

「……ねえ、これ座ってもヘーキ?」

「おう、今はボロっちいだけの、ただの椅子だ」

 

 憂助の返事を聞いて、葵は半ば飛び込むように椅子に座り込んだ。

 かすかに息が荒い。

 静流が傍らに、膝をついて座り込んだ。

 

「峰岸さん、大丈夫?」

「んー……何か、息苦しい感じ」

「そうね……先生もよ。何だかあちこちから始終見張られてるような感じがするわ」

「アタシはどっちかってゆーと、大きな生き物のお腹の中にいるみたいな感じかなー……クジラに飲み込まれたピノキオって、こんな感じなのかも」

 

 ──葵のその呟きに、憂助は欠けていたパズルのピースを見付けたような気持ちになった。

 

 先程倒した校長は二階堂俊晴。憂助が五年生の時に赴任してきた。

 しかし彼はさっき、憂助を六年間見守ってきたと言っていた。辻褄が合わない。

 

 また、今自分たちがいるこの小学校は、明らかにおかしかった。周囲のあらゆる物が、この学校にかつていた者たちに変化する。さっき葵を襲っていた自分の偽物しかり、保健室の平山裕子しかり、同一人物が複数現れたりもする。

 悪霊が創造した異次元空間かとも思ったが、少年誌のバトル漫画でもあるまいし、そんな力を持つ悪霊がいるなどと、父や祖父からも聞いた事がない。

 

 ──大きな生き物のお腹の中にいるみたいな感じ。

 

 葵が何気なく漏らしたその一言が、憂助の疑問に光明を投げ掛けた。

 

「……付喪神(つくもがみ)か」

「え?」

 

 憂助の呟きに、葵と静流が声を揃えて聞き返した。

 

「久我くん、何かわかったの?」

「てゆーかさ、ここにいるお化けたち何なの? みんなアンタの知り合い系?」

「まぁの。知らん奴もおったが……みんな、俺が小学生やった時の同級生とか先生たちだ」

「んじゃ、その人たちが悪霊になったの?」

「うんにゃ。ここにおるのはみんな、学校の記憶を元に再現した、学校が作った偽物だ」

「ごめ、全然わかんない」

「そのまんまだ。あれはこの学校が作った偽物てえ」

「どういう意味?」

 

 と、静流が尋ねる。彼女にも、憂助の言わんとする事がわからなかった。

 

「この学校は、俺が通っとった小学校です──っち言うても、校舎が老朽化して、生徒数も減って来てたんで、俺が卒業してから廃校になりましたけど」

 

 静流にそう答えてから、憂助は葵の方をジロリと見た。

 

「峰岸。お前さっき言うたの、なんかでっかい生き物の腹ん中におるごとあるっち。そん通りてえ。俺等は今、付喪神になった小学校ん中に飲み込まれとる」

「ツクモガミって何?」

「長い事使っとった道具が、捨てられた怨みで化けて出たもんだ」

 

 憂助は大雑把に説明した。

 

「俺が卒業した年で、もう創立70年くらいは行っとったかの……それが廃校になった怨みで付喪神にでもなったんやろうの……」

「それじゃあ、私たちをこの学校に誘き寄せた子供たちも、そのツクモガミとかいうのが作った物なの?」

「たぶん。中には、付喪神に取り込まれた浮遊霊もおったんかも知れませんが」

「で、でもさ、なんでアタシたちを捕まえたの? 食べる気?」

「んな訳あるか……化け物の考える事なんぞ知りたくもねえが……やり直したかったんかもの……学校を……」

 

 憂助は染みだらけの天井を見上げて、そう言った。

 

 ──バンッ!

 

 突如、音がした。

 

 

「何? 何?」

 

 葵は今にも泣きそうな声を上げて、静流にしがみつく。

 静流は彼女をかばうように抱き締めた。

 見れば廊下に面した窓いっぱいに、無数の人影が貼り付いていた。

 それらが窓ガラスを力一杯に叩いているのだ。

 窓だけでなく、ドアも同様だ。

 

「ひぃいいっ! 何かいっぱい来たぁぁあああっ!」

「く、久我くん! どうしたらいいの!?」

 

 ──こっちが聞きてえ。

 

 という言葉を、憂助はかろうじて飲み込んだ。

 この教室内は風火輪で焼き払われて浄化されている。技に宿した念が残留しているため、簡単には入って来れないようだが、それも時間の問題だ。

 しかし憂助には、敵の正体はわかっても、それを倒す術が思い付かない。

 出てくる敵を片っ端から倒していけばやがて付喪神と化したこの母校も消滅するだろうが、それは文字通り木刀一本で小学校を丸々一つ解体するも同然である。

 

 思案に暮れる憂助の耳に、カタンと乾いた音が聞こえた。

 見れば黒板の下にチョークが一本、転がっている。

 そして黒板には、刃物で切りつけたような右肩上がりの筆跡で、こう書かれてあった。

 

《雲切り》

 

 それは福岡の田舎に一人隠居している、祖父・玄馬の筆跡であった。

 憂助はその文字を見て、昔祖父が一度だけ見せてくれた念法の一手を思い出す。

 十歳の夏休みに帰省した憂助が、祖父に連れられて川に魚釣りに行った時の事である。

 

「憂くん、面白いもん見せちゃろう」

 

 弁当を食べ終わった後、祖父はニコニコ顔でそう言うと、どこからともなく木刀を取り出した。

 

「ほれ、あそこの入道雲、よーく見ときないね」

 

 玄馬が指差した空には、見事な入道雲が鎮座している。

 玄馬は目を閉じて木刀を上段に振り上げた。

 そして数秒の間を置いて、

 

「エェエエーーイッ!」

 

 雷鳴にも似た気合いと共に、木刀を振り下ろす。

 すると、入道雲が縦真っ二つに切り裂かれたのだ。

 祖父の木刀から、光刃や衝撃波の類いが出た様子はまったくなかった。

 しかし、祖父が今まさに、虚空を切り下ろしたその一刀で入道雲を切り裂いたとしか思えなかった。

 

「爺ちゃんだけやないで、お父さんも出来るとばい。憂くんも真面目に稽古すれば、絶対出来るようになるきね。だき一生懸命頑張んないね」

 

 玄馬は「スゲー、スゲー!」とはしゃぐ憂助の頭を撫でながら、そう言っていた。

 この時見せてくれた一手こそが、久我流念法の秘技《雲切り》である。

 憂助は成功させたどころか、練習すらした事がない。他に学ぶべきものがたくさんあったからだ。

 だが、理屈だけなら父・京一郎が教えてくれた。

 己れの心を鏡にして敵の姿を我が内に映し、その映った像を切る。像を切れば敵の実体もまた切れる。

 言われた時はちんぷんかんぷんだったが、今はその一手に賭けるしかなかった。

 しかし、憂助の胸中に不安はない。

 彼が瞬間移動を、京一郎が近未来予知を念法修行の果てに修得したように、玄馬は遠隔視の技を身に付けている。その千里眼で孫の危機を知り、熟達した念法の力で以てチョークを動かし、メッセージを送ったのだろう。

 祖父がやれと言うのなら、つまり今の自分なら出来るという事だ。

 憂助は目を閉じた。

 己れの内に、山で聞いた風のそよぎ、水のせせらぎを響かせる。

 六年間通い続けた母校の姿を、己れの内にイメージした。

 そのイメージが鮮明になった時、憂助は木刀を大上段に振り上げた。

 

「──エヤアッ!」

 

 そして、一気に切り下ろす。

 その虚空に向けた一刀が、母校を両断する様が容易に想像出来た。

 

 ──ズズンッ!

 

 不意に、地鳴りが起きた。

 ほんの一瞬の事だが、それはまるで何か巨大な生き物の、断末魔の痙攣を思わせた。

 瞬間、教室の中へ入ろうとしていた敵たちは一斉に姿を消した。

 後はただ、耳が痛くなるほどの静寂だけが、あった。

 葵と静流が、抱き合ったままキョロキョロと辺りを見回す。

 

「あ、あれ? あいつ等どこ行っちゃったの?」

「ええっと……久我くんがやっつけてくれたって事で、いいのかしら」

「ええ、終わりました」

 

 憂助は木刀の刀身を手で拭うと、左手の中に納める。

 その顔に、勝利の喜びも、技を成功させた喜びもない。

 ただ、いつもよりも強く、口をへの字に曲げていた。

 

 

 三人が外へ出ると、そこは荒れ果てた小学校だった。

 月明かりに照らされた校舎を見て、葵と静流は息を呑んだ。

 まるで巨大な斧か鉈で叩き割られたように、校舎が真っ二つに割れていたのである。

 二人はしばし、その奇異な光景に見入っていた。

 我に帰ったのは、葵が先である。

 

「──あ、そうだ! 猫ちゃんは!?」

 

 その問いに答えるように、バサバサと音を立てて、チビ虎がどこからともなく飛んできた。

 そして憂助の顔面に頭突きを食らわせる。

 飼い主たちの危機など素知らぬ顔で、目につく雑霊を手当たり次第に喰っていたのだ。

 なのに、それらが突然消えた。

 食い放題の餌場を失った腹立ちをぶつけたのだろう。

 そしてそのまま、どこかへ飛び去ってしまった。

 

 

 憂助はリビングのソファに深々と座り、テレビを見ていた。

 否、どちらかと言うと、視線の先にたまたまテレビがあるというだけだ。番組の内容など、まったく頭に入ってこない。

 それどころか、未だにマウンテンパーカーすら脱いでなかった。

 

 ここは静流の住むマンション。

 葵も、今日は両親が用事で家にいないらしく、一人でいるのは怖いからと泊まる事になった。

 そして、やはり一人だと怖いからという理由で、今は静流と一緒に風呂に入っている。

 

 今回の事件、静流や葵が巻き込まれたという事は、誰でも良かったという事だ。

 付喪神となった母校は、『学校をやり直したい』という妄執に駆られ、手当たり次第に人間をさらって己れの内に閉じ込める魔物と化した。

 憂助は、六年間を過ごした母校がそのような魔物となった事が、哀しかった。

 そして、そんな哀しみを面に出すまいと、彼は口をへの字に曲げていた。

 

「──久我くん、大丈夫?」

 

 風呂から上がった静流が、バスローブ姿で戻って来た。葵も一緒だ。静流から借りたパジャマを着ている。

 

「お構い無く」

 

 憂助は振り向きもせず、そう言うだけだった。

 

「もぉ~、元気出しなよぉ~」

 

 葵が憂助のすぐ隣にポフッと座る。

 

「アンタは悪くないよ? 幽霊になっちゃった学校を成仏させてあげたんだから、良いことしたんだよ?」

 

 そう言いながら憂助を抱き寄せて、自慢の爆乳へといざなう。

 憂助はいつものように「くっつくな、うっとうしい」とつれない態度だ。

 

「峰岸さんの言う通りよ? あなたはあなたの出来る事を精一杯やったの。久我くんがいなかったら、私も峰岸さんもどうなっていたかわからないもの。私たちは本当に感謝してるし、きっとあの学校も、天国で感謝してると思うわ」

 

 静流が逆隣に座り、肩に手を置きながら慰める。

 

「──あ、そーだ。ねえねえ久我ぁ~、今夜はさ、アタシと静流センセーと三人で寝ようよ。何ならアタシ、裸で添い寝してあげるよ?」

「──え゛」

 

 突然の提案に、静流の方が変な声を出した。

 

「いいでしょ、センセー。アタシとセンセーのおっぱいで慰めてあげよーよぉ」

「あ、いや、でも、あの、その……」

 

 返答に困る静流であったが、葵のこの積極性や思いきりの良さは、見習うべきではないだろうかとふと思った。

 彼女も何だかんだで疲れているようだ。

 

「……そ、そうね……命の恩人だもの、それくらいの事をしても、バチは当たらないわよね……いえ、むしろそれくらいはしてあげるべきだわ」

「でしょでしょ? センセー話がわかるからマジ大好き!」

 

 自分を挟んで、自分を無視して話を進める二人に対して、憂助は対応に困った。

 瞬間移動でさっさと逃げればいいのだが、その場合『明日焼き肉を奢ってもらう』という約束はどうなるのか?

 それを思うと、逃げるに逃げられないのだ。

 ──結局食欲に負けて、いろんな意味で眠れぬ夜を過ごす羽目になるのだった……。

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