【黄昏】のマスター   作:nothing

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入学編


「ごちそうさまでした」

 

俺、詠原 尊(よみはらみこと)はパンッと手を合わせ、食べ終えたあとの食器を片付ける。今日は高校の入学式なのだが、時間には余裕があるため出発する前に『店』を軽く掃除しておこう。

 

「これでよしっと」

 

床を掃き机を拭いて窓を磨く程度だが、普段から衛生には気を付けているので目立った汚れは見当たらない。作業のために着けていたエプロンを外し、カランコロンとドアベルを鳴らして『店』を出る。

 

「じいちゃん、行ってきます」

 

ドアに《CLOSE》の札をかけ戸締まりしてから、看板に向かう。 看板には『喫茶 月詠(ツクヨミ)』と書かれている。

この『喫茶 月詠』は元々、じいちゃんこと俺の祖父 詠原玄三(げんぞう)が営んでいた店だ。 3年前にじいちゃんが死んでからは俺が営業していて、なかなかに繁盛している。名義は親戚のおっちゃんのものだけど。

 

「それじゃあ行きますか」

 

看板から目を離して学校へ向かう。道なりに歩いていくとほどなくして俺が入学する高校が見えてきた。

 

『国立魔法大学附属第一高校』──通称第一高校、またはさらに略して一高と呼ばれる。毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいるエリート校で、小国の軍隊程度なら単独で退けるほどの武力を保有しているなんて噂もあるとか。

入試の成績で一科・二科に振り分けられ、指導教員数の関係で2科生は魔法実技の個別指導が受けられないらしい。理不尽だとは思うけど、俺は一科生なので特に支障はない。

 

そんなことを考えながら校門をくぐる。

妙に静かというか、人が少ないな。他の新入生やその父兄がそこら中にいるのかと思ってたんだけどな。

 

「とりあえず講堂に行くか」

 

入学式の行われる講堂の扉を開く。が、講堂の中は式前の静けさではなく、準備の真っ最中のような慌ただしさで満ちていた。

 

「あれ……?」

「あら? あなたは新入生かしら」

 

呆気にとられていると長い黒髪の女性が声をかけてきた。口ぶりから察すれば彼女は在校生、つまり先輩だろう。

 

「はいそうです。あの、入学式は……?」

「え? ふふ、開場までまだ1時間もありますよ?」

 

彼女はそう言い、おっちょこちょいなんですね、と笑う。

到着したはいいが時間を間違えたようで、開式どころか開場すら1時間後らしい。

いまはリハーサル中らしく、こうして話している周りでも作業の喧騒が聞こえる。ともかく、邪魔になるかもしれないから外で開場を待つとしよう。

 

「そうなんですか。教えていただきありがとうございました」

「いえ、これも仕事の内ですから」

 

先輩にお礼を言って講堂を出る。どこかで暇をつぶそうと辺りを見渡すと、日当たりのよさそうなベンチを見つけた。

あそこでひなたぼっこでもしていようかな。

 

「ん……? だれか座ってるな」

 

目当てのベンチに向かって歩いていくと、そこにはすでに男性が一人座っている。端末を操作しているし作業している風ではないけど、同じ新入生かな?

 

「隣、いいか?」

「……ああ、構わない」

「ありがとな。俺は詠原 尊、新入生だ。よろしくな」

司波達也(しばたつや)だ」

 

いきなり声をかけたからか、少し驚いたようだったがスペースを空けてくれた。

とりあえず自己紹介をしてみる。司波は端末を閉じてこちらに向き直ってくれたので、気になったことを聞いてみる。

 

「司波も新入生だよな。なんでこんなに早く?」

 

1時間も早く登校するなんて、よっぽどの事情があるはずだ。

まさか俺のようなおっちょこちょいがそういるわけないからな。

 

「妹が新入生総代でな。付き添って家を早く出たんだ」

「へー、妹ってことは双子?」

「いや、よく聞かれるが俺が四月生まれで妹が三月生まれだ」

「珍しいな、兄妹で同級生っていうのは」

「はは、よく言われるよ」

 

新入生総代ってことは入試主席だろう。司波の妹さんは成績が良かったらしい。間違いなく一科生だろうし、もしかしたら同じクラスかもな。

そう思って何気なく司波の左胸に目をやると、俺の制服とは違って何も描かれていない。一科生の制服には左胸と両肩に八枚花弁のエンブレムがあるのだが、司波の制服にはそれがない。つまりニ科生ということになる。

 

「詠原はどうしてこの時間に?」

「ああ、俺は──」

 

それから、俺が時間を間違えた話や司波の端末に表示されている書籍サイトの話なんかをしながら開場を待った。

 

 

 

 

「そろそろ開場だな」

「え、もう? なんかあっという間だったな」

 

司波が開場時間になったことを知らせ、ベンチから立ち上がる。司波と話してると時間が早く進んだように感じるな。司波は聞き上手で話しやすかったし、もしかしたらウマが合うのかな。

30分後には入学式が始まるため講堂へ向かおうとすると、その講堂の方から女性が歩いてくる。

 

「あなたたち、新入生ですね? 開場の時間ですよ。あら、あなたは……」

 

先ほど講堂で会った女性だ。

新入生の案内もしているみたいだな。

 

「さっきはありがとうございました」

「ええ、気にしないで」

 

とりあえずお礼をいっておく。お世話になったからな。

 

「ありがとうございます。すぐに行きます」

 

司波も返事をする。なんか早く講堂に行きたそうな、彼女と会話したくなさそうにしてるな。

入学式がそんなに楽しみなのか?

 

「感心ですね、スクリーン型ですか」

 

だが彼女は司波の雰囲気を察しなかったようで、司波の端末を見ながら感嘆したようにそう言う。

 

「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていません。ですが残念なことに、仮想型を使用する生徒が大勢います。

 でもあなたは、入学前からスクリーン型を使っているんですね」

「仮想型は読書に不向きですので」

 

司波は素っ気なく聞こえなくもない返事をする。女性が苦手なのかな。

動画ではなく読書ですか、ますます珍しいです、と彼女が人好きのしそうな笑顔で言う。

 

「あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美(さえぐさまゆみ)です。七草(ななくさ)、と書いて、さえぐさ、と読みます。

 よろしくお願いしますね」

 

生徒会長なのか、この人。とりあえず七草先輩と呼ぼう。

ん? 七草ってなんか聞いたことあるような……。あ、十師族とかいう内の一つだっけ?

 

「俺、いえ、自分は司波達也です」

「詠原 尊です。よろしくお願いします七草先輩」

「司波達也君と詠原 尊君……。そうですか、あなたたちがあの司波君に詠原君でしたか」

「…………」

「『あの』って……?」

 

俺や司波のことを知っているような口ぶりだ。生徒会長が“あの”なんて冠詞を付けるなんてよっぽどのことだろうし、そこに自分が含まれていることが気になった。そう聞くと、七草先輩は嬉しそうに笑う。

 

「ふふふ、先生方の間では司波君の噂で持ちきりだったのよ。

入学試験、七教科平均で百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」

「満点……!? 司波って頭良いんだな!」

 

七草先輩は少し砕けた口調で司波のとんでもない成績を口にする。平均九十六点に、小論文込みで満点ってバケモノかよ……。

 

「詠原君もよ? 実技試験で、干渉力・演算規模ともに1位、処理能力も3位と高成績。特に干渉力は歴代の記録を大幅に超えていて『期待の新人だ!』なんて大騒ぎよ」

「ん~、たまたまですよ多分……」

 

実際に役立つかどうかわからないものを誉められてもなぁ……。その点、司波の成績は知力によるものだ。あらゆる場面で役立つものだから、司波の方がすごいと思うんだけど。

だけど本人はそれを誇ってはいないみたいで、浮かれた様子はない。というか少し沈んでないか?

 

「……ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ」

 

そう言って、司波は自分の左胸を指差した。その意味を生徒会長が知らないはずは無い。

でも一科とか二科とか気にする必要ないと思うんだけどな。入試100位の一科生と101位のニ科生に差なんてあるはずないんだから。

 

「すごいじゃないですか。少なくとも、私には真似できませんよ?

 私はこの学校で二年も学んでいますけど、同じ問題を出されても司波君のような点数はきっと、取れません」

「そろそろ時間ですので……失礼します」

「あ、おい……。すみません俺も失礼します。待てって司波!」

「え、ええ。……何か気に障ること言っちゃったかしら?」

 

 司波は返事を待たずに背を向け、俺も司波の後を追ってその場を離れる。

七草先輩には失礼なことしちゃったな……。

 

 

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