邪霊ハンター   作:阿修羅丸

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覗霊(しりょう) その2

 一度帰宅して、リュックサックに着替えのシャツとパンツ、タオルと歯磨きセットを詰め込み、久我(くが)憂助(ゆうすけ)は学校に戻った。

 服装も制服から私服に着替えている。グレーのシャツに黒のベストとジーパン。

 時計の針は5時半を回っていた。

 

「あれー? 久我じゃん」

 

 校門を抜けた所で呼び掛けられて、そちらを見やる。

 赤茶色に染めた髪と、豊満な胸。

 峰岸(みねぎし)(あおい)だ。

 夏服の胸元をはだけさせて、深い谷間をやたらとアピールしている。

 友達の姿はなく、彼女一人だ。期末試験で数学の点数が悪かったので、放課後の補習をやっていたのだ。

 

「そんなカッコで学校来て、どしたの? 忘れ物?」

「かくかくしかじか」

「そっかー、それで今から静流(しずる)センセーの家で除霊するんだー。頑張ってね~。ちゃんと出来たらゴホービにおっぱい触らせてやっからさ♪」

 

 葵は制服の胸元を更に広げて、その下の白い膨らみをチラリと見せる。黒のレースで縁取りされた桃色のブラジャーも見えた。

 

「何だったら、おっぱいだけじゃなくてもっと凄い事してあげてもいーよー?」

 

 ニンマリと笑い、憂助の胸に寄り添う。

 葵の自慢の戦略兵器が、少年の胸板に押し付けられてムニュッと形を変える。

 

 ベチンッ!

 

 そこへ憂助のデコピンが炸裂した。

 

「いちいちくっつくな、暑っ苦しい」

「いった~……アンタ手加減してよ! アタシ女の子なんですけど!?」

「したやろうが。それと、あんまり俺の事をペラペラ他人に喋んな」

「なんでよー? だって静流センセーマジ悩んでたみたいだったし、アンタなら助けてくれるだろーなってマジ思ったしー」

 

 葵は不服そうに唇を尖らせつつ、憂助の腕に抱きつく。

 

「……人助けする分には文句は言わん。けどの、俺が本物っちわかったら、つまらん事考える馬鹿も湧いて来るき面倒くせえんて」

「つまらん事って何よ」

「昔、俺等の念法を金儲けに使おうとか考えるアホが、たま~にうちに来よったんて」

「アンタのアレって金になるの?」

「なるか。金になるようなら、うちはとっくに豪邸建てとるわ……とにかく、つまらん事ペラペラ喋んな」

「はぁーい、マジさーせーん」

 

 ……わかったのかわかってないのか判断に困る返事だった。

 

「じゃ、俺は今から一仕事あるきの。寄り道せんと真っ直ぐ帰れよ?」

 

 憂助は葵の腕を振り払い、教師みたいな事を言って校舎に向かう。

 富士村(ふじむら)静流(しずる)には既にメールアドレスを教えてある。仕事が終われば向こうから連絡してくる手筈なので、それまでどこか人のいない場所で時間を潰すつもりだった。

 だが葵は、何故かトコトコと憂助についていく。

 

「……忘れ物か?」

「センセーの仕事終わるまで、一緒にいてあげる♪ ヒマだし寂しいっしょ?」

 

 ベチンッ!

 

 憂助の二度目のデコピンが炸裂した。

 額を押さえる葵を残して、憂助はさっさと校舎に入る。

 

 葵は――その後ろ姿を見送りながら、何故かニヤケていた。

 

「……やっべー……童貞が突っ張ってんのかと思うとマジ可愛いんですけどぉー……あー、スッゲームラムラしてきた……アイツいつか絶対食ってやろ」

 

 そして、何やら危険な事を呟くのだった……。

 

 

 憂助はベンチが備え付けられてある裏庭へ向かった。

 ベンチに深く腰掛けて目を閉じ、そのまま石地蔵のように動かなくなる。

 そのまま身じろぎ一つせず、30分以上は座っていた。

 時計の針が6時を過ぎる頃、携帯電話に静流からのメールが入る。玄関前にいるようだ。

 立ち上がった憂助は、大きく伸びをしてそちらに向かった。

 そして女教師と並んで、校門をくぐって外へ出た。

 二人の間に会話はない。

 静流はあの黒い『影』をかなり恐れているらしく、しょっちゅうあちこちを見回していた。

 彼女の白い手が、知らず知らず憂助のベストの裾を掴む。

 しかし憂助は何も言わず、好きにさせた。

 彼もただボンヤリと歩いてはいない。周囲の気配を常に探っている。隣を歩く女教師のようにキョロキョロしないだけだ。

 電車に乗って移動し、三つ先の駅で下りる。

 そこから徒歩で10分ほどの距離に、静流の住まうマンションがあった。彼女の部屋はここの最上階にある。

 玄関ホールを入って正面にエレベーターがあり、その脇に階段があった。

 エレベーターはちょうど一階で待機していたようだ。静流がボタンを押してドアを開ける。

 

 ――そこに、『影』が一つあった。

 

 黄色く濁った目が爛々と輝いて静流を睨み、コールタールの塊のような腕がニュッと伸びて彼女の手を掴んで引っ張り込む。

 静流が悲鳴を上げる暇も、憂助が助けに入る暇もない早業だ。

 エレベーターのドアは音もなく閉ざされた。

 憂助は階数表示パネルを見上げる。ランプは『1』から『B』に移動した。地下だ。

 リュックサックを放り出して、憂助は階段を駆け下りていった。

 

 

 静流は止まったエレベーターから放り出された。そこは地下駐車場――のはずなのだが、やけに暗い。

 エレベーターから出て来た『影』が、起き上がろうとした静流の足首を掴んで、その真っ暗な駐車場の更に暗い隅っこへと引きずっていった。

 

『……裏切り者……僕という者がありながら……!』

 

 土の底から響くような不気味な声で、『影』は怨嗟の言葉をつぶやく。

 

「な、なに? 何の事? あなたいったい誰なのよ!」

 

 静流にはとんと思い当たる節がなく、一方的な言いぐさに、恐怖の中でわずかながら怒りも湧いてきた。

 だが『影』は彼女の問い掛けに答えず、その頬を黒い手で張り飛ばすだけだった。

 一見細身なシルエットからは想像出来ない力で、静流はその平手打ち一発で壁まで吹っ飛んだ。

 

『君が悪いんだ……僕がこんな風になったのも、こんな事をしてしまうのも、みんな君が悪いんだ……!』

 

 怨み言を吐きながら、静流の上に覆い被さり、白いブラウスを掴むなり引き裂く。いくら薄い夏服とはいえ、こんな薄紙か何かのように簡単に引き裂けるはずもない。しかもその下のブラジャーまで、ブラウスと一緒に雑草みたいにむしり取られた。

 相手の力の強さに、静流はさっきの怒りがたちまち雲散霧消してしまった。

 タイトスカートも同様に引き裂かれ、ショーツもろともむしり取られる。

 あっという間に裸に剥かれた静流の白い裸身に、『影』が身を重ねた。

 

『僕だよ……富士村さん……』

 

 鼻息すら感じ取れそうなほど近付けた顔が、変化した。顔を包む闇が薄れて、その造形があらわになったのだ。小さくくぼんだ目と、髭の剃りあとの青い、細面の男だった。

 

「け……ケーゾウくん……?」

『そうだよ……君と同じ大学のケーゾウだ……僕はずっと君だけを見ていた……君だけを愛していたんだ……なのに君は、そんな僕の愛を裏切ったんだっ! 僕を追い払うためにあんな男に媚びを売りやがって! この淫売のビッチが!』

 

 怒号を浴びせて、『影』は静流の頬を二発、三発と叩く。

 

『君は僕のものだ、僕のものなんだ、僕だけのものなんだ……!』

 

 ブツブツと繰り返しながら、静流の股を乱暴に開く。

 その意図するところを察して、恐怖の絶頂に達した静流が悲鳴を上げようとした瞬間――!

 

「イイィィーーーエヤァッ」

 

 雷鳴のような雄叫びと共に、白い光が横一文字を描いて『影』の体を腰から真っ二つに斬割した!

 駆け付けた憂助が、背後から木刀で斬りつけたのだ。

 念法の刃で斬り分かたれた下半身が、塵となって消滅していく。

 しかし上半身は、腕を動かしてゴキブリのように這いずって逃げていく。

 憂助は一跳びでそれに追い付き、逆手に握った木刀を黒い背中に突き立てた。これも念法の為せる技か、木製の刀身はコンクリートの地面に半分以上も突き刺さった。

 しかし『影』はその体を液体のように変化させて、壁際の排水溝に潜り込み、逃走してしまった。

 舌打ちしつつ憂助が木刀を引き抜くと――地面には穴どころか、傷一つついてなかった。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

 木刀をシャツの背中側の襟口に突っ込み、憂助はあられもない姿の女教師に駆け寄る。

 

「久我、くん……う、うわぁぁあああああんっ!」

 

 恐怖から解放された静流は、自分と相手の立場も忘れて彼に抱きつき、子供のように泣きじゃくった……。


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