神様の作り方【完結】   作:トマトルテ
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二話 神様と人間

 夏。蝉の声が山に染み込み、雨が草木を茂らせる一年で最も暑い季節。

 少年が神となる少女に仕えて二つ目の季節になったある日のことだった。

 

「お願い!」

「ダメです」

「どうしてお祭りの踊りに参加させてくれないの!?」

「いや、神為子様は(まい)を奉納される側でしょう。自分で自分に向けて踊ってどうするんですか」

 

 何やら必死な様子で頼み込む少女に、何を言っているんのだという顔でいなす少年。

 少女は祭りで行われる神へと奉げる舞をしたいと言っているが、それは無理な話だ。

 祭り(祀り)や舞というものは、そもそもが神に奉げるものである。

 だとするならば、神として扱われ、そしていずれ神に為る少女は踊りを受け取る側だ。

 少年から見れば彼女が自分で踊るというのが、てんでおかしな行為に見えるのも無理はない。

 

「むしろ、神為子様は祭りの主役なのですから特等席で村人達の踊りを見てください」

「それは分かっているのよ…」

「……それに大変失礼ですが、この山を昇り降りするのにも苦労する神為子様の足では、踊るのは無理でしょう」

「そう…ね」

 

 まだ納得できないという表情の少女に対して、幼い少年は無垢な残酷さで現実を告げる。

 少女の方も残った左目で自身の折られた右足を見つめ、静かに息を吐く。

 今も神官である少年の世話を受けなければ、生活すらままならない片足で踊れるわけがない。

 

「お分かりいただけましたか?」

「ええ…何の苦労もなく坂を昇れたあの頃とは違うのね」

 

 ここまで言われれば観念する以外に道はない。少女は俯くように少年の言葉に頷く。

 

「……しかし、何故そこまで食い下がったのですか?」

 

 だが、そのような余りにもの悲しい仕草を見せられると、少年の方も流石に動揺して理由を尋ねてしまう。

 

「…私もこのお祭りは毎年楽しみにして踊っていたから……」

「神為子様……」

 

 そして、神官として聞かずとも良いことを聞いてしまう。

 神官ならば、ただ少女を神として扱っていれば良かった。

 だが、少年は彼女が人間として(・・・・・)生きていたという事実を知ってしまった。

 

「………神為子様が踊ることはできません」

「ええ…そうね」

「ですが。人として祭りに参加することは出来るかもしれません」

「え、どうやって?」

「単純な話です。神為子様と分からなければいいのです」

 

 だから、少年は何とか少女の悲しみを取り除こうと思う。

 それが、神官としての領分を越えているということに気づくことなく。

 

 

 

「えー、お面。お面はいらんかー」

「私と分からないようにするって、こういうことだったのね」

 

 松明が()かれ、(やぐら)の上では楽器が打ち鳴らされ人々はその明かりと音に集まってくる。

 それは毎年の光景であるが、今年は少しだけ様相(ようそう)が違う。

 お面をつけている人間が例年もよりも多いのだ。

 

「お面には2つの目的があります。1つは顔を隠し何者かを分からなくすること。2つ目は別の何かに…神に為りきるために使うこと。すなわち誰が神で誰が人かを分からなくするということです」

 

 狐を模したお面を被る少年が、同じようにお面を被った少女に説明する。

 お面は顔を隠す。そうすることで、例え神が混ざっていたとしても気づかせない。

 お面は人を別の何かに変える。そうすることで、神を人間へとすることも出来る。

 そうした理由で、少年は多くの者にお面を配って少女の正体を隠すことにしたのだ。

 

「確かにこれなら私とバレずにお祭りを楽しめそうね」

「もちろん、神為子様は祭りの主役ですので最後には必ず顔を出していただきます。ですが、それまでは自由に祭りを回っても大丈夫なように手配しました」

「嬉しいわ。褒めてあげるわよ、神官さん」

 

 仮面の下で若干胸を張ったような少年の頭を、少女は感謝の念を込めてグリグリと撫でる。

 すると、仮面の下でもハッキリわかる程に耳を赤くして少年が飛び退く。

 

「か、神為子様、そういったことはおやめください!」

「あら? 嫌だったかしら」

「い、嫌ではありませんが……」

 

 クスクスと笑いながら少女が問いかけると、少年は困ったような声を出して首筋を()く。

 それが面白いので、少女はさらに少年に追い打ちをかけるようにいじる。

 

「うーん…呼び方も変えた方がいいかしら」

「呼び方ですか?」

「ええ。『神為子』って名前だと私だってバレるじゃない」

「そう言われるとそうですね……では、何か別の呼び方をしましょう」

 

 少女の指摘にそれはもっともだと頷く少年。

 この時点で、少女の策略に嵌ってしまっているのだが気づけない。

 

「そうよね。だから、今日一日は私のことを―――お姉ちゃんって呼びなさい」

「お、お姉ちゃん!?」

 

 余りにもな命令に思わず、叫び声を上げてしまう少年。

 その声に周りの人間が何事かと目を向けてきたので慌てて口を閉じるが、バレた様子はない。

 

「ほら? 今みたいにお姉ちゃん呼びならバレないのよ」

「い、いや、確かにバレませんけど、そんな呼び方をするのは少し……」

 

 お姉ちゃんという言葉に恥ずかしがって、首筋を赤くする少年の様子を楽しみながら、少女はさらにたたみかける。

 

「それとも私がお姉ちゃんなのは嫌かしら?」

「そんなことありません!」

「だったら、決定ね。祭りが終わるまではお姉ちゃんと呼びなさい。いい? これは命令よ」

「え、いや、その……わかりました」

 

 (あるじ)に、しかも年上の女性にここまで言われれば、断るということなど出来はしない。

 それが男という悲しい生き物である。

 少年はそんな抗えない現実に俯きながら、また1つ成長したのだった。

 

「さて、それじゃあ祭りを一緒に楽しみましょう、神官さん」

「……神のまにまに」

 

 そうして、少女と少年の最初で最後の祭りが始まるのだった。

 

 

 

「あー、やっぱり祭りは楽しいわね。ただ見ているだけでもワクワクした空気が伝わってくるわ」

「神為子様に楽しんでいただけたのなら、村の者も望外の喜びでしょう」

「ダメよ。私の呼び方は何だったかしら?」

「お、お姉ちゃん…が楽しんでくれたのなら望外の喜びです」

「よろしい」

 

 よしよしと少年の頭を撫でながら少女は満足そうに笑う。そのため、少年は文句を言うことも出来ずに悶々とした表情のまま俯くことしかできないのだった。

 

「あら、そろそろ中央広場に行かないといけない時間ね」

「そうですね。神に奉げる踊りが始まる時間ですので、神為子様が居なければなりません。今年は特に神降ろしの儀式が、踊りも盛大なものになるそうです。楽しみにしておいてください」

「……そうね。私に奉げる踊りなのよね」

 

 言ってから、お姉ちゃんと呼んでなかったことに気づく少年だったが、少女は何も言わない。

 まるで、楽しい時間はこれで終わりだとでも言うように、ただ人混みを見つめている。

 それが恐ろしく儚げに見え、消えてしまうのではないかと思ったので少年は声をかける。

 

「神為子様…?」

「今までは、私も人間として(・・・・・)神に奉げる側だったのに不思議なものね」

 

 後悔も恨みもない。ただ、寂しさだけが耳に残る小さな(つぶや)きだった。

 だが、そんな呟きだからこそ、少年の心に鉛のように重い何かを残していく。

 

「さ、主役が遅れるといけないわ。早く行きましょう、神官さん」

「……はい」

 

 彼女は神様ではなく、本当はただの人間ではないのかという、抱いてはならぬ疑問を。

 

 

 

 

 

 秋。木の葉は赤く染まり、食物は実りの時を迎える。

 故に人間は今年の収穫に感謝し、また来年もと願いを込めて神への感謝を告げる。そんな季節。

 

「神為子様、また紅葉を見ておられるのですか?」

「ええ。何度見ても、山の頂上から見る木々の色合いは別格よ」

 

 夕日が山や空を(だいだい)色に染め、その光に反射した(かえで)銀杏(いちょう)の葉が美しく輝く。そんな光景を片目で見つめながら少女は唇の周りを穏やかに緩める。

 

「神為子様は木々を見るのがお好きですね」

「うーん…木、というよりかは山そのものかしらね。山は季節や時間で色んな表情を見せてくれるし、坂も登り切った時に達成感があるから好きよ」

「だから(やしろ)もこんな山のてっぺんに作ったんですね」

「作ったのは私じゃないけど、ありがたく思ってるわ。まあ、この足じゃ神官さんが居ないと色々大変だけど」

 

 自身の折れた右足を撫でながら少女はほんの少しの不満を言うが、そこに険はない。

 どこか悟りに似た穏やかさがあるだけだ。

 

「ねえ、神官さん。木の名前は誰がつけたと思う?」

「木の名前ですか…? どうして急にそんなことを?」

 

 そんな問いかけに少女の隣に立って、山の木々を眺めていた少年は不思議そうに首を傾げる。

 

「ふと、疑問に思っただけよ。それよりも貴方はどう思うかしら?」

「どう…と言われましても。神様のような偉い人が呼んだものが広まったのではないですか?」

 

 また自分をからかおうとしているのかとも思うが、主の質問に答えないわけにもいかない。

 少年は漠然とした意見ながらも、しっかりと少女へと返答する。

 

「じゃあ、神様の名前は誰が決めたのかしら?」

「それは……」

「あら、少し意地悪な質問だったかしら」

 

 しかし、その答えをさらに突っ込まれてしまい、少年は困ったように黙り込む。その様子に愛らしいと笑いながら、少女は少年を自分の隣へ座るように手招きする。それに対して少年が素直に従うのは、親しくなったからか敬意が薄れたからかは2人にも分からない。

 

「私はね、神様の名前は人間が決めたのだと思うわ」

「人間がですか? そんな畏れ多いことを本当に?」

「ええ、本当よ。だって人間が生まれたことで初めて神と人を区別する必要ができたんだから」

「だとしても、呼ばれる際に名前がないと困るので、最初から名前ぐらい付いていたのではないでしょうか?」

 

 少女の言葉に本当にそんなことがあり得るのかと懐疑的な目を向ける少年。

 そんな少年の頭を撫でながら、少女は話を続ける。

 

「あったでしょうけど、きっと今みたいな仰々しい名前では無かったわ。太郎、次郎みたいな簡単な名前だったかもしれないわね」

「そんな馬鹿な…」

「あら、同じ神様同士なんだから変に(うやま)わなくても、誰かが分かれば良いでしょ?」

 

 ニコニコと笑いながら自分の考えを告げていく少女。

 少年は彼女のそんな姿に本気で言っているのかと思ってしまうが、当の神様(・・)本人が言っているのだから信じるしかない。

 

「でも、人間が神を呼ぶ際にはそうはいかない。自分達の信仰心を示すために、何より(たた)られないように、神へ仰々しい名前をつけていったのよ。大国主命(オオクニヌシのみこと)だって書くと凄く偉そうに見えるでしょ? でも、初めの頃はクニみたいな簡単なものだったかもしれないわ」

「いや、流石にそれはどうかと思います」

 

 あきれ顔で少女の言葉を否定する少年だったが、少女がやけに確信を持って言っているのだけは気になった。名前の由来など多くの人は知ろうとも思わない。ただ、みんながそう呼んでいるからという理由で呼ぶのが普通だ。そこに疑いなど生まれはしない。

 

「それにしても、やけに自信満々に語りますね。何か証拠でもあるんですか?」

 

 だというのに、少女はどうしてそんな所に疑問を抱いたのか。

 そう思って、少年は子どもらしい軽い好奇心で聞いてしまう。

 後に、聞かなければよかったと一生後悔してしまう内容を。

 

「それは……私自身が元の名前から今の名前に変えられたからよ」

「…え?」

 

 予想だにしなかった言葉に思わず、少女の顔を凝視してしまう少年。

 彼女の顔はまるで迷子の子供のように、寂しげなものであった。

 

神為子(かなこ)って名前は、私の本当の名前じゃないのよ。神降ろしの依り代になると決まった時につけられた名前。私はみなしごだけど、それでも自分の名前はあったわ」

 

 神降ろしの依り代となる人間の名前が、太郎や花子では格好がつかない。

 だから人は、依り代に相応しい名前をつける。

 まるで、依り代が送ってきた人間としての人生をかき消すかのように。

 

「『(かみ)()()』。これが神為子の本来の意味。別に私じゃなくても、この名前は使えるの。……ただ、神様の()になることが決まってさえいれば」

「神為子…様……」

 

 少女は、人間として普通に生きていた日々を思い起こすように遠くを見つめる。

 親は居なくとも、人間として毎日を一生懸命に生きていた日々を。

 自分という人間がまだ確かに存在したあの日を。

 

 そんな余りにも儚げな姿に少年は何も言えずに、ただ彼女の横顔を見ることしかできなかった。

 

「……と、ごめんなさいね。急に変なことを言って」

「いえ……神の名前は人間がつけるというお話はとてもためになるものでした」

「あくまでも私の考えよ? でも、気に入ってもらえたのならよかったわ」

 

 まるで、さっきの話は忘れてくれとでも言うように苦笑する少女に、少年は顔を歪ませる。

 幼い彼には何をすればいいのか、何を言えばいいのか分からなかったのだ。

 いや、どれだけ年をとっていたとしても正解は分からないだろう。

 だとしても。

 

「さ、今日は冷えるしお酒でも出してくれるかしら、神官さん?」

「……かしこまりました、神為子様(・・・・)

 

 少女の本当の名前を聞かなかったのは間違いだったと、少年は何度も何度も悔やむことになるのだった。

 

 




次で完結の予定。


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