邪霊ハンター   作:阿修羅丸

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人形使い その2

 放課後。

 教室を出たところで久我憂助は見知らぬ男子生徒に呼び止められた。

 

「おい久我、ちょっと顔貸せよ」

「断る」

 

 一瞬の間も置かず、憂助は返答した。

 

「いいから来いっつってんだよ」

 

 男子生徒はそう言って憂助の肩を掴んだ。

 憂助は肩越しに、男子生徒をジロリと睨む。

 

「すまんが人を待たせとうきの、今度にしてくれ」

「女か?」

「まぁの」

「なら、ついて来ないと後悔するぜ。どうせその女は待っちゃいねえからよ」

「あん?」

「俺等が預かってるからよ。お前が来ねえなら俺等で好き勝手させてもらうぜ?」

「……案内せえ」

 

 憂助の声音に、凄味が加わった。

 男子生徒に連れられてたどり着いたのは、家庭科や物理の実習を行う別棟の更に奥にある庭だった。庭というよりは、ただの広っぱというべきだろうか。そこに六人の男子生徒と峰岸葵、そして何故か八千代ゆかなもいた。

 

「ふぇえ~ん、憂助ぇ~!」

「久我ちゃぁ~ん!」

「……八千代。なしお前までおるんか」

「だってこいつ等、峰岸を無理矢理どっか連れていこうとしててさぁ~! それでやめねーと先生呼ぶぞって脅かしたらあーしまでさらわれちゃったのぉ~!」

「そら災難やったの」

 

 憂助は溜め息をついた。

 

「おい久我! テメー峰岸とヤりまくってるそうじゃねーか! 俺等はずっと前からこいつ狙ってたのに抜け駆けしやがって!」

「知るか阿呆」

 

 憂助は吐き出すように言った。

 

「お前等が相手されんかっただけやろが。別に俺が裏から手ぇ回した訳やねえ」

「うるせえ! いいから峰岸に近付かないって約束しろ! でねーとぶち殺す! 言うこと聞かねーと峰岸もこの女も只じゃおかねえぞ!」

 

 言ってる事が滅茶苦茶だが、葵もゆかなも何も言えなかった。彼等の目の奥に、暗くどんよりしたものがあった。正常な精神状態とは思えない。迂闊に刺激すると、本当に何をされるのかわからなかった。

 憂助は、肩に下げていた鞄を無造作に地面に下ろした。

 呼吸を整え、感情や精神の力を司る三つのチャクラを開いた。

 そして両手を開き──、

 

 パァンッ!

 

 と、叩き合わせる。

 その音に乗せて、開放したチャクラから得たエネルギーを放出する。

 その波動に打たれ、男子生徒たちも葵やゆかなも、全員の心が、空白となった。

 何も考えられず、ただぼんやりと立ち竦むのみだ。

 その隙に憂助は、まず自分をここまで連れてきた男子生徒の首筋に手刀を叩き込み、昏倒させた。

 次いで正面にたむろする男子生徒たちの中に飛び込み、彼等にも手刀を振るう。徒手空拳ながら、『斬り伏せる』という表現が似合う動きだった。

 六人の男子生徒はたちまちの内にその場に倒れ込んだ。

 憂助は未だに立ち尽くす葵とゆかなの眼前で、パチンと指を鳴らした。そのフィンガースナップにも精神のチャクラの力が込められており、音と共に放たれた波動で少女たちは空白状態から元に戻った。

 

「……へ? あれ?」

「……え? 嘘、久我ちゃん一人でやっつけちゃったの?」

「まぁの」

「あ~ん、さっすが憂助ぇ~! マジすごぉ~い!」

 

 葵が憂助に抱きついて、その胸板に頬擦りする。

 

「すまんのぉ八千代、つまらん事に巻き込んで」

「あー、うぅん、気にしないでいーよ? ほとんど何もされてねーし……でもさぁ~」

 

 ゆかなはニンマリと笑った。

 

「久我ちゃん、この前は峰岸とは付き合ってないって言ってなかったぁ?」

「その日のうちに事情が変わった」

「ふぅ~ん、ま、別にいーけどね。でも久我ちゃんさぁ、あと一人くらい彼女作っても良くね?」

 

 ゆかなはそう言って憂助にしなだれかかった。

 葵ほどではないが、やはり発育過剰気味のバストを押し付ける。

 

「久我ちゃん優しいし可愛いし、しかもチョー強いっぽいし、あーし好きになっちゃった。あーし今フリーだし、どう?」

「いんじゃね? アタシはオッケーだよ?」

「いいの?」

 

 葵の言葉に、ゆかながはすっとんきょうな声で聞き返した。

 

「オッケオッケ! 憂助マジ凄いんだよ? 絶対病み付きになっちゃうから……みんなで気持ち良くなろ?」

 

 葵はゆかなと憂助の両方にそう言った。頬に赤みが差し、瞳も潤んでいる。完全に出来上がっていた。

 

「ねぇ、いいでしょ憂助ぇ~。この子憂助の友達っぽいし、混ぜてあげよ?」

 

 その潤んだ瞳で憂助をみつめ、甘ったるい声でささやき、ズボンの上から股間を愛撫する。呼吸もハァハァと荒くなっている。

 憂助は葵とゆかなの腰に腕を回し──地面を蹴って大きく跳んだ!

 三人が立っていた場所の、足首の高さを、銀光が一閃した。

 ナイフだ。

 憂助に倒された男子生徒の一人が、隠し持っていたナイフを抜いて斬りつけて来たのだ。

 その男子生徒が、地面にうつぶせになったまま跳ね上がり、すっくと立った。

 彼だけでなく、他の男子生徒も、ある者は激しく背を仰け反らせて、ある者は地面についた腕の力だけで、異様な起き上がり方をする。

 憂助は二人の少女を抱えたまま、五メートル後方のフェンスを飛び越えて着地した。

 

「え、え? なに、なに?」

「な、なんかアイツ等ヤバくね?」

「おう、わかっちょうんやったらここにおっとけ」

 

 憂助は困惑する二人に言い残して、フェンスを飛び越えて庭に戻った。

 その時には他の男子生徒たちも隠し持っていたらしい大型のカッターナイフや小振りの金槌などを取り出していた。

 憂助も、得物を手にした。

 葵とゆかなからは、袖の中から現れたとしか見えなかった。

 柄に『獅子王』の文字を彫り込んだ木刀である。憂助はそれを正眼に構えた。

 構えた木刀の切っ先から、体内で練り上げた念を放射する。

 その念が男子生徒たちに触れると、彼等の肉体の厚み、筋肉量、骨格などが感じ取れた。念によるスキャニングだ。これで彼等に取り憑いているだろうものの正体もわかる。

 

(──?)

 

 しかし、何か悪霊や妖怪の類いの反応はなかった。

 ただ、全員の頭部、もっと言えば脳内に、異物を感知した。

 そこへ男子生徒たちが、一斉に襲い掛かって来た。凶器を振るう動きには、何の躊躇いもなかった。そして、何の感情の動きも感じ取れなかった。

 それどころか、何人かは憂助の方を見てもいない。

 奇妙な事だが、彼等は憂助の念法手刀で昏倒したまま立ち上がり、昏倒したまま凶器を手にして、昏倒したまま攻撃して来たのだ。

 憂助は迫るカッターナイフや金槌を最小限の動きでかわし、相手の小手に木刀を打ち込む。木製の刀身が二の腕を透過すると、体内に浸透した念が筋肉を麻痺させて、彼等は力なく得物を取り落とした。そこへすかさず、足を打つ。腕と同様に念の一撃で筋肉が麻痺して、彼等はその場にぶっ倒れた。そしてジタバタともがいていたが、それも束の間、すぐにおとなしくなった。

 憂助は木刀を背中にしまい、しゃがみ込んで彼等の頭部を調べる。

 頭頂部に触れた時、指先に異物感を感じた。

 憂助は人差し指と中指をそこに当てて、指先に念を集中させてから当てていた指を離す──二本の指に挟まれて、針が出てきた。

 長い。

 20cm近くある。

 これだけの物がほんの1~2ミリほど残して人間の頭部に刺さって埋もれていたのかと思うと、さすがの憂助もゾッとした。

 針は、長いだけでなく細かった。

 指先で摘まんではいるが、その摘まんでいる感触が、細すぎて感じられない。

 ほんのちょっと目を離したら、見失ってしまいそうだ。

 まるで糸──否、髪の毛のような細さだった。

 その不可思議な針が、男子生徒全員の頭に刺さっていた。

 念法を応用したサイコメトリーで彼等の過去を探ってみたが、こんな物を打ち込まれたという自覚は彼等自身にもなかったようだ。怪しい人物や場所の記憶は、一切探知出来なかった。彼等も気付かないうちに、頭に針を打ち込まれたという事である。

 

(どういうこっちゃ……)

 

 憂助は抜き取った針をじっと見つめながら、口をへの字に曲げた。

 

「憂助、大丈夫?」

「久我ちゃん怪我してない?」

 

 フェンスを乗り越えて、葵とゆかなが駆け寄った。

 

「お前等、今日はもう帰れ。寄り道せんと真っ直ぐな」

「えーっ? エッチしてくんないのぉ~? アタシ憂助とエッチしないと生きていけないのにぃ~!」

「一日くれえなら死にゃあせん、明日にせぇ」

「久我ちゃぁ~ん、あーしもちょっと今ムラムラしてて、たまんないんだけどぉー」

「気のせいだ。さっさ帰ってさっさ寝ろ」

 

 憂助はつれない返事を投げつけながら、回収した針をポケットから出したハンカチでくるむと、二人に「じゃあの」と言い捨てて立ち去った。

 

「もぉ~! 憂助のバカー!」

 

 葵はその背中に幼稚な罵声を浴びせた。

 そして、隣にいる見知らぬギャルを目線を移した。

 ゆかなの目、鼻、口、うなじ、はだけたシャツから覗く深い谷間、スカートから伸びるムッチリした太股と下降していき、そしてまた目線は上昇して、胸の谷間に固定された。

 

「えーっと……まだ名前聞いてなかったね。誰さんだっけ?」

「久我ちゃんと同じクラスの、八千代ゆかな。アンタは四組の峰岸葵でいいんだよね?」

「うん、そう」

「久我ちゃんと付き合ってるってマジ?」

「うん。毎日いっぱいエッチしてるの……だって憂助、マジで凄いんだもん……あんな気持ちいいの、マジ初めて……」

「──そんなに?」

「うん、凄すぎて頭おかしくなりそう……てゆーか、もうなってるのかも……最近、アイツとエッチする事しか考えられなくってさ……」

 

 葵は内股をモジモジさせた。

 思い出しただけで、全身の細胞がうずいて憂助を求めてしまうのだ。

 

「久我ちゃん、そんなに上手いの?」

「上手いとか下手とかじゃなくて、憂助の体自体がチョー気持ちいいの……触っても触られても、それだけで溶けちゃいそう……」

「……ふぅ~ん……」

 

 ゆかなは小さく、生唾を飲み込んだ。

 ぶっきらぼうだが、掃除の時などは率先して重い物を運んでくれるし、ツンツンした態度は妙に子供っぽくて、(いじり甲斐があるという意味で)可愛らしい。

 しかし、今の葵の話を聞いて、そして欲情したその表情を見て、違う意味でクラスメートへの興味が強くなった。

 そこへ葵が聞いてきた。

 

「ねぇねぇ、ゆかなんて呼んでいい?」

「いいよ」

「ねぇゆかなん。今からうちにおいでよ」

 

 言いながら、葵はゆかなの胸元に手を潜り込ませる。

 

「えっ、えっ? ちょ、ちょっと何してんのさ!」

「おっぱい大きい……アタシ、おっきいおっぱい大好き……」

「お、お、お、落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない! 冷静になれ! 素数を数えろ!」

「大丈夫、怖くないよ。女の子同士もマジ気持ちいいんだから」

 

 葵はゆかなの胸をブラジャー越しに揉みながら、唇を重ねて、素早く舌を差し込む。

 ゆかなは竦み上がり、葵を引き剥がそうとするが、舌を絡ませられると、手足から力が抜けていった。

 

(嘘……こいつチョー上手い……つーかキスって、こんな気持ち良かったっけ?)

 

 気が付くと、自分から舌を絡ませていた。

 互いの指と指を、恋人のように絡ませ合った。

 葵の膝が股間に押し当てられて、ショーツ越しにグリグリとこすって来た。

 時間にして1分ほど、女の子同士のディープキスを交わすと、葵の方から唾液の糸を引きながら、唇を離した。

 

「ねぇゆかなん……エッチしよ?」

「あ……うん……」

 

 ゆかなは、コクンとうなずいた。

 その日、八千代ゆかなは新たな扉を開いた。

 

 

 森の中にある、警視庁DTSS本部。

 上空から見ると五角形になる、五階建ての建物だ。

 一見そうとはわからないが、建物周辺には結界が張り巡らされており、悪霊や妖魔、呪詛の類いの攻撃に対して備えてある。

 沢渡直也警部は、会議室で憂助と向き合って席に着いていた。

 正直に言うと、目の前の少年の行動力に感心すると同時に、呆れてもいた。

 つい数分前、いきなりスマホのLINEを通して『天来教団に狙われてるかも知れません』というメッセージを送ってきたのだ。

 ちなみに沢渡の番号は神道宗光の一件の後、『もしまた何かあったら』と教えてもらっておいた。LINEのアプリは葵と関係を持ってから、彼女に言われてインストールした。

 そして沢渡から詳しく話を聞きたいという返信が来るなり、瞬間移動で文字通り彼の前に現れたのだ。おかげで危うくぶつかるところだった。

 いくら顔見知りとはいえ、高校生の身で警察の関連施設にこうもあっさりと乗り込むその度胸と行動力は本当に、感心するべきか呆れるべきか、判断がつかなかった。

 複雑な気持ちのまま、沢渡は会議室に憂助を案内すると、そこで彼から事情を聞いた。

 彼がハンカチにくるんで持ってきた針も見せてもらった。

 しかし不思議な事に、ハンカチを広げると、針は丸まってしまっていた。髪の毛のように細い針どころか、本物の髪の毛となってしまったのだ。

 

「……これが、その生徒たちの頭に刺さっていたのだね?」

「はい」

「そしてその生徒たちは、意識を失ったまま立ち上がり、襲い掛かった」

「はい」

「……間違いなく、天来教団だ」

「やっぱりそうですか」

「奴等の中に、髪の毛を操る術者がいる。そいつが彼等の頭に髪の毛の針を打ち込み、凶暴化させたのだろう」

「なるほど……そんじゃ、後はお任せします」

「ああ、もちろんだ。しかし、わからんなぁ……奴等がその気になればもっと大規模な事も出来る……メンバーを倒された報復としては、やってる事がみみっちい上に回りくどい……」

「その辺の答え合わせも、お任せします」

 

 憂助はそう言って席を立った。

 

「待ちたまえ久我くん。君に護衛を着けたい。帰るならその者たちも一緒に連れていってくれないか」

「……うっす」

 

 憂助はパイプ椅子に座り直した。

 沢渡が机の上の電話で、どこかに連絡を取る。

 

「沢渡だ──ああ、君か。ちょうどいい、一仕事頼みたいので、会議室に来てくれ」

 

 そう言って受話器を下ろす。

 まるでおつかいを頼むような気安さだったが、たぶんそういうものなのか、それとも正式な任命なり手続きなりは後でやるつもりなのか、とにかく素人がゴチャゴチャ口を挟むものでもないのだろうと思った憂助は、何も言わないでいた。

 少ししてドアがノックされた。

 

「開いている。入りたまえ」

 

 沢渡がそう言うと「失礼します」という女性の声と共に、ドアが開かれた。

 

「ハァイ、ユースケ。元気にしてた?」

 

 緩やかなウェーブの掛かった豊かな金髪と、スーツの下からでもその存在感をアピールする豊満すぎる胸を揺らして、クリスティーナ・ノーランドは明るく手を振った。

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