神様の作り方【完結】   作:トマトルテ
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一話 神様との出会い

「神奈子様、(いとま)を頂きとうございます」

 

 1人の年老いた男が座った状態で深々と頭を下げる。

 その先に居るのは独立不撓(どくりつふとう)の神、八坂(やさか)神奈子(かなこ)

 男は彼女の神官として、その人生の全てを注いできた。

 しかし、人間である以上は寿命というものがある。

 

「そう……貴方(あなた)も、もうそんな年なのね」

 

 それを良く知っているからこそ、神奈子も引き留めることはしない。

 人と神では与えられた時間が違う。その事実を噛みしめ、僅かに悲しげな表情を見せるだけだ。

 

「これからは(わたくし)の代わりに、諏訪(すわ)の民と一族が神奈子様にお仕えしていくことでしょう」

「貴方は結局、生涯結婚しなかったから子孫が居ないものね」

「本来、神に仕える者は全てを神に奉げるものです。結婚などもってのほか」

「…そういう堅苦しい所は昔から変わらないわね」

 

 三つ子の魂百までと言うべきか、昔から変わらない男の生真面目さに神奈子は苦笑する。

 そして、空気を変えるように1つ咳払いをして、尊厳な声を出す。

 

「貴方とは出雲に居た時から、ここ諏訪に至るまで……いえ、私が生まれてからずっとね。本当に世話になりました。コホン――よくぞ、私の神官としてここまで仕えてくれた。礼を言おう」

「身に余る光栄です」

 

 神としての威厳を見せながら、礼を言う神奈子に男は再び頭を深く下げる。

 その姿は傍から見れば、主の言葉に感動して打ち震える忠臣そのものだろう。

 だが、しかし。神である神奈子にはそれが嘘だということが分かっていた。

 

「……さて、貴方のこれまでの働きに免じて、すぐにでも(いとま)を与えたいところですが、最後に尋ねたいことがあります。1ついいかしら?」

「神のまにまに」

 

 顔下げたまま微動だにせずに、理想の従者らしく神奈子の言葉を承諾する男。

 その姿に、神奈子はやはり自分の勘違いではないかと思うが、疑いは捨てきれない。

 彼女はあくまでも神の威厳を保ったまま堂々と男に問いかける。

 

 

「貴方、私のことを憎んでいるでしょう?」

 

 

 男の肩がピクリと震える。

 その反応に神奈子はやはりかと、小さくため息を吐く。

 

「はぁ…気のせいだと思いたかったけど、その反応を見るに当たりね」

「……いつから、お気づきで?」

 

 隠し立ては出来ないと観念したのか、静かな声で男が問いかけてくる。

 しかし、それでもなお男は顔を上げようとはしない。

 

「貴方が私に仕え始めた時からずっとよ。あなたの信仰は強く、そして歪んでいたから」

「…ッ! ……それではなぜ? なぜ(わたくし)めを罰そうとしなかったのですか?」

 

 最初から知られていた。その事実に、男は声を震わせる。

 だが、返ってきた答えは男とは正反対のどこまでも堂々としたものだった。

 

「――愚か者。私が何者かを忘れたのか? 我は神。人間の願いを、怒りを、悲哀を、憎悪を受け止める存在。例え、自らの神官からの憎しみであったとしてもそれを受け止めてやるのが神としての務めだ」

 

 神としての在り方。

 神とは理不尽の権現。人間の手には負えぬ自然現象や(おそ)れの具現化。

 それ故に人間は神に対して祈るだけでなく、時に行き場のない怒りや嘆きをぶつける。

 

 地震や津波、果てには豪雨による土砂崩れ。誰も何も悪いことはしていないのに起こる災害。その度に人間はそれを神の仕業にしてきた。神の怒りをかったことにしておけば、信心深く生きれば、次の災害は避けられる。神の仕業にすれば振り上げた拳を下ろす場所が見つかる。

 

 人は分からないという理不尽から逃れるために、神という理由を求めたのだ。

 

「……御見それいたしました。今の今まで隠せていたと思いこんでいた卑小な自分が恥ずかしい」

「御託はいいわ。私が本当に知りたいのは、貴方がなぜ私を憎んでいるのかということよ」

「それを知って一体何になるというのでしょうか?」

 

 どうせ後は死ぬだけの人間のことなど知っても仕方がない。

 そう暗に告げる男だったが、神奈子の次の言葉に目を見開くことになる。

 

「貴方が救われる」

 

 予想だにしなかった言葉に、思わずといった様子で顔を上げる男。

 そんな男の姿に僅かに頬を緩めながら、神奈子は喉を鳴らす。

 

「このまま心に悪いものを溜めたまま死ぬのは良くない。その負の感情は必ず、輪廻の果てまでつき纏うことになるでしょう。吐き出しなさい。私の神官としてではなく、神の理不尽に嘆く1人の人間として全てを(さら)け出しなさい。それが貴方を救うことになるのです」

 

 神に仕える神職としてではなく、1人の人間としての想いを吐き出せ。

 その抗い難い誘惑にも、男はしばらくの耐えるように黙っていたが、やがてポツリと語りだす。

 もう、これが最後なのだから言わねば後悔するだろうと。

 

「……神奈子様、あなた様は神霊です。純粋な信仰によってのみ存在する諏訪子(すわこ)様とは違う」

「ええ、知っているわ。神霊は個人か集団かは分からないけど元となった霊が存在が居る存在」

 

「はい、その通りです。そして、神霊はただの人間の霊が簡単になれるものではありません。仮にも神となるのだから、敬われる必要がある。(おそ)れられる必要がある。何より、神と呼ばれる必要がある」

 

 男はそこで一度話しを切り、昔を思い出すように遠くを見つめる。

 神降ろしの儀式。神を人間に宿らせる、全ての発端のになった儀式を思い起こしながら。

 

「……そうした霊を作る方法は難しいように見えて、実際は至極簡単なのです。神降ろしの依り代、“器”とでも呼ぶべきでしょうか。ともかく何者かを選び、降ろしたい神そのものとして生前から畏れ敬えばいい。そして―――最後に殺せば、空になった魂の器に神が宿るのです」

 

 ヒンヤリと冷たい空気が神奈子の首筋を撫でる。

 分かってしまったのだ。これだけの話で(さと)い彼女は全てを理解した。

 男が神奈子に向ける信仰には3つ(・・)の感情が複雑に絡まっている。

 

 1つは掛け値なしの純粋な敬意。

 2つ目は抑えようとしても抑えきられずにいる理不尽への憎しみ。

 そして、3つ目は。

 

「さて、少々長くつまらない話ですがお聞きください。恋した少女を殺した愚かな少年の話を」

 

 憎しみの裏に潜んだ、歪み切った愛。

 

 

 

 

 

(わたくし)が、今日から神為子(かなこ)様の身の回りの世話をさせて頂く神官です」

「あら、もっと年上の人が来るかと思っていたけど、随分と可愛らしい神官さんね。年はいくつ?」

「今年で8歳ですが…」

「8歳! その年で神官になれるなんて凄いわね」

「いえ、しきたりのようなものですので別にそこまでは……」

 

 元旦。年の始まりの日。

 そんな日に山の頂に作られた(やしろ)で、1人の年若い少年が座った状態で深々と頭を下げていた。

 その先に居るのは椅子に腰かけた1人の美しい少女。

 深い藍色の髪に、宝石のような赤い瞳。胸には神聖なものを示す鏡を置く様はまさに女神。

 

 だが、しかし。その美しい姿形には欠落した(・・・・)部分が見られた。

 神に奉げるように潰された右目。逃げ場を奪うように折られた右足。

 それらが少女の神への捧げものとなる運命を如実に表している。

 

「何はともあれ、今日から一年間……『神降ろしの儀式』の日まで(わたくし)が神官として神為子(かなこ)様に仕えさせていただきます」

 

 しかしながら、少年は少女の(いびつ)さを見ても表情を変えない。

 むしろ、ミロのヴィーナスを見るかのように、体の欠落そのものに神聖さを感じる程だ。

 ただ美しいだけでは神格は生まれない。

 その言葉を証明するように少年は、美しさの中にある歪みに神を感じていた。

 

「うーん…固いわね。これから一緒に過ごしていくのだからもっと気楽にしていいのよ?」

「いえ、そのような畏れ多いことはとても……(わたくし)は神官。神の従者ですので」

 

 だが、少女の方からすれば神官と言えど8歳は8歳。

 元服もしていない、弟のような年頃の子供にかしこまられても困る。

 

「そうは言っても、私は正確には神様じゃないわ」

「めっそうな。新たに生まれる大国主命(オオクニヌシのみこと)御子(みこ)(依り代)として選ばれた神為子(かなこ)様は神も同義。畏れ敬うのが当然のこと」

 

 少女は自分は神ではないと告げる。しかしながら、少年がそれに対して頷くことはない。ある意味でそれは当然のことだろう。少年の一族は出雲の国で長年に渡り神に仕えてきた。今回の神降ろしの儀式も、明確な姿を持ち、より強い信仰を受ける新たな神を生み出すという大国主(おおくにぬし)の神託でしかない。

 

 故に少女は知っている。自身は意図的に実体を持った神、神霊を生み出すための生贄だと。

 

「……私は人間なんだけどな」

 

 それが分かっているために、少女はポツリと本音をこぼす。

 望む望まずにかかわらず、神に奉げるという確定した未来を憂えて。

 

「いかがなされましたか?」

「いいえ、何でもないわ。そうね、いきなりは難しいわよね。貴方との距離は時間をかけて縮めていくとするわ」

「はあ……」

 

 何事かと問いかけてくる少年を誤魔化し、少女は冗談交じりに言う。

 そんな少女の言葉に、生真面目な少年は自分はどうすればいいのだろうかと眉を寄せる。

 そんな初めて見せた少年の年相応な姿に、少女はクスリと花のような笑みを零すのだった。

 

 

 

 

 

 春。山の社の木々や花も芽吹き、眠っていた生き物たちが目を覚ます季節。

 少年が少女に神官として仕え始めてから、数週間が経とうとしていた。

 

「一緒にお風呂気持ちよかったわね」

「う…そ、そうですね。神為子(かなこ)様」

「洗いっこもしたかったのに、神官さんが恥ずかしがるからできなかったわ。せっかく洗ってあげようと思ったのに」

 

 風呂上がりに縁側で涼しみながら、櫛で少女の髪を整える少年。

 彼の顔がほんのりと赤くなっているのは、恐らくは湯上りのせいだけではないだろう。

 それが分かっているためか、少女の方もからかうように少年へと声をかけている。

 

「あ、あれは恥ずかしかったわけではなく、神為子様にそのような雑事をさせる訳にはいかなかっただけです。決して! 断じて! 恥ずかしかったわけではありません!」

 

 だが、まだ幼い少年はそれを理解することが出来ずに必死に否定する。

 むしろ、その行為が彼女を楽しませることになるのだと気づくこともなく。

 

「あらそう。だったら、今度は命令してやらせてもらおうかしら」

「え?」

「恥ずかしいわけじゃないんですから、私からの頼みなら問題はないわよね?」

「いや、しかし…やはりそういったことを神為子様にしてもらうのは……」

「私がやりたいって言っているのだから、問題はないと思うわ」

 

 少女の髪を整える手を止めて、固まってしまう少年。

 恐らくは必死に言い訳の方法を探しているのだろう。

 しかし、こういうものは時間をかければかける程に不利になるものだ。

 

「……もしかして、私に触れられるのは嫌かしら?」

「めっそうもございません! 神為子様に触れて頂けるのは身に余る光栄です!」

 

 悲しそうな声で少女が言ってみれば、少年は大慌てで否定する。

 なので、そこにつけ込むように少女は追撃を行う。

 

「だったら、普段から頑張っている神官さんへのご褒美に、私が洗ってあげてもいいわよね」

「え、いや、その…」

「あら、私からの褒美は受け取れないのかしら?」

 

 そして、止め(とどめ)にこの言葉だ。

 少年には既に彼女の言葉を拒否する選択肢はない。

 己の未熟さを恨むようにガックリと肩を落としながら、少年は(こうべ)を垂れる。

 

「……謹んでお受けします」

「ふふふ、次のお風呂が楽しみね」

 

 今から想像するだけで憂鬱だと言うような声を出す少年を笑いながら少女は思う。

 初めの頃から比べて随分と固さが抜けたなと。

 

 やはり神官といえども8歳の稚児(ちご)

 肩ひじを張った堅苦しい対応を取り続けられる程慣れていないのだろう。

 従者としては未熟と言えるだろうが、兄弟が居ず弟が欲しかった少女にとってはそちらの方が余程好ましかった。

 

「そう言えば…どうして、8歳の神官さんが私に仕えることになったのかしら? もっと年上の人とかは居なかったの? あ、神官さんに不満を抱いているとかじゃないわよ。純粋に疑問に思っただけだから」

 

 そして同時に思う。どうして、このような年若い少年が自分の世話係に選ばれたのかと。ときおり、子どもには難しいような力仕事などは大人がやっていったような形跡があるが、他の人間が彼女の前に姿を見せることはほとんどない。ここまで徹底されていると気にもなってくるというものだ。

 

「そうですね…何でも、神に仕えるのは穢れ(けがれ)? を知らない子どもでなければならないらしいです。なので、まだ子どもの(わたくし)が選ばれたのです」

「なるほどね……確かに神官さんは穢れからは遠く離れていると思うわ」

「ありがとう…ございます?」

 

 穢れとは一体何を指すのか分からないために、首を傾げながら礼を言う少年。

 そんな姿に少女はバレない様にクスリと一つ笑い、ポンポンと自分の膝を叩く。

 

「さ、私の方は終わったから、ご褒美に今度は神官さんの髪を()かしてあげるわ」

「そ、そんな畏れ多いです。というか、膝の上で寝たら髪を梳かすなんて出来ないのでは…?」

 

 少女からの膝枕の提案に面白い程に動揺し、即座に断ろうとする少年。

 だが、その程度では少女は諦めてはくれない。

 

「いいから、いいから。私がやりたいだけだから無礼でも何でもないわ」

「そうは言われましても……」

「ね、お願い?」

 

 少年にも少女がただ、おままごとのように姉の気分を味わいたいだけだというのは分かった。

 しかし、少女に両手を顔の前で合わせて頼まれれば、もう逃げることなど出来ない。

 神官としての立場や、神への無礼という言葉が頭に浮かんでくるが無駄だ。

 仕えるものが主に、いやもっと言えば男が女にこのような頼まれ方をすれば頷くしかない。

 

「……神のまにまに。どうぞご自由に(わたくし)の髪をお触りください」

「ふふふ、そこまで硬くならなくてもいいのに」

 

 まるで切腹をするような顔で膝に頭を乗せる少年に、少女は頬を緩ませて優しくその髪を撫でてやるのだった。

 




片目、片足の設定は柳田邦男の説を採用しただけなので、別の見解があってもご容赦を。
それとこの話は、偶々立ち寄った神社に建御名方神が祀られていたので書いたものとなります。
小町と神奈子のどっちで書こうか悩んでいたときだったので、神託に感じました(真顔)

全三話で予約投稿で1日ずつ投稿しています。明後日に完結の予定。



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