玄関のドアが閉ざされてから、10分が過ぎた。
何の物音もしない。
中はどうなっているのだろう?
「…………?」
ふと視界の端に、何かが見えた。
敷地内の隅っこ。
停められた軽自動車の後ろからこちらを伺う、二つの顔。
「リンダ! マッキー!」
二人の友人だった。無事だったのだ。
彼女たちの顔を見た途端、葵は喜びで胸がいっぱいになり、思わず駆け寄った。
恭子と麻希も車の後ろから出てきて駆け寄り――葵の両腕を両隣から掴み、押さえた。
「えっ?」
友達の奇行に驚く葵。その顔が、すぐに恐怖に歪んだ。
山崎が現れたのだ。
その顔は昨日とは違い、はっきりと見えた。
だがその目は黄色く濁っていた。
山崎はニタニタといやらしい笑みを浮かべながら葵の眼前に歩み寄った。
逃げ出そうにも、恭子と麻希の腕力が強くて、まったく動けなかった。
恐怖に震える葵のシャツに手を掛けた山崎は、勢い良く左右に開く。ブチブチとボタンがちぎれ飛び、101センチの豊満なバストと、それを包むブラジャーがあらわになる。
山崎はそのブラジャーも引きちぎってむしり取ると、剥き出しになったたわわな膨らみに指を食い込ませた。
葵の全身を、ゾワゾワとした悪寒が駆け巡った。
揉みしだかれ、捏ね回される度に、体から力が抜けていく。
山崎の唇が白いうなじを這い回ると、体の芯がどんどん冷えていくのがわかった。
麻希が葵の後ろに回り、羽交い締めにする。
恭子が足下に座ったかと思うと、ミニスカートの中に顔を突っ込んだ。
「ひいいいっ!」
内股を吸われ、舌で舐め回されて、葵は恐怖の声を上げた。
恭子の鼻面が、ショーツ越しに股間に押し当てられたかと思うと、あり得ない感触が葵を襲った。何か細長い物が複数、這い回るような感触……見えはしないが、恭子の口からそういう物がウジャウジャと出てきて、自分の股間を愛撫しているのだと、肌の感覚でわかった。
憂助を呼ぼうと開いた口が、山崎の唇で塞がれる。
重なった口の中から、何かが自分の口の中に入り込んで来た――。
◆
階段を上がりきった憂助は、廊下の奥を睨み付けた。その先に、全裸の美智子が四つん這いで待ち構えている。獣のような唸り声を上げて。
憂助は木刀を下段に構える。
四つん這いの美智子が、更に身を低く屈めると、全身のバネを使って跳躍し、襲い掛かって来た。その様は獲物に牙を突き立てんとする虎や豹のようだった。
だがその時すでに、憂助は一歩左に動いて、攻撃の軌道から外に出ていた。
木刀が跳ね上がり、すぐ脇を通過する少女の白い腹を斜めに斬り上げる。刃のない木製の刀身が、何の抵抗もなく人体を透過していった。
美智子の体は真っ二つに両断され――ては、いない。
四つん這いで廊下に着地した彼女は次の瞬間、全身に備わる穴という穴から白い光を溢れさせる。
その光に押し出されるように黒い影が排出され、光に焼かれて消滅した。
力なく倒れる美智子を、憂助は木刀をズボンのベルトに差してから抱き上げて、近くの部屋のベッドに横たえさせる。そこは彼女の部屋ではなく両親の寝室だったが、彼にとってはどうでもいい事だ。裸身の上にタオルケットを被せてやった。
「あと三人おるはずやがの……」
葵の他の友達二人と、山崎なる男子。その三人の姿を求めて寝室を出た憂助は、階下に人の気配を感知して、階段を駆け下りた。
廊下を進んでリビングに出ると、そこで三つの白い影が絡まり合っていた。
葵。
麻希。
恭子。
三人ともが一糸まとわぬ全裸になっており、ソファの上で白い裸身を絡ませて、互いを愛撫し合っている。時には恋人同士のように唇を重ね合わせ、舌を絡ませ合っていた。
『いい眺めだろう?』
土の底から響くような不気味な声が、左手からした。
憂助が振り向くと、山崎が立っている。黄色く濁った歯を剥き出しにして、ニヤニヤと笑っていた。
『お前も混ぜてやろうか? 俺たちの仲間になるならな』
「お断りだ」
憂助は即答し、木刀の切っ先を突きつける。
「テメーこそあいつ等を解放しろ。そしてさっさと高い所へ行け」
『それこそお断りだ。ようやく新しい体が手に入ったんだ、俺は今度こそやり直す……この新しい体で、新しい仲間と一緒に、新しい人生をな』
山崎は――彼を乗っ取った『影』は自分の胸に手を当てて、そう言った。
『ずっとあそこで待っていたんだ……ようやく手に入れた、俺の居場所だ。誰が手離すものか……お前こそ、何故邪魔をする? こいつの記憶に、お前の姿はない。お前は赤の他人のはずだぞ』
「別に大した理由やねえ。誰だって自分の部屋に虫が入ってくれば追っ払うやろうが」
『俺たちは、虫か? 俺たちだって人間だぞ』
「他人に取り憑いて、その体も居場所も乗っ取る化け物がか? ここは生きてる者の世界で、死んだ者には死んだ者の世界がある。いつまでもこの世界にしがみついてても良い事は何もねえ。お前等はもう死んぢょうとぞ」
『黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇえええええっ!』
山崎が叫ぶと、リビング中の家具が宙に浮かび上がった。ポルターガイストだ。
椅子が、テーブルが、棚が、ミサイルのように飛んでくる。
憂助はそれを木刀で打ち払い、受け流していく。
だが、飛び交う家具に紛れて、さっきまで身を絡ませ合っていた葵たちが忍び寄ってきた。
「エヤァッ!」
だが憂助はとっくに気付いていた。
気合い一閃、木刀が宙に三度ひるがえり、三人の裸身を
先程の美智子と同様に、葵たちは体内から『影』を排出し、その場に倒れた。
『うあああ、お、俺の仲間がぁぁあああ……よくも、よくもぉぉぉおおおおおっ!』
山崎の頭部が変型を始めた。
渦を巻き、捻れ、細長いヒモ状になり……その先端が膨れていき、顔になった。
鼻の大きな、垂れ目の男の顔に。
かつては人の良さそうな愛嬌のある顔だったかも知れない。しかし今は、憤怒に歪んだ恐ろしい形相だった。憂助の身長ほどにまで膨れ上がり、黄色く濁った目が爛々と鬼火のように光っている。
『ウギィィアアアアアアーーッ!』
ケダモノのような雄叫びを上げて、その顔が黄色い歯を剥いて憂助に襲い掛かる。
その顔を、白い光が縦断する。
憂助の木刀が真っ向から幹竹割りにしていた。
◆
憂助はまず葵を起こし、彼女に恭子と麻希に服を着せる作業をお願いした。
気恥ずかしさもあるが、素っ裸の女子高生に服を着せる自分の姿を想像すると、我ながら何とも間抜けな絵面だったからだ。
葵が一仕事終えると、二人の友人と山崎を目覚めさせた。
三人とも、『影』に襲われた記憶はあるものの、取り憑かれていた間の事は覚えてなさそうだ。
訳がわからないなりに、自分たちがとても怖い目に遭った事、そしてその恐怖から解放された事は理解して、それぞれ家路についた……。
憂助も、家人の目覚めない内に外に出る。葵はそれを追った。
並んで歩きながら、葵は尋ねる。
「ねぇ、アイツ等結局、何だったの?」
「悪霊とか死霊とか呼ばれてる連中だ」
「あれが? 人間って死んだらあんな風になるの?」
「別におかしな事でもねかろ。例えば轢き逃げされて死んだ人間は、犯人の所には死んだ時のグロい姿で出てくるが、家族の所には生前の綺麗な姿で出て来るやろが。それと同じだ。ただ奴等は、長くとどまりすぎた。生きてる者への妬みや生への執着が、とどまる内にどんどん強くなっていって、あんな風に変質していった」
「なるほどね~。で、あんたがそれを除霊してくれたのよね? もう出てこないよね?」
「お前等がつまらん事せん限りはの」
「ハァーイ、マジさーせーん。んじゃあさ、アンタのあれは何なの? 霊能力?」
「…………」
憂助はジロリと葵を睨んだ。
「あれは、念法っち言っての。人間の思念を極限まで高めて、あいつ等げな連中をやっつけるエネルギーに変えて戦う技だ。うちが先祖代々受け継いでる」
「へぇー、何かカッコいいじゃん! あ、そーだ。はいコレ」
葵は鞄のポケットから、紙切れを取り出した。
「アタシのアドレスと番号。アンタの都合のいい時に呼んでくれていいからね?」
そう言って差し出す。
しかし受け取った憂助は見もせずに破り捨てた。
「ちょっと、何すんのよ!」
「いらん」
「いらんって、でも、約束したっしょ? アタシをあげるって! アンタもOKしたじゃん!」
「しとらん。俺はただ、お前がどんだけ友達思いかわかったき手ぇ貸しただけてぇ」
憂助は言い捨てて、歩調を速めた。
葵は慌てて追い掛ける。
「でもさぁー、世話になったのにお礼もしないとか、何かカッコ悪いじゃん!」
「そげなん俺には関係ねえ。ついて来るな」
「でもでも、ホントにいーの? アタシ、おっぱい大きいよ? 中学の時に年上の彼氏にチョーキョーされたからマジ上手いし……それにさぁー、こーして見るとアンタ、けっこーイケてるし、アタシは全然オッケーだよ? 何なら今からラブホ行く?」
「行かん。帰れ!」
「もぉー、つれないなぁー……あっ」
葵は何かに気付いたように声を上げて、ニンマリと笑った。
「……アンタさぁー、ひょっとして童貞?」
「だき何か」
憂助は慌てる風もなく、しかし面倒くさそうに肯定した。
「そっかぁー、それでかぁー……あー、どーしよ、何かマジで可愛いんですけど。すっげームラムラしてきた。ね、ラブホ行こ?」
葵は頬を赤く染め、濡れた瞳で見つめながら、憂助の腕に抱き付き、胸でホールドする。引きちぎられたブラジャーは鞄の中なので、今はノーブラだ。
バチンッ!
物凄い音を立てて、憂助の怒りのデコピンが炸裂した。